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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十二年 伊勢平定

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千五百六十九年 六月下旬

一向に伊勢侵攻への動きを見せない信長に、各国が派遣した間者達は主への報告に頭を悩ませていた。
行軍に向けた特別な動きは皆無であり、突発的に発生する事案に対する差配以外はこれと言った指示すら出す事が無かった。
暇を見つけては小規模な角力大会を主催し、自らも出場して競い合い汗を流す。時折ふらりと姿を消したかと思うと数日間音沙汰が無い。
(実際は静子の村へ足を運び温泉で寛いでいた)流石に始終監視が出来ている訳ではないが、漏れ伝わってくる信長の行動を鑑みると、どうも遊びに興じているようにしか見えなかった。
お陰で間者は『信長は日々変わりなく、暇を見つけては遊びに興じています』としか報告を上げられない。
当然、そんな報告を繰り返し聞かされる雇い主は間者の怠慢を疑い、ついには激怒し間者を激しく叱責する。
事実をありのままに報告すると叱責されるため、間者は国人が望む情報を得ようと無理をし捕縛されたり、報告内容を事実では無く雇い主が望むように脚色し、ついには完全に捏造するに至る。
結果として複数経路から上がってくる報告は整合性の無い支離滅裂な物となり、更に間者を責めるという悪循環に嵌り込み袋小路から抜け出せないでいた。

実際のところ当初間者達が報告していた内容は的を射ていた。信長は囲碁や将棋といった遊戯に力を入れていた。
戦国時代、囲碁や将棋はルールが統一しておらず、幾つかの流派が存在していた。
信長はそれらを研究し、統合した上で新たな信長独自のルールを制定して、尾張囲碁、尾張将棋として規定書を設け広めた。
その際に静子からも聞き取りを行った。
静子が現代に居た頃は、村の老人相手に囲碁や将棋の相手をしていたため通り一遍のルールを把握していた。
脈々と受け継がれ無駄を省き洗練された現代のルールと、荒削りながらも特色のある戦国時代のルールを統合し、そこから信長にとって合理的だと判断できるルールを取捨選択していったという背景が存在した。

周囲から見れば余興に熱を上げているようにしか見えないが、信長はこれらの遊戯に可能性を見出していた。
それは『想像力』を鍛える事だ。信長は今までを振り返り、有能な人材は『想像力』が豊かであるという事に気が付いた。
だがこの『想像力』を鍛える事は並大抵の努力では叶わない。容易く『想像力』を手に入れられるならば、この世は有能な人材で溢れる事になる。

どうするべきか、と考えて信長が目につけたのが遊戯だ。
彼は囲碁や将棋などの遊戯を使い、配下たちの『想像力』を強化しようと考えた。
遊戯ならば己に課せられた責務と肩肘張らずに本人が楽しんで取り組める。
また外部に向けては武張った猪武者ではなく、芸事を振興する文化人として見えるというのも理由の一つだ。
事実、信長が遊戯に力を入れている理由を、どの間者も正確に把握していなかった。
それは広める対象を己の臣下に限らなかったからである。
信長は商人や百姓にまで自ら定めた規定書と器具を配布し、更に誰でも参加出来る遊戯大会を頻繁に主催し、優勝者には奨励金と共に名人の名誉を与えた。

「相手が誰であれ全力を尽くせ。それが相手へ敬意を払う事にもなる。そして勝ち目が無いからといって相手を貶めるな。それは今までの努力を無に帰する行為だ。そんな愚か者がいたら前に出てこい。わし自ら鉄拳制裁を与えてやる!」

遊戯大会を開いている間、信長は皆に言い聞かせるように語る。
決して国人としての威厳を崩さず、しかし鷹揚で開明的な文化人のように振る舞っていた。

「身分の貴賤は問わぬ。我こそはと思わん者は名乗りを上げよ」

そんな遊戯ブームに沸き立つ尾張に、様々な家畜を求めて旅立ったみつおたちが帰ってきた。
だが彼は家畜の他に、静子たちにとって予想外なものを持ち帰った。






気不味い空気が部屋を支配する。
みつおは確かに琉球在来豚を原種としたアグーを持ち帰ってきた。何をしたか不明だが琉球國の王から下賜品を受け取ってもいた。
山羊も入手しており彼は大成功を収めたと言っても過言ではない。彼に同行した九次郎も孟宗竹や作物の種を入手しており、こちらも目的を達していた。
琉球國からの下賜品に驚かされはしたものの問題視する話ではない。

「所で……そちらの方はどなたですか?」

問題は行った時より人が二人追加されている点だ。
一人は華やかな着物を着た見るからに幼い少女だ。そして、もう一人が三十台手前の女性で態度から彼女の侍女と思われる。
最初は奴隷でも買い入れたのかと恐ろしく失礼な事を考えた静子だが、聞けば御年おんとし八歳という少女は立ち居振る舞いに気品が感じられ、どう見ても百姓の類には見えない。

「話せば長くなるのですが」

「長い話など要らぬ、簡潔に要点のみを話せ」

みつおの言葉を足満が容赦なく斬り捨てる。

「琉球に行って呑み比べ(飲酒量を競う催し)をして、薩摩に戻ってきたら捕まって、釈放を賭けて呑み比べをして勝ったら、どういう訳かお姫様を嫁に、と言われて困っております」

判断に困る内容だった。そもそも呑み比べをしている理由が全くもって不明だ。

「みつお……お前アルコールに強いからといって、呑み比べをして子どもを貰おうと考えたのではなかろうな?」

「おっさん、幾らなんでもそれはないわー」

「ちょっと待って下さい。何故、私がそういう事を考えたと思ったのですか。酷い誤解です」

「なら、何故呑み比べを……? 貴様はアルコール分解能力だけは名誉ロシア人の称号を得ておろう」

「向こうが申し出てきたのですから、仕方ない事なのです。そもそも捕まった私に、そういう勝負の決定権があるとでも?」

「いや、勝負を有利に運ぼうと考えたとか?」

おっさんズ(みつお、足満、五郎)の会話を聞きながら、彼女をどうするべきか静子は腕を組んで悩む。
やがて考えるのを諦め、足満と五郎の突っ込みに困り顔で反論しているみつおにこう言った。

「第二の夫婦生活を謳歌してください」

首を突っ込めば余計な騒動に巻き込まれる。それを理解した静子は視線をそらした。
みつおは泣きそうな顔で足満を見る。瞬間、彼もまたみつおの視線から逃げた。
五郎、長可、慶次、才蔵は言うに及ばず。

「どうしたらいいのでしょうか」

「いや、私に言われましても……島津家から正式に妻として、と言われたのですよね。だったら諦めて夫婦をやって下さい」

「ソウダゾー、ミツオ。ダイニノジンセイダ、ガンバレー」

「ソウダゾー、オッサン」

凄まじく投げやりな態度で棒読みをする足満と五郎。
味方がいない事を理解したみつおは、大きく肩を落としてため息を吐いた。
可哀想だが諦めて貰う他ない。何しろ正式に妻として輿入れした彼女を、無下に断れば島津家の面子を潰す事になる。そうなれば、いくらみつおが気に入られていても、ただでは済まない。

「……とりあえず紹介します。彼女は鶴姫つるひめ、そして侍女の方はしば)さんです」

紹介された二人が深々と頭を下げる。
結局みつおの嫁取り騒動で今後の方針を話し合う機会を逸した一同は、なし崩し的に会話を打ち切った。
みつおには申し訳ないが、彼にはアグーを増やす仕事に専念してもらう事にした。
問題を先送りしているだけだが、今のみつおにはそれが良かったのか、忙しい仕事も笑顔で了承する。
酪農の問題がなくなった静子は、あるものの養殖に取り掛かった。






静子の養殖、それはスッポンである。
去年、信長が唯一好意的な評価を出したのと、田んぼに生息しているタニシが理由だ。
現代日本でもジャンボタニシという名前で、害虫として恐れられているスクミリンゴガイというタニシがいる。
幸いにしてジャンボタニシは1981年に台湾から日本へ、食用を目的に人為的に輸入された後、野生化して水田作物に加害性を現した侵入有害動物である。
つまり戦国時代にジャンボタニシは存在しない。
ただしタニシ自体は存在しており、肝臓ジストマの中間宿主であるマメタニシなどはいるものの、基本的に泥底に溜まったゴミなどを食べるありがたい生き物だ。
基本的には有益な動物だがどういう訳か尾張では、水田や用水路にタニシが大量発生する事態となっていた。
戦国時代にゴム長靴など望むべくもなく、田んぼで作業する際に足に突き刺さるタニシは農民たちの共通の敵でもあった。
食用にすることも出来るが前述の通り寄生虫を宿している可能性があり処理に難儀していた。そこで静子は雑食性のスッポンの餌として利用できないかと考えた訳だ。

ジャンボタニシの駆除にスッポンが放流され、効果を上げた実績がある事からタニシはスッポンの餌として使える。
現代日本ではスッポンは大変価値があるものなので、田んぼに放流したスッポンを心無い人たちが盗んだという事例がある。
しかし戦国時代では野生のスッポンがあちこちに生息している。多少捕獲しても何の問題もない。
何より尾張の支配者である信長より、静子はある程度の伐採や捕獲の自由が許されている。その辺りの川からスッポンや鰻を捕獲し、家へ持ち帰っても誰にも咎められないのだ。
だが彼女は律儀にも人が住んでいれば断りを入れ、捕獲した数を報告して過剰に取ってないか確認してから帰る。
このお陰で彼女は近隣の村と一定の交流があり、かつ『よく分からないものをかき集める変わった偉い人』扱いを受けていたりする。

「スッポンのつがいを二十組確保! 孵化場が要らなくなったから、何か温泉の廃湯が使えないか考えていたけど……このスッポンなら最適だね。タニシなんて腐るほど捕まえられるし」

養鶏が尾張・美濃全土に広まった以上、静子が特別孵化場を維持してヒヨコを作り続ける意味は薄くなった。
使わないのは勿体無いと考えた結果、廃湯を使ってスッポンの養殖をしようと考えた訳である。
丁度スッポンの産卵時期(六月から八月)だというのも理由だ。
養殖池はスッポンの逃亡を防ぐため、底を掘り下げて一段低くすることと、スッポンが日光浴をする場所として養殖池の中央付近に岩場も設けた。
後は沿岸部まで泥を敷き上に水草を被せてスッポンの隠れる場所を確保する。スッポンは非常に臆病な動物であり、隠れる場所がないとストレスを感じる。
このストレスが長期間続くとスッポンは共食いをして死んでしまう。故にスッポンが隠れる場所を作る事は、スッポンの養殖場を作る上で重要だ。
最後に産卵場の砂場、そしてその場に繋がる入り口を設置すれば一通りの設備は完成だ。

孵化器も鶏のように細かい環境は不要で、土と霧吹き器があれば問題ない。竹製霧吹き器が完成している今、スッポンの養殖には何の支障もない。
稚亀池と養成池のサイズから、許容量は二万匹程度だと推測する。だが許容量をオーバーしても対策はある。
休耕田に水を入れて屋根を設置して雨が直接入らないようにし、また柵などを設置してスッポンが逃げないようにする。
こうすれば後は適度に餌を与えているだけで十分成長する。更に副産物として田んぼに栄養が戻る。

(スッポン)ねぇ……去年食べた奴だよな?」

「そうであろう。噛み付き亀か……あれは悪食のたぐいと思っていたが、体に染みわたる旨さだった」

「何やら厚底の土鍋を大量に焼いていたから、本格的にやすのだろうな」

静子の作業風景を後ろから眺めている慶次、才蔵、長可の三人。彼らは既にスッポンを食べる事しか頭になかった。

「……頭が痛い」

しかし彼らの言う事はあながち間違いではない。
スッポンはアミノ酸、カルシウム、ビタミンの宝庫で、更に優れた浄血作用がある。今日こんにちでは高級料理として一般的にはなじみの少ない食材だが、江戸時代には庶民も食す安価な食材であった。
だがキツネやタヌキ同様、土地によってスッポンは妖怪視されてもいた。
そしてスッポンは内臓や血に寄生虫がいる。よって生血は十分に注意する必要があった。

「生き血は焼酎で割って精力剤にするのも手だね。蒸留器もファクチスのお蔭でものになりそうだし、寄生虫が怖いから内臓は生ごみ堆肥に回すか。残りの肉は食用、土鼈甲どべっこうは漢方薬として売りに出そう」

スッポンの甲羅を乾燥させたものを土鼈甲どべっこうと言う。これを粉末にしたものは漢方薬として扱われ、精力剤や健康食品の原材料に用いられる事が多い。
どうしても使えない部分は、深い穴を掘って生石灰と一緒に埋めてしまう事で病害虫の拡散を防止することにした。

「はぁ……後ろで騒いでいるトリオの為に、もう一度スッポン釣りをしてくるか」

スッポンの味について白熱した議論をしている三人を、生暖かい目で見ながら静子はそう呟いた。






スッポンの産卵期は六月から八月で、一回の産卵で十から五十個ほどを産む。平均すると一匹のメスが三十個程度産卵する計算になるが、こればかりは個体次第だ。
繁殖期は四月から六月なので、六月に捕獲したメスは既に交尾済みだ。にも関わらず番になるようにオスも捕獲した理由は、翌年以降オスに困らない為と、養殖育成の経験を積むためだ。
スッポンは生殖可能となるまで5~6年掛かる。つまり今回捕獲したつがいは数年間繁殖用として頑張って貰うことになる。

運が良かったのか、それから暫くして飼育中のメスたちが一回目の産卵を終えた。
環境が突然変わった影響か、平均産卵数は二十個で、卵の合計は三百五十個程度だった。
しかし一シーズン中に二回から三回産卵するので、一回目の数が少なくとも気にする必要はない。

産まれた卵は素早く回収する必要がある。いくら防鳥・防獣ネットを張っているとはいえ、油断は禁物だ。現に卵を狙って何匹かの鳥が、あちこちに止まっていた。
鳥だけではない。蛇や小型哺乳類も卵を狙う場合がある。幸いにしてヴィットマンたち大型肉食動物が縄張りとして見張っている為、小型哺乳類はほぼ近寄る事はない。
アオダイショウやマムシに代表される人里にも現れる蛇にも注意を払う必要があるのだが、街の周囲は塀と堀で囲われており藪と接触していないため入り込む絶対数が少ない。またその難関を潜り抜けた少数の蛇も腹を空かせた兵士たちの間食として消えていた。

回収し終えた卵はまず有精卵か無精卵か判別する必要がある。
これは知識があれば簡単に判別可能である。生まれてから一、二日経つと、有精卵であれば卵殻の上部が白く濁る。
この濁りは『極』と呼ばれ、これが無いと無精卵として選り分ける事が出来る。
無精卵や何らかの要因で損傷した卵を取り除く、残りは約三百個程度になった。

卵に現れた『極』を上にし、直射日光を避けて保管する。鶏孵化環境での経験があったお陰で、三十度前後の孵化場を作るのに苦労はしなかった。
ただしスッポンは湿度が高く無いと孵化しない為、孵化用の木桶にミズゴケを敷く。直接卵を濡らすと窒息死するので、周囲にあるミズゴケを濡らして湿度を上げる。
温泉の廃湯である程度の湿度が保たれているので、温度と湿度に関しては大きな問題は発生しなかった。
後は朝と夕方に霧吹きを行い、六十日ほど頑張れば孵化する、かもしれない。

「うまく行けば九割ぐらい孵化するかなぁ。とはいっても、これは初めての試みだから、そう簡単に行くか分からないけど……。ま、出来ない理由を考えるより、どうやったら出来るかを考える方が建設的よねぇ」

スッポンの養殖は順調だった。あくまで『スッポンの養殖』については、だが。
問題があるとすれば、静子が新しく始めたスッポンの養殖で出入りの商人たちが目の色を変えている事と、信長を筆頭にスッポンを食したいとの話が来ている事だ。
推測だが商人たちは漢方薬として売れる土鼈甲どべっこうを、信長たちはスッポン料理を目的としているのだろう。
久治郎など隠す気はさらさらないようで、いつも以上に怪しげな笑みで話を持ってきた。

六月下旬。
捕獲したスッポンの内、メスは産卵を考えて養殖場に放流し、オスのみを食用とする事にした。
数日ほど綺麗な水に入れて泥抜きをした後、スッポンの調理にとりかかる。
しかしスッポンの調理法など知らない静子は、足満とみつおに任せる事にした。
足満は戦国時代に戻ってから野生のスッポンを釣って食べていた。またみつおはスッポン鍋を作った事があり、調理方法を心得ているとのことだった。

「鍋の後に残る出汁を使った雑炊が絶品なので、無精卵を使って雑炊に仕上げましょう」

「ふむ、鶏卵に比べると小ぶりだが九人分として九個で足りるのか?」

「あまり多くの玉子を溶き入れると味がボケるので、これぐらいで丁度良いと思います」

「甲羅と骨と昆布の用意出来たよ。水だけじゃなくてお酒も入れて煮るの?」

三人はてきぱきと動く。
今回、スッポン鍋と雑炊を食べる人物は、信長が色々な理由で派遣してきた秀吉と竹中兄弟。
味見役の慶次、才蔵、長可、彩、みつおの妻鶴姫、侍女の芝の計九人だ。
とは言えスッポン鍋は下処理からして時間がかかる。全員が集まる数時間前から、作業を始めなくてはならない。

「常に流れる清流に棲むスッポンはまだしも、泥の中で養殖していますからね。臭み対策としてお酒と生姜を加えて煮だすのですよ」

「なるほどね。調理用に使う分の清酒と味醂は、吟醸酒の削った分で仕込んでいたから助かったけど、濁酒ならどんな味になったのだろう?」

「ご想像にお任せします」

スッポン用にあつらえた土鍋に乾燥昆布と薄切りにした土生姜を敷き、その上に捌いたスッポンの肉と九条葱の斜め切りを乗せ調理用酒を注ぎ入れる。

「あれ、蓋はしないのですか?」

「本来は吹き溢した方が臭みが取れるので蓋はしないんですが、野営しているときに強い臭いが立ち上ると都合が悪いのでわざと落とし蓋をしていました」

ここから足満はおよそ二十分間、アク取りと煮込み作業に専念する。
このアク取りと、下処理の段階で甲羅に熱湯を回し掛け、表面にある薄い皮を剥ぎ取って捨てないと泥臭い鍋になってしまい食用に耐えない。
流石に大鍋へ九人分のスッポンを入れた為、鍋が真っ白に染まるほどアクの量が多い。
どんどんアクを取り除き、みつおは煮詰まり具合を見ながら味を調え、静子は来客の出迎えを行った。

スッポンに火が通ったら旬の野菜や椎茸を入れ、醤油と味醂で味を整え一煮立ちさせる。全てを終えると汁と共に一人分の土鍋へ分ける。
昆布と鰹節に醤油と酢に柚子の搾り汁を加えて一晩漬けた物を取り出し、(ざる)で固形物を濾しとる。
現代のポン酢を極力再現したものがこれだ。これにおろし生姜を加えて深皿に入れる。
前日からの仕込みを省いても調理開始から三時間以上が経っていた。

「お待たせしました」

静子がそう言うと同時に入り口を静かに開ける。
土鍋に蓋がされているにも関わらず漏れ出でる芳醇な香りが室内を満たす。まずは生姜と醤油の香り、続いて鯛の潮汁に似た魚介の旨さを彷彿とさせる匂いで全員の食欲が刺激される。
それは普段寡黙な態度の竹中半兵衛ですら、思わずつばを飲み込んでスッポン鍋を凝視するほどだった。
静子が秀吉、竹中兄弟へ、足満が慶次たち四人に、みつおが鶴姫と芝へとスッポンの養殖に合わせて調達した特製七輪に乗せた土鍋を置く。
配膳が終わると静子、その後ろにみつおと足満が座る。

「尾張名物になる事を願って作りましたスッポン鍋です。取り皿にあるポン酢でお召し上がりください。具材がなくなった後に、その汁で雑炊を作りますので、汁は残しておいて下さい。では、どうぞお上がり下さい」

待っていましたと言わんばかりに、最初に慶次が箸をつける。
慣れた手つきで土鍋からスッポンを取り出すと、ポン酢をつけずそのまま口に入れる。

「くぅ~~~、旨い! 以前、食べたスッポンも旨かったが、こいつは更に旨いねぇ!」

スッポンの肉は鶏や合鴨とも違う食感だ。
強いて言えば弾力に富む鶏のササミと表現するのが近いと感じる。
ササミのような緻密な肉質ながらぷりっぷりっと弾ける弾力があり、噛みしめると中から脂肪の旨みが溢れ出す。
ラーメンスープに代表される鶏ガラスープの上湯シャンタンを煮詰めつつ、雑味を取り除き澄ませたような矛盾を実現するスッポン独自の旨みが肉を蠱惑的な味に昇華する。
他の獣肉とも魚とも異なるスッポンならではの味わいが舌に染み渡る。
ゆっくり咀嚼してまず肉の味を楽しみ、続いてスープと脂と肉汁が舌の上で絡むのを楽しみ、最後に喉を通る際に葱と生姜の香りが僅かな獣臭さを拭い去り、口の中に旨みの残滓のみが残る。

肉を二口ほど食べただけの慶次だが、既にスッポン鍋の魅力に心を奪われていた。

「ポン酢とやらに漬けずとも大変な美味だが、しかしポン酢とともに味わうと旨みの輪郭がはっきりと感じられる」

エンペラ(甲羅のふちにある柔らかい部分)にさっとポン酢をつけて、才蔵はそれを口の中に入れる。
濃厚で滋味あふれるスープとポン酢の酸味が、それ自身は強い味を持たないナタデココのような食感と口の中で蕩けるゼラチン質と合わさることで餡かけように舌に長く残り味を楽しませる。
最後にごくりと喉を鳴らしその二つが喉を通る時、ポン酢の酸味やスッポンの甘みが深い旨みとなり、喉に長く余韻を残す。

まるで料理番組のナレーターのように、ちょっとした解説を口にしつつ慶次と才蔵はスッポン鍋を食べる。
それにつられる形で他も箸を手に取り、スッポンを口に入れる。

亀の脚であることが明らかな肉片に躊躇した者も居たが、意を決して一口頬張るなり目の色を変えた。
鍋に直接箸を入れる事への嫌悪感も忘れて、皆スッポン鍋を無心で頬張る。

口いっぱいに肉を頬張り溢れる肉汁を堪能する、次にスッポンのスープを吸った肉厚の椎茸、ブツリという心地よい歯切れとともに椎茸の旨みを加えたスープを吐き出す。
充分に旨みを味わったところに斜め切りにされた九条葱を口に放り込む。
スープを吸ってしんなりと、だがわずかに辛みを残しシャキシャキとした食感が心地よい。
スッポンを主役として脇役をがっちり固めた鍋が奏でる多重奏。圧倒的美味に皆口数が減り一心に味わっている。

あっという間に平らげられたスッポン鍋だが、この後にスープを使った雑炊が待っている。
さっと水洗いした飯を入れて、汁が濁らないように注意しつつひと煮立ちさせる。最後に溶き卵を入れ、火力調整の為に入れた炭を取り出したら終わりだ。

「スッポン雑炊になります。木匙で小皿に取り分けてお召し上がり下さい。お好みで醤油もしくはポン酢をかけて頂いても美味しいと思います」

様々な身分の人物が一堂に会しているため、本来ならば色々と礼儀作法があるのだが、静子はあえて捨て置くことにした。
案の定、皆気にせず木匙で小皿に取り分けて、スッポン雑炊を掻き込む。
汗をかきながらも、無心でスッポン鍋と雑炊を平らげた九人だった。






秀吉の目的は信長に代わって静子のスッポン養殖を視察する事と、突如として現れた鶴姫の扱いについてだ。
みつおにとっては単なる子どもでも、秀吉や竹中から見れば他国の姫が勝手に家臣へ嫁ぐ事は国防上の問題になる。
通常ならみつおには厳しい罰が与えられるが、静子が酪農という新規事業の立ち上げに彼を重要人物と見なしている関係でそれが難しかった。

「ご承知のように織田家と島津家には繋がりがありません。その島津家の姫が、我が国の家臣と婚姻する。これは流石に見過ごす訳には参りません。我々としては、大人しく薩摩へ帰って頂く事を望みます」

秀吉たちにとっては、鶴姫が薩摩国へ帰る事が一番だ。しかし「はい、そうですね」と鶴姫が首を縦にふる訳がない。
立場的には鶴姫が不利なのは自明だが、秀吉は揉める事で自暴自棄になった鶴姫が織田領土の情報を他国に売るのでは、という不安があるため彼女へ強く出る事が出来なかった。

「木下様の懸念は理解しております。ですが妾は島津家へ帰る事も、ましてや島津家の為に働く事も致しません。勿論、口で言っても信用が得られないのは当然の事と理解しております」

「ええ、そうですね。薩摩と尾張の位置を考えれば、貴女方が簡単に島津家とやり取りが出来ない事は理解しております。ですが国を守る者としては、その言葉だけでは安心が得られないのですよ」

話は平行線だった。
目の前で繰り広げられている舌戦に終止符が打たれるのは、まずありえないだろうと静子は思った。
何か言いたそうな顔をしているみつおだが、彼にはこの話し合いが始まる前に一言も喋ってはいけない、と警告した。
間違いなく彼は現代感覚で鶴姫を見ているからだ。その認識の差は、この話し合いでは危険過ぎた。最悪、みつおも共犯者として疑われる事になるのだから。
そうなれば後ろ盾がないみつおだ、下手すれば斬首される可能性もある。

「……ふむ、話は平行線だな。そこでわしに一つ案があるのだが、いかがであろうか」

沈黙していた足満が周囲を見回しながら言葉を口にする。
状況を打開する機会が欲しかったのか、全員異論を挟まず彼の言葉に耳を傾ける。

「まずみつおと鶴姫は夫婦とするが、行動を監視する人間を置かせて貰う。どれだけ監視役を置くかは秘密だ。もし監視役が誰か調べたり、島津家へ織田領土の情報を流したり、無許可で荷物を送った場合は、それ相応の罰を受けて頂く。逆に言えば、監視役の報告が『問題なし』なら、此方側は貴女方に極力干渉しないようにする……どうかね?」

落とし所としては悪くないと静子は思った。
何しろ鶴姫が問題行動を起こさず普通の夫婦をしていれば、彼女の望み通りみつおの妻になれる。それも織田家公認での夫婦だ。

「妾は問題ありません」

「こちらも一度お館様に確認する必要はあるものの、多分問題無いと思います」

案の定、双方は足満の提案を受け入れた。






信長は自身が魔改造した櫻信之社おうしんのやしろに参拝した。
しかし参拝者は彼だけてなく、信長の正室である濃姫も一緒だった。と言っても彼女は足を運びはしたものの、拝礼をする様子がない。
むしろ信長の参拝以降が本番、という態度だった。

「全く殿は拝礼に時間をかけ過ぎです。これより面白い事が起りまするのに焦らすのがお上手ですこと」

「……返答は控える。それより今日は一体何の話じゃ」

濃姫が意味もなく神社に参詣するような人間でない事は、信長が一番良く理解している。

「ふふっ、此度こたびは死人との会談ですよ」

「死人……?」

「まぁまぁご一緒致しましょう。決して悪いようには致しません」

そう言われても信長にとっては付いていく以外選択肢がない。
ここで下がれば濃姫に何を言われるか分からないし、下手に霊的な何か怯えたと思われれば沽券に関わる。
結果的に濃姫の思惑通りに動いている自分に、幾分腹立たしさを覚えながら濃姫と共に歩く。

幣殿(拝殿と本殿をつなぐ部分)に入り、更に奥にある本殿にたどり着く。
幣殿や本殿は神域や禁足地と認識されており、他国の間者でもそう簡単には忍び込まない。
信仰心が薄い現代人ならいざ知らず、戦国時代は例え破落戸ごろつきであろうとも神仏に対して畏れを抱いていた。
つまり他人に知られたくない秘密の会話をするのに、神社の本殿はうってつけの場所だ。

「運否天賦に命を左右される人間にとって、神仏の怒りを買うことは何よりも恐ろしい。だからこそ、秘密の会話にはもってこいです」

そう言って濃姫は入り口を遠慮無く開けた後、本殿に敬いも何も感じない態度で入る。

「……妙な小芝居は要らぬ、と申したはずだが」

本殿の中は綺麗なものだった。その部屋の中心に、足満が正装姿で座っていた。

「殿、紹介します。この神社の管理人であり、そして死人でもあります」

「何……どういう意味だ」

「ほほっ、短気は損気ですよ。まずはお座りください。楽しいお話はそれからですよ」

信長は言われるままに適当な場所へ座る。こういう態度に濃姫が出た時、おとなしく言うことを聞いている方が、話の進みが早いとの経験則から出た答えだ。
素直に座った信長に満足そうな笑みを浮かべた濃姫は、幾分大げさに腕を広げながら言葉を発する。

「さて殿、覚えておられますか。数年前、京で起きた大事件……二条御所襲撃の変(永禄の変)を」

「ああ、覚えておる。わしが放逐した三好三人衆と、真っ先に降伏してきた松永が当時の公方に手をかけた事変であろう? それがどうしたとい……う……?」

そこまで言って信長は今までの情報を整理する。一つずつ丁寧に組み合わせていくと、ある一つの仮説に辿り着く。
それを確認するかのように、信長は足満の顔をじっくり観察した。やがて仮説が正しい事を理解した彼は、重い溜息を吐いた。

「……だから死人、ということか」

自分で口にしておきながら馬鹿馬鹿しいと信長は思った。もしくは虚言を弄する詐欺師のたぐいか。
しかし濃姫がその程度の嘘を見抜けぬような、愚かな女でない事は信長が一番良く知っている。

「その目……間違いない。わしが昔、拝謁した時と同じだ。生きておられたのか……足利(あしかが左近衛中将(さこんえのちゅうじょう)参議(さんぎ)従三位じゅさんみ征夷大将軍せいいたいしょうぐん源朝臣みなもとのあそん義輝(よしてる)殿」

永禄二年(1559年3月10日)に、かろうじて尾張を統一しつつあった信長は百名ほどの軍勢を引き連れて上洛した。
これは信長の意思ではなく、将軍の招聘を受け目通りを行ったという方が正しい。
義輝の手腕により室町幕府将軍の権威は保たれていた為、信長は義輝に忠誠を誓い、金品を贈った。
当時、義輝は尾張守護・斯波家の邸宅を改修した二条屋敷に住んでいた。そこへ信長が出仕する事は、何とも奇妙なめぐり合わせという他ない。
ともかく当時の信長の財力では金子を納めることで精一杯であった、その見返りとして尾張を支配する許しを得た。
将軍家のお墨付きを大義名分に信長は帰国後、尾張統一の総仕上げにかかった。

「織田殿の考えは間違えていない。あの時、あの場で、その男は死んだ。ここにいるのは、その男の残滓とも言える存在だ」

「だがお主は物言わぬ骸ではなく、言葉を発する死人。ならば、お主の持つ力を我が殿の為に使って頂こうか」

「……それは構わない。だが一つだけ進言しよう。最新鋭の兵器を開発しても、いずれ現物が盗まれて真似されるのが落ちだ。わしとしては兵器開発より、間接的に相手を無力化・衰退させる戦略を組む方が良いと思う」

それは決して誇張ではない。
火縄銃も最初は二丁だったが、僅か数十年で日本は世界有数の火縄銃保有国家になった。
兵器開発はイタチごっこだ。如何に極秘事項にしようとも秘密というのは必ず漏れる。
戦場で使用する以上破損や遺失したり、鹵獲ろかくされ得る。盗まれた情報を元に、幾分劣る複製品のような兵器が作り上げられる。
試作し試用し洗練されてゆき、最終的には同等かそれ以上の物が作られるのが世の常である。
新たな殺戮兵器の開発は、それを上回る殺戮兵器が開発される嚆矢こうしとなるのだ。

「ほほぅ、では如何様な方法で解決するのじゃ?」

「……ふむ、ようやく話が飲み込めた。では……足満よ、主は如何にして敵を倒す? 仮想敵を据えるなら、伊勢の北畠家を用いてみよ」

言葉通りようやく頭の理解が追いついた信長が、普段の調子を取り戻す。

「一つ目は既にしておる。配下の間者を使い、伊勢で麻疹を意図的に流行させた。織田殿も濃姫殿も、静子から詳しく聞いておろう。麻疹に対する治療方法を……だがそれを知っているのは極少数だ」

「なるほど。奴らは麻疹に対する知識が不足しておる。そこを弱点と捉え、攻めていくという寸法か」

「後は田畑を潰す。と言っても焼き討ちするのではない。畑の土を破壊する事で、意図的な不作を引き起こす」

「畑の土を破壊する?」

「これは静子の方が詳しいが、作物が立派に成長するには、土の状態が非常に重要だ。あの娘が米の育苗を百姓たちから切り離し、育てきった所で配る方式にしたのには、その土が影響している」

作物を育てるには、単に土へ種をまけば良いという訳ではない。
土作りという言葉もある通り、育てる作物に最適な土壌分析を行なわなければならない。
良く上げられる土壌pHも、作物によって大きく異なる。例えば米ならば育苗中はphが5.0から5.5が最適と言われている。
しかし水田で育てる時になれば、phは6.0から6.5と弱酸性が最適となる。
他にも保水性が高く、排水が容易であり、通気性が良く、保肥力があるなど、農業において土を作る事は非常に重要な作業だ。
この土作りの成否によって、作物の収穫が大きく左右されると言っても過言ではない。
もっとも静子が米の育苗を百姓から切り離したのは、土作りだけでなく優良個体を選抜する為と、百姓たちが誤って種籾を食べても影響が出ないようにする為だ。

「百姓たちは気付かぬ。自分たちの足元にある土に、仕掛けが施されている事など、な。これは飢饉の影響ほど長期的ではない為、戦を始める年に仕掛けるのが良かろう」

飢饉の影響とは、凶作が起きると収穫量が減るため食料の価格が高騰する。
食べ物を得るのが困難になると、人々は少ない食料を巡って争う。
一方、百姓たちも食べ物が減るので、最悪の場合種籾まで食べてしまう。
その為、翌年は更に収穫量が減少してしまう。

この悪循環に陥ると食料は慢性的に不足し、生きる為には他国より略奪する以外に道がなくなる。
戦国時代、否、近代まで世界のありとあらゆる戦争は、飢饉による負のサイクルから発生した食い扶持不足を補うための食料争奪が始まりなのだ。

「さて、忘れておったがわしの利を言わせて貰おう。と言ってもたいした事ではない。あの娘を連れて行軍するなら、雑兵たちに乱取りをさせるな。あの娘は戦場で乱取りが起きる事を知っている。だが、そんな醜い屑どもの悪意を見せる必要はない。知っていても、実際に見ない方が良いという事もある」

「静子を連れて行かなかった場合は?」

「その場合は構わぬ。屑どもには好き勝手にさせておけ」

足満の利は非常に分かりやすかった。
彼は静子が関わる事には口を挟むが、そうでなければ何も関与しない。
むしろ彼自身は非情とも言える手段を取ることが多かった。

「ほほっ、流石は足満。お主は本当に静子が大事なのじゃな」

「あの娘には命と、そして心を救われた。わしは既に死人だが、この身が朽ち果てるまで、あの娘の為に我が身を使うのは至極当然の事だ」

濃姫の若干からかい気味な言葉に、足満は至って真面目な返答を返した。






七月上旬、静子は蔵から陶器製の壺を家へ運ぶ。中に入っているのは黒砂糖で作った黒糖梅酒だ。
静子が梅酒を作った理由は、酒を楽しむというより薬用酒としての性格が強い。
梅酒には疲労回復、血流の改善、胃腸の調子を良くし食欲を増進、黒糖や梅本来に含まれているビタミン、ミネラル、カルシウム摂取などの効果がある。

「まぁ梅干しを作る余りで作ったから、味はよくないかもしれないね」

梅干しを漬ける際に欠かせない赤紫蘇は二ヶ月程度で収穫出来るため、大量に準備したが梅に対して赤紫蘇が不足し、梅だけが少し余ってしまった。
この時漬けた梅干しの一部が信長に献上され、更に信長は上杉謙信へ贈っている。
静子は知らないが彼女の作った梅干しは、陣中酒肴は梅干し、の謙信が大層気に入り感謝状を返すほどの出来であった。

その梅干しの秘訣は蜂蜜を混ぜて、マイルドな仕上がりにしている点にある。
戦国時代の梅干しと言えば塩蔵され干乾ひからび、酷く塩辛いものだ。
一方静子が漬けたそれは塩を少なくし殺菌作用の強い蜂蜜を入れることで、水分を残したままの貯蔵を可能としていた。
無論肉厚で柔らかい梅肉に塩辛さと酸味、甘みとが織りなすまろやかな味の調和には梅干しに一家言ある謙信をしてすら抗うことが出来なかった。

その噂があっという間に広まり、静子の梅干しは瞬く間に武将の間で人気商品となった。

「今年はどの程度作ればいいのだろう。とりあえず届いた梅を、順次梅干しにしているけど流石に量がキツイ……」

白花虫除菊を使った蚊取り線香を作っている関係で、梅干し作りのレシピを書いて他人に回したい気分だった。
しかし梅干しは軍需品である事、赤紫蘇の取り扱いが難しい事が災いして、簡単に外部委託出来ない状況だった。

家に戻った静子は黒糖梅酒の出来具合を確認するが、酒の味が分からない彼女には単に黒糖独特の匂いがする程度しか分からなかった。
慶次に飲ませてみると反応は良かったものの「量を飲む酒じゃない」との評価を頂いた。大量に酒を飲む方がどうかと思ったが、そこはあえて突っ込まなかった静子である。
休憩中の兵士にも試飲させたが、慶次と同じく微妙な評価ばかりで良い評価は得られなかった。
その結果から、静子は梅酒を酒ではなく薬湯という形で扱おうと考えた。

梅酒は食前が良いとされる。
だが日本には食前酒という考えがないため、体裁が悪いと考えた静子は梅酒を『梅薬湯ばいやくとう』と別名をつけ、酒ではなく薬という印象を強く前面に出した。
実際、梅酒のお湯割りは適量を飲めば身体に良く、冬にはアルコールの効果で身体が暖かくなる。
毎日飲むと梅酒に依存してしまう事を危惧し、静子は夏のみ二、三日に一回、それ以外は週に一、二回程度にしようと考えた。
現代ならば体調不良になっても病院にかかれば事足りるが、医療施設が十分でない戦国時代では体調を崩す前に予防する必要がある。
完璧な体調を維持する事は不可能だが、常に完璧の傍らにいるよう心掛ける必要があるのだ。

「しかし、自分一人で飲むには……あ、そうだ」

梅酒の処理方法を考えていた静子は、少し前に濃姫からある依頼がきていた事を思い出す。
内容は「お市の産後の肥立ちが思わしくない。何か良いものはないか?」と言うものだ。
手紙の内容から茶々の出産かと思った静子は、梅酒が栄養補給に適していると考えた。
本来は梅酒などのアルコールを産後に摂取すると、母乳にアルコールが含まれる影響が出るが、戦国時代は乳母が赤子の育児を行うため問題にはならない。
お湯または水で薄めて夕餉後に一杯飲むと良い、というメモを入れて合計五つの壺を濃姫宛に送った。
五つにした理由は、濃姫自身も欲しいと言い出す事を考慮しての事だ。

「まぁ、お酒だからそこまで気に入らないでしょう。ああ、そうだ。そろそろスナックパインが収穫時期かな」

一年半をかけて育てたスナックパインが収穫時期に入った事を静子は思い出す。
パイナップルは植え付け後、収穫までに一年から一年半、遅い株は二年近い時間を要する。今回は尾張地方の天候が良かった事が幸いし、一年と四ヶ月程度で収穫に漕ぎ着けられた。
なおこれはスナックパインの栽培期間であり、パイナップルの品種によっては植え付けから結実するまで三年を要する品種もある。

「吸芽とかがあると増やせるから、その辺りもチェックしないとね」

パイナップルは一度結実した株は再度結実しなくなる。
ではどのようにして株を増やすかと言うと、冠芽(クラウン)と呼ばれる上部の葉の部分を使った挿し芽、実をつける茎の下の葉っぱ部分から生える「吸芽」、実をつける茎から生える「えい芽」、地下茎から生える「塊茎芽」を採取し、これを栽培することで数を増やすのである。
ただし品種によっては、吸芽を残すと次の実をつける場合もある。

「うーん、やっぱりないなぁ。現代でも一般農家は苗取得に苦労しているからなぁ。やっぱり輪切り増殖法に挑戦するしかないか」

塊茎芽は苗に向かない上に、吸芽やえい芽は必ずつくとは限らない。
苗を増やすという理由で、冠芽(クラウン)を回収する事は可能だが、それでは苗が一向に増えない。
運頼みの吸芽やえい芽では、この先も苗取得に不安を残す事になる。そこで一般農家では馴染みが薄い「輪切り増殖法」を静子は採用する事にした。
本来、結実後のパイナップルは畑に漉き込まれる形で破棄される。
しかしゴールドバレルのように、品種の特性上から苗となる冠芽、えい芽、吸芽の発生数が極端に少ない種もある。その様な品種の苗を増やす方法が輪切り増殖法だ。

輪切り増殖法は、結実後に漉き込まれるパイナップルの母茎を回収し葉や根を切除した後、二センチから四センチに輪切りにする。
これを殺菌剤に漬け込んで殺菌し、輪切り母茎を伏せ込んで育芽を行う。後は成長した芽を採苗し仮植を行って苗として使用するだけだ。
この方法を使えば一株で苗を四、五本、適切な温度と施肥の管理が行えれば一株から十本以上の採苗も夢ではない。
とはいえ戦国時代に完全な温度管理は不可能なので、一株で苗が何本作れるかは神のみぞ知るだ。

「ま、株は少ないし今日は収穫だけにしよう。うーん、パイナップルなんて久々だ。おまけに高価なスナックパイン……これは味に期待が持てるなぁ」

「ほぅ。相変わらずそういうのをこっそり食べるのが、貴様の趣味なのか?」

瞬間、静子はパイナップルを抱えたまま動きを止める。
錆びついた機械のように首だけ動かして後ろを見ると、悪戯が成功したと言いたげな表情の信長と、パイナップルを興味深そうに見ている前久がいた。

「……あの、付かぬことをお伺いしますが、何故近衛様がこの場所に……?」

「わしが招待したのじゃ。何か問題でもあるか?」

「いえ、何もございません。しかし護衛をつけないのは、些か不用心ではないかなぁ……と」

「気にする事はない。たかが間者程度が、わしの首を取るなど千年早いわ。で、その刺々しい凶悪な見た目のそれはなんじゃ」

「(あ、これは見逃してくれないね)コホン……えっと、これは南蛮の果物でパイナップルと呼びます。漢字で書くと鳳凰の鳳に梨と書いて、鳳梨(ほうり)と呼びます」

パイナップルは日本に伝来した時期が19世紀初めと、台湾が17世紀だった事に比べてかなり遅い。
更に東京の小笠原諸島の父島で栽培された記録があるが、同時に南蛮貿易で長崎に導入された記録も残っている。
なおスナックパインの原産国は台湾国であり、台湾では台湾四号という名前がつけられている。
パイナップルとしてはパイナップル科のボゴール種に属する。

「ほぅ、それで?」

そう呟きながら信長が左右の拳を合わせ始める。うんちく話は要らない、というサインだった。

「えっと……こうやって引き千切って食べる事が出来ます」

スナックパインの特徴は一般のパイナップルより小さい、果肉中の空隙が大きい、酸味が少ない、甘みが強い、香りが高い、芯の部分が柔らかく甘いのでそのまま食べられるという点が挙げられる。
小果を手でちぎって食べる事が可能な所から、スナック感覚で食べるパイナップルを略して、スナックパインという名前が付けられた。

「甘い。だが強い甘みの中に、適度な酸味があるな」

「甘味と酸味の調和、芳醇な香り、これは良い果実ですな」

二人は感想を述べながらスナックパインの小果を千切って食べていく。
結局、静子の手に残ったのは冠芽(クラウン)だけだったのは、言うまでもない。
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