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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十一年 上洛

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千五百六十八年 六月中旬

信長が義昭と立政寺で会見したのが同年六月二十三日。
更に巻き戻って義昭が信長と会見するために、一乗谷を出立したのが同年六月十二日。
それと余り関係ないが家康が兵を連れて岐阜に到着したのが六月二十五日。
そして永禄11年(1568年)六月二十六日。この日、信長の本拠地である岐阜は人でごった返していた。

「おお、流石に圧巻だなぁ」

当世具足とうせいぐそくを身に纏っている静子は、人々がひしめいている様を見てそう呟く。
普段は馬を使っている静子だが、軍隊の行軍となれば話は別だ。飼料の準備や馬の世話係を雇う暇もなかった為、彼女は徒歩での行軍となった。

指定された場所を探して静子はあちこち歩く。
男女の体の違いは甲冑程度では隠し切れず、よく見れば静子が女なのはすぐに分かる。
だから殆どの兵士は静子に対してジロジロと好奇の視線を向ける。だが、すぐに視線を外す。
彼女の左側には至って普通の格好をした才蔵、右側には傾奇者の格好をした慶次、そして後ろにはカイザーとケーニッヒの二匹。
それらから一斉に視線を向けられれば、雑兵たちは関り合いを避けるべく視線を外すのは当然だ。

それ以前に静子の格好も、雑兵たちから見れば異質だった。
彼女は大型のバックパックを背負っていた。
革製だが収納口が多く、竹水筒から食料、メンテナンス道具類、トラベルキットや鹿解体用に使っているナイフなど様々なものが小分けして入れられる。
本来は鹿狩りに使っているのだが、バックパックの汎用性が高く、戦場においても中身次第で充分な活躍が期待できる。
後は見た目がいいと思って持ってきたコンパウンドボウ、そして矢竹で作った矢と、それを入れる矢筒だ。

コンパウンドボウは鹿狩りに使っている為、陸地なら高い命中率を誇る。
しかし静子は人を射った事はなく、今までの獲物は全て動物だけだった。
高命中率を誇り低威力高連射タイプのコンパウンドボウだが、和弓を超える性能ではない。
そしてメンテナンスにも手間がかかる。悪い言い方をすれば『中途半端な性能』の弓だ。
だがそれらの道具を知らない周りの人間には、甲冑姿にバックパック、そしてコンパウンドボウという風貌は非常に怪しく見えた。

(コンパウンドボウは調整して威力を高めたけど……多分60ポンドぐらいかなぁ。ま、活用する時なんてないない。どうせ移動中の食料を手に入れる為の道具になるだけ)

格好さえ様になってればいいや、と思っていた静子だが実際は傾奇者並に異質な格好だった。

後少しで長可の元へ到着する時、ふいに慶次が口を開いた。

「……所で勝蔵の奴、まだ元服してないんじゃなかったっけ」

信長の上洛時、長可の年齢は一〇歳から十一歳。
史実では十三歳か十四歳ぐらいに元服したが、それは父親の森可成と兄の森可隆が死亡し、正式に森家の当主になるためだ。
どうして上洛についていく許可が下りたのか、その疑問に慶次は首を傾げた。

「勝蔵殿は以前あった角力大会の報奨で、今回の上洛に従軍する許可を織田様より得られたそうだ」

「なるほど、だから童子なのに参加出来たって事か……っと、到着かな」

慶次の言葉に二人は視線を前に向ける。そこには、凛とした表情で馬にまたがる長可の姿があった。
近くに森可成はいるものの、長可より少し年上の男は見当たらない。彼の兄である森可隆は例に漏れず、今回も尾張にある森氏の旧領の留守を守っていた。

「静子、お館様の命により馳せ参じました」

「静子が臣、前田慶次。同じくお館様の命により馳せ参じました」

「同じく、可児才蔵。織田様の命により馳せ参じました」

長可の所に到着するやいなや、彼らは森可成に挨拶をする。

「うむ、話は承っておる。三人は勝蔵と行動を共にしてくれ」

「はっ。承知仕りました」

挨拶や軽い打ち合わせを終えた三人は勝蔵の元へ移動する。
子どもながら上洛の戦に参加出来た彼だが、当然ながら前線で戦える訳ではなく基本的に後方で見学だ。
それでも戦闘への備えは怠らず、十文字槍を携えていた。唯一妙な箇所を上げるなら、彼もまたコンパウンドボウを装備している事だろう。
しかし静子のコンパウンドボウと違って、和弓の矢でも扱えるようにサイズの変更が施されている。
大型化している分、総重量も上がっているのだが、それは革製のショルダーベルトでカバーした。

「お、静子か。今回の上洛に参加とは恐れ入るな」

静子を見て長可は肩をすくめておどける。彼自身も異例の参加なのだが、静子と違って周りに引けをとらないほど堂々とした態度をしていた。

「今日から宜しくね。でもまぁ、勝蔵君はともかく私は後ろで見学確定だね」

「そうか? お前の弓の腕は相当なものだと思うぞ。未だに命中数の勝負では負けるしな」

「そりゃあ……害獣駆除の為に活動してるからね」

静子が住む村の周囲には鹿が生息している。二作たちの活動により、山の環境が改善された。
当然ながら鹿たちも生活範囲が広まり、結果固まっていた群れが分散されてしまった。
元々、二作たちのエリアが生活圏として成り立たない上に、豊富な餌場が密集していたから鹿たちも密集していただけだ。
山の環境を整備し直せば、自ずと鹿たちも分散する。そして分散しただけで数は減っていない。
それどころか餌場が増えた事により、数年前よりも鹿の数は増えていた。
皮や肉が手に入るので二作たち的には喜ばしい事だが、農作業をする静子たちにとってはたまったものではない。

今までは二作たちに任せていた鹿の狩猟を、静子たちもする必要が出てきた。
そこで修行にかこつけて長可、それから慶次や才蔵も狩猟の手伝いをさせていた静子である。

「侮っていたわ、鹿の大増殖を……森林破壊もされるし、適切な数に調整しないとあっという間に禿山だわ」

現代日本でも鹿の大増殖によって樹木を食い荒らされている。鹿の食害は酷く、木が鬱蒼とおい茂る森でさえも枯れ果てさせる。
せっかく山本来が持つ能力を最大限に引き出すよう整えた環境が、鹿によって全て破壊されていく。
そうならない為にも適切な数にまで減らし、常に森林破壊がされていないか確認する必要があった。

頻繁に鹿狩りに参加した為か、長可は熟練の猟師にも比肩しうる腕前になっていた。
コンパウンドボウは弓自体の特性として矢を引いた状態で狙いを付けられるため高い命中精度を誇る。
一方和弓は習熟に時間を要し、短期間の修練ではとても使い物にならない。
唯一の問題としては予備の弓が準備できなかったため、急に和弓に持ち替える必要が出た場合はまず的に命中することは無いだろう。

良いことばかりに見えるが結局コンパウンドボウは命中精度が良いだけで、弓から火縄銃への世代交代の過渡期を担うほどの影響はない。
悪い言い方をすれば、既に弓は『中途半端な武器』扱いなのだ。いかにコンパウンドボウが単純な発想や原理の割に高威力でも、和弓のような性能はない。

「まぁ俺もお前も出番はないだろうな。例外は慶次と才蔵ぐらいか」

「ま、そうよね」

長可と談笑していると伝令らしき人物が馬を走らせながら何かを言っていた。
不運にも距離があったため半分近く聞き取れなかったが、漏れ聞こえてくる言葉から伝令の内容を推測する。

「どうやら上洛への行軍が始まったようだ。随分と話し込んでいたが、まぁここは中軍だしな」

戦国時代、軍は前軍、中軍、後軍の三部隊に分けて行軍するのが基本だ。
前軍が前に斥候を放ちつつ進み、中軍が左右に斥候を出しながら進軍する。

「前軍の雄叫びが僅かに聞こえるな。お館様が何か言ったのか……くぅ、俺も聞きたかったぜ!」

戦国時代において軍団の士気は非常に重要だ。
一般的に合戦の前は兵士たちの士気を高めるため自軍の正当性を主張し、敵側の不当性を声高に言う言争ことばたたかいが行われていた。
しかしこの言争、軍団の士気が左右されるほど重要な戦いだが、時には相手の逆鱗に触れて戦意を高揚する場合や、想定外の戦闘が起こる場合もあった。
頭に血が上って軍事機密を零す血気盛んな者もいたため、軍によっては言争を行った者は死罪にする軍令を出していた所もある。

「うーん、ここいら辺が行軍開始するまで時間かかりそうね」

前軍の雄叫びに充てられた兵士たちが気炎を上げている中、のん気そうに静子は軍の様子を見ていた。






上洛に際して信長に立ちはだかる存在は南近江を支配する六角氏だけとなった。
一ヶ月前、六角氏と七日間にわたり上洛軍に加わるよう説得したが交渉は決裂していた。
これにより信長は六角氏の征伐を決断した。それに先んじて彼はある調略を講じた。
織田家家中の和田惟政を近江・山城に派遣し、国衆・幕府奉公衆に上洛軍に味方するように働きかけた。
更に庶家しょけ、つまり本家から分家した家筋の六角義賢が、南近江の守護になった事を快く思わない六角惣領家に働きかけ、近江の国衆を上洛軍の味方につけた。
この調略によって信長は数多くの畿内諸将を味方に取り込み、逆に六角を弱体化させる事に成功する。

立正寺にて義昭へ上洛の表明を行った翌日、信長は近江・高宮に着陣する。
ここで信長の妹であるお市の方と婚姻し、同盟関係となった浅井の軍勢と合流する手はずになっていた。しかし何らかの問題が発生したためか、翌日の二十八日に信長と家康と合流する計画に変更された。

「まぁそれがなくとも二日は人馬を休めないとな……どうしたのじゃ、静子。腹でも下したのか?」

「……なぁんで君がいるのかなー、と思ったんだけど?」

何故か対面に座っている奇妙丸を、静子は呆れの感情を込めて半眼になり見据える。

「何、父上から勉強だと言われてな。実践に勝る訓練なし、という事なのじゃろう。無論、合戦に参加は出来ないがの」

「そっちはどうでも良くて、何で人が作ったご飯をさも当然の様に食べているのかな? と言いたいんだけど」

季節は初夏になろうかという頃合いだが、戦国時代は小氷期のため現代と違って平均気温が低く、夜はそれなりに寒い。
何か温かいものをと考えた静子は干し飯を使った粥を作る事にした。
作り方は簡単で深底フライパンで水を沸騰させ、干し飯、干し肉、干し野菜の順番に入れ、塩と醤油で味を整え、最後に殺菌作用を強めるため梅干しを入れるだけだ。
おいしいとは言いがたいが、行軍中は食事を満足に取れるだけマシだ。
戦時飯の粥を完成させた後、カイザーとケーニッヒに食事を与えていた所で奇妙丸が現れたという寸法だ。

「まぁそこは貴様と俺の仲、という事で」

「……はぁ、後でちゃんと返してよ。流石に食料は自分の分しかないし、急だったから予備は少ないんだよ」

「分かっておる皆まで言うな、後で父上に言って小荷駄の物資から回してもらおう」

「横流しは勘弁して」

「何を言う。正式に分けてもらうだけだ……おっとと」

スプーンから粥がこぼれそうになったため、奇妙丸は慌ててバランスを整える。
こぼれなかった事に安堵の息を吐いた後、スプーンにのっている粥を口に入れる。

「しかし貴様の作った醤油、だったか。父上はたいそう気に入っていたぞ。早速、来年から本格的な生産に乗り出すそうだな」

「私が考案した訳じゃないけどね。まぁお館様は濃い味付けが好みだから、醤油が好みと一致したんじゃないかな」

「そうかもな。以前、魚の醤油煮付けをいたく気に入り、料理人たちに金一封を出したぐらいだからな」

「……そうなの。所で茶丸君、いくら本陣とはいえ一人出歩くのは感心しないなぁー」

「あーうるさいうるさい。お前まで爺みたいに説教臭くなるな。咳病から今日まで勉強、訓練、勉強だったんだ、少しは羽目を外させろ」

「まぁ後で叱られるのは茶丸君だからいいけど……さ」

食事の後、水を張った木桶に二人分の什器と調理器具を漬ける。
他の人たちと同じように、行軍についてきた商人から食事を買えば良かったかな、と思ったが完成後に気付いたので手遅れだった。
カイザーとケーニッヒは静子に頭を撫でられて緊張が緩み、心地良さそうに目を閉じていた。
それでも耳は奇妙丸の方を向いているのだから、最低限の警戒はしていた。

「それにしても六角はどうして上洛軍に参加しないんじゃ?」

カイザーやケーニッヒとスキンシップしている静子に、奇妙丸は質問を投げる。

「足利殿は、昔六角氏の領土にいたのよ。なのに三好三人衆に襲撃されたから、六角氏は足利殿が自分たちを恨んでいる、と思ってるんじゃないかな」

「それは己の身すら守れない将軍家の現状を嘆くべきだな」

「誰かのせいにしてる方が人間楽だからね。まぁ将軍家は一代前の第十三代公方様が暗殺された時から、没落待ったなしだから、今さら嘆いても仕方ないと思ったんじゃない?」

「ふむ……上洛も父上の力がなければ叶わぬしな」

そう呟きながら奇妙丸は食後の甘酒(麹から製造)を飲む。

「生姜の汁が入ってて飲みやすいな。そう言えば一夜酒ひとよざけを軍の常備品とするよう進言したのは静子だったか。一体、これは何の意味があるんだ?」

「……栄養って言葉があってね。これは人が体の機能を維持したり、高めたりするのに必要なものの総称なんだよ。色々と細かい説明が必要だけど、まぁ端的にご飯を食べたら取れるもの、と思ってね。で、これにはいくつか種類があって、それが不足すると人の体は機能障害を起こすの」

「父上の食事が変わったのはそのせいか。俺も色々と苦言を言われたな」

「ま、それは体を強く作る上で必要だからね。で、米麹から作った一夜酒ひとよざけは、その栄養を補給する上で効率がいいの」

甘酒にはビタミンB群、米由来の植物繊維やアミノ酸類、そしてブドウ糖に代表される多量の糖類を含んでいる。
これは栄養剤の点滴として利用される乳酸リンゲル液+米由来の成分に相当する構成であり、甘酒は「飲む点滴」とも称されることがある。
同様に「飲む点滴」と言われる物に経口補水液がある。これは水に少量の塩と多めの砂糖を溶かし込むことで得られる。
単に水だけを飲むよりも水分が吸収され易く、更にエネルギーと塩分(電解質)を素早く取り込める利点がある。
これにクエン酸等の重炭酸の前駆体を加えると吸収効率をさらに高めることができる。
先ほど静子が食べた梅干しを入れたお粥も、和製の経口補水液とも言える。
甘酒、経口補水液どちらも優れた飲み物だが、戦国時代では砂糖が貴重品のため、静子は米麹から作る甘酒を推奨したのだ。

「お腹が空いてふらふらの兵士と、健康的で意識がはっきりしている兵士。どっちが強いと思う?」

「それはまぁ後者だな。空きっ腹の雑兵など、どれだけ頑張っても士気が上がるとは思えんしな」

「そういう事。例え一万の兵士でも、栄養失調状態の人たちでは力を出し切れないからね」

兵士の栄養状態を改善するだけでも、軍の持つ力はかなり変わる。
だが食糧事情の改善はそう簡単にはいかない。
まず供給過剰になる程度に作物の生産力を高くする必要がある。戦争によって就農人口が減少しても生産力が必要供給量を下回らない超効率型の農業形態が必須だ。人口一人当たりの生産効率を高めることで余剰人員を生み出す事が可能となる。
そしてその超効率型の農業経営を考えるには、作付面積、収穫量、10a当たり収量と膨大なデータが必要になる。
そのデータを統一したフォーマットで記載させるには、謄写版とうしゃばん印刷機が必要になる。
気の遠くなるような作業だが、謄写版とうしゃばん印刷機は今後も使える為、静子は技術屋街で再現出来ないか研究中だ。

「(1893年ごろにトーマス・エジソンが原型を作ったから、ガリ版は戦国時代でも作れるとは思うけど……まぁ今考える事じゃないか)それにしても行軍って色々と手間をかけてるよね。無駄をなくす改善をしたら楽になると思うんだけどな」

「俺は全く思わなかったが、一体どの辺が無駄だと思ったんだ?」

「色々とあるけど最大の問題は兵站だね」

「兵站……? 小荷駄の事じゃないのか?」

小荷駄は軍勢に直接付属する補給品の運搬部隊であり、後方からあらゆる支援を行う兵站部隊とは別物だ。

「全くの別物だよ。前線に一緒に来る小荷駄隊の事じゃなく、兵站は軍需品の前送、物資補給、連絡網の確保等の後方支援の事だよ」

図を描きながら説明をしたが、理解出来なかったのか奇妙丸は首を傾げる。
しかし彼が理解出来ないのも無理はない。戦の名人と言われた上杉謙信や武田信玄も、小荷駄に食料を積んで引っ張り、敵と合戦し、小荷駄の食料がなくなれば国許へ帰るという事を繰り返していた。
それが戦国時代の戦いの定石であり、秀吉が東海街道筋で米を買い占めて北條(北条の旧字体)を攻めるまで疑いようのない常識だった。

「まぁ後方支援隊を作るのは、普通の軍勢を作るより面倒で手間がかかるからね。効果がいつ出るか分からない事にーーーーー」

そこまで言い終えた時、静子の肩を誰かが優しく叩いた。
話を聞いていた奇妙丸と、彼と話していた静子は同時にその人物へ顔をむける。
そこにいる人物が『誰』か理解した時、二人は顔を硬直させた。

「何やら楽しい話をしているな。わしも後学の為、静子の話を聞かせて貰おうか」

上洛軍のトップ、信長が人の良い笑みで微笑みながら、二人に向かってそう言った。






えらい事になった、と静子の心中は穏やかでは無かった。
帰ってきた慶次と才蔵、そしてカイザーとケーニッヒに荷物番を任せた後、信長に奇妙丸と共に連行されたまでは良かった。
だがその後、信長は準備すると言って部屋を後にした。少しして、彼は大型の黒板と主だった家臣を連れて戻ってきた。

「丁度良い機会だ。こ奴らも参加させるぞ」

それはまさに鶴の一声だった。主だった家臣たちも、静子も、嫌とは言えなかった。
柴田(しばた) 勝家かついえ佐々(さっさ) 成政なりまさなど、武闘派の家臣は不服げな面持ちだったが、静子は敢えて見なかった振りを貫く。
睨まれた所で静子にはどうしようもないのだから。
逆に竹中半兵衛、彼の弟である重矩、丹羽は興味津々といった感じだ。

「さて、まずは兵站と小荷駄の違いだな。わしにとっては一緒に聞こえるが、その違いを説明して貰おうか」

「は、はい。まず……小荷駄は従軍する補給品の運搬部隊です。対して兵站は軍の戦闘能力の維持・向上を目的としています。つまり戦略的には戦闘行為以外のすべてを担当する役目、戦術的には戦闘行動を継続して維持させる役目を担います」

「静子殿、よろしいでしょうか」

竹中半兵衛が挙手をしつつ質問を口にする。早速何か疑問が浮かんだのかな、と思いつつ静子は続きを促す。

「私もそうですが、おそらくここにいる方全員、戦術・戦略という言葉を正確に理解していないかと。よろしければそこからご説明頂けないでしょうか」

「分かりました。まず戦略とは目的を効果的に達成する為の長期的な計画の事を言います。そして戦術とは、戦略によって定められた構想に従い、戦闘を効果的に行うための短期的な方法の事を言います。今回の事を例に上げますと、戦略とは『お館様が足利殿を将軍にする事』です。戦術はそれを叶えるための方法で『六角氏を征伐する事』、『京にいる三好三人衆を征伐する事』などです」

どの規模から戦略、戦術とすると言った明確な基準は存在しないが、概念上は区分されている。
戦略とは戦全体での勝利を収める為に指導する術策であり、戦術は戦場において実際に勝利する為の戦闘部隊を指揮統制する術策である。
この二つの明確な区分け基準が難しい理由の一端が、両者ともに目標達成の手段という共通の性質を持っている事だ。
無論、考慮すべき問題の大小や視野の広狭など、決定的に異なっている点もある。

「他にも細かい点はありますが、混在しやすい為にここはこの二つだけとさせて頂きます。さて、戦をするに当たって必要なモノと言えば、大まかに言えば水や食料などの生活物資、甲冑や刀、槍、弓矢などの兵器、牛馬の飼料などですね。そしてこれらを輸送する兵が必要になります。それらを纏めて兵站といいます」

何が影響しているか不明だが多くの日本人は、兵站という概念を理解出来ていない場合が多い。
そういう人物が上の立場に立った時、本来なら治療を受けさせなければ死ぬ人間に対して『気合が足らない』と精神論を持ちだして見殺しにしたり、補給線を危険なレベルまで伸ばしたり、必要な食料を与えず餓死させたり等の愚行を繰り返す。
事実、戦国時代において兵站の概念をある程度理解していたのは信長と秀吉だけとも言われている。
第二次世界大戦中の大日本帝国軍が無謀な行軍を繰り返したのも、兵站という言葉が軍の教科書に出るだけでまともに機能させた事がない為だ。
つまり『兵站の能力を充実させている側が勝つ』という当たり前の事を、近代の日本軍がまるで理解していなかった証拠だ。

「……小荷駄は問題があると聞こえる。それについて、如何様な所が問題か知りたい」

静かに挙手したのは丹羽だった。

「小荷駄には小荷駄の利点があります。一概に小荷駄は駄目とは言いません。しかし、軍の行動の規模が大きくなればなるほど、小荷駄にはある問題点が出てきます。それについては東国の上杉、武田、北條を使ってご説明します」

この三者を選んだ理由は、小荷駄の問題を語る上で最も便利だからだ。
そして小荷駄の問題があったからこそ、この三者の戦いの勝敗が中々つかなかった理由の一つだ。

「武田及び上杉は、北條が籠る小田原城を囲んだ事はありますが、結局大した戦果を出さずに国許へ引き揚げています。それどころか引き揚げ時に、北條から追撃を受けて手酷い損害を受けています。北條が東国一堅城な小田原城に篭ったという理由もありますが、小荷駄に積んだ食料を食べ尽くしたというのも理由であります」

小荷駄が持つ食料を食べ尽くすと、それ以上の戦闘行為は行わず国許へ引き上げる。
日本の合戦はそれが定石であり、食糧の準備が十分な城で堅い守備に徹していれば大抵相手が負ける。
囲んだ方の食料が先に尽きるのだから当然だ。そういった事情があるから南北朝時代から戦国時代まで延々と戦争騒ぎが続くのだ。

「小荷駄は小回りが利き、状況に応じて柔軟な動きが出来る利点がありますが、運んでいる物資が尽きたら軍行動が終了する、という欠点があります」

更に理由を上げるなら、大抵の所は百姓を雑兵や軍夫として雇う為、農閑期しか合戦が出来ないのだ。
農閑期が終わると雑兵たちは農作業が恋しくなり、軍の士気が格段に落ちてしまうからだ。

「しかし兵站という補給兵がいると話は変わります。想像してみてください、いつ戦が終わるか不明の状態を」

細かい描写まで想像出来たのか、武将の何人かが僅かに身震いした。その中に柴田もいたのだが、静子はそれを見なかった事にした。

「継戦能力がある、というのはそれだけで脅威なのです。そして見えないからこそ、それは底知れぬ恐ろしさを相手に与えます」

「……なるほど、ようやく線が繋がったわ」

今まで黙って静子の話に耳を傾けていた信長が、ふいにニヤリと笑いながらそう言った。

「数年前、わしが貴様を拾った時から、貴様は一貫して技術を広める事に躊躇いがなかった。少し前までは、百姓たちを潤わせる為かと思ったが……それが兵站というものも計算に入れていたとはな。全く大した娘じゃ」

「………………え、いや、あの?」

何かとんでもない勘違いによる高評価な気がした静子は、慌てて否定しようとしたがうまく言葉にならなかった。
その間に信長の中で静子の評価がうなぎ登りに上がっていく。

「まず農業の改革を行い、それによって高い生産力を手に入れる。そうしなければ食料を安定して供給する能力が手に入らぬからな。次にそれを世に広めて国としての生産力を高める。他国に知れ渡る事になるが、いつまでも秘匿することは叶わぬだろう。そして最後に兵站という力を我が軍に組み込む。ふむ……富国を以て強兵とする、と言った所かの」

「なるほど。確かに行軍を支える生産力がなければ、兵站という考えも絵空事になりますね」

「彼女の広めたものは米、塩、大豆、他にも作物が沢山あったな。どれも生命維持に直結する物資ゆえに大量に確保するのは大層難しい」

それと共に家臣たちからの評価も急騰していた。こうなるともはや何を言っても手遅れだ、と思った静子は完全に諦めた。

(は、はは……どうしよう……)

静子は一貫して『生活水準を向上させる事』を理念としている。その為に農業の技術を広め、絹糸や麻糸や木綿の生産に取り組み、技術屋街を作って研究・開発を行っていた。
衣食住を安定させる事で人はようやく余裕が生まれ、その余裕を使って教育を行えば国は繁栄する。
昔から知識とは良くも悪くも権力者が独占するものだった。それは知識とは民衆が権力者に抵抗する為の力だったからだ。
しかしその事を考慮しても、全国民に学問を修めさせなければならない。その辺りの重要さを説いているのが、福沢諭吉の「学問のすすめ」である。

第一編の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という文句から、学問のすすめは人類平等を謳った作品だと誤解されやすい。そのせいか福沢諭吉は聖人君子のように思われている面もある。
しかし「学問のすすめ」はその文以降に「でも実際、世の中には賢い人と馬鹿な人、貧しい人と富める人、偉い身分の人と貧しい身分の人がいるよね。その違いは何だと思う? それは学問を修めているか否かだ」という内容を記載している。
そして全十七編に渡って「愚人になりたくなかったら勉強しなさい」、「権力者に弾圧されたくなかったら勉強しなさい」、「外国に侵略されたくなかったら勉強しなさい」という内容で学問を修める事の重要性を力説している。
その事からも分かるように彼はマキャベリとナポレオンを足して濃縮したような超タカ派親父である。
そして「学問のすすめ」に「赤穂浪士? 尊皇攘夷? 馬鹿じゃねぇの」とか「儒学とか何の役に立つんだよ」とか「学者様は昔から変わらないですね」とか非常に危ない事を平気で書く毒舌親父でもある。

「さて、早速検討だな」

「(兵站なんて考えてないよ。お姉ちゃんの本を読んでたから知ってるだけで……)はい……」

今さらそんな事、口が裂けても言えない静子は、信長の言葉に心ここにあらず状態で応じた。
+注意+
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