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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀四年 室町幕府の終焉

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千五百七十三年 一月下旬

年の瀬。新年を迎える人々は、属する陣営によってはっきりと明暗が分かれていた。
織田家を筆頭に、同盟関係にある徳川家も輝かしい新年に期待し、慌ただしくも賑やかな歳末を過ごしていた。
対照的に反織田同盟の面々は、お通夜のような重苦しい雰囲気の中、暮れつつあった。
それと言うのも反織田同盟の旗頭であった武田家の敗北という事実が重く圧し掛かっていたからだ。
局地的な敗北ではなく、武田家の総力を挙げて尚、完敗と言える程に完膚無き敗北を喫したのだ。

反織田勢力は、誰一人として武田の敗北を想定しておらず、多少の苦戦はすれども武田軍の上洛を疑っていなかった。
しかし、蓋を開けてみれば首魁である武田信玄をはじめ、馬場 信房、山県 昌景、内藤 昌豊という武田四天王のうち、実に三人までもが討ち死にした。
辛うじて諏訪四郎勝頼(のちの武田勝頼)は逃げ延びたものの、武田家の有力な武将は軒並み戦死しており、武田家の存続が危ぶまれる程の惨状となっていた。
それに比べて織田側の損害は軽微であり、織田・徳川合わせて500程の死傷者を出しはしたが、有力な武将が討ち取られるようなことは無かった。

三方ヶ原の戦いで圧勝し、天下を震撼せしめた織田・徳川軍だが、その後の織田軍の行動は反織田同盟の参加者たちの度肝を抜いた。
武田軍の歴史的大敗から二日。混迷を極める織田包囲網をよそに、信長は一気呵成に長島を攻め落とした。十四を数えた防衛の要たる砦も、日に三つという非常識な速度で攻略された。
世の中が武田家の敗北という衝撃から立ち直る前に長島は丸裸にされ、織田軍による長島城への侵攻が始まる前に降伏の憂き目を見た。
この電撃的な侵攻を可能としたのは、三方ヶ原の戦いに於いて自軍の勝利を確信し、余力を残していたという衝撃的な事実を天下に知らしめたのだ。

十二月の中頃に徳川家への増援を決定し、僅か半月ほどで世の中は一変してしまっていた。歴史の転換点だったのだろうが、渦中に居る者にとっては堪ったものではない。
特に一転して劣勢へと追い込まれた反織田同盟に与する者たちにとって、この年の瀬は迫りくる死の気配に身を凍らせる、一息つくことすら許されぬ厳しいものとなった。
対外的には信長が武田信玄を打ち破り、嫡男の信忠(奇妙丸)が長島一向宗を蹴散らしたとされている。
しかし織田家家中に於いては、それらの大事を支えた静子の存在こそが、勝利の要であったと理解されていた。
実際、徳川への後詰めとして浜松城へ赴き、逼迫(ひっぱく)する戦況に(おのの)く徳川家家臣たちをも説得し、三方ヶ原の戦いを勝利に導いたのも、長島での快進撃を支えた兵の練度と武装を整えたのも、全て静子が入念に計画を練り上げた賜物であった。

奇しくも武藤喜兵衛が予言したように、織田家内外にその存在を示しつつある静子は、普段ならば自宅で過ごす元日の夜明け前より信長の呼び出しを受けていた。
それも初日の出を拝むから供をせよ、という理由からだ。

「寒い……」

「寒いと思うから寒いのだ」

「いや実際寒いですよ。というか何故、私なんですか。日の出までは温かい家でごろごろさせて下さいよ」

信長が天下に手を掛けようとも、静子がどれほど武功を積み上げようとも、周囲の見る目は変わったが、二人の関係は変わらなかった。

「何、貴様にこの光景を見せたいと思ったからよ。それ以外に理由など必要あるまい」

「そうですか」

あまりにも信長らしい言い様に、静子は納得せざるを得なかった。夜明け前の冷え込みに、流石の信長も口数が少なくなり、二人の間に沈黙が落ちた。
気まずい沈黙ではなく、静かに時間が過ぎるのを待っていると、夜闇に一筋の光明が射した。
どちらからともなく光へと目を向けると、地平線の彼方から周囲を朝焼けに染めつつ太陽が昇ってきていた。

「わぁ」

それは見事な初日の出の光景だった。空気が澄んでいるためか、現代よりもはっきりと夜が明け行く様が見えた。
余談だが元日の日の出を指す言葉として『ご来光』と『初日の出』があり、この二つは混同され易い。
しかし『ご来光』は高山から見る日の出を意味し、釈尊が光背と共に来迎するのになぞらえたものである。つまり信仰対象は仏陀であり、仏教行事の一つに数えられる。
対する『初日の出』は、日の出と共に年神様が降臨すると信じられていたことから参拝対象となった。信仰対象は年神であり、神道に於ける正月の中心行事となった。

「悪くない気分だ」

長く立ち塞がっていた懸念が払しょくされ、初めて迎える元旦という事も相まって、信長は再生される太陽をいつもより神聖で荘厳なものとして心に焼き付けた。

「しかし、本当に武田を破るとはな」

今でも時折夢を見ているのではないかと、信長でさえ思う事がある。
本当の自分は三方ヶ原の戦いで武田を撃破出来ず、岐阜城に籠り迫りくる死に怯えており、今の自分は絶望から見た都合の良い泡沫(うたかた)の夢ではないのかと。
そのような事はあり得ないと思ってはいても、折に触れて確認してしまうのも無理からぬことだった。

「私は出来ない事を出来るとは言いません。出来ると言ったからには、ちゃんと勝算あってのことです」

「ふっ……それにしてもかの新式銃は凶悪だな。向こうの攻撃が届かぬ遠間より、一方的に狙い撃てるのだから。撃ち合いになる前に大損害を強いられるとあらば、どれほど物分かりの悪い阿呆とて二の足を踏もう」

「銃だけの功績ではないのですよ。皆が私の言葉を信じてついてきてくれたからこそ、この大戦果を得られたのです。此度の戦功は私個人が受けるのではなく、皆が受けるのが相応しいと思います」

「貴様は変わらぬな。初めて会ったときから、何も変わっておらぬ」

昔を懐かしむように溢す。初めて目にした時から妙な奴だとは思っていたが、不思議とどこか地に足がついた安定感があった。
延々と大地に挑み続ける農業を生業とするからか、しっかりと大地に根を張った奇妙な存在感を持っていた。
誰もが羨む大戦果を打ち立てながらも寸毫(すんごう)もぶれることなく、最初と同じように自然体であり続ける。
信長にとって、静子とは好き放題に枝葉を伸ばし、酷く剪定に手が掛かるが、大きな実りを齎しもする大樹の如き「変な奴」であり続けるのだろう。今までも、そしてこれからも。

「武田がかつての勢いを取り戻すことは最早ないだろう。上杉の帰趨は判らぬが、北条は酷く動揺しておる。本願寺も頼みの綱が断たれたとあって、内部では上へ下への大騒ぎだろう。そして己を顧みぬ将軍には足満を遣わせる」

「足満おじさんをですか?」

「うむ。奴を目にして尚、寝ぼけた夢を見られるようなタマであれば見直しもするが、そんな器量は無かろうよ。流石に此度の件では甘い対応は取れぬ。息子を人質に差し出させ、その上で奴自身の蟄居を申し付ける」

強い語調とは裏腹に、信長の様子からは徒労感が窺えた。将軍義昭の件は信長にとって頭痛の種なのだろう。
幾らお飾りの神輿とは言え、ここまで政治感覚が無いと、担いでいる方も堪ったものではないのだ。

「この先一年だ。貴様の軍は纏まって運用するのではなく、小規模に編成しなおして活躍して貰う。無論、貴様の虎の子である鉄砲衆も含めてだ」

「盤石な支配体制を確立するためですか?」

「今の統治では各地が反旗を翻せば、それだけで兵の運用に支障が出る。畿内の安堵は本願寺を叩く上で必須だ。まあ貴様自身が出向くような事態はそうそうなかろうがな」

「え、それはどういう意味ですか?」

静子の問いには答えず、信長はニヤリと笑みを浮かべるのみだった。こういう態度を取る時の信長は、たいてい容赦のない事を考えていると、静子は経験的に学んでいた。

「貴様自身がどう思おうと、武田と長島とのいくさで為した静子軍の働きは頭抜けておる。その静子軍の本隊が動かず、各地に別動隊が派遣されれば敵はどう受け取る?」

「……別動隊の派遣は警告。たとえ退けたところで、倍する軍勢に攻め滅ぼされるといったところでしょうか」

「良い読みじゃ。簡単に屈したとあっては面目が立たぬが、武田をも挫いた本隊が相手では勝負にならぬ。警告段階で如何に上手く立ち回るか、目を付けられたというそれだけで心労は計り知れぬ」

酷い精神的重圧だと静子は思った。今や付城戦術が標準の織田軍だ。瞬く間に周囲を包囲され、打って出ようにも新式銃で蹴散らされ、援軍の無い絶望的な籠城を強いられる。
四方八方からいつ攻められるともしれず、刻一刻と減りゆく兵糧を眺めて、やがて訪れる死を待つ緩慢な自殺。まともな神経では耐えきれるものではない。

「何、一罰百戒を実践しておるだけじゃ。死肉を貪り、血で喉を潤す惨状を知れば、迂闊に歯向かおうなどとは思うまい」

「一罰が苛烈過ぎる気もしますが、まあそれは仕方ないのでしょう。彼我の差を推し量り、最善の手を講じるのが国人の仕事ですから。判断を誤る国人を擁いた報いは受けて貰う他ないかと」

「その通りじゃ。さて、初日の出も充分に満喫した。そろそろ戻らねば、濃めに正月料理を食いつくされようぞ」

言葉を言い終えると同時に、信長は(きびす)を返した。呆気に取られていた静子だが、我に返ると慌てて信長の後を追った。

「今年も天下取りで忙しくなりそうじゃ」

静子が近づいてくる足音を聞きながら、信長はそんな事を呟いた。






元日の朝。信長が最初に挨拶を述べるのは、彼の一族衆と定められている。これは「家族や親族を軽んじる者は、家臣や兵をも同様に扱えぬ」という信長の考えによるものだ。
率先して範を示すべく、信長は正月を妻子や親族と迎える。つまり、それ以前に静子と日の出を見に出かけた事は、信長にとって静子は家族も同然と言うことを意味している。
信長がそれを意図していたのか、それとも無意識だったのかは彼以外には窺い知れない。

「ぶえっくしょ。うう……誰か噂でもしているのかな」

初日の出を拝んだ後、一度家へと戻った静子だが、昼を過ぎた頃に再び信長の許へと赴く必要があった。
それは元日に催される信長の茶会へ参加するためだ。いつもは不参加を決め込んでいる静子だが、流石に今年ばかりは参加せざるを得なかった。
面倒だとは思いつつ、静子は正装へと着替える。身支度を整えた静子は彩に見送られて、信長の居城を目指して出発した。

流石に正月ともなれば人々の往来も減り、商人たちがひっきりなしに行き来する大通りも閑散としていた。
主要な街道はおろか、街道沿いの大通りは全て舗装されているお陰で、道中何事もなく岐阜城へと辿り着くことが出来た。
天下人に一番近いと目される信長がおわす岐阜城ともなれば、信長への年賀の挨拶に訪れた人々が列をなしており、付き人なども含めれば足の踏み場もない程の賑わいを見せていた。
静子は馴染みの小姓に馬を託すと、待ち合わせをしている面々を探す。

「確か現地集合って話なのだけど……あ、いた」

才蔵や長可も正月には呼ばれていたが、彼らは家に戻っていたため、昼から赴く信長への挨拶に現地集合という事になっていた。
辺りを見回すと静子は才蔵の姿を見つける。静子が才蔵の許へ駆け寄ると、才蔵の方も静子に気付いた。

「新年、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます、静子様。本年もよろしくお願いします」

二人は新年の挨拶を交わす。それが終われば才蔵は、普段通り静子の後ろに立つ。新年から馬廻衆の仕事をしなくても良いのでは、と思った静子だが才蔵の好きにさせる事にした。
その後、長可に足満、高虎と次々と合流する。驚いたのは慶次が正月の挨拶に現れた事だ。

「流石に今年は行ってこい、と養父殿に言われてな」

傾奇者の慶次も恩義ある養父には弱く、今年は挨拶をしてきなさい、という養父の言葉に逆らえなかった。色々と思うところがあるようで、慶次は微妙な表情をしていた。

「良い養父殿じゃないですか。『親孝行、したいときに親はなし』ですよ」

「分かってはいる。が、どうにもこの年になると何をして良いのか」

今まで傾奇者として生きてきた慶次にとって、何が養父にとって孝行になるか思いつかなかった。頭をかきむしっても良い考えが浮かばず、彼は悶々とした正月を迎えていた。

「まあ、ゆっくりと考えれば良いんじゃないですか? 急いては事を仕損じる、って言いますし。そろそろ行きましょう」

話を打ち切ると静子は信長の許へと向かうべく、皆と歩調を合わせて進んでいく。足満が隣に並び、慶次や才蔵、長可は静子の後に続く。
進むうちにあちらこちらから囁き合う声が耳に届く。その内容は様々であり、静子の業績を称えるものもあれば、羨望や嫉妬、悪罵に近いものまでがあった。

羨望の的になるのは仕方がない。戦国最強の代替わりを成し遂げた。最強の座に居る限り、これ以上の武功は存在しない。静子の武功に難癖を付ければ、恥をかくのは己となるのだ。
武田に黒星を付けたという事は、静子を所詮は裏方と軽んじていた人間が、逆立ちをしても敵わない圧倒的な武功であった。

一方、嫉妬や悪意を向けられる静子は、柳に風とばかりに平然と受け流していた。
人とは感情の生き物である以上、そういった悪意を向けられるのは仕方ないと割り切り、付き合うだけ無駄だと切り捨てた。
建設的な意見や、意味のある批判なら受け止めるが、単なる感情を持て余した誹謗中傷の類では、疲れるだけで得るものもないため、付き合うつもりは毛頭ない。

元日の信長は、午前中を家族や一族と過ごすため、必然的に対外的な挨拶は午後に集中する。
主要な家臣も同様ではあるが、準備の為に動く人々は奔走しており、元日の岐阜城から人の気配が絶える事はない。
尤も信長に限れば、二日以降も訪問客が途絶える事はないのだが。ともかく静子も他の訪問客と同様に並び、信長へと目通りを許され正月の挨拶を述べる。

「今年もよろしく頼むぞ」

静子が正月の挨拶を告げた時、信長は不敵な笑みを浮かべていた。何やら嫌な予感がした静子は、早くも帰りたい気持ちになった。そして彼女の予感は当たっていた。






(えーと、なんでこんな事になっているんだろう)

静子は内心頭を抱えたが、目の前に映る光景は変わらない。

「どうした。遠慮はいらん、望みのものを申すが良い」

自信満々に信長は言葉を発した。彼の目の前には曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)が置かれていた。
現代においては国宝。それも現存する数は三つのみという最上級の天目茶碗である曜変天目茶碗が、惜しげもなく置かれていた。
それだけではなく、他にも信長が愛用している茶器が並べられていた。茶器だけではなく日本号や実休光忠などの名槍や愛用の刀まで置かれていた。

名物を前に静子はため息を吐く。信長は三方ヶ原の戦いで武田に決定的な敗北を与え、かつ長島の一向衆を駆逐する事に成功した。
その最大功績者である静子に、信長は望みの褒美を与えると語った。前回と違い、今回は様々な現物を静子に見せつつ、彼は論功行賞を始めた。

(どうしようかなあ。茶器なんていらないし、扱いに困るし……かといって刀や槍ってのも味気ないよねえ)

腹の中で唸りながら静子は考える。突然、正月に論功行賞をするのも、信長に何か考えあっての事だろうと彼女は思っていた。
現物が沢山あるのに土地については一言も語らない時点で、思惑が込められた論功行賞だと存外に語っているようなものだ。
暫く考えて静子は結論を出す。これならば信長の面子を守り、かつ自分の欲しいものを手に入れられると、彼女は考えた。

「おや……コホン、上様(・・)。それでは3つお願いがございます」

上様とは信長の敬称になる。前まで『お館様』だったが、年末頃から周囲は信長の事を『上様』と呼ぶようになった。
武田と長島を倒した事で呼び方が変わったのか、それとも単に偶然かは不明だが、静子も信長の事を『上様』と呼ぶように改めた。

「申してみよ」

信長に促されて静子は居住まいを正す。ニヤリと笑って話を聞く態勢となった所作から、信長は静子の言動を楽しんでいるように見えた。

「……では一つ目、いくさにて散った者の御霊を鎮魂する社の建築許可を頂きとうございます。二つ目は藤四郎吉光(よしみつ)の刀蒐集にお力添えを願います。三つ目は日本号を頂戴しとう存じます」

「良かろう、日本号は其方(そなた)に遣わそう」

静子の願いに信長は躊躇いなく了承を口にした。一瞬の迷いすら見せなかったことに、逆に静子の方が戸惑ったぐらいだ。
だが信長は静子の狼狽振りを見てニヤリと笑うだけだった。何度か深呼吸して気持ちを落ち着けた後、静子は信長に頭を下げる。

「有り難き幸せ。しからば、日本号の運搬準備をするため、これにて失礼します」

日本号を運ぶ準備をする、という名目で静子は席を外す気でいた。気を遣いすぎて疲れたとも言える。少し休憩する時間が欲しくて言った理由だが、信長はさして気にせず承知した。

「捕まったら諦めよ」

最後に信長が言った言葉に静子は首を傾げた。しかし、日本号の運搬準備をしている時、静子は信長の言葉の意味を知る。

「静子よ。妾に挨拶なしで帰ろうとは、随分と不人情な仕打ちよのう?」






「疲れた。もう二度と行きたくない」

日本号の運搬準備をしている時、運悪く濃姫に捕まったために、静子は大変な目にあった。
何とか運搬に関する指示は出せたものの、それ以上何かを言う前に、静子は濃姫に引きずられていった。
途中で市と茶々たちにも見つかり、そのまま女子たちが集まっている部屋へと強制連行された。そこからは静子にとっての地獄だった。
濃姫と市のコンビは全く気を遣わない、逆に初対面の人間は既に静子に対して何らかのイメージを持っているのか、応対するだけで大変だった。

「まぁ上様に薬研や乱とかの下賜を確約して貰えただけ、良かったと思おうか……」

薬研藤四郎(やげんとうしろう) は足利将軍家の重宝だったが、松永弾正が足利義輝を暗殺した際、不動国行(ふどうくにゆき)などとともに分捕って所持していた。
しかし、元亀四年一月十日に、松永弾正は薬研藤四郎と不動国行を信長へ献上したと伝えられている。

「あ、どうせなら不動国行も頂戴、と言えば良かったかな。ま、愛刀にするから無理だろうけども」

「静子様、集計が終わりました」

そんな事を考えながら空を眺めていると、彩が声をかけてきた。正月から働かせる事になってしまったが、それを考えても少し困った状況が静子にはあった。

「で、幾らあったの?」

上様(・・)からの下賜を合わせて2万7500貫文になります」

問題とは静子の金子所持額だった。

「大金渡されても困るのだけどねぇ」

「仕方ありません。ここ尾張や美濃のものは、殆ど静子様が関わっております。それゆえ金子が一番無難なのでしょう」

何故、静子が大金を所持しているかと言うと、信長は武功のあった者には茶器や金子で報酬を支払っていた。
武将たちが茶器を求める中、静子は信長から金子を得て開墾を行っていた。それゆえ、いつしか静子には金子で褒賞を渡すのが常となっていた。

だが尾張・美濃においては、知多半島に農業用水を引くなどの国家的超巨大な工事以外、一定の開墾は終えていた。
他の地域はそれぞれ支配者がいるので、静子は開墾について口を挟む権利がない。
彼女の影響力は尾張・美濃に限定されていた。それでも信長のお膝元で色々と出来るのは、それだけで特権とも言えるのだが。

「どうしようっかなあ……あ、伊勢神宮があったね。神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)のために寄進しよう。とりあえず3000貫ぐらいかな」

「静子様の事ですから、家臣や兵たちに分け与えるかと思っていました」

「それも良いけど、そろそろ余所にもお金を回さないとね。それには大きめの所が使う方が楽なの。後、寄進する事によって『織田家は寺社勢力を滅ぼす気はない』ってアピールも出来るしね」

信長は寺社勢力に苛烈な態度をとり続けているが、基本的に扱いは平等だった。敵対するならどの宗教、宗派問わず戦い、中立や味方陣営に与するならば平等に保護した。
静子が捕鯨で活用している鯨神社が信長から何も言われず活動できるのも、彼らは信長と敵対する気はなく、掲げている言葉通り鯨に関する事しか従事していないからだ。
逆を言えば武具を購入し浪人を雇い始めると、信長から目を付けられる事になる。

「とりあえず上様に伊勢神宮への寄進について許可を得ておいて。それ以外は、他の面子が帰ってきた時に考えよう」

「承知しました」

「よろしくー。もうすぐ引っ越しだけど、引っ越しが終わったらみんなに役職とか割り当てようね。そろそろちゃんと組織化しないと、誰が何を担当しているか分からなくなるから」

信長が用意した静子の邸宅に引っ越すと、今以上に家人が増える事となる。
こうなると今までのように、いい加減な組織では運営出来なくなる。円滑に家を運営するにも役職を割り当てる必要があった。

「お考えは既におありでしょうか」

「とりあえず表と裏を分けないとね。表は慶次さんや勝蔵君たちが頂点で、裏は彩ちゃんと蕭ちゃんが頂点かなあ」

「……それは……」

彩は少しだけ迷った。蕭は前田利家とまつの子だ。家柄は申し分なく、実力も他の人間が認めるほどだ。今では内容にもよるが、書状に「蕭」の印鑑を押して処理する権限もある。
つまり静子の家は、蕭が切り盛りしていると言っても過言ではない。

対して彩の作業は、今も静子が私的、公的問わず所有しているものの管理となる。つまり倉のものと、金の管理。言い換えれば彩の仕事は現在で言うところの管財人となる。

「家柄なんて気にする必要ないよ。と、言うか私は倉の管理を誰にしようか一番迷う所だったんだよね」

「それは、何故でしょうか」

「簡単だよ。私の倉は色々と入っている。その中には、まだ世に知られたくないものもある。そういうものの誘惑に負けず、しっかり仕事する人が倉を担当して欲しいのよ。武田戦だって、倉に保管している新式銃が流出していたら、今のような結果にはならなかったしね」

遠回しだが静子の言いたい事は、一番信用を置いているのは彩、という事だった。

「静子様の信に報いられるよう、ご奉公致します」

「ちょっとはデレようぜ、彩ちゃん。今は人がいないのだから、さあ! お姉さんの胸で感激の涙を流すのだ!」

両手を広げてウェルカムをする静子を見て、信用していると言われたときに抱いた感謝の気持ちは霧散した彩だった。

「それでは3000貫文、用意して参ります」

「お〜い、このままだと私はかなり空しいのだけど……くっ、彩ちゃんがデレる日はいつになるのだ」

「馬鹿な事を仰っていないで、正月らしい事をして過ごして下さい」

そんな事をいう彩は気付いていない。彼女はうっすらと笑みを浮かべている事を。






もうすぐ引っ越しというタイミングで信長から京へと同行しろ、という命令が静子の許に届く。
鷹狩りを行うというのが表向きの理由だが、本当の狙いは別にあると静子は理解した。何しろ鷹狩りを行うには不相応な武装を指示されているからだ。
明らかに示威行為だ。信長は己の勢いを見せつけて、敵対者の反抗の芽を摘むつもりでいるのだ。そのために静子軍を活用する気だと静子は思った。

「中々に酷い事を考えるなあ。まあこれでいくさが減るなら良いのだけれど」

命令書を読み終えた静子は、彩にいつもの面子を集めるよう指示した。慶次だけは、どこにいるか分からず時間はかかったが、何とか全員を集める事に成功する。

「ふわぁ〜、寝ている所を起こすとか、静っちは酷いぜ」

「ごめんね。ま、お仕事と思って諦めてね。これが終われば、多分暇になると思うから」

大あくびをしつつ愚痴を零す慶次に、静子は片手で拝むようにして詫びる。慶次もそこまで文句はなかったようで、才蔵が肘でつつくと頬をかいて黙る。

「さて、今回は単純に京へ行くだけだよ。ただ色々と思惑が絡んでいるから、ちゃんと武装して行く事になる。まあこっちはこれだけの力があるんだぞ、って見せつけるためかな」

「なんとまあ、やる気の出ない話だ。その為に俺たちが出る必要はあるのか?」

「まあまあ、これでふるい落とされる相手なんて、最初から期待しなくて良いじゃない。力を見せつけて、なお戦う気概を持つ相手を見定めると思えば、悪い事じゃないと思うの」

「む、まあ……確かにな」

いの一番に愚痴を零した慶次を、静子は何とか宥める。やる気が出ないのは静子も同じだ。
わざわざそんな事をしなくとも、既に武田戦で散々実力を見せつけたのだ。これ以上、見せつけるような事をする必要はないと、静子も思っていた。

「まあ、京では遊んでいても問題ないのじゃない? 費用ぐらいなら、ある程度は出すよ」

「ヒュー、さすが静っち。話が分かるじゃないか」

「こら、みっともない事を言うな。地味に見えるが、示威行為も重要な仕事だ」

「分かっているよ。分かっているけど、つまらないものはつまらん」

「まー私も乗り気ではないよ。ただ、例のものを受け取らないといけないから、ちょうど良かったと思っておくよ」

「お、じゃあようやく引き渡しが出来るのか!!」

静子の言葉に長可が反応する。長可の問いに静子が頷くと、彼は諸手を挙げて喜んだ。
例のもの、それは海外の土着猫の事だ。ターキッシュアンゴラに惚れて以降、信長は他の海外猫をも気に掛けていた。
海外の猫がもっと欲しい、いつしかそんな欲求を抱くようになった信長は、静子に「金に糸目はつけない。他の猫も集めよ」と命じた。

持てるコネを最大限に駆使して、静子は西洋猫を集めた。
まずロシア東部で自然発生した土着猫サイベリアン。西暦千年ごろから存在が確認され、現代ではロシアの歴代大統領に愛されている猫だ。
好奇心旺盛かつ頭脳明晰ながら温厚で忍耐強く、そして甘えん坊な性格の猫だ。
それでいて卓越した狩猟能力を持ち、水を忌避する猫種にあって、魚を捕獲するサイベリアンまでもが確認されている。

次にイギリスの土着猫ブリティッシュショートヘア。始まりは古代ローマがイギリスを侵攻した際、食料を狙うネズミ対策として連れてきた猫が始まりと言われている。
20世紀に品種の標準化が確立したが、それより一世紀も前にイギリス国内で土着猫として関心が向けられていた。
本種は短毛種だが、長毛種としてブリティッシュロングヘアーという猫も存在する。こちらは比較的新しい猫の品種である。

次にノルウェーの土着猫ノシュク・スコグカット。英語でノルウェージャンフォレストキャットと呼ばれ、意味はノルウェー語と同じくノルウェーの森林ネコだ。
ノルウェーで古くから存在する土着猫だが、四千年以上前から存在する猫だと言われたり、南ヨーロッパにいた短毛種がノルウェーの寒さに耐えるため長毛種に変化したと言われたり、十一世紀にバイキングが連れてきた猫が元だと言われたり、今もなお起源が判然としない。
はっきりしている事は、防水機能のある2重状の毛などノルウェーの環境に適応している点だ。
ただし寒冷地方に適応した品種のため、亜熱帯や熱帯地方では熱中症にかかりやすく、防水のための皮脂は皮膚炎になりやすい問題がある。

最後に最も古いイエネコと言われているエジプトの土着猫エジプシャン・マウ。マウとは古代エジプト語で猫を意味する。
ピラミッドの壁画にも、エジプシャン・マウらしきものが描かれており、エジプシャン・マウは古代エジプトから存在しているのでは、と推測されているが確証はない。
斑点模様を持つ猫だが、この模様は猫の品種の中で、唯一人の手が加えられてついたものではなく、自然と斑点模様になったと言われている。

なお現代のエジプシャン・マウは最古の猫として有名だが、ロシア王女ナタリーがエジプトよりイエネコを数匹取り寄せ、アメリカに猫とともに亡命してから品種改良した猫が正式な品種として登録されたため、比較的新しいアメリカ原産とも言われている。
静子が取り寄せたのは、ナタリー王女がエジプトより取り寄せたと言われるイエネコだ。混乱を防ぐため、静子はエジプシャン・マウと呼ぶことにした。

これらの土着猫を購入した静子だが、その購入方法は少し特殊だった。まずこの時代、猫は荷物をネズミから守る重要な存在だった。
見慣れた土着猫とはいえ、南蛮商人は猫を簡単に手渡す訳にはいかなかった。そこで静子は猫を一時的に預かり、日ノ本で繁殖させてから南蛮船に親猫を返却するという手法をとった。
無論、その間船舶は移動が出来なくなったが、それらの費用は信長(正確には堺の商人たち)が受け持った。

こうして育てられた子ネコが、ようやく引き受けられる時期になった。受け取りはいつもと同じく京で執り行われる。
他にも静子が依頼していたものがあるが、それはまた今度でも問題なかった。

「よしよし、俺は俄然やる気が出てきたぞ」

「現金なものだな」

長可の手のひら返しに才蔵は呆れた。だがやる気がないより、ある方がマシだと思い、それ以上の苦言は口にしなかった。
慶次はやる気ない態度ではあるものの、暇つぶしにはなるだろうと思っていたのか、強く拒絶はしなかった。

「ま、気楽に構えよう。それじゃあよろしく」

静子の締めの言葉に、おのおの自分なりの返答をした。






一月下旬、将軍義昭は武田が敗れた事で、嫌々ながらも信長に降伏した。しかし、当の信長は義昭が対織田家のために挙兵していた事すら知らなかった。
知らなかった、というより意識にも上らなかった。何しろ彼の頭の中は、静子が武田を破るまでずっとそちらに集中していたのだ。
最初に知った光秀も報告こそ上げはしたが、それ以降は武田に集中したため、京に戻った時に義昭からの使者が来てようやく思い出したという状況だった。

それほどまでに義昭の挙兵は、信長にとって些事に過ぎなかった。

今回、形式上は軽はずみに挙兵した義昭へ苦言を呈する形だが、京の誰もが信長は義昭を懲罰するためにやってきたと思っていた。
実際その考えは正しく、ただ叱責するだけなら軍を連れてはこない。軍は義昭に対する威圧と脅しのためだと京の民は思っていた。

「そういえば、もうすぐ織田軍が来るらしいぞ」

「将軍様は挙兵したってのに、一回もいくさする前に降伏だったかな。全く情けねぇよな」

「ほんとほんと、せめて一回は戦えよーって思ったわ」

今までの言動が重なり、将軍義昭に対する敬意など望むべくもなかった。そもそも敬意がなければ、天下人すらコケにするのが京の民だ。
一回も戦わず降伏したとなれば、幾ら将軍とは言え嘲笑するし、笑いのネタにもする。そんな話をしていると、彼らが向いている方とは反対側から、男が一人走ってきた。

「お、様子を見てきた奴が戻ってきたぞ。どうだった?」

「ど、どどどうだったじゃねぇ! と、とにかく下がれ、お前ら!」

両膝に手をついて呼吸を整えた男は、慌てて押し出すようにして男たちを端に寄せようとする。困惑した男たちだが、尋常ではない慌てぶりに渋々言う事を聞く。
道路の端に寄ってから少しして、織田軍の旗が見えた。のぞき見ようと首を伸ばした男を、様子見した男が慌てて引っ込める。

「(な、なんだよ。見るぐらい問題ないだろ)」

「(いいから俺の言うとおりにしておけ!)」

そんなやりとりをしている内に、織田軍が彼らの視界に入るまで近づいていた。そして、様子見してきた男が、異常な様子になっている理由を、彼らは知った。

織田軍の行進は非常に統率が取れていた。五人を一列とし、太い木のような列をなしていた。
通常、雑兵や足軽が混ざれば列は形を成さず、細長い形になる。それが等間隔に列をなしていれば、それだけで驚愕する光景だ。

更に武装も驚きだった。両端の人間は槍を携えていたが、中3人は銃を装備していた。それが長い列を成す。理解の良い者なら、それだけで大量の火縄銃を所持している、と考える。
ましてや遠巻きに見ている間者なら、その光景だけでどう報告するべきか頭を悩ますだろう。

(やれやれ、上様も人が悪い。きっと将軍向けと、京にいる間者たちの両方に見せつけているんだろうね。現代で言う軍事パレードかな?)

もう何度見たか分からない京の民の驚いた顔を流し見しつつ、静子は手綱を握る。徒歩行進訓練は現代の自衛隊も行うほど、体力の向上を目的とした基本的な訓練だ。
もう一つ、地形の把握という目的もあるが、静子は体力の向上を主としていた。兵士訓練所では基本中の基本であり、入隊した者全てが数え切れないほど行う。
訓練によっては背納の重さが代わり、軽ければ20キロ、重ければ60キロを背負う。距離も短ければ数キロだが、長ければ尾張から岐阜まで移動する事もある。

それゆえ信長は静子軍を京へ連れてきた。統率の取れた軍が多くの火縄銃(半分以上は訓練用の射撃性能がないモックアップ)を装備している光景は、敵の戦意を挫くのに十分だ。
武装して行進するだけで、反抗の芽を摘み、無用ないくさを減らし、敵に味方する者をも減らすことができる。しかも、信長に付き従うは武田を倒した静子軍だ。
信長からすれば、これほど効率が良い策はなかった。傍目にはただ歩くだけで、敵が減るのだから。

(まあ、無用ないくさが減るのは私も賛成だけどね)

そんな事を考えつつ静子は目的地に向かう。

彼らを呆然とした表情で見送った京の民は、しばらく呆気にとられていた。

「……な、なんか、前回見たときより更に強くなってないか、織田軍って」

誰かがポツリと呟き、続いてようやく実感がわいたのか、男たちは顔から汗を吹き出す。

「やばいよな……あんな連中に逆らおうって考えるのは、馬鹿のする事だぜ」

「そうだそうだ。それに考えてみろ。織田軍がつえぇって事は、この街が安全って事だ」

「噂じゃ武田軍が全力で戦ったのに、ボロッボロにして追い返したそうだぞ」

「うーん、織田軍はすげぇわ」

その後も男たちはあれやこれやと語り合い、その会話を聞いた連中が別の人へと話を伝え、いつしか元の話に尾びれ胸びれどころか脚まで生えて独り歩きしてしまっていた。
京の民の織田軍に対する噂を聞いたとき、信長は人目も憚らず呵々と大笑いした。
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