挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十二年 伊勢平定

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

71/134

千五百六十九年 十二月上旬

十二月中旬、信長は京の一角にお抱え商人の店舗を次々と開店した。
飲食店、呉服屋、雑貨店と内容は多岐に亘るが、売り物は全て尾張・美濃の特産品だ。
だが商品が豊富にあろうと、購買する消費者が集まらなければ市場は成立しない。
その点を認識していた信長は、消費者が集まる策を講じる。

信長は商品の情報が効率良く人々に伝達・拡散される事が、消費者を集客する上で何よりも重要と考えた。
そこで彼は足満に消費者の購買意欲を高める引き札を作らせ、それを静子が製造したガリ版印刷機で大量に印刷し、市場や居住地で引き札の無料配布を行った。
引き札を使った宣伝は瞬く間に京を駆け巡り、冷やかしや物珍しさに集まる者や、敵情視察を兼ねた商売人たちが足を運んだ。

消費者の購買や商人間(しょうにんかん)取引(とりひき)が活発になり始めた頃、信長は動乱で荒廃した京の復興を名目に、あらゆる取引に一定の税を課した。
税は一部の贅沢品にだけかかる特別税と、現代日本の消費税に類似する一般間接税だ。
徴収した税は禁裏の修理費、破損状態で放置されているインフラの整備費、治安を維持する警ら隊の備品購入費などに当てられた。
更に信長は徴収した税額、そして税金の使用用途を京の民に公表した。

この様な政策を信長が行っている理由は、義昭の将軍としての能力が十分でない事が原因だ。
義昭は信長の力添えで将軍に就いたが、幼少の頃から仏門にいた彼は頼れる家臣が少なかった。
このままでは幕府の運営は早々に頓挫する。そこで義昭は信長から何人かの家臣を借りて足りない部分を補い、幕府の運営を行おうと考えた。
信長は義昭の要請に快く応じ、村井貞勝を始めとした何人もの家臣を京へ派遣し、幕府の業務を肩代わりした。

信長の家臣が幕府の業務を肩代わりする。一見すると信長は幕府を掌握しているように見えるが、実際は義昭の補佐として足利幕府を支える立場だ。
また特定の国人を抱え込み、幕府を成り立たせる運営方法は信長が初めてではない。
第十代義稙の大内義興と細川高国、第十二代義晴の六角定頼など、二重政権は後期足利幕府の特色とも言える。

しかし二重政権で幕府を運営し、信長の優秀な家臣を多数抱え込んでも、肝心の義昭は将軍としての能力が十分と言えなかった。
また彼は権威を高める為に行った土地裁判の調停、更に朝廷への横槍など外交をめぐる数々の失策で周囲の不評を買い続けた。
様々な人間が義昭に対し不平不満を持っている事に信長は憂慮し、義昭へ反省を促す手紙を送った。

『近頃、京の民からは御所への陰口が絶えませぬ。日ごろの行いをもっと反省し、民が陰口を叩くようになった原因を直して下さい』

手紙で将軍を叱るほど信長は義昭の失策続きに激昂していると家臣たちは怯えたが、当の本人である信長は憎しみより徒労感が胸にしみていた。
身体的な疲れと精神的な疲れを解消するため、信長は僅かなお供を連れ静子の元を訪れる。
頭を空にして湯治する事が、信長の数少ないストレス解消法だからだ。

「ため息も出ぬ」

酒盃を傾けながら信長は愚痴を零す。酒を呑まない信長が熱燗を煽るように呑む様子から、彼が多大なストレスを受けていた事を静子は知る。

「心中お察し致します」

信長の気疲れを察した静子だが、かける言葉が見つからなかった。
中途半端な優しさは、優しさではない事を静子は良く知っていた。そして信長が単なる優しさを求めていない事も理解していた。

「お館様、近衛様がお着きになりました」

「通せ」

小姓へ短く返事を返した後、信長は酒盃の中身を一口で飲み干した。小姓たちにお猪口や徳利を片付けさせると同時、前久が爽やかな笑みを浮かべて部屋に入る。
前久一人なら特に気に留める事もなかった。だが前久に続き足満も部屋へ入ってきた事に、静子は驚きを隠せなかった。

「お話は聞いておりますぞ、織田殿。心労をお察し致します」

挨拶しながら前久は適当な所に腰を下ろす。足満は信長と前久を一瞥した後、二人と静子の間に腰を下ろした。見ようによっては二人から静子を守っている位置でもある。

「おや、足満殿に嫌われたようだ」

肩をすくめながら前久がからかうように言う。信長も足満の態度から見抜いたようで、口元を隠して笑いをこらえていた。
足満は二人の態度に対して気にする素振りを見せないが、静子には彼が若干苛立っているように見えた。
しかし二人の態度に苛立っているというより、他の何かに対して苛立ちを覚えているように見えた。流石に何に対して足満が苛立っているかまでは、静子も分からなかった。

「ふふっ、さて大真面目な話をしよう。知っての通り、公方様の失態は目に余る。しかしわしが公方様の名誉挽回を図ると、如何を問わずヘソを曲げられる。しかし、放置すれば幕府は内側から崩壊する」

「私の所にも幾つか話が来ております。特に前例を無視した朝廷への口出しは、私の予想を超えて不評を買っておるようです」

二人の話から義昭の失態は危険水準にまで達していると静子は理解した。

「……公方様の失態が問題なのは理解出来るのですが、私が聞いても良い話なのでしょうか」

「構わぬ。今は忌憚なき意見が欲しい所だ。静子と足満、二人にも今後の事を考えて欲しい」

下手をすると幕府の運営を根底から覆す話になる。それに参加させられた理由が分からなかった静子だが、信長の返答で立場に縛られない人間の意見が欲しい事を理解する。
静子は足満と顔を見合った後、小さく頷いた。

「どこまでお役に立てるか存じませぬが、私で良ければ協力は惜しみません」

「……期待はするな」

「ふふっ、それを判断するのは織田殿です。さて、私の意見ですが公方殿が織田殿の動向を大人しく見ているとは思えません。近い内に何かしらの手を打ってきましょう。しかし公方殿は軍を所有しておりません。織田殿に叛く場合、公方殿はどこから軍を得るのでしょうか」

足利将軍家が運営する室町幕府は、日本の政治機関の頂点に君臨している。だが室町幕府の実態は悲惨の一言だ。
応仁の乱以降、幕府軍の主戦力である幕府奉公衆は各地の国人に家臣団として吸収された。
領地も京を中心とした畿内は別だが、地方は既に無法地帯と化している。
権力も永禄の変(三好家による足利義輝暗殺事件)以降、完全に失墜していた。経済基盤も弱く、もはや室町幕府は形骸化した組織と言っても過言ではない。

「何も最初から軍を用意する必要はない。各地に御内書を送り、秘密裏に織田家のみを政治・経済的に封鎖する包囲網を作り上げ、織田家の勢力を弱める。程よく弱った所で諸国に軍勢の派遣を要請し、『逆賊討伐』の大義名分のもと織田家を潰す。奉公衆を失った足利将軍家では、この方法が最も現実的であろう」

前久の疑問に足満が答える。彼は現実的と語ったが、今の室町幕府はそれ以外の選択肢がないとも言える。

「なるほど、諸国の軍勢を利用するのですね」

「だが織田家は畿内の勢力をほぼ掌握している。もし公方が諸国の軍勢を利用するなら、恐らく浅井、朝倉、毛利、武田、上杉辺りだ。誰でも良いと考え始めたら本願寺や延暦寺にも頼る可能性がある」

「幕府の権威が失墜している今、各勢力が一つに纏まるとは思いませんが……」

静子の指摘は正しかった。
史実では織田包囲網を作り上げた義昭だが、彼の予想に反し各勢力は一度も纏まる事なく、好き勝手に織田家へ反発した。
それ故、信長は敵対勢力から合戦を仕掛けられても、その後に立て直す時間的猶予があった。
また包囲網を敷く勢力が纏まっていない事は、一つの勢力に合戦を仕掛けても他の勢力が援軍を送らない可能性があると考え、信長は各勢力の切り崩しに取り掛かった。
大小問わず、信長は敵対勢力に対し調略もしくは殲滅を行う事で、十一年に及ぶ織田包囲網を切り抜けたのだ。

「一度は纏まる。しかしすぐに各々が自己の利を求めはじめ、包囲網としての纏まりを失うであろう。つまり、仮に織田包囲網が出来あった場合、最初の包囲網さえ切り抜ければ織田包囲網を潰せる可能性は残る」

「ふむ……仮に織田包囲網が出来るとして、今から取れる行動は何だ?」

信長の問いに三人は少し考えた後、それぞれの答えを口にした。

「物量を支える経済基盤の発展ですね」

「物資の生産基盤を盤石にする事と思います」

「……色々とあるが火器の工業生産を行えるよう研究開発しておく事、か」

前久、静子、足満の答えはどれも重要であった。物量を支える経済基盤、火器を多数保有する、大軍を支える物資生産力は簡単に用意出来るものではない。
数年、下手をすれば十年という長い年月をかけて、少しずつ環境を整えていく必要がある。

「ならば今後はそれを各自の目標とせよ」

信長の一声で各々がする方向性が決まった。

その後、前久はオウギワシを一目見たく静子と共に席を外した。信長と足満の二人はその場に残り、暫く無言で酒を酌み交わしていた。
それからいくばくかの時間が経った頃、足満が何でもない表情のまま呟く。

「木曽三川に貯水池を作っておろう。あれの工事を早める、もしくは人を増やす事は出来ぬか」

「……人を増やす事は可能だ。だがその理由は何じゃ」

治水及び利水対策として、信長はまず木曽三川に対し貯水池の工事に取り掛かった。
真っ先に貯水池の工事に取り掛かった理由は、下流部の洪水被害を防ぐ為だ。

梅雨や台風が到来し、一度に大量の雨が降ると河川が増水する。水量が河川の許容量の限界に達すると氾濫が起き、川沿いの村落に甚大な被害を与える。
だが貯水池を設置すれば、晴天時は一定の水量を貯水池から放出し、台風や大雨時は前もって放流を行い容量を開け、大雨により増水した河川水の一部を貯水池に貯め込む事が可能だ。
この貯水池から放水する量を調節し、下流部の洪水被害を防ぐ手法を洪水調節と言う。

「貯水池の水量は莫大だ。ひとつ扱いを誤れば未曽有の災害が生じる程にだ」

「貴様が何を言いたいかは理解した。しかし、それを実行するかはわしが判断する」

「構わん。わしは提案をしているに過ぎぬ」

「……貯水池の拡張工事を命じておく」

足満の策を実行すれば未曾有の災害が発生する。その事を理解していながら、平然と策として提案する事に信長は末恐ろしいものを感じた。






信長の尾張・美濃開発は計画通り進んでいた。しかしそこには明確な思惑が込められていた。
最優先開発地域が三河国と接する東尾張。次に知多半島を含む南尾張、三番目が美濃国と接する北尾張だ。
だが最後の箇所、木曽三川の下流域を含む西尾張は、他と違い策定の見通しすら立っていない。策定の見通しがたたない理由は、西尾張が信長の支配下でない事が原因だ。

尾張国と伊勢国の国境にある木曽三川の下流域は、木曽川の流れによって陸地から隔絶された地域だ。
陸の孤島のような地域は七つの輪中(わじゅう)に分かれ、かつては七島(ななしま)と呼ばれていた。だがいつの頃からか七島(ななしま)が訛り、長島(ながしま)と呼ばれるようになった。
伊勢国桑名郡にあるが「信長公記」によれば尾張国河内郡と認識されていた。

1501年(文亀元年)、杉江の地に願証寺が創建され、蓮如の六男・蓮淳が住職に就任した。
以降、本願寺は地元の国人領主層を取り込み、長島の周囲に中江砦・大鳥居砦などの防衛施設を増設して武装の強化を図り、数十の寺院・道場を建てて地域一帯を完全に支配した。

長島は信長にとって因縁の土地でもある。
信長に敵対した者、または過去に敵対し敗退した者の逃げこむ先が長島だ。
津島の南にある河内に勢力を持っていた服部党の頭領・服部(はっとり) 友貞(ともさだ)は、1560年(永禄三年)桶狭間の戦いで今川軍に参加し信長と敵対した。
1567年(永禄十年)稲葉山城の戦いで信長に破れた斎藤龍興は、北伊勢の長島に亡命したと言われている。
それに対して信長は長島を攻撃せず、北伊勢の在地領主を服属させるに留めた。
永禄四年に尾張統一を果たした時も、信長は長島を含む木曽川下流域の支配を諦めている。

信長も進軍を躊躇する輪中地帯を支配する蓮淳は、この頃苛つきを隠せなかった。
彼が苛立ちを覚える理由は二つある。
一つは信長が革新的な技術を発明しているが、それに対し自分たち(本願寺勢力)を閉めだしている事だ。
彼の言い分を分かりやすく言うと、技術を寄越せ、利益の分け前を寄越せである。
信長が本願寺に服従した事は一度としてない。だが彼が長島を一度も攻めなかった事に蓮淳は図に乗り、武家である信長が宗教的権威を持つ自分たちに服従する事は当然と考えていた。

もう一つは仁比売の存在だ。本願寺の情報網を使い仁比売を調べたが、一年近く経った今もまともな情報が手に入らなかった。
何故、彼らが仁比売を調べているのかは信長の収益に関係する。信長の支配する尾張・美濃は石高でいえば大体百万から百十万程度だ。
しかし実際は百万石ではなく、その三倍の三百万石だ。その理由は今まで謎だったが、仁比売の存在を知る事で、信長は仁比売より技術継承を受けたと蓮淳は考えた。
つまり仁比売を本願寺勢力に取り込む事で、信長の収益をそのまま頂戴出来ると蓮淳は思ったのだ。

その為にも仁比売を探し出す必要がある。だが一年経った今も、有益な情報は何一つ得られていなかった。それは彼らが仁比売のイメージを勘違いしているのが理由だ。
仁比売は信長によって作られた静子の虚像だ。勿論、信長は静子そのままのイメージを仁比売に採用していない。
戦国時代の綾小路俊量が亡くなったのが1518年、そこから逆算すれば仁比売は五十歳から六十歳前後の老婆だと周囲が思い込むように情報操作していた。

情報が集まらぬ事に蓮淳は苛立ちながらも、仁比売に関してはそれほど焦っていなかった。
信長が仁比売に対し、高い地位や恩賞を与えた話は一つもない。
ならば宗教的権威のある地位を与えると言えば、仁比売は簡単に本願寺勢力へ来るだろうと彼は本気で思っていた。
現代でそのような事を言われれば大半の人間は鼻で笑うだろうが、戦国時代は宗教的権威が幅を利かせている。故に彼らは疑わない、仁比売は自分たちへ簡単に寝返るだろうと。

「ふー、終わったー。ヴィットマンたちのブラッシングって結構疲れるよね」

ただし仁比売の実像である静子にとって、宗教的権威は道端に落ちている石ころ以下だった。
神を畏れる心が一欠片もない彼女だが、地蔵や仏像、墓を見れば手をあわせる。
静子は宗教や神仏を否定する無神論者ではない。現代日本人に多い創唱宗教(そうしょうしゅうきょう)に対して無関心、かつ特定の宗派に入信し教義を学ぶ事が嫌いな無宗教派なだけだ。






人々が年末年始の準備に取り掛かる頃、静子を含む織田軍は京へ入る。
今回は軍事行動ではなく、義昭の迷惑を被った家臣たちを慰労する事が目的だ。
招待者が幕臣という関係から静子だけでなく慶次、才蔵、長可に加え、森可成、柴田、佐々、佐久間、秀長、竹中兄弟と言った織田家の精鋭家臣団も従軍していた。

明智や村井を始めとした織田家から将軍家へ出向中の家臣たち、細川藤孝や和田惟政、松永久秀、堺の豪商など信長と協力関係のある人間が慰労会に呼ばれた。
将軍である義昭は多大なる迷惑を周囲に振りまく原因ゆえ、慰労会には招待されなかった。

慰労の料理を振る舞う大任を仰せつかった人物は五郎だ。
数年前までは京にある無名の料理屋で見習いをしていた彼だが、心を新たにしてみつおや足満、静子から料理を学ぶ内に料理人としての頭角を現した。
いつしか濃姫の料理人だけでなく、信長の料理人としても取り立てられて、今では織田家の台所を預かる料理頭にまで出世していた。

最初は腰が引けた五郎だが、身震いする心身に活を入れ、見事慰労会を大成功に導いた。
彼が作った料理はポルトガル人や中国人と交易を行い、山海の珍味を食べ尽くしていると自負する堺の豪商たちも、旨いと太鼓判を押すほどだった。
特に水分を多く含む関係で日持ちしない生菓子は参加者の舌を唸らせた。

慰労会後、静子や五郎は大豆から作るきな粉、もち米から作る白玉粉、うるち米から作る上新粉、ジャガイモから作るかたくり粉、とうもろこしから作るコーンスターチなど、調理用の粉に関する製造法を信長お抱えの料理屋に伝授する。
二ヶ月も経てば信長お抱え商人の店でみたらし団子や白玉だんごなどが売られ、それらを求めて豪商や公家などの有力者たちが京へ金子を落としていく寸法だ。

政務や様々な案件を全て片付け終えた後、織田軍は岐阜へ帰還する。森可成が信長へ報告し終えた所で、織田軍は解散となり各自帰途に着いた。

「皆様、今年もお疲れ様でした」

尾張に帰途してから一週間後、静子もまた身近な人間で慰労会兼忘年会を開いた。
参加者は慶次、才蔵、長可、彩、奇妙丸、爺、足満、みつお、鶴姫、芝、そして静子の十一人だ。
最初は宴会に近い形式をと考えた静子だが、折角の忘年会を肩肘張る形式にするのは宜しくないと考え直し、儀礼を取り払った宴会形式に切り替えた。
最終的に静子は大型の切り出し七輪を幾つも並べ、その上で串焼きをするバーベキューに近い形を取った。
しかし型破りな宴会形式を採用した弊害として、破天荒な行為を容認出来る人間のみしか招待出来なかった。

串焼きの材料は多岐に亘り、肉は鶏や鵞鳥、うずらは勿論、鹿や猪肉も用意した。
獣肉だけでなく玉葱や南瓜、葱など旬の野菜や、ホンモロコや寒ボラ、黒鯛など旬の魚類も取り揃えた。
季節外れにはなるが海老や蟹、アワビ、ホタテ、サザエ、ハマグリ、養殖中の牡蠣も並べた。
それぞれの材料に下ごしらえをし、終わった材料から串に刺せば準備は完了だ。後は各自好きに焼いて任意の時にたれを掛ければ出来上がりだ。

「色々とありましたが、こうして無事年末を迎える事が出来ました。まぁ堅苦しい挨拶はこの程度にして、今日は大いに呑んで食べて、英気を養って下さい。男ども、喜ぶが良い。酒はたんまり用意した。行き過ぎた事をしなければ、今日は幾ら呑んでも良いぞ!」

瞬間、男たちが歓声を上げる。
彼女の言葉通り、部屋の一角に清酒の酒樽(約十八リットル)が四つ、濁酒が入った酒樽が三つ並んでいた。近くのテーブルには熱燗用の徳利やお猪口、酒坏が数多く並べられていた。

静子監督の元で清酒は製造されているが、市場に出回る清酒の量は極僅かだ。その清酒が飲み放題と言われれば、男たちが喜ぶのも無理は無い。

「それじゃ、お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様でしたー!」

乾杯の音頭に全員が続いて唱和する。静子の挨拶が終わると、各自が好き勝手に動く。
席を立って酒を酌み交わす者、黙々と焼いて食べ続ける者、呑み比べ合戦をする者と、まさに無礼講だった。

余談だが立場や席順、礼儀正しさを崩さない事を慇懃講(いんぎんこう)と言う。
また無礼講の本来の意味は「座席を立ってはならぬ参加者が席を立ち、他人に酌をする事」である。
平安時代、公家社会の宴会は席順が身分の高い人から厳粛に決まっており、一度その席に座ると決して他の席へ移る事はなかった。
しかし後醍醐天皇が鎌倉幕府(北条氏)を倒す意思を探るため、美濃源氏の土岐頼貞、多治見国長、足助重成らを招いた酒宴で常識や礼儀、しきたりを無視した。
礼儀やしきたりを無視した理由は、内容が外に漏れないよう身分関係を抜きにし、世間を欺くための宴にかこつけた協議の場である事が理由だ。
しかしそれを知らない人々は酒宴の様子に大層驚き、羽目を外す酒宴の事を無礼講(ぶれいこう)と呼んだ。これが無礼講の由来である。

最初は串焼きとお酒を堪能していた慰労会だが、参加者の大半が酔い始めた頃から徐々に混沌と化していった。

「お、おっさん。本当に強い……ぜ」

「不覚……うぷっ」

「ふふふっ、近所の居酒屋に顔写真付きで飲み放題禁止にされた私と酒勝負をするなど、百年早いですよ」

慶次と才蔵は、無謀にも肝臓だけ名誉ロシア人のみつおと酒勝負をしていた。大酒飲みの慶次すら負けている所を見るに、本当にみつおは酒に強い事が分かる。
長可も慶次たちと共に床へ突っ伏していたが、面倒なので静子は三人を放置する事にした。

「素敵です、みつお様」

大杯片手に勝利宣言しているみつおを、鶴姫は恍惚とした表情で見つめていた。
彼女がみつおの何に惚れ込んだのか不明だが、人の恋愛事情に無粋な首を突っ込むのは野暮を思い、静子は遠巻きに眺める事にした。
遠巻きに観察する方が楽しいから、という本音を心の奥に仕舞いこんで。

「静子、呑んでいるかー。あー、貴様は呑めないのだったな」

既に酔いが回った奇妙丸が、黙々と串を焼いている静子に絡む。
戦国時代、国人や武士階級は元服を済ませた後、農漁村では「若衆」、「娘仲間」の組織に加入し成人に必要な訓練を受けた後、飲酒が許されるようになった。
しかし何時の時代でも、未成年が大人の気分を味わうために隠れて飲酒することは絶えない。

「君はしっかり呑んでいるね」

「おう、酒を呑める機会はそうないからな。爺も酔っておるし、今なら口煩い人間はおらぬ!」

笑いながら奇妙丸は持っている酒盃を傾ける。
爺は足満と一緒に呑んでいる上に、何やら楽しそうに会話しており、奇妙丸に殆ど注意を払っていない。今なら口煩く言われないと奇妙丸が考えるのも無理はなかった。

「二日酔いになっても知らないよ。んー、ハマグリが美味しい。生きたまま運ぶのに苦労したけど、それに見合う美味しさだよ」

「俺は焼き鳥の皮が好きだ。飯が欲しくなるのが欠点だがね」

「野菜も食べなさいよ」

「はっはっはっはっ、だが断る。そう言えば京で伴天連と会談をしたそうだな。一体何をしてきたのだ?」

「今はまだ秘密かな。まぁそこまで良い話でもなかったよ」

京から尾張へ帰還する前日に、静子はフロイスと会談した。元々、静子の目的はフロイスと会談し、ある取引を行う事だった。
特に揉める事なく双方は成果を得た。世間的に見ればフロイスの方が高い利益を得ている。
何しろフロイスが得たものは壊血病の治療薬に関する情報だ。壊血病はビタミンCを摂取すれば良いが、ビタミンCと壊血病の関係が明らかになったのは1932年だ。

300年以上先の技術や知識を得たフロイスに対し、静子が得たものは『あらゆる品種の輸入に対し、助力を惜しまない事』である。
簡単に言えば静子が望む農作物の苗や動物を、イエズス会が責任を持って日本へ運ぶ事だ。
静子がフロイスへ最初に要求したものは、東南アジアで栽培されている胡椒の苗、世界最古の馬の品種改良種であるアラブ種、ビールの原材料になるホップの三つだ。
それ以外にも要求する品種はあるが、静子側の治療薬に成果が出ていない事から彼女は三つに制限した。無論、成果が出れば輸入に尽力する約束を取り付けた。

(けど壊血病の治療方法が確立する事は……植民地主義が早まる可能性があるのよね)

一抹の不安を覚えた静子は、本来の特効薬であるパセリ糖衣錠ではなく、海綿を利用したもやしの促成栽培を壊血病の特効薬として伝えた。
もやしは水と太陽と緑豆があれば良い。船上は水と生野菜が貴重品になるが、吸水性の高い海綿を使えば栽培用に水を割く必要がなくなる。
対してパセリ糖衣錠はパセリと油と蜂蜜と竹酢液を混ぜて練り、それを白糖で包んだ薬玉だ。白糖で包む理由は、湿気対策と苦すぎて飲み込めない事への対策だ。
保存に気を使えば一年近く保ち、もやしより短期間で効果を得られる。船上でのもやし栽培より高効率だからこそ、植民地支配が早まる事を怖れた静子はパセリ糖衣錠を秘匿した。

焼けたハマグリを食べながら、未だ眉をひそめる奇妙丸へ静子は素っ気なく言った。

「まぁ……色々とあるのよ、色々と」






信長が伊勢を平定した事で周辺国がにわかに騒がしくなる。
周辺国だけではない。今や信長の動向に西は毛利、東は武田や北条と有力国人は勿論、日本中にいる国人が注視している。
寺社勢力や朝廷も、彼の動きに逐一目を向けているのは言うまでもない。

多くの国人たちは信長の台頭(たいとう)に嫌悪感を覚えつつも、注視するだけに留めている。
本願寺や比叡山延暦寺は、信長からの矢銭要求を煩わしく思いながらも、彼の政策が自分たちに利益を生んでいる点から敵対視はしていなかった。
朝廷は殆ど飼いならされている立場で、敵対視すれば自分たちの台所事情が火を噴く事は明らかであるため、様子見以外の選択肢はなかった。

信長に対して明確な敵対の態度を示しているのは三好三人衆と朝倉家のみだ。
その朝倉家と関係の深い浅井家は、義昭が送った密書が原因で家が真二つに割れるお家騒動が勃発した。
今や飛ぶ鳥落とす勢いの信長との関係を重視する派と、義昭の密書に従って盟友の朝倉家と連携して信長を討つ派だ。
前者は浅井長政が筆頭、後者は浅井久政が筆頭だ。無理やり隠居させられ、権限をほぼ失った久政が権力を振る舞える背景に、親朝倉派の家臣が影響している。

『幾ら公方様の密書があろうと、周辺国が簡単に動くとは思えない。今や足利将軍家は単なる飾りであり、将軍家の命令に従う国人が出てくるとは到底思えない。織田家と率先して敵対しても得られる利益がない以上、今は態度を保留にしておく方が良い』

端的に言うと長政陣営は『暫く様子見』が基本的な考えだ。

『公方様の意向は織田の抹殺。密書の内容が事実なら、我らには大義がある。そしてここで織田を討てば、浅井家は将軍家に対して発言力を増せる。良く考えろ、今の織田は自分以外の権威を認めようとしない。このまま行けばやがて浅井家は服従を強いられ、断れば滅ぼされる。浅井家を存続する為にも盟友の朝倉家と連携し、織田という逆臣を討つべし』

対して久政陣営の意見は『率先して密書に従うべし』だった。

双方、自分の意見を収める気はなく、浅井親子の関係は日に日に険悪の一途をたどる。
家臣の殆どは久政陣営だが、長政陣営には近江国の商人連合が支援していた。
一進一退の攻防を繰り広げる状態だが、些細な事で優劣が決まる危険性も秘めていた。

「以上が近江国の近情でございます」

「うむ、流石だ。間者たちには十分な褒美を取らせ、次に備えて休息を取らせろ」

滝川から近江国の報告を受け取った信長は、満足気に頷いてから滝川を労る。
彼の第六軍団は情報機関であり、間者たちを使った他国の情報収集を業務の一環として行っている。
今は信長の意向に従い、近江国の内情を出来うる限り調べていた。

「精度の高い情報は時として万の兵力をも超える。これからも、よろしく頼むぞ」

「お褒めにあずかり、有り難き幸せに存じます」

滝川を下がらせた後、信長は報告を思い返しながら思案する。

(さて、これで誰が敵で誰が味方か判明した。次は久政陣営で無能な者を選別し、近江商人連合に熱烈な歓迎をするよう依頼しておくか)

信長に中間は存在しない。敵か味方か、そのどちらかだ。
それは例え同盟国であろうと変わらず、彼は浅井家の内情を調べて敵と味方を切り分けた。
敵が明確になれば、次は敵の中から無能な者を選ぶ事だ。無能な者をさも有能な人物のように扱い、熱烈な歓迎を繰り返せば、やがてその人物は組織内で強い権力を持つ。
しかし有能でない人間が権力を持てば、内部はいずれ瓦解する。崩壊してしまえばこちらのもの、有能な人間を招き入れ、無能な者は処罰すれば後腐れもない。

(今は危険を犯す時ではない。情報収集に徹し、いざという時の為に備えるべきだ)

年末であろうと信長には気の休まる時はなかった。






一仕事を終えた静子は体の汚れを洗い落とすと、一直線に風呂場へ向かった。

「彩ちゃん。私、汚れを落とすから先に風呂へ入るよ。食事はその後に取るよ」

「分かりました。お着替えは後ほどお持ち致します」

「宜しくー」

手をひらひらと振った後、静子は温泉に向かう。権力は欲しがらない静子だが、毎日温泉に入れる特権だけは意地でも手放す気はない。
風呂に入る心地良さは、戦国時代を生き抜く上で無くてはならないもの、と考えているからだ。

汚れを軽く落とし風呂場に入ろうとした瞬間、彼女の耳に吠え声が届いた。
後ろを振り返ると、駆け足でこちらに向かってくるヴィットマンたちの姿が目に入った。彼らは静子の元にたどり着くと、彼女の周囲を回りながら甘えるような声を上げる。

「シャンプーでも必要なのかな。お前たちも入るの?」

静子の言葉が理解出来ているのか、ヴィットマンたちは軽い吠え声を上げた。

「分かった。今日は少しお湯の温度を下げないとね」

犬や狼は臭いが自己主張の道具である為、臭いが消える事を極端に嫌う。
特に狼の場合は臭いで様々な情報を伝えるので、自身の臭いが消えるのは死活問題だ。
しかし衛生状態を保つため、そして病気予防のためにも、月に一回か二回のシャンプーを行う必要がある。余りし過ぎると皮膚を痛めてしまうので、注意が必要だ。

「ふっふふ~ん。しかしいつからお風呂が大丈夫になったのだろう。バルティは最初から余裕だったけど、ヴィットマンたちは嫌がっていたものね」

水は飲むものと言わんばかりに、幾ら静子の頼みでもヴィットマンたち風呂を拒否した。
しかしバルティは気にしない性格なのか、彼女だけは素直に静子のシャンプーを受け入れた。
それを見たヴィットマンたちは嫉妬の炎を激しく燃やした。

元々ヴィットマンたちは水が苦手ではないが、初めての風呂に思わず怯えてしまった。それをバルティに見透かされたとヴィットマンたちは思ったのだろう。
最初は水中に潜る訓練を行い、続けて水中で泳ぐ訓練を自分たちだけで行った。
そのような涙なくして語れない努力を続けたヴィットマンたちは、遂に三メートルの潜水が可能なまでに成長した。
静子が見ていない所で努力を続けた彼らは、ようやく風呂に怯える事なく堂々と入れるようになった。そこまで努力して味わったシャンプーの感想は、最高の一言だった。

「タオルよし、全部準備オッケー。うう、寒い寒い……とっとと入ろう」

小袖や下着を脱いで籠に入れた後、おふろセットを脇に抱えて静子は女専用の温泉に入る。
自分の頭や体を手早く洗った後、ムクロジの粉を薄めてヴィットマンたちにシャンプーを行う。
流石に全員のシャンプーを一度に行うと汗が出たが、それはお湯をかけて洗い流した。

「ふぃ~、極楽だぁ」

湯につかる瞬間の快楽は何者にも勝る、と静子は思った。
ヴィットマンたち専用のぬるい(37度程度)風呂に彼らは並んでつかる。その緩みきった顔は、神秘的な美しさを持つ狼とは思えなかった。

「……そう言えばフロイスさんに布団とか贈ったけど、気に入ってくれたかなぁ」

信長経由でフロイスから色々とものを貰った静子は、貰うだけでは悪いと思い冬の寒さを乗り越えられるようフロイスに『どてら』・『炬燵』・『布団』・『木桶風呂』を贈った。
知る人が知ればフロイスたち宣教師を堕落させる道具だと思うが、静子にとっては寒さを凌ぐもの程度の意識だった。

「日本の冬は寒いからねー。あったかいお風呂は最高だにゃー」

最高級品の木曽檜から漂う香りを堪能しながら、程よく温かい温泉で疲れを癒やす。
ヴィットマンたちも浴槽の淵に頭を乗せて気の抜けた声をあげていた。
その気持ち良さそうな顔を見て、静子も浴槽の淵で腕を組み顔を乗せて眼を瞑る。

「……胸が苦しい」

胸の苦しさに静子は目を開けて視線を下げる。
彼女の目には、浴槽の淵と自分の体に挟まれて押し潰されている自分の胸が見えた。

コンパウンドボウで鹿狩りを行う静子は、知らずの内に大胸筋が鍛えられていた。
弓道でもアーチェリーでも弓を射るためには腕だけでなく、足腰や上半身の筋肉を使う必要がある。
その影響で腕力だけでなく肩周りの筋肉や背筋も鍛えられるが、その中でも最も鍛えられるのが大胸筋だ。

女性の大胸筋は乳房を支える土台の筋肉で、ここが衰えると胸の形が崩れる。しかし普段の生活では大胸筋を鍛える事が難しく、たいていは加齢と共に衰えてしまう。
だが弓は大胸筋が程よく鍛えられる為、バストアップ効果が出る事がある。
無論、弓を扱えば必ずバストアップする訳ではないが、静子の場合は成長期に弓を扱う事が多くなり、また元々の食生活が良かった事が災いして、胸が大きくなる効果が出てしまった。
それ以外にも背筋が鍛えられた事で姿勢が良くなり、運動と休息を行う事で体内の新陳代謝が高まっていた。

「贅肉がついている訳じゃないから、贅沢な悩みだとは理解しているけどね。でも胸が大きくなるとサラシを巻くのが辛いのよ。フロイスさんと会う時、顔を隠す必要がなくなれば、こんな苦労を背負わなくて済むのだけどね」

ため息を漏らした後、静子は浴槽の淵で頬杖をつく。彼女にとって胸が大きくなっても大した利点はなく、むしろ小袖を着る時に若干苦しくなるという欠点ばかりが目に付いた。
着方を工夫したお陰で苦しさはなくなったが、今以上に成長されると面倒だと彼女は思った。

「あーやめよう。何も考えず頭を空っぽにする方が良いね」

頭痛を感じた静子は軽く頭をふった後、目を閉じて浴槽の淵に突っ伏した。






フロイスはいつもの様にペンを手に取り、イエズス会へ送る報告書を書いていた。

『織田殿の傍にいる頭巾宰相は恐ろしい。彼は血を吐く病(壊血病)の治療薬を所持していた。日ノ本の隣国が古くから治療薬として摂取していたそうだ。治療薬は本来秘密の製法だが、あるものとの交換を条件に、製法を記した秘伝書を譲ってくれる所まで取引が行えた。しかしそのあるものとは、我が祖国も印度から輸入しているイスラムの馬(アラブ種)、胡椒の苗というもの、そしてホップと呼ばれるものだ。これに関しては私の一存で決める事は出来ぬ故、承認を得るための書類を別途提出した』

承認書を先に送付したフロイスだが、拒否されるとは微塵も思っていなかった。動植物で不治の病に対する治療薬が手に入るのだから、本部が馬の輸入に難色を示すとは思えないからだ。

『要求から頭巾宰相は日ノ本で手に入らない動物や植物が好みと思われる。少し前に宝石や金細工を献上したが余り反応は良くなく、更に幾つか受け取りを断られた。しかし織田殿に献上した大きな鷲は彼が飼い慣らしている事から、私の推測は間違っていないと思う。大きな動物を所有していない所から犬、猫、鳥など小型から中型の動物が好みと推測する』

そこまで書いてフロイスは筆を置き、一息をつく。

彼としても今回の話は良い取引と考えている。無論、嘘をつかれる可能性はあるが、その可能性は低いと彼は考えていた。
嘘をつく必要がない上に、嘘をつくよりも知らないと答える方が楽だからだ。
わざわざ自分たちに嘘をついてまで、彼が何かを得られるとは到底思えなかった。

「しかしこの実験が成功すれば、教会の権威を取り戻せます。その為にも、何としても彼との取引に成功しなければなりません」

取引が成功し、実験が成功すればフロイスにも利益が生まれる。
彼はかねてよりポルトガル商人の人身売買を嫌悪していた。勿論、人類愛などというものではなく、彼らの行動が布教の妨げになっているからだ。
しかし『売り手がいるのだからしょうがない』と返され、商人たちは人身売買を止めようとしない。

「急がねばなりません。この国は他国と違い、文化や軍事力が秀でています。追放令が出されれば、今度こそ布教そのものが禁止にされかねません」

報告書を纏めあげると、フロイスは直にでも送りたい気持ちにかられたがそれは叶わない願いだ。京の治安が良くなったとはいえ、護衛もつけず夜間に外出するのは危険過ぎるからだ。

「うぅ……少し寒くなりましたね。しかし流石は頭巾宰相、このコタツとやらは京の寒さを軽減してくれます。そう言えばどてらなる衣装がありましたね。他にも確か……ちょうど良い機会ですのでアツカンにも挑戦です」

その後フロイスはどてらを着て掘り炬燵に入り直し、カラスミを酒のアテに熱燗を呑み、心身ともに満足した所で布団に入り就寝した。
尾張文化に染まりきったフロイスは、翌日報告書にこう付け加える。

『頭巾宰相から贈られたコタツという道具、これは悪魔の発明品だ。人を堕落させる恐ろしい魔力を持つ。更にどてらと呼ばれる衣装を着れば、もはや抗う事は不可能になる。もしこの報告書を読み、日ノ本へ訪れようと考えた宣教師たちは、徳を沢山積む事をお勧めする』






前久が岐阜に邸宅を構えてから数ヶ月、彼は公家の有力者や京周辺の実力者を集めて宴会を開く事に労力を費やしていた。
傍から見ると歌を詠み、酒を呑んでいるだけに見えるが、公家社会で宴会は重要な儀式であり政治活動の場でもある。故に席順のみならず、座席そのものが重要視されている。

当主が京から追放された身であろうと、近衛家は盤石な影響力を保ち続けている。宴会に招待されて断る訳にもいかず、最初は腹に一物があるといった態度で有力者は宴会に参加した。
しかし前久は彼らが二度と宴会を断らなくなる策を講じていた。それは美食という『猛毒』である。
戦国時代、零落(れいらく)した公家は経済的に逼迫し、地方の荘園へ住み着いたり、有力な国人の世話になったりしていた。

厳しい経済状況に置かれた公家は収入を得るために忙殺され、娯楽を楽しむ余裕がなくなる。
そんな彼らにとって美食の誘惑は強烈な『猛毒』となる。
一度知ってしまえば二度と抗う事は出来ない、無理に抗えば多大な精神的緊張を強いられる。
美食という単純な策、否、毎日必ず行う食事だからこそ高い効果が得られるのだ。
更に前久は高価な食材や珍しい食材ではなく、公家の人間が見慣れている材料から、美味なる食事を作っていた。

この世のものとは思えぬ料理が供される前久の宴会は口伝で広まり、他の者が誘われては毒牙にかかり、と公家社会は美食の猛毒に侵されていった。

「ようこそお越し下さいました。ごゆるりと寛ぎながら本日の連歌会をお楽しみ下さい」

前久の連歌会兼宴会は、基本的に十七名という少人数しか参加出来ない。しかし全員、畿内では実力者であり、一人ひとりが様々な人脈を持つ権力者でもある。

「近衛殿、本日は半歌仙(十八句)でよろしいのでしょうか」

五七五を上の句、七七を下の句とし、この二つをそれぞれ一句と呼ぶ。
一八句とは前久から始まり、時計回りに次の句を付けて展開し、最後の人間である十八人目の句で完成とする。
他にも三十六句の「歌仙(かせん」、四十四句の「世吉(よよし」、百句の「長連歌(ちょうれんが)」(「百韻(ひゃくいん)」とも呼ぶ)がある。
なお長連歌を十作品集めたものが「千句(せんく)」。この「千句(せんく)」を十作品集めたものを「万句(まんく)」と呼ぶ。

「左様でございます」

麻呂(まろ)としては、もう少し賑やかな方が良いと思います。いえ、決して近衛殿を責めている訳ではございません」

「はははっ、ご承知しております。しかし最近は公方様の眼が厳しく、皆様をお招きして連歌会を楽しむ事すら、良からぬ事を企てていてけしからんと疑われる始末です。それ故、多くの方々をお誘い出来ぬ状況でございます。もう少し人をお誘い出来れば、連歌会も華やかになるというもの……失礼、皆様の前でらちもない事を申しました。では早速、始めさせて頂きます」

さらりと流した前久だが、勿論この愚痴すらも計算に入れて言葉にしていた。
食の猛毒が全身に回った人間は、前久の宴会が何よりも楽しみであり、例え用事で参加が出来ない状況でも代理人を立てるほどだ。
お土産に梅干しや出汁味噌、醤油など尾張の特産品が前久より贈られるからだ。
彼らはその味に中毒症状を起こしているが、面子の関係から見下す態度を取っている。だが近衛家からの贈り物なら、無下に出来ないと言い訳が立つのだ。

「ほほほ、麻呂(まろ)は何も聞いておりませぬ」

前久の隣にいる人物が軽く流しながら句を述べる。
しかし表面上はにこやかなものの、内心は現将軍の義昭に腸が煮えくり返る思いだった。
彼は前久の猛毒に全身を侵され、手遅れ状態な醤油狂である。勿論、彼だけではない。
出汁味噌や醤油に精神を狂わされた人間は、既に両手では数え切れないほどだ。その有力者たちの持つ人脈を使って、前久は朝廷へ間接的なアプローチを仕掛けていた。

「流石は近衛殿。料理も酒も良いものを手に入れておられる。また調理人の腕前も良い」

「麻呂はこの照()焼きが良い。眼麗しく輝いておるし、かかっている汁がいとうまし」

「いや、こちらのたぬたぬ(・・・・)汁(タルタルソースの事)も捨てがたいと麻呂は思いますぞ」

宴会の料理に実力者たちは太鼓判を押す。京の料理を知り尽くし、舌の肥えた彼らでも太鼓判を押すほどの逸品を前に、前久は密かにほくそ笑む。

「(ふふふっ、存分に味わい美食の毒に溺れるが良い。抗おうと考えられぬほど……な)お気に召して幸いです。本日は酒と料理を多数ご用意致しました。どうぞ皆様、ごゆるりと堪能してください」

前久は前久なりの手段を用いて、着実に朝廷への足場を固めていった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ