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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十年 天下布武

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千五百六十七年 四月中旬

その日は朝から快晴で、まさに絶好の合戦日和だ。
もはや恒例行事となっている早朝からの凡戦は中止にせず、今まで通り行った。
だから斎藤側の兵士たちも、いつも通り同じ事が繰り返されると思った。
もはや気力だけで体を動かしている彼らだが、まもなくその気力を支える心は折られる。

永禄一〇年(一五六七年)四月一四日の午前九時半、遂に織田軍は稲葉山城に対して総攻撃を仕掛けた。

「おおおおおおおおお〜〜〜〜〜っ!!!」

先陣を切るは織田家家臣随一の武闘派、森可成。
彼の猛獣の咆哮の如き雄叫びは、斉藤側の兵士たちが思わず足をすくませるほどであった。
その後ろに森可成の家臣や兵士たちが続く。

戦況が理解出来ない斉藤側の兵士たちだが、すぐに自分たちの所が激戦区になったと考え、いつものように他所からの援軍を要請した。
だが返ってきた言葉は『織田軍の猛攻を受けており、当方に援軍を送る余裕なし』だった。

「遠慮はいらん! 今までの鬱憤を連中に叩きつけろ!」

「兵ども! 他の連中に遅れをとるな! 目の前の敵を斬って斬って斬りまくれ!」

各武将たちの檄に呼応して織田軍の士気が爆発的に上がる。
その熱量は金華山を覆い尽くさんばかりだった。末端の兵士すら気炎を吐いて猛っている状態を見て、斉藤側の兵士たちはようやく理解する。
織田軍は全軍全力の総攻撃を仕掛けてきたのだと。

城主に伝令を飛ばせ、と『誰か』が言った。
だが度重なる戦で疲労が蓄積し、更に総攻撃を受けている状態だった為、兵士の殆どは頭がまともに働いていなかった。
その命令は『誰』が『誰』に向けて言ったのか分からず、そして疑問に思わず、彼らはただ押し寄せてくる織田軍と戦い続けた。
きっと『誰か』が伝令になってくれる、と考える事すら止めているかのように。
その兵士たちの疲労による些細なミスが、斉藤龍興にとって致命的な一撃となった。

一方、織田軍総攻撃の混乱に乗じて、秀吉は稲葉山城の裏谷にある瑞琉寺山の間道に分け入っていた。
彼が従えたのは蜂須賀小六や山麓の猟師堀尾茂助など僅か七名だ。
岩戸口から稲葉山城に侵入した秀吉は周囲を警戒したが、まだ総攻撃の報が届いていないのか城の中は戦時特有の慌ただしさはあるものの平常通りであった。
これ幸いとばかりに秀吉は更に奥へ侵入し、城兵を斬り伏せて薪小屋に火を放った。
そして倒した城兵の槍の穂先に腰から下げていた瓢箪を巻きつけると、それを片手に大きな岩(天狗岩)に登った。

「えいえいおう!! えいえいおう!! えいえいおうううう〜〜〜〜〜っ!!」

秀吉は正面大手門側にいる織田軍に聞こえるように、見えるように瓢箪つきの槍を振り回しながら大きな声で勝鬨を上げた。

時間の差はあれど、秀吉の勝鬨は両陣営の人間に伝わった。
当然、その反応は対極のものであった。
織田軍は秀吉が奇襲を行い成功したと考え更に攻撃の手を強めたが、斎藤軍は城が落ちたと勘違いして完全に瓦解してしまった。
体を支えていた心が砕け散った斉藤軍は、武器を地面へ落とし、膝を屈して肩を落とした。
目の前を織田軍が通りすぎても、落とした肩を上げる者は誰もいなかった。

薪小屋に火を放たれ、正面大手門が陥落してようやく龍興と重臣たちは現状を知った。
彼らは織田軍が六日間も成果を上げていない状況に、すっかり油断しきっていた。
今回も彼らは城を落とす事など出来ないと。しかしそうでは無かった事を、彼らはようやく理解した。
しかし既に時遅し。搦手口側からは秀吉たちが奇襲を仕掛け、正面大手門側からは織田軍が雪崩れ込む状況だった。
落城一歩手前の龍興に抗う術は一つもない。
彼が選べる選択肢は二つだ。降伏か、自決のどちらかである。

龍興の決断は早かった。
我が身かわいさに命を惜しんだ彼は織田軍と刃を交える事なく早々に降伏を選んだ。
その決断に腹を決めた家臣たちだったが、龍興と彼の腰巾着や太鼓持ちと揶揄される家臣だけは違った。

龍興は降伏を伝える使者を送った後、身なりを整えると言って席を外した。
勿論、これは大嘘で彼は手に持てる財産を急いでかき集め、一兵卒のような格好に着替えると城から抜けだした。
彼はこう思っていた。降伏したら何を言おうと必ず晒し首にされる、と。
つまり彼は保身のために美濃の統治者としての責任を投げ出したのだ。
それは彼の取り巻きたちも同様の考えで、彼らも持てるだけの財産を手に龍興と共に逃亡した。
取り残された家臣たちがその事に気付いたのは、彼らが金華山を下り、城下の長良川を船で下ってかなり経った頃だった。
結局、幾人もの家臣から行状を改めるよう言われても、最後まで省みることのなかった龍興だった。






龍興の降伏を受け入れた信長だが、そこからの先は電光石火、かつ乱世では異例の行動を取った。
こういう時、城内では勝者による乱暴狼藉が世の常だが、信長は側近を含む兵士全員にそれを禁じ、違反する者は誰であれ斬首すると厳命した。
それは厳格に守られ、婦女暴行を行った上級足軽五人が口上も許されず斬首された。

次に信長は生き残っている美濃の兵士たちを全員武装解除させた後、下山させた。
彼にとって尾張兵の弱さを補える美濃兵は、喉から手が出るほど欲しかった。
兵士を下山させた後は、女や子供、老人などの補助戦闘員か非戦闘員を下山させた。
最後に城内に残っている武具類を全て運び出させた後、ようやく信長は稲葉山城へ入城した。

入城してすぐ龍興が逃げたという報告を受けた信長だが、彼は一笑するだけでそれ以上は何も語らなかった。
少し前まで龍興がいたであろう部屋へ行くと、緊張の面持ちをしている斉藤家家臣たちがいた。
皆、白装束だった。

「敵ながらおぬしたちの戦い、まことに見事であった」

その言葉に斉藤家家臣たちは、意味が分からず呆然としていた。
信長はそれを無視して更に言葉を続ける。

「だが腹を切る前に貴様たちに問おう。自らの命をわしに差し出す気概があるのなら、生きた屍となりてわしに仕えよ。だがわしは強要せぬ。あくまで主君に忠義を貫くか、わしに仕えるかは貴様たちが決めろ」

最後に彼らを一瞥した後、信長は静かにその場を後にした。
続いて主要な織田家家臣たちも席を立ち、残されたのは彼らの監視をする兵士だけだ。
信長の言葉に彼らは動揺を隠せなかった。何しろ前例のない態度だ。信長の目的は何なのか、それが分からず彼らは未知のものに遭遇したような恐怖を味わった。
しかし時間が経ち状況が呑み込めてくると、彼らは冷静さを取り戻した。
その上でもう一度熟考した末にようやく理解した。

信長は負けた自分たちにも花を持たせてくれたのだと。

その事を侮辱と取るか、温情と取るか、それとも別の何かと捉えたか、受け取り方は様々だった。
だから彼らの行動も様々だった。ある者は信長を見返すと心に決め美濃を去った。
ある者は斉藤家への忠義のため自害し果てた。ある者は信長に興味を持ち、仕える事にした。
ただ一つ共通していたのは誰も龍興の為に動こうとはしない事だ。
忠義の為に自害した者も、死した後も仕えようと考えた相手は斉藤義龍だった。

信長の最後の一撃で、彼らの心は龍興から完全に離れた。
今後、龍興が接触を図ろうとも一顧だにされないであろう。
もはや龍興恐るるに足らず、と思った信長は長良川を下っている龍興の捜索すらしなかった。

斎藤義龍が世を去って六年、信長は遂に念願の美濃を手中に収めた。






事後処理を家臣たちに任せ、居城である小牧山城へ戻ろうとした時、信長のもとに朗報が届けられる。
奇妙丸が快癒した、という朗報が。それは静子が奇妙丸を診てから数日しか経っていなかった。
だが信長はさして驚かなかった。こうなる事が当然の結果だと彼は思っていたから。

(病にも強いとなると、奴の素性を気にする輩が出るだろうが……それは当面、公家の生まれとしておこう。公家の装束を身に纏っても、公家らしさも気品も今一つ出ない可能性があるが)

見かけ倒しにならないか、と一抹の不安を感じつつも信長は、小牧山城へ戻ったら公家の装束を手配しようと考えた。
最悪の場合、作法などを叩き込む必要が出てくるが、当然一朝一夕に身につくものではなし、おいおい進めれば良いと考えた。

そんな評価を受けているとは露知らず静子は、奇妙丸の屋敷に通い詰めていた。

「んー」

理由は奇妙丸の屋敷にある書物だった。
奇妙丸の教育の為か、それとも信長が集めた書物を保管しているのか、ともかく奇妙丸の屋敷には何百という蔵書があった。
彼女はそれを黙々と読んでいた。だが、いつも同じ場所で読んでいるせいか、彼女の周りには読み終えた書が山のように積まれていた。

「暇じゃ」

「奇妙丸様も静子様を見習って、少しは書をお読みになられては如何ですか」

頬杖をついて無聊の不満を口にする奇妙丸だが、教育係から痛いところを突かれて沈黙する。
そもそも静子が本の虫になったのは、奇妙丸の咳病が治りかけた頃に教育係が勉学用の書物を持ってきたせいなのだが。

「なぁ静子。俺は退屈なんだが?」

「んー」

「世界の偉人の話をしてくれる約束は?」

「んー」

「……お前、絶対俺の話聞いてないだろ!」

「んー」

駄目だこれは、と言いたげに奇妙丸は肩をすくめる。
その時、部屋の外から足音が聞こえた。奇妙丸と教育係が何事かと思っているとドカドカと荒々しい足音とともに、襖が勢い良く開かれた。

「本の虫状態というのはまことのようじゃな」

開かれた襖の向こうにいた人物は、唖然とする奇妙丸たちを無視して静子に近寄ると、拳を軽く握って彼女の頭に振り下ろした。
鈍い音とともに奇妙丸の部屋に、潰れたカエルのような苦鳴が漏れた。






奇妙丸の咳病は静子の献身的かつ効果的な看病により完治した。
しかし殆ど付きっきりだったために彼女は家を空けがちだった。幸いにも代一や金造たちがサポートしてくれた為、農作業については問題がなかった。
だが彼女が家を長期間に渡って空ける事を待ち望んでいた人物がいた。

(オオカミたちもいない……と)

彩である。彼女は厳重に封がされた木箱が気になって仕方がなかった。
普段はヴィットマンたちがいるのだが、静子が留守がちとなってからは部屋に留まらず、もっぱら玄関前で待機する事が多くなった。
千載一遇の好機だ、と彼女は思った。ただやはりと言うか封自体は手で外せずにいた。
それは封自体が硬いのもあるが、それ以上にパズルのように複雑な組み合わせが施されているためだ。
やはり無理かと彼女が諦めかけたその時、彩は木箱の横に別の小箱がある事に気付いた。

(こんな箱は今まで見たことがない……もしかしてこの封の施された木箱の中身では?)

いつオオカミが部屋にくるか分からない以上、彩はその木箱の出処を考える余裕はなかった。
小さな木箱を手に取る。こちらは厳重な封などされておらず、簡単に開ける事が出来た。
彩は一度だけ部屋の入口を見る。オオカミたちの気配がない事を確認した後、彼女はそっと蓋を開けた。

中に入っていたのは何冊かのノートだった。ただし、彩にはノートが何なのか分からない。
彼女にとっては未知のモノである、豊かな光沢と滑らかな肌触りのノートを、彩は指先で撫でるように触れる。
もしも彼女がシルクを知っていたら、手触りはシルクのような感じと評しただろう。

少しだけ逡巡した彩だが、意を決してノートを手に取って開く。
なお、この時の彼女は動揺していて気付いていなかったが、ノートのタイトルは『戦国時代と現代科学技術の考察』と書かれていた。
つまり『もしも自分が戦国時代にタイムスリップしたら、こんな事やあんな事をしてみたい』という、静子の想像(妄想という名の黒歴史)が書き綴られている。
だから彩が読んだ事を静子が知ったら、彼女は盛大に頭を抱えてのたうち回るだろう。
だがこのメモ帳の内容が濃いお陰で、静子は今も戦国時代を生きていられているのだから皮肉といえば皮肉である。

(……な、何書いているか分からない)

しかし問題が一つあった。
戦国時代の墨と筆で書かれた文字と、現代の鉛筆で書かれた文字は、同じ日本語でありながら見た目は全然違うものなのだ。
静子のように戦国時代の文字と現代の文字の両方を読み書き出来る人間でなければ、ノートの内容を読み解く事は出来ない。
つまり彩には静子の黒歴史ノートに何が書かれているのか殆ど分からないのだ。

そもそも彩自身、報告に必要なだけしか読み書きを学習していないという原因もあるが。
だが彩でも読める部分があった。
本人の性格なのか、静子の黒歴史ノートには文字だけでなく写真やイラストなどの絵が貼り付けられていた。

『大収穫の場合、米の保存は俵では間に合わない。木製サイロを作る必要がある。サイロとは米、小麦、とうもろこし、大豆などの農作物。家畜の飼料を貯蔵・収蔵する倉庫の事である。サイロの利点はもみのまま米を長期保存出来る点である。設計図は木製だがスマートフォンに保存』

その絵付近に、鉛筆で書かれた静子のメモがあった。だが彩にはひらがな、カタカナ、漢字の混在文は何が書かれているか読み解けなかった。

(何となくだけど……貯蔵庫? でもこの絵……まるで風景を切り取ったみたい……何なのこれ……いけない、時間が押してるし次を見よう)

ひとまず直感的に理解出来る絵を探そうと思い、彩はノートのページをめくる。

『塩の生産は流下式塩田を採用。響子姉ちゃん曰く、塩は梅干し、味噌、醤油を作る上で必須調味料だから、天下統一するには塩を量産出来るかどうかにかかっている。塩の歴史に関する蔵書を図書館で読んだが納得。イオン交換膜製塩法が出来ればいいが、時代的に難しいだろう』

(塩……? この棒が並んでいる絵は何? うーん、分からない……次)

『ネットでワンクリック入手出来るような兵法書も仕入れておくか。孫子の兵法書は原文だと五〇円だから安い。南蛮貿易はポルトガルとスペインだったから、それらの辞書や簡単なレッスン本も購入しておくか。多分、会話なんて無理だろうけど……』

(み、ミミズがのたくったような文字だらけ……南蛮語? 次)

『味噌と醤油の生産のため、大豆を大量生産する必要がある。確か爺ちゃんが10a500キロ生産出来るスペシャル農法を考案した、と言っていたが……今度聞いてみるか。特に醤油は必須だ。醤油がないなんて考えられない。大事なので何度でも言う。醤油は日本人にとって魂の調味料だ』

(……次)

『今日は響子姉ちゃんと鉄砲について話し合った。やはり火縄銃を一気に進化させるような方法はないとの事。何しろ材料が足りなさすぎる。響子姉ちゃんはオーストラリアに行ってボーキサイトを手に入れろというが……アルミの製法って難しいんじゃ』

(姉……? 静子様、姉妹がいらっしゃるのかしら……読めない……次)

『近所で工事があったが、見ていて思った。コンクリートって使えるんじゃね? と。帰って調べてみると、材料は大した事はない。海水を使ったコンクリートもあるらしい。製法についてはいつものようにスマートフォンに保存。鉄筋入りが無理だから竹筋コンクリートかな? 道路舗装工事はマカダム舗装一択。基礎的な事はネットで拾えるからラクチン』

(何この黄色い板だらけの物……でも色鮮やかで綺麗……)

彩は一旦息を吐く。予想以上に頭を酷使していたようで、どことなく肩が重かった。
気を引き締めてノートの続きを読む。一つ一つ読み解いていくのに時間がかかる事を理解した彩は、まずは流し読みをしようと考えた。

『昔作っていた動力源が水車の自動繰糸機に関する資料が出てきた。懐かしいなぁ……お爺ちゃんや近所の養蚕家の人とよく話し合ったっけ。金属を避けてた私を不思議がってたけど……最終的には金属に頼らざるをえない状況になった。でもまぁ……出来たのは出来たけどそこそこの性能だったなぁ。そして夏休みの自由研究として出したら、先生ドン引きしたっけ……』

『岐阜を盛り上げるためには、やはり人が集まらないといけない。それにはどうするべきか……一つは交通網の整備、一つは物流の確立、一つは銀行……って多いな。ひとまず纏めてみよう……』

『愚痴:授業中に見直してたら先生に見つかった。没収されかけたが、中身を見た先生はため息一つ吐いた後に返してきた。悪かったな、所詮子供の妄想メモ帳だよ!!』

意味の分からない文字が並んでいるが、彩はそれらを無視してページをめくる。

『麻はシュリヒテン剥皮機がいいな。絹も自前の自動繰糸機が使える。とくれば次はコットンか。しかしコットンは三河国だったな。何とかして種子を手に入れる必要がある。製糸は絹のを少し改良すればいいか。絹は京、麻と木綿は半分を自国で消費して、半分を他国へ輸出かな』

『薩摩芋は手早く広める必要がある。知れ渡った所で困る作物ではないし。何より広まってる方が天下統一後に、国民の栄養改善をする必要がなくなる』

そこまで読んで、ようやく彩は自分の手が震えている事に気付いた。
異質過ぎるノートに本能的な恐怖を抱いていたのだ。だが彼女は自分に活を入れる。

『黒板は木板に墨を塗り、その上に柿渋を塗れば何とかなる。チョークは石灰と水と糊だったかな? それらが出来たら寺子屋を全国に広めないとね。教育は大事だよ、ワトソン君』

『漁業技術は必要だと響子姉ちゃんは言う。でも造船技術とか航海技術って難しい……これらは南蛮から仕入れたほうが楽だね。魚はやっぱり干物かなぁ……』

『植林技術は考えたけど、単に木を植えて放置じゃ……駄目だよねぇ。真面目に研究しよう』

『響子姉ちゃんに「鉄砲を揃えれば天下統一は近いかな?」と聞いてみた。鼻で笑われた。鉄砲を揃えるって資金源はどうするんだ、との事。それと大量の火薬をどうやって用意するんだ、だってさ。うーん、確かにゲームみたいにポンポン揃えられないよねぇ。ひとまず火薬の元になる硝石、あれについては調べたのでメモを挟んでおこう』

『人口増加にはやはりオギノ式がいいかな、と響子姉ちゃんに聞いたらビンタされた。どうやら私が子作りすると勘違いしたようだ。一応、ビンタの理由は分かったけどなんか理不尽だ……。まぁ……オギノ式の内容を以下に書き記してく――――』

そこが限界だった。未知のものに対する恐怖が許容量を超えたのだ。
彼女は震える手でノートを閉じる。そして忌避するようにノートを木箱へ片付けようとした。
だが焦りと恐怖、そしてヴィットマンたちが気になっていた彼女は、手からノートを滑らす。

(いけない……狼が音に気付く)

慌ててノートを拾うと、手早く木箱へ丁寧に仕舞おうとした。
その時、小さな紙切れがノートから落ちる。どうやら小さな紙切れが挟まっていたようだ。
彩はそれを手にとって、再度ノートに挟もうとした。

『培養法(マル秘)』

だが紙切れに書かれている文を見て、その動きを止めた。
何か気になる、そう思った彼女は紙切れをもう一度じっくり見た。
そこにはこう書かれていた。

『培養法(マル秘)

●概要
 優れた品質の硝石を生産する方法。
 生産効率、品質共に最高でこれ以上の方法はない。
 ただし欧州より硝石を大量輸入する方が楽ではある。

●材料
 ひえ、たばこ、そば、さく、あさ、うど、むらたち、
 くさや(アカリ)、しゃき、蚕の糞、人の尿、
 上田土、麻畑土。

●製造方法
 ・日当たりの良い場所に小屋を設ける
 ・中で土・草類・糞尿を混合し積み上げ小山を作る
 ・以後、時々混ぜ直して十分に腐敗した糞尿を追加
 ・上記作業を三年から五年繰り返す
 ・泥土化したら、表面の土を掻き取り集める
 ・抽出~煮詰め~乾燥で硝石を得る
  (方法は古土法と同じ。別紙参照)

●化学反応
 腐敗物や尿から出たアンモニア→バクテリアの働きで亜硝酸
 2NH3+3O2→2H2O+2HNO2
 ↓
 亜硝酸→酸化して硝酸
 2HNO2+O2→2HNO3
 ↓
 硝酸→土中にあるカルシウム分と結合して硝酸カルシウム
 2HNO3+CaO→Ca(NO3)2+H2O
 ↓
 硝酸カルシウム→灰汁(炭酸カリウム)が作用して硝酸カリウム(硝石)
 Ca(NO3)2+K2CO3→2KNO3+CaCO3

●備考
 本製法は秘中の秘ともいえる技術。他で知っているのは五箇山、白川のみ』
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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