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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十一年 上洛

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千五百六十八年 四月中旬

五百人の兵と付随する家族が移り住む。言葉で言うと簡単ではあるが実際に実行するとそれだけで一つの街が出来上がる。そしてその新街区拡張計画は延伸に次ぐ延伸を余儀なくされ一向に進んでいなかった。
理由は信長の上洛が現実味を帯び始め、兵士を一人でも多く集める必要に迫られたからだ。
信長は美濃を支配下に、徳川とは清洲同盟、浅井はお市の方を嫁がせて同盟を結ぶ等、着実に京への布石を打ち続けていた。
唯一、南近江を支配する六角氏だけが信長に対決の姿勢を見せていた。
どの様な話し合いをしても一向に首を縦にふらない六角に怒りを覚えつつ、彼は伊勢国北部(北伊勢)を版図に加えようと侵攻を続ける。
美濃の時とは違い、高い練度を誇るクロスボウ部隊とファランクス部隊により、伊勢国北部の侵攻は信長が想像する以上のスピードで進んでいた。
戦場にいる武将たちは漠然と気付く。『個』の戦は徐々に失われ、『集』の戦がこれからの主流になると。
しかし『集』の戦が主流になろうとも、『個』を率いて『集』となす『将』が必要とされることまでは気付けていなかった。

そんな織田軍内部の変化と全く関係がない静子の村は、今日も長可の教育に、農作業とそれなりに忙しい日々を送っていた。
長可は訓練の日々で、柔らかい砂で出来た二百メートルのレーンを二十回ほど走ったり、砂を桶に入れて百メートル先のポイントで山を作ったり、野山を甲冑姿で走り回ったり、斎藤道三もした一文銭の中心にある四角い穴に、竹竿の先端に括りつけた太い針を突き刺したりしていた。
身体を鍛えるだけではない。国語は平仮名、片仮名、JIS第一水準の漢字(2965文字)の読み書きを学び、数学は基本的な四則演算や暗算などだ。
そろそろ電池の劣化が見え始めたスマートフォンにある、『七二時間で学び直す義務教育』シリーズを複写したが、他のシリーズも近いうちに複写しようと考えた静子である。

途中まではそれで問題なかったが、ある問題に気付いた静子は長可を住み込みの形に切り替えた。
問題とは食事、もっと正確にいえば栄養の問題である。戦国時代はもちろん、近代に至るまで人類は常に栄養失調状態だ。
長可も例に漏れず食べているもののバランスが悪い。特に動物性蛋白質が少ない為に、瞬間的に出せる力の総量が低い。
これでは『火事場の馬鹿力』が出せない。それを危惧した静子は、長可の食事を変えようと考えた。
幸いだったのは長可が鶏に対して特に嫌悪感を持っていなかった事だ。
そのため食事を朝昼晩の三食に変更し、発芽玄米ご飯にけんちん汁、鶏のササミにぬか漬けなどの漬物を組み合わせた汁一品に三つの副食を基本とした。
運動量が多い長可に合わせたのでタンパク質が多く、カロリーはそれなりなメニューになった。
それが珍しかったのか、いつしか慶次と才蔵と彩も加わり、静子を含む五人は日ノ本でもトップレベルの健康体になっていた。

なお余談だが日ノ本最強の健康体は、家康ではなく実は信長だったりする。これは信長が四〇代頃から高血圧症に悩まされていた事を知っている静子が、栄養学に関する本から入手不可の食材を取り除いて纏めた書類を渡したのが原因だ。
最初は信じていなかったものの、書類にあるチェック項目の結果があまりにも自分の症状に当てはまっていた。そして軽い頭痛に悩まされていたので、信長はお試し気分で食生活を変えてみた。
最初の一ヶ月は効果がなかったものの、二ヶ月から三ヶ月頃から頭痛がしなくなり、朝起きた時に感じていた倦怠感やたまに感じていた吐き気もしなくなった。
正確に栄養学を理解した訳ではないが、食べ物の摂取によって体調が狂う事を彼は体感的に理解した。
元々妙な所で凝り性な信長はラジオ体操やストレッチなども取り入れ、今では現代人も真っ青なほど規則正しい食生活をしている。

ともかく長可の体は動物性蛋白質のお陰で瞬発力を、古来より日本で食べられている食事で持久力の二つが備わった。
そんな彼に訓練の成果を出せる場が提供される。それは信長主催の角力大会だ。






信長主催の角力大会は例年に漏れず今年も開催されたが、今年は少し趣が異なっていた。
それは領内の武家に所属する元服前の男子のみによる大会も併せて開催された。現代で言う子供角力大会と言ったところだ。
長可は一〇歳なので当然の如く元服をしていない。武家の男子と、元服前という二条件を彼は難なくクリアしている。
とは言え勝手に参加して怒られたくはないので、長可はそれとなく静子に参加したい事を伝える。
静子は特に問題視しなかったので参加を了承。森可成も静子が認めたのであればと追認する。かくして彼は子供角力大会に参加する権利を得た。
だが彼はその日のために特訓をする、などという殊勝な事はしない。普段通りの生活をし、普段通りの訓練をするだけだ。

大会前日、静子の元に『角力大会のにぎやかしに来るように』と信長から下知が下る。
長可だけ参加すれば良いと思っていた静子にとって、まさに寝耳に水状態だった。
そして大会当日、念の為にと思い彩に作らせた弁当を片手に、静子は慶次と才蔵、そして大会参加の長可を伴って大会の場へ向かう。
到着すると既に参加者と付き添い人でごった返していた。流石に参加者を武家の子供限定にしただけあって、顔つきが逞しい子ばかりだ。
途中で参加者の長可と別れ、見物する場所を探してキョロキョロしていると、誰かが自分を手招きしているのが視界の隅に入った。
そちらへ顔を向けると長可の父親である森可成がいた。

「森様、おはよう御座います」

静子が頭を下げて挨拶をすると、後ろに控えている慶次と才蔵も揃って頭を下げる。

「おはよう、静子殿。そなた達の見物席はこちらに用意してある」

森可成も同様に一揖して挨拶を返す。

「も、申し訳ありません。森様のお手を煩わせてしまい」

「はっはっはっ、気にする事はない。今日、わしらは角力の当事者ではなく、気楽な賑やかしの立場だからな。多少は歩いておかないと、体が鈍っていて仕方ない」

恐縮する静子だが当の本人である森可成は、極めて明るい声でそう言う。

「こちらだ」

そう言われて案内された所は、特等席と言っても過言ではない立地だった。
大相撲のマス席みたいだな、とよく分からない事を考えつつ静子は森可成が示した場所に横並びに座る。
一番前という所が気になったが、今さら文句を言っても始まらない。
馬廻衆の慶次と才蔵には別の席が用意されていたようで、二人はそちらへ案内された。

「早く始まらないかな」

待つ時間が長くなる事を予感した静子は、誰にも聞こえないほどの声量で呟いた。






それから四半刻ほどして子供角力大会は始まった。
やはり子供だけが出場しているためか、角力大会と言っても堅苦しい空気ではなく、むしろ小学校の大運動会に近い空気だった。
見極め人(進行と審判を司る人)は池田恒興だ。当時は角力に見極め人などおらず、微妙な勝負になれば揉めに揉める事も日常茶飯事だ。
そう言う事で進行が滞るのを嫌った信長が見極め人を設置したのが、行司の始まりと言われている。
ちなみに土俵の原型が出来たのは江戸時代以降で、それまでは見物人が輪を作ってその中で角力を行っていた。
力士と見物人の境界線が曖昧だったためか、勝負の邪魔を行う見物人も少なからずいた。
この事で見物人同士や、見物人と力士の喧嘩が起こる事も日常茶飯事だった。
それらを排除するために、信長はリングのように四本の柱を立て、それを縄で囲い、その中で角力を執り行うようにした。
いわば現代の土俵の原型とも言えるものだ。

色々と信長なりの合理的、かつ特殊なルールはある角力大会だが、子どもたちからすれば信長の眼にとまる千載一遇の好機だ。
小姓に取り立てられれば栄達の道のりが開く。必然的に子どもたちはやる気が上がるというものだ。
そのため角力大会は一種の熱気に包まれていた。

「(静子殿、次が勝蔵の番だが……自信の程はいかに?)」

殺気でギラギラしている角力を眺めていると、隣にいる森可成が小声で話しかけてきた。
親としては子の力量がどの当たりにあるのか知りたいのだろう。静子は少しだけ考えて、そして何とも言えぬ顔をしている森可成にこう言った。

「(んー……勝蔵君に勝つ子を探す方が難しいですね)」

「(それは……)」

その真意を尋ねようとした森可成だが、その前に長可の番が回ってきたのでそこで会話を中断した。
勝負の行方から長可の力量を測ろうと考えた森可成だが、その思惑は予想外な結末を迎える。

長可と、どこの誰か知らない子の角力は一瞬で終わった。
勝者は長可だが、その勝ち方が他の子と一線を隔す結果だった。長可は相手のまわしを掴んで組み合ったりせず、張り手一発で相手をノックアウトしてしまったのだ。
見た目は全体的に引き締まった体躯をしている長可だが、腰や背筋などの筋力と骨の密度が高い長可の張り手は、それだけで必殺の武器になりうる。
対戦者にとって幸せなのは痛みを感じる前に気絶した事だろう。

「(まぁあんな感じです。結構、厳しい訓練とかさせていたんで、普通の子なら相手をするのは難しいかなぁ?)」

静子の予想通り、子供角力大会で長可は無双状態だった。年上だろうが年下だろうが、自分より大柄な人間だろうが、自分より小柄な人間だろうが、まとめて薙ぎ倒していった。
ある時は張り手一発で、またある時はまわしを掴んで上手投げをする。戦国時代の角力は多少荒っぽい行為も許されていたため、長可は相手の首根っこを掴んで、強引に上手投げをする事もあった。

途中から長可の対戦者が勝負後にトラウマになったり、戦う前から降参したりするようになり、『挑んできた相手のみと戦う』という状態になってしまった。

「……つまらんな」

暇になってしまった長可が、誰か挑んでこないかと思い挑発的な言葉を呟いたが、残念ながら彼の言葉に反応する人間は一人もいなかった。






子供角力大会は危なげなく長可が優勝した。
途中からは対戦者が居なくなり、長可に対して挑む相手と取組するという特殊ルールに切り替わったが、誰一人として長可を倒せる者は現れなかった。
本大会は元服前の男児のみというレギュレーションがあるため、大人が挑むことは出来なかった。
故に親がけしかけたりするが、子どもたちは己と長可の力量を嫌というほど理解していたために、二の足を踏みついには挑戦者が絶えた。

それから一週間ほど経ち、育苗と田起こしが始まった五月上旬、信長は静子の村へ視察にやってきた。
視察する村はいつもの温泉や田んぼがある村ではなく、彼女が抱えている技術屋集団の方だ。
稼働してから数ヶ月以上経っているのに、今になって視察をしてきたのは竹中半兵衛の行動が関係する。

彼は静子が作った竹製のケータイマグが気になり、静子に自分用と弟用の二つを製造依頼した。
このケータイマグは竹の節を利用し、底部は節を残し上部は節の手前で切断する。
更に上部のふちを蓋に合わせて竹を削り径を調整し、螺旋状の溝を刻みつけてある。
蓋は竹筒より一回り大きい節付の竹をネジ蓋に加工した物を合わせた物だった。
最初は使い方に戸惑ったものの、一週間もすれば両者ともケータイマグをいたく気に入った。
ひょうたんは水をいれるのに苦労する上に破損しやすい。対してケータイマグはネジ蓋を開けて直接水を汲めるため短時間で水を満タンに出来る。
衛生面も洗浄出来る竹製のケータイマグの方が高い。何より喉が渇いた時、浴びるほど飲める事が最大のメリットだ。

しかし二人が気に入ったとしても、竹製ケータイマグは装飾がないシンプルな作りだ。
そこで彼らは勝手に装飾を付け加えたり、文字を彫ったりと、思い思いの飾り付けをしだした。
そんな事をすれば周りは興味を示す。そして巡り巡って信長の耳に入るという寸法だ。
今まで日用品と聞いていたから視察をしなかった彼だが、竹製ケータイマグのような便利な小道具を作っているというのなら話は別。そして今に至るわけだ。

「まずは小さいものからご説明します。これらは木工職人たちの作った小道具です」

静子の言葉通り、テーブルの上にはところ狭しと調理小道具が並べられていた。
しゃもじ、炒めへら、フライ返し、バターナイフ、様々なサイズのお玉、大根おろし、各種サイズのトング、サラダサーバー、米とぎ棒、ササラ、マドラー、茶こし、すし巻き、竹串、スプーン、フォーク、スプーン/フォーク立て、箸、菜箸、箸置き、箸箱、竹ざる、竹かご。
竹で作った弁当箱や重箱、竹の骨で作った団扇、木製食器、竹製食器、竹製縁台、竹中半兵衛に渡した竹製ケータイマグ。
若干木製の道具があるものの、殆どが抗菌作用のある竹製だ。見た目は良いとは言いがたいが、それでも日常的に使う分には問題ない。

「ふぅむ……全体的に竹を使っているな。何故、竹を多用しているのだ」

「竹は均一な太さと、木質なのに成長速度が早いという利点がございます。杉や檜は二十年経っても材木として使えるか疑問ですが、竹は僅か四年から五年で竹材として利用出来ます。竹細工で問題ないのでしたら、わざわざ木工品に拘る必要はないかと思います」

「確かにな」

竹細工や竹工芸に使う竹は、伐採後に一から二ヶ月ほど陰干しして水分を抜き、炙って油抜きをして、最後に一ヶ月ほど天日干しすれば処理は完了だ。
木材も乾燥させて中の水分を抜き取ったりするのは変わらないが、竹と木では一つだけ決定的な差がある。
それは運搬ルートだ。竹は中が空洞のために青竹(伐採直後の竹)でも少人数で運ぶ事が可能だ。
対して木材は伐採した後に形を整え、川に流して一旦上流で集め、筏に組んでから木材を指定の場所まで川で運搬していた。
届いてからも処理は続く。まず水分を豊富に含んだ木材を乾燥させ、その上で希望の板に加工する必要があった。
木材は用意するだけで多くの人員と労力、そして時間を必要とするのだ。ならば木材より低コスト、かつ短期間で準備が整う竹へ静子が目を向けるのは必然だ。

「木工職人は竹細工への経験が少ないため、今はこの様な小型の日用品しか作れておりません。ですが職人たちが熟練の腕を持つようになれば、籠や椅子など大型の日用品作成に着手しようと考えております」

「竹林は」

「真竹、淡竹は着手済でございます。それと、隣国の明より孟宗竹という種を導入予定です。こちらは商人からの入荷待ちです」

「流石じゃ」

「もったいなきお言葉です。木工職人たちの紹介はこれで終了です。次は焼き物職人をご紹介いたします」

静子は信長を連れて、木工職人たちの村から焼き物職人たちの村へ移動する。
各村は舗装された主幹道路で真っ直ぐ繋がっており、曲がりくねった道を歩く必要はない。

「良い道じゃ」

「マカダム舗装という手法で道を舗装しました。将来的には馬で引く車という乗り物で、人や荷物を運搬しようと考えております」

「完成を楽しみにしておるぞ」

そんな話をしている内に焼き物職人たちの村へ到着する。
この村は遠目でも分かるほど大型の窯、六段式の登り窯と三段式の登り窯の二つがある。
通常は六段式で一度に焼き物を行い、何か実験や検証を行う時に三段式を利用する。

「なるほど、石窯を作ったのもこれが目的か」

「ご慧眼畏れ入ります。昨年、耐火煉瓦を作成しましたが、いきなり登り窯のような大型設備を建造するのは少々不安でしたので、まずは石窯で実験を行いました」

耐火煉瓦を製造しても耐久実験や耐火実験をした訳ではない。いきなり登り窯へ段階飛ばしを行うより、石窯で性能チェックを行えば失敗時の被害を小さく収める事が出来る。
そういう思惑もあって静子は石窯を作り、耐火実験や耐久実験を行った。時々、濃姫が石窯の料理を所望したのも有りがたかった。
お陰で規則性のない実験が出来たのだから、濃姫には感謝しきれなかった。

「石窯から出た不具合を検証し、最終的にこの登り窯を建造しました。これで大量生産が可能となりましたが、もう一つこの村には利点がございます」

予め用意していたのか、静子が目配せするとすぐに木箱を抱えた男たちが現れた。
男たちから木箱を受け取ると、静子はその蓋を開けて中を信長に見せつつこう言った。

「陶器の他に磁器も焼く事が出来ます」

木箱の中には藁で包まれた直径二〇センチの大皿が入っていた。銅や鉄、呉須(ごす)で描かれた鮮やかで美しい絵、そして真ん中には『天下布武』の文字が力強く描かれていた。

「……磁器か。なるほど、久治郎を使って石をかき集めていると聞いていたが、このためだったのか」

「はい。尾張と美濃は磁器の材料(陶石)が産出しません。そのため他国から輸入しておりますが……今の所国人たちには、磁器に使える材料だと気付かれておりません。ですが知られるのも時間の問題でしょうから、なるたけ早くかき集めておこうと考えております」

「ふっ、貴様も抜け目がないな。良かろう、久治郎にはたっぷり集めろと伝えておけ……ん? あの白い粒上のものはなんだ」

磁器を愛でていた信長の視界に、小粒の石を入れた木箱が入る。

「これは発泡体(パーライト)と呼ばれるものです。火山付近で見つかる軽石の仲間です。ご覧の通り幾つも小さい穴が開いており、ここに空気や水などを貯め込むために保水性や断熱性に優れます。これを土壌に混ぜ込むことで生育促進や根腐れの防止などが期待できます」

ちなみにパーライトは人為的に作成することも可能である。
黒曜石や真珠岩と呼ばれる鉱物を1000度以上の高温に晒すと鉱石中の構造水がガスとなり発砲する。
黒曜石製のパーライトは崩れにくく長期間の使用に耐える。一方真珠岩製のそれは保水性が向上する。

「なるほどな。貴様が技術集団を作ったのも、自身の持つ技術を再現する為か」

「はい、私や村の職人だけでは手が足りないのが現状です。今は構想だけですが、来年には醸造関係……味噌、醤油、酒、米酢、米麹などを製造する街を作ろうと考えています」

「計画を纏め上げろ」

「了解しました。では次に……岡部様に協力を頂き、研究しております家をご紹介致します」

静子は岡部主導で家の建材を研究開発しているエリアへ信長を案内する。
そこは大きく分けて三つに分かれていた。
屋根の建材である瓦を研究する区画、床や壁などの建材を竹で代用出来ないか研究する区画、そして家の間取りを考える設計の区画だ。
流石に建築技術には詳しくない静子なので、瓦以外の技術的な事は岡部にほぼ任せる形で頼っていた。
つまり岡部が技術的に可能かどうか検証、静子は可能だった場合の規格化を担当している。

「坊主どもの寺にある瓦と形が違うな。あちらは丸い感じだが、こちらはうねるような形じゃ。裏側には何かを引っ掛けるような構造があるが?」

「屋根を見ていただくと分かるかと存じますが、屋根に桟木さんぎと呼ばれる角材を釘で固定しております。これに瓦の爪部分を引っ掛け、更に二箇所を釘で固定するようにしております」

信長が屋根部分へ顔を向けると、静子の説明通り屋根に取り付けられている板の上に、横に張りわたした角材があった。

「しかし何故、研究しているのが民家なのだ」

「民家は家の基礎的な技術を使用します。これを更に発展させれば、橋や城に応用させる事が出来るかと。何事も基礎を疎かにしては、規模を大きく応用を効かせる程に綻びが大きくなり、やがて破綻します」

「基礎が大事、か。良かろう、存分に良い物を作れ」

「承知しました」

その後も静子の説明は続く。木桶蒸留器は稼働中のために近寄るのは危険だった。
中に入っているのは廃糖蜜だ。廃糖蜜は半分を黒糖肥料にし、残り半分の内、発酵させて蒸留させたものを樫の木で作った結樽に半分入れ、残りを蒸留させ結樽に入れて寝かせていた。
前者が酒、後者が消毒用アルコールだ。廃糖蜜はラム酒の原料になるほどアルコールが多く含まれている。

「作るように命じた『あるこーる』とやらは順調か」

「蒸留器があれば、アルコールはさほど難しい精製ではありません。ただ濃度を上げ過ぎると、取り扱いに注意しなければいけませんが……」

「火種を近づけたらすぐに火がつく程度で良い。しかし時間がかかるのなら、通常の戦では使えないな。やはり城攻めで、ここぞという時に使うに留めておく方が良いな」

「……あの、アルコールをどの様にお使いになる予定です……か?」

「知りたいか?」

信長は冷ややかで意地の悪い微笑みを口元に浮かべて尋ねる。
その笑みだけで答えが分かった気になった静子は、首を横にふってそれ以上の会話を拒否する。
攻城戦で使うとなれば答えはひとつ、城を焼き討ちするための材料に使う、だ。
基本的に城は破壊してしまうと再建築に時間がかかる。故に侵略した後に敵の城を再利用する事は多い。
しかし中には『防衛上の理由から破壊しなければならない城』、というのもある。
簡単にいえば敵にとっては都合の良い位置にある城だが、こちら側にとっては都合の悪い位置にある城だ。
そういう城は手早く処分しなければならない。その方法の中で最も良いのが火を放つ事だ。
しかし現代と違い、火を放つのは容易ではない。そして相手も防火対策を行うのは確実だ。だから気化しやすいアルコールを使って、手早く火が回るようにするのだろう。
アルコールのデメリットは燃焼時間が短いという点だが、そこを考慮して信長は何か考えると静子は思っていた。

(放火かぁ……マッチとかあれば便利だろうけど、あれは流石に無理だなぁ)

発火性のある混合物(頭薬)を短い木の軸の先端につけたものがマッチだ。だが化学薬品が必要な上に、正確な混合比を静子は知らない。
ジッポーライターは構造が簡単だが、肝心の火打石が日本では手に入りにくい。結局、マッチやライターは「ないものねだり」なアイテムだった。

「おおよその事は分かった。単位とやらも不便はなさそうだな。だが広めるのはしばし待て」

「はい」

上洛時に単位系を広めるのかなと思った静子は、それ以上の言葉は口にしなかった。

「以上でおおよその事は説明出来たと思います。他に何かご懸念はございますか」

「ふむ……現時点ではない。まだ完成していない『旋盤』とやらが完成した時、もう一度ここに来よう」

「了解しました」

長い間説明続きだったためか、静子はそう言った後、疲れを腹から押し出すかのように長い息を吐いた。






信長の視察から一週間後、静子は部屋で一人ノートを眺めていた。
スマートフォン充電池が劣化してきており、後二年も保てば御の字であり、徐々に使い物にならなくなるだろう。
それまでに必要と思われる情報は引き出そうとしたが、墨と和紙では効率が悪いので、静子は一旦鉛筆と黒歴史ノートに書き写していた。
こちらならスマートフォンが使い物にならなくなった後でも、しばらくは情報を閲覧出来るからだ。
と言っても必要なものの優先順位をつけて、更にその内容を自分なりにまとめる必要があったが。

「さて、こっちのノートは……」

そう言って静子は別のノートを手に取る。それは静子の黒歴史ノートではなく、スポーツバッグの持ち主のノートだ。
あの日、日記帳を読んでから静子はそれとなく「男二人組」についての調査を依頼した。しかし相手の容姿や年齢が分からない。
日記帳の持ち主と行動を共にしている男は更に謎だ。よって情報が少なすぎて探すのは不可能に近い。
尾張・美濃にいるかも怪しいので、今日に至るまで有力な情報を得る事も出来ていない。

せめて日記の男の方は、と思って日記帳を読み直していた静子はある事に違和感を持つ。
彼が農家に渡したであろう羊羹と、その農家から譲り受けた種と苗に見覚えがあったのだ。

(……偶然かなぁ。確か源吉お爺ちゃんから、これに載っている種の一部について頼まれた覚えが……。そして源吉お爺ちゃんの好物も、確か民菜堂の栗羊羹だったし……)

時期も一致していた。村に住む源吉という老人から、日記帳に記載されている種の一部を譲ってくれ、と頼まれたのが八月一一日。そしてそれを渡したのが翌日の一二日。
種を渡した時、源吉は『数日後にある人物へ渡す』と言っていた。日記帳には八月一四日か一五日に受け取ったと記載されている。

(最初は気付かなかったけど、考えれば考える程、爺ちゃんの村に来た人と同じに思えるんだよねぇ。あの村って言っちゃ悪いけど寂れていたし……)

珍しい固定種の作物を育てている以外、あの村にはこれといった名産品も観光になるような場所もない。
だからあの村から人が出て行く事はあっても、訪ねてくる人は親類以外いない。親類なら親類と言うが、源吉は『ある人物』と他人を指し示す言葉で表現した。

「困ったなぁ……あの村出身なら分かるけど、他人なら全く分からないぞ」

ノートを見直してもスポーツバッグの持ち主が、どんな職業についていたかはっきりしない。
公私混同をしない人間なのか、仕事に関する事は何一つ書かれていない。何かを教えていた立場のようだが教師なのか、それとも単に部下教育なのか、それすらもはっきりしない。

「日記から個人特定が出来ない所を見るに、セキュリティ関係の人? それとも探偵とか興信所に関わっている人? うーん……分かんない」

彼女はノートを投げ捨てると床に寝転ぶ。スポーツバッグからも、日記帳からも個人の容姿を特定出来るものがなければお手上げだ。

「この人もそうだけど、そもそもの問題はどうやってタイムスリップしているか、かな」

未だタイムスリップした原因は特定出来てないが、少しだけタイムスリップについて整理することができた。
タイムスリップする前の記憶は、ある程度消えている事。
タイムスリップ時に手に持っている荷物は一緒に飛んでしまう事。
性別や特定職業についている人など、人を選んでタイムスリップしているわけではない事。
また、荷物などがタイムスリップの条件になっている訳ではない事。
「剣」、「鞘」、「刻の落胤」等、それぞれ固有名詞のようなものがある事。
戦国時代にタイムスリップしている人間は、現状分かっているだけで自分を含めて三人。そして今後増えるのかどうかが不明な事。
確証に至れてないものが多いが、ひとまず整理をする事は出来たので、静子は現状を省みて積極的に動く必要はないと判断した。

(予感だけど、これ以上タイムスリップする人が増えるとは思えないなぁ)

漠然とだが静子は自分を含む三人は同時に飛び、そして運命の悪戯のようにバラバラの年に落ちたのかなと思った。
そうでなければ今頃、あちこちにタイムスリップした人が出現するはずだ。

(……あれ?)

うんうんと唸りながらタイムスリップについて考えていた静子だが、ふとした拍子にある仮定を思いついた。
馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう話だが、それなら多少の説明がつくと思う自分がいた事に、彼女は愕然とする。

(いや、まさか……でも……それなら多少の説明が……だけどそんなSF映画みたいな)

顔がこわばっているのを静子は認識する。
頬を叩いたり、頭を振ったりして考えを追い出そうとするが、それに反して頭の中ではますます思いが強くなっていった。
その重圧が限界に達した時、静子は心の中でその思いを吐き出した。

(……わた……しは……タイムスリップしたんじゃ……ない? もしかして、私は誰かのタイムスリップに巻き込まれた……?)
+注意+
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