第十八話:男として意識
「・・・参ったのう」
童は屋敷の縁側で困り果てていた。
人間界で飛天に抱き締められて泣いた後は直ぐに天竺に帰った。
その時から飛天を“男”と意識するようになった。
今までは年の離れた兄か若しくは友の感覚で接してきたが人間界のデートで飛天を“男”として意識した。
鍛えられた胸板、低い声、抱き締めた腕・・・・全てが“男”の物だった。
・・・・・飛天の胸は温かった。
「・・・・・ッ!!」
思い出しただけで頬から湯気でそうじゃった。
人間界で童を抱き締めた飛天の胸は温かく優しさに満ち溢れていた。
もう一度あの胸に抱かれたい。
抱き締められて耳元で優しい言葉を囁かれたい。
しかし、恥ずかしくて言える訳がない。
だけど、抱き締められて耳元で優しい言葉を囁かれたい。
一体どうすれば良いんじゃ?
「・・・・はぁ」
「どうかしたか?」
「ひゃあ!!」
飛天の声が耳元で聞こえて飛び上がった。
「そんなに驚く事ないだろ?」
心外だと顔をする飛天。
「・・・・・か、考え事をしていたから驚いたのじゃ!?」
「俺の事でも考えてたのかな?」
さらりと図星を指され動揺した。
「・・・・・!!」
「何だ?図星だったか?」
意外そうな表情をする飛天に慌てて否定した。
「ち、違う!主の事など考えておらん!?」
「ふぅん。・・・まぁ、良いけどな」
気のない言い方をした飛天は懐から手紙を差し出して来た。
「・・・こ、今度は、何じゃ?」
少し警戒して尋ねた。
「白明天殿からだ」
「あ、姉上から?」
姉上が童に手紙など何を考えているのじゃ?
『呪が籠められてないじゃろうな?』
飛天から受け取った手紙を恐る恐る読んでみる。
『近い内に当屋敷で宴が開かれるので夜叉王丸様と一緒に来て下さい』
梅の香がする和紙に丁寧に書かれた綺麗な文字。
間違いなく姉上の書いた文字じゃな。
こんなに綺麗な字を書ける相手は姉上くらいじゃし何より梅の香は姉上の好みじゃ。
「で、どうするんだ?」
「どう、とは?」
「宴に行くのか行かないのかだ」
「・・・・・・・」
言葉に詰まった。
屋敷を出てから三ヶ月が経っていた。
その間に屋敷に行ったのは一度だけ。
「お前が行きたくないなら断るぞ」
「主は大丈夫なのか?」
「仮にも八部衆の筆頭である姉上の誘いを断って・・・・・・」
「別に宴なんて気まぐれで行ってたからな」
暗に行かなかった時もあると言っていた。
飛天の言葉に呆れながら童は提案した。
「・・・・・暫く考えさせてくれぬか?」
飛天は直ぐに返事を返してきた。
「別にいいが、行くなら準備があるから出来るだけ急げよ」
立ち去ろうとする飛天を童は呼び止めた。
「・・・ま、待てっ」
「何だ?」
振り返った黒曜石の瞳が童を捕らえ見つめてきた。
「あ、あの、その・・・・・・・・何でもない」
黒い瞳で見つめられて力が出なくなり何も言えなかった。
「?変な奴だな」
飛天は首を傾げたが追求はしなかった。
「・・・・・・」
飛天が去った後で童は気持ちを落ち着かせ手紙を読み直した。
丁寧な字だが、有無を言わせない力が感じられた。
姉上らしいと言えば姉上らしい手紙じゃった。
恐らく姉上の性格から察するに断れば実力行使も厭わないじゃろうな。
それか宴に来なかったのを在りもしない噂をばら撒いて嘲笑するに違いない。
幼い頃から味わってきた屈辱が頭に蘇った。
言う事を聞かなかった童を問答無用で殴り飽きると在らぬ噂を言い触らし嘲笑った姉上。
この宴に出なければ童が我が儘を言って飛天を困らせたと噂を流すじゃろう。
免疫のある童は平気じゃが飛天や凜に被害が出るのは嫌じゃった。
特に凜は童に神経を使いすぎるから、これ以上はして欲しくなかった。
数分かけて出した結果、
「・・・・・行くしかないか」
童が一度・・・・・たった一度だけ、あの屋敷に赴いて数時間くらい耐えれば良いだけのこと。
それだけで飛天や凜に危害が無いなら我慢しよう。
「そうと決まれば飛天に言わねばな」
手紙を丁寧に畳んで仕舞うと飛天を捜しに向かった。
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