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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄九年 尾張国ノ農業改革

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千五百六十六年 十月下旬

静子は数日後に起きるある自然現象について頭を悩ませていた。
現代なら親子連れで観測するようなレベルの話だが、あいにくと戦国時代では祟の類に分類されてそうだ。
その事に村人たちが不安を感じないか、が静子の悩みである。

(地球とか月とか太陽……って説明で分かるかなぁ?)

口で説明するなら簡単だ。だが村人たちにそれを理解するための基礎知識がない。
よって話半分に聞いてて肝心の不安を解消出来ないのではないか、という不安があった。
しかし一方で、あの天体ショーが起きるのは日本時間で22時45分から翌2時18分の間だ。
どう考えても戦国時代の人間はほぼ見る事がない。日が沈めば後は寝るだけだからだ。

(でも何かの拍子で起きて見る事もない、かな?)

結局考えて考えて、誰かが気付いたらそれを童話っぽく説明する事にした。
それっぽい事実を混ぜつつ、しかし子供向けのような話にして教える事で不安を解消する。
結論が出た静子は早速話を考えようと、ノート代わりに使っている砂板にペンを走らせる。

(お天道さまさがお月さんの後ろに隠れている、って感じで行けるかな)

そんなメルヘンチックな話を考えている静子を余所に、彩は静子が荷物を保管している部屋を掃除していた。
掃除と言っても静子がこまめにしているためか、そこまで汚れている様子はない。
せいぜい掃き掃除をする程度で終わる。
幾ら才能を調べると言っても、基本的には身の回りの世話をしなくてはならない。
家政婦の仕事をしつつ調べるのだから苦労があるように見えるが、実はこちらの方が都合が良かった。
何しろ家の掃除と言って彼女の私物を調べ放題なのだ。
更に静子は彩がそんな事をしていると全く疑っておらず、のん気に掃除を任せている始末。

静子の部屋は三つあり、一つは荷物置き場で一つが作業場、最後がプライベートな部屋である。
彼女の家が普通の百姓より広いのは、初年と二年目に献上した作物に対する信長からの褒美だった。
普通のあばら屋だったのが簡素とはいえ柵が設置され、ほぼ干物作りの場にされているが庭が作られ、ヴィットマンたちの小屋が作られ、両手で数えられるほどの部屋を持つ家が与えられた。
そうなると必然的にお手伝いさんが必要になるので、それにかこつけて彩が派遣された訳だ。

しかし話はとんとんと進むわけでもなかった。
まず静子が使ってる部屋のどこかに、オオカミたちは常に二、三匹いた。
だから部屋掃除にかこつけて何かしようとも、音に反応してオオカミたちが部屋へやってくる。
監視されている気分の彩だったが、実際オオカミたちは彼女を監視していた。
しかし彩が想像するような考えではなく、単に「格下がボスの部屋で何やってんだ」という序列からくる考えであるが。
そんな中で彩が見つけた奇妙なものは二つあった。

一つは丈夫な縄で縛られた少し大きめの木箱。
そしてもう一つは静子が狩りで使っている中型のクロスボウだ。
木箱は静子がよく使う部屋に置かれており、開けようにも彩の力では簡単に開きそうもない。
かなり硬めに縄が巻かれているため、本気で開けるには縄を斬る以外にない。
だがそんな事をすれば、彩がコソコソと調べ事をしている事が静子に知られてしまう。
慎重に機会を伺って中身を確認する以外にないと彩は考えた。

対してクロスボウは至極簡単だった。
木箱ほど厳重な管理がされておらず、他の狩りの道具と一緒に積まれていた。
掃除と言ってそれを持ち運んでも静子は何も言わなかった。
ただそれは『武器』だから、取り扱いに注意しないと危ないという警告だけ頂いた。
その『武器』という言葉こそ、彩がクロスボウに強い興味を惹かれる原因だが。

(見たことのない構造……静子様は弓と言いましたが、こんな弓見たことありません)

静子が管理しているクロスボウは三種類だ。
一つ目は構造がシンプルなクロスボウ、二つ目が三種類の中で一番大型でかつ弦の硬いクロスボウ、最後の三つ目が滑車のついた所謂コンパウンドタイプのクロスボウだ。
最初の一つ目から大型化して鹿の狩猟に使っていたのが二つ目のクロスボウだが、弦を引くのにどうしても専用の機材が必要だった。
どうしたものかと静子が姉の書物に使って調べると、滑車のついたコンパウンドタイプが目に入った。
しかし滑車こそ、専用の機材より更に上位の技術が必要となった。
金造と一緒に専用の加工機材を作る所から始まった。
失敗に失敗を重ねた結果、遂に加工機材を作り上げて滑車を作る事に成功したが、水車の力を利用するため川の流れによって完成する時間が左右される。
調子のいい時で滑車を一個作るのに約三ヶ月、川の流れが悪いと五ヶ月近くかかる。
並列で一気に二〇個ほど作れるが、それでもパーツひとつにかかる時間が膨大だった。
その関係で予備パーツをいくつも作って保管している。
勿論滑車だけでなく、手ブレ抑制の為の銃床や貴重な金属で出来た引き金、弦を引くための補助用道具コッキング紐、背負って運搬するための鹿の革製ショルダーベルトなど、他にも細かい点での改良は幾つも施されている。

正式な威力はどれほどか測れないが、静子は目測でおよそ一五〇ポンドから一八五ポンドぐらいだと計算した。
彼女にとって威力はどうでもよく、ようは鹿を簡単に倒せるか否かが目的だからだ。
当然ながら三世代目のクロスボウは手軽に弦を引け、安定した体勢で引き金を引けるので狩りは捗っていた。
コッキング紐も補助であって普段は必要にならないので、殆ど持っていくだけだ。

そんなオーバーテクノロジー満載のクロスボウを見た彩は、直感的に信長へ報告する必要ありと思った。
このような謎なものの存在を報告するのが彼女の役目なのだが、流石にクロスボウは異質すぎた。

静子がこのクロスボウを報告しないのは、火縄銃より全てのスペックが下回っているので狩り程度にしか使えないと理解しているからだ。
実際幾ら矢を撃つ回数が増えても、初速度が速く貫通力が高くても、クロスボウである以上和弓より矢が短いので、確実な威力が出せる距離が五〇メートルから七〇メートルとかなり短い。
兵士にクロスボウを持たせるぐらいなら、火縄銃を持たせている方が効果的なのは歴史が証明している。
だが生憎と彩はそんな歴史的背景を知らない。

(……問題はこれをどうやって森様に届けるか、ですね)

コンパウンドタイプのクロスボウを眺めながら彩は考える。
数がそこまで多いわけではないので、紛失すれば確実に静子が気付く。
その時、掃除や身の回りの世話をしている彩が一番最初に疑われる。
どうしたものか、と考えた彩だがその問題は意外とあっさり片付いた。

「え? クロスボウを貸して欲しい? いいよー」

そっとお願いしてみる事にした彩だが、その回答は予想外にも了承の言葉だった。
余りにも簡単に言うので、欲しかった回答を貰ったのに彩は唖然とした顔をしているぐらいだった。

「安全装置とかがないから、取り扱いには注意してね。まぁこの前、扱い方は教えたから大丈夫と思うけど」

それだけ言うと静子は机に向き直って自身の作業を再開した。
作業の邪魔をして機嫌を損ねる訳にもいかず、彩は頭を下げた後部屋を後にした。

それから少しして彩は森可成の使いを呼び出し、彼に手紙を渡した。
中身は短くこう書かれていた。

『静子殿、南蛮由来と思しき武器を所持』






十月二十七日、彩はその足でクロスボウを森可成に届け、彼と一緒に信長の元へ向かった。
本来、彩は信長に謁見する事すら出来ない立場だが、今回の代物は森可成も説明がし辛く、一番間近で見ていた彩にも説明に加わってもらう事にした。
謁見の挨拶をひと通り終わらせると、森可成はすぐに信長へクロスボウを見せた。

「……これが弓……じゃと?」

眉をひそめながら信長が尋ねる。

日本にもクロスボウなどの弩は存在したが、武士が誕生し小規模同士の争いが増えていくにつれ、手柄を立てる事が難しく、管理が必要な弩は次第に消滅していった。
正確な所は不明だが、室町時代には弩の製造方法を知っている職人は消滅したと言われている。
代わりに管理のし易い軽便な軽甲・弓箭が主流となる。
時代が下がり、歩兵を主体とする兵士の大集団が再登場した時も、長弓は複合素材を用いた長射程のものに発展していたため、弩が顧みられる事はなかった。

信長は弩を手に取る。
そして壊れ物を扱うかのように、丁寧に弩の構造を確認していく。
五分ほどじっくり観察した彼は盆の上にクロスボウを置くと、森可成に向かってこう言った。

「これは戦場では使えぬ」

二人の反応を無視して、信長は自分に言い聞かせるかのように語る。

「構造が複雑怪奇過ぎる。破損した場合、修復するのに手間がかかるじゃろう。正確な製造方法は分からぬが、手の込んだ事をしておるのは間違いない。そして静子が獣の狩猟に使っているという事は、その程度の威力しかない、という事じゃ」

「……では」

森可成の問いに信長は頷く。

「静子は全てを分かっていて、あえてワシに報告していない、という事じゃ。戦場で使えぬものを報告しても無意味、という事なのじゃろう」

だが、と呟いた信長は、手に持っている扇子を弄びながら言葉を続ける。

「これで静子は南蛮の兵器にも詳しい事が分かった。これは大きな収穫じゃ」

「しかし、我が国で使えるのでしょうか?」

火縄銃は日本でも大きな発展を遂げたが、全てがそういう訳でもない。
弩やクロスボウも再度西洋から持ち込まれたが、威力では火縄銃に、速射性では弓に劣る中途半端な武器だと断ぜられ普及しなかった。
同じように西洋では使用出来ても日本の土壌では使用が難しい、という兵器は存在する。

「使えぬのなら使えるよう改良すれば良い。この弓のように複雑怪奇な構造でなければ、な」

予想より早く南蛮の技術を取り込める。
そう思った信長は無意識の内にほくそ笑んでいた。






十一月は比較的穏やかな空気だったが、十二月に入った直後から少し忙しくなった。
大豆とサトウキビが収穫時期に入ったのである。
栽培面積はサトウキビが1ha、大豆が50aほどだが上々の収穫が期待できた。
特に大豆は窒素肥料が少ないため、収穫が期待出来なかったが予想に反して大豊作だった。

(窒素肥料が集まれば、お爺ちゃんスペシャル栽培で、10a400キロ収穫が可能なんだけど……まぁ来年か再来年かなぁ)

静子は忘れているが大豆は軍馬の飼料として非常に貴重であり、軍事物資とさえ言える。
だが彼女の頭の中では醤油や味噌の原料程度なので、やたらと大豆の価値が低かった。

「うーん、味噌や醤油には塩が必要なんだけど……現時点では大量に手に入らないよねぇ」

現代ではコンビニでも売っている塩だが、戦国時代にはイオン交換膜製塩法など出来るはずもなく、もっぱら塩田を使った塩の製法だ。
しかし多大な労働力を投入して生産出来る塩の量は、雀の涙と言えるほど少なかった。

(流下式塩田を少し改造して、塩の大量生産を行うかなぁ。とにかく塩が足りない時点でかなり駄目ね)

調味料の基本でもあり、他の調味料を作るために必要な材料でもある塩はあればあるほど良い。
有機物でない塩だからカビも生えないし、ばい菌が成長するための養分もない。
よって大量に生産しても保存や管理方法に困らないのだ。はっきり言うと、壺か樽に入れて蔵に保管しておけば良い。

(米も大量生産したら保管に困るけど……こっちは木製サイロを作れば良いかな。後は収穫した米の脱穀と脱皮(だっぷ)を行う施設がいるかも)

施設というがそこまで機械的な設備は必要なく、ベルトコンベアのような流れ作業が出来る施設を静子は想像した。
幸いにも動力は水車で賄う事が出来るので、レーンを作る事にさほど苦労は必要ない。

「それはいいとして……まずは大豆だねー」

大豆を収穫した直後は天日干しをする必要がある。その為には、まず形整えをする必要がある。
次に場所確保だ。小さな庭には所狭しと天日干しされているものがある。
どう見ても無理な量なので、静子は家の前に長い干場を作り、そこで大豆を干す事にした。
入り口近くなので通りが少しだけ不便になるが、一週間から二週間なのでそれまで我慢する事にした。

脱穀するための乾燥が終わったら、次は本格的な脱穀をしなくてはならない。

地面に大きめの布を敷き、莢の付いた大豆の枝を深めの桶に叩き付ける。
それだけで大体は取れるがどうしてもとれないモノが出てくる。また莢や枝のカスなども溜まっていく。
それだけならまだマシだが、中には虫食い莢の中から幼虫が出てくる。
一匹一匹相手していては時間の無駄なので、ある程度溜まったら広く浅めの桶に移す。

そこからは人海戦術だった。大豆とそれ以外を分けていく選別を行う。
この時、大豆も綺麗な大豆と虫食いや食用として利用できない大豆を選別していく。
しかし一人でやれば時間がかかるので、大豆とカスの一次選別と大豆の分別を行う二次選別と分けて行う事にした。
そうして更に一日かけて分別し終えた綺麗な大豆は四八〇キロ程になった。
その中から来年の種付けに使うものを分別し、最終的に食用として使用出来る大豆は四〇〇キロになった。
そして、出てきたカスや虫は堆肥の材料にし来年の肥料とする。

「むふふ、良い感じに収穫出来たね。来年はこの十倍は収穫したいところ」

「労働力も十倍必要な気がしますが……」

整理の終えた大豆が入った桶を見て、若干引き気味の彩と満面の笑みを浮かべた静子が言う。
見る人が見れば宝の山なのだが、静子には単なる大豆の山にしか見えていなかった。

「さて、これを使って味噌と醤油を作るかー」

「(しょうゆ……?)整理し、半分をお館様に納めた後でお願いしますね。それとあのすすきのお化けは一体……?」

「分かってるよー。次はサトウキビの方を処理しないとね。さっさと黒砂糖を作りましょうか」

そう言いながら静子は最後の大きな収穫物、サトウキビの処理にとりかかった。
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