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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

小話 其之弐

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父親たちの苦悩

前久が静子から譲り受けた別邸に、三人の男たちが集っていた。信長、前久、足満の三人は、このところ頻繁に集まっては、とある事柄について話し合っていた。

「して、静子の婿取りは如何(いかが)する?」

静子の婿取り。これは避けては通れない重大事であり、早急に解決すべき課題でもあった。
村長であったころならいざ知らず、今の静子は天下に最も近い織田家の重臣であり、非公式ながら五摂家である近衛家の姫でもある。
これだけでも政治的に見て、婿選びは慎重にも慎重を重ねる必要があるのだが、静子自身にも並々ならぬ問題を抱えていた。

静子の抱える問題とは、その絶大なる事業権益である。本人は帳簿上の数値に意味を見出していないが、彼女が生み出す収益は大領地の国人すら凌ぐ程にも膨れ上がっていた。
この時代の習わしとして、静子の婿はその莫大な権益をそっくり受け取ることになる。
金・権力・武力と全てが突然手に入り、往々にして身の丈に合わない力を持った人間は、その身を持ち崩す。

「わしは静子が望んだ婿以外は許さん。仮に静子が認めたとしても、静子に不利益をもたらすならば斬る」

足満の主張は一貫して「静子が認めた相手」であることだった。
静子の周囲に居る男達は常に足満に値踏みされているのだ。それ故に静子の周りには浮いた噂の一つすらありはしない。
戦国の世は男社会であるため、当然男はいるのだが、静子を女と見て与し易しと近寄る輩は、事前に足満によって排除されるため、そういった関係になる可能性は皆無であった。

「足満殿のお言葉も判ります。しかし流石に独り身では静子殿も肩身が狭くなりましょう。乱世にあって二十歳を越えて独り身とあらば、大年増の(そし)りを免れませぬ」

前久の指摘も尤もだ。現代日本ならば30代の独身など珍しくもないが、戦国時代であれば訳ありの女と見做される。
それは武士の在り方が「家を守る(血筋を後世に伝える)」のを至上としていることに起因する。
配偶者を娶らず、生涯独身を貫くというのは、その家を盛り立てる当主としての自覚がないと断じられるのだ。
それでもなお、生涯独身を貫いた上杉謙信や細川政元、井伊直虎などという例外もいる。

「問題は、静子の頭の中に天下をひっくり返す秘法が眠っておることじゃ。織田家の財政が隆々たるのも、静子の齎した知識や技術あってのことじゃ」

静子の頭には、様々な技術や未知の情報が眠っている。信長自身が公開を命ずることもあったが、大半は自ら進んで公開していた。
静子にとっては取るに足らない技術であっても、この時代では如何なる影響を及ぼすのか計り知れない。
信長の目が届かない場所で安易に技術改革などを行われては、領地を統治する上で問題となる。

「更に、静子殿は家に入っても畑仕事を続けそうですな。となると、その家は急激に力を付けることになります」

仮に静子が家に入ったとしても、大人しく奥方暮らしなどするとは思えない点が問題だった。
自分が食べる程度の田畑を作るぐらいなら問題ないが、静子の性格からすると、周囲を巻き込んで大規模化するのは目に見えている。
そうして無自覚に利益をばら撒き、周囲に信奉者と協力者を巻き込み、いずれは誰もが無視できない一大勢力となる。その範囲は家から村となり、街を経て国となる。

「静子を未だに尾張に縛りつけているのも、奴が居ついた場所に根を張るからだ。その身一つで財力も権力をも生み出してしまうから、タチが悪い」

「意図せず国を肥やし、生まれた余裕で国人たちは勘違いをする。そうなると乱世に逆戻りしますね」

「収穫量が上がった程度で、天下が取れるなら、わしは既に十回は天下人になっておるわ」

杯を呷って信長は一息に飲み干す。信長は静子の意図に気付いていた。静子が多くの技術を抱えながらも、それを小出しにしていた理由。
技術とは積み上げるものであり、一足飛びに最先端のものだけを与えても、それを支える土台が無ければ崩壊してしまう。
まずは土地を肥やし、生活に余裕が出たところで職人を集め、方向性こそ与えるものの、様々な研究を基礎からやらせている。
今日食べる物にも事欠く状況から、長期的な計画を立てられるだけの余剰食糧を生み出したのは見事、と信長は評価していた。
真っ先に新式銃を作ろうとしていたならば、遠からず失敗していたはずである。

「わしは静子を信用しておる。しかし婿はその限りではない」

「そもそも静子殿が家に入っても良いと思われる男がおりましょうや? 彼女ほどの才覚があれば、家を守る暮らしなど退屈に過ぎると思います」

「……一理ある。静子ならば余った時間で安穏と暮らしなどすまい。仕事を効率化して余裕を生み出し、いずれ勝手な事をし始める」

「その辺りは、お濃に似てしまったのかもしれん」

盃を傾けながら、なおも男たちの会話は続く。

「それに彼女の武将や兵がどうなるか、は簡単にご想像頂けるでしょう?」

「織田家に残る奴はいるだろうが、大半は静子に付いていくだろう。特に黒鍬衆は静子に対する忠心が強い。あれだけ手をかけたのだから、当然と言えば当然だがな」

「私が静子殿と会う前から育てていたようだな。連中、様々な技術を静子殿から継承しているから、平時でも休む暇がないほど人気とか」

「平時にあっては水車から屋敷までを建て、いくさとなれば陣立てに城塞建設等、奴らの出番は枚挙にいとまがない。一度など、敵が籠もる城の目の前で、連中が攻城兵器を作り始めた事があったが、あれはたいそう愉快だった。城の連中、どんどん組み上がる巨大な兵器に怯えて、早々に降伏を申し入れてきよったわ」

室町時代より職業は分化や専門化が進み、それぞれが先鋭化したスぺシャリストだった。
だが静子の黒鍬衆はローマ兵の如く、土木建築技術という分野全ての基礎を徹底的にたたき込まれた。
完全に専門職化している技術もあるが、一人一人が(こな)せる作業の幅が広いため、部隊がいくつかに別れても各部隊で均一の技術力を維持出来る。

「ふと思ったのですが仮に静子殿がどこかの家に入ると、彼女は軍を解散してしまうでしょう。そうなると静子殿の後方支援部隊が殆どいなくなります。現状で彼女の後方支援部隊がいなくなるのは厳しいのでは?」

「厳しいな。今や織田軍の将たちは、静子の後方支援部隊を前提に動いておる。道を整備し、ものを輸送し、武具や城を修理し、陣を立てる。それら全てを自前で賄うとなれば相当刻を要する」

「人間、一度楽を覚えると苦労した過去には戻れん」

静子が結婚すると問題になるのは権力だけではない。彼女が抱えている軍の扱いもまた、信長にとっては頭が痛くなる問題だった。
側近の慶次や才蔵は一癖も二癖もある面子、兵もまた静子が独自の考えで構築したために色物軍団となっていた。
普通ならすぐに崩壊してしまうくせ者揃いの軍が、それなりの軍として動いているのも静子という人間が頂点にいるためだ。
仮に婿がそのまま引き継いでも機能はしない。下手な事をすれば空中分解して、完全に軍が崩壊する。

そして静子の軍が崩壊すると、織田軍としては非常に問題になる。戦力的な面もあるが、もっとも重要な点は静子軍が織田軍の兵站を支えていることにある。
武功を求める武将たちと違って、静子は影役に徹しても文句を言わない。それゆえ織田軍の縁の下の力持ちを務めてきた。
最初はギクシャクしたものの、今では静子の後方支援部隊は織田軍にとってなくてはならない部隊だ。
方面軍が円滑に敵を制圧出来るのも、兵站を静子軍に任せ、自身は敵を倒す事に集中出来るからだ。
それゆえ静子軍の後方支援部隊が失われる事は、織田軍にとっての許容できない大損害となる。

「……やはり、婿選びは厳しいか」

「現状を考えると、欠点が大きすぎます」

「そもそも静子が誰かと結婚したい、と言っておらんのだ。わしや織田殿が何か言っても詮無き事だ」

「しかしだな。女の幸せは我が子を抱く事ではないのか? それをわしらの都合で止めていると思うと、少しだけ心苦しい」

酒が入っているせいか、それとも本音を語っても問題ない面子だからか、普段の信長からは想像できない感傷的な台詞がこぼれる。

「だが今のままでは問題だ。静子が周囲の騒動に巻き込まれる可能性はある」

「ははっ、織田殿は心配性ですな」

「心配しているのではない。静子が独り身だという事で、周囲からあれやこれやと言われるのが嫌なだけじゃ。また馬鹿息子のような者が出たら、今度はそっ首をはねてやる」

それは心配していると同義では、と思った前久と足満だが、突っ込むと五月蠅そうなので聞き流す事にした。

「やはりだなーー」

「いや、それはどうかとーー」

「二人ともそれはーー」

夜が更けても男たちの会話は尽きない。結局、結論は出なかったために次回に持ち越しとなった。
だが三人は忘れている。問題を先送りにして持ち越した回数が、既に10を越えているという事実を。
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