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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄九年 尾張国ノ農業改革

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千五百六十六年 十二月上旬

砂糖を精製するにはちょっとした手間と人手が必要だった。だから静子は暇そうな村人に作業を手伝って貰う事にした。

サトウキビの茎を細かく砕いて汁を搾り、そこへカキ殻など貝を焼いて作ったカキ灰を沈殿補助剤として加える。
そして不純物が沈殿して出来た液の上澄みを取り出し、煮詰めて結晶を作る。
現代なら遠心分離器などにかけて、更なる濃縮を行うのだがそんな機材も代用品も戦国時代にはない。

(自転車っぽいのを作れば出来るけど……回す人は地獄だろうなぁ……)

力技で回せば可能だろうが、そこまでする必要もないし労力に見合わない。
黒砂糖でも戦国時代なら十分高級品の部類に入るからだ。

「村長ー。この汁すごく甘いですねー」

「飲み過ぎ注意ですよ。量が減るとお館様が怒りますからねー」

絞りかすを舐めた農民の呟きに、静子は苦笑交じりに答える。

古来から酒と甘味は神への捧げ物として扱われ、庶民は滅多な事で口には出来なかった。
出来たとしても甘葛あまずらの煎汁や水飴、柿霜などで甘さは砂糖や蜂蜜には遠く及ばない。
とはいえ、塩と違い砂糖などの甘味は生活の必需調味料ではなかった。
更に果物類の方が甘いおやつとして一般的だったので、純粋な砂糖は嗜好品に近かった。

(確か砂糖って権力誇示か何かに使われていたかな?)

戦国時代、日本で砂糖は生産出来ず、もっぱら海外からの輸入に頼っていた。
砂糖の質や色は不明だが室町時代に砂糖一斤(約675グラム)に対して、二五〇文もの値段がついていたのだから相当な高級品になる。
だから砂糖を大量に持つ事は、海外へのコネクションがあると同時に莫大な資産を持っている事を周りに知らしめる事が出来る。

「なんか粘り気が出てきたっすよ、村長」

「そろそろ頃合いですね。用意しておいた容器に移し替えて下さい」

水分を蒸発させて濃縮したものを冷やし固めれば黒糖の出来上がりだ。
型枠に順次流し込まれていく液体から粗熱を取ると、後は天然冷蔵庫のような冷えた場所へ移す。
上白糖と違ってミネラルが含まれている黒糖は、摂取量を計算すればハチミツ同様栄養満点の甘味料だ。

(万が一の時を考えて、ある程度の糖は保管しておきたいですね)

次々と型枠に流し込まれていく光景を見ながら、静子はどれだけを保管しておくか考える。
基本的に糖は必須栄養素ではない。むしろ取らないで生活する方が健康には良い。
純粋な「糖分」としてのエネルギーなら、米や味噌で十分摂取出来るからだ。

だから砂糖の使い道はもっぱら「薬」になる。
実は砂糖には食品などに含まれる水分を奪い取る性質があり、それにより微生物の活動を抑える効果がある。
傷口に砂糖を塗る治療法に至っては冗談のように思えるが、アメリカの医師が七年間にわたって試した所、一定の効果を得られたという実績がある。
その理由は砂糖に水分が吸収されてしまうのでバクテリアの増殖が抑制され、傷口の自然治癒が阻害されないとの事だ。
一番良いのがグラニュー糖とされているが、黒砂糖でも十分効果は得られる。
そういう使い方を出来るほど潤沢にあるわけではないが、万が一の事を考えてある程度は所持しておきたかった。

(確か土佐(高知県)の 長宗我部(ちょうそかべ) 元親(もとちか)が織田信長に三十斤(約19キロ)の砂糖を贈った記録が『信長公記』にあったなぁ。それを考えると、献上の量は三キロぐらいあればいいかな)

そんな事を考えている静子に声をかける人物がいた。

「静子様、少々よろしいでしょうか?」

彩である。彼女は頭の理解が追いつかなかったのと、タイミングが掴めなかったために今まで黙っていたが、ようやくその機会を掴むことが出来た。

「何? 甘菓子なら後で作ってあげるよ?」

「そういう訳ではありません! いつから私は食いしん坊になったんですか!?」

「お、おおぅ、ごめんよ。で、何かな?」

不名誉なレッテルを貼られて憤慨した彩だが、冷静さを取り戻すために小さく咳払いをする。
彼女は静子にだけ聞こえる程度の声量でこう言った。

「砂糖と仰られていましたが……あの型枠にいれた汁が砂糖なのでしょうか? 一度見た事がありますが、その時はこう……粉のような感じでしたが?」

「あぁ……」

黒糖は簡単にいえばサトウキビをしぼって煮詰めて冷やして固めたものだ。
その途中の煮詰めた液体が、彩にはどうしても砂糖だと頭の中で結びつかなかったのだろう。

「後は冷やして固めたら、彩ちゃんの知ってる砂糖になるよ。水を冷やすと氷になるのは知ってるよね?」

「それは……はい」

「それと同じ。今は水を含んでいるから、汁に見えてるだけ。水が抜ければ彩ちゃんの知ってる粉状の砂糖になるよ」

「そうなのですか」

「まぁ本当はもっと細かい製造過程があるんだけど、流石に素人の私じゃこれが限界だね」

恥ずかしそうに頭をかく静子だが、そもそも砂糖を精製出来る時点で彩にとっては凄いの一言だった。
暗所に運び込まれていく型枠を、彩はもう一度見る。
どれほどの量か目視からは推量出来ないが、それでも一財産になる事は間違いなかった。
自分が送り込まれた場所が、実はこの世とは違う場所なのではないか、と彩は自分の頭を疑った。

「今年最後の献上品は大豆、黒砂糖、それから干し柿などの干物かなぁ。彩ちゃん、その辺りのものをいつ持って行っていいか確認しておいてね」

「……はい」

「まぁ黒砂糖は道具もないし、作り方も慣れてないから、ちょっと少ないかなぁ。来年からはもっと精製率を上げないとね」

報告する必要があるのは彩も理解していたが、問題は献上品の量だった。
黒砂糖はどれほど出来るか不明だが、静子はそこまで数が出来るとは考えていないようだ。
今、判明しているのは干し柿が二十五個、干し椎茸が五十個、そして大豆が二百キロだ。

(こんな報告して怒られないといいけど……)

特に大豆の量が多すぎるため、どうやって報告するか彩は暫く頭を悩ませた。






それから一週間ほど経ち、黒砂糖の精製が終わり壺に入れている頃に、信長から通達がきた。
内容は、今回の献上品を運ぶにあたって護衛の兵を派遣する、彩だけでなく静子も城へ来る事、その二つだった。
最近は彩に任せっぱなしだったので、静子が信長の城へ出向くのは久々だった。
全ての準備を終えて出発した二人は、道中何事も無く城へ到着する。
毎度ながら正装に着替えさせられ、身だしなみを整えさせられた静子だが、今回は以前と違い謁見の間で長時間放置される事はなかった。
一時間ほどで信長が謁見の間に現れたのだ。少しだけ驚きながらも、静子は彼へひと通りの挨拶をする。

「今回の献上品、まこと天晴である」

開口一番、信長は小さく笑みを浮かべながら静子にそう言った。
突然の褒め言葉に静子は唖然とするが、信長は構わず言葉を続ける。

「軍資金になる干し椎茸、砂糖。軍馬の飼育に必要な大豆。我が軍は大幅な戦力増強を手に入れた。美濃攻略の大きな足掛かりとなるだろう」

最初、何を言われたか理解出来なかった静子だが、その言葉でようやく頭の理解が追いついた。
今まで献上した品々は軍事物資に該当しない作物だった。唯一、米が軍事物資に該当する。
しかし今回の献上品である大豆、黒砂糖、干し椎茸は殆ど軍事物資と言えた。
高値で取引出来るので軍資金を多く手に入れられるし、自身の権力を誇示できるステータスシンボルにも使える。

戦国時代に限らず、そして東洋・西洋問わず、近代まで希少品というのは自分の財力・権力を知らしめる重要なアイテムだった。
西洋、ヨーロッパで言えば香辛料だ。
中世後期のヨーロッパにおいて胡椒こしょうなどの香辛料は、同じ重さの金と交換していたほど貴重品だ。
特に胡椒は香辛料の中で最も重要な位置を占めていた。
何故なら胡椒は防腐、消臭、調味という三つの役割を果たす。
肉食文化のヨーロッパにおいては、冷蔵庫が発明されるまでは魔法の香辛料だったのだ。
だがその胡椒、当時は熱帯や亜熱帯でしか栽培出来ず、基本的にイスラム商人との取引でヨーロッパの人間は手に入れていた。
当然の事ながら中継する商人が多くなればなるほど、最初の取引価格より値段は跳ね上がる。
最初の取引価格の六〇倍にもなる価格で胡椒が売買されていた、という逸話もあるほどだ。
なお、余談だが大航海時代の幕開けが起きた原因も、一五世紀中頃にオスマン・トルコ帝国の手によって東ヨーロッパ帝国が滅亡し、イスラム商人との取引手段や通行手段を失い、ヨーロッパが香辛料を入手する道が閉ざされたためだと言われている。

もちろん西洋だけでなく東洋、そして日本も例外ではなかった。
昔の日本料理は味よりも、料理に『相応しい色』が大事な要素だった。
今でも食べて美味しい料理はあるが、全体的な方向性としては味よりむしろ見栄えを重視していた。
その為に必要だったのが砂糖や香辛料、椎茸などの貴重な品々である。

「誰にも出来ぬと言われた椎茸の栽培、成功させた貴様の手腕は見事なり。また同じ干物である干し柿も見事だった。ワシは食う物に拘りはないが、貴様の作った干し柿はまこと馳走だった」

信長は自身に言い聞かせるかのように、頷きながらそう語る。

椎茸は昭和17年(1942年)に農学博士の森喜作氏が、それまで不可能とされていた椎茸の人工栽培に成功するまで高嶺の花だった。
江戸時代にも椎茸の人工栽培方法はあったが、伐採した原木に鉈で傷をつけ、椎茸を生えやすくしただけという、とても気の遠くなるなる方法だった。
なので成功すれば莫大な利益を得られたが、失敗すれば一家離散という究極の博打栽培でもあった。

「今回の褒美は貴様の望むものを与えよう。何でも言うがよい」

上機嫌の顔で信長は言う。
望むもの、と言われても静子は咄嗟に思いつかなかった。しかし、ここで辞退すれば信長の面子を潰す事になる。
米の褒美として立派な家を頂いた。お手伝いさんとして彩もいる。これ以上、彼女は自分の欲しい物が思いつかなかった。
しかし彼女が思いつかなかったのは『自分が欲しい物』だった。

「……せ、僭越ながら、お館様に頼み事が御座います」

「構わん、好きに言うが良いぞ」

「現在、我が村は農地拡張を行っております。ですが、やはり人手が足りませぬ。なので人夫を一ヶ月ほどお借りしとうございます」

静子の村は総出で農地拡張を行っているが、やはり普段の作業と兼用であるため思うように広く出来ない。
村人から見れば問題ないが、静子としては余裕が持てるサイズまで拡張したい気持ちがあった。
不作の年になれば食い扶持に困るのが戦国時代だ。故に余った作物を換金したり、非常食として保存する必要がある。

「人夫の数は二〇〇名ほどを所望します」

そう言った後、静子は頭を下げる。
流石に欲を言い過ぎたかなと思ったが、逐次要求するよりも一度に大人数を借りた方が効率的だと判断した。
今回作る田畑が、今後村で農作物を作る時の基本サイズになるので、手を抜くわけにはいかない。
そしてこの様に信長が上機嫌で、気前良く褒美を与えてくれる機会も少ないと思った。

「それだけの人数を必要とするのだ。何か理由があっての事だろう?」

「はい。昨年と今年、我が村の農作物は豊作となりました。ですが、それが永遠に続く事はありません。いつかは不作の年が来るでしょう。その時に慌てないよう、非常食を備蓄する事を考えております。ですが今の収穫量では必要最低限の備蓄すら作れません」

「……」

「村の都合だけになりますが、どうかご容赦を」

「くっくっくっ、欲のない娘じゃ」

領土や金品類ではなく、田畑を拡張するための人手が欲しい。
とても報酬とは思えなかった信長だが、本人が望んでいる以上とやかく言う気はなかった。

「良かろう、望み通り貴様に人夫二〇〇名を使う権限を与える」

小さく笑いながら彼は静子にそう言った。






その後、少しだけ会話をして信長との謁見は終わった。
後は帰宅するだけなので城を後にしようとしたが、その前に森可成に呼び止められた。
彼は彩に用事があったらしく、一言静子に断りをいれて彼女を連れて行った。
急ぎの用事もなく、早く帰る必要のない静子は彼女を待つ事にした。
邪魔にならない位置に腰を下ろすと、彼女は地面を使ってこれまでの事を纏める。

見事二〇〇人の人夫を手に入れたのだが、話はそう簡単に進むわけではなかった。
元々ある田畑を立て直すのではなく、ゼロから田畑を作る必要がある。
そうなると計画をしっかり立てないといけない。下手をすれば一ヶ月の間、二〇〇人を遊ばせるだけになるのだから。

(……百姓一人につき3haの農地を担当にしよう。今は八〇人ほどだけど……今後増えるからなぁ)

農地を更に拡張するのは保存食を作るための他に、もう一つ理由があった。
元々いた村人は二年近く、今年入植させられた農民たちは一年近く静子の指導のもと生活している。
様々な問題はあったものの、この二年で村は他と類を見ないほど発展した。

そんな衣食住が落ち着いた彼らは、最近似たような話を静子へ相談する。
それは散り散りになった家族をこの村に呼び寄せたいという内容だ。
殆ど子どもを売ったも同然で稼ぎに行かせたりしていたが、今回の収穫を売れば彼らを呼び戻せるお金は手に入るとの事。
ただし勝手な事をする訳にはいかないので、静子に相談したのだ。

静子としても次の世代を担う子どもが戻ってくる事は有難い。
しかし良い面だけでなく悪い面もある。
現状、労働力の村人の食い扶持には困ってないが、だからと言って潤沢にある訳でもない。
悪い言い方をすれば、ただ食べるだけで労働力にならない子どもを養っていけるか、に尽きる。

(まぁ急に受け入れは難しいねぇ。相手の都合もあるし……とにかく最初は一〇名。それも女の子六人、男の子四人にしようっと。そこで問題がなければ、少しずつ呼び戻していく形で)

子どもたちは一度に受け入れず、少しずつ呼び戻していく事にした。
最初の一回目で問題が発生した時、子どもたちが多ければ多いほど被害が大きくなるからだ。
下手をすれば村そのものが崩壊してしまう。

「それを計算に入れると……3haが百人と換算して300haは必要。でも米だけでなくその他も必要だから、実際の畑はもっと大きくなる……。あぁ、そういえば米の人工交配もしないとね。でもあれは十年かかるから……うーん……」

「何をブツブツと言っておるのじゃ?」

地面に文字を書いては消し、書いては消しをしていると、突然背後から少年の声が飛んできた。
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