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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀二年 比叡山延暦寺

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千五百七十一年 一月上旬

正月、信長の酒宴会は年を追うごとに豪華絢爛けんらんとなる。
田作り、黒豆、数の子の祝いさかな3種はもちろん、エビのうま煮、昆布巻き、錦卵、だて巻き、なますなど縁起を担いだおせち料理が用意された。
お酒は濁酒ではなく貴重な清酒が出され、ある意味では信長の力を見せつける料理でもあった。しかしその面が出てしまうのも致し方ない。

信長は昨年、外交や合戦諜報で大敗を喫し、一時期は存亡の機に立たされていた。
辛うじて危機を脱した信長だが、その傷は浅くはなかった。
宿将(しゅくしょう)の森可成が宇佐山城の合戦時の負傷によって前線に立てなくなり、多数の武将と兵を失い、大量の離反者を出してしまった。
慢性的な指揮官不足の織田軍にとって、あまたの武将を失ったことは大きな痛手だ。

また森可成が現役を退いたことで、軍内部の力量関係が大きく変わった。
今までは信長の右腕である森可成が軍の頂点だったが、彼が引退したことで次点の柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀、羽柴秀吉の五大将が、軍の頂点を巡って互いにけん制しあう間柄になってしまった。

五大将の下にはなるが、静子もまた織田軍内部で直接的な影響力を持ち始めた。
もともと、武器弾薬の製造および補給、食糧の増産など間接的には持っていたが、志賀の陣で宇佐山城を守り抜いたこと、そして徳川軍と共にとはいえ六角氏を駆逐した武功により、有力な武将として認められることとなった。
静子軍がほかの軍と違う点は築城能力が高いことと、危険を冒さず、犠牲を最小限に抑える戦略を基本としていることだ。

「お館様ますますご機嫌よくご超歳(ちょうさい)(歳を越すこと)遊させられ、恐悦至極に存じ奉り候。年始の御祝儀申し上げたく、かくの如くに御座候」
(訳:お館様がご機嫌良く年越しされたことを心よりお喜び申し上げます。年始のご挨拶をしたいと思い御前おんまえに参りました)

正月の加礼祗候(しこう)のため静子は出仕する。静子は基本的に毎年正月2日に出仕し、信長へ年頭のあいさつをしている。これは正月元旦に茶の湯が開かれることが影響している。
戦国時代、茶の湯は国人や武将のみならず、女性にもたしなみとして広く伝わっていた。
千利休の娘は師事された記録があり、また秀吉の生母や北政所きたのまんどころは千利休から茶の手ほどきを受けていた。
しかし小堀遠州が千利休や「織部好み」と呼ばれる流行をもたらした古田(ふるた) 織部(おりべ)からの茶道の流れから独自の華道を確立するまで、茶の湯は懐石料理を伴う接待が基本だ。
特に正月の茶の湯は織田一族や家臣が一堂に会するため政治色が強く出る。ゆえに静子は可能な限り正月の茶の湯は避けて通りたい気持ちが強い。

「うむ、今年もよろしく頼むぞ」

静子のあいさつに信長は上機嫌で返事を返す。
信長へのあいさつが終われば恒例の酒宴会に参加し、それが終われば帰宅だ。だが翌日から数日かけてほかの織田家家臣へあいさつ回りをする必要がある。

年頭のあいさつが終われば、次は今年の開発計画を纏める作業に入る。
織田家内で影響力を持つことは余計な政治動乱に巻き込まれる欠点はあるものの、大型プロジェクトを通し易くなるという利点がある。
そして昨年、武功を上げたことで静子はさらに予算の獲得がしやすい立場になった。予算が増えれば必然的に開発の規模と数は多くなる。

「今年は鏡、磁石、六分儀、測距儀そくきょぎ、日時計コンパス、各種円形計算尺、機械式の海洋クロノメーター、スターリングエンジン……ちょっと数が多いかな」

鏡、磁石、六分儀、測距儀そくきょぎ、日時計コンパス、各種円形計算尺はすでに製品が完成しているが、これらの道具類を規格統一、量産体制を作ることが計画の主眼だ。
特に鏡は六分儀、測距儀そくきょぎ、磁石は日時計コンパスの重要な部品だ。工業的に量産できる体制を作り上げることは重要な意味を持つ。

「クロノメーターは後でも良いけど、スターリングエンジンは早く欲しいな」

1816年、スコットランドの牧師であるロバート・スターリングが、シリンダー内のガス(または空気)を外部から加熱・冷却し、体積の変化を利用して仕事を得る外燃機関を開発した。
高圧の蒸気ボイラー爆発事故をたびたび起こしていた蒸気機関と違い、低圧空気を使うスターリングエンジンはボイラー爆発事故の危険性がなかった。
その利点が瞬く間に広まり多くのスターリングエンジンが製造されたが、数十年後にガソリンやディーゼル機関が発明されてからは動力の主流から外された。
しかし高い熱効率を実証したスターリングエンジンは、その後も研究が続けられ、近年では石油以外のエネルギー利用を目的とした研究も行われている。

静かなエンジン、原理的に高効率、ガソリンやディーゼル機関と違い排ガスに有害な成分が含まれない、そして何よりも熱源を選ばない利点がスターリングエンジンにはある。
ただしエンジンを大型化することができない、出力の大きなエンジンを作る場合は気密を確保することの難しさが技術的課題としてあげられる。

スターリングエンジンにはいくつか種類があるが、静子の第1目標はお湯を熱源としたフリーピストンスターリングエンジンだ。
出力は小さいが少ない部品で製造が可能なことと、熱源がお湯であれば良いという利点がある。
お湯で動くスターリングエンジンが完成すれば、第2段階は熱源をお湯から薩摩芋に変更する。

薩摩芋が選ばれる理由は栽培が容易、収量が多いため空中栽培が可能、乾燥させれば石炭代替のチップ、発酵液を蒸留すればガソリン代替のエタノール、牛ふんと共に加熱すればメタンガスを発生させるなど、自然エネルギーの中でも優れたエネルギー作物だ。
現代で作物を食用ではなく燃料に使用すると、価格高騰問題が起こるが戦国時代では考慮する必要がない。
しかし、食料を燃料に使うのは最後の手段と静子は考えていた。

スターリングエンジンが実用化すれば、最も恩恵を受けるのは船舶だ。
スクリュープロペラを組み込めば、軍船としても輸送船としても移動速度は飛躍的に向上する。
移動速度の向上は、後方支援能力と継戦能力が上がることにもつながる。

「そうだ、スクリュープロペラの現状を聞いておこう」

そこで静子はようやくスクリュープロペラの現状を余り知らないことに気付く。
本来の彼女にあるまじき失態だが、志賀の陣による第一次織田包囲網への対応に時間を取られ、船舶改革に関しての時間が全く取れていなかった。
静子は彩を通して信長の水軍である九鬼水軍くきすいぐんに連絡を取る。

今は目立った活躍をしていないが九鬼 嘉隆よしたか率いる九鬼水軍は織田軍の中で数少ない水軍だ。
関ヶ原の戦いで西軍にくみ)し、敗れて自害するまで信長や秀吉のお抱え水軍として、九鬼水軍は目覚ましい活躍をした。
彼の経歴で最も有名なものが、第一次木津川口の戦いの惨敗後に建造した鉄を張った大型の安宅船、いわゆる鉄甲船てっこうせんの建造である。

鉄甲船の建造は行っていないが、スクリュープロペラの実用化、毛利軍が使用する焙烙玉、雑賀衆が使用する焙烙火矢の対策、竜骨の実用化を行っている。
莫大ばくだいな資金が必要になるものの、信長が理解を示していることで研究資金が枯渇することはない。
スクリュープロペラが実用化すれば移動速度が上がり、竜骨が実用化すれば軍船の体当たり攻撃が可能になる。

戦国時代に存在する軍用船は大型の安宅船あたけぶね、中型の関船せきぶね、小型の小早こはやの三種類が基本だ。
ほかにも兵員や兵糧を運ぶ荷船にぶね、関船や荷船に井楼(せいろう)を組み、高い位置から敵の軍用船を襲う井楼船(せいろうぶねなどもある。
しかしすべての和船は竜骨を用いず、板材を釘と『かすがい』で繋ぎ止める造船法を採用している。
そのため軽量で快速な利点はあるものの、西洋や中国船より脆弱ぜいじゃくな構造をしており、衝突による破損には弱い。
よって体当たり攻撃用の固定武装である衝角しょうかくの攻撃を食らうと、航行不能に陥るか最悪沈没にまで至る。
だが衝角には味方船と激突した場合に被害が甚大になる欠点があり、使用する際は十分に注意を払う必要がある。

数日後、嘉隆から返事の手紙が送られてきたが、内容を要約すると『今、開発が佳境なのでお相手できません。現状については織田様に逐一報告しています』だった。
本当に相手をする時間がないのか、それとも二重報告による情報漏れを警戒しているのか、本当のところは分からないが相手の反応が芳しくないところへ無理に行く必要はないと考え、静子は無難な返事を書いた手紙を送ることにとどめた。

「胡椒の成長はどうだったかな。なかなか見られる機会がなかったから、今の内にチェックしておこう」

胡椒のハウス栽培は最初こそ失敗の連続だったが、今では軌道に乗り始めている。今の調子なら早くて来年、遅くとも再来年には胡椒の収穫ができる。
来年以降は苗木作りにも困ることはなく、徐々に日本国内の生産量を増やすことが可能だ。

「順調だね。肉料理に胡椒は必須だからなぁ……まぁ今はそこまで必要としないけども」

問題があるとすれば肉によく使われる胡椒は、西洋人と比べて日本人の消費量が少ない点だ。
それに対し、唐辛子の消費量は格段に上がった。唐辛子単体が好まれるのではなく、唐辛子を主とした調味料ミックススパイスの七味唐辛子を作ったのが原因だ。

信長の出店ラッシュにより各業界はてんてこ舞いになった。特に建築業界が忙しく、京にいる大工だけでは足らず、各地から大工職人が呼び出された。
ここで問題になったことが大工職人の食事だ。特に地方の大工職人は単身赴任していることから、いかに食事の不満を解消するかが問題になった。
単純な料理店で解消し切れない理由は、職人が満腹になることを嫌い、食事を小分けにして取るからだ。

腰を落ち着けて食事を取るより、手早く食事を取れる方が良い、とのことでファストフード類、特にかけ蕎麦が好まれた。
かけ蕎麦は寒い時期には好まれる食べ方のため、秋から冬にかけての建築工事に従事する大工職人の間で人気が出るのも当然だ。
初期の薬味はネギだけだったが、昨年五郎が京に滞在していたとき、新しい薬味として天かす、一味唐辛子、七味唐辛子を試した。
このとき、彼は自分で蕎麦を打つのではなくそば屋に断って新薬味を試したため、近くにいた大工職人が五郎の行動に気付いた。
他人の意見も欲しいと思った五郎は、新薬味を大工職人に試してもらう。この中で七味唐辛子が一番高く評価され、その話が大工職人の間で広まり、あっという間に大流行になってしまった。

「来年の唐辛子生産はすごいことになりそう。ま、今は七味唐辛子ぐらいしか使わないし、それ以外に需要が出るとは思えないから良いけども」

胡椒のハウス栽培をチェックした後、ほかの農作物や果樹園の様子も確認する。
果樹は収穫が成功すれば苗木が順次ほかの地域に送られ、生産量の増加が図れる算段になっていることから、果樹園にはそれなりに気を使っている。

果樹の増産も接ぎ木と挿し木技術のおかげで、数年の内に開花結実することが可能だ。
『桃栗3年柿8年、梅はすいすい13年、柚子は大馬鹿18年(ほかにもパターンあり)』と言われるように、種子から栽培した場合は開花結実するまで長い時間を必要とする。
しかし接ぎ木で栽培すれば柚子なら3年から4年、遅くとも5年で開花結実する。無論、肥料や栽培の仕方でそれ以上遅くなる場合もあるが、平均すれば4年で果実が収穫できる。
梅も4年から5年と挿し木や接ぎ木は、開花結実に至るまで長い時間を必要とする品種ほど効果を発揮する。

「みかんを収穫してからコンパウンドボウの練習するか」

武将たちが宿泊する武家屋敷と共に弓道場などいくつか鍛錬所も建築された。静子はみかんを3つほど収穫した後、約100メートルの遠的場に入る。
ほとんど静子専用と言っても良い道場だが、的は3面設置されている。しかし静子も冬の寒さが厳しい時期しか遠的場を使用しない。

だが、腹と脚だけで馬を自在にコントロールし、騎射を主軸に訓練する静子と弓騎兵隊にとって、動かない的は余り訓練にならなかった。
特に弓騎兵隊は静子隊の中で唯一の精鋭部隊だ。その関係で特に厳しい訓練内容が課せられている。
流れが激しい川から的を流し、それを75m以上の距離から騎射する訓練を見た織田家家臣たちは『頭がおかしい連中』と口をそろえて語った。
さすがに夜間訓練はほとんど行っていないが、それでも夜目が利く人間は動かない的なら50m近く離れていても8割の命中精度を持つ。

「……うーん、微妙」

たとえ100メートル離れていても、コツさえつかめば的に命中させることはさして難しくない。
だが最もやる気を失わせるのは1人だということだろう。好敵手がいるからこそ訓練に身が入るのであって、1人で矢を命中させても重圧は感じないし面白くもない。

「駄目だぁ、訓練に身が入らない。これなら冬の山装備をして、鹿を探した方が良いね」

だらけた状態で訓練しても意味は無いと理解した静子は訓練を切り上げ、弓道場を片付ける。

「お帰りなさいませ、静子様」

帰宅する姿が見えたのか、玄関で彩が出迎えてくれた。汚れを払い落とし、コンパウンドボウなどを彼女に渡して片付けを頼む。

「そういえば彩ちゃんって正月は家に帰らないの?」

慶次や才蔵、長可、奇妙丸は正月の関係でいない。しかし、彩は一度として家に戻る話をしたことがない。
さらに考えれば彩の家庭事情を一度も聞いたことがないことに、静子は今更ながら気付いた。

「お館様から聞いておられませぬか。私には帰る家も、頼る親族もおりませぬ。ゆえにほかの皆さまのように、家へ帰ることはございません」

「え……えっと、差し支えなければ教えてくれない……かな?」

「別に隠すことではございませんので、何も問題ではありません。ご承知のように、世は乱世です。どこにでもあるように、私の両親や兄弟は合戦に巻き込まれ殺されました。親族は覚えがありませぬので、生きているか死んでいるか分かりません」

予想していたとはいえ、彩本人から聞かされた内容に静子はショックを隠せなかった。だが彩は大したことないと言わんばかりに、いつもの冷静で大人びた顔で言葉を続ける。

「その後色々とあってお館様に拾われ、今は静子様に仕える身となりました」

「うん……何かごめんね」

「先ほども申しましたが、どこにでもあるお話です。別段、お気にかけて頂くことではございません。それとご安心ください、身売りはやっておりません。ゆえに静子様に病が伝染うつることもございません」

静子の彩に対する第一印象は「大人びた子」だった。しかし彼女の境遇を聞き、それは誤りだということに彼女は気付いた。
彩はとおにも満たない内に、大人びた子でなければ生きてはいけない環境に身を置かれたのだ。

(なるほど、初めのころに私の部屋をあさっていたのは、そういう任務を受けていたからなのね)

突然小間使いを与えられた意味を、静子はようやく確信が持てた。とはいえ何かすることはなく、また今更過去の話を蒸し返す気も彼女にはない。
当時の信長は静子を信用足る人物と考えていなかったが、女の小間使いで監視させることは静子に一定の配慮をしていると言っても良いからだ。

「そういうことは気にしていないよ。ま、私は彩ちゃんの過去を知ったからと言って、今更態度を変えるようなことはしないから、彩ちゃんも出生を気にしなくて良いよ。出生を偽るなんて、武将の間じゃよくあることだし」

後に織田家家中ツートップになる明智光秀と木下藤吉郎秀吉、2人の出生に関することは不明な点が多い。
経歴もある程度は残っているが、初期は不明瞭な点が多く、本当に手柄を立てたか怪しい面がある。それと比べれば彩が過去に奴隷生活をしたことなど、静子から見れば取るに足りないことだった。

「私は気にしないから、彩ちゃんも気にすることないよ」

重くなりかけた空気を払うように、静子は話を強引に打ち切った。






静子が住んでいるところには温泉が湧き出ている。毎日それなりの湯が湧き出ては川へ排水されているが、一向に枯渇する気配はない。
火山が付近にないことから非火山性温泉に分類されるが、その熱源は不明なものに分けられる。
川に排水される地点は冬でも温かく、暖を取るために多くの動物が集まっていた。その様は動物大集合と言っても良かった。
しかしその動物大集合の輪に加われない動物もいる。昨年に出産した雌のターキッシュアンゴラ・ハナだ。

ターキッシュアンゴラは九月ごろから発情時期に入り、二か月後の十一月ごろに出産することが多い。
明智光秀と細川藤孝は出産失敗で死産、信長と前久は3匹生まれるも一か月たつ前に2匹が死亡した。寒さに子猫が耐え切れなかったのだろうと静子は推測した。

静子のところは天然の暖房部屋にハナが居座り、そこで4匹出産した。男湯側を占拠したために男性陣は何日も風呂へ入れなかったが、特に不満を口にせずほほ笑ましく見守っていた。
一番子猫の出産に張り切っていた長可など、水風呂に入って問題ないことをアピールしていた。無論、後日風邪をひいて寝込んだのは言うまでもない。

それから一か月はフィールドスコープで様子を確認しつつも、母猫であるハナに任せていた。子猫に構い過ぎればスイッチが切り替わるように、突然母猫が子猫の育児放棄をするからだ。
しかし一か月を過ぎれば、子猫にはいろいろなしつけをしなければならない。特に一か月ごろからは、母親のミルクだけでなく離乳食も食べさせる必要がある。
子猫が親猫から自立する生後六か月までの間、しつけや育児で子猫の性格や能力が決まると言っても過言ではない。

しかし生後一か月の子猫と言えば、何と言ってもオモチャへの食いつきが非常に良い。
通常は母猫が生きたネズミを与えるが、ネズミを見つければ捕食する動物が多いことから、ネズミを見つけることが非常に困難になっていた。
代わりにファクチスで球体を作り、布で保護した簡易ゴムボールを与えたが、食いつきは予想以上であった。毎日ゴムボールを相手に遊び、たまに長可がこっそり猫じゃらしで相手をしていた。
長可は発覚していないと思っているが、残念なことにハナがいる場所はフィールドスコープで監視できる位置だったため、即全員が知ることとなった。
指摘をすれば怒るので誰もが触らず、ほほ笑ましく見守っていた。

シェパードは数日ズレがあったものの、そろって発情期に入った。生後何年か分からないが、2年は超えているものと考え、静子はシェパードを台雌とした計画を開始する。
それは種犬にハイイロオオカミ、台雌にジャーマン・シェパード・ドックとするジャーマン・シェパード・ウルフドック計画だ。交配計画はオランダ原産のサーロス・ウルフホンドに近い。

狼犬(ウルフドック)とは名の通り犬と狼の交雑犬、若しくは交配を元に生み出された犬の品種を指す。
高度な社会性を持ち、優れた聴力と嗅覚を持ち、高い知性を持つ狼犬だが、独立性が非常に高い。現代でも狼犬が少ない理由は、しつけが困難な部類に入るからだ。

無論、静子はただ欲しいだけでウルフドック計画を考えたわけではない。
今のままなら自分は歴史の片隅に残れても、ヴィットマンやカイザー、ケーニッヒたちは残らない。ゆえに彼女は彼らが激動の時代を生きた証しを歴史に刻みたかった。
しかし大きな問題がある。狼は群れの最上位のペアだけが交尾を行うが、現状は例外として群れの頂点である静子ではなく、ヴィットマンとバルティが交尾を行っている。
ここにカイザーやケーニッヒ、アーデルハイトたちと犬を交尾させて、果たして群れが成り立ってくれるのかが分からなかった。

まずはお試しにとルッツとシェパードを入れてみるも、突然隔離されたことでルッツのストレスが上がりあえなく失敗した。
リッターは親の交尾を見ていたのか、交尾すれば出られると思ったのか素早く交尾をした。
何とも素早い行動だが、やはり知らない犬と一緒にされるのはストレスだったのか、しばらく甘え癖が出た。
アーデルハイトは入れて早々、シェパードに対して激しい攻撃性を見せたことで失敗となる。
ケーニッヒは非常に淡泊だった。即座に状況を理解したのかシェパードと交尾をする。しかし終われば早く出せと言わんばかりにほえたため、静子は慌てて彼を開放した。
カイザーもケーニッヒ同様に、理解力は高かったがこちらはもっと深刻だった。しばらく静子の元を離れず、彼女が寝ているときもそばにいるほど甘え癖が出た。
リッターと違いカイザーは巨体ゆえ少々骨が折れたが、群れが崩壊しなかったことを考えれば安いものと思い、しばらくカイザーたちの甘え癖に付き合った。
これで3匹の遺伝子が受け継がれ、後は産まれた子犬の中から優良個体を選別し、さらに柴犬などと交配していくことで、優れたジャーマン・シェパード・ウルフドックが誕生する。
彼らの子が、孫が、後の世で警備犬として活躍することを静子は願った。

「雄のオウギワシを頼んでいるけど、すぐに輸送されるとは思えないしね。アカとクロは勝手に連れてくると思うけど、うちで巣作りしそうな予感がする」

報告書を読んだ静子は頭が痛かった。オウギワシはつがいを生涯変えない猛禽類ゆえに、雄のオウギワシを日本へ輸送してもらうようフロイスへ依頼した。
しかしオウギワシの捕獲は困難で、さらにシロガネが雄を気に入るか未知数だった。アカガネとクロガネに至っては品種不明だ。2羽には自力でつがいを見つけてくれる他ない。

「静子様、伴天連から例のものが届きました」

「お! ついに着ましたか! 早速、温泉室・・・に例のものを運んでおいて!」

読んでいた報告書をその辺に投げ捨てると、静子は意気揚々と自室へ戻る。ため息を吐いた後、彩は静子が投げ捨てた報告書を拾った。






「案外腐るの早いんだね、カカオって」

開いた果実の大半が腐っていたことに、静子は分かっていながらもため息を吐く。

静子がフロイスに頼んだ植物、それは昨年依頼したコーヒーやカカオの苗木や種だ。
日本では栽培が不可能に思われがちなカカオだが、実は伊豆でカカオの栽培を行っている農園はいくつかある。
熱帯地域で育つカカオをどのような方法で栽培しているか、その秘密が温泉から出る排湯だ。

温泉から出る湯は大半が使われず捨てられている。静子の温泉も例に漏れず、大半が利用されず川へ流されていた。
卵のふ化に使ったり、スッポンの養殖池に流したり、鳥たちの水浴び場にしたりと、そこそこ活用はしているものの、どれも温泉排湯が必ずしも不可欠の設備ではない。

温泉排湯があったからこそ栽培できた作物が欲しい、そう考えた静子が目をつけた作物が胡椒だった。
そして、栽培に必要なビニールハウスもどきが完成したことで、温泉排湯をビニールハウスの中に流し、熱帯雨林気候を仮想的に作る温泉湯気栽培が可能だと彼女は確信した。

温泉湯気栽培または温泉熱栽培と呼ばれる栽培方法は、何も静子が考えたのではない。標高800m、奥飛騨温泉郷で温泉排湯を使ったバナナ栽培に成功した栽培農家がいる。
彼はすでにバナナだけでなくヤシやカカオ、ドラゴンフルーツ系の栽培にも成功し、温泉排湯を使った栽培が多大な効果を発揮することを証明した。
伊豆でカカオを無農薬栽培することに成功した農家もおり、さらに商業利用していることから低コストで栽培できることも証明された。

現代では問題にならず戦国時代で問題になる点は、ビニールハウスのためのビニールを集めること、そして鉄パイプのような金属パーツを集めることが困難な点だ。
しかし岡部が竹と柔らかい木と硬い木を組み合わせて問題を解決し、見事な木製ビニールハウスを作り上げた。
要望をかなえてくれた岡部に感謝しきれなかった静子だが、当の本人は「もう勘弁してくれ」という気持ちだった。

岡部協力の下、戦国時代唯一の熱帯雨林気候を再現したビニールハウスが3つ完成した。
温泉から出る湯の大半をビニールハウスへ流すことになったが、温泉の湯を利用する人間がほぼ限定されていることから、信長が利用するときだけ制限すれば問題なかった。
現代のビニールハウスと違う点は温泉排湯を送るために静子の家から近い場所にしか設置できなかった点と、3つのハウスの内一つのみ中に入るためには静子の家からでないと入れない点だ。

冬でも気温が20度以上、かつ高い湿度を作り出せることから胡椒の栽培も比較的楽になった。
将来的には胡椒の栽培数を増やす予定だが、余裕が出たことで静子は胡椒だけをビニールハウスで栽培するのはもったいないと思い始めた。
最初はバナナを栽培しようと考えたが、種無しバナナは偶然の産物で生まれたもので、戦国時代にはあずき粒ほどの硬い種が入った種ありバナナしかない。
ほかの果実はどうかと考えたが、これはという果実が思い浮かばなかった。だがある日、ふと大豆コーヒーを飲んでいたときに、静子の脳裏にある作物が浮かんだ。それがカカオの木だ。

初めてカカオの種子を手に入れたヨーロッパ人はコロンブスである。彼は第四次航海で現在のホンジュラス付近でカカオの種子を手に入れスペインに持ち帰った。
しかし利用方法まで知らず持ち帰ったため、その価値に気付いた者は一人もいなかった。
欧州でカカオの価値に気付いた者はコンキスタドールのエルナン・コルテスで、彼は1519年にアステカで利用方法を知った。
以来、砂糖や香辛料を加えたショコラトル(チョコレート)は上級階級に歓迎され、1526年にはトリニダード島で栽培地が建設された。

静子としてはトリニタリオ種が欲しかったところだが、トリニタリオ種は種無しバナナと同じく18世紀に偶然の産物で生まれたもので入手不可能な品種だ。
ゆえに戦国時代は欧州の上級階級を魅了したクリオロ種、安価なフォラステロ種の二つしか存在しない。

通常ならスペインの独占状態になっているカカオは、門外不出の秘密で守られ入手は不可能だった。
しかしフロイスは壊血病の治療方法を見つけたことでイエズス会内部はもちろん、欧州各地の王侯貴族にも名が知られている有名人となっていた。
ゆえに取り入りたい人物が多く、その点を利用してフロイスはスペイン商人にカカオの実を秘密裏に持ち出させることに成功した。
スペイン商人から受け取ったフロイスは書と共に信長へ贈り、信長は書を見てカカオの実を静子へ送った。受け取った静子はフロイスへ代金と共に莫大な献金を行った。

多額の献金を施した理由は、フロイスたちが京で教会を建築しているが資金が足らず、また各組織から建築資材を破壊、もしくは盗難される妨害工作を受けていたからだ。
無論、静子はキリスト教の信仰に芽生えたわけでも、ましてやフロイスたち伴天連に同情したわけでもない。
イエズス会を通した海外の作物を日本へ輸入するために、先行投資の献金を行ったにすぎない。

「うわー、腐っているからすごい臭いだわぁ。手早く無事な種を取り出して、さっさと鉢に入れよう」

一つの実に平均30粒ほどあるカカオの実を割り、無事な種を取り出してそのまま鉢に種を植える。
腐敗したカカオの実からも多少期待を込めて種を取り出したが、9割方種が腐っていた。
それでも種が多いことが幸いして二品種とも三〇から四〇の種が採取できた。

「スペインの手によってインドネシアのジャワ島に伝わっていると言っても、やっぱり戦国時代は運輸能力が悪いね。うへー、くっさーい。さっさと焼却処分しちゃおう」

なお、1560年にインドネシアのジャワ島にカカオは伝わったが、商業生産が開始されたのは20世紀に入ってからだ。

コーヒーと違いカカオは大規模プランテーションで生産されず、世界各地で栽培されている。理由はカカオの植物学的特性にある。
カカオの木は陰樹で、成長するまでほかの木の陰で育成する必要がある。その関係でカカオは強い日光に弱く、単一の作物を広大な面積で一挙に栽培することができない作物なのだ。
しかし規模のメリットが得られない代わりに、バナナとの混栽には適している。ゆえに小規模農家が片手間で育てることには向いている作物なのだ。

「そういう意味なら野生種のバナナじゃなくて、キャッサバを要求すれば良かったかな。ま、ないものは仕方ない。バナナが育つまで、適当に日陰になるものを置いておこう」

カカオの木は日陰を作る必要があり、そのためにバナナの苗と一緒に植えることが多い。
バナナの方が成長は早く、大きくて平たい葉が日陰を作るのに最適だからだ。またカカオは4年目から実を収穫できるが、バナナはそれより早いことから先に収穫することができるのも理由だ。

ほかにもカカオの木を栽培するにあたって条件がある。
まず平均気温が22度から25度、最低でも年間1500ミリの降雨量が必要だ。ただし水を与えすぎると根腐れを起こす。また平均気温が15度以下になってはならない。
湿度が常に高いことも重要で、川などが近くにある土地が適している。決して乾いた風を当ててはならない。
土は粘土質でも問題ないが、根を張るため土が深いこと、そして腐葉土などにより肥えていることが肝心だ。
一番大事なことは、最初の2年間は直射日光を50パーセント以上遮断することだ。2年を超えれば日陰を取り除いても問題ないが、この条件が最も厳しいと言える。
現代でカカオ栽培の環境をそろえることは非常に困難だ。日本でビニールハウス栽培を行った場合、重油や軽油による暖房代だけで月百万から二百万かかる場合もある。

余談だがバナナはよく木に間違えられるが、植物分類学上では草になる。
カカオの花が受粉する確率は自然受粉で1%、人工授粉で3%程度と言われている。
ゆえに2年から3年で成木になるが、開花しても結実する可能性が低く、7年ほど結実しない場合もある。逆に運が良ければ2年目からカカオの実が収穫できるが、余り期待はできない。

カカオが終われば次はコーヒーの木だ。
コーヒーの苗木はカカオ同様、直射日光を避けて鉢植えする。コーヒーの木は1m以上成長しないと開花結実しない。
挿し木を行う時期は五月から七月ごろが理想だが、届く時期を調整できない以上、ぜいたくは言えない。
オスマン・トルコ帝国への意趣返しなのか、何百本ものコーヒーの木の苗木が用意されていたが、ほかと同様枯れてしまったものが多く見受けられた。
プラントハンターが命をかけて取ってきた苗木に感謝し、静子はコーヒーの苗木を1つずつ鉢植えしていく。
残りのマンゴスチンやライチ、ランブータン、ドラゴンフルーツ、芒果(マンゴー無花果(イチジク)の苗や種もそれぞれ必要な措置を行う。
最後に植木鉢を並べれば完成だ。数年すれば日本で唯一南国果実が育つ場所となる。今から結実が楽しみだと静子は思った。

植木鉢を並べ終えると腐った苗木や不要になったゴミを焼却処分する。炭になるまで焼き終えた後、生石灰と一緒に穴へ埋めた。

「これで4年後にはチョコレートが作れるかな。いや、発酵とか乾燥とかもあるから、そう簡単にはいかないか」

すぐに現代のような甘いチョコレートができるとは考えていなかった。信長が望むチョコになるには、もう少し工夫が必要と静子は思った。
信長は酒が呑めず、甘いものを好むという傾向があると、残された記録から推測されていた。
干し柿や金平糖を好んでいるところから、甘いもの好きだという話は確実だと考えられた。
しかし酒宴を毎年開いていることからも、信長は酒を嫌っているのではなく、人より多く呑めない体質であると静子は推測した。

ならば甘いものはどうか、と思いみかんなどの果実を献上したところ、かなり食いついてきた。
スナックパインも一人で一つ食べることができるところを見るに、甘いものが好物という話は間違いないと確信できた。

(よく考えれば、お館様って世界初のチョコレート菓子を食べた人間?)

鉢植えのパイナップルもハウス内に移動させ、作業を終えた静子は伸びをしながらビニールハウスを出る。途端、冷たい風が身体を急激に冷やす。
ビニールハウスの中は冬でも日本の真夏日だが、外は冬の寒さが広がっていた。温泉排湯のおかげでそれなりに温かいが、やはり冬の寒さと混ざってしまうので若干寒さは感じられる。

「……別に良いのだけど君たちだらけすぎじゃない?」

ビニールハウスとつながる部屋でだらけている男衆にあきれつつ静子はつぶやいた。
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