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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十一年 上洛

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千五百六十八年 二月下旬

蛸の次はイカ(烏賊)、それが終われば魚のシメ方等を教えていく。
小魚はシメても意味はないが、中型から大型の魚はシメておいた方が身が傷まないし管理もしやすい。

「鯵は開き干しにしましょう。内臓を取り、開いて海水にある程度浸けた後、夕方から翌日にかけて一夜干しします」

「へ、へい」

実演しながら静子は漁師たちに干物作りを教える。
そんな彼女から少し離れた所に、静子の馬廻衆の慶次と才蔵、そして長可がいた。

「やれやれ、うちのお姫様は博識だねぇ。どんな師から学んだか、少しばかり気になるぜ」

「織田家相談役だからな、静子様は。しかし若人ながらあれほどの知識、如何様にして身につけたか。某も少々気にはなる」

二人は周囲に気を配りつつ静子の作業を眺めていた。
彼女はプロの漁師ではないし、プロの料理人でもない、干物作りを手際良く行えているとは言い難かった。

「海老も干しますが、殻は捨てないで下さい。それらも一緒に干します。身はそのままですが、殻は後で石臼にかけて粉末状にします」

「へいー」

ある程度固まって作業している人たちの間を、静子は順繰りに移動して指示を出す。
忙しそうなのは誰が見ても分かるが、慶次や才蔵は手伝える事がない。せいぜい後ろについていくだけが関の山だ。
後ろにいても作業の邪魔にしかならないので、彼らは全体を見渡せる位置で静子に注意を払う事にした。

「魚の内臓も洗って干して下さいー。それらは魚肥料に使いますので……あぁ、堆肥生成所を作らないといけませんね。畑の作物は大根やネギ、それからー」

「うーん、もう暫くお姫様の話は続きそうだな」

遠巻きから聞こえてくる静子の話はまだまだ終わりそうになかった。

「ちょっと厠」

そう言うと彼は手をひらひらとふってどこかへ行ってしまった。
四半刻ほどのち、彼は爽やかな面持ちで戻ってきた。だが場を辞した時には帯びていなかった槍を手にしていた。

「遅かったな」

「おお、厠が混んでいたからな。お前も行きたくなった時は、早めを勧めるぞ」

長可の言葉に慶次は軽い雰囲気で答える。
だが反対側にいる才蔵は、難しい顔をしつつボソリと呟いた。

「三人か」

「んにゃ、二人だ」

それだけ言うと慶次は長可の方へ顔を向ける。

「勝蔵ー、お姫様に『そろそろ戻らないといけません』って伝えてきてくれ」

「なんだって俺が……分かった分かった、行くから! その怪しげな笑みを止めろ!?」

不満を口にした長可だが、慶次がニヤニヤと笑いながら絡んでくる姿を見て慌てて距離を取る。
慶次がこういう行動に出る時、たいていろくでもない事を考えている事を勝蔵は知っている。
その身を持って経験したのだから。

「全く……」

文句を口にしながらも長可は静子の元へ向かう。
彼が静子の所へ辿り着いた頃、慶次がおもむろに口を開いた。

「あれは身内の仕業だな。大方、お姫様の手柄が目障りで、何か失態をしないか探していたのだろう」

「どこにもそういう輩はいるものだな」

「上の覚えがいい奴ってのは、どんな奴でもこの手の嫉妬を一度は受けるものさ。ま、間者は始末しておいた」

「暫く注意しておく必要があるな。もしくはわざと話を大きくし、お館様の耳に入れるべきか」

「あー、その場合は間者を放った事に織田の殿様が激昂して、お家取り潰し処分をするのは間違いないな」

違いない、そう呟きつつ才蔵は小さく頷いた。






三月中旬、信長に選別された百姓たちが、彼の指定する村へ移動を開始した。
現代の言葉で言えば引っ越しだ。一つ違うと言えば、自分で決めた土地に住むのではない、という点だ。
代わりに住む家、衣服類、少々の食料が支給される。支度金としてそれなりの現金も併せて支給されるため、すぐに食うに困る状態に陥る事はない。
更に彼らの親族は引越し先で引き合わせるように手配されていた。この一年、彼らの子や親族を呼び寄せようとしたのを強制的に止めていた罪滅ぼしなのだろうか、と静子は思った。

(しかしまさかうちの村からは五〇人が引き抜かれるとは……結局、一年目に戻っただけか、トホホ)

静子の村からは二年目に追加された百姓五〇名と家族全員が引き抜かれた。
村の人数が一気に減るので税収も大幅に減るが、この減収も信長にとっては計算の内なのだろう。

五〇〇人の兵士の話は思いのほか時間がかかっていた。
兵士駐屯所を一緒に作る上に、静子は砂場エリアの作成を依頼したのが原因だった。
五人ほどが走れる長さ二〇〇メートルの砂のレーン。そして一辺が一〇〇メートル四方の大型砂場。
施設に使用する砂の搬入に時間を要し、完成予定は四月中旬以降にずれ込む見込みとなった。
施設完成を急ぐ必要性は無いと判断した静子は予定の延伸を問題と考えていなかった。砂は重量があり、かつ良質な砂となれば時間がかかるのも当然だ。

三月下旬、ようやく尾張国と三河国との間に正式な協定が結ばれる。
二国での大規模な綿花栽培の計画がスタートしたのだ。
その第一回目の話し合いが清州城で行われる事となった。尾張側は静子が筆頭となり、三河国側は忠勝が筆頭となった。

「本日は遠い所からお越し頂き、誠にありがとうございます」

対面にいる忠勝に静子は深々と頭を下げる。しかし忠勝側からの返事がない事を奇妙に思った静子は顔を上げる。
忠勝は困惑、というより戸惑っているように見えた。何かおかしな事があったかな、と思っていた静子に才蔵が耳打ちする。

「(静子様、恐らく三河国側はこの様な席次は初のことなのでしょう。某も意図を図りかねます、出来ますれば皆にご開陳願えますか)」

一同は西洋風円卓の脚を切り詰めた物を中心に据えて、車座を描き尾張方、三河方と分かれて座していた。

「(あ、あぁ……ごめんね)コホン……本日、この様な配置を行ったのは、我々の考えを表明する為でございます」

一つ咳払いをして静子は忠勝の顔を見据えて語る。
彼の真剣な眼差しに心の奥底まで覗かれている気持ちになったが、静子は目を逸らさず言葉を続ける。

「我が主君織田上総介様と、本多平八郎様の主君徳川従五位下三河守様は同盟を結ばれております。同盟とは対等な立場……故にどちらが上座に座るかなど、考える必要はないとの判断でございます」

「……確かに、同盟とは対等のもの。しかし今は静子殿の方が多くの技術を抱えておられるが? それを考えると貴女が上座に座る事に、某は異論を挟まぬ」

「では、まずはその差を無くしましょう」

静子の言葉に眉をひそめる忠勝たち三河国の人間だが、それは尾張側の人間も同様だった。
むしろ静子以外の全員が彼女の発言の意図を汲みとれずにいた。場の困惑を省みず、静子は隣の部屋に控えている小姓たちに合図を送る。
襖が静かに開けられると、そこからお盆を手に持った小姓たちが部屋に入ってくる。小姓たちはお盆を三河、尾張の各人の前に置くと、入ってきた時と同様に、静かに部屋から出て行った。
忠勝は盆に視線を落とす。そこにはそこ厚めの紙束が置かれていた。

「どうぞ、手にとってお読み下さい」

静子はそう言って紙束を読むことを促す。若干の戸惑いを残しつつ忠勝は紙束を手にとって読み始める。

「これは……」

「こちらが知る限りの事を記しております。無論、綿花についてです」

紙束は綿花についての資料だった。
それも静子が知りうる限りの、戦国時代では到底知り得る事が出来ない内容まで記載された、正真正銘この戦国時代で最も綿花に詳しい冊子だ。
しかし問題があった。余りに詳細過ぎて三河側はもちろん、尾張側の誰もが内容を理解出来なかった。
忠勝は目を丸くしており、康政や正重は絶句する他なかった。他の三河国の人間も皆書類を手に固まっていた。

尾張陣営も静子が何を考えているのか全く分からなかった。
もし信長の『静子の好きにさせろ』という命令がなければ全員で彼女を無理やり退出させ、真意を問いただしていただろう。

(あー……ちょっとばかし……詳しく書きすぎたかな? うーん、本の内容をそのまま書き写しただけなんだけど……失敗した。単に知識を統一するつもりだったけど……)

両陣営の様々な感情の篭った視線を受け、作戦が失敗した事を理解した静子は乾いた笑みを浮かべる。

「……静子殿、一つ尋ねてもよろしいか?」

これからどう挽回しようかと静子が考えていると、三河側にいる頭巾を被った人物が発言した。

「失礼。某は身体を患っており、皆様に感染うつしてはならぬと思い、こうして頭巾をしております。どうかご容赦願いたい」

「構いません。それで、どの様なご質問でございましょうか」

「学のない拙者でも分かります。この紙には非常に詳細な内容が記載されている。失礼を承知の上で申し上げますが、先に手の内を晒す姿勢に疑念を抱きます。そのような情報を惜しげも無く、我々に提供出来る貴女様に」

戦国時代は現代のように情報が溢れた社会ではない。職人たちは己の秘匿技術が外へ漏れる事を常に警戒していた。
それが当たり前で常識だ。静子のように同盟相手に惜しげも無く情報を無償提供をする者はいない。
偽の情報を混ぜて肝心の部分を隠すつもりか、と三河陣営は考えたが、それにしては内容が濃すぎた。

「……この日ノ本に火縄銃が伝来して何年経っていると思われますか?」

「は、いえ……申し訳ありません。拙者は存じませぬ」

「天文十二年八月二十五日(1543年9月23日)……今からおよそ二十四年前の事です」

瞬間、三河陣営はざわつき出す。
火縄銃と言えば戦争における兵器の一つとして、確固たる地位を築いている。
その火縄銃が伝来して僅か二十四年しか経っていないという事に、彼らは驚きを隠せなかった。

「僅か二十四年で日ノ本に広まった理由、それは短期間の内に、複数の人間の手によって鉄砲製造技術が拡散したから、と私は考えています。ただ鉄砲と違い綿花は軍事に絡みにくい品物です。ですから、日ノ本中に広まるのは時間がかかると思われます」

「……なるほど、それで同盟国である三河国と共同栽培を行おう、とお考えになられたのですね。しかしそれでは疑問が一つ残ります」

「疑問? 何でしょうか」

頭巾を被った男は一呼吸置いた後、静子を見据えてこう言った。

「貴女方の利点が何なのか分かりませぬ。この資料を読む限り、綿花から出来る木綿は絹や麻と同等の地位を築く事が出来ると思われます。ならばまずは自国で生産というのが筋でしょう。そこを飛ばしていきなり我が国と共同栽培をする、という所が疑問です」

「……理由は幾つかあります。一つは一揆対策、一つは子供の死亡数を減らす事、一つは栽培に広大な土地が必要な事が理由です」

「差し支えなければ詳細をご教示願いたい」

「まず栽培に広大な土地が必要なのは、そのまま言葉通りです。衣類に使うのですから当然と言えば当然です」

「……」

「次に子供の死亡数を下げる事ですが、木綿で作られた衣類は夏に涼しく、冬に温かく過ごせる利点があります。人が戦以外で死ぬ時、主な原因として上げられるのが飢え、疫病、寒さです。その内、もっとも身近な『寒さ』は木綿から作られる衣類を大量生産すれば、体を守る事が出来ます」

古今東西、寒さによる人の死は当然のように起きていた。特に抵抗力の弱い赤子や幼児が、疫病や寒さによって毎年多数亡くなっていた。
大寒波が発生したために難民キャンプにいた子供たち三十名が、その日の内に全員死亡したという痛ましい話もある。
寒さで死ぬのは民間人だけでない。日露戦争前に耐寒訓練で軍人二百名が死亡し、日露戦争時に二千人以上が凍死して亡くなっている。
それほど『寒さ』とは身近に感じる自然現象の中でも確たる脅威なのだ。

「最後に一揆対策ですが……人は衣食住という物質的な不自由がなくなって、始めて礼節に心を向ける余裕が生まれます。その状態を維持し、安定させれば人は一揆など起こさなくなります」

「何故、そのようにお考えになられた」

「失いたくないからです。家を、着るものを、食べるものを……それらを捨ててまで一揆など馬鹿らしい、と考えるようになります。それより穏便な形でお上と話し合いの方が、ずっと建設的だと考えるでしょう。まぁ百姓を必要以上に追い詰めたりすれば、この限りではありませんが」

劣悪な労働環境でも一種のヒエラルキー階級制と秩序が出来上がっていれば、人は驚くほど従順になり劣悪な環境をも受け入れてしまう。
特に日本人は一度安定した環境を手に入れると、そこから中々変化しようとしない性質がある。

「百姓たちに衣食住を与える事こそが、最も確実な方法なのです。最も難しい方法でもありますが」

「(……悪い算段をしている目ではないな)なるほど……貴女の目論見は一揆対策に、木綿の大量生産が行える環境を作る事、なのですね。よく分かりました。ありがとうございます」

静子の言葉に頭巾の男は含みのある言葉を口にした。






結局、静子が情報を小出しではなく一度に出した為、三河側が警戒心を強めてしまい、打ち合わせは大した進展なく終わった。
それでも栽培作業は継続して進めていく事で合意し、両陣営から人が派遣され、集落が作られていく。
下手に動くと余計事態を悪化させると考えた静子は、それ以降は表立った動きを見せず、粛々と作業を進めていった。
第一印象が問題だった為に、三河陣営は静子に対して警戒心を持っていた。そんな中でも忠勝は変わらず、静子から握り飯やいぶり漬けを貰っては喜んでいた。
康政や正重は呆れつつ、その図太い神経に悪い意味で驚嘆した。
そんな一部だけ脳天気だが大部分がピリピリした状態の中、綿花の共同栽培は行われる。

それから少し経って三月下旬、静子は小屋からあるものを取り出していた。
それは非常に臭いがきついものだった。厚手の布で鼻や口を覆っているのに、それでも異臭を感じるほどだ。

(うへー、とっとと終わらせよう。これで三年間の成否が分かるんだから、気合い入れないと)

異臭の山から材料をある程度かき集めた後、静子は数日かけてそれに含まれるものを抽出する。
抽出が終わった日の昼ごろ、森可成が彼女の元を訪れる。

「例のものが完成したとの報告を受けた。生憎とお館様はお時間が取れず、代わりに私が立ち会う事となった」

「調合は間違いないと思いますが……何分こればかりは初めての試みでして」

「はっはっはっ、まぁ失敗した時は……お館様の拳骨は覚悟しておくように」

静子の言葉に森可成は人の良い笑みで笑う。反対に静子は気が気でなかった。
胃の辺りを手で押さえつつ調合の完成を待つ。

(う、うーー……流石に『硝石』の調合は初だし……成功してて欲しいなぁー)

彼女が三年の月日をかけて大事に育てた硝石山。傍目には異臭漂う単なるゴミ山だが、特定の手順に従って作業すれば『硝石』が採取出来る。
本来は四年から五年かけるのだが、採取自体は三年目から可能だ。ただし理論上は、という前置きがつくが。
そして硝石を調合して出来るのが『黒色火薬』である。もしも硝石が自前で用意出来るようになれば、織田軍は他国の軍より優位に立てる。
その辺りの事情もあり、本来は信長本人が確認しに来る予定だったが、近江方面で用事があり無理となった。
そこで彼の右腕ともいうべき森可成が訪れる事となったのだ。

暫くして黒色火薬の調合が完了し、火縄銃を持った足軽が五人ほど森可成の前に並んだ。
彼らは深々と頭を下げた後、予め決められていたのか手際良く一列に並ぶ。火縄銃の発射は熟練者でも三〇秒近く、通常は一分近くかかる。
そして一分後、射撃体勢が整った一人の足軽が引き金を引く。瞬間、火縄銃から鉛球が轟音を立てて飛んだ。
静子の硝石調合が成功した証拠だった。それがまぐれではない事を証明するかの如く、火縄銃が次々と火を噴く。
合計で二〇発の弾が撃たれたが、一発も不発が起きる事なく全て撃ち切った。

「成功だな」

満足気に頷く森可成を見て、静子はようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに大きく息を吐いた。






四月上旬、静子は田畑の仕事に精を出す。否、昨年以上に田畑の仕事に専念していた。
今まで数多くの仕事を受け持っていた静子だが、ここに来て急に百姓仕事一本になったのは理由がある。

静子は少し前に数年かけて生成した硝石を献上した。その量、実に二〇〇キロというのだから驚きに値する。
火縄銃を用いての射撃に使用する火薬の量は三グラムから五グラムだ。僅かな火薬量にも関わらず一発当たりの費用は現代価格で六〇〇円もかかる。
黒色火薬は硝石(酸化剤)と硫黄・木炭(可燃物)の混合物で出来ている。その内の硝石が日本で採取出来ないため南蛮からの輸入に頼る他なく、輸送費用等の上乗せが嵩み高額になるのだ。
火薬生産の要とも言える硝石を自分たちで賄えるようになった意義はとてつもなく大きい。硝石を調達するための費用や重要軍需物資を外部依存する危険性を下げることになり、かつ潤沢な弾薬を使用し実地訓練を積むことによる練度向上が見込めるのだ。

更に彼女は塩の増産にも成功した。今までの方式(入浜式塩田製塩)よりも数倍の効率が見込める上に、熟練の職人を不要とする手順が高評価だ。
従来の入浜式塩田は簡単そうに見えて、非常に重労働であり、人手もかかるし熟練の技を必要とする。
「潮汲み三年、潮撒き十年」という言葉があるように、海水を汲み上げて塩田へ均一に撒くには熟練した技が必要だ。
それに対して流下式塩田は人が担っていた重労働を、太陽熱と風で代用する方式だ。濃い塩水(かん水)を採る作業(採かん)は、ひたすら海水を流下させて太陽熱と風によって乾燥させるだけだ。
適切な設計がされた設備があれば、年間を通して採かんをする事が可能となった。海水を均一にまく事も、重い砂を運ぶ必要もなくなり、職人たちは重労働から開放された。
効率的な塩の生産方式を証明するかの如く、静子は硝石と一緒に大量の塩を合わせて献上した。

膨大な量の人工硝石の生産に成功した事。一ヶ月程度のサイクルで塩の生産が行える事。またその量が従来の塩田を圧倒出来ること。
塩と硝石という重要な軍需物資を献上し、更にそれがこれから定期的に生産出来る環境を構築した静子の功績は大きい。
信長が『何でも望みの褒美を与える』と上機嫌で言うのも当然だ。それに対して静子はこう言った。

「広い土地と……それから百姓仕事をする時間を下さい」

この申し出に信長を含む配下全員の意識が空転したのは言うまでもない。何でも望みの褒美を与えると言ったら、まさかの百姓仕事をする時間をくれ、なのだ。
金も名誉も何もかもすっ飛ばして、それが最初に出てくる事に全員が静子の真意を理解出来なかった。
話を聞こうと考えた信長は、普段より何倍も優しい声で静子に真意を尋ねる。
それによると、どうやらここ最近の仕事量にフラストレーションが溜まりに溜まっていた模様。
そのフラストレーションを開放する手段が『無心で畑仕事をする』という内容だ。これが今まで生きてきた中で静子が見つけた解決策だった。
だが現状、百姓仕事より別の仕事を任せられている状態である。これでは余計フラストレーションが溜まる一方だ。
だからここいらですっきりする為にも、百姓仕事に専念する環境が欲しかったのだ。
全てを聞いた信長はバツの悪そうな顔でこう言った。

「……済まぬ」

そして話は冒頭に戻る。
今、彼女は急ぎの仕事は別だが後でも問題ない仕事からは外され、思う存分百姓仕事を満喫していた。
泥と汗まみれな彼女だが、その顔は今まで見たことがないほど満ち足りた顔をしている。

「輝いているな」

「輝いていますな」

「輝いているな」

そんな静子を遠巻きに眺める慶次、才蔵、長可の三人。

「輝きすぎだと思うが」

「静子殿は我々と違う感性の持ち主ですからね」

「単に暇を貰うだけでも良かった気がするのは、わしの気のせいかな」

そして色んな思惑の元、静子を遠巻きにみる秀吉、竹中半兵衛、森可成の三人だ。
だが彼女は彼らを一顧だにせず作業に没頭する。

静子は自分専用の広い農地を数日の内に耕し尽くしていた。そして土作り、種植えなど作業を次々とこなしていく。
現代から持ち込まれた二種の米も栽培を始めたが種が少なく、両方合わせて4haほどの量しかない。
添付されていた証明書やメモの内容を読む限り、片方は尾張などの中部地方限定だがいもち病に強く、収穫が有機栽培でありながら農薬栽培ほどの量が見込めるともほなみ系列の品種。
もう片方は難しい漢字を使っている上にルビ振りがない為、静子も読めなかったが非常に病気に強く、また寒い地方や暑い地方でも問題なく栽培出来る品種のようだ。
収穫量も豊作時のコシヒカリの七割程度と優れているのだが、欠点として食味が二級品のブランドにも劣るレベル、と記載がある。
要するに他の品種が不作だった時など、最悪の場合に備えて栽培しましょう、という品種だ。
だが静子はともほなみよりも名前が分からない稲の方を喜んだ。

ともほなみは食味がコシヒカリに匹敵するレベルだが、栽培地域が限定されており量産は難しい。
しかしどの地方でも栽培が出来る品種は、北は北海道から南は鹿児島までどんと来いが出来る。

そもそも寒冷地での稲作は困難が伴う。
中国より渡来した占城(チャンパ)稲を作付けし降水量の少ない地域でも稲作を可能とした例はある。
この品種は現在のベトナム南部チャンパ地方を原産地とする長粒種の米である。虫害や日照りに強いが寒さには滅法弱い。
伝来元の中国でも食文化は「北麺南飯ペイメンナンファン」とされ、寒さの厳しい北部では小麦を加工した麺食を、温暖な南部では米食が主流である。

日本の米でも寒さに強い稲は少ない。寒冷な東北地方でも稲作は行われていたものの、太平洋側はやませに悩まされ、冷害による甚大な被害を受け続けてきた。
平和になった江戸時代からは北海道渡島半島でも稲作は行われたが、その規模は微々たるものだ。
北海道で大規模な稲作が出来るようになったのは明治時代以降だ。寒冷地で稲作が可能な稲を開発するため、多くの技術開発が行われたからだ。

耐寒性がある稲を開発した人々には申し訳ないが、これを量産する事で失わずに済む命があるのなら、静子は簒奪者の汚名をこうむる事もいとわない。

「……ん? 静子殿が腰に下げている竹筒、少し奇妙な形をしておりませぬか?」

遠巻きに静子を眺めていた竹中半兵衛が、彼女の腰にぶら下がっている竹筒を見て首を傾げる。
外見から水などの液体を入れるものと分かるのだが、それにしては妙な形をしていた。

「ああ、あれは静っちが木工職人に作らせた『水筒』だってよ。ほら、俺も貰ったがこういう感じで口にするんだ」

竹中半兵衛の疑問に慶次が腰に下げていた同じものを見せた後、竹水筒の上部分を手で回した。
なんてことはない、現代で言うケータイマグを竹で作っただけだ。勿論、現代品のように真空断熱機能がないので、保冷・保温効力はすこぶる悪い。
ひょうたんを使う方が遥かに簡単だが、この竹水筒は飲む前に中の液体を確認出来る事が大きい。
衛生面もメンテナンスもこちらの方がずっと高い。欠点は加工に時間を要し、一つ当たりの完成品を作り上げるまでの時間が通常の竹水筒よりかかる事と、素材を厳選する必要がある。
具体的に言うと竹の材齢で最も強度が高くなる四年から五年もの、そして含水量が最も低くなる九月から十一月に伐採したものが必要だ。
勿論、二年ものや三年もの、秋季以外で伐採したものでも作成可能だ。厳選する理由は、単に長期間の使用や荒っぽい使い方にも耐えう強度を持たせるためだ。
静子の竹水筒は実用試験用の最終リリース版で三年ものの竹で作っているが、一週間百姓仕事の時にぶら下げていても特に破損する事はなかった。
戦など激しい環境ではどうなるか未検証ではあるが。

「ひょうたんで問題ない気もするが、これはこれで利点がありそうですな。一番の利点は中に何が入っているのか確認できる事と……ひょうたんと違って別のものも入れる事が可能ですね」

気になった竹中半兵衛は慶次から竹水筒を受け取り、どの様な構造か検分する。
口径が大きいために短時間で水を入れる事が可能なのと、液体以外にも握り飯などを入れる事が可能だと思った。
反面、接合部の加工に手間がかかっているため量産が難しいと感じた。

「蓋に当たる部分の加工が難しいそうですね」

「らしいね。だから『旋盤』って道具を作ろうとしているらしい。かなりの人数を投入しているから、相当大きくて複雑なものだろうな。他にも『身長測定器』とか『体重測定器』とか、色々と謎なものを作ろうとしているよ。『木桶蒸留器』とかは完成していて、それを使って何か作ろうとしているけども」

「ふむ……何やら大掛かりなからくり道具のようですね。しかし身長や体重とは……初めて耳にする響きです」

「静っち曰く『技術や道具はいずれ他国にも知れ渡る。しかしこれ・・は真似をしようとも、遅効性なので効果が出るのに時間がかかる』だったな。確か……『全国民栄養改善計画』だったかな?」

国民の栄養状態の問題が解決されたのは1975年(昭和50年)頃の事で、それまで国民は常に栄養失調状態だった。
特に二大国民病と言われたのが結核と脚気かっけだ。
結核は別だが脚気が流行った理由は、ビタミンB1を含まない白米だけを食べ、副食を十分に取らなかった為と言われている。
余談だが江戸時代に白米主食文化の江戸で、うどんより蕎麦が流行った背景に脚気が影響している。これは蕎麦を食べれば脚気の予防、または脚気の治療に使える事を経験則として知っていたからだ。
科学的に言えば、脚気はビタミンB1の欠乏によって発症する疾患なので、ビタミンB1を多く含む蕎麦を食べればビタミンB1不足が解消するからだ。

ビタミン欠乏症は恐ろしい疾患を発症する。
ビタミンAなら夜盲症。
ビタミンB1なら脚気、ウェルニッケ脳症、高ピルビン酸血症。B2なら口内炎や脂漏性皮膚炎。B6なら貧血、舌炎。B12なら末梢神経炎、亜急性連合脊髄変性症。
ビタミンCなら壊血病。ビタミンDなら骨軟化症。ビタミンEなら歩行不調と枚挙に遑がない。
誰でもビタミン欠乏症になる所がこの病気群の恐ろしい所である。

「『全国民栄養改善計画』か。相変わらず何を考えているか分からぬな」

「そうですな木下殿。彼女の見据えている先は、我々には理解出来ぬものばかりだ」

そう言う森可成と秀吉だが、口元には小さな笑みを浮かべていた。

(米や大豆などの軍需物資を大量生産した。少し前に黒色火薬の原料である硝石を自前で生産した。かつてない速度で織田家の領土は進化し続けている)

静子へ顔を向けた竹中半兵衛は、含み笑みを浮かべつつ心の中でこう呟いた。

(天下布武も単なる夢で終わらない気がしてきました)
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