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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀四年 室町幕府の終焉

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千五百七十三年 二月中旬

将軍、足利義昭は自業自得により窮地へと追い込まれていた。
戦国最強と目され、反織田思想の根幹となった武田軍は、格下と思われた織田・徳川連合軍に完膚なきまでの敗北を喫した。
時流を読み間違った。それを思い知った反織田連合の国人達は、蜘蛛の子を散らすように離れていった。
朝倉に至っては2万もの兵を擁しながら、一度も矛を交えることなく自領である越前へと逃げ帰った。
反織田勢力の急先鋒、本願寺は長島一向宗の敗残兵受け入れで自縄自縛に陥っていた。
信長は敗残兵に必要最低限の食料しか持たせずに解放したため、本願寺へと到達する頃には飢えて殺気立った難民と化していた。
これを見捨てれば衆生救済を謳う本願寺は大義を失う。受け入れれば遠からず食料不足から破綻するのが見えていた。
教義を拠り所に民衆を動員しただけに行動を縛られ、教義ゆえに破滅へと突き進む信長の策に抗することが出来なかった。

義昭陣営の内部崩壊も始まっていた。まず義輝が暗殺された時から支え続けてくれた細川藤孝が離反した。
そのまま光秀を通じて織田へと下り、義昭陣営の内部事情までが筒抜けとなった。
細川藤孝が離反する前に、義昭へと告げた最後の言葉が「ほとほと愛想が尽き申した」であった。
茨木城主の荒木村重も、三好家から織田家へと移ったこともあり、改めて信長に臣従することを宣言した。

既に義昭がどれほど手を尽くそうとも、彼に味方する者はおらず、増してやこの期に及んで兵を出そうなどと言う奇特な勢力は存在しなかった。
その状況下で、武田軍を鎧袖一触に下した織田軍を率いた信長が京へとやってくる。
義昭だけでなく、反織田連合に(くみ)した国人たちは眠れぬ夜を過ごし、逃れ得ぬ死の気配に怯え暮らしていた。

「ふふっ、愛い奴よ」

一躍、時の人となった信長であったが、彼は西洋の猫に心を奪われていた。
彼だけでなく、公家筆頭の近衛前久、織田家における京の要たる明智光秀、そして義昭を見限った細川藤孝の三人も同様だった。
朝廷を牛耳っていた関白、二条晴良は信長から疎んじられて勢力を失い、彼を擁護していた義昭も死に体となっているため孤立し、信長から帝への奏上もあって前久は帰洛を許されていた。
前久は二条城前に新居を構える予定だが、それまでは今まで通り岐阜で過ごしていた。

「なんという愛くるしい仕草……」

今日は舶来の猫をお披露目するという名目で、3人は特別に招待されていた。
尤もターキッシュアンゴラを信長から譲り受けて飼っている関係からも、4人の親交はそれなり以上に深くなっていた。

「ニャーニャー」

「うにゃあ」

錚々たる顔ぶれだが、猫にとっては関係ない。猫たちは奔放に振る舞い、誰もそれを咎めないため、爪を立てられた畳はボロボロになり、障子や襖は穴だらけという惨状を呈していた。
信長たちはその行状を咎めるどころか、我が物顔で毛づくろいをする姿に頬を緩めていた。
貴人の為にと贅を凝らされた菓子にも手を付けず、何者にも縛られぬ自由な猫の生き様を愛した。

「まるで猫喫茶ですね」

現代のアニマル喫茶を知る静子は、思わず口を滑らせた。緩みきった表情を見ては彼らの沽券に係わると思い、後方に控えていた彼女だったが、その考えは正しかった。
恐らく4人の現状は、彼らの配下には到底見せられない有様だろう。
日々、厳しく己を律する事を求められ、常に緊張を強いられる生活を送っているせいか、猫の愛らしくも美しい佇まいと、気品さえ感じる自由奔放な振る舞いに魅せられるのだろう。
そんな事を考えていると、猫たちが大きく欠伸をすると、うずくまって眠ろうとしている事に気付いた。昼寝の時間だと察した静子は、全員に聞こえるよう立ち上がって手を叩く。

「はい、お開きですよー」

4人は不満さを隠そうともせずに振り返った。如何に不満であろうとも、これ以上は猫の負担になるため休ませる必要があった。
暗にもう少し延長しろと要求する4人に、静子は指でバツ印を作って強く言い放つ。

「駄目です。これ以上は猫が嫌がります」

猫に嫌われるとあっては4人も引き下がる他はない。

「仕方あるまい、猫を休ませるとしよう。隣で将棋でも指さぬか?」

「上様、某がお相手仕ります」

「某が記録を取りましょう」

「それでは私は、少しばかり外の空気にあたるとします」

4人はそれぞれに動き始めるが、その所作が奇妙なことに気付いた静子は、制止の言葉を投げかける。

「お待ちなさい! 皆さま、何を懐に入れておられるのですか?」

ぎくりと言う擬音が聞こえてきそうな程に固まった4人は、静子の視線を避けるように露骨に背を向けてそっぽを向いた。と、同時にどこからともなく猫の鳴き声が聞こえる。
静子はそれで全てを察した。彼らはそれぞれにお気に入りの一匹を懐に隠しもっていたのだ。意外な手癖の悪さに静子は頭が痛くなった。

「では、こうしましょう。おひとり様一匹まで、譲歩できるのはここまでです」

「よし! 言質を取ったぞ、ものども入って来い」

信長の言葉とともに、入り口から猫運搬専用の籠を抱え持った小姓たちが入ってくる。彼らはそれぞれの小姓に懐から出した猫を預け、籠に猫を寝かせるよう指示していた。
彼らの準備の良さに開いた口が塞がらない静子だった。やがて4人は信長がサイベリアン、前久がブリティシュショートヘア、光秀がノシュク・スコグカット、細川藤孝がエジプシャン・マウを連れて部屋を後にした。
静子は使用人たちと共に残った猫をケージに入れると、腰を下ろして一息ついた。

「ここまで猫に熱狂するとはなあ。帝や京の民たちもターキッシュアンゴラに夢中だし」

信長より贈られたターキッシュアンゴラを、正親町天皇は深く愛した。宇多天皇と同じく猫日記を毎日(したた)め、事あるごとに「うちの子が一番可愛い!」と周囲に自慢していた。
日記だけに飽き足らず、正親町天皇はターキッシュアンゴラのために専用の小屋(・・・・・)を建て、猫の世話役として5人を置き、近くに獣医を待機させた。
その熱狂ぶりは帝の寵を競う女性たちを嫉妬させ、後宮女房や公家衆も愛憎入り混じる光景に絶句した。

正親町天皇より少し遅れて京の民にも、ターキッシュアンゴラが贈られると、京の民は「お(しろ)さま」と呼んで非常に可愛がった。
民たちは誰に言われるまでもなくターキッシュアンゴラの世話を買って出て、子供たちも進んで遊び相手となっていた。

明日をも知れぬ時代背景が、猫のような愛玩動物に心酔する一因となったのではと、静子は考える。
犬も同じく愛玩動物ではあるが、一時期京で猛威を振るった野犬のイメージが定着しており、犬人気の復権は難しく思われた。

「そう言えば、足満おじさんが将軍と交渉するんだっけ。近衛様は問題ないと仰ってたけど、大丈夫かなあ」

今回の交渉では、義昭に息子を人質として信長に差し出させ、蟄居中に家臣から諫めさせるのが目的だ。
だが感情的な義昭は意固地になると周囲を顧みない。処刑されないのを良いことに、徹底抗戦の構えを取る可能性すらあった。
この交渉の場において、足満が如何に義昭を制御できるか、それが試される場となる。

「逆恨みして、もう一回ぐらい戦いを吹っかけてきそうだなあ」

そんな未来を予想してぼやく静子は知らない。信長が静子に語った目標は、あくまでも最低限であり、真の狙いは他にあることを。
信長の真の目的。それは足利将軍家が(・・・・・・)自ら幕府を閉ざす(・・・・・・・・)事だ。室町幕府に引導を渡す、足満はまさにうってつけの人材と言えた。






織田家と足利将軍家との交渉は、おおよそ交渉と呼べるものではなかった。足満は開口一番、一方的に要求を突き付けた。

「異論があるなら申してみよ。その時点でわしの敵(・・・・)となるがな」

静寂が支配する場で、足満が足利将軍家に仕える者たちを睥睨する。その様は異様の一言に尽きた。
織田家の交渉役として出向いたはずの足満が、本来義昭が座すはずの上座に腰を下ろしていた。肝心の義昭は、足満の尻の下に敷かれ、座布団の役目を仰せつかっていた。
義昭の顔は見事に腫れ上がり、あちらこちらに青あざを拵えているところから、足満が義昭を殴って黙らせたことが窺えた。

「織田はこの阿呆の子を将軍として盛り立てようとしている。が、わしはそんな話を認めはせん。足利将軍家は征夷大将軍の役目を返すのが世の流れよ」

「あ、兄上……それはあまりにも……ぐふっ!」

義昭が反論をしようとするが、足満は聞く耳持たずとばかりに義昭の頭を踏みつけ、彼の顔を床にこすり付けさせた。
足満の膂力に抗えるはずもなく、義昭は呻き声を上げつつも床に額をこすり付けることとなる。

「この期に及んで未だ分からぬか! 愚か者どもが。天下泰平(たいへい)ならば、貴様ら無能が遊んでいようと世は回る。しかし今は乱世だ。貴様が恋々と将軍位にしがみ付き、無能を晒し続ければ民は営々と受け継がれた将軍を軽んじるようになる。武田が織田を倒せば、足利の世が戻ってくるだと? 世迷言を、武田が織田に代わるだけで足利の世など二度とは来ぬ。乱世に於いて力なきは罪。力なき将軍に従う者などおりはせぬ。足利将軍家は地盤を固めるまでの繋ぎに過ぎず、利用価値がなくなれば罪を押し付けられて断罪されるのが落ちよ」

仮に武田が織田・徳川連合軍を打ち破り、上洛を果たしていたとする。自らが信仰する宗教すら政治利用する信玄だ。足利将軍家の権威を利用するのに躊躇うはずがない。
信長と同じく、いやもっと苛烈に義昭を利用し、勢力図を塗り替えるために粛清を繰り返し、その全てを義昭の罪として裁くだろう。
結局、戦う力を持たない足利将軍家は、食われるだけの弱者に過ぎない。

上京(かみぎょう)ごと滅ぼされるのを望むか、それとも波風を立てずに去るか、好きな方を選べ。結論を下す前に一つだけ教えてやろう。貴様らが再び織田へ反旗を翻した時、その先陣に立っているのはわし(・・)だ」

足満は腰に佩いた刀の柄へと手を掛ける。その音で足利将軍家のものは足満を見上げ、そして言葉を飲み込んだ。

彼らは足満の表情を見て震え上がった。昔の彼を知るものは、その変貌ぶりに困惑する。足満の表情はおよそ人が浮かべるものではなく、悪鬼羅刹の類がするそれだった。
意見を述べるまでもなく、視線を合わせるだけでも殺される。異様な熱を帯びつつも、背筋を凍らせる程に冷たい視線に見据えられると、己が一刀の下に切り伏せられる未来を鮮明に思い描き、顔を上げることすらできなくなった。

足利家とて武家の一門。中には豪胆な者もいたのだろうが、皆一様に押し黙り、下を向いて震えていた。彼らは足満を『畏怖』した。人ではなく非業の死を遂げた怨霊が顕現したのでは、とさえ思った。

「断っておくが、わしはわしを見捨てた足利家を恨んでなぞおらぬ、微塵もな。わしは様々な要因を天秤にかけ、足利家にとって最も良い道を選んでいるに過ぎぬ」

冗談めかして語る足満だが、誰も笑いはしなかった。否、笑えなかった。
笑声を立てた瞬間、足満がどのような行動をとるか誰も想像できず、自分の命を賭けての博打を打てるものはいなかった。

「わしとて鬼ではない。こちらの条件を飲むのなら、有終の美をくれてやる。足利家は武田にそそのかされた(・・・・・・・)とでも申し開きをせよ。わしから織田に口をきいてやろう」

「わかり、申した。織田家からの条件、全て受け入れて降伏いたします」

結局、これは交渉ではなく織田家からの降伏条件を告げる場に過ぎなかった。足利将軍家には最初から降伏するか、死ぬかしかなかったのだ。
織田が武田を破ったことで、世の流れは織田家へと傾いた。今まで反織田連合に加担していた国人も次々と離反し、急先鋒であった本願寺ですら意見が割れ始めていた。
完全に孤立した足利将軍家では、そもそも交渉の舞台に立つことすら出来ない。

「その言葉、忘れるな」

それだけを告げると足満は義昭から立ち上がり、周囲の視線を意にも介さず部屋を後にした。
彼の足音が聞こえなくなった頃、足利将軍家一同が盛大に息を吐きだしたのは言うまでもない。

信長が義昭に申し付けた条件はいくつかあるが、主要なものは以下の通りだ。
一つ、足利義昭は征夷大将軍を自主的に退き(・・・・・・)、その地位を朝廷へ返す。
一つ、足利家に伝わる宝刀や名刀、その他私有財産の全てを織田家(実際は足満)へと譲り渡す。
一つ、京より立ち退き、以後は毛利家預かりとする。
一つ、嫡子である足利義尋を、信長に人質として差し出す。






将軍義昭との交渉も無事終了したと聞かされ、静子は暇を持て余していた。後は信長の帰国に従って、戻るだけなのだが、なかなか出立の報せがこない。
帰路の途中で伊勢神宮へと寄る関係から、その準備をしていたが、それすらも終えると本格的にやることがなくなった。
信長は権力者としての付き合いや、決裁すべき案件が山ほどあり、前久は建設中の自宅を視察したり、関係者への挨拶をしたりと多忙な日々を送っていた。
対する静子は信長が厳選した少数の者しか訪ねてこないため、農地の無い京では暇を潰すことすらままならなかった。
最初は何をしようかと思い悩んだ静子だが、京ならではの調査をしようと思い立った。

それは市場調査だ。尾張・美濃に於いては末端まで把握しているが、京は勝手が違う。
どこの店が何をどこからどれだけ仕入れ、それがどれだけ市場へ流れ、余剰は何処へと流れていくのか細かく調査しようと静子は考えた。
市場の仕組みを把握するのも大事だが、どこに寺社勢力の金脈があるかを調べるのも大きな目的だ。

本願寺に代表される寺社勢力は、畿内に網の目のようなネットワークを形成し、作物や商品の供給量を調整して高い市場価格を維持し、暴利を貪るという寡占企業さながらの事業を展開していた。
武装した僧兵を抱え、専売品による市場操作を行う巨大な組織。朝廷や多くの武家と繋がりを持つ彼らを潰すには、単純な武力に任せたごり押しでは効率が悪い。

そこで静子が着目したのが経済だ。経済を議論するならば経済学の出番となるが、高校生であった静子には荷が重く、そちらは足満が最も詳しい。
しかし現代日本の高等教育を受けた静子は膨大な基礎知識を持っており、元より歴史を趣味としていたことで、ある程度の経済の動きを把握していた。
日本史と経済では一見関係無さげに思えるが、実際は政治と経済は切って離すことの出来ない関係にあった。
特に信長が取った施策は、経済に根差したものが多く、それゆえ彼は当時の人間から理解されず、異端とされていた。
後の世に於いて信長が神をも畏れぬ人間と呼ばれるのも、運否天賦が左右する商売事をするに当たり、その運命を司るとされた神仏を奉じる寺社勢力に真っ向から立ち向かったからだ。

「うーん、割と生活必需品が高いね。特に油が高い」

戦国時代、油は灯油(ともしびあぶら)としての需要が高い。
特に寺社は夜間に行う行事が多く、それゆえ油を独占的に扱う油座(あぶらざ)が寺社に多く、中には神人の資格を有した油神人(あぶらじにん)と呼ばれる商人がいた。
特に有名な油座が、離宮八幡宮(りきゅうはちまんぐう)大山崎(おおやまざき)油座である。もっとも応仁の乱で幕府の権威が失墜すると同時に、彼らの権力もまた地に落ちていた。

「だからといって、今すぐどうこうするとかは考えられないかな」

付け入る隙は見えていた。しかし、時期を見誤れば思わぬ反撃を受けることになる。

「静子様、上様がおいでになりました」

どういった介入が望ましいのか考えていると、信長の来訪を小姓が告げた。特に急ぐ用事もないことから、すぐに向かうので先に信長を通すように命じて準備を整える。

「足満以外は下がれ」

信長と彼に同行していた足満、そして出迎えた静子が座ると、信長は開口一番人払いを命じた。小姓たちが息を飲むが、信長の無言の圧力に逆らえず席を立った。
蘭丸のみが微妙な表情を浮かべていたが、信長に命令に背けるはずもなく、皆と一緒に部屋を出る。
三人のみとなった部屋で、信長は用意された茶を一口飲んで声を発した。

「それで、何を企んでおる」

「え?」

「……ここのところ、市場調査と(うそぶ)いて、あちこち嗅ぎ回っていたではないか。またぞろ、何事か策を思いついたのであろう。何をするつもりなのか先に申せ、と言っておるのだ」

信長の問いに対して惚けてみせる静子を見て、信長はため息を吐きつつ経緯を説明した。静子が市場調査を始めたことは、すぐに信長の耳に入った。
しかし、それが何を目的にしているのか、何の役に立つのか誰にも分らない。
何しろ素人目には売り上げを調べているだけだ、それなりの商人ならば自分の商う商品に関してぐらいは把握している事柄である。
天下人の懐刀と呼び名も高い、静子自らが手掛けることには到底思えなかった。

「ああ……はい。端的に言えば、本願寺の力を削ぐためです」

犬笛を吹いて犬達に周囲を警戒させると、静子は咳払いをして策を口にした。

「本願寺をはじめ、寺社勢力は畿内の経済を一手に握っています。故に彼らの財力は莫大であり、我々が武力で力圧(ちからお)ししようとも、彼らは経済力を背景に抗戦を続けるでしょう。ならば、補給を支える経済力を断つというのが、私の考えです」

「それと市場調査に何の関係があるのか申せ」

「彼らの市場支配は座に支えられています。独占販売権、非課税権、不入権等の特権を盾に競争原理を排し、生活必需品で暴利を貪っているのです。そこで彼らが独占している商品を調べ、より安い価格で市場へと流すのです。同じ商品がより安く買えるとあれば、利に(さと)い商人ならば飛びつきます。そうなれば彼らとしても値を下げざるを得ず、思うように資金を調達できなくなります。いつの世も、軍事力を支えるのは経済力です。経済力を失えば、自ずと養える兵力に(かげ)りが生じます」

座とは特権を持つ一握りの人間が商品を独占し、高額で市場に流通させる仕組みである。これが寺社勢力に富を齎す源泉だと静子は言う。
この仕組みを破壊し、競争原理の働く市場を取り戻すことで、既得権益を持つ寺社勢力の力を削ぎ、活発な経済活動を促進させ、民にまでその利益を還元する。

「ふむ。足満とは違う方向か」

「あれ、足満おじさんも何か考えていたの?」

「……端的に言えば金融政策だ。その為に通貨発行権を握る。これさえ掌握すれば、誰がどんな権利を振るおうと関係ない。金を介して商業が成り立つ限り、誰が市場を支配しようとも、更にその上前を撥ねる事が出来る。通貨を支配する者、即ちそれが経済の支配者となる」

信用を背景に無から金を産み、金を回すことで更なる金を生み出して利益を得る。足満の目指すところはそれだ。
商取引の原則は物々交換であり、それを便利にするため通貨が存在する。全ての商取引が通貨で行われれば、通貨を製造する者が物の価値の支配者となる。
江戸時代の幕府支配を揺るぎないものとしたのも、貨幣鋳造こそ他に委託したものの、通貨発行権を独占し経済を支配し続けたからである。
いわば通貨発行権は支配者の証と言える。

「まぁ確かに……紙幣を発行するの?」

「それも不換紙幣(ふかんしへい)をな」

不換紙幣とは金貨や銀貨の交換が保証されていない紙幣を指す。金銀の価値の影響を受けず、政府の信用で流通する貨幣なので、信用紙幣とも言われている。
現代の先進国は不換紙幣で、経済政策や供給量の調整を行う事で、通貨価値の信用を維持している。これを管理通貨制度(かんりつうかせいど)と言う。

対して十九世紀から二十世紀前半の紙幣は兌換紙幣(だかんしへい)と呼ばれ、金貨や銀貨に交換する前提の紙幣だった。
貨幣というより、貨幣となる金や銀などの貴金属の預かり証の意味合いが強い。不換紙幣と違い、交換する金銀などの貴金属の価値の影響を受ける。

「権威と信用は朝廷と織田家で担保し、市場への流通には寺社にも協力させれば良い。あ奴らが使うとなれば認知度は高くなる」

不換紙幣は極論するとただの紙である。その紙切れを価値あるものとするには条件がある。
それは信用、認知度、そして十分な量が市場に供給されることだ。
信用は朝廷が保証するのだが、それが通用したのは貨幣そのものに価値がある貴金属であったためだ。
貨幣そのものに価値がない不換紙幣を担保するには朝廷だけでは足りず、織田家が後押ししてやる必要があった。

無論織田家にも負担がかかるが、代わりに様々な特権も得られる。
まず通貨発行を朝廷から委託されたという形式をとれば、通貨の偽造をした相手を朝敵として大義名分の下、処罰することができる。

他にも朝廷より信認を得られる事も大きい。政治の実権を失った朝廷であろうとも、延々と受け継がれた帝の権威は比類なきものであり、後ろ盾を得る事は大きなメリットとなる。

最後に不換紙幣を発行することで、どのような変化が起こるか誰も把握していない点だ。
経済や金融に疎い武家は勿論、公家や寺社であろうとも未知の事情へは対処できない。それが如何なるメリットを織田家に齎すかを知る頃には手遅れとなっている。

「武田が敗北したことで、本願寺は織田家と和睦をせざるを得ない。ただでさえ、大量のお荷物を抱えているのだ。今、織田家とことを構えるのは自殺行為でしかない。その際に、条件として様々な事を認めさせれば良い。奴らはいずれ反旗を翻すつもりだ、空手形として条件を飲む振りをするだろう」

宋銭(そうせん)明銭(みんせん)はそろそろ限界じゃ。新しい貨幣が必要となる。が、それを今のように唐頼りでは、唐の影響を少なからず受ける。精銭(せいせん)鐚銭(びたせん)の交換比率を決めた(永禄十二年から翌年に発令した撰銭令(えりぜにれい))が、商人からは手間がかかると苦情も多い。ならば、新しい貨幣の発行を掌握するのがもっとも良い」

「貨幣の権威は朝廷が保証し、その価値を担保し、製造・発行を担うのが織田家、流通を推進するのは寺社ですね。そう考えると、今の時期に相手の経済基盤を縮小させるのは得策じゃないですね」

「そうだ。新しい貨幣を流通させるには、寺社の流通を利用する。しかし静子の策も悪くはない。今は貨幣を優先すべきなだけだ」

なるほどと静子は納得した。信長としても寺社勢力の経済力を削ぎたい、しかし新しい貨幣を流通させるには寺社勢力が持つネットワークを利用する方が都合も良い。
経済力を奪うか、新しい貨幣の流通促進かを天秤にかけ、信長は貨幣が流通した後でも経済力を奪えると判断し、先に新紙幣の流通と認知度向上を優先すると決めたのだ。

「では新紙幣の流通と同時に、帳簿の記載を商人たちに義務付けると良いでしょう。上から押し付けられた高い税を払うのではなく、手間はかかるが売り上げに応じた税を課し、年に一回帳簿を提出させることで払い過ぎた税の還付や、税を誤魔化す連中を締め上げることに使えます。帳簿の記載に応じない連中は、予め多くの税を課して痛い目を見させれば良いかなと」

「なるほど、帳簿か。悪くはない案だ」

「帳簿が何か分からぬが、それがあれば金の流れが見えるというのなら実行するが良い」

「後で教えてやろう。ひとまず、通貨発行権を得る。これが最初にして最大の重要事項だ。これがあるとないでは話が全く違う。本願寺が和睦してきた時、この点だけは絶対に譲ってはならん」

「分かった。本願寺には、他にも税制や土地の改革を認めさせねばならんが、通貨発行権は確実に認めさせよう」

本願寺が和睦を申し入れてきた時、信長はいくつかの条件をのませる気でいた。道路整備、土地の所有者問題、税制改革、市場改革などだ。
道路整備は勿論、流通を整備するためだ。軍用道路として整備しても、普段の流通でも非常に役立つ。近道が出来たりすれば、人や物の流通が促進されるのは当然の結果だ。

土地の所有者問題とは、現在の土地には複数の所有者がいる問題だ。
先祖代々土地を治めていた者と幕府から拝領した者が互いに所有権を主張して争い、武力衝突へと発展する場合もあった。
この状態でもそれぞれが税を徴収するため、百姓たちは税の支払い先が二重、下手すれば三重になる場合もあった。これを整備するのが信長の土地改革だ。
具体的には差出方式で検地を行い、土地の所有者をはっきりさせる。この差出方式で検地を全国規模で行ったのが後の太閤検地である。

「でも土地問題って割と揉めそうですよ?」

「その時は軍隊をちらつかせて黙らせる」

「あ、そうですか」

静子が突っ込みを入れたが、信長としては既に考えていた事のようで、よどみなく回答が出た。
つまり差出方式に従え、さもなくば死ねという事だ。かなり強引だが、そうでもしなければ土地問題は一生片付かない、と信長は考えた。

「土地の所有者がはっきり決まると、公家や寺社は荘園の権利を失う。しかし民は複雑な多重課税を考えなくても良くなり、結果的に負担が軽減されて喜ぶ。織田家にとっても支配体系を簡略化出来、整備しやすくなる、という事ですか」

「その通りじゃ。市場改革は言うまでもなく、楽市楽座令じゃ。これは地元の要請もあるゆえ、内容は地域ごとに変わるがな」

「そうですね。まずは道路整備をして流通を促進させ、次に土地の整理を行い、最後に市場改革でしょうか。通貨の発行は最初から続けていく必要があるので、順番ではなく並列で行う事になりますね」

「その通りじゃ。さて、おおよその話はこれで決まった。後日、細かい調整をするとしよう。わしは腹が減った。何ぞ美味い飯を用意しろ」

話し合いが終わると、信長は姿勢を崩してそんな事を口にする。切り替えの早さは相変わらずだなと思いつつ、静子は食事の準備をするため部屋を後にした。






信長の政務が終わったのに従い、静子もまた岐阜へ帰国する。途中、伊勢神宮に立ち寄り、式年遷宮の為の資金として3000貫文を寄進した。
突然の織田軍訪問に、伊勢神宮の神官たちは大慌てしたが、寄進の理由を聞いてホッと胸をなで下ろした。
その他、信長が家臣たちを激励しつつ帰国したため、予想より時間がかかった。ようやく岐阜へ帰り着き、静子は尾張に戻ったところで愕然とする。

「でかい」

それは静子が京へ行っている間に邸宅が完成し、既に新居へと引っ越しが済んでいたことに起因する。引っ越しだけなら問題はない。彩にも引っ越しに関する話は事前に依頼していた。
問題は自宅の門が、以前のそれと比べて遙かに巨大になっていたことだった。城ではないため防衛施設こそ少ないものの、城門を守る兵などは以前と変わらずだ。

「おっきいなー」

家を見て、静子はそれ以外の感想が浮かばなかった。家は大きく三つに分けられていた。
まず一番大きい本殿(ほんでん)だ。家と言うより政治的な施設という方が正しい。現代でいう庁舎に近い役割があり、彼女以外が政治を行う場合にも利用される。
信長が政治や政策を行うために利用される事も考慮しているので、静子の家というより織田家の統治用施設という面が強い。
無論、静子も接見したり会議を開いたりする場合、利用する施設は本殿になる。

次に二回り小さい裏殿(うらでん)だ。ここが静子の家と断言出来る、彼女用のプライベート空間だ。
とはいえ、家臣やその家族が泊まったりする事もあるので、全部が彼女の空間ではない。
本殿にも台所はあるが、裏殿は食料保管の倉に近く、水場や風呂もある。静子は勿論、彩や蕭の部屋もある。
位が低くなるに従って部屋が狭くなり、侍女たちは共同で部屋を使う事になる。
他にもヴィットマンファミリーやターキッシュアンゴラのタマ、ハナ。雪豹のゆっきー、オウギワシのシロガネなど、静子が飼っている動物たちの寝所も、裏殿の中にある。

最後が側殿(そくでん)だ。信長をはじめ、武将たちが寝泊まりする施設だ。本殿という政治施設がある関係上、このような施設が必要となった。
他と違って武家屋敷を小さくしたものが、いくつか並んでいるだけだ。信長用だけが一回り大きいのは、分かりやすい目印とも言える。

この他にもビニールハウス群や田畑、食料や武具、静子が蒐集した刀、献上品などを収納する倉、鶏や家鴨のような家畜を飼育する区画、厩舎、防衛を担当する兵士の寄宿舎や付随する施設、工房など多種多様の施設が存在する。
それらを城壁でぐるりと囲み、外側に堀があるのが静子の新居だ。家というより拠点という方が正確なのかもしれない。新居に従事するスタッフも前より一段と増えた。

「もう笑うしかないよね、これは」

そんな事をぼやきつつ静子は裏殿へ入る。

「ところで君達には専用の部屋があるはずだけども?」

入ろうとして後ろに慶次や才蔵、長可などいつものメンバーが揃っている事に静子は気付く。

「あんな広い場所では落ち着かん」

「某は馬廻衆ですゆえ」

「お、俺は別に構わんのだが、猫たちが離さなくてだな」

新居になってもいつも通りか、と静子は思った。足満と高虎は全体を見てくると言って立ち去ったが、言動から彼らもこの拠点に移り住む事になるのだろうか、と静子は漠然と思った。

「結局、いつも通りか」

そんな事をぼやきつつ、新しい我が家に入った。そして玄関で気付く。つい先ほどまで、大人数が往来していた形跡が見てとれた。
嫌な予感を覚えつつ、静子は寛ぐための部屋に移動する。

「おお、ようやく帰ってきたのかえ」

静子の嫌な予感は的中した。裏殿の主人が寛ぐべき自室に、主人の静子より更に寛いでいる濃姫がいた。
彼女だけではない。市やまつ、ねねなど、いつも通りの面子も勢ぞろいしていた。

「……何をしておられるか伺っても宜しいでしょうか」

「見て分からぬか。寛いでおるのじゃよ」

「いえ、それは分かります、これ以上ない程に。私の質問は、何故私の家で寛いでおられるのか、です」

「新居の祝いに来たのじゃが、肝心の家主が不在でのう。ならばと家主が帰り着くまで寛がせて貰っているのじゃよ」

前半と後半が全く繋がらなさすぎて、頭が痛くなった静子だった。

「お待たせ致しました」

「おお、ようやくか。待ちわびたぞ」

静子が重いため息を吐いていると、彩がお膳に何かを載せて入ってきた。静子に一礼した後、彩はお膳を濃姫たちの前に置く。
お膳にはプリンが乗っていた。現代のように黄色ではなく、白色のプリンだが「す」がなく、綺麗な表面をしていた。

「人の家の食材を食べ尽くす気ですか」

「どうせ使い切れずに腐らせるであろうから、妾が有効利用しているまでじゃ」

「うぐ、痛い所を……」

消費より供給が随分オーバーしている静子にとって、食材を消費してくれる人物はありがたい。
だが、濃姫は何をどれだけ消費するか分からないので、その点だけが静子の頭を悩ませていた。
もっとも、消費しなければ腐らせてしまう公算が高いため、食材の消費は歓迎すべきであった。

「それにしても、総畳張りとは思い切ったのう」

「畳の生産が追いつかないので、まだ畳が入っていない部屋もありますがね」

「前からしていた研究が成功して、大量生産が行えるようになったのじゃな」

畳は江戸時代、徳川吉宗が享保の改革を行い、干拓が積極的に進められた事で、材料のい草が大量生産されて価格が下落したが、それまでは高級品であった。

無論、信長も静子の進言に従い、干拓を積極的に行い、い草の生産量は飛躍的に向上した。
い草の栽培は基本的に三段階に分けられる。最初の畑苗(一次苗)、これは他と変わらず元となる苗を作る畑だ。
12月ごろに苗を植え付け、そのまま苗わりを行う翌年の8月まで待つ。
時期がきたらい草は苗畑から二次苗の畑に移動させる。苗を引っこ抜いて泥を落とし、苗を一本一本割って植えていく。
植えた直後は一本の苗だが、い草の生命力は強く、次々と新しい芽が出てくる。数ヶ月もすれば最初の弱々しい雰囲気などどこ吹く風、見違えるほど立派な苗へと成長する。
こうして出来た苗を栽培する本田に植える。行う作業は一次苗を二次苗の田んぼへ移し替える内容と同じだが、苗が大きい分栽培する田で行う作業には熟練の腕を要求される。
苗を植えてから二年後の七月に、い草は収穫される。その後、泥染めという染土を溶かした水につけ込んだ後、乾燥させてようやく完成となる。

い草の栽培は熟練の腕を要するが、静子は全行程の殆どを機械で代用する研究を行い、見事成功した事で、尾張のい草生産量は飛躍的に向上した。

「い草の移植機、収穫機、畳表の製織などなど、そういう専用の機械を開発する事で、高品質な畳を大量生産する事が可能になりました。が、今度は需要が跳ね上がったせいで、供給が追いついていないのです」

「大量生産も一長一短じゃのぅ」

「だからといって、やらなければいつまで経っても生活の質はあがりません」

「そうじゃな。それはさておき、茶請けがのうなったから、何か旨いものでも頼む」

言われて静子はお膳を見る。お膳の上にあったプリンは、いつの間にか全てなくなっていた。
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