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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀二年 比叡山延暦寺

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千五百七十一年 十月上旬

延暦寺は日吉大社の門前町でもあった坂本が滅ぼされただけで信長に屈した。
本山である比叡山延暦寺は無事であったが到底勝ち目はなく、このまま争っても敗北は必定であることからの措置だった。
しかしそれは余人には知り得ぬこと、これが原因で延暦寺の権威は地に落ち、今までのように居丈高に振る舞うことが許されない土壌が醸成された。
延暦寺の宗主たる天台座主は比叡山を追われ、それに対して正親町天皇や朝廷は信長を咎めなかった。

延暦寺の根本中堂と大講堂、日吉大社は焼失し、寺領や社領は信長によって全て没収された。
それらの領土は明智光秀・佐久間信盛・中川重政・柴田勝家・丹羽長秀に分配される。五人は自らの領土を持ちながら、与力を派遣して分配された領土を治めることとなった。

天台座主の覚恕法親王を筆頭に、信長と交渉をした正覚院豪盛らは甲斐まで落ち延び、武田信玄に庇護を求め、信玄はそれに応じて彼らを保護した。
また、延暦寺に対する信長の仕打ちを知り「信長は人に(あら)ず『天魔ノ変化』なり」と非難した。

翌十三日、戦後処理を明智光秀に任せると信長は精鋭のみを率いて上洛する。その間、各軍は近江の一揆を各個撃破していく。
京に入り延暦寺討伐の報告と戦後処理に関する根回しや、各種挨拶などの政務を片付けると信長は岐阜へ帰還する。
京に滞在中、気がかりな噂を幾度となく耳にした信長は、原因と思しき足満を呼び出した。

「貴様、松永に何をした」

噂として口の端に上っていたのは、高槻城を包囲していた松永軍についてだった。
有利な戦況であったにも関わらず突如戦線離脱し、国許へと引き返し門を閉ざして引き篭もってしまい周囲の耳目を集めていた。
配下の間者を放って裏を取った信長は、おそらく足満の仕業であろうと当たりを付けた。
足満に当たりを付けたのには理由がある。彼は三好三人衆と松永久秀に暗殺されそうになった。深い憎しみを抱いていたとしても不思議ではない。

「ふっ、少々脅しただけだ。大したことではない」

信長の問いに足満は笑って答える。
小動(こゆるぎ)もせず平然と答える彼だが、松永からすれば確かに己の手で(しい)した相手が生きており、力を付けた上で己を殺す機会を虎視眈々と窺っていると知れば敵前逃亡も合点がゆく。

(さえず)るな、言い訳は聞かぬ。宗渭(そうい)(三好宗渭、三好三人衆の一人)と同じ目にあいたいか』

『貴様には死すら生ぬるい』

『少なくない犠牲を払ってまで復讐する意味だと? 貴様がのうのうと飯を喰らい生きている、貴様が一日生き延びるだけで虫唾が走る。わしが平穏に眠るために貴様らは虫けらのように死ね!』

松永久秀・久通父子に向かって言った言葉を思い返し、足満は思わず笑みを浮かべる。

「しばらくは大人しくなるだろう。尤も脅しが効きすぎて気が触れるやもしれんがな」

「……詳しくは問わぬ。が、ほどほどにいたせ」

「善処しよう」

それはNOと答えているのと同じであった。それを理解した信長は足満にこれ以上何かを言うのを諦め、代わりに深いため息を吐いた。






浅井久政への工作を終えた静子軍は、後の処理を秀吉に任せた後、尾張へ帰還した。今回は決して少なくない負傷兵を出したが、死者の数は両手で数えられるほどに抑えた。
遺された家族への対応を玄朗に任せた後、静子は今回のいくさで功のあった者へ報償を下賜する。
その中には長政も入っていた。彼は100名の兵を与えられ、更に遠藤と三田村を与力として与えられた。元々は長政の家臣だが、体面上は静子預かりの兵ということになっている。
よって今回の報償で、彼らは今までのように偶然を装う必要はなく、堂々と長政に従って行動できるようになった。
もっとも、二人が小細工しているのを知った静子が、部隊内部で余計な不和を招かないよう三人を一ヶ所にまとめただけだが。

戦後処理を終え、論功行賞も一段落し、静子は大仕事に取りかかった。それは胡椒の収穫だ。
インドや東南アジア諸国では三月から五月にかけて収穫するが、植えた時期や気候の関係か、静子の胡椒畑は八から十月と遅めの収穫時期になってしまった。
八月下旬ごろから実をつけていた胡椒だが、依然として小さい実をつけるのみで九月を過ぎ、ようやく九月末辺りに実が大きく成長した。
つる性植物である胡椒の木は1つる当たりおよそ2キロの実をつける。
しかし静子の栽培した胡椒は土壌が適さなかったのか温度が足りなかったのか、実の付きぶりは芳しくなく、結実に至った10本から合計5キロ程度しか収穫できなかった。
本来の期待収穫量としては約20キロが見込めるのだが、今年は実はおろか花すらつけなかった木が4本もあり、投資した金額を考慮すれば大損は確実の不作ぶりであった。

「胡椒だ、胡椒だ」

謎の踊りを踊りながら静子は胡椒が収穫できた事を喜ぶ。戦国時代の日本では胡椒栽培など夢のまた夢、それが僅かながらでも収穫できたのだ。
彼女にとっては収穫量が少ない不作より、僅かでも収穫できたことが喜ばしかった。

「ホワイトペッパーとブラックペッパーを作って、それを混ぜてコショウを作ろう」

胡椒の果実を原料に、収穫時期や製法の違いにより黒胡椒(ブラックペッパー)白胡椒ホワイトペッパー)青胡椒グリーンペッパー赤胡椒(ピンクペッパー)が作られる。
実が完全に熟す前に収穫し、それを原料に黒胡椒(ブラックペッパー)が作られる。今回は完全に熟しているため、作るのは白胡椒ホワイトペッパー)だ。

白胡椒は黒胡椒と違い、まず水に浸漬して完全に発酵させる必要がある。発酵後に外皮を剥き天日干しすれば完成だ。一方黒胡椒は未熟な実を天日干しするだけで完成する。
現代日本の家庭では黒胡椒と白胡椒をブレンドした粉末状のものを使用することが多い。しかし、粉末にしたものは香りが飛びやすい上に賞味期限が短くなる。
粒状なら黒・白胡椒は常温で最長三年は()つ。よって戦国時代ならばペッパーミルに粒を入れ、必要時に挽くのが一番良い。

電動ミルなど望むべくもないが、ペッパーミルは木製の手動式が一番さまになると考えた静子は、数ヶ月前に中心がくびれた木製のペッパーミルを南蛮船から購入していた。
胡椒自身は含まず容器のみであり、大型の荷物でもないため運びやすいことから安く購入できた。
併せて腐敗を抑える為に入れられているローリエ(月桂樹の葉を乾燥させた香辛料)と月桂樹の苗木も購入した。
雑草同然の苗木に大金を払う静子に南蛮商人は首を傾げるばかりだが、金払いの良い静子の機嫌を損ねて売買が成立しなくなるのは困るため、積荷として運んできた木箱一杯のローリエと数本の苗木を彼女に譲った。

月桂樹は自宅へ、ペッパーミルは技術街に持ち込んで同じものを作るよう依頼した。数を購入したため幾つかは構造を知るために分解されたが、そのお陰で早く再現することが出来た。
ハーブに分類される月桂樹は放置栽培が適しているため、プランターに植え替えた後は適度に水やりをする以外は放置という栽培を行った。
それでも順調に成長するのだから、ハーブの生命力は恐ろしいものがある。

「鶏よし、塩よし、ローリエよし、発芽玄米よし、胡椒よし、卵よし。準備完了だね」

白胡椒が完成したころ、静子はフロイスから手紙を受け取った。彼女が所望した重馬種のデストリアがようやく岐阜に運ばれた事を知らせる手紙だ。
今まで信長が京から岐阜に続く要所を封鎖していたため、安全な街道を利用できず馬の運搬が遅れてしまった。
しかし、坂本を破壊したことで一帯の封鎖が解け、ようやく運べるようになったと手紙に書かれていた。また、手紙には会って欲しい人物がいる、と追記があった。

(ん〜、状況的に京布教責任者のグネッキ・ソルディ・オルガンティノかな。九州布教責任者のフランシスコ・カブラルとは思えないし)

グネッキ・ソルディ・オルガンティノは、元亀元年五月に来日し、以降三十年という長い間、日本で宣教活動を行ったイタリア人宣教師だ。
人柄が良く、日本人が好きな彼は多くの日本人から宇留岸伴天連うるがんばてれん)と慕われ、信長や秀吉など時の権力者と知己となった。
明るく魅力的な人柄、積極的に日本語と日本の習慣を学び、1573年から一年かけて法華経を研究し、着任三年で近畿地方の信者を1万5000人にまで増やした高い功績を持つ。
1577年から三十年にわたって京都地区の布教責任者を務めたことから、「適応主義」を実施し日本人から絶大な信頼を得たことが窺える。

オルガンティノと対照的に挙げられる人物が、九州布教責任者のフランシスコ・カブラルだ。
彼は当時のポルトガル人冒険家と同じく、日本人と日本文化に対して最後まで否定的・差別的な態度だった。
カブラルは適応主義を真っ先に否定し、前任者コスメ・デ・トーレスの方針を完全に無視し、日本人を低級な国民と呼んだため、日本人信徒と宣教師たちの間に溝ができてしまった。
最終的に布教責任者の立場を1581年に解任され、インドのゴアに戻ることとなった。

なお現地の信徒は皆無、教会は一つも無い、相次ぐ戦乱状態の日本で、フロイスたち宣教師がキリスト教の布教を行えるのは、コスメ・デ・トーレスの功績によるものだ。
彼は当時のヨーロッパ人を超えた思想である『適応主義(宣教師たちが現地の文化を尊重し、その文化に根ざして生きること)』を行い、サビエルの宿願だった京都での布教を果たした。
政治的不安定の日本にて京や堺、山口などに教会が建ち、多くの信者が生まれたのはサビエルの夢を実現させるために活動し続けたトーレスのお陰とも言える。

(でも確かカブラルは1573年に山口へ行くまで京にいたような……?)

少し考えたがフロイスが会わせたい、というのだからオルガンティノであろうと静子は判断した。彼はフロイスと同じく京の布教を担当しているから、彼の方が納得できる。

「ま、それは置いといて……久々に料理を作ろう。今回は高価な香辛料の胡椒を贅沢に使った料理だ」

彩と蕭は手伝うと申し出たが、手伝って貰うことはないので自身の仕事に専念するよう命じた。
今回、静子が作るのは鶏の塩釜焼きだ。
まず袋抜き(姿はそのままに内臓と骨を体外に出す技法)した丸鶏を水洗いして血合いや汚れを落とす。同時に腹へ詰める発芽玄米を水洗いして十分ほど水に浸漬する。
終わった後、鶏は水気をよく拭き取り、発芽玄米はザルに上げておく。
次に挽きたての胡椒を丸鶏全体に擦り込み、空洞となった腹に発芽玄米とローリエを混ぜた詰め物を7分方詰め込み、竹串などで尻を縫うようにして閉じる。
鶏の下準備が終われば次は塩釜だ。卵白を軽く泡立たせ、そこに塩を入れてよく混ぜる。

混ぜた塩を石窯の土台に厚さ一センチ程度に敷き詰め、その上に鶏を乗せ、鶏全体を覆うように厚さ一センチ程度の塩のドームが出来るまで塗り込む。
これを石窯で一時間半ほど加熱し、火を落としたあと余熱で三十分ほど火を通す。
石窯から取り出せば、後は金槌などで塩を割って中から鶏を取り出せば完成だ。
腹の中から詰め物を取り出し、蒸し焼きになった鶏肉を解して混ぜ込み、塩と直接接して塩分が強くなっている身の薄い個所は別に取り分けスープの具材とした。

「後は……」

懐から扇子を取り出すと、静子はテーブルの上に並べた料理を煽ぐ。花の蜜に集まる虫のごとく、美味そうな匂いに引き寄せられた面々がやってくる。
家中に匂いが行き渡るように煽いでいると才蔵、続いて慶次、長可、最後に足満と声を掛けずとも全員が集まった。

「腹ぺこども。今日は南蛮人が好む胡椒を使った料理だ」

「いぇーい!」

慶次と長可が諸手を挙げて喜ぶ。二人の態度に呆れた静子は、彩や蕭、高虎も呼びつつ料理を並べていく。残念なことに奇妙丸は信長の所へ出向いており、爺と一緒に不在だった。

(帰ってきたら五月蠅そうだな)

そんなことを考えながら静子は席につく。両手をあわせて食前の挨拶をすると、慶次たちもそれに倣う。

「やばい、うめぇ。ただの玄米なのに、味が染みこんでいてうめぇ」

「このすぅぷ、ほどよく鶏の味が溶け込んでいて旨い」

「ーーッ! ーーッ!」

テンション高く叫びながら麦芽玄米を食べる長可、ゆっくり味わいながら鶏のスープを飲む才蔵、無言で飯をかきこむ高虎、どこからともなく酒を取り出して手酌で一杯やりながら食べる慶次、とテーブルの上は混沌としていた。
頭が痛くなった静子だが、彩や蕭も旨いと食べていることに少し安堵した。唯一、食べた経験がある足満は普段と変わらず静かに食べていたが、彼の口元は小さく笑みが浮かんでいた。

(胡椒の出来映えは悪くないようね)

味にうるさい慶次たちも満足していることに、手応えを確信した静子は小さく力拳を作る。

数日後、静子はフロイスと会談に向けていつもの男装を用意すると、普段は付いてこない慶次と才蔵、長可、高虎を連れて岐阜の邸宅へ向かった。
邸宅の最終チェックを終え、静子は会談に備えて早めに就寝する。翌日、二時間前に全ての準備を終えた静子は、フロイスの訪問を待つ。

「フロイス様がお越しになれました」

「通せ」

暫くして小姓に案内されたフロイスたちが、謁見の間に通される。ルイス・フロイス、ロレンソ了斎、付き人のシスター、そして人柄の良さそうな宣教師の四人が部屋に入る。

「本日も拝謁の栄誉を賜り、感謝いたします」

いつも通りフロイスが平伏して挨拶をし、残り三人がフロイスに続く。いつも通りの光景に見えたが、静子にはフロイスの表情が若干ぎこちないように見えた。

「面を上げて下さい。して、本日は某が依頼した荷をお持ちいただいたと窺っております。早速で失礼とは存じますが、まずは馬を見せて頂きたい。その後にゆっくりと話の席を設けましょう」

若干歯切れの悪いフロイスを思い、静子は先に馬の件を片付ける事にした。少し迷ったフロイスだが、人柄の良さそうな宣教師が頷いたのを見て、彼は静子の提案に乗ることにした。

「う、うわぁ……」

馬が繋がれている(うまや)まで案内された静子たちの中で、まず高虎が巨馬であるデストリアを見て腰を抜かした。長可や才蔵も、見た事がない重種がもつ大型動物特有の威圧感に顔を引きつらせる。唯一、慶次だけ目を輝かせていた。

「ほぅ、見事な馬ですな」

実物を絵などで知っている静子は、現物の巨大さや熱を放つような威圧感に驚きながらも、力強さが感じられるデストリアに好感を抱いた。
デストリアは気性が大人しく従順で、初対面の静子に撫でられても特に抵抗はせず、それどころか匂いを嗅いだり、鼻っ面で手や腕などを触ってきたりしていた。
たとえ静子が顔を隠していても、馬は人間の気持ちを簡単に見抜く。怖がれば馬も警戒し、逆にフレンドリーに接すれば馬はそれに応えてくれる。
合計で五頭のデストリアを観察して、静子は彼らが疲労気味であることを知る。

「長旅で馬もお疲れの様子、厩舎(きゅうしゃ)(馬小屋とも言う)に入れてたっぷりの水と餌を与えなさい。おがくずは新しいものを敷いてありましたね。それから猫は放っていますか」

厩舎を管理する馬丁(ばてい)へ静子は質問する。厩舎とは言うなれば馬用の家である。南向きの広くて明るく清潔な部屋であることは最低条件と言っても良い。
馬は清潔な動物であるため、自分の部屋が汚れていることはストレスになる。おがくずは木材を裁断したときに生じる細かい木の屑だ。製材を行えば日常的に大量発生する。
おがくずは敷き藁ほどではないが保温効果があり、消臭効果がある。尿の臭いが抑えられるので馬と管理する人間両方の精神衛生上良い素材だ。
プレハブ工法で使用する一定規格の材木を日々製造している静子にとって、おがくずの入手は容易い。しかし、おがくずを気に入らない場合もあるため、念のために敷き藁も彼女は用意していた。
なお、厩舎に猫を放つ理由はネズミ対策、そして馬と猫は意外に仲が良い事が理由だ。

「はっ! 全て問題ございません」

「よろしい。五頭の疲労が抜け次第、尾張へ運びます。それまで最善を尽くすように」

馬も疲れている所に構い過ぎれば、余計なストレスを与えるだけだ。静子は若干淡泊とも言える態度で馬と別れると、才蔵たちを従えてフロイスたちと共に部屋へ戻る。
謁見の間に戻ると静子は小姓に茶を用意させる。頭巾を被っている関係で若干飲みにくかったが、何とか喉を潤した静子は一つ咳払いをする。

「某の用は終わり申した。次はそちらのお話をうかがいましょう」

もっとも静子はフロイスが何を話すかおおよその予想はついていた。この時期、フロイスたち宣教師にとって重大な事件が起きているからだ。

「それでは、ここからは私がお話ししましょう。失礼、私の名はオルガンティノと申します、以後お見知りおきを」

「貴殿が高名なグネッキ・ソルディ・オルガンティノ殿ですね。お噂は兼ねがね伺っております」

名乗ってもいないフルネームを言われたことにオルガンティノは僅かに反応を示すが、すぐににこやかな笑みを浮かべる。

「ははっ、宰相殿のお耳にも届くとは光栄の至り」

名を尋ねようと考えたオルガンティノだが、この場では問わないことにした。
日本人の権力者は名を知られることを忌避する。言葉には力があるという言霊ことだまを信じているのを彼は知っているからだ。
静子が名を明かさない理由は、信長から素性を明かして良い命令がないだけで、オルガンティノの考えと若干食い違ってはいるのだが。

「して、どのようなご用向きでしょうか?」

「これはこれは、宰相殿ご自身が仰ったのではありませんか。織田様を知って頂く、我々と友となると。それに倣って私も、私たちを知って頂きたく、貴方様と友となるべく馳せ参じました」

「これは失礼いたした」

「いえ、私も言葉が過ぎました。ご理解頂けたところで、始めましょう。我々の友好を深めるために」

それから数時間会話は続いたが、オルガンティノはにこやかな態度を終始崩さなかった。






静子とオルガンティノの会談は数時間に及んだ。オルガンティノの話は幅広く、日本に住んで驚いた事や感動した事を、ユーモアを交えつつ話した。
たまにフロイスがヨーロッパと日本文化の違いを話のネタに上げたり、静子が日本は勿論、西洋や東南アジア諸国、インドについて知っている事を話してオルガンティノを驚かせたりもしていたが、殆どはオルガンティノの独壇場だった。
昼餉を取り、三時のおやつを共に食べたが話題は一向に尽きなかった。結局、日が沈む頃にようやく会席は終わったが、二人ともまだまだ話し足りない感じだった。

「本日は長々とお付き合い頂き、誠にありがとうございました」

「いえ、某も楽しい刻を過ごさせて頂きました」

「名残惜しいですが、本日はこれにて失礼します。次の機会がありましたら、また会話を楽しみましょう」

「お気を付けて」

オルガンティノは最後に一礼すると、フロイスたちを連れて立ち去った。彼らの背中が見えなくなったころ、静子は大きな伸びをした。
久々に歴史について語り合えた静子は感無量だった。充実感と満足感があり、今なら大抵のことは許せそうなぐらい気分が良かった。

(あぁ、やっぱり当時の人は良く知っているなぁ。私が知らない細かいところが補完出来て最高)

才蔵や慶次から見ても、静子はとても機嫌が良いことが一目で分かる。正直な所、二人は静子とオルガンティノがしていた話の半分も理解出来なかった。
理解はできなかったが、南蛮人にも静子並の知識を誇る人物がいることが判った。そのことに若干、不安と驚きを感じた二人だった。

「いやー、参りました。あれほど我々に詳しい人は初めてです」

一方、オルガンティノも静子の博識ぶりに内心舌を巻いていた。そして静子からは西洋人に対する畏怖や偏見などが一切感じられなかった。
また、権力者にありがちな警戒心も感じなかった。こちらが友好な態度を示せば、それに応じて警戒心を緩め、友好的な態度で対応してきた。

「オルガンティノ殿にも驚きですが、それについていける頭巾宰相殿にも、改めて驚きました」

「いけませんよフロイス君、無用な警戒心を抱いては。こちらが誠意を示せば、彼らはそれに応じてくれます。この国では正直であることが、美徳とされます」

フロイスが若干警戒心を滲ませる顔色で呟く。それに対し、オルガンティノは指をふって彼の考えを否定する。
日本に好感を持っているオルガンティノらしい考えだった。彼は書簡の中でもヨーロッパ人は賢明というが、日本人に比べれば野蛮、とも語るほどだ。
宣教師の中で誰よりも日本人が好きで、一番日本人を理解している人物だ。

「この国においては誠意こそ最高の戦略、正直である事こそ最高の戦術です。特に権力者は我々の警戒心に敏感です。下手な疑いをもたれないためにも、常に誠実でいることを心がけて下さい」

「は、はい」

ヨーロッパでは有名人となったフロイスも、日本での布教に関してはオルガンティノに頭が上がらなかった。

「彼と長く話しましたが、頭巾宰相殿を信徒にしよう、という考えに私は反対します。彼は政を行う人間が、特定の教えに与することを嫌っています。政を公平にするため、彼はどの教えも受け入れない」

「それでは……」

「まぁまぁ、それは彼の政に対する考えですよ」

顔を曇らせたフロイスの心配事をオルガンティノは一笑する。いつもと変わらず彼は人の良い笑みを浮かべて言葉を続ける。

「我々を助けてくれた和田殿の例もあります。頭巾宰相殿は信徒ではありませんが、我々と敵対している訳でもない。ならば、異教徒と拒絶するよりも、友好の手をさしのべる方が断然良い。もっとも、この話をしたらカブラル殿には一笑されましたが」

言葉の割に然して気にしている様子はなく、オルガンティノはあっけらかんとした態度だ。この辺りは真面目なフロイスと、細かい事を気にしないオルガンティノの性格の差が出ている。

「しかし、カブラル殿と会わせない方が良い、というフロイス君の意見には賛成です。カブラル殿では宰相殿の話について行けなさそうです。それが彼の矜持をいたく傷つけそうですし、下手に宰相殿の機嫌を損ねるのも問題です」

「はい。和田殿が討ち死にした今、我々は織田殿、そして頭巾宰相殿と懇意になることが急務です。失礼とは思いますが高山殿では力不足です」

「高山親子は布教を急ぎすぎています。急いては事をし損じる、という言葉が頭にないご様子。あれでは遠からず敵を作りすぎて四面楚歌に陥る。フロイス君、彼らには自重するよう釘を刺しておくように」

自重、の部分だけオルガンティノは少し語気を強めてフロイスに命じた。

「はい」

フロイスの返事に満足すると、オルガンティノは顎に手を当てて思案する。

(やはり京で流行り病を押さえ込んだ人物と、頭巾宰相殿は同一人物ですね。隠しているようですが性別の違いまでは隠しきれていない。しかし、何故素性を隠すのでしょうかね。彼女・・が我々に素性を明かす事に、何かしら問題があるのでしょうか)

そこまで考えてオルガンティノは頭を横にふって考えを止める。

(考えるのはよしましょう。隠しているという事は何かしら触れられたくない事情があるのでしょう。我々は和田殿という良き支援者を失いました。余計な事に首を突っ込んで、強大な支援者である織田殿まで失うわけにはまいりません。頭巾宰相殿が女である事など些事に過ぎません。それに素性を明かさぬ事を悩む必要はありません。全ては主がお決めになられる事ですから)

オルガンティノは静子の件も主が決めた事だと結論づけた。






会見から五日後、馬の疲労が抜けたと判断した静子は、五頭のデストリアを尾張に運ぶ。
しかし重種が五頭も揃うと凄まじい威圧感を放つ。体高(肩までの高さ)が平均160センチメートルと当時の日本人平均を上回るため頭の位置は見上げる高さになる。
巨躯ゆえに歩幅が広く、姿勢の低い歩き方が特徴のデストリアは、普通に歩いているだけで他のものを追い越してしまう。よって牽引の仕方には細心の注意が必要だった。
経験を積むという口実で一頭だけ馬具を装着させたが、それなりに身長のある静子でも乗るのは一苦労だった。
視界の高さに若干冷や汗が出たが、何とか顔に出さず尾張まで到着する。

「け、結構疲れた。馬車向けだよ、うん」

慶次に「好きなの一頭選んでね」と言った後、静子は腰をさすりつつ門をくぐる。ヴィットマンたちの手荒い歓迎を受け、続いてシェパードファミリーの歓迎を受ける。

「そう言えば名前を決めていなかったね。よし……お前はサクラ、お前はツバキ、お前はキキョウ。今日からそう呼ぶからよーく覚えておくように」

シェパードの頭を撫でていた静子は、シェパードたちに名前を付け忘れている事に気付く。最初はきょとんとしていたシェパードだが、それが自分を呼んでいることに気付くと小さく吠えた。
様子から気に入ったと判断した静子は、少し強めにシェパード、サクラやツバキの頭を撫でる。

「流石に子の名前までは無理だわ。番号ってのも味気ないしね」

生後一年未満だが、ウルフドックたちはすくすくと成長していた。
ウルフドックは精悍な顔立ち、鋭い嗅覚、シェパードと同じく立ち耳、反射神経と運動神経に優れ、ふさふさした垂れ尾が特徴だ。
主人に対して忠実で愛情深く、ストレスのかかる環境でも忍耐強いが、オオカミ独特の慎重さと用心深さ、警戒心も持っていた。

犬の柔順さと狼の注意深さを兼ね備えたウルフドックは、体高が平均30センチメートル、体重は10キロ後半から20キロと、生後数ヶ月でありながら既に中型犬ぐらいの体躯になっていた。
犬は半年から二年程度で成犬となる。このまま順調に育てば体高は65から75センチ、体重は35から45キロにまで成長する成長する計算だ。
欠点を上げるなら敵と見なした相手は、吠えるよりも先に攻撃し始める、攻撃性の高い一面を持っていること、単独より2,3匹の方がポテンシャルを出しやすいという点だ。

「よしよし、良い子だね」

体躯が中型犬クラスでも、ウルフドックたちはまだ子どもだ。何事にも全身全霊、全力で行う。しかし、全力で甘えてくるのは親の血のせいか、それとも性格かは分からない。

デストリアを尾張に運んで数日後。

「うわあああああああああ!!」

一頭を選んだ慶次だが、当の馬からは騎乗を拒まれていた。今も乗ろうとして失敗し、おもいきり振り飛ばされて川に落ちた。
それでも徐々に跨がっていられる時間が長くなっているから、そろそろ乗れそうだと静子は思った。

「元気だねぇ」

「もう四日になります。毎日、生傷だらけで帰ってくるのに、一向に諦める様子はありません」

手をかざして眺める静子の疑問に才蔵が答える。あれだけ馬に拒絶されて諦めるどころか、乗りこなすことに情熱を燃やす慶次に才蔵は呆れていた。
しかし、それだけ情熱を燃やせることに、少しだけ羨ましくも感じていた。

「まだまだぁ!」

跨がっては馬に拒否されて落馬する。それを繰り返すこと10日、ようやく慶次と馬の間に変化がおとずれた。

デストリアが慶次を見ると彼の肩を軽く噛む。甘噛みを数度した後、馬は軽く首を横にふった。まるで乗れ、と語っている様を見て、慶次は目を輝かせて頷いた。
取り付けられていた馬具を撫でてから馬に跨がる。今までのように馬が嫌悪する様子はなく、声高く嘶いた。
数日に及ぶ馬との格闘の末、慶次はデストリアから己の背に乗せるに相応しい人物と認められたのだ。

「走れぇ!」

慶次の声と共に馬は走る。瞬発力は良いと言い難いが、流れるような綺麗なフォームだ。
流石は100キロを超える重装歩兵を乗せて走る軍馬だ。2メートル近い慶次を乗せても疲れる素振りすら見せない。木曽馬ならこうはいかない、すぐにスタミナ切れを起こすのが落ちだ。

「この天まで突き抜ける速さ! 今日からお前は松風だ!」

連日に及ぶ激しい格闘をしたためあちこち擦り切れて傷らだけの姿だった慶次だが、その表情は生き生きと輝いていた。






十月に入ってすぐ、家康より三方ヶ原台地の地形調査許可が下りる。無論、静子たちだけでなく忠勝隊監視の下で地形調査は行われる。
事前に準備していたおかげで、静子たちは慌てふためくことなく荷車に調査機材を積んで三方ヶ原台地に向かった。

「おおう、流石に広いね」

南北は約15キロ、東西は約10キロで標高は低い地点は25メートルだが、もっとも高い地点は110メートルにもなる。
天竜川の扇状地せんじょうち)がが隆起してできたため、ぱっと見た限りでは真っ平らな場所は少なく、坂が多い雰囲気だ。

「まずは台地の形を掴む必要がある。次に標高の測定が必要だね」

武田軍は三万もの大軍で三方ヶ原台地に陣取った。少し離れた場所に織田・徳川連合軍が布陣した事を考えれば、自ずと戦場となり得る場所は限られてくる。
史実で戦場となった場所と周囲の地形をしっかり把握すれば、武田戦への対策は練りやすい。

「よーし、この地点に天幕を設営しよう」

地形の様子見も兼ねて歩いていると、静子たちはそれなりの人数が陣取るには最適な地点を発見する。
竹で作った支柱を動物の革で包み、地面にむしろを敷いて天幕を設置する。冬でもある程度寒さや砂ぼこりなどを防げる天幕は、地形調査にうってつけの装備だ。
みな慣れたもので、荷物を荷車から降ろして各自天幕を設置し始めた。天幕の設置が終わると食事の時間帯だ。
食事と言っても握り飯と味噌汁、後は漬け物などのおかずだけだ。だが味噌汁は静子が竹中半兵衛と考えた即席味噌汁だ。

戦国時代の即席味噌汁と言えば芋茎縄(いもくきなわ)、もしくは豊臣家五奉行の一角を担った増田長盛が考案した即席味噌汁が有名だ。
だが静子と竹中半兵衛とで考案した即席味噌汁は固形キューブ型をしている。味噌に昆布やかつお節を入れて出汁入り味噌にした後、乾燥野菜を包んでキューブ型に整形すれば終わりだ。
後は必要時にお湯で溶かして食べれば良い。基本的に芋茎縄と変わらないが、芋茎縄は味噌汁というよりすまし汁に近い。
長期保存は出来ないが、それでも芋茎縄に比べれば味は断然良い。身体が温まる味噌汁の方が良いが、湯が沸かせない場合は一口で食べられる所も利点だ。
飯盒(はんごう)も欲しい所だが現代のアルミ製のものと異なり、総鉄製ゆえ重くて個人携帯に適さない。

「温かい味噌汁はそれだけで正義だね」

マグカップに入れた味噌キューブを、静子は竹割り箸で溶かして飲む。続いてお握りにかぶりつく。少し冷えてはいるが塩味が効いてうまい。
具は梅干し、ダシガラ昆布で作った佃煮、同じくダシガラのかつお節で作ったおかかだ。出汁を取った後の昆布やかつお節とはいえ、ひと手間かければ十分お握りの具になる。

「ところでさっきから角力をやっているという事は……またお握りの具で争っているの?」

「左様。ゆえに放置して問題ない」

少し離れた所で忠勝隊の面々が角力に興じていた。もはや見慣れた光景と言わんばかりに静子はあきれ顔をする。彼女の問いかけに半蔵は適当に流す。

静子にその気はなかったが、彼女や慶次たちの生活スタイルはじわじわと忠勝隊に浸食していった。
染まりやすい人間は数日で染まり、頑固な人間も僅か数週間で陥落してしまった。そんな彼らがもっとも揉める原因、それがお握りの具争いである。
基本的に梅干し派、佃煮派、おかか派の三勢力が争っているが、中にはお握りの具としていかがなものか、と疑問を呈するものまで具扱いにしていた。
そんな彼らがお握りの具で争うとき、決着の方法が角力だ。ゆえに三河武士同士で角力が行われる裏には、たいていお握りの具で揉めていると考えて良い。

「今の所、梅干し派の平八郎が最大派閥ですな」

「いや冷静に状況を分析しなくて良いです。あれ、止めなくて良いのですか?」

「阿呆につける薬はございません」

何とも投げやりな態度だが、一度止めに入ろうとして忠勝に投げられた経験から、半蔵はあの状況の彼らと関わらない方が吉と学んだのだろう。
後ろで角力が白熱しても冷めた態度で握り飯を頬張っていた。
途中から足満が角力に参加して忠勝と大接戦をしたりしたが、幸いにも大怪我を負った人はでなかった。

「今日こそ貴様を倒すっ!」

「ほざけ餓鬼がっ! わしに勝とうなど1000年早いわっ!」

食後の茶を飲んでいると角力をしている方から怒声が聞こえたが、静子は全て右から左に流した。






到着日は色々とあって気持ちが緩んでいた面々だが、翌日からは全員気持ちを切り替えて調査に取りかかる。
静子が調査に付きっ切りになる必要はないが、キックスタートだけは必ず参加しなければならない。
キックスタートが済めば、基本は他のプロジェクトと同じで報告が上がってくるのを待つだけだ。
スターリングエンジンや測距儀なども同じで、最近の静子はプロジェクトの予算を獲得することと、計画を立案するだけの立場だ。
たまに開発に関わりたいとは思うが、身分が高くなったことで周囲に人が付いてくる状態では周囲の邪魔になるだけだ。
計画を通しやすい利点を得た代わりに、静子は自分勝手に動ける自由を失った。もはや彼女は自分の一存で行動することが難しい立場なのだ。

計画書通りに人員を配置して調査を開始させ、高虎と彼用の参謀を数人配して1週間後、静子のもとに信長からの朱印状が届く。
時を同じくして忠勝の所にも家康からの文が届く。両者は互いに文を付き合わせた訳ではないが、とる行動は同じだった。
静子は戦闘兵の半分を引き連れて尾張に帰還、忠勝たちは半蔵の手下のみを残して浜松城へ向かう。

「参ったね。そんなつもりじゃなかったのだけど、やっぱり反応しちゃったか」

尾張へ向かう途中、静子は隣にいる才蔵へぼやく。
文には『三方ヶ原台地への地形調査に武田が反応した』という内容だった。織田軍だけが移動すれば侵略行為に見えるが、家康の家臣と共に行動していれば無用な刺激はしないだろうと静子は考えていた。
しかし、静子の予想は甘かった。武田は普段の半分程度の軍で、殆どが後方支援兵の静子軍にも反応し、徳川の動きを探ってきた。
織田・徳川双方は今、武田と事を構える気はない。双方とも兵を下げるよう命を出した。

(ま、三方ヶ原台地の地形調査は順調。これなら1年と言わず、半年もあれば大体のデータは揃うかな)

当初は一年かかると思っていたが、予想に反して黒鍬衆の手際が良い。地形調査は現地での計測と計算に次ぐ計算なのだが、みな戸惑うことなく作業を進めていた。
専門的な地形調査が開始されれば静子が担うべき仕事はもうない。
現代でも立場が上になればなるほど、下から上がってきた書類を確認したり、報告書を読んだり、問題に対して人員を割り当てたりするだけになる。
静子は尾張に到着すると軍を解散する。その後、朱印状に記載された後半部分に頭を悩ませる。

(私の住む家の近くに街を作るから繁栄させろ、というのは無茶過ぎませんかね)

信長は美濃の岐阜から尾張の港街までを結ぶ線の上に、幾つか街を作り上げた。自然に出来た街と違い、一般的な商人の移動距離を計算し、一日で到着する地点に街を建てている。
街の中には宿泊施設や飲食店街など、商人が金を落としやすい環境にしている。地域ごとに色々な商売をさせて、尾張・美濃全体を人と物で溢れさせる事が主目的だ。
勿論、商人に商売をさせて税の徴収額を上げる事も計算に入れている。この様な性質の街が静子の邸宅から少し離れた場所に、新たに作り上げられる事となった。
その街を信長は静子に任せると言ってきた。それも繁栄させる手段は問わず、自身が思いつくあらゆる手段を講じて良い、という条件付きで、だ。

「ま、何とかなるか。それより現地で読めなかったけど、黒鍬衆からの報告書を読もう」

だが、街が出来ると言っても、すぐ出来る訳ではない。しばし時間がかかる。
三方ヶ原台地の経過報告によれば、二回ほど夜盗の襲撃を受けたものの、ほぼ損害なしで追い払えたとの事だ。また、調査は滞りなく行われ、一ヶ月もすればある程度の成果は出せる、と記されていた。

「いやー優秀だね、黒鍬衆。引っ張りだこになるのも納得だよ」

報告書を読めば後はする事はない。事務方面の人員も少しずつ集めているため、今では静子は書類に目を通して承認するだけだ。
流石に歴史に名を残すような人物は採用出来なかったが、それでも記録に残っていない隠れた優秀な人材を集められた。
様々な仕事を他人に振り分けているお陰で、最近の静子は自由な時間を得やすい。その代わり二十四時間関係なく話を持ってくる信長の相手をする必要があるが。

「朱印状の事は後で考えよう。とりあえずヴィットマンやゆっきーを存分にもふろう」

部屋でゴロゴロしているヴィットマンたち動物を、静子は片っ端からもふってスキンシップをする。
一刻ほどもふもふしていたが、ふいに静子の耳に騒がしい足音が届く。何事かと入り口の襖を見ていると、勢いよく襖が開け放たれた。

「静子ぉ! なぜ、俺を呼ばぬぅ!」

襖を勢いよく開けたのは奇妙丸だった。彼が血涙を流しそうな勢いで叫ぶ理由が分からず、静子は首を傾げる。
相手が忠勝なら一撃でノックアウトしただろうが、興奮している奇妙丸には効果ゼロだった。静子の問いに答えず、奇妙丸は体当たりしそうな勢いで静子に駆け寄る。

「また旨いものを作ってーーーーーいててててっ! おい、止めろ! あいたたたたたっ!!」

突然のことだったため静子の防衛反応が無意識の内に働き、駆け寄る奇妙丸を掴むと寝技を仕掛けた。

「ーーーーはっ!」

奇妙丸の関節から危険な音がし出したころ、ようやく現状を理解した静子が慌てて技を解く。患部をさすりながら奇妙丸が涙目で睨む。
だが、不用意に近づいたのは自分なのが後ろめたいのか、それ以上は何もいわなかった。
やがて痛みが引いたころ、奇妙丸は咳払いをして居住まいを正した。それに釣られて静子も姿勢を正す。

「いやー、ごめんね。姉の教育のせいで、無意識に反応するようになっちゃって」

「ま、まぁ良い。それよりも、先日旨いもんを作ったと聞いた。俺も食いたいから作れ」

「うん? あぁ、あれね。無理」

「うおおおい!! 何で無理なんだよぉー!」

静子の肩を掴んでがくがくと揺さぶる奇妙丸だが、叫んでも彼が鶏の塩釜焼きを食べることは叶わない。
静子への狼藉が見過ごせる範疇を超えたと判断したヴィットマンたちが、今まさに奇妙丸へ襲いかかろうと姿勢を低くしているのを見て、静子は奇妙丸の手を掴むと、今度は関節技を極めた。

「人の話は最後まで聞こうかな。鶏一匹丸ごと使うのだから、あれはすぐに用意できるもの、じゃないの!」

「ぐおおおおお!! 痛い、痛いって! 分かった、分かったから離せぇ!」

ため息を一つ吐いた後、静子は関節技を解く。二人とも暴れたときに乱れた衣服を調え直した後、奇妙丸は本日二回目の咳払いをする。

「ほんと、虫も殺さぬ顔をしていながら、意外と遠慮しないな貴様は」

「この子たちが噛みそうだったから、緊急手段をとっただけだよ。第一、関節は外していないのだから問題なし」

「……やっぱり貴様は恐ろしいわ。話がそれたな。それで、その塩釜焼きとやらは、いつならば出来るのじゃ。俺は早く食いたいぞ」

極められた関節部分をほぐしながら、奇妙丸が鶏の塩釜焼きを催促する。彼の耳に入ったということは、近いうちに信長も同じ目的でやってくると静子は考えた。
よって彼だけでなく、信長の分まで用意しなければならない。奇妙丸と違って、信長にしばし待ては通用しない可能性がある。

「数日の内に用意するよ。鶏一匹捌くのだから厳選しないといけないしね」

「ふーん、面倒なのだな。お? おい、静子。あの木箱はなんじゃ? えらく厳重に封をしておるが」

部屋の一角にぽつんと置かれた木箱を、指さしながら奇妙丸は尋ねる。
木箱だけなら別段おかしなところはないが、その木箱は頑丈な縄できつく縛られて、一部が丈夫な柱に括り付けられている。

「ああ、あれ。うーん、言って……いいのかなぁ。まぁ、大丈夫かな」

腕を組んで悩んだ後、静子はいつもの表情で爆弾発言をした。

「あの中には新型火縄銃が入っているの」
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