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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

天正元年 畿内の社会基盤整備

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千五百七十四年 三月下旬

静子は中断していた清書を手早く済ませると、すぐに着替えて謁見に臨んだ。小姓が到着を告げて静子が入室すると、光秀の遣いは平伏して待っていた。

「お待たせしました。挨拶や口上は無用です。早速本題と参りましょう」

夕暮れ時に訪れ、日を改めることも出来ぬという用件だけに、静子は少しでも時間を節約すべく先を促した。
恐縮しつつも光秀の遣いが語った内容は次の通りであった。

京の治安が回復して以降、商人たちが持ち込む様々な物が流通し、公家達はおろか庶民にまで幅広く親しまれ始めた。
大通りには大店(おおだな)が軒を連ね、珍しいものを(あきな)っている。
中でも歌会や茶会に欠かせぬ菓子を扱う商店は、公家達の遣いが競うように商品を購入するようになっていた。
そして帝主催の歌御会(うたごかい)の席で、反近衛派の公家達が供された茶請けにケチをつけた。

曰く、近年朝廷に齎される流行はいずれも近衛家から発されるものであり、帝のご威光も(かげ)ってしまった。
近衛家だけに大きな顔をさせるのではなく、帝の権勢が衰えぬことを示されてはいかがかと。

ともすれば不敬に問われかねない挑発的な発言だが、こうまでコケにされては帝も引き下がるわけにはいかなかった。
そこで帝は朝廷に近い光秀を頼り、近衛家を通さず公家達をあっと言わせる菓子を求めた。

「……格式高く、それでいて誰も目にしたことのない美味なる菓子ですか……」

用件を聞く前から嫌な予感はしていたのだが、悪い予感ほど良く当たる。格調などとは縁遠い、庶民派の静子としては暗澹たる思いだった。

「我らも方々手を尽くしましたが、ついぞこれだと言うものを見出せませなんだ……。されど、我らが主は静子様ならば良いお知恵をお貸し下さるのではと……」

「ふむ……」

静子は扇子で口元を隠しながら、目まぐるしく思考を巡らせた。おおよその事情は理解でき、使者が持参した光秀の文より、公家達の狙いどころも把握できた。
これは朝廷内の権力闘争の一環なのだ。朝廷での力学が近衛家の独壇場であるのを面白く思わない勢力がおり、彼らが手勢を使って帝を挑発したという背景があった。
事実、帝は近衛家を頼らず光秀に協力を打診した。近衛家一派外しの第一歩は成功したが、帝が頼った相手が悪かった。
朝廷の事情にも明るい光秀は、正確に公家達の思惑を見抜き、最善の一手として静子に白羽の矢を立てた。
静子は恐縮しきりといった遣いの様子を見て、ふと思いついたものがあった。それは現代に於いて静子の祖父が黄綬褒章を賜ったおり、時の天皇陛下より下賜された記念品の存在であった。

「(あれなら格式高く、帝の権威を示せるね)帝直々のご依頼とあれば断ることもできませんね。少し時間を頂戴しますが、帝のご威光を示す菓子については承りました」

信長に問い合わせようかとも考えたが、黒幕の狙いが読めている以上、受けろとしか言われないのは明白だった。
光秀の遣いが辞去(じきょ)した後、静子は改めて帝に相応しい菓子について思いを巡らせた。
演出については参考に出来るものがあるため問題ない。肝心な中身をどうするかについて、静子は知恵を絞ることとなった。

「確かに私にしか出来ない依頼かな。近衛様が力を持ちすぎる事を警戒しているんだろうね」

中々に難しい問題だと静子は思っていた。単に珍しい菓子を用意するだけなら光秀にも出来る話だ。
彼の伝手を駆使すれば、尾張・美濃の職人たちを動員して、珍しい菓子を用意することも難しい話ではない。しかし、そこに静子を絡ませねばならない理由。

「帝が自発的に求めた織田家に属さない勢力。それを担ぎ上げて朝廷での勢力を二分しようとする者たちが居る……か」

近衛前久が織田家と親しいのは公然の事実であり、朝廷にとって信長は最大のスポンサーでもあった。しかし、朝廷も一枚岩ではなく、全員が信長の影響下にあることを良しとしている訳ではなかった。
中には勢力基盤に寺社勢力を抱える、織田家に反抗的な公家も存在する。武家や仏家でも同じことが起こっているのだ。公家内で起きないはずがない。
しかし、前久の関白就任以降、このパワーバランスが大きく崩れたのだろう。
今までは勢力維持に汲々としており、表立って反抗することは無かった。しかし、この度は手勢を捨て駒として切り捨てでも、大きく博打を仕掛けてきていた。
考えようによっては、相手はそれほど追い詰められているとも見られる。

「黒幕まで一気に潰すのは無理だけど、噛みついてきた以上は手足の一本も貰わないとね」

直接自分達の手を汚さず、帝の威を借りて博打を打つ。悪くない手だと静子は思った。しかし、知略に優れる光秀の目にはその思惑が透けて見えていたというのが運の尽きだった。
ようやく訪れた平和な時間に、要らぬことを企んで余暇を奪ったからには、相応の報いを受けてもらわねば静子の腹の虫は収まらない。
これを機に、黒幕の喉元まで刃を突き付けることが肝要だと静子は考えた。

「よし! 中身はともかく、外側を造るにも時間が掛かる。早速取り掛かろう」

良い作戦を思いついた静子は、各所に協力を求める文をしたためるべく筆を取った。






各所に文を飛ばしてから数日が経ち、静子が滞在する京屋敷に文を送られた相手が集まっていた。近衛前久、明智光秀、細川藤孝の三人であった。
静子は試作品を見せつつ、彼らに手筈を説明した。

「悪くない趣向ですね」

試作された容器を眺め、細川が感想を述べた。静子が参考にしたのはボンボニエール(ボンボン容器という意味のフランス語)。皇室の慶事の祝宴などで引き出物として配られてきた『菓子器』であった。
開いた扇を(かたど)り、いぶし銀で表面を仕上げた手のひらサイズのボンボニエールは、雅かつ重厚であった。
誰の目にも一目で高級品と判る存在感を示しつつも、決して下品にならない風格を備えていた。
中に込められた菓子は、尾張の酒蔵に特別に作らせた特濃の濁り酒を閉じ込めた日本酒ボンボンとでも呼ぶべき菓子だった。
菊の花を模したボンボンを噛み砕けば、中からトロリと濃厚な糖液が広がる。特別に発酵の終わった(もろみ)を砕いて入れ、蒸留しない範囲で最大限濃度を上げた濁り酒を用い、米の香りを感じられるシロップに仕上げていた。

「それで、この菓子の発案者を『仁比売(ニヒメ)』とするわけですか」

光秀の言葉に静子が頷いて見せる。相手の狙いとしては信長と光秀の関係を悪くする、いわゆる離間工作にある。
信長が近衛家の娘である静子を担ぎ、対する光秀は帝の親任篤い『仁比売』を奉じる。反織田家の公家達としては、織田家に楔を打ち込めた気になるだろうが、現実は同一人物である。知らぬは敵ばかりとなっていた。
これを機に光秀には反織田勢力の公家達が接触を図ってくるだろうが、全てが信長に筒抜けとなる手筈となっている。

「そして私が後で悔しがってみせれば、相手は策が成ったと馬脚を(あらわ)すわけか」

前久が顎を撫でながら感心する。肝心の歌会は狩野(かのう) 松栄しょうえい)の絵に対して歌を作り、その出来栄えを競うというものだ。
絵の選定は前久が行い、細川が歌を考え、光秀が懇意にしている公家がそれを歌って賞を賜る。いわゆる出来レースだが、舞台裏を覗けぬ限り、敵方である前久が混じっているため露見することは無い。

「こういう時は第三者を混ぜておくと良い。どこかにケチを付ければ、色々な方面に喧嘩を売る事になる」

静子は腹黒い男達の駆け引きに感心していた。絵は狩野派(かのうは)の物であり、歌については細川が著名な歌人と(はか)り、賞を得るに相応しいと言質を求める。
そして帝の威光を示す菓子は、目の肥えた前久からしても出色の出来であった。絵も歌にも文句を付けられず、恩賜品の発案者は帝のお気に入りである。
反織田家の公家達は勢いづくであろうが、それこそが致命の罠となる。光秀という毒を飲み、手の内を晒して失脚するという未来へ、自ら進むこととなるだろう。

「承認を頂けたようで幸いです。では、皆様よろしくお願いします」

静子の言葉に各々が頷いた。作戦の成果は覿面(てきめん)であった。光秀は反織田の公家達に取り入り、知り得た情報を前久に流す事により、反織田勢力の手足を潰していった。
彼らは拠り所を求めて光秀に傾倒し、光秀と前久が共謀しているが故に飼い殺しとなった。

「順調順調」

歌御会でお披露目されたボンボニエールは帝の権威を充分に示し、以降も折に触れて下賜される品として定着した。容器には十六八重表菊、いわゆる菊のご紋が刻まれ、皇室のみに卸されることとなる。
継続して皇室にボンボニエールを納める手配をしている頃、静子の許に信長からの文が届いた。
自分が居なくては出来ない仕事は無いと判断し、三人に後を託して京を離れた。
岐阜城に着いた静子は、信長が指定した彼の茶室へと向かった。茶室の(にじ)り口を難なく潜り抜け、人払いの済んだ室内に上がった。
室外に護衛こそ立つものの、内部の会話は外には漏れない。護衛すら排する必要のある話題なのだと静子は悟り、自ずと背筋を伸ばして座った。

「これを見よ」

信長は静子の到着を労う前に、折りたたまれた文を投げ渡す。
対面に座す信長から炉を跳び越えて飛来した文が、畳を滑って静子の許へ届いた。彼女はそれを受け取り、中身に目を通す。
内容は北条の動向に関する報告書であった。北条家に潜り込ませている間者が齎した情報だが、読み進むにつれて静子の眉間に皺が刻まれる。

「これは……厄介ですね」

「決断できぬ愚図と侮っておったが、こうも状況が(はま)ると評価を改めねばならぬ」

北条家の当主、北条氏政が織田家に(くだ)らぬ理由として、連綿と関東を支配し続けてきた北条家の自負があった。
仮に織田家に降ったとして、北条家を待ち受けるのは武田との合戦となる。領土を多少切り取るいくさではなく、双方の存亡をかけた総力戦の先鋒を務めることとなる。
そうなれば領民にも多大な負担を強いることとなり、織田家にとって都合の良いよう使い潰される未来が予想される。
これ以上決断を先延ばしにすることは出来ない。織田家に降るか、それとも武田と手を取り合って牙を剥くか。決断の場面に至っても、なお北条氏政は決断を保留していた。

「これを見て、貴様はどう思う?」

「東国征伐に影響が出るやも知れません。武田は三方ヶ原で敗北を喫して以降、上杉の南下を危惧して北条と同盟を結びました。結果的には杞憂に過ぎませんでしたが……今もなお、同盟が継続しているということが問題です。武田征伐に向かえば北条とも矛を交えることになるでしょう」

潜在的な敵は他にも存在した。それは味方である上杉家が抱える北条氏康の七男(上杉景虎)の存在だ。上杉謙信がかつて養子に取った彼の陣営が、北条の危機に際してどのように動くかが不透明であった。

「ふっ……(から)(ここでは中国の(とう)王朝ではなく、漠然と外国を指す)の故事に、難事に立ち向かう姿勢を矢に(たと)えた逸話がある。一本の矢は容易く折れるが、幾本もの矢を束ねれば折ることは適わぬ。人もまた同じ……武田、北条、上杉の跳ねっ返り。これら三者が強固に結託すれば、如何に我らとて容易ならざる苦戦を強いられる」

信長の言葉を耳にし、静子は毛利元就(もとなり)の『三矢の教え』を想像していた。
しかし、毛利元就が息子三人に伝えたとされる『三矢の教え』は、後世での創作と見做(みな)されている。
信長が挙げた中国の『西秦録』の故事や、モンゴル帝国を築いたチンギスハーンの逸話、イソップ物語など世界各地でその類型が見られる。

「しかし好機ともとれる。これで奇妙にいくさの負け方(・・・)を学ばせる場が作れる」

一歩間違えば関東に反織田の橋頭保を築かれるという瀬戸際だと言うのに、信長の口からは予想外の言葉が漏れた。
静子が思わず彼の顔を見つめるが、信長は楽しげに笑みすら浮かべていた。

「いくさの負け方……ですか? しかしそれでは……」

「勝敗は兵家の常。しかし、奇妙は負けを知らぬ。常勝無敗などという事はあり得ぬ。いつか必ず敗北を喫するときがくる。だが、負けいくさにも上手な負け方というものが存在する。勝てぬと踏んだなら、早期に見切りをつけ、再起に繋がる有利な状況で負けることが肝要。負け知らずでは、己が失敗を受け入れられぬ。佞臣(ねいしん)(主君に媚び(へつら)う家来)を囲い、己の敗因を探りすらしなくなろう。そのような輩に天下を差配する資格はない」

静子の言葉を遮り、信長は信忠の望ましくない未来を語った。

「己が至らなさを認め、より高みを目指して反省・努力出来る者は強くなる。わしが尻を拭ってやれるうちに、奇妙には『自分が特別ではない』事を学ばせる必要がある。己の弱さと向き合った時、自分が見下してきた者たちが、自分よりも強いと言う現実を受け入れることが出来るようになる」

「それがために武田・北条、上杉の三国同盟が成立しても良いと仰るのですか?」

「そうじゃ。若い奇妙ならば、老獪な北条に屈したとて、恥とはならぬ」

「北条が敵対せず、軍門に下る可能性は……」

「ない。北条がどれほどのうつけ者であろうとも、一度たりとも矛を交えず降りはせぬ。北条侮り(がた)しと思わせねば、彼奴(きゃつ)には勝ち目が見えてこぬ。根底にあるのが北条家の矜持か、それとも苦難を受ける領民を想っての慈悲やもしれぬが、北条は必ずわしに牙を剥く」

「そこまで見越して、なお負けますか?」

北条は優柔不断から旗幟を鮮明にしないのではない。自身が不確定要素となることで、少しでも東国征伐に対して優位を得られるよう動いている。
そこまで見越していながら、敢えて後継者たる信忠の学びの場とする。並みの国人では到底下せぬ非情かつ合理的な判断であった。
負けいくさとなれば少なからず損害が出る。しかし、信長はそれすらも取り返せると(うそぶ)いてみせているのだ。
つまり、北条も武田も上杉も信長の予想の範疇(はんちゅう)を超えず、手のひらで転がされているに過ぎない。負けた後の局面までをも見通す信長の眼力に、静子は空恐ろしいものを感じずにはいられなかった。

()りとて、不安がないわけでもない。そこで静子、貴様には奇妙の目付役を申し付ける」

「目付役ですか?」

「負けを知らぬ奇妙は、劣勢に追い込まれようと逆転の手を模索しよう。しかしそれでは将来に禍根を残す、下手な負けいくさを演ずることとなる。貴様が目を光らせ、分の無い賭けに出ようとする奇妙を掣肘(せいちゅう)するのだ。奇妙が心から敬意を抱く人物は、そう多くない。数少ない存在である貴様の言葉なら、逆上した奇妙にも届こう」

「微力ながら務めさせて頂きます」

承諾の言葉と共に静子は信長に頭を下げた。色々と懸念事項は存在するが、今回ばかりは信忠の件が最優先と考えた。

「ふむ……負けいくさの後、再起を誓う言葉が欲しいな」

「景気づけですか?」

「負けいくさから学び、そして再起に懸ける奇妙の意気込みを示せる言葉が良い。敗北を単なる失敗で終わらせぬ、単純で力強い言葉が良い」

「そうですね……」

静子は(おとがい)に手をやって考え込む。どう言い繕おうとも負けは負け、それを呑んだ上で前向きの姿勢を強く示す。中々に難しいと思ったが、先ほどの故事に閃くものがあった。

「では、こういうのは如何でしょう? 束ねた矢は折れずとも、束ねた藁なら容易く折れる。か細い藁を、太い矢と見紛うたのが敗因よ!」

「……ふっ、くっくっくっ、はっはっはっ! 負けてなお、過大評価をしたと嘯くか! 余程の勝算を示さねば、到底受け入れられぬ言葉だが、だからこそ面白い!」

静子の提案に信長は声を大にして笑った。






静子は信長との謁見後、京へととんぼ返りする予定だった。しかし、帝から継続的に恩賜品の注文をしたいと言う申し入れが光秀を通じて届き、食材や職人の手配を尾張と美濃で行う必要がでてきた。
諸々の手配が終わるまで京へは戻らない旨を早馬で伝えることにし、そのまま自邸へと向かうことにした。
今回帝に献上したボンボニエールは材料から厳選し、最高の職人の手により仕上げられている。尾張最高の職人をほいほいと引き抜かれては堪らないため、徒弟を京へと派遣するよう手筈を整えた。
日本酒ボンボンについても、原材料こそ尾張でしか生産できないが、材料さえ持ち込めば現地で生産できるよう、皇室御用達(ごようたし)の菓子店を京に構えることにした。

静子は職人たちの移動や、機械設備などの搬送に過剰なまでの配慮をした。
その甲斐あってか、京までの道中では何事も起こらなかった。否、起こせなかったというのが正しい。
反織田派の公家達は妨害を企み、荒くれものたちを雇い、野盗を装って襲撃を試みた。しかし、運の悪い(・・・・)ことに同日、周辺の山狩りが行われ、彼らは襲撃前に算を乱して逃げ散ることとなった。
襲撃の失敗を知った公家達は、次なる一手を講じようとした。しかし、何故か(・・・)荒くれもの達を雇った公家の遣いが拘束され、芋づる式に彼らの行いが明らかになった。
トカゲの尻尾切りどころか、頭と胴体を残して手足の全てをもがれた反織田の公家達は、長く苦しい雌伏の時を強いられることとなる。

その後は滞りなく万事が進み、京に到着後数週間を経て、次なる恩賜品の容器となるボンボニエールを献上することが出来た。最終の仕上げに関しては、尾張でしかできなかったため、多少の時間を要したが帝や公家達を唸らせる品が出来上がった。
帝への献上は、依頼を受けた光秀が行ったが、発案者たる『仁比売』に帝より恩賜品が届いた。帝の威光を発揚(はつよう)させ、面目を保ったことに対するお礼であった。
静子は桐の箱を開け、中身を確認した。そこには香木である白檀(びゃくだん)の木片を透かし彫りにした美麗な扇子が入っていた。
それは涼を得るための物ではなく、上品な香りを楽しむための扇子であった。療養中の身でありながら、帝の面目を保つため骨を折った『仁比売』への気遣いが窺える品であった。
帝からの恩賜品を大事に懐へしまった静子は、決然と顔を上げて声を発した。

「それじゃあ帰りましょう」

京での引継ぎや残務処理を終わらせた静子は、尾張へと帰国する。
自邸へと戻った静子は、決裁待ちの書類を確認した。彩が気を利かせて優先順位の高いものから上に置かれた書類にざっと目を通す。
やはりと言うか黒鍬衆に対する要請が多いのが判る。
近江では治水工事、越前では敦賀港の港湾整備、近江へと通じる商用利用に耐える街道整備と大規模なインフラ事業が目白押しとなっていた。
更には公にこそなっていないが、信長が拠点を安土へと移すことが決定しており、その下準備として安土での調査が盛んになっていた。

他は決裁書類ではなく、東国の調略に対する報告書が並んでいた。内容を確認すると、勝頼というより武田家が悪循環に陥っていることが記されている。
武田家の重臣が勝頼を侮り、その態度に反発する勝頼は強硬な政策を講じる。こうなると領主同士の不和からくるツケを払わされることになるのは領民である。
甲斐の国に潜り込ませた間者の手により、武田家の不和や醜聞は下々に至るまで広く知られるようになっていた。民は勝頼という暗君はもとより、暗君を制することの出来ない武田家自体にも不満を抱くように仕向けられていた。
重臣の誰かが不利益を(こうむ)ってでも、勝頼を当主として支え、一致団結すれば民の不満はいくらかでも和らいだであろう。しかし、既に双方の関係は修復不可能なまでに冷え切っていた。

「これは予想外だなあ。想定以上に勝頼というより、武田家全体が民の信用を失っている。上様は負けいくさを見込んでいるけど、戦端を開く前に武田家が自壊しそう」

史実でも甲斐侵攻から一月で大勢は決している。この様子だと一年を待たずに武田との開戦となる可能性も出てきた。このまま勝頼の求心力が落ち続ければ、早々に武田を下し、余勢を駆って北条まで攻め込み、勝ちを拾う可能性すらある。

「ふー、畿内の政務でも忙しいのに、更に東国征伐のお目付け役かあ。頭が痛い……」

悩ましい問題が山積している現実を前に、静子は気分が滅入るのを隠せなかった。






三月下旬に差し掛かり、静子は自領に配布する苗の生育状況を確認していた。同時に苗植えに使用する各種道具の整備をも命じていた。
尾張・美濃の領民は自身で種(もみ)を撒いたりしない。毎年、織田家によって育苗(いくびょう)された苗を支給され、これを植え付ける。
種籾ではなく苗の状態まで生育しているため、発芽率を気にする必要もなく、環境の変化にも強い。織田家が育苗を代行する間、百姓たちは荒起(あらおこ)しと呼ばれる田の整備を行う。
早い者は1月や2月から荒起しを始めるが、それほど多くの田を抱えていない百姓は、気温の緩む3月ごろから着手する。

織田家が苗を管理することで、百姓は種籾を自前で確保する必要がない。織田家は苗を支給することで、安定した収穫を期待できる。
苗の元となる種籾は、税として徴収した中から賄われているため百姓側に負担はなく、苗に病気が発生したとしても一方的に破棄を命じることができ、病気が蔓延することを防止できる。
双方にとってメリットのある制度だが、苗をどれだけ用意できたかが収穫量に直結するという欠点を抱える。そして尾張・美濃に配られる苗は、静子の領内で全て作られているという点も問題であった。

「各地からの報告では、今のところ問題ないようね」

「はい。順調に生育を続けております。昨年、選別されました籾種も順調です」

書類を確認しつつ、静子は彩から報告を受ける。植え付けた苗が順調に生育しているという事は、今年も期待通りの収穫量が見込める事になる。
開墾も順調に進んでいるため、来年からは越前や近江にも苗を配れるだろう。もっとも、どちらの領土も石高より、まずは地域の安定化を図る方が先決ではあるのだが。

「近江は治水工事が目白押しだね。何度も税の軽減を陳情されるだけはあるね」

現代の滋賀県からは想像しにくいが、近江は水害の多い地域であった。特に姉川や野洲川流域は、水害が絶えない地域でもあった。
歴史を紐解いてみれば、野洲川は10年に一度の割合で水害が起きている。住民にとっては日常茶飯事とは言わないまでも、50年も生きれば数回は遭遇するイベントだ。

「まずは河川の拡張工事があり、更に京への水路を作っております」

琵琶湖は膨大な水量を湛えるが、その水を排出する出口は淀川(瀬田川とも言う)ただ一つしかない。それゆえ、淀川が土砂などで堰き止められると、行き場を失った湖水が氾濫することとなる。
現代には治水や利水目的で造られた瀬田川洗堰(せたがわあらいぜき)が存在するが、戦国時代には影も形もない。余談だが明治時代には南郷洗堰という旧洗堰が建造されていた。

洗堰のような設備が無ければ、どのような悲劇を招くかが記録には残されている。明治29年に発生した洪水では、氾濫した琵琶湖の水が2ヶ月以上に亘って引かなかった。
彦根では八割以上の地域が水没し、大津に至っては中心部の全てが水に沈んだ。野洲川も決壊し、流域に存在した居住区は数か月に亘って水没することとなった。
琵琶湖は畿内における重要な水源だが、ひとたび牙を剥けば全てを押し流す荒ぶる龍と化す存在でもあった。

川浚(かわざら)えの税が余分にかかるね」

川浚えとは川底にたまった土砂や汚物を取り除くことを言う。近江の治水の歴史は、淀川に対する川浚えの歴史と言い換えても良い。
史実の江戸時代では大阪に川浚冥加金かわざらえみょうがきんと呼ばれる、水利の恩恵を受ける対価が存在した。これは積み立ての側面も持ち、これを原資に川浚えが実施された。
いずれにせよ、根幹にあるのは流入量に対して流出量が制限されることに起因する氾濫だ。洗堰の整備に留まらず、淀川を拡張し、疎通能力を拡大する必要があった。

「直接的な恩恵を受ける京や堺は勿論、水運を利用する越前などからも臨時の税を徴収するようです。制度が安定すれば徴収額自体は低く抑えるようです」

「となると、加賀の国に対しても請求できるかな? なるほど……ふむ」

「水運の利用状況を見る限りでは、請求しても問題ないかと」

琵琶湖を利用する地域に等しく税の負担を求める。川浚えの資金を確保でき、余剰分で河川拡張も行える上手い制度だと静子は思った。
交通網の発達した現代では陸運と海運が主役であり、河川を利用した水運などは殆ど見る事が出来ないが、戦国時代に於いては大きな割合を占めていた。
史実に於いて、信長の死後、秀吉が琵琶湖の湖上利権を支配したように、輸送路としても重要な存在であった。
近江の国は街道整備が遅れており、加賀の国と京や堺との交易を支えるのは、ひとえに琵琶湖の水上運輸に懸かっていた。
中央を大幅にショートカット出来る水運と異なり、大きく迂回することを余儀なくされる陸路は運送時間も、それに掛かる費用も嵩む傾向にあった。
琵琶湖の湖上権を信長が握っている以上、税の支払いを拒否すれば、輸送路が閉ざされるのは目に見えている。加賀一向宗は憎い信長に対して、税を納めるしか道はない。

「さて、一向宗たちは大人しく言う事を聞くかな? まあ、応じたら出費が嵩んでじわじわと首が締まる。反抗すれば武力による制圧が待っている。うん、遅いか早いかの違いしかないね」

「新しい陸路を開こうにも、近江を支配しているのは織田家の家臣。どう転んでも加賀の一向宗に先はありません。後一押しという状況かと思われます」

「後は柴田様次第かな。ここで頑張れば北陸一帯が柴田様の支配下になるね。そうなると佐々様や前田様も北陸の大名か」

「成功すれば家中で一歩先んじることになります。しかし、明智様や羽柴様も負けてはおられません。特に明智様は畿内にある輸送路の権益を殆ど握っておられます。また、静子様が提供された輸送船が予想以上の成果を上げており、坂本は京への玄関とまで言われるほどに賑わっております」

海洋では失敗と断じられた中型の輸送船が、琵琶湖では脚光を浴びた。多少の天候崩れなどものともせず、一日あれば長浜から坂本までを航行する速度を誇った。
また、スクリュー推進であるため、船の移動にかいを必要としない。これにより、節約できた空間を貨物スペースに転用できるという利点もあった。
欠点は蒸気機関であるため、木炭や石炭と言った燃料を必要とすることや、喫水が浅いため、運搬する重量に制限があることだった。

この為、日持ちしない積荷などを運ぶ商人は、何艘もの船を手配して積荷を運ぶこととなる。船に積載出来ない程の重量物や、多くの積荷を運ぶ場合は陸路を選ばざるを得ず、護衛や人足の手配を考えると余計に高くつくようになっていた。

「あー、あれね。活躍の場が出来たて良かったよ。職人たちも喜んでいたしね」

「便を増やして欲しいという要望がありますが」

「その辺りは羽柴様と明智様次第かなー。まあ、どっちも商売の機会が増えるから、嫌とは言わないだろうけど……また主導権を巡って争いになるかも……」

琵琶湖の湖上権は織田家が握っているが、琵琶湖で使われる商船ルートの主導権を巡って秀吉と光秀がにらみ合っていた。
現在はいくさ続きで荒廃した近江の復旧を優先しているため、秀吉が主導権を握っている。しかし、機会があれば主導権を奪い返そうと光秀は機会を窺っていた。
商業が盛んになるにつれ、水運の重要度は増していく。それに比例して産み落とされる権益も巨大となるため、彼らの因縁は深まっていった。

「まあ、主目的は厭戦(えんせん)の気運を作りだすことだけど、こうも露骨だと流石に考えないといけないかも」

厭戦とは戦争を嫌う考えをさす言葉だ。
いつまでも政治が不安定では、短慮からいくさに走る馬鹿者が現れる可能性がある。そこで、畿内だけでもいくさを毛嫌いする空気を作る必要があった。
まだ兵農分離が完全ではない以上、兵士の大半は百姓たちだ。その百姓たちがいくさを嫌うようになれば、いくさをしたくとも兵が集まらない。また、刀狩りもし易くなる。

刀狩りによる武装解除、商人たちの活発な活動、治水などの公共事業による災害対策、米や野菜などの生産力向上、これらを行う事で民の生活を安定させていく。
生活が安定すればするほど、命を懸けてまでいくさに出掛ける者は少なくなる。農閑期に開墾などの仕事を作れば、より一層いくさへ出掛ける気持ちは萎える。
多くの者は一つ間違えば命を落とすいくさよりも、堅実に働けば確実に利益を得られる仕事の方が良いと考える。

「伊勢は管轄外だけど、近江や越前に関しては、安定するまでに数年は必要かな」

「その間に本願寺を征伐されるのでしょうか?」

「いや、本願寺の征伐はしないよ。細かい条件はあるけれど、一向宗の存続を認める代わりに、石山から退去するのが大筋かな」

「それは……」

今まで滅ぼす勢いの信長の行動と食い違わないか、と彩は思った。そんな彩の考えに気付いたのか、静子は言葉を付け足した。

「今は顕如を交渉の席に(・・・・・)着かせる事(・・・・・に力を注いでいるからね。それに本願寺を完全に潰せば、かえって情勢を不安定にさせちゃうから、生かしておく方が良いの」

「そうなのですか?」

「ふむ……では静子お姉さんが、彩ちゃんに政治のお話をして上げましょう」

彩に政治を教えるという状況が楽しいのか、静子は自信満々に胸を反らして言い放った。
対する彩は、然して興味がある風でもなく、静子の次の言葉を待った。

「仮に本願寺が(つい)えたとしましょう。その場合、信者はどうするかな?」

「改宗でしょうか?」

「そうだね。でも信仰は内面の問題。明日から別の宗派に鞍替えしてね、と言われても困るでしょう? 明日から伴天連を信仰して、と言われたら彩ちゃんはどう思う?」

「それは……」

「そう、戸惑うし受け入れられる訳がない。それを強制すれば弾圧となり……抑圧された信徒は一致団結して立ち上がり、為政者に対して牙を剥く。そうなれば、血みどろの宗教戦争が始まってしまう」

「それを防ぐ為ですか?」

「そうよ。敵に最後の逃げ道を用意しておくのは大事。『本願寺の為に』という自分を納得させる言い訳があれば、下は素直に負けを認める。逆に逃げ道がなければ、命尽きるまで抗い続ける。それに……」

「それに?」

「本願寺の経済力や他勢力との繋がりは惜しい。完全に潰すよりも、生かさず殺さず、自分の持ち駒として利用出来る程度の状態にしておく方が便利だよ」

一応の納得はした彩だった。しかし、疑問点がない訳でもない。

「ですがそれは静子様の考えであって、上様の考えではないですよね」

「お、良い処に気付いたね、彩ちゃん。確かに細かい点で差が出ているでしょうけど、でも私と上様の考えに、大きな食い違いは起きてないと思うよ」

「そうでしょうか。上様の言動を思えば、和睦などあり得ないと思えますが」

「そこは自分なりに考えて、答えを導きだせば良いよ。大丈夫、私の言葉を聞いて自分で考え、疑問を持った彩ちゃんならきっと辿り着けるよ」

「お褒め頂き恐縮ですが、なにやら答えをはぐらかされたように思います」

「えー、そこは喜ぶところじゃないかなー?」

「過大評価です」

不満げに言う静子だが、彩は静子の言葉を聞いても表情を変えず返答した。
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