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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀元年 第一次織田包囲網

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千五百七十年 十二月下旬

静子は暇を持て余していた。現状では待機する以外に出来る事がなく、具申した意見も信長に却下され引き続き戦後処理に当たるよう申し渡されていた。
忙しい時に訪問してきて静子を振り回すお歴々も音沙汰がない。
奇妙丸は信長と共に比叡山包囲戦に出ており、長可は足満と共に小木江城の防衛、神出鬼没の濃姫だが今はなしのつぶてである。

戦没者や傷痍者への対応は、慶次や才蔵にも助力を求めた。
まず戦没者たちの為に慰霊碑及び供養塔を建立した。次に寺々に米を施入し供養を依頼する。此度の戦役における戦没者は千名以上にも及び、中には元奴隷や前科者も混じっていた。
しかし、静子は全員同じ量の米を払い、皆同様の供養を依頼した。
その一事だけでも周囲を驚かせた静子だが、周囲の驚嘆を意に介さず『如何なる者も死すれば仏。ゆえに俗世の罪科も地位も顧慮するにあたわず』と言い放ち、更に震撼させた。
傷痍者には医者を集めて臨時の治療院を設立し、そこでの治療を斡旋し見舞いの書状を送った。

大がかりな施策を必要としたのは戦没者遺族への対処についてだ。
弔慰金などの一時金を支給すればその場の支援は可能だが、稼ぎ頭を欠く状態ではいずれ困窮するのは目に見えている。
再婚出来れば良いが、寡婦(夫と死別後、再婚しない女性)となれば、いずれ身を持ち崩すのは必定。
何か良い方法はないかと思案した結果、静子が思いついたのは紡績工場を建て、そこに女工として就職させる方法であった。

紡績とは名前の通り、綿や麻、絹、羊毛などを糸にする事だ。最初は小さな建物で行っていた紡績も、今や平城と同等の広さを持つ工場へと発展した。
広大な土地に工場を建てれば、多くの従業員が必要となる。
紡績業務に携わる者と業務をサポートする者、病院や隔離病棟など病の流行を防ぐ者、赤子や子どもを預かる保育所、次世代を担う子たちを教育する寺子屋、工場を守る衛兵が必要だ。

工場一つで様々な雇用が生まれるが、問題がない訳ではない。中でも一番の問題は流行性の疫病が発生した場合だ。
感染力の高い病気が流行すれば、それだけで工場を含む周囲一帯が死の街と化す。抗生物質や治療薬がない戦国時代において、防疫(病気を未然に防ぐこと)は死活問題だ。
病気の流行を防ぐには、自然治癒力と免疫力を高めるのが一番早い。この二つを高めるには衣食住は勿論、公衆衛生、法の秩序など様々な事を考える必要がある。

「幸いにして、殆どが再婚したけど……やっぱり寡婦になる人が出てくるね。セーフティーハーネスの数を増やさないとな」

セーフティーハーネス、正確にはベビーハーネスと呼び、歩けるようになった乳幼児が親元から勝手に離れないようにするための道具だ。
始まりは中世ヨーロッパで、当時は歩き始めた乳幼児の歩行を補助するため、服に縫い付けた紐状のものだった。それが時代と共に役割を変え、現代のような形となった。
欧州では数百年の歴史があり、主に上級貴族の間で流行し、晩年のルイ14世と家族を描いた肖像画などにもベビーハーネスは登場している。
もちろん現代と変わらず当時から批判の声もあったが、小さな事故でも死に直結する時代背景からか、子どもを守るために利用する貴族は多くいた。

「まぁあれ、爺さん婆さん世代からはすこぶる不評なのよね。久々に権力使って普及させたよ」

欧州でも日本でも、戦国時代も現代でも、子どもが突拍子もない行動をする事は変わらない。
母親が転んだ子を助け起こそうとした刹那、別の子が母親の手を振りほどいて飛び出し、川に落ちて溺死した話は何件も静子の耳に届いている。
幾ら保育所を作ろうとも危険がなくなる訳ではない。次の世代を担う子の死亡率を下げる為にも、セーフティーハーネスの普及は必要不可欠だった。
しかし、欧州と同じく日本でも反対意見は出る。本来ならば時間を掛けて浸透させるのだが、命の問題だけに普及は急務だった。
ゆえに静子は普段滅多に使わない権力を行使し、母親たちに横文字の名前を避けて迷子紐と呼称し着用の指導を行い、抜き打ち検査をして使っていない親に罰則を与えた。

「ま、迷子紐の生産は他人に任せよう。今は空中栽培の報告書を纏めるか」

静子は薩摩芋の空中栽培で出た実験結果を纏めて、信長に提出する必要があった。
薩摩芋の空中栽培は成功を収めたが、やはり太さが土壌で育てるものより一回り小さかった。
しかし薩摩芋の大きさは四ヶ月をピークに、それ以上は時間をかけてもたいして成長しない事が判明した。
この事から四月から八月、そして七月から十一月の二期作が可能だと考えられた。前期は芋、茎、葉が収穫でき、後期は芋と茎が収穫できる。
芋が少し小さくても二期作する事で、全体の収穫量が増える算段だ。実際、専有面積一平方メートルの三角棚五段で栽培した結果、20キロの単作収量を達成した。
二期作を行えば単純計算をしても、一平方メートルにつき40キロの単作収量が見込める。

「問題は実験の為にたくさん出来た薩摩芋よね」

さつまいもチップスを食べながら静子はぼやく。もともと、非常食として一定の栽培を行っている上に、実験の為に薩摩芋を栽培したのだ。
当然ながら収穫量は例年より多い。しかし薩摩芋の消費量は変わらないため、さつまいもチップスなどにして間食用に消費していた。

「まぁ報告書はあと少しで出来上がる。それより今日は、数少ない外出日だから準備しないと」






信長は静子に厳しい移動制限を課しているが、一ヶ月を境に制限を緩和した。それは、どうしても彼女が出向かなければならない話があるからだ。
その内の一つが馬の受け取りだ。馬と言っても木曽馬きそうまなど、日本古来にいる馬ではない。
海外、それも現存する改良馬の中で最初に確立したアラブ種である。
馬の品種で有名なサラブレッドも、このアラブ種とイギリス在来種のハンターなどの品種と掛けあわせた結果、生まれたものだ。

体高は約150cm、体重は約400kgで耐候性と耐久性に優れ、何よりもアラブ種は走る馬だ。
彼らは平らな土地を走るのに適した馬で、スタミナが大きく長距離を駆ける事ができる。
反面、非常に大飯ぐらいで、木曽馬と異なり高低差に弱く、粗食では本来のポテンシャルを引き出せない。
国土の六割が山あいの日本では使い所が難しいが、木曽馬と掛けあわせれば高低差に強く、丈夫で粗食にも耐え、維持管理も比較的容易なアングロアラブと同等の馬が誕生する可能性がある。

フロイスと会う時にする男装を施した後、静子は彼と会い雄30頭、雌20頭の計50頭を受け取った。そして馬の中から一番良い個体を選び、馬具を装備させた。
信長が見れば確実に一頭よこせ、と言い出すのは目に見えていたので、その前に一番良い個体を自分のものにした。

「良い馬です」

「お気に召して良かったです」

木曽馬に乗っているフロイスが笑みを浮かべて言葉を口にする。
今回、アラブ種を日本へ輸入出来たのも彼の尽力による所が大きい。もちろん、無償の奉仕ではない。互いに利害が一致した結果である。

欧州は1500年にはアラブ種を輸入していた為、その馬を50頭ほど日本へ回すこと自体は可能だった。
ただしアラブ種は西洋軍事と関係が深く、当初はイエズス会も難色を示した。日本でのターキッシュアンゴラ騒動を考慮し、イエズス会は猫でごまかせないかと考えた。

中世ヨーロッパは猫にとって暗黒の時代と言っても良い。魔女の使いと考えられ、特に黒猫が目の敵にされた時代で、多くの猫が無実の罪で生きたまま火刑に処された。
猫が悪の象徴と見なされた理由は、キリスト教がグノーシス派を『黒猫に姿を変えた悪魔と手を結んでいる』と非難したのが始まりだ。
この事で黒猫が迫害され、更に魔女狩りに代表される異端者狩りと結びつき、猫は魔女の使いとされてしまった。
猫が減る事でネズミが増え、それに伴いペスト菌を持つノミが拡散されてしまった結果、中世ヨーロッパでペストが大流行した。
この事を悪魔の仕業と考えた人々が、更に多くの猫を虐殺していく。しかしそれはペストを媒介するノミが付着したネズミを更に増やしてペストの流行を手助けする結果となった。

一方、日本やエジプトでは猫は古くから神秘的な生き物として重宝していた。貯蔵した穀物を食害するネズミを捕食する猫は貴重なパートナーであった。
古代エジプトでは猫への崇拝が強く、飼い猫が死ぬと飼い主は喪に服し、猫をミイラ化して棺に入れ丁重に葬った。

日本でも黒猫は福猫と呼ばれ、大変珍重されていた。
中でも宇多うだ天皇が先帝光孝天皇より賜り、五年にわたり育ててきた飼い猫日記『寛平御記かんぴょうぎょき』に出る唐渡来の黒猫は特に有名だ。
また枕草子に出てくる一条天皇も猫を愛し、子猫が生まれると人と同じ儀式を行い、「命婦のおもと」という名と五位の位を与えた。

その様な歴史的背景を知らぬイエズス会だが、ともかく猫で何とか誤魔化せとフロイスに書と共にたくさんの山猫を送りつけた。
しかしフロイスはイエズス会の命を拒否し、不義理な態度はこの国で最も嫌われると反論、イエズス会本部にアラブ種を送るよう説得した。
最終的に説得を受け入れたイエズス会は、去勢されていないアラブ種50頭を日本へ送り出すことにした。
その間にフロイスは送られてきたマヌルネコや妙に大きい白猫を上手く使い、静子へ馬の輸送が遅れる詫びとして献上した。

山猫たちが無理やり捕獲されている事を知った静子は、『今回の様な事で某に動物を献上する必要はない。今回は受け取るが以降は不用意な乱獲を控えるべし』とフロイスに伝えた。
日本の生態系が崩れる事を心配しての発言だが、残念な事にフロイスへは仏教の教えが絡んでいるとしか伝わらなかった。

(しかしまぁ最初は病死するだろうと思ったけど、思いのほか野生動物って生命力が強いよね)

マヌルネコは菌の少ない高地に生息する山猫だ。環境の激変に耐え切れず、病死する可能性が高いと静子は考えていた。
しかし船で運ばれている間に丈夫になったのか、それとも多くの個体の中で最も強いマヌルネコだけが生き残ったのか、ともかくマヌルネコは元気に暴れ回っていた。
夜行性である事から、同じく夜行性のネズミ類を問答無用で狩っていた。
比較的小型の山猫ではあるものの、ネズミを狙うライバルが同族の猫を除けば日本川獺(にほんかわうそぐらいである事と、大型の肉食動物に狙われる心配がない。
ただしヴィットマンたちハイイロオオカミ一家や、猛禽類の王者であるオウギワシのシロガネ、夜の猛禽類であるアカガネとクロガネには逆らわなかった。

妙に大きい白猫は種類が不明だった。斑点のような模様があるが、それだけで動物が判断出来るほど静子は動物に詳しくない。
近世は動物保護の思考がない為、絶滅危惧種の動物も平気で捕獲する。そこを考えれば白猫は貴重な動物の可能性もあるが、現状では成長させる以外判断材料がない。
現状で分かっている事は雄雌のつがい、そして2匹は別々の巣から持ち出された事だけだ。

マヌルネコは警戒心が強く中々懐かなかった。
しかし、大きな白猫は最初こそ警戒したものの、静子が餌を与えてくれる存在と認識した頃から警戒心が薄れ、今では静子の後ろをついて歩くこともあった。
無論、こちらも猫特有の気紛れさで、ついてくるかは彼らの気分次第であった。
大きい白猫は種類が分からなかったゆえに名付けを見送ったが、マヌルネコはその丸々した風貌から『丸太』と名付けた。

(白猫の方はなーんか嫌な予感がするのよね。まぁ詳しく考えるのは止めよう。それよりせっかく動物を輸入してくれるのなら、この際絶滅したドードーでも要求してみようかしら)

信長が猫を気に入った関係から猫の予算が与えられたとは言え、これ以上動物が増える事は好ましくないと静子は思っていた。しかしそれが絶滅した動物なら話は別だ。
ドードーは発見から僅か100年で滅ぼされた飛べない鳥だ。1598年に存在が公式に報告され、1681年を最後に目撃情報がなくなり、絶滅したと言われている。
機会があれば頼んでみるのも悪くはない、と静子は思った。

「(そういえば逃げ出した大型の猛禽類、どうなったか知らないかなぁ)フロイス殿よ、以前逃げ出したと言われた大形の鳥、どこへ向かったかご存じないか」

「大形の鳥……ああ、あの鳥ですか。確証はありませんが、船乗りが仲間を引き連れて日ノ本から飛び立つのを見た、という噂話をしているのを耳にしました」

軽い気持ちでフロイスに尋ねると、意外な返事が返ってきた。逃げた猛禽類がわざわざ仲間を引き連れている事に、一抹の不安を感じた静子だが今はむやみに不安がらない事にした。

「ほほぅ、それは恐ろしい。まぁ今は気にしても仕方ないでしょう。それよりも重要な話があります。フロイス殿よ、この馬を運ぶ間、某との約束は守って頂けましたかな?」

「はい。馬を運ぶのに300名の船乗りを使いました。ですが、一人として血を吐く病にかかる事はありませんでした」

静子がフロイスとトレードしたものは、壊血病の治療方法だった。
もやし栽培が確実に効果がある、と彼らに証明するには壊血病にかからない事と、壊血病にかかった人間が治療される事の二つを証明しなければならなかった。
内、一つ目は胡椒の苗や種を運ぶ時に証明された。
もう一つのもやしを摂取する事で壊血病を予防できる事を証明するには、インドから三ヶ月以上の時間をかけて日本へ馬を運んで貰う必要があった。
実際は約半年かけてアラブ種を運ぶ事になったが、この間に船乗りが一度も壊血病にかからなかった事で、もやし摂取の効果を証明する事が出来た。

植民地政策が加速する不安があった静子だが、フロイスたち宣教師は、この治療方法をカトリック教会の秘儀とした。彼らは何よりも失墜した教会の権威を取り戻さなければならない。
原因不明の壊血病を治療出来る方法は、カトリック教会の権威を再び復活する手段になると考えた。

「血を吐く病ですか。某は壊血病と呼んでおります」

「壊血病、ですか?」

「歯から出血し、次に皮膚から出血し、脱力感や鈍痛がひどくなり、やがて死に至る病。その原因は海上生活では補充出来ない野菜の不足。隣国のみんでは早くから『この手法』に目をつけておりました」

「なるほど、そういう意味で『壊血病』という事ですか」

「はい。しかしこれで壊血病を恐れる理由はなくなるでしょう」

「そうですね。これで……」

カトリック教会の権威を取り戻せる、その手応えを確かに感じたフロイスだった。






十一月中旬、本願寺より派遣された坊官の下間頼旦らに率いられた一揆衆は、その兵力を数万にまで増やしていた。
北勢四十八家と呼ばれた伊勢国北部の北伊勢地域に勢力を持つ城主・豪族の内、一部が長島一向一揆に加担するなど、織田家に反旗を翻す存在は着実に増えていた。
彼らは伊藤氏一族が城主を務める長島城を攻め落とすと、その城を長島一向一揆の拠点とした。
続いて信興の守る小木江城を攻め落とさんと、彼らは勢いそのまま小木江城を目指した。
しかし彼らに待っていたのは『絶望』の一言だった。

小木江城はコンクリート城壁など、最新の建築技術が導入された堅固な要塞と化していた。
素人目にも単純な力押しで攻め落とせない事が容易に知れた。更に城壁には数の暴力による力押しを許さない工夫が凝らしてあった。

近づいた雑兵たちが、突然倒れたまま起き上がらなくなるのだ。
現代の人間なら毒ガスや生物・化学兵器(BC兵器)を疑うが、戦国時代にそのような兵器は開発されていない。
長島一向一揆衆には、人が突然倒れたという事しか分からない。老若男女問わず死んでいく様は、残された一揆衆の戦意を著しく低下させた。

昼間は大した戦果を出せずに撤退した一揆衆だが、弱り目の連中をみすみす見逃す手は無い。
敵方が休息している夜間にゲリラ戦を仕掛け、徹底的な嫌がらせ(ハラスメント)を行う。
見回り兵を見つければクロスボウで狙撃して負傷させる。爆竹を鳴らして睡眠妨害を行う。
敵が通りそうな所に罠を仕込む。あちこちで小火騒ぎを起こすなど、長可主導で毎晩嫌がらせを行った。

朝から夕方は足満が、夜から深夜は長可が主導して長島一向一揆衆に対応する。
二人の作戦は正攻法もあれば卑怯者の誹りを受けるような邪道もあるが、徹底的に相手を叩く事を目的とするのは共通していた。
女子供の区別なく、一揆衆であれば敵として滅ぼす覚悟を持っていた。

小木江城を包囲しつつ長島一向一揆衆は一部の兵を桑名城に送り、城主の滝川一益を敗走させた。
周囲の城も次々と落として孤立無援状態にした後、下間頼旦は小木江城へ降伏を促した。
だが小木江城へ行った使者は首を斬られ、更に頭を鉈で真っ二つにされたものが無造作に投げ捨てられていた。3度ほど同じように使者を送ったが、どれも返答は同じだった。

「さて夜討ちはもう出来ないな。と言っても連中は攻め込む事が出来ない。謎の即死攻撃に兵が怯えているからな」

「解明した所でどうにもならん。あれは我々の身近に存在しているものを、多少弄って危険な毒に変貌させているだけだからな」

睨み合いだけの合戦が終わったある日、足満と長可の二人は今後の展開について話していた。

「睨み合いのまま終わるはずはない。奴ら、何か仕掛けてくるだろうな」

「……まぁ比叡山の方で策を行使していれば、囲んだまま終わるというのもあり得る」

足満の言葉は正しく、信長は織田包囲網の構築を主導していた義昭を使い、各方面への和睦を進めていた。
ここで彼が拒絶し、織田包囲網を更に強化すれば信長の命も危ぶまれた。
だが和睦を仲介する事で、反織田連合にも信長にも将軍としての存在感を示せると考えた義昭は、朝廷へ勅許奏請をする。
信長を追い詰めておきながら、信長を討ち取る絶好の機会を自ら捨てるところに、義昭の戦略眼のなさが伺えた。

「周囲には隠れる場所がない。よって地下から攻めてくる可能性は低い」

「仮に攻めてきたら?」

「連絡犬は耳が良い。地の底から掘り進めている音を聞くだろう。場所が特定できれば、後は油を流して焼けば良い」

狭い洞窟で火災が起きれば、一酸化炭素中毒死が沢山出るしな、と足満は心の中で付け足す。
篝火が見える場所を眺めながら、足満は小さく呟く。

「一気に攻めてくれると助かるのだがな」

「流石に敵も馬鹿じゃない。死ぬって分かっていて突撃はないだろう」

足満はありふれた気体だが致命の毒ともなるものを使ったが、それで始末出来たのはせいぜい1000から2000だ。
世の中には日常に溢れているものに手を加えれば、一瞬にして人体に危険な毒ガスへ変貌する事もある。
たとえば人間が生きていく上で酸素は必要だが、その濃度は21%辺りが維持されている。
これ以上低くなっても、高くなっても人体には一定の影響が出てくる。もしも酸素濃度が6%になれば瞬時に昏倒し、呼吸停止が起き六分で死に至る。

彼の行ったものもそれに近かった。
無臭で空気より比重が重く、危険な状態の環境を作れば人間は何も出来ない。
ただし欠点として足満の行った攻撃は範囲が狭かった。時間が経ち、空気中の酸素と結合して無毒化してしまうものを選んだ為、よくて半径10m程度だった。
それでも効果は絶大で、突然倒れたものを助けようとしたものまで巻き添えにした。
わざわざ要塞化したのも、攻めてくる敵兵を集める為の布石にするのが理由の一つだ。
無論、防衛力を高めるという意味でも、要塞化は必要であった。

「こちらも余裕はない。しばらく防衛に徹して、比叡山の方で動く事を期待しよう」

長島一向一揆衆を釘付けにした状態で耐え、その間に信長が和睦にこぎ着ける。
それが足満の作戦であった。どうあっても数の差は埋められない以上、耐え切る以外に選択肢はない。
ロケット花火も煙幕弾もカプサイシン爆弾も、相手が通常の足軽なら使用出来る。しかし彼らは死をも恐れぬ死兵であり、彼らにとって死は極楽へ行くためのプロセスに過ぎない。
更に一向宗門徒は仏教という宗教によって結束している集団だ。彼らが信仰を捨てない限り、戦いに敗れようとも、自分たちのいる国が滅びようとも、屈服する事は決してない。
一向宗門徒をどうにかするには唯一つ、速やかに彼らの命を奪い、その数を減らしていく以外にない。

(……痛み分けで良ければ方法はあるが、もし信長があれを使おうとしても、一年は待つ必要があるな)

足満には僅か一日で長島一向一揆衆を全滅させる方法を知っている。
それは毒ガスや危険な気体ではなく、もっと直接的な暴力だ。そして信長はその武器を既に手にしている。問題はいつ引き金をひくかだけだ。

「足満様、一揆衆から使者が来ております」

「斬り捨ててこい」

「はっ」

連絡兵も最初から回答が分かっていたのか、流れるような対応だった。
少しして使者の悲鳴が聞こえた二人だが、大して気に留める素振りも無く敵が取り得る戦法への対処を考える。

「相手の出方が分からない以上、暫く監視しかないか」

結局、監視以外に有効な手だてがないと理解した二人は、監視を強化する方針で合意した。






長島一向一揆衆は今以上に、尾張へ侵攻する事が出来なかった。
息を吹き返した三好三人衆は、瓦林・茨木城を攻略して気勢を上げたが、それでも限界というものはあった。
もし信長に背後へ回りこまれたら、彼らはたちまち孤立する事となる。協力体制が不安定な状態である以上、無茶をすれば自滅するだけの話だ。
そしてそれは長島一向一揆衆も同様だった。尾張には国防を任された兵士たちが各地にいる。
もし小木江城を無視して奥へ進めば、国防の兵士たちによって分断される。
軍の指揮が可能な人間が美濃・尾張にいる以上、それは決して夢物語ではなかった。
どうにかするには小木江城を攻略するしかないが、想像を絶する防御力の小木江城攻略はそう簡単な話ではない。

人間は無意味な死を最も恐れる。
近づけば死ぬ事を一向一揆衆たちが認識している以上、無意味な突撃は出来ない。
それは一向宗が南無阿弥陀仏なむあみだぶつを唱え、死を恐れぬ死兵に全員がなるわけではないからだ。
史実でも信長が一向宗門徒を皆殺しにした時、他の門徒衆は織田軍に反抗する事への恐怖を覚えてなりを潜めた。
故に死の恐怖を理解した長島一向一揆衆は、小木江城を前に手をこまねいていた。

比叡山と信長、長島一向一揆衆と小木江城の守備隊。
どちらも膠着状態に陥り、長引く包囲戦に身動きが取れなくなった信長は、この状態を打破するべく、各地にいる小さな反織田勢力を壊滅する作戦へ切り替える。

まず小木江城にいる長可の兵2000に予備1000を追加し、近江の一向門徒と結託した六角勢を壊滅するように命じた。
彼らは美濃と京の交通を遮断しており、補給路が絶たれる事態は見過ごせなかった。
横山城にいる秀吉と丹羽も、美濃と京の交通を遮断している一向門徒を壊滅するべく討って出た。京に迫る三好三人衆は和田惟政が奮戦して食い止めていた。

瀬田・草津間に展開した徳川の援軍には、本多忠勝や榊原康政など主力級が六角勢と小競り合いを行っていた。
慶次と才蔵にそれぞれ1000の予備兵を与え、徳川に助力すべく信長は彼らを派遣をした。
しかしここで信長の予想に反して、静子が弓騎兵隊50名を従え慶次たちと共に出陣した。
慌てて止めようとするが『国家の危機に安穏と寝ていられません』という静子の言葉に、信長は返答に窮した。
結局、国防を担う人間を集めて兵力を500ほど与え、彼女の出陣を黙認する事にした。

美濃・尾張の守備力は弱まったが、信長は反織田の烽火が連なるのを無視出来なかった。
長可は目覚ましい活躍を見せた。彼は悪魔的な直感力で敵の動きを察知し、豊富な知力を持って効率的に六角勢を潰した。
その徹底的な殲滅戦に敵はもちろんの事、味方の予備兵1000までが恐怖に震えた。
十一月上旬に出陣した秀吉たちは、十六日までに一向門徒や六角勢を駆逐し、交通を回復させた。

援軍の徳川軍の援軍というややこしい立場の静子たちは、無事彼らと合流すると、すぐさま六角勢や小勢力を潰すべく動いた。
固まって動くより二部隊に分かれて動く方が効率的と考え、彼らはふた手に分かれる。
なお周囲が引くほどの忠勝の強い意向を反映し、静子と忠勝と半蔵、慶次と才蔵と康政の二組に分かれ、残りを陣の防衛に当てた。
静子を一人にさせる事に慶次たちは不安を覚えたが、今は四の五の言える状況ではなかった。

「雑兵は無視して、部隊長を徹底的に狙うよ」

静子の宣言通り、雑兵は全く狙わず部隊長を徹底的に狙った。逃げ隠れしようにも火縄銃の標準射程距離である50mを超える位置から狙撃される為、彼らには対応する事が出来なかった。

「うおおおおおおおおおお!!!! 某の邪魔はさせんぞ!!」

覇気溢れる忠勝は敵を文字通り敵を撫で斬りし続け、誰も手がつけられなかった。
六角勢を発見すると大抵彼が最初に突撃し、それに引っ張られて忠勝の兵が敵陣の真っただ中に突っ込み、静子と半蔵がそれをフォローするのが定番だった。
そのおかげで半蔵は静子を観察する余裕がいくぶん持てたが、同時に忠勝の行動に呆れていた。

(弓の腕は優れ、指揮能力も悪くない。だが最初から武勲を捨て、勝つ事だけに集中している様は異質だ。やはり殿の言う通り、彼女の周りが異質ではなく、彼女が異質だからこそ同じように異質な人間が集まるのか)

「右側の敵に突撃の気配がある。牽制の矢を一斉掃射し、彼らの出鼻を挫くよ」

(……妙に勘が良いが、平八郎殿の懸想には気付かない鈍感さがある。哀れ、平八郎殿。同情はするが共感はせぬぞ)

そこで思考する事を止めた半蔵は、六角勢の壊滅に頭を切り替えた。

「我々は静子殿の掃射後、敵の右側へ突撃する! 静子殿、合図をよろしく頼む!」

「分かりました……よし、今よ掃射開始!」

少しして静子が号令を出すと同時、矢の雨が敵陣の右側へ集中的に放たれる。
これ以上ないタイミングで掃射を受けた敵兵は、突撃の出鼻を挫かれて右往左往する。

「行くぞ、突撃開始ー!」

突然の横撃に混乱するさ中、半蔵が兵を率いて斬り込む。部隊を立て直している最中に突撃を受け、もはや敵は組織だった反撃をすることが叶わなかった。
まもなく合戦の雌雄は決し、六角勢や小勢力による反織田軍は壊滅状態となる。辛うじて逃亡した者も半蔵の追撃を受け尽く命を落としていった。

「だいぶ制圧出来たな」

夕餉を取り終えた慶次が、口で煙管を弄びながら呟く。彼の言葉に静子と才蔵、そして徳川軍の忠勝、半蔵、康政は頷く。

近江六角氏の勢力はもはや滅亡寸前と言っても過言ではない。多数の武将が討ち取られ、元々少ない兵の多くが失われ、今や軍を維持することすら困難な状態だ。
武将や兵が少ない事に目をつけた織田・徳川連合軍は、2軍体制を4軍体制に変更し、各地の反織田勢力を鎮圧していった。
細分化されると六角側は少ない兵を更に分けるか、それとも拠点を見捨てるかの二択しかない。
六角氏が拠点を見捨てれば、もはや織田・徳川連合軍の勝利は揺るがない。援軍のこない状況で拠点を死守する者はいないからだ。
後は以下の文を書いた短い勧告文を拠点に送りつければ良い。

『服従か、それとも死か、後悔しない方を選べ』

単純な勧告文に、六角家に協力している国人たちは即座に理解した。もはや自分たちの命運は、織田・徳川連合軍に握られている状態だという事を。

結局、見捨てられた拠点は全て降伏し、以降反織田連合軍に協力しない事を確約させた。
我が身可愛さに拠点を見捨てた事で、六角家から離反する者が出てきた。その中に今まで多大な支援をしていた甲賀衆もいた。
家臣が次々と連合軍に寝返った事で、かつて南近江の雄であった六角家の威光は、今は見る影もないほど凋落した。

しかし反織田勢力の猛攻は激しく、織田軍の状況が良くなる兆しは一向に見えなかった。






各地で反織田勢力を潰さんと奮闘する織田軍だが、情勢は悪化する一方だった。
十一月末になっても比叡山に篭った浅井・朝倉軍は降伏する様子を見せず、各地の反織田勢力も勢いを増す一方だ。
若狭では一時失脚していた武田信方が復権すると、大飯郡や遠敷郡で反織田勢力が巻き返しに出た。
物流の拠点である堅田を十一月二十五日に固めんとするも、十一月二十六日に浅井・朝倉連合軍が比叡山から討って出てきた。
合戦は大激戦となり、前波景当を返り討ちにするも、織田軍は坂井正尚や安藤右衛門佐が討ち取られ織田軍は壊滅した。
堅田の猪飼昇貞、居初又次郎、馬場孫次郎が信長に内通したが、堅田の戦いで敗北した事により彼らは堅田を捨て琵琶湖を渡って逃走した。

二ヶ月以上包囲は続けられたが、依然として状況は芳しくない。
これ以上の継戦は限界と判断した信長は、十一月三十日に朝廷と義昭を動かして講和を画策した。
この時、濃姫も状況から信長が和睦に走ると考え、仁比売の名を使って朝廷へ働きかけた。
応仁の乱やその後の地方で勃発した乱戦など、戦火の記憶が残っている朝廷は織田軍と反織田勢力の合戦を止めるべく動き出す。
前久もまた反織田連合を止めるべく、京の有力者たちを巧みにそそのかし、反織田連合の中に継戦に対して否定的な空気を作る。

継戦に不安を持っていた朝倉はいち早く義昭の提案を受け入れた。最後まで和睦に反対していた延暦寺だが、朝廷から綸旨りんじが下された事で渋々ながらも受け入れた。
十二月十三日に三井寺で信長は朝倉と和議を締結し、朝倉氏が築いた壺笠山城で人質の交換を行った。

この時、信長は数通の起請文を義景に差し出し、その中に「天下は朝倉殿に、我二度と天下を望まず」と書いたとされる。
しかし幕府体制と義昭の推戴の下にいた信長には、「天下を望まず」と書ける立場ではない為、よくて「京を望まず」ぐらいのニュアンスであろう。
時には恥も外聞も捨てられる信長なら、この程度を書いて相手をおだてるぐらいの事は平気でする。
近江北郡の3分の1を浅井、3分の2を信長とする案も、人質交換を朝倉の築いた城で行う事も、危機を脱しなければ明日がない信長には異論などあるはずもなく、挟持を道端に捨てて平然と受け入れた。

翌十四日にすぐさま陣を払った信長は、大雪が降る中岐阜へ戻る。
各地に散らばった反織田連合に対応する軍も、信長に続くように陣を払って美濃や尾張へ戻る。
遅れて浅井・朝倉も陣を払い本拠地へ撤退した。本願寺や延暦寺も山門安堵の綸旨を受けて兵を引いた。
ここに信長の生涯において、絶体絶命の危機とまで言われた元亀元年の二大合戦「野田・福島の合戦」と「志賀の陣」を乗り越える事に成功した。

しかし信長の慢心が招いたこの二大合戦は、そう簡単には消えない傷跡を残した。
多くの兵を失い、家臣を多数失い、幾つもの城が落とされ、大量の離反者を出してしまった。
各地で反織田勢力は勢いを増し、その勢いに織田家が滅ぶと考えた者の中から離反者は出てきた。このまま放置すれば、織田軍は今後も離反者が出てくる事になる。

それを理解しつつも信長は、家臣たちに一定の休息を与えた。
また戦死者を弔うために供養米を寄進し、負傷した家臣たちへ見舞いの書状を送った。
今まで服従していた家臣たちの一部が、織田軍の意外な弱さを目の当たりにした為か税を納めず、一部を懐に入れて私服を肥やそうとし始めた。
これに対して信長は地侍を容赦なく懲罰し、百姓たちへの信頼を勝ち取ると共に政治的な不安から発生する治安悪化を押さえ込んだ。

「南蛮の馬は大きいな」

内政が落ち着いた頃、信長は静子が輸入したアラブ種50頭の視察にやってきた。
アラブ種は体高が約150cmで、日本にいる木曽馬などの平均130cmと比べて20cmも高い。
木曽馬でも145cmなど異常に高い馬も存在するが、大抵は130cm代が多い。

「ご乗馬されますか?」

「うむ、準備せよ」

信長は静子に指示を出すが、彼女は既に準備は終えていたのですぐに馬が出てきた。
颯爽と馬に跨ると、彼は馬の首を優しく撫でる。茶器コレクターであり、馬コレクターでもある信長は、アラブ種を一目で気に入った。

(あ、多分一頭寄越せって言うよね、これ)

馬に跨った信長の顔を見て、静子は次に言う信長の言葉を予測する。暫く歩かせたり、少し走らせたりした後、信長は静子に予想通りの言葉を放った。

「気に入った。わしの所へ一頭回せ」

案の定、彼女の予想通り信長は馬を一頭欲しがった。勝手に選ぶと機嫌を損ねると思った静子は、信長に欲しい馬を選んで貰う事にした。
一頭ずつじっくり観察した後、信長は一頭の雄馬を選んだ。体高148cmと平均より少し低めだが、アラブ種の中で一番足が太かった。

「こやつが気に入った」

「分かりました。馬具をご用意致します」

軍馬として使用されている木曽馬とアラブ種では、体高や足の太さなどが違う。
またアラブ種はサラブレッドやアングロアラブの元である為、必然的に乗馬で使う馬具の方が向いている。
カウボーイたちが使っていたウエスタン式の鞍や馬銜はみ、それを固定する頭絡とうらく手綱たづな護蹄ごてい蹄鉄ていてつの事)など馬具の数は枚挙にいとまがない。
だが馬具をつける事で馬の運動能力が向上し、見栄えが良くなり、馬で駆ける信長が栄える。
問題は馬具の材料費が馬鹿にならない事だ。特に鞍は長時間乗っていても疲労しないような構造にする為、鹿の革を大量に使用している。つまり馬具だけでも大金が投入されているのだ。

「此度も失態だった」

馬を並べて歩かせる二人は最初こそ無言だったが、暫くして信長が口を開いた。
それは他人に聞かせられない独り言だった。彼は織田家当主として、弱音を吐く事は許されなかった。
弱音を吐けば今の家臣団は総崩れとなり、織田家は歴史から消え去る事となる。
だが何事にも例外はつきものだ。その愚痴や弱音を吐いても、許される相手が僅かながら信長にはいた。その内の一人が静子だ。

「家臣の多くは離反し、反織田を掲げておる。わしが順風満帆の時はおべっかを使い、失墜しかけたら手のひらを返しおる。まっこと屑どもには反吐が出るわ」

「不幸を知るからこそ幸運を実感出来ます。お館様、そんな屑たちの為に時間を使うのは勿体のうございます。今はこの劣勢でも忠義を尽くす、義臣がいる『幸運』を噛み締めましょう。そして大して働きもしない屑が、さっさと消えてくれた『幸運』を喜びましょう」

「……ふ、ふははははは!!! そうだな、貴様の言う通りだ。役に立たぬ屑どもが勝手に敵対してくれたのだ。わしは遠慮なしに奴らを滅ぼせる大義名分がある、という事か」

静子の言葉に一瞬きょとんとした信長だが、次の瞬間口を開けて笑った。
自分の悩みが馬鹿らしく、そしていかに小さい事か理解したのだ。敵対結構、この状態で離れていく家臣など何の役にも立たない、と迷いなく切り捨てられた。

「貴様は抜けているようで、たまに鋭い事を言う。だからこそ面白い……しかしわしは一つだけ気になっておる」

「はい? 何がでしょうか」

「貴様はわしの元に来てから、一度として人を殺めておらぬ。それが貴様の挟持かとも思ったが、此度の戦いで貴様は徹底的に武将を討ち取った。知っておるか? 貴様の弓騎兵隊は『武将殺し』の異名がついておる。話を戻そうか、貴様は人を殺めた事を恐れたか? それとも……後悔したか?」

「……これは私の個人的な考えですが、私は後悔しない人間なのです」

信長の言葉に静子は力なく笑う。彼女はまっすぐ前を見ると、遠い空の向こうに見るような目で言葉を続ける。

「その場で私が最適だと思った道を、ただ実践しているだけなのです。だからその道を歩き終えた後、振り返って後悔したり恐れたりする事はありません。例え私が選んだ道のせいで、最悪の結末を生んだとしても……です」

「……」

「それに後悔するのは、その時の自分の全てを否定する事と同じです。後悔したって何も変わらない、何も生まれない……ならば未熟な自分の失態を振り返り、失敗の原因を考え、それを次に活かそうとする方が大事です。いえ……その道を選んだ者としての義務です」

「そんな辛そうな声で言っても説得力はないぞ」

信長の言う通り、静子は自分でも気付かないほど悲痛な声を出していた。
指摘されて彼女はようやく気付き、口元を手で隠した。

「……わしには織田家当主としての責務がある。安易に貴様だけを優しくは出来ぬ。だから、辛くなったら仲間を頼れ。貴様はもう一人ではない。例え貴様がこの世の人間ではないとしてもだ。だから肩を貸せる友と共に歩め」

「はい……」

「さて滲みったれた話は終いじゃ。何か旨いものでも食べて、英気を養うとするか」

「……付かぬことをお伺いしますが、まさか料理を作るのって私じゃないですよね?」

「早く戻らぬと小姓たちが心配するな」

言うやいなや、信長は馬を走らせて馬小屋を目指した。
信長の行動に呆けた顔をした静子だが、理解が追いついた瞬間、信長に向かって叫んだ。

「あれー、さっきまでの神妙な空気は!? ってちょ、ちょっとお館様ーーーー!!! 聞こえていますかーーー!! いい加減、外出用の料理人を雇ってくださいーー!!」

冬の空に静子の叫び声が虚しく響き渡った。






織田軍は反織田連合が作る包囲網によって大規模作戦に失敗し、更に多数の離反者を出すという屈辱を味わった。
政治的にも軍事的にも大敗を喫した織田軍を見て、調子に乗り出した輩が出始める。
その筆頭が現将軍である義昭だった。彼は織田軍の弱さを知るやいなや、信長の影響下から脱そうと各地にいる反織田勢力を糾合し、織田包囲網を強固に敷こうとした。

だが彼は信長がいなければ将軍になれなかった上に、それらしい権威や迫力がない。
本願寺や延暦寺は彼に従う義務や義理がなかった。浅井や朝倉も同様の上に、小さな反織田勢力もわざわざ結託する必要を感じなかった。
だが碌なまとまりがなく、嫌々ながら結託した反織田連合を見て、義昭は信長もこれで終わりと勘違いした。
彼は各地の反織田勢力に『織田を討て!』と檄文を出し、反織田勢力が今以上に増やそうとしたが、どの勢力もリスクとリターンを考慮し、話半分に聞いていた。

義昭が密書をばら撒いている頃、信長は国境付近で起こる人攫い未遂事件の対応に追われていた。
今までは織田軍を恐れていた彼らだが、大敗の報せを耳にするやいなや織田領での人攫いをし始めた。
幸いにも関が原を封鎖し、横山城にいる秀吉や丹羽が道路封鎖を行った為に全て未遂で終わった。
しかし信長が彼らの蛮行に激怒した事は言うまでもない。信長は長可を人攫い征伐隊の隊長に任命すると、徹底的な取り締まりを命じた。

この人事に人攫い連中は勿論、やましい事がなく正規の手続きをした人売りすら震え上がった。
長可といえば鬼も泣いて逃げるほど、残虐非道極まりない事を平気で行う武将、が彼らの共通認識だからだ。
捕まれば何をされるか分からない、と考えた人攫い連中は蜘蛛の子を散らすように逃げた。

だが逃げた程度で長可が許すはずもなく、彼は信長の期待通りの動きをする。片っ端から捕まえては褌以外全てを没収し、その上で折檻と称した拷問を行った。
その様は人攫いされた人間が、憎いはずの人攫いの助命を長可に願い出るほどだった。勿論、その程度で長可が止まったら苦労はしない。
こうして信長の命じた事を実行し、更に好き勝手した長可の悪名のお陰で人攫いは僅か一週間で沈静化した。

「いや、分かるのだけどね。分かるのだけど、私の所に苦情を持ってくるのは止めて欲しい」

積もった抗議の手紙を一見した後、静子は不快な表情の長可へ顔を向ける。
抗議を出す人間も、信長や森可成より静子の方が出しやすい。必然的に長可宛の抗議文が静子に集中するのは仕方なかった。
長可本人としては信長の命令に従っただけなのに、この様に抗議される事が不愉快だった。

「でもまぁ人の武器を勝手に持ちだした手前、こういう話をしておかないと示しが付かないしね?」

単純に暴れただけなら、小言を言って終わりだ。しかし、静子が刀工に依頼した南蛮武器を長可が持ちだした事で、小言では済まなくなってしまった。
依頼した武器はハルバード、バルディッシュ、グレイブ、ポール・アックス、方天画戟、グルカナイフ、戦鎌ウォーサイス)と多岐に渡るが、長可が持ち出したものはバルディッシュとグルカナイフの二つだ。
バルディッシュは刃の重量を生かして叩き斬るタイプで、足軽のような軽装備向けではなく、西洋の重装備相手に使う武器だ。
当然、足軽より軽装備の人さらいに対して使うものではない。
過剰な攻撃になるバルディッシュを振り回し、使いにくい場所では鉈とグルカナイフで人さらい相手に凶猛な白兵戦をしたお陰で、両方とも極悪な武器という印象が付いてしまった。
軍の象徴武器に使おうと考えていた静子にとって、二つの悪印象はどうやっても拭えず、対象から外す羽目となった。
その後、慶次がハルバードを使ったり、戦鎌は見た目が良くないなどの紆余曲折を経て、最終的に装飾を施した儀礼用のグレイブであるクーゼが選ばれた。

「分かっているなら早く済ませてくれ」

「勝蔵、言葉が過ぎるぞ。少しは静子様の心労を考えろ」

傍にいる才蔵が苦言を呈する。慶次は何も言わなかったが、長可の味方でもなかった。
二人からの無言の威圧に、流石の長可も口を閉ざす。しかし気持ちが高ぶっているのか、落ち着きがなくそわそわしていた。

(うーん? 抗議文に怒っている……だけじゃない?)

どうにも長可の様子が変だと静子は思った。普段の長可なら不遜な態度で聞き流すはずが、視線を彷徨わせては身体を揺すっていた。
気持ちが高ぶっているというより、自分で自分がコントロール出来ていないように見えた。

「……あ、あー……あー、そっかぁ。もうそんな年か」

暫く長可の様子を観察し、そして彼の経歴を思い出した瞬間、ようやく静子は長可の挙動不審さが何なのか理解した。
それに気付けば、長可の身なりを気にしたり、静子や彩の特定の部位を見てはすぐに視線を反らしたり、妙に反抗的な態度を取り出した理由も分かった。

「静子様? 何か思う所が?」

「いや、勝蔵君も第二次性徴期(思春期)に入ったのだなと思ってね。でも私は母親じゃないのに、反抗されても対応に困るよ」

「第二次性徴期?」

その言葉に三人が揃って首を傾げる。同じく傍に控えている彩は、それが当然のように紙と墨を取り出した。

「難しい話じゃないよ。第二次性徴期ってのは、心身ともに子供から大人へ変化する時期の事だよ。他人の言葉が不愉快に感じる、異性の身体に興味を持つ、自分の事が異常に気になる、とか心に急激な変化が起きているから、勝蔵君自身がそれについていけていないのよ」

「ぐっ、そ、そうなのか」

「あのね勝蔵君。いくら私でも君の視線が何処に向いているかぐらい分かるよ? まぁその辺りは男のさがって事で目を瞑るけど、変な事をしたらヴィットマンたちと楽しい山岳走りをしてもらいます」

「い、いやそれは流石にしない。世話になっているし……な(阿呆か! お前に何かしたら本多平八郎が黙ってないわ!! 俺は自殺する気は毛頭ない!)」

思わず言いかけた長可だが、既のところで止めて思い切り息を吐いた。

「ひとまずその……第二次性徴期って言うのか? それのせいで俺は心が変化しているってのか?」

「身体もだけどね。変声(声変わり)したり、肩幅が広くなったり、筋肉が発達したり、顔つきが変化したり、性的に成熟したりするよ。人によっては緩やかだけど、勝蔵君の場合は階段を駆け上る勢いで来たのじゃない? だから体の成長と心の均衡が崩れ、今みたいに荒れた感じになったのじゃないかなーと。医者じゃないから断言出来ないけどね」

しかし長可の暴走理由が分かっても、静子としては対処のしようがない。
第二次性徴期は親からの自立や他人とは違う「自分」というものを確立させ、大人へ成長するためになくてはならないものだ。
無理に止める事は不可能だし、下手な事をすれば長可の精神面がどうなるか予測がつかない。
ここは彼がどんなに苦しい顔をしても、我慢して見守るしか出来ないのだ。

「うーんと、ひとまず第二次性徴期を噛み砕いて説明し、勝蔵君が暴走しているのは仕方ないって方向に話を持って行きましょうか。後は慶次さんや才蔵さん、何かあったら話を聞いてあげてください。私には言えない事もあるでしょうし、男同士の方が話しやすいと思いますので」

「承知しました」

「構わんよ。後、勝蔵は暫く俺の所で寝泊まりしろ。お前が変に暴走して、静っちを襲ったら狼の餌になりそうだからな」

「……静子の周りにいる狼が起きて、暗闇の中襲われるってどれだけ怖いと思っているよ。ま、まぁ落ち着くまでは慶次の世話になる。頭で理解しても心が追いつかない」

「朝起きたら血塗れの死体が出来ていた、なんてのは勘弁よ」

「いや、流石にそれはない」

「そう願いたいね。さてこれで話はお終い。こっちから色々と説明しておくから、勝蔵君は先輩たちに話を聞いて貰ったらどうかしら。本来なら駄目だけど、今なら倉の酒は二樽まで許可するよ」

「それは良いな。酒を片手に、男同士の語らいといこうじゃないか」

言った傍から長可の襟首を掴むと、慶次はそのまま笑いながら彼を拉致していった。

「待てこら! いきなり何をするのだ! ええい、離せーー!!」

長可の叫び声が響き渡ったが、静子は少し考えてから彼を見捨てる事にした。長可にとって慶次の強引さは良い方向に働くと考えたからだ。

「大丈夫でしょう、多分」

そこはかとなく適当さがにじみ出ていた静子の言葉に、才蔵は何も言わず沈黙を貫いた。
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