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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

2章 ばら色の翼にのって

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◆4◆

 今日は残業せずに帰ろうと思ったのに1時間も残業してしまった……。
 ――7じ30ふんにはいえにつきます――
 ベルは平仮名しか読めないから、漢字ナシのメールを会社を出たタイミングで送ったらすぐに返事が返ってきた。
 ――まってるから、きをつけてかえってきて――
 他愛もない返信なのに嬉しさが込み上げてきて、あたしの胸がきゅんとうずいた。
「メール保護、と」
 ベルの初めての受信メールなのだから、これくらいしてもいいでしょう?
 そしてあたしは早くベルの顔が見たくて急いで帰った。
「ただいま!」
「おかえり、アゲハ」
 ベルは温かい笑顔で迎えてくれた。ただいま、に誰かのおかえり、という返事が返ってくる。
 部屋が明るくて、暖かくて――帰って誰かがいるのってすごく嬉しい。
 しかも……。
「いいニオイがする!」
「今日の夕飯はパエリアだよ」
 パエリアという料理を家で食べるのなんて初めてだ。
「すごい! イタリア料理ね!」
 ベルは眉根を寄せて微笑んだ。
「残念、スペイン料理だ」
「あれっ」
 帰って早々知ったかぶったようだ。
「あ、えっと、何か手伝おうか?」
 カミサマ、どうかあたしに名誉挽回のチャンスを!
「大丈夫だよ、手を洗っておいで。もうすぐできるから」
「はい……」
 カミサマは時に非情なのだ……。
 洗面所に行ってあたしはあたしと視線を合わせた。鏡の中のあたしは嬉しそうににやけている。
 だって本当に嬉しかったから。ベルがあたしのために夕飯を作ってくれている……。
 あたしのためだけに!
 こんな日がずっと続けばいいのに――という気持ちがあたしの心の中でむくむくと成長し始めようとしていた。
 けれどそれを願うのはあまりにも自己中心的すぎる。ベルがずっとここにいるという事は、彼が最愛の恋人に会えないという事になるのだから――。
 ダメよ、アゲハ。あなたは優花さんを探す手伝いをするって言ったのよ! そう、やるべきことはただ一つ――ベルを優花さんに会わせること――そして二人を祝福することだけ。それ以外は決して望んではいけない……。
 蛇口を捻って流れ出た水道水が思った以上に冷たくて、あたしの火照(ほて)った心が少しずつ冷めていく。
 大丈夫、目が覚めた。
 あたしはもうそれ以上を望まない――。


 本日の夕飯メニューは、温野菜のスープと魚介のパエリア。
「うわあ、おいしそう!」
「スペイン産のワインもあるよ。アゲハはお酒が好きだからね」
「あの……あ、ありがとう」
 レストランで飲みすぎたせいか、あたしは大酒飲みだと思われてしまったらしい。しょっちゅう飲むわけではないのだけれども……。
 乾杯をして、パエリアを一口。ヤバイ、おいしい!
「で、今日は一日どうだった?」
「まあ色々と大変だった……かな?」
 ベルは続きを催促するように微笑んで見つめてくる。
「つまらない一日よ、聞いたって面白くないし」
「聞きたいんだ、話して」
 会社での一日なんていつもと同じで何の変化もないつまらないものだ。しかも今日は朝から良い事なんて一つもなかった。
「アゲハの話が聞きたい……」
 ベルの笑顔に負けて、あたしは朝から酷い目にあった話を掻い摘んで話した。
 その度にベルは「重い物を女性に運ばせるなんて!」とか、「アゲハは優しいから誰にでも頼られるんだね」とか相槌を入れてくれるから、正直あたしは話してるのがだんだん楽しくなってきていた。
 最後には今日一日そんなに悪くなかったのかも? なんて思うようにもなってきていた。
 我ながらなんて単純なんだろうって思った。
「――それでね、そうやっていつもあたしを苛めるの。気配がなくて本当に驚いたんだから」
「なるほどね……話しを聞くに、もしかして彼はアゲハの事が好きなのではないかな?」
 あたしはブロッコリーを噴出しそうになった。
 吉野さんがあたしを好き? 小学生の男の子がよくする、好きな子は苛めちゃうってやつ?
「まさか! やめてよベル、変な事言わないで!」
 そんなの絶対に有り得ないってば!
「わからないよ、男心はフクザツなんだ」
 ベルはワインを飲みながらしたり顔で言った。
「あら、そうなの?」
 その言い方がおかしくてあたしもクスクス笑い出した。

 吉野さんがあたしを好きだなんて、それは有り得ない事――だって、好きな人に似合わないよ、なんて失礼な事言わないでしょう?
 もちろんベルには最後までネックレスの件は言わなかった。それを言えば、吉野さんはあたしの事が好きかも説を覆す事ができるかもしれないけれど……。
「あたしの話は終わり! 次はベルの番よ」
 ベルのグラスにワインを注いであたしは催促してみる。
「いいよ、実はね……」
 彼はニコニコしながらキッチンへ向かい、現れた時には可愛い色合いをした花束を手に持っていた。
「アゲハにプレゼント」
「え、ほんとに?」
 ひょっとしてプロポーズ?
「今日から駅前の花屋でアルバイトを始めたんだ」
 ……なわけないっつーの! わかってた、わかってたわよ。ちょっとだけドキッとした事は認めるけれど。
「すごいきれい。ありがとう、ベル」
 花束を貰ったのは実は初めてだ。もちろん卒業式とかそういったイベントでは後輩から貰った事くらいはある。でも男性から花を贈られたのはこれが初めてだったから、それに深い意味はなくてもあたしはすごく感動した。
 花をもらうって……こんなに嬉しいんだ。
「いい香り……」
 ベルにとってあたしはなんだろう。ただの友達? ただの家主?
 それとも花束を贈るくらいは友達以上に想われているって勘違いしても……いいの?
 心のどこかで警告音が鳴り響く。これ以上は考えてはいけない――と。
「でも、どうして急にアルバイトなんて……」
「大家さんが紹介してくれたんだ。偶然会って話をしたら、人探しなら人通りの多いところですべきだって助言をくれてね……」
 なるほど、その後は大体想像がつく。
 人通りの多い駅前の花屋なら目に付くから――しかもイケメンの花屋の店員なんていたらすぐ噂は広がる。顔を知ってる優花さんはベルを見つけることができるし、買い物ついでにお客さんに尋ねれば、彼女を知っている人が見つかるかもしれないという事だろう。
「あとね折り入ってお願いがあって……」
 ベルは何故か申し訳なさそうに上目遣いで尋ねてきた。
「なぁに? あたしに出来る事なら何でも言って」
「この書類にサインをしてくれないかな? 僕は外国人だから何かあった時のために、誰かに連絡を取れるようにしたいって言われて……」
 おずおずと取り出した書類は履歴書で、示された場所は保護者欄だった。
「あ、うん……いいよ」
 ベルにとって――あたしは……保護者?
「ちょっと待ってね、とりあえず花を――」
 その瞬間、あたしはとんでもない事態に直面している事に気づいた。
 この家に花瓶というものは存在しないのだ!
 えっと、代わりのもの……ペットボトルか牛乳パックか……。
 ど、どうしよう!
「僕がやるよ」
 呆然と立ちすくむあたしの両手から花束をそっと引き受けると、ベルは器用にリボンを(ほど)き始めた。
「あ、待ってベル、あのね――」
「花瓶も用意してあるから大丈夫だよ」
 ベルはウインクして言った。
 まるで「この家に花瓶がない事くらいお見通しさ」と言わんばかりの表情。
「すごく用意がいいのね……」
 花瓶がない家――それは花を普段から飾らないという事で……。
 やだもう、あたし全然女らしくないじゃない!
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