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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄九年 尾張国ノ農業改革

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千五百六十六年 十月上旬

蔵に納める俵の数を計算してから、信長は先ほどまでの態度が嘘のように静かになった。
形式的な報告を終えた後も、無理難題を言ってくる事なく静子を開放した。
突然の豹変に首を傾げる静子だが、藪をつついて蛇を出す愚を犯すことなく、余計な口を挟まず静かに城を後にした。
そして静子が去ってから少し経った頃、信長は森可成と滝川一益を呼び出した。

「静子の件はどうじゃ」

「申し上げにくい事ですが、彼女に関する情報は一つもありませんでした」

申し訳なさそうな顔で頭を下げた滝川を一瞥した後、今度は森可成の方へ顔を向けた。
信長が何を問いたいのか理解した森可成は、頭を下げつつこう言った。

「彼女にあのような才があるのは、私も初めて知りました」

静子は信長の前で、漢字とひらがなとカタカナを書き、更に計算式を用いて四則演算を行った。
現代なら小学校で学ぶレベルの話だが、それが戦国時代となれば話は別だ。
算術は基本的に商家の人間や、織田信長などの国人クラスの人間以外殆ど知らない。
自陣営の兵士が何万、敵方が何万という彼我の戦力差を分析する能力なら武将も持ち得るが、それは非常に大雑把なものである。
いずれにせよ漢字を書き、算盤(そろばん)を使わず細かい数値を計算する事は、百姓生まれの人間が持つような技術ではないのだ。

「……綾小路家の方は」

「静子殿のような女児が生まれたという報告はないそうです」

「……」

滝川の言葉を聞いた信長は静かに目を瞑る。

「奴と初めて会った時、わしは一度も名乗りをあげていなかった」

五分ほど経った頃、信長はそのままの状態で語り出した。

「なのに奴はわしの名前を口にした」

「それは……」

「その時は気にしなかったが、後日気になって静子に尋ねた。奴は何と答えたと思う?」

その問いに森可成と滝川は答えられなかった。
彼らは信長をよく知っているが、静子は全くかかわり合いのない人間だ。
それを一発で相手が誰か見破るなど出来るはずもない。
間者の線も考えられたが、それにしては静子から悪意や敵意などが感じられなかった。

「紋と義元左文字じゃ」

予想外の答えに二人は思わず息を飲む。

「確かに『五つ葉木瓜紋』が描かれた肩衣かたぎぬだった。そして義元左文字を腰に佩いていた。だが、それだけじゃ」

扇子を手の中で弄びながら信長は更に言葉を続ける。

「奴は諸国が欲しがるほどの卓越した才を持ちながら、それを鼻にかけるそぶりすら見せず極めて自然体だ。公家の家名を持つが故か、礼儀作法にも明るい。そして武田やわしの事に関する事にも詳しい」

そして、と口の中で呟いた後、森可成と滝川を見据えながら告げた。

「奴自身が気付いておるか不明じゃが……静子は人の才を見抜き最適な仕事を割り振れるほど、人を扱うのが上手い。あれこそが静子の最も恐ろしい才じゃろう。それを理解した時、わしは奴と巡り合わせた神仏へ感謝の念を抱いたわ」

「しかしお館様。己の生まれを語らぬ者を信用するのは、いささか問題かと思われますが……」

「ふむ……確かに信用し過ぎは良くないでしょう。ですが私個人の感想で言えば、彼女は素直過ぎて間者に向きません」

滝川の苦言に対して、森可成は同調しながらも静子を庇う。
この中で一番静子と接点がある彼は、静子が間者とはとても思えなかったのだ。
それは先ほど森可成が言った通り、戦国の世に合わなさすぎるほど素直な性格故にだった。

「可成の言うとおりじゃ。だが一益にも一理ある。今すぐどうこうする必要もないが、保険をかけておく必要もある」

パンっと信長が軽く手を叩くと、入り口のふすまが静かに開けられた。
そこには――――。






森、滝川などの腹心と信長が静子の処遇について話し合ってる頃。
彼女はある事で頭を悩ませていた。

「うーん……決断しろと言われても……ねぇ」

「すいません、村長。いきなりの事で無茶なのは重々承知なのですが、何分猶予がないもので」

左側に控えている元村長の代一が、後頭部をかきながら頭を下げる。
彼だけではない。金造や田吾作、それから咲にお空など、元々いた村人の大半が集まっていた。

静子を筆頭に、彼らは村の公共施設とも言える長屋に集まっていた。
上座に村長の静子が座り、左右に初期の村人たちが座っている。
しかし彼らとは異なる風貌をした、まるで山間に住む猟師ような風貌の男たちが四人ほどいた。
格好は様々だが皆一様に痩せこけており、極度の栄養失調である事が一目で見て取れた。

「図々しい申し出なのは重々承知しております。しかし、このままでは村の人間は皆餓死してしまいます。どうかお情けを」

そう言って四人の内、リーダー格の人間が静子に向かって深々と頭を下げた。
自分より一回りも二回りも下の、それも女に頭を下げるのは、彼のプライドを深く傷つけるだろう。
だがその体裁を気にする余裕すら彼らにはなかった。

「(まさかこの村と山間部にある村が、元は一つの村だったとはねぇ……)頭をお上げ下さい、二作様。私も支援をする事に異論はないのです」

ですが、と静子は前置きをした後、静かに告げた。

「このまま支援をしても近い将来、二作様たちは村を捨てる事になるでしょう」

その事は二作も理解していたのか、静子の言葉に渋面を作る。
何しろ去年から二作の村に対して村人は細々と支援をしていた。
だが今年になっても状況は改善されず、むしろ悪化の一途を辿っていた。
だからこそ静子に直接支援の願いを申し出てきた訳だ。

「……ではどうしろと? 我々も散々手をつくした。なのに状況は一つも変わらない! これ以上何をすればよろしいのですか!?」

何も出来ない自分への苛立ちなのか、二作は語気を強めながら語る。
だがすぐに我を取り戻した彼は、頭を軽くふった後静子へ頭を下げた。

「我を忘れてしまい無礼を働いた事、申し訳ありません」

「大丈夫です、私は気にしていませんから。それより、そちらの村の問題点を解決するために、話し合いをしましょう。ですがその前に……」

静子は玄関に向かって手を軽く叩く。
すると、玄関の扉が開けられ、続いて数名の女性が手にお盆を持って入ってきた。
それらを二作を含む全員の前に置くと、彼女たちは一礼をして去っていった。

「長旅でお疲れでしょう。まずは空腹を満たして下さい。それから話し合いに入りましょう」

彼らの前に置かれたのは料理だった。
それは梅干しの入った白粥、それから数枚の糠漬けだった。






最初は料理に戸惑った二作たちだが、静子の「遠慮なさらず、どうぞお召し上がり下さい」の言葉で白粥をいただく事にした。
お粥を初めて見たのか、おっかなびっくりな感じで食べていたが、やがて食欲が勝ったのか彼らはがっつくように食べた。

「この様な施しを頂き、感謝に絶えぬ」

「あ、いえ、はい」

本人の性格なのか、それとも元は武家の人間か何かだったのか、二作はとても礼儀正しかった。
静子としては二作たちが極度の栄養失調からくる寒さに震えていたため、消化が良く体も温まる白粥を出した程度なのだが。

「それで問題点なのですが、その前に私の予想を言わせて下さい。間違っていたら都度訂正をお願いします」

「承知つかまつった」

予想、と静子は言ったが実は今から語る内容は、だいたい当たってると彼女は思っていた。
何しろ今年の春にはその問題点に気付いていたが、他の村の問題であるが故に手出しを控えていたという経緯がある。

「二作様たちの村は、川の水に泥が多く混じっていて生活のために利用出来ない状態ですよね?」

瞬間、二作たちの顔が強張った。
二作たちだけではない。代一や田吾作、金造たちの顔も同じように強張っていた。
その表情から、静子は自分の指摘があながち間違っていない事を確信した。

「そして山が昼間でも暗くじめじめしているために、自分たちの狩場に獣が寄り付かなくなった。だから肉や毛皮で生計を立てる事が出来ず、日々の食料に窮している。この二点が問題点となっていませんか?」

「……そなたは神通力でも使えるのか。何故、我らが窮してる理由が分かるのだ」

「そんなに難しい話ではないです。山間に住む人たちは、薪、炭、材木、鉱物、獣肉、皮革を生産物としますから、そこから推測しただけですよ」

鉱物は貨幣、刃物、農具や日常品などに使われるため、山が暗くても影響は少ない。
だから山が暗くて獣が寄り付かなくなっている事が問題だと思う人間は、猟師や炭焼き、木こりなどの人間だ。

「木々が混みあった森林によって、木々の成長が悪くなり、太陽光が殆ど差し込まない状況ですよね。それで二酸化炭素の吸収力も低下してますし、下草も生えず、木が根をしっかり張る事が出来ないほど土地が痩せている。その結果、下枝が枯れ上がり、どの木もひょろっとした状態なので薪として売る事が出来ない。そんなところとお見受けします」

「……言葉の意味は大半分からぬが、概ねその通りで間違いない。薪になるような木が出来ず、更に獣の餌となるものがないため、獣たちが寄り付かず肉を売る事も出来ない」

「やはりそうですか。となると解決策としては『井戸』と『間伐』、それから川の水をろ過する設備が必要ですね」

何年、下手をすれば十数年もの歳月に渡って村人たちの頭を悩ませていた問題に対して、静子はあっさり解決策を提示した。
余りに簡単に言ったため、二作は最初彼女が何を言ったか全く理解できなかった。

「金造さん。以前お願いした『井戸』の為の道具類。全部揃っていますか?」

「へ? あ、はい。一応、村長が言った通りのものは用意出来ていますが」

「了解です。田吾作さん、炭、長めの草木、小石類を集めてきて下さい。代一さんは、大きめの桶とそれを包めるほどの布を用意お願いします」

「へい、分かりやした!」

「分かりました」

それで必要なものは揃うと思った静子だが、二作たちを見て大事なことを思い出した。

「咲さんとお空さん。村へ持っていくための折詰弁当を用意お願いします。向こうの方にも働いて貰わないといけませんが、空腹でまともに動けないでしょうから」

「わっかりましたー」

静子の言葉に元気よく答えたお空は、そのまま勢い良く外へ飛び出ていった。
弁当のメニューも何も伝えてないのだが、と思った静子だがそこまで細かい指定は不要かと思い直した。

「いや、あの……何をなさって?」

話についていけない二作が、驚いたような顔をしつつ静子へ質問をする。

「これから二作様の村へ行って、問題になってる事を解決するのですよ」

二作の不安を吹き飛ばすかのように、静子は極めて明るくそう言った。






それから一刻(約二時間)後、それぞれ準備したものを手に静子たちは二作の村へ向かった。
流石に山登りなので咲とお空は村で待機させ、弁当類は村の男衆が持ち運ぶ事にした。
静子は二年近く山であれこれ採取したり、鹿を狩猟したりしていたので、勝手知ったる庭のように軽々と登っていく。
しかし山登りなどしなくなって久しい金造と田吾作は、目的地の半分近く辺りから息も絶え絶えだった。
そのせいか、予定より少し遅い昼過ぎに二作の村へ到着した。

「ちょ、もう無理っす……死にそうです……」

「村長……どこにそんな力が……うぷっ」

村についた瞬間、金造と田吾作はその場に崩れ落ちた。
ぜいぜいと肩で息をして、腰から下げている竹水筒の水をがぶ飲みしていた。

「山に登って薬草を採取したり、鹿を追いかけたりしてたからねー。そのせいで体力がついたんじゃないかな?」

肩で息をしている二人に対して、普段とあまり変わりない静子がケロッと答える。
若干汗はかいていたが、金造と田吾作のように体力の限界を訴える様子が彼女からは感じられなかった。

「話が終わったら、作業開始だからね。それまでに息を整えててね」

そう言うと静子はヘバッている二人と、やせ我慢して無理に立っている代一を置いて二作の村へ入った。
先頭に二作たち、その後ろに静子。そして更に後ろにヴィットマンとカイザー、ケーニッヒという順番だ。

「あ、村長お帰り――――ヒぃっ!!」

狼三匹を引き連れてきたせいか、会う度に村人たちが悲鳴を上げたのは無理からぬことだった。
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