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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄十年 天下布武

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千五百六十七年 二月下旬

二月に入ってからは目が回るような忙しさだった。
ようやく乾燥した木材を使って炭焼きを行い、またそれらの技術を二作たちに伝授したり。
森可成から簡素なクロスボウを三〇個生産してくれと頼まれ、機構を簡略化した巻き上げ式クロスボウを三〇個を生産したり。
信長からの報酬である人夫二〇〇名に加えて、信長からの計画書が付随してきたり。
更にその計画書を持ってきた丹羽長秀より謝罪を受け、また思わず謝罪返しをして謝罪合戦を繰り広げたり。
そんな、本来ならまだゆっくり出来るはずの二月は、鉄火場のような忙しさになった。

なお、丹羽長秀と会話をした静子は、彼に対して『織田家家臣は一癖も二癖もあるアクが強い人たちだと評されているが、話してみると割と堅実な御仁だった』という印象を抱いた。

信長から渡された計画書は、軍需生産拠点の拡大計画だった。
当時の百姓は基本的に税となる米や大豆を国人や寺院、幕府に納める代わりに、彼らの軍事力による庇護を受けていた。
信長も今までは他の国人と同様、尾張の百姓たちに税を納めさせる代わりに彼らを庇護していた。
しかし静子に村の運営を二年任せた事で、彼はある構想を思いついた。
それは今までのように百姓任せで作物を生産させるのではなく、田植えから収穫までを全て織田家で管理・運営を行う構想だ。

その是非を占う試金石として静子の村を大改造する必要が出てきた。
今までと比較にならぬ生産拠点を作り上げる為か、併せて村に防衛施設が建築される事になった。
しかし村の防衛施設の設計は静子ではなく、尾張熱田の宮大工である岡部又右衛門が担当する事となった。
この計画の影響を受け村の規模を拡大する運びとなった。
僅か百人と少しの村に、平時は百姓だが戦になれば兵士となる半農半兵の人たちが百六十人。更に護衛のために専業の衛士部隊が三百人近く駐屯することになった。
当然ながら彼らだけでなく、付随して彼らの家族である妻子や祖父母などもセットでついていくる。
そうなってくると今までの村にある土地では足りなかった。

だが静子の懸念など織り込み済みの信長は、丹羽にある命令を飛ばしていた。
土地がなければ作れ、である。
周囲に他の農村がない事に目をつけた信長は、この先静子の村が発展して人口が増加する前に、予め自分の手駒で場所を占拠しようと考えた。
これにより間者が入り込む余地を減らし、更に静子の村に間者が入っても逃げられる前に出入口を封鎖出来る算段だ。

元より信長は生産拠点を一箇所に固める気はさらさらなかった。
リスク分散のため、静子の村を基点に三つか四つの村に分散する考えだ。
そして全ての村を直営の軍需生産地として管理・運営を行う。
その関係で税を納めるのは村ごとではなく、全ての村を一つの施設と見なした上で、それ相応の税が言い渡された。

信長が出した最低ラインは、米500俵(俵1つ30キロ、合計約15トン)、大豆800貫(約3トン)、黒砂糖8貫(約30キロ)だ。
そして最低ラインを納めれば良いのかといえばそうではなく、どれだけ生産しても五割が信長、残りが静子を含む村人という条件は変わっていない。
他の生産物もモノによっては五割を納める必要がある。ただし薩摩芋やかぼちゃなどの野菜類と鶏卵は非課税になった。

信長が提示した最低ラインをクリアするために、静子は当初予定していた300haの農地拡大計画を見直す事にした。
彼女は割り当てする耕地を人口一人当たり2haとし、1haを米、残り1haを大豆に割り当てた。ただし大豆はコンパニオンプランツで育てるため、実質大豆の栽培面積は一人50aになる。
サトウキビの畑は各村に5haとし、野菜や鶏卵、雑穀などは各村の采配に任せた。

これによって米と大豆の最大総面積は390haとなる。無論、稼働率一〇割で作物を育てるのは不可能だ。
戦による徴兵や百姓たちの健康状態などを考慮すれば、およそ八割程度の稼働率になるだろう。

更に主要作物である米と大豆の耕地を各村ごとに居住地区に併設する形をとることで、万が一作物に病害虫が発生しても被害を最小限に食い止められるようにした。
デメリットとして生産地点が点在する事になり、それぞれに防衛施設が必要となる。

これだけの規模になれば現在の労働人口で運営できるかというリスクがあるが、その分比べ物にならないほどリターンが多い事も確実だ。
まず米の収量関して言えば、全ての村にある田んぼの総面積を260ha、1haにつき凶作や病害虫なども考慮して平均30俵の玄米が収穫出来ると仮定し稼働率を八割で見積もると、総生産量は6240俵という破格の生産量となる。
信長に半分の3120俵を納めても、残り3120俵が手元に残る。約3000俵を村人約300戸で配布した場合、一家族当たり十俵分配可能であり、端数は備蓄米として有事に備える。

「えー、今回の最低目標は俵が五〇〇個です。ですが難しく考える事はありません。去年と同じようにすれば簡単に達成出来ます。ただし他の村は開墾が多いため、この村は特別に一人一〇俵を目標としていただきます」

「了解です、村長。まぁ去年より幾分気持ちは楽……かな?」

「えーっと、俺たちは特別に一〇俵なんだろ。だったら普通だと……えっと」

「百姓一人につき三俵ほどだよ。まぁ新しい村の方は、こっちと違って戦に行く必要があるからな」

「そう考えると気が楽だな」

今年は幾分リラックス出来る事を理解しているのか、村人の表情に暗さはない。
ただし、村が異常なスピードで発展している事には、信長からの期待という目に見えない重圧を感じているようだった。
何しろ丹羽長秀は百姓たちの田畑作業に影響がないよう配慮しつつも、手早く村を堀で囲い、兵士詰め所と村の入口に城門と見違えるほどの立派な門を建築した。
更に三百六十五日、二十四時間村の周囲は、織田信長の兵が警護するという破格の待遇がセットでついてくる。

田畑の拡張、そして村の周囲の防衛施設の他に、静子の家からかなり近い所、というか殆どお隣さんの位置に一軒家が建てられた。
持ち主は織田信長、つまり信長の別荘という事だ。ご丁寧に温泉に通ずる建物へ直結する通路まで作っていた。
色々と突っ込みどころ満載だったが、今さら何を言っても手遅れだと理解した静子は、小さく肩を落としただけだった。

そして待たぬ月日は経ち易い、ということわざの如くあっという間に二月が終わり、春の息吹を感じ始める三月上旬。
村の周囲の防衛施設が半分ほど完成し、他の村もほぼ完成間近。そして大農地が八割ほど完成した頃、静子の元に驚くべき情報が届けられた。






それは奇妙丸がいつもより機嫌の良さそうな顔で、静子の家にやってきた日の夕方の事だった。

「うえっ!? 西美濃と東美濃が落ちたっ!?」

「こら!! 声が大きい!?」

「あ、ごめん……」

奇妙丸に大声で指摘された静子は慌てて自分の手で口を押さえる。
周囲を見回して怪しげな人物がいないか確認していた奇妙丸だが、それらしき気配が感じられないと分かった瞬間、重い溜息を吐いた。

「急に大声を上げるな。間者に聞かれたら大変なんだぞ」

「(ヴィットマンたちの耳と鼻をくぐり抜けるのは至難の業だと思うけどなぁ……)うん、ごめんね」

ヴィットマンたちは獲物を狩るテリトリーと、自分たちの安全が保証されるテリトリーの二種類を縄張りとして設定している。
狩り場は村を中心に山など広大だが、反対に自分たちの安全が保証される場所は静子の家である。
故に見知らぬ人間が村に入り込んできても、すぐ縄張りが荒らされた事に気付いていた。
奇妙丸も最初はそうなったのだが、どうやら余り思い出したくないのか、それとも単に忘れているのかどちらかなのだろう。
ともかく静子の家の中に限って言えば、『他人』が入り込める余地はほぼない。

「残すは中央の美濃だけ。しかしここが厄介だな」

「そうだねぇ……稲葉山城からは相手の行動が丸見えだからねー」

昔、岐阜城(稲葉山城)を訪れた時の事を思い返しながら、静子はそんな相槌をうつ。
整備された現代ですら岩場の急勾配と思うほど、登るのも下るのも厳しい場所だ。
しかし空気が澄んでいるため、山頂からは美濃平野が丸見えだ。
これでは信長の行軍などすぐに発見され、到着する頃には防衛体制がしっかり敷かれていただろう。

「……まぁな。やはりここは時間をかけて攻略するしかないだろう」

「ま、私があれこれ言って落ちるわけでもないしねー。それより私は塩が欲しいかなー」

お茶を飲みながら静子はそんな事を言う。

塩は基本的な調味料にして、人間が生きていく上で必須元素のナトリウム源、塩素源として重要な存在だ。
塩味が薄い料理をまずいと思ってしまうのは、人間が本能的に塩を求めている証左と言える。
人類の歴史の中にも深く関わっており、かつイオン交換膜法という手法が確立するまで貴重品だった。
故に今でも「サラリーマン」(サラリーとは生活に欠かせなかった塩を買う為の俸給を与えられて働くという意味がある)、「敵に塩を送る」、「手塩にかける」などの言葉にその名残を残している。
しかし摂取し過ぎると高血圧の原因になり、胃がんの発生にも繋がってしまう。
特に日本人は塩分過剰摂取気味なので、高血圧が誘発する脳卒中は現代日本人の主な死因の一つになっている。

「ほぅ、塩とな」

「でもまぁ流石に欲張り過ぎは良くないもんね。作る方法は知ってるけど、塩って結構利権で固められてたはずだし」

静子の言葉通り、塩には古来から現代に至るまで様々な利権があった。
例えば十八世紀に実際起こった事件、浅野内匠頭の遺臣・大内内蔵助たちが吉良上野介に復讐する物語「忠臣蔵」。
武士の忠誠心を魅せる物語と言われているが、そもそも浅野内匠頭と吉良上野介は何故諍いを起こしたか。
その遠因に塩の存在があったと言われている。
浅野内匠頭の領地である赤穂(現在の兵庫県赤穂市)と、吉良上野介の領地である吉良(現在の愛知県吉良町)は、ともに塩の名産地として知られていた。
その利権や製法を巡って両家とも長期に渡って反目しあっている間柄だった。吉良上野介が浅野内匠頭を面前で罵ったのも、浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったのも、そうした長期に渡る諍いが背景にあったのではないかと言われている。

「でも塩は保存食を作る上で欠かせないからなぁ。うーん。そうは言っても生産量が上がれば流通量も増えるし、そうなると他の利権団体が黙っちゃいないか」

現代ならいざしらず、戦国時代の利権団体は利権を侵害されることが食い扶持がなくなることに直結する。
故に利権を守るため争いが起こる事は必須だ。
本願寺が利権を失うのを恐れて織田信長に反発し、全国の一向一揆を動員して十年もの間、徹底的な抗議を行った石山合戦は利権闘争として有名である。

「それなら……お館様に掛け合えば良かろう。何だその……利権団体とやらが怖いのなら、織田家の事業とすれば良いし」

「それって『領地貸してください』って言ってるようなものじゃ?」

「確かにそうかもしれんが、静子は織田家の軍需生産地を任された身だろ? 塩を量産するといえば、お館様は喜んで領地を貸してくれると思うぞ?」

「うーん、そうかなー。まぁ機会があればね。今でもちょくちょく我儘聞いてもらってるし、これ以上何か要求するのも悪いかなぁ」

そこまで本格的に塩の生産へ乗り出す気がないため、静子は生返事を奇妙丸に返す。
彼女は現在五つの村を総括する立場になったため、これまでにない問題を抱えていた。
そちらの方へ頭を悩ませているため、塩の量産については今度でもいいと思うほど優先順位が低い。

(どーしよう……連絡網)

その問題に対する明確な答えを、彼女は導き出すことが出来なかった。






静子の村を中心に、その周りを巡る衛星のように四つの村が出来た。
それぞれが独立している村だが、農業技術は静子の村をベースに行う事になっていた。
そうなると今まで一つの村では直面しなかった問題が発生した。

最も大きいのは意思伝達の手段である。これを連絡網と呼ぶ。
米や大豆の栽培を連携して行うには、緊密な情報交換が必須である。
兵士たちも連携をする必要があるため、彼らから早馬を何人か借りる事が出来た。
だがそうなると今度は別の問題が出てくる。連絡が伝わる速さだ。

兵士たちは兵士詰め所があるため、そこに伝達すれば多少のタイムラグはあるものの、基本的に情報の伝達は行われる。
しかし静子の村から他の村へ情報伝達する場合、確実で、正確に伝わらなければならない。
そうしなければ誤解のまま技術が伝わり、最悪の場合収穫が格段に落ちてしまう。
そうなったら税を納める所ではない。一気に五つの村へ飢餓が襲いかかってくる事になる。

人を派遣して技術指導を行うべきか、という案もあったがそうなると今度は自分の村の農作業が疎かになる。
そもそも増産しなければならないのを、技術指導のためだけに幾つかの田畑を犠牲にするなど本末転倒だ。
五つの村が同時に技術を共有するようにしなければならない。

「うーん」

腕を組んで考えるが明確な答えは浮かばない。しかしタイムリミットは近い。そして既に伝達の悪さによる小さな問題が出始めている。
隣の村には伝わったはずの情報が、その隣には全く伝わっていなかったことがある。それは伝達を頼まれた村人が忘れていたのが原因だった。
ある日話し合いをするために、各村長に指定の日に集合するように、という連絡をしたはずなのに、実際集まったのは半分だった。
来なかった理由を聞けば、集まる日が数日誤って伝わっていた事が原因だった。
他にもまだまだある。だがその殆どは連絡不足か、連絡を誤解している事が原因となっている。

今はリカバリーが可能だが、種籾の準備や育苗の下準備が終われば、伝達の悪さが取り返しの付かない問題になる可能性がある。

「電話とかメールとか……あればなぁ」

無い物ねだりのように静子は愚痴を零す。

「あー駄目だ駄目だ。こうなったら発想の転換だ……まずどうして電話が必要になったかから考えよう」

静子は何かヒントがないか考えようと、まず電話が生まれた理由を考えた。
電話は端的に言えば電話回線を通じて遠方にいる相手へ音声を伝え、互いに会話が出来るようにした手段だ。
遠隔地に直接自分の考えを伝えられ、また同じ時間を分け合いながら発信し受信する。
そして技術的な問題を意識する事なく、老若男女が同じ方法でサービスを利用出来る。
電話が社会に与えた影響は絶大だ。昭和後期になれば、企業や商店への連絡方法として必要不可欠になっていた。

(自分の考えを相手に直接伝える。これはまず無理ね、電気なんてないし。そういえば電話はどうやって相手を判別していたっけ……? ああ、電話番号ね……番号?)

その時、静子は何かに引っかかるものを感じた。彼女はもう一度、一から考え直す。
電話が生まれた理由を。そもそも電話はどういうものかを。

(なーんか引っかかるのよね。電話……電話……携帯電話………固定電話………情報を伝えるための道具。そして相手を判別する……ッ!?)

閃いた、と言わんばかりに彼女は床を両手で思いきり叩いた。
その音にびっくりして近くで寝ていたヴィットマンたちが、何事と言わんばかりに周りをキョロキョロ見回していた。

「そうだよ、この方法があった! 彩ちゃ~ん! 彩ちゃーーーーーーーーん!!」

「……そこまで大きな声を出さずとも、ちゃんと聞こえております。それで、何用でございますか、静子様」

廊下から顔だけだした彩は、興奮覚めやらぬ静子に返事を返す。
いつもはこれで落ち着くのだが、今回は妙案が浮かんだようで全く効果がなかった。

「墨と紙を用意して! お館様に一筆書くから! そんでそれをお願いね!?」

「……分かりました。分かりましたから、落ち着いて下さい」

「いやいや、これでも落ち着いてるよ!?」

(…………どこが?)

突っ込むのも馬鹿らしくなったのか、彩は呆れ顔のまま墨と紙を取りに行った。
それらを手に戻ってくると、自分を落ち着かせようとヴィットマンをもふもふしてる静子がいた。
何故、それで落ち着くのか彩には分からなかった。
だが静子は楽しそうだし、ヴィットマンはうっとりしてるし、他のオオカミたちは『俺も俺も』と言いたげに静子の周りをぐるぐる回っていたので、彩は彼らを放置しておく事にした。
固形の墨を硯の上ですりながら、彩は静子を見ずに尋ねる。

「所で静子様。お館様に一筆、と言われましたが何を書くおつもりですか?」

「流石に数百人を頭で記憶するのは無理だからねー。ちょっと村の管理方法を変えるの」

「どの様な方法でですか?」

その質問に、待ってましたと言わんばかりの笑みで静子はこう言った。

「戸籍を作るの!」
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