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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

永禄九年 尾張国ノ農業改革

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千五百六十六年 九月中旬

米の収穫が行われる中、静子は別途あるものを確保するために出かけた。
暫くは怖くて近寄れなかった場所の付近に設置しておいたニホンミツバチの巣箱だ。
そこはヴィットマンと再会した場所であると同時に、野盗に襲われた場所でもあった。

くだんの野盗の件を信長に報告したら、彼はたいそう憤慨した後、兵士を派遣して付近一帯の野盗を根絶やしにした。
どうにも自分のお膝元で、野盗を働かれたのが酷く気に障ったらしい。
史実通りの気短さだと静子は震えながら思った。

「まぁお陰で安心なんだけど……なんか複雑だ」

「何がですか、村長?」

採蜜に連れてきた田吾作が首を傾げつつ尋ねる。
静子の独り言が聞こえていたようだが、その意味までは分からなかったようだ。

「ううん、何でもない。それより準備はいいかしら?」

「問題ないです。でも、ほんとうに大丈夫なんですか……?」

そう言いながら田吾作はチラリとある方向を見る。
そこにはもはや数えるのも馬鹿らしいほど、ニホンミツバチが飛び回っていた。
田吾作が及び腰になるのも無理はない。

「大丈夫大丈夫。さってまずはヒノキ系の葉で煙を発生させるよ」

「大丈夫かなほんと……」

心配しながらも田吾作は予め用意していた七輪の上に、静子が用意したヒノキ系の葉を並べていく。
すぐに葉が熱せされるが、乾燥していない生葉なので大量の煙が発生した。
その煙をニホンミツバチの巣箱がある方へ扇いで送り込む。

すぐにニホンミツバチに変化が生まれた。
周囲を飛び回っていたニホンミツバチが、慌てるような感じで巣箱へ逃げ出したのだ。
五分もしない内に、巣箱の外を飛んでいたニホンミツバチは数えられるぐらいに数を減らした。

「次はこれを……」

七輪を手に持つと、静子はそれを巣箱の近くへ置く。
そして燻す葉を追加投入し煙の量を増やした。
すぐに煙は巣箱を覆い隠すほどの量となったため、僅かに残っていたニホンミツバチも巣箱に入っていった。

「これで準備万端よ」

「すげぇ……」

一瞬にしてニホンミツバチを巣箱に追い込んだ静子に、田吾作は尊敬の眼差しを向ける。

ここで静子が行ったのは、煙を使ってニホンミツバチに山火事が起きてると勘違いさせたのだ。
勘違いをさせると、ニホンミツバチは蜂蜜を食料として多く蓄える習性がある。
これは越冬する為の蜜を確保させるのと、ミツバチをおとなしくさせる事ができる。
ミツバチは腹いっぱいになると、攻撃性と行動力が共に減り巣から動こうとしなくなる。
このお陰で防護服などの対蜂装備がなくても、簡単に巣箱を動かす事が出来る。

「んじゃ次は女王バチを探さないとなー。あ、田吾作さんは重箱の準備お願いします」

「了解っす」

七輪をどけると静子は重箱の隅を軽くコンコンと叩く。
その後、巣箱を分解して女王バチを探す。
案外簡単に見つかり、その重箱を新しく設置する巣箱に混ぜた。
こうする事で女王バチの移動を感知した働き蜂が、そちらへ移動しようと考えるのだ。
また重箱に巣があるので、蜜蜂はかけた巣を補おうと考える。

案の定、古い巣箱からニホンミツバチは次々と移動していった。
だいたい移動したと考えた静子は、底箱と重箱を全て回収する。
そして台の上に新しい底箱を置くと、田吾作が感心するほど慣れた手つきで巣箱を組み立てていった。
十分もしないうちに、真新しい巣箱がその場に設置された。

「これでよしかな」

「凄い……ってこれは何ですか?」

籠に入った重箱を不思議そうに見ながら田吾作は尋ねる。

「何って巣板だよ、これから蜂蜜が取れるんだ。それだけで大体三キロはあるかな?」

「はい? 蜂蜜……?」

「あー、まぁ貴重な薬だよ。お館様に献上して、色々と無理を聞いてもらおうかと思ってね」

「はぁ……」

「多少味を楽しむのはいいけど、これって下手に摂取すると危険なんだよねー」

蜂蜜は自然界で最も甘い蜜で約八割の糖分と二割の水分によって構成されている。
ビタミンやミネラル類といった栄養素も僅かに含まれているが、基本的には糖分が多い。
だが何と言っても蜂蜜の最大の利点は、長期保存を可能にする殺菌作用だろう。
エジプトのピラミッドから三千年前の蜂蜜が発掘されたが、全く変質していなかったという記録があるほど、蜂蜜には強い殺菌作用がある。
必ず食用にする必要もないため、殺菌作用を利用して傷口の消毒に使う事もできるのだ。

(まぁこの時代、蜂蜜の摂取し過ぎで糖尿病になるとは思えないけど……ね)

「まー村長のお陰で戦に行かなくて済むので、これも大事なものなんですね。しっかり運びます!」

「後二つ巣箱があるけど、頑張って採取するぞー」

掛け声を上げた後、静子と田吾作は残り二つの巣箱からも同様に巣板を採取した。
収穫出来た蜜の量は大体十キロ程度だったが、元々ニホンミツバチは蜜の収穫量が悪いので、これでも上々の成果だと静子は思った。






収穫時期が冬になる大豆以外を収穫し終えた静子は、米俵、野菜、蜂蜜などの献上品を荷台に載せていく。
全てを積み終えた後、待機していた荷台の護衛である信長の兵士たちに出発の合図をする。
運搬量が昨年と桁違いなので、数時間の移動でも安全を期すため、信長の兵士に護衛を依頼したのだ。
今年の献上品を売れば莫大な富となる。
その事を何よりも知っていた静子だったので、慎重に慎重を重ねた訳だ。

そのお陰なのか道中何事も無く、信長がいる小牧山城(こまきやまじょう)へと辿り着いた。
しかし毎度ながらすぐ会える訳もなく、身嗜みを整えさせられ、やたら重たい服装に着替えさせられた。
だが毎度の事なのであまり深く考える事なく、静子は信長が現れるまでボーっと待っていた。

暫く待機していると、突然ドスドスと凄い足音が静子の耳に届いた。
不思議に思いながら入り口の方へ顔を向けた瞬間、勢い良く入り口が開けられた。
壊れるのではと思えるほどだったので、静子は思わず驚いて背筋を伸ばした。

ふすまの向こうにいたのは織田信長だった。
ただし普段と違って、鬼も裸足で逃げそうなほど憤怒の表情をしていた。
その理由が分からずオロオロとしている静子に、信長は大股で近づく。
そして無言のまま静子の頭に拳骨を振り下ろした。

「むきゅうっ!」

拳骨を貰った静子は痛む頭を両手で押さえながら悶える。
しかし正装が重たく、彼女は思ったように身体が動かせなかった。
もしも場所を気にしなければ、その場でのたうち回っていただろう。
それほど痛い拳骨だった。

「この大うつけが。あんな化物俵を持ってくるなら、最初からそう言え!」

「はいぃ! ちょ、ちょっとお待ちください! 一体何のお話ですかー!?」

そう叫ぶ静子だが、信長から返答はなく追加の拳骨が振り下ろされた。
流石男尊女卑の戦国時代、女に対して容赦なしの鉄拳だ、と静子は現実逃避して痛みを忘れようとした。
だが痛いものは痛い。

「お、お館様。お怒りをお鎮め下さい。まずは静子殿から話を聞きましょう」

静子が痛む頭を押さえながら悶えてる間に、別の誰かが謁見の間に入ってきた。
声だけで誰か分かる。信長の側近、森可成だ。
涙目で顔を上げると鬼の顔になっている信長に、必死で説得をしている森可成の姿が見えた。
流石に側近の言葉と、拳骨を落とす事で怒りを発散できた事もあって、信長は少しずつ冷静さを取り戻していった。

「……静子、説明して貰うぞ。あの大きな俵を」

言うやいなや座り込んでいる静子を無理やり立たせると、信長は彼女を引きずりながら移動する。
その後ろに困り顔の森可成がついていくという、何とも奇妙な光景が繰り広げられていた。

暫く強制的に移動させられた彼女が到着した場所は蔵だった。
近くに米俵が置かれている所を見るに、納税された米を保管する場所か何かだと静子は理解した。

「あの化物俵のせいで、蔵にしまう数が決まらん。今から全部を入れ替えるのも時間がかかる。さて、静子よ。あの化物俵で運んだ理由、しっかりと説明して貰うぞ」

「あ、え、は、はい。俵ってあの大きさ……じゃないんですか……?」

静子は俵と言われれば一つ六〇キロ、幅七十五センチ、直径四十七センチがすぐに思い浮かんだ。
だが実際は三十キロ、二十キロ、十キロと、俵でも幾つかの種類がある。
その事をすっかり失念していた静子は、六十キロサイズの俵に米を全部詰めて運んできたのだ。
俵を作る藁が足りなかったので、あちこち手を回して足りない藁を手に入れる労力を払ってまで。

だが彼女の努力虚しく信長の蔵は三十キロ、現代で言うところの半俵が決まりだった。

そこまで理解した静子は、わざわざ手を回して藁を集めて作った米俵をもう一度見る。
圧倒的な存在感だった。
たった三個しか積んでいないのに、遠くから見ても分かるほど威圧感を放っていた。
信長が化物俵と表現したのも頷ける。
隣にある三十キロの米俵が、まるで赤子と思えるほど小さく見えるのだから。

「あの大きさが貴様の常識か。そうか、ではあの数を保管する蔵がいくつ必要か答えろ」

「は、はい?」

「聞こえなかったか。貴様が納めた米俵を保管する蔵、それがいくつ必要か答えろ」

蔵の数を答えろ、と信長はいうが、実際は新設する蔵がいくつ必要か計算しろと静子に言っている。
いきなりの事にパニックを起こしかけた彼女だが、深呼吸してなんとか冷静さを取り戻す。

「えっと……すいません、今使っていない蔵はいくつありますか? 後、一つの蔵に米俵はいくつ入りますか?」

「……確か一蔵ほど余っていたはずだ。そして一蔵に米俵は一二〇入る」

「はい、ありがとうございます。あの……計算するので少々お待ちください」

粗方聞きたい情報を手に入れた静子は、鉛筆代わりに使っている木の棒を袖から取り出す。
計算したり、色々な案を考えたりする時、彼女はノート代わりに地面へ書いている。
その関係で先が少しだけ尖った木の棒を常に持ち歩いていた。

それを手に持つと、静子は計算式を地面に書く。

(ええっと……私の米俵が六〇キロ。お館様の米俵が三〇キロ……かな? とりあえずそれで計算しよう。で、一蔵に一二〇個入るという事は、私の米俵は半分しか入らない。単純に考えて二蔵あれば入るよね)

静子が納める米俵の数が百個だったため、信長は一蔵しか用意していなかった。
だが届けられた米俵のサイズが規定の倍あったため、一蔵では入りきらなくなった。
それだけの話なので、実際はそこまで難しい話ではなかった。
単純計算して五〇俵ずつ一蔵に収納すれば良い。
そして余ったスペースに、他の米俵を収納すれば問題ない。

(三〇キロが一二〇個だから、収納容量は三六〇〇キロ。六〇キロの俵を五〇個入れたら三〇〇〇キロ。六〇〇キロほどあまりが出るから、三〇キロの米俵を二〇個収納すれば良いね)

実際はそこまで単純ではないが、ある程度の目安にはなると静子は思った。
メインは自分の米俵なので、追加で入れられる三〇キロの米俵はもしかしたらもっと少ない可能性もある。
そこは臨機応変にお願いするしかなかった。

「はい、分かりました。蔵は二つ使います。一つの蔵に私が納めた米俵を五〇個納めて下さい。少しだけ空きが出来るので、本来の米俵を二〇個ずつ納めて下さい。二〇個全部入るか分かりませんので、もし入らない場合は数の調整をお願いします」

計算が綺麗に出来た事に満足した静子は、手についた土を払った後、信長の方に顔を向ける。
しかし態度がいささかフランクすぎた事に気付いた彼女は、慌てて姿勢を正して平伏する。
だが、信長は静子の言葉に反応する事も、ましてや態度に立腹する事もなかった。
ただ静子が地面に書いた文字、もとい計算式を複雑な表情をして見ていた。

計算式、それは次のように書かれていた。

『30×120=3600キロ・・・・・A
A ー(60×50)=600キロ・・・・B
B/30=20・・・・・・・・・・・・C

一蔵に50の大俵と20の俵』
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