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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀三年 決戦、三方ヶ原の戦い

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千五百七十二年 五月上旬

ピザの歴史は意外に浅い。正確にはピッツァと呼ばれるその料理はイタリアで生まれたとされている。平たく伸ばしたパン生地の上に様々な具を載せて焼き上げるシンプルな料理だ。
円盤状の平パンは世界各国に見られるが、上に具材を載せて焼き上げるという手法が現在のピザの調理法に似ていることから、エジプトから伝来したという説もある。
現在のピザに近い料理が登場するのは18世紀後半、ナポリの露店だった。
当初は庶民の味として親しまれたピザだが洗練され細分化していき、19世紀初頭にはピザ専門店という意味のピッツェリアが登場するなど、イタリアの幅広い層に浸透していった。
ピザの歴史が浅くなった要因はトマトにある。ピザにとって欠かせない材料であるトマトは、スペイン人が大航海の末に南米のインカから持ち帰ったのだ。
しかし16世紀にはヨーロッパに持ち帰られたトマトだが、当初は食用と考えられていなかった。
トマトと同じくナス科の植物ベラドンナがヨーロッパでは有毒植物として有名であり、専ら観賞用として栽培されていた。
ここで飢饉がイタリアを襲う。食料確保に苦しんでいた庶民は、誰も見向きもしないトマトの実を食べざるを得なかった。
飢えて死ぬよりはと、トマトを食べてみると実に美味しいことに気がついた。これ以降、イタリア料理に赤を添える欠かせない存在となった。

話をビザに戻そう。当初はナポリの貧困層が食べる物と言う位置づけだったピザだが、イタリア王妃マルゲリータに献上され、彼女が愛したために一般に広まった。
王妃が好み己の名を与えたマルゲリータ・ピッツァはナポリピッツァの代表だ。具材はシンプルに三種類、バジリコ(バジル)、モッツァレラチーズ、トマトソースのみを使用する。
彼女がこの料理を愛した理由に、三種の具材が持つ色がイタリア国旗を思わせたというのがある。シンプルであるだけに誤魔化しが効かない、作り手の腕が試されるナポリピッツァの王様だ。

余談になるが、ピザとピッツァは全くの別料理である。本国風の発音がピッツァであるのではなく、材料から食べ方まで異なっている。
ピッツァがイタリア料理であるのに対して、ピザはピッツァを元にアメリカで改良を施されたアメリカ料理である。
ピッツァが原則一人一枚を食べるのに対して、ピザは一枚を複数人でシェアして食べる事が多い。
ドゥと呼ばれる生地の味と食感を主役とするピッツァに対して、ピザは具材こそがメインであり、生地は添え物とされている。
なお日本のピザでは定番トッピングのコーンやポテト、マヨネーズはアメリカですら異様に映るそうだ。元祖であるイタリア人が日本のピザをピッツァとは認めないと強弁するのも仕方のない話である。

そんなピッツァを16世紀の日本で再現してみせたのが静子である。理由は勿論信長である。時代の最先端を突き進む尾張で採れる食材を活かした料理をあげつらった結果、鶴の一声で始まった。
現代は様々な具が乗っているピザだが、それだけの材料を揃えるのは手間がかかる。そこでナポリピッツァの代表であり、シンプルに美味いマルゲリータ・ピッツァに白羽の矢が立った。

それでも問題がない訳ではない。バジルは栽培が容易なため、たいして手間はかからないが問題はモッツァレラチーズとトマトソースだ。取り分けモッツァレラチーズは難しい。
モッツァレラチーズとは水牛の乳を原料に作られるが、戦国時代の日本に水牛は存在しない。また輸入して飼育しようにも、多湿環境である日本では非常に手間が掛かり難しい。
しかし水牛の乳に拘らなければ代用は可能だ。牛から絞った牛乳にレモン汁と少々の塩を入れて煮立てれば、モツァレラチーズの代用品は得られる。
どちらかと言えばリコッタチーズに近いが、この際贅沢は言っていられない。
年中トマトが入手可能な現代と異なり、都合よく熟したトマトが結実している訳もなく、ケチャップにタマネギとニンニク、粉チーズ、塩胡椒を混ぜてトマトソースの代用品を作った。
しかし、最後にして最大の問題が一つあった。静子はピザの生地を作った経験がない。

「まさかこの年でピッツァを焼くとは思いませんでした」

ダメ元でみつおに訊ねると、幸運な事に彼はピッツァ作りの経験があった。何故経験があったかというと、毎度の如く副業のバイトでイタリアンレストランでも働いていたからだ。
他にも漁業の手伝いをしたり、農家で収穫の手伝いをしたり、割と経験豊富なみつおだった。

「しかし、ピッツァ窯で焼く方を経験しているとは思わなかったです」

「その店は本格的なイタリアンレストランでしてね。店主がわざわざイタリアまでレンガを買いに出かけたそうです。バジルも自宅で栽培したり、モッツァレラチーズの仕入れ先を探したりと、かなり真剣でしたねー」

「色々とご経験されているんですね」

「……その頃は不況でしてね。サラリーマンの安月給では娘に不自由させないだけの収入が得られませんでした」

言い終えると同時、みつおはため息を吐く。彼の肩に足満が手を置いて慰める。静子自身は現代の労働を殆どした事がないが、働くというのは大変なんだろうなと思った。

「ま、色々とありましたが、こっちで一番良い事といえば色々と食べられる事ですね。大トロ食べ放題とか、あっちではお金がいくらあっても足りませんから」

「マグロもそうだが、色々な魚が手頃な値段で手に入るのは良い」

暗い話題で空気が悪くなったと思ったのか、みつおは努めて明るい雰囲気で言葉を発する。足満も静子も無駄に重い雰囲気を引きずる気はなかったので、彼の言葉に乗った。

「マグロは不人気ですからね。まぁ血抜きと神経抜き、それから海水で作った氷を作れないと、身焼けを起こしてマズくなりますからね」

マグロは鯛など他の魚と同じく、縄文時代から食べられてきた馴染みの魚だ。しかし、マグロは江戸時代中期まで不人気な魚だった。それには幾つかの理由がある。

まず、京は鯛など白身の魚を至上とし、それ以外の魚は下魚として扱っていた。マグロは赤身の魚ゆえ、当然ながら低級魚と見られていた。
次に江戸時代中期に入るまで、マグロの読み方が「(シビウオ)」や「宍魚(シビ)」だったため、「死日」など死を連想する言葉と重なり、いくさ前に験を担ぐ武士に不人気だった。
また、赤身ゆえ獣の肉に似ているとの事で「宍(獣の肉という意味)」の漢字を使われ、古くからある肉食禁止の考えから敬遠されがちだった。
江戸時代に入っても鮪は低級魚扱いで、当時の川柳に「鮪売り 安いものさと (なた)を出し」というものが残っている事から、いかにマグロが安い魚だったかを知る事が出来る。

江戸時代後期になって握り寿司が登場すると、それまで畑の肥料にされていた鮪の地位がようやく向上した。そして、冷凍技術が発達したことで高級魚の仲間入り出来た訳だ。
それまで高級魚に仲間入り出来なかったのは、マグロを適切に処理出来なかった事が原因で『やけ』と呼ばれる鮮度劣化が起きた事が理由だ。

マグロは船に上げると酷く暴れ、体温がすぐに40度へ達してしまう。そうなるとマグロの身が変色してしまい、見た目と味が劣化する。
また血抜きや神経抜きを行ってから冷やさないと、血中の酵素が筋肉を分解し酸化が早まり酸っぱい味になる。
江戸に着く頃には外見は変わらないものの、中身は常温で数日放置されたようなものに変化する。これゆえマグロは「マズい魚」と考えられていた。

戦国時代、マグロの身焼けを起こさず運ぶには、延縄(はえなわ)漁法で釣り上げたマグロに血抜きと神経抜きを施し、更に海水氷に浸して港に持ち帰る必要がある。
港に持ち帰っても処理は続く。海水氷に入れたまま運び、静子専用、かつ戦国時代に唯一存在する冷凍庫に運び込み、2ー3日冷凍保存する。
こうする事でマグロ内部にいる寄生虫を死滅させる事が出来る。冷凍処理が終わってからも、手間をおしまず氷水解凍を行い、マグロの身を熟成させる。
ここまでして、ようやく現在と同等の生食可能なマグロとして扱う事が出来るのである。
現代の最新設備を用いた−60度以上で急速冷凍して細胞の変化を止めたマグロと比べると、少しずつ細胞の劣化は起きているが、それでも普通に釣り上げたマグロより格段に味は良い。

「急速冷凍が出来れば良いんですがねー。流石に無理でしょうし。ま、大トロを気兼ねなく食べられるのは幸せです。お酒もすすみますしね。とはいえ、数百キロのマグロは滅多にかかりませんね。大きくても100キロが良い所です」

「近海にもクロマグロなどはいるようだしな。意外と近海の魚は豊富だと思い知った」

雑談をしながら焼き上がったピッツァを皿に乗せ、それを近くに控えている堀たちに渡す。受け取った堀たちはそれを信長たちがいる広間に運んだ。
流石に何十人分のピッツァを焼くのは大変な労力だった。焼き上がったピッツァは次々に武将たちの胃袋の中へ消えていく。何枚焼いても終わる気配が一向に感じられなかった。

「ふー、流石に暑くなってきた」

ピッツァ窯の火が衰える様子はなく、仮に火力が下がれば薪が次々と投入された。その熱気が漏れ、周囲は春を通り越し真夏日のような暑さだった。
長時間熱気に晒された体は水分を欲した。静子は水に砂糖と塩、レモン汁を入れたスポーツドリンクを一口飲む。
火照った身体に染み渡る冷えたスポーツドリンクは最高だった。

「……夕餉のマグロは気楽に済むと良いなぁ。しっかし、何で私がこの手の仕入れをすると、皆何も言わず集まってくるのだろうか」

不思議そうに首を傾げる静子だが、その理由を彼女が知る事はなかった。






静子が何も言わずとも、信長や武将たちが食材の仕入れを知っていたかの如く、静子の邸宅に時を同じくして集まるのには簡単なカラクリがある。
彼女の仮邸宅が決まった時から、静子邸の周囲は信長や主だった武将たちの親族で固められているからだ。
表面上は側仕えや使用人なのだが、彼らは常日頃から静子の動向をつぶさに観察し、それを逐一主に報告する義務を負っている。
元々は彩がその任務を負っていたのだが、彩の立場も高くなり様々な仕事を任されるようになり、タイムリーな報告を上げることが難しくなってきたため、急きょ代役として親族たちの使用人が抜擢されたのだ。

動向と言っても全てではなく、もっぱら食べ物に関する事だ。
静子は現代の料理をみつおや足満、たまに五郎と一緒になって再現し、それらのレシピを定期的に自身が管理する街の飲食街組合に送っていた。
そしてレシピを基本に、各料理人が思い思いの改造を施すため、いつしか飲食街は和洋中が混ざり合った、無国籍料理や創作料理に近いものが並ぶようになった。

食欲というものは馬鹿に出来ない。旨い料理というのは、それだけで心を豊かにしてくれる。
例えばナマコだ。現代でも日本産の干ナマコは世界最高級品だ。戦国時代は言うに及ばず、現代でもナマコがどれほど美味かを知る人間は少ない。
しかしすぐ近くに素材があり、その調理法や美味さが周知されれば評価は変わる。ナマコ酢やこのわたなどが酒肴として庶民に知れ渡ると、一気に需要が跳ね上がった。

誰もが見向きもしなかった素材の需要が高まれば、濫獲されて数を減らすのが世の常だが、静子が大々的に養殖業を行っているため「ナマコも養殖が出来るのでは?」と考えられ、同志たちで組合を作りナマコの研究が行われるようになった。
ナマコの養殖は静子が計画し実行に移した訳ではないが、こうした研究を静子は大いに推奨し、資金は言うに及ばず技術援助さえした。

ナマコは光を嫌うため暗い環境と、快適な水温を維持しなければならないが、餌は他の養殖魚の食べ残しや培養した珪藻(ケイソウ)、適当な海藻粉末だけで問題ない。
こうしたナマコの養殖業取り組みが他を刺激し、ブリ(ハマチ)やマダイ、カンパチ、ヒラメ、マアジ、マサバ、クルマエビなど魚や海老の養殖を研究する人間が出てくるようになった。
ただし、意欲的に養殖が行われるのは食用可能な生物のみであり、緋鯉などの観賞用品種を育てるなどと言う酔狂な事をするのは静子のみであった。

養殖業の発展に伴い、静子の街や港街では多種多様な食材が食卓に並ぶようになり、その余波が他の街まで広がっていき、結果として尾張の至る所へと経済効果が波及した。
土地を支配する信長や武将たちは、何もしなくても税収が上がるのだから余計な口は挟まない。
しかし武将たちも人間である、旨いものを食べたいという欲求はある、いやむしろ人一倍強いと言える。
特に起爆剤の静子たちが間近にいるのだから、彼女たちを監視すればいち早く料理にありつける。そんな思惑が絡んで、静子の動向は監視されているのだ。
本人が知れば「何をやっているのだ」と呆れる話ではあるが。

「ぴっつぁとやらは堪能した。しかし、やはりわしは米が良いのぅ。南蛮人はあの様なものを毎日食べて飽きぬのか」

マルゲリータ・ピッツァを堪能した信長は感想を漏らす。
みな、彼の感想に頷いていたが、毎日米を食べている日本人を見て西洋人も同じ感想を抱くのでは、と静子は心の中で突っ込んだ。
暫く談笑してから解散となったが、夕餉にマグロが出るので皆帰宅の途につかず、思い思いの休憩を堪能していた。

静子とみつお、足満、五郎に休憩の時間はない。次は夕餉のマグロに対して仕込みをしなくてはならない。
幾ら五郎が先立って仕込みをしていても、彼一人だけで片付けられる訳はない。ピッツァの作業が終われば、そのまま五郎の補助に回る。
少し休憩してから調理場へ移動すると、雪室で熟成させたマグロの身を前に五郎が唸っていた。

「シビ……マグロってのは部位が多いんだな。何を作るか思いつかないぜ」

一口にマグロの身と言っても腹と背、ほほ、脳天、尾と様々な部位から身が取れる。部位ごとに呼び名は異なるが、脂の乗りによって大トロ、中トロ、赤身に分類される。
しっかりと下処理をしているため、身焼けが起きた茶褐色ではなく綺麗な赤身だ。大トロも脂がたっぷりのっている。

「刺身と寿司でマグロの味を知って貰うとして……他は何が良いでしょうか?」

メニューに悩んだ静子がみつおに尋ねる。正直な所、静子も五郎と同じく刺身と寿司以外、これといった料理が思いつかなかった。
試食の時も刺身と寿司ぐらいしか思いつかず、結局はそれで終わらせてしまった。だが、今回は信長たちが食べる番だ。刺身と寿司だけでは味気ない。

「うーん、これだけあるなら、山かけ丼ですかねぇ。わさびや本醸造醤油がありますし、美味しいと思いますよ」

「あ、お土産にツナを作りましょう」

「ツナというとマヨネーズが外せない。しかし、ツナマヨは危険、飯がすすみすぎる」

「足満さんはツナマヨを所望と。本醸造の米酢に生みたて卵、絞りたて菜種油がありますね。マヨネーズは十分作れます」

「おっさんのいうま、まよんねーず? が何か知らないが、面白そうだから作ってくれよ」

「おっさんではなくみつおです。ツナはにんにくにショウガ、塩、菜種油ですね。あ、そう言えば胡椒があるのでしたね。これで味に深みが出せます」

「胡椒はまだ貴重だからな。余り使いすぎるなよ?」

みつお、五郎、足満の三人はマグロを前にあれやこれやと言いながら料理をする。入る余地がないなと思った静子は苦笑しながら頬をかく。

「じゃあ料理は三人に任せたね。私は——」

「ではその間、私と一緒に茶でも一服いかがかな?」

「うわおっ!」

いつの間に背後に立っていたのか、爽やかな笑みを浮かべた前久が静子の肩に手を乗せつつそう言った。余りに予想外で静子は素っ頓狂な声を上げる。

「はっはっは、驚かせてしまったようだね」

「……何をしに来た」

突然の前久登場に驚く五郎とみつおだが、足満はむすっとした表情で質問を投げる。足満の睨むような視線を受けても、前久は飄々とした態度で答える。

「何、夕餉が少し気になってな。少々、冷やかしに来たのだよ。そしたら何やら楽しそうな声が聞こえてな。邪魔をするのも悪いと思い、話が終わるまで待っていたのだよ」

にこやかに答えると前久は静子の方を向く。

「失礼した。脅かすつもりではなかったのだが、結果的に驚かせる事になってしまったな」

「あ、いえ、こちらこそ変な声を上げて。あ、お茶なら喜んでお受けいたします」

「それは有り難い。では私と静子殿はこれで失礼する。三人とも、美味しい夕餉を期待している」

承諾を得られた前久は静子の肩に手をかけ、彼女をエスコートする。
前久はぽかんとした表情の五郎とみつお、不愉快そうな表情の足満に人の良い笑みを投げてから台所を出ていった。






その日のマグロ尽くしは大成功を収めた。江戸時代の人間は脂身に対して弱いが、戦国時代の人間はいくさ続きゆえ、エネルギーを多く必要とする。
必然的にエネルギーになる脂身の摂取も多くしている。
だが、そんな小難しい事は関係なく、今までマズくて食えたものではない、と言われていたマグロが、実はある程度の処置を施すと美味なる魚となるのだという事の方が衝撃的だった。
シビという縁起の悪い名前を全て脇にどけ、信長を初め織田家家臣たちは一心にマグロ料理を堪能した。

「美味だった。しかし、宍魚では決まりが悪い。今後、宍魚ではなく(マグロ)と呼ぶように」

名前の悪さは信長の鶴の一言で解決した。だが今のままでは、マグロの贅沢な部分しか味わっていない。もっとマグロの良さを味わって欲しいと静子は考えた。
そこで彼女は一手を用意した。現代でも大人気のツナを用意し、信長たちにばらまいたのだ。
ツナは牡蠣のオイル漬けのように、油で低温加熱する料理だ。形も気にする必要はなく、マグロの余った部分を油で加熱して油ごとビンに詰めれば良い。
翌日の朝食にツナマヨ握りを出すと、もはや狂喜乱舞(きょうきらんぶ)の体で、みなツナマヨ握りを(むさぼ)った。
朝餉後に瓶詰めのツナを配ったが、数十個あったツナの瓶詰は一つ残らず信長や織田家家臣に持ち帰られてしまった。

「お、恐るべしツナマヨッ!」

沢山合ったツナの瓶詰が綺麗さっぱり消えた事に五郎は愕然とした。ツナが余ればお酒のあてにしようとした五郎の考えは、脆くも崩れ去った。
残ったものと言えば、静子がガリ版印刷したツナマヨのレシピとマヨネーズのレシピだけだ。
餡のように握り飯の具論争が起きなくて静子は万々歳だが、五郎はそうはいかなかった。

「言ったであろう。ツナマヨは危険だと」

そんな彼に足満は肩に手を置き、慰めの言葉を口にする。みつおは何とも言えない表情で頬をかいていた。

「まー、今後はマグロも多く仕入れられるでしょうし、次回のお楽しみという事で、ね?」

「そうだぞ、五郎。織田の殿様は気に入ったのだから、今後は幾らでも機会はあろう」

酷く落ち込んでいる五郎を足満とみつおが慰める。最初は落ち込んでいた五郎も、次の機会があると理解し、気持ちを持ち直した。

マグロ試食会が終わって数日後、静子の邸宅は数日前の賑やかさが嘘のような静けさに包まれていた。作物の栽培状況をじっくり確認出来るので静子は静かな事を喜んだ。
栽培している南国の果実で一番収穫が近いのがマンゴーだ。丸々としたマンゴーが幾つもあり、後数ヶ月もすれば熟した実になる。収穫後には接木で苗を作って増やせば良い。
種から育てると最低でも6年、長ければ10年近くかかるので種からの栽培はしない。
マンゴスチンやライチ、ランブータン、ドラゴンフルーツなどは栽培に成功しただけで、未だ結実にたどり着けてはいない。
何よりこれらの品種は接き木や挿し木の技術を使っても、結実に至るまで数年かかるものだ。特に直射日光が苦手なマンゴスチンと、直射日光が必要なライチの相性が悪い。
片方は日光に気をつけて、片方は日光を浴びせる必要があり、苗木が小さい状態では混同して失敗する恐れもあった。
運良く成功したが、次は収穫するための高さに注意しなければならない。

「イチジクは確か1年目は収穫しちゃいけないのよね。しかも水を好む性質……最近になって思ったけど、これだけの数を一気に栽培しようと思ったのは失敗だったかも」

カカオやコーヒーだけで満足していれば良かった、と静子は最近思うようになった。
流石に必要な対応がちぐはぐ過ぎるので、それぞれの栽培区画に情報を纏めた書類を置くようにした。
手入れや育成状況を把握する前に、それらを読んで混乱しないようにしたお陰で、今ままで間違いは起きていない。

しかしコーヒーは収穫出来るのが早くても来年、カカオに至っては三年以上を見込んでいる。
ドラゴンフルーツやイチジクは、1年目の実から種を取り出すので可食出来ない。両品種とも食用出来るのは来年からだ。
マンゴスチンやライチ、ランブータンは結実まで数年を要するので、早くても作付けから三年目ぐらいと見込んでいる。

南蛮果実の中でもっとも簡単な作物がドラゴンフルーツだ。
ドラゴンフルーツはサボテン類に属するため栽培自体は難しくなく、病害虫や不良環境にも強いので、特に農薬を使わず1年から2年で開花・結実する。
更に果実だけではなく(つぼみ)や花も食用出来る上に、特別な世話をしなくても育つ旺盛な生命力を持っている。
それゆえ南蛮果実を栽培しているビニールハウスでは、かなりぞんざいな扱いを受けている。だが、それでも土から養分を吸い取って成長を続けていた。
増やし方も種と挿し木の二種類があり、更に種からでも発芽率が良いのですぐに増える。ただし寒さには弱いので外での栽培は出来ず、ビニールハウスから出して育てる事はない。

「パイナップルも沢山増えたけど、そろそろ消費量に合っていないから数を抑えるかな」

今までは2つ程度のビニールハウスだったが、新しい邸宅を建てる事になった関係で二桁に届く数が建築される事となった。
湯量の関係で温室ハウスに出来るのは限られているが、それでも今までとは比較にならない数が栽培出来る。
拡張されるのはビニールハウスだけではない。田畑や鶏や家鴨、鵞鳥に烏骨鶏などを飼育する区画も新たに整備される。もっとも、拡張規模から引越はまだ先の話だが。

「胡椒が順調に冬を越してて安心した。これなら苗を増やすのも問題ないね」

最後に胡椒の木を確認し、順調に冬を越えられている事を確認した静子はビニールハウスを後にする。






信長が静子の家を訪問して以降、兼続の活動は目に見えて減った。たまに慶次と共に静子が管理する街へ出かけるぐらいで、一日部屋でゴロゴロする事が多い。
静子見物に飽きたのか、それとも単に何もする気が起きないのか、どの様な気持ちで兼続が活動を控えているのかは分からない。
ただ、静子としては初期の監視に近い行動がなくなって、幾分気楽にはなった。

「世話になった。縁があったらまた会おう」

そして月日はあっという間に流れて四月、完全に雪解けとは言い難いが越後に帰還するのに問題ない時期になると、兼続はそれだけ言って静子の家から去った。
しんみりしたお別れもなく、風に流される雲のような感じだった。またひょっこり現れて、適当に家に居座って、風のように去って行くのでは、という思いを静子は抱いた。
静子が用意していたお土産を、しっかり持って帰ったのには苦笑いしかなかったが。

「何というか、自由な風の子って感じだったね」

ぽつりと呟いた静子の兼続への人物評価に、異論を挟む人間はいなかった。そんな評価を受けた兼続は一向宗を軽くまき、数日かけて謙信の居城・春日山城に帰還する。

「ただいま戻りました、お実城様」

城へ戻ると謙信からすぐに呼び出しがかかる。

「良く戻った。旅疲れのところを悪いが、早速尾張の土産話を聞かせて貰おうか」

にこやかな表情で言う謙信だが、反対に実綱は眉根を寄せていた。
それも致し方なし、兼続は景勝の近習だ。その役を忘れ、一人織田の許へ向かったのだから不快に思われても仕方ない。
当の景勝は「与六は風の子ですゆえ」とたいして気にしていなかったが。

「はっ、お実城様の仰った通り、民はのびのびと暮らしておりました。小さな諍いは時折起きておりましたが、それを専門に扱う者たちがいるため、大きな騒ぎに発展する事はありませんでした」

「その様な決まりきった報告は要らぬ。与六、貴様が感じた事を素直に話せ」

軒猿が上げてくるような報告を謙信は求めていない。必要なのは兼続が何を見て、どの様に感じたかだ。謙信の真意を理解した兼続は居住まいを正す。

「失礼しました。では……静子殿は一言で言えば不思議、です。某も色々と言われておりますが、それに輪をかけて静子殿は不可思議な存在です。無欲……ではないですね。他人の欲にはめざとく気付きます。その欲を旨く刺激して、思うように仕事をさせている手腕は見事という他ありません」

綺麗事だけで人が動くなら治政者は苦労しない。名誉、土地、名物、金子など、人間という存在は動機に私利私欲、言うなれば旨味が得られなければ動かない。
相手の意見に賛同し与しても、結局その人物を突き動かすものは自身が得られる利益だ。
信長は当然のことだが静子もこの点を十分理解し、自分に与する者たちに利益を与えている。無論、与えるだけではなく、与えた利益に見合った仕事はこなして貰っている。
仕事もこなすことで双方に利益が増えるのだから、仕事を任された者は必死になって成果を出す。

「ほぅ、静子殿は人の欲など理解していなさそうな顔をしておったがな」

「見た目と考えが一致しない事が多い女人です。彼女は己を利する者には利をもって応えます。しかし、己を害そうとしたり、侮って騙そうと試みたりすると、害意の多寡に依らず致命の報復を仕掛けてきます。例え昨日、酒を酌み交わしたような相手であろうと、まるで表裏がひっくり返るかの如く、対応が切り替わります」

「思い切りが良い所があるか。時と場合によっては強みになる。して、裏切った相手には如何様な処分を下す」

「裏切った相手が改心するのなら許しています。無論、裏切りに応じた苛烈な労役が課せられますが。何度か降伏勧告をして、それでも態度を改めぬのなら根切り(皆殺し)です」

「良く分かった」

「はっ」

兼続の報告は十分な内容だった。謙信は頭の中で兼続の報告を一つ一つ吟味し、これから如何なる行動が越後の為になるか考える。

(武田は動く。北に越前一向宗、東に武田、南に長島一向宗、西に本願寺。朝倉や浅井もいるが、大きく分ければこの四カ所が織田を包囲する)

第二次織田包囲網は静かに、着実に信長を包み込んでいた。前回のように様々な勢力ではなく、今回は全て本願寺が主導して包囲網を形成している。

(普通なら織田の敗北は必至。我が越後とて武田といくさをしても引き分けが良いところ。しかし、わしにはどうしても織田の敗北が見えぬ。武田も、本願寺も、そしてわしらも、この包囲網に隠れている小さな綻びが見えておらぬのではないか)

日ノ本最強の武田軍は誇張ではない。信玄は通算72回いくさを行い、うち三回しか敗北していない。その三敗も若かりし頃、村上勢に名高い戸石崩れで敗北しただけだ。
それから勝つか、それとも引き分けのどちらかだ。この勝利で恐ろしいのは、自国が攻められた時の勝利は一つもなく、全て信玄が他国に攻め込んだ時の勝利だということにある。
つまり武田信玄は生涯、他国に攻められた事がない。武田軍の強さに他国が恐れおののき、二の足を踏んだのだ。まさに信玄率いる武田軍は、日ノ本最強の軍団と言える存在だ。

この認識は謙信だけではない。第二次織田包囲網を主導している本願寺、焼き討ちされた延暦寺、義昭に朝倉、浅井も同じ認識だ。
みな武田が織田領土を攻めれば全てが終わると考えている。ゆえに今回の織田包囲網は、いかに信長へ嫌がらせをし、対武田に集中させないかが肝だと捉えている。

(何かがかみ合わない。何を、と言われれば答えられぬが、わしの勘が違うと囁く)

謙信は武田が動けば全てが終わるという考えに疑問を抱いていた。何か確証があるわけではない。単純に自分の勘が、織田が武田に破れるという考えに納得していないだけだ。

「一つ訊ねるが静子殿はいくさの準備をしていたか」

「は? いえ、その様な様子はなく、配下も特にこれと言った動きは見せていません」

「そうか……もう下がって良いぞ」

兼続を下げると謙信は顎に手を当てて再度考える。彼の頭の中で幾つもの予測が立てられていく。謙信にとって武田が滅ぼうが、織田が滅ぼうがどちらでも構わない。
いかなる選択肢が越後にとって一番良いか、それが謙信にとって一番重要な事だ。

(もう少し様子見が必要だ。武田が動くならば北条か、わしのどちらかと同盟を組み、後顧の憂いをなくすであろう。その時、静子殿がどう動くか、それから決めても遅くあるまい)

知らず知らずの内に静子を強く意識している事に気付いた謙信は、驚きながらも小さく笑みを浮かべた。
一方、謙信に報告を終えた兼続は、腕を組んで頭を悩ませていた。

「さて……静子殿に借りた金の返済方法を模索しようか」






五月上旬を過ぎた頃、第二次三方ヶ原台地の地形調査チームから報告書が上がった。綿密な地形に加えて標高、地点ごとの気温と湿度までデータとして纏められていた。
既にデータとしては完成しているが、三方ヶ原台地の地形調査は後一回行う。第三次三方ヶ原台地の地形調査は、より軍事的な面での調査になる。
武田軍が布陣する場所はどこか、織田・徳川連合軍はどの様に移動するのが最適か、対武田戦において必要な調査を全て行う。

「何やら熱心に調べておるが、ちゃんと忘れるでないぞ?」

調査報告書を熟読していると、ふいに声が飛んできた。資料から顔を上げて声の方へ視線を向けると、腕を組んでふんぞり返っている奇妙丸がいた。

「忘れるって何を?」

何か予定があったかな、と静子は首を傾げる。

「ちょっとまてぇい! いいか、もうすぐ俺の初陣式がある。静子、ちゃんと参加しろよ」

「あぁ……」

指摘されて静子はようやく思い出す。史実では対武田を家康に押しつけた信長は、元亀三年七月に全軍を近江方面へ招集している。そこで信長は嫡男・信忠の初陣式を行った。

「七月かぁ。ちょっと色々と重なるから出来るかなぁ」

腕を組んで静子は唸る。まだ決定とは言い難いが、上がってきた報告書から六月と七月は重要な計画の試作品がお披露目される。
一つは開発に何年もかけたがようやく六月下旬に完成を見込んでいる手動式のスクリュー船、そして七月上旬に耐火レンガやコークスで鉄を溶かす高炉がある。
特に高炉はスターリングエンジンの試作機の試験もセットで行われる。スクリュー船はまだ余裕があるが、高炉とスターリングエンジンの試運転は是が非でも成功せねばならない。
史実では七月下旬の浅井攻めが信忠の初陣式と言われている。
そして浅井攻めの件は静子の耳にも入っている。つまり、七月下旬に信忠の初陣式が行われる可能性は非常に高い。

(さてどうしたものか。足満おじさんに任せても良いんだけど、全軍で出ないと茶丸君は拗ねそうだしなぁ)

流石に奇妙丸の初陣式を差し置いて、研究開発の方に熱を入れるのはよろしくない。しかし、信長からは何をおいても成功させろと厳命を受けている。

(あれ、これって久々にやばーい状態じゃないかな?)

試運転ゆえに失敗する可能性があるのは当然だ。トラブルが発生してうまく動作しない場合もある。それらを初陣式までに片付けて参加しろ、というのが今の静子が行う任務だ。
それに思い至った静子は顔から嫌な汗を流す。

「おいおい、流石に俺の初陣式はすっぽかすとか言うなよ? 何故か元服はまだだが、初陣式は最初の晴れ舞台だ。そこに貴様がおらんとか、つまらぬではないか」

「分かっているよ。すっぽかすなんてしないけど、今抱えている案件を片付けて参加だから、割ときつい予定だなぁと思ってね」

「ならば良し。話は変わるが、お前は何をしておるのだ?」

「んー、新しい工場の地形調査。キノコ栽培を工業化させるからね」

三方ヶ原台地の地形調査をしている静子だが、真の目的は信長以外には話していない。他の人間、家康にすらも偽りの目的を語り、本位を明かしてはいなかった。
彼らが事実を知るのは全てが終わった後で良い。今は(いたずら)に秘密を知る人間を増やさず、情報を隠匿するのが先決だ。その為なら奇妙丸すら騙すのが静子の考えだ。

「キノコ栽培?」

静子の思惑にまんまと乗せられた奇妙丸が質問をする。書類を探しているふりをして三方ヶ原台地の調査報告書を片付けると、静子は一つ咳払いをして空気を変える。

「種類にもよるけどキノコは栽培が可能なものがあるのよ。無論、人が育てた茸は自然の中で育った茸とは味や香りが異なるけどね」

キノコは発生条件によって栽培方法が異なるが原木、菌床、堆肥、林地栽培の四種類を基本に栽培を行う。
人工栽培の歴史はそれほど古くなく、十六世紀にヨーロッパでメロン栽培が行われた時、同時にハラタケ類のキノコが発生したのを契機に、キノコの人工栽培が始まった。
一番早くキノコの人工栽培に成功した国はフランスで、十七世紀にマッシュルームの人工栽培を成功させ、十八世紀初頭に植物学者が人工栽培の基本的な方法を確立させている。
そこから一世紀を経て、十九世紀にフランスから欧州やアメリカ合衆国に人工栽培の技術が伝わった。
一方の日本は江戸時代にシイタケの人工栽培を行っていたが、種菌を人工的に培養するという考えに至らなかったため、それほど安定してキノコを得られていなかった。

「ブナシメジとかは割と簡単だから成功したけど、他はもうちょっと時間がかかりそうでね」

ブナシメジやエノキタケ、ナメコは日本でもっとも栽培されているキノコ類だ。
人工栽培が非常に容易、かつ大量生産し易い利点がある。現代のような施設はなくとも人工栽培出来る利点もある。
だがキノコ菌は他の菌に負けやすいため、競合菌をシャットアウト出来る現代の設備で栽培するのとは異なり、戦国時代の人工栽培は常に失敗の可能性を孕んでいる。
ただしナメコは害菌への抵抗力が他と比べて強く、それゆえ家庭での栽培も容易に行える。

キノコ菌の組織培養は、キノコの一部分を切除して培養する組織分離という手法を用いる。
まず新鮮なキノコを用意し、滅菌した刃物でキノコを半分に割る。古いキノコを使わない理由は雑菌汚染されている可能性があるからだ。
次にキノコの内部組織を採取し、それを寒天培地に置床する。後は成功すれば組織からキノコの菌が伸びる。
最後におがくずと米ぬか、オカラを混ぜた培地に接種(せっしゅ)(種菌を植え付ける事)すれば完了だ。
本来は無菌状態にして接種を行うが戦国時代では無菌環境を作ることが不可能なので、静子はたき火の側で接種を行った。
火による上昇気流が発生し、それが培地に菌が付着するのを防ぐからだ。

なおエノキタケの廃培地からコレラタケ(毒キノコ)が生える事が多い。
よって食用キノコの培地だから問題ないと誤解して食べると酷い目にあうゆえ、注意が必要だ。

「お前の育てたシイタケはうまいが、キノコは食べた気にならんのが問題だ」

「まぁキノコって沢山食べるものでもないしね」

ブナシメジはどんな料理にもあい、エノキタケは鍋物や煮物に使われ、ナメコは味噌汁や炒め物の具になるなど、静子が人工栽培しているキノコは利用範囲が広い。
だがシイタケは別で、このキノコだけは国人や武将など、支配階級の人間がステータスシンボルに利用している。

食糧を安定して供給する事が静子の基本的な考えだ。しかし世の中はそれほど単純にはいかない。
一般の人々が食す食材と、支配階級の人間が己の権力を誇示するために使う食材に必ず分かれてしまう。キノコで言えば前者はブナシメジ、後者はシイタケになる。
特にシイタケは海外へ輸出する重要な商品ゆえ、莫大な数を生産しようとも流通する量は信長によって完全にコントロールされていた。

「米に野菜、魚にキノコと、本当に色々と手を広げておるな。ま、そのお陰で俺は毎日旨い飯が食えているがな」

「私だけじゃ蔵の肥やしになるから良いんだけどね。君たちの場合は遠慮がなさ過ぎなの。組織を採取する為のキノコまで食べられるとは思わなかったわ」

人工栽培が確立したキノコならば、組織を得られれば栽培する事は可能だ。無論、雑菌汚染されている可能性は高いので、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦でカバーするしかない。
現在、静子がアジアから輸入したエリンギを日本で栽培しようとしているが、それがまさしく数撃てば当たるで取り組んでいる。
おが屑に埋めて運ぼうとも、輸入は数ヶ月近くかかる。静子の手元に来る頃には腐ってしまう可能性は否めないからだ。

静子がエリンギを日本で採取せず海外から輸入する理由は、エリンギは日本には存在しないキノコだからだ。地中海の気候地帯から中央アジアのステップ気候地帯を原産地とする。
フランスやイタリアなどヨーロッパでは古くから人気の食用キノコだが、日本では最初に人工栽培されたのが1990年代と比較的新しいキノコだ。
だがすぐに栽培技術が日本全土に普及し、今では大量栽培が行われ手頃な価格で市場に出回っている。
日本では柄の部分が太くて長いのが好まれるのに対し、ヨーロッパでは傘が開いた状態が好まれるなど、同じキノコでも好まれる大きさや太さ、状態が異なっていた。

「悪いな、酒のあてに丁度良くてな」

「何が酒のあてよ。しっかり干したキノコを食べている辺り、狙ってやったようなものでしょ」

キノコは種類にもよるが、基本的に乾燥させた方が長く保存できる。
生のままでは冷蔵庫に入れて一週間程度だが、適切な手順を踏んだ干しキノコは風通しの良い冷暗所に保存すれば最長一年は保つ。
干すのは何も長期保存だけが目的ではない。太陽の光を浴びて干す天日干しなら、エルゴステロールがビタミンDに変化するため、生のキノコよりビタミンDが増える。
また干す事で旨味が凝縮され、更に水戻しなどをすれば旨味成分が水に溶けて良い出汁がとれる。

「さぁな。あの時は暗かったし、適当なのを頂戴しただけだぞ」

あくまでもしらを切る奇妙丸だった。

「そう……まぁ今後を考えてゆっきーとしろちょこに入り口を見張らせているから、次から迷う事はないよ」

「あ! 卑怯だぞ!」

「卑怯とは失礼ね。作戦と言って欲しいわ」

奇妙丸とそんなやり取りをしていると、入り口の方から人の気配がした。気になってそちらへ顔を向けると、襖が静かに開けられる。

「話は全て聞かせて頂きました、奇妙様」

「げっ! 爺!」

一番聞かれたくない人に聞かれた奇妙丸が、心底まずいといった表情を浮かべる。対して爺は全く動揺もせず、目を閉じて静かに言葉を続ける。

「お館様の家督を継がんとする方がなんと浅ましい。この爺、今日という今日は勘弁いたしません。奇妙様を甘やかした事を今日ほど後悔したことはありませぬ」

「いや、甘やかされた覚えがないのだけど……?」

突っ込みを入れて空気を変えようとしたが、爺は奇妙丸の話を聞かず手ぬぐいで目頭を押さえる。どこから手ぬぐいを出した、という突っ込みはしなかった奇妙丸だった。

「もうすぐ初陣式というのに、これでは他の者に示しが付きませぬ。奇妙様! 爺は心を入れ替えて鬼となり申す! 今からじっくりとお鍛え致しますのでご安心下さい! さぁ、参りましょう!」

「おい待て! 離せ爺! とりあえず冷静に話をだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!」

目にもとまらぬ速さで奇妙丸を捕獲すると、有無を言わさぬ雰囲気で爺は奇妙丸を引っ張っていった。
彼の断末魔じみた叫び声が聞こえなくなった頃、静子は書類を取り出して視線を落とす。

「さて、仕事の続きをしよう」

何も見なかった、それが彼女の出した結論だった。
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