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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀三年 決戦、三方ヶ原の戦い

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千五百七十二年 十二月下旬

この時、確かに歴史は動いた。織田・徳川連合軍による武田軍の壊滅および信玄の討ち死には、日ノ本を震撼させた。
覇権の世代交代を告げる報せは、遠江の西に位置する白須賀で布陣していた信忠(奇妙丸)の許へも、夜明けを待たずに届けられた。

「いよっしゃあああ!!!!」

(もたら)された報告を聞き終える前に、信忠は快哉(かいさい)を叫んだ。信忠に続いて配下の武将たちも大声で叫び、両手を天高く突き上げて歓喜した。
中には感極まって涙ぐむ武将もいたが、今回ばかりは無理もなかった。

皆が不安だったのだ。苦境に耐え、必死に(はぐく)んできた全てが、武田という圧倒的暴力の前に為す(すべ)もなく奪い去られる。そんな光景を誰しもが幻視していた。
この時代に於いて武田軍とはそれほどの存在であり、恐怖の象徴であったのだ。武田信玄が甲斐より出陣したという報せを耳にして以来、片時も忘れることが出来なかった恐怖。
この吉報によって恐怖は払しょくされ、萎縮し抑圧されていた感情が爆発したのだ。
悲嘆の涙ではなく、それほどの大事を成し遂げた仲間たちに対する誇らしさであり、同じ御旗を頂く一員であるという歓喜の涙であった。

この報は遠く離れた信長の許へもついに届いた。夜通し駆け続けた伝令から報せを聞いた近習は、繰り返し確認して間違いでは無いと知るや、人目も憚らず走り出した。
余りの剣幕に警護の兵たちが何事かと目を剥いているのにも気付かず、足音も荒々しく信長のおわす広間へと駆けこんだ。

「ご、ご注進!! で、伝令がこれを持って参りました!」

近習は全速力で走ったため、(むせ)ながらも書状を差し出そうとする。

「内容を告げよ!」

泰然(たいぜん)と構えながらも誰よりも気を揉んでいた信長は、近習の無作法を一切咎めることなく、伝令の内容を伝えよと命じたのだ。
近習は一度大きく深呼吸をし、息を整えると凄まじい重圧を放つ信長の視線に耐えつつ言葉を紡いだ。

「み、三方ヶ原台地にて我が軍と徳川軍が、武田軍を討ち破りました!」

一瞬の静寂を置いて、待ち望んだ吉報だと知った織田家家臣たちが歓喜の声を上げた。信長だけは()も当然であるかのように泰然としていたが、懐に隠した手で力拳を作っていた。

「更に信玄を討ち取ったと記されております! 他にも名だたる武田家の将たちが並んでおります。まず武田家最強の赤備えである山県昌景は、森勝蔵様が一騎打ちの末、お討ち取りになりました!」

「おおっ! あの山県を討ち取ったというのか!」

「勝蔵の殊勲には報いてやらねばなるまい」

武田の赤備えと言えば、精強無比の誉れ高き部隊であり、赤一色に統一された甲冑を纏う。
戦場で赤武者(赤備えのこと)と(まみ)えた敵は戦意を喪失し、進んで武田の軍門に下ったとまで言わる精強さで知られている。
その赤備えを率いていたのが山県昌景だ。彼は「野戦の駆け引きにおいて並ぶ者なし」とまで言われ、その勇名は後世まで語り継がれた。まさしく武田家最強の男であったのだ。
その山県昌景を討ち取った戦果は大きい。信長がすぐさま恩賞を考えるほどの大手柄であり、勝蔵の名は山県昌景を下した者として天下に鳴り響く。

「続いて馬場信春を可児才蔵様が! 更に——」

次々と武田の主力である武将の名が告げられ、討ち取った者の名が述べられる。もはや三方ヶ原の戦いに参戦した者の武功は青天井と言えた。
武田軍を撃退したのではなく、損害度合からも壊滅させたと言うのが相応しい。

「……本当にやりおったわ。準備は済んでおるな!」

「はっ! 全て滞りなく!」

報告を聞き終えた信長はニヤリと笑った後、家臣たちに号令する。

「これより最後の大掃除を行う。皆の者、武田と戦った者に負けぬよう、思うさま武功を立てよ」






天下分け目の大戦(おおいくさ)を勝ち残った織田・徳川連合軍の面々は、負傷兵を連れて浜松城へと帰還した。
戦闘中は興奮状態にあり気付いていなかったが、浜松城へ戻ると生還を実感できたのか、兵たちは互いに抱き合って無事を喜んだ。

「あー、ところで静っち。すっかり忘れていたんだが」

静子達が入城待ちをしていると、ふいに慶次が静子へ声をかけた。
見るからにばつが悪そうな表情を浮かべる慶次を見て、嫌な予感が(よぎ)った静子は、慶次に傍へ寄るようにと手招きする。

「(怒らないから、正直に言いなさい)」

「(あの、だな。実はある武将を捕縛したのだが……すっかり報告を忘れていた)」

「(それって武藤喜兵衛殿の事?)」

「(あーそうそう。本陣に戻ったところで休憩したら、すっぽり抜け落ちてしまった)」

酷い話もあったもので、生殺与奪を握られた上に敵陣で放置されるなど拷問にも等しい。身の置き所が無い捕虜を、今の今まで放置していた事実に、静子は目元を覆って天を仰いだ。

「早く連れてきて下さい。敗軍の将とは言え、信義にもとります」

「おう、すぐに連れてくる」

静子に急かされ慶次は慌てて武藤喜兵衛を呼びに行った。本人も悪い事をしたと思っているようで、珍しく殊勝な様子だった。

「貴女が総大将か」

散々待ちぼうけをくらった武藤喜兵衛は渋い顔で問うた。どのように扱われても文句が言える立場ではないが、粗略に扱われて愉快に思う人物はいない。

「前田様をお預かりしていると言う意味ではそうなります。まずは長くお待たせした不手際をお詫びいたします」

「いや、こちらも態度を改めるとしよう。先に約束の半分は守って頂き、残る半分も今守られた」

静子が慶次の失態を、己の不手際として謝罪したことに驚いた武藤喜兵衛だったが、すぐに意識を切り替えると返答した。

「して、斬首はいつ頃になろうか」

「え!? いくさは終わりました。私は首級を欲しておりませんし、今さら首を頂いても困ります。送り届ける訳には参りませんが、お帰り頂くならばご随意に」

「は?」

静子の余りにも常識から乖離した言い分が理解できず、武藤喜兵衛は呆然とした表情になる。通常では捕虜とした武将の扱いは大きく二つである。
一つは情報を聞き出した上で斬首し、討ち取った首級として武功とする。もう一つは存命のまま配下に組み込み、己の戦力とするの二つだ。
静子の言う捕縛した武将に対して、帰りたいなら自由にどうぞというのでは苦労して捕らえた意味がない。

「わしは己の首と引き換えに、兄上の首と兵たちの助命とを願った。既に対価を受け取っておきながら、おめおめと生き恥は晒せぬ」

「そうは仰いましても論功行賞はまだ先として、既に急ぎの戦後処理は済みました。これから祝勝会だと湧いている兵たちに、今から汚れ仕事を頼むのは忍びないです。そもそも慶次さんがその場で首を取らなかったんでしょう?」

実際に命を懸けて戦った慶次が意図して首を取らなかったのだから、それが慶次の判断であり、彼の意思を尊重するつもりだった。
出世を望まぬ静子にとって首級など殊更欲しいものでもなく、部下の手柄を横取りするような真似をしてまで得る必要がなかった。
ゆえに最終的は慶次がどうしたいか、それだけであった。

「俺が示せる道は二つだ。このまま甲斐へ帰国するか、それともあくまで主君に殉じるってのなら介錯せんでもない。まあ好きに選んでくれ」

静子の心中を察した慶次は、武藤喜兵衛自身に己の行く末を選択させることにした。予想外の選択を迫られた武藤喜兵衛は熟考の後、口を開いた。

「……しからば、わしの望みを申します。慶次殿が示された二つの道、そのいずれも選びませぬ。まずは真田家がどうなるか、それを見届けとう思います。真田家が続くにせよ、絶えるにせよ、行く末が見えたのなら、必ずや貴女の許へと参じます」

「こちらへ参られるのならば歓迎いたしますが、裏切り者の(そし)りは免れませんよ。このまま真田と命運を共にする、という道をお選び頂くことも、今ならば出来るのですよ?」

武藤喜兵衛の言葉に静子は率直な疑問を投げた。兄二人が没した真田がどうなるかを見届けた後、静子の許に来ると武藤喜兵衛は言った。
これは明らかに主家たる武田家への裏切りであり、主家に対して弓を引いた以上は二度と甲斐に戻ることは叶わない。
彼の口ぶりからは、家族とは袂を分かち単身で静子に下るようだ。そうなれば二度と家族と会うことも出来ず、最悪の場合は家族と敵対して殺し合わねばならない修羅の道だ。

「無礼を承知で言わせて頂ければ、貴女の家臣たちは皆、貴女に似て馬鹿正直すぎる」

「それが何か?」

武藤喜兵衛の口憚らぬ物言いに気色ばんだ兵士たちを手で制し、静子は続きを促した。不敵な笑みを浮かべた武藤喜兵衛は、促されるままに言葉を続ける。

「今のわしへの反応。それが貴女を危うくする。貴女の家臣や兵は貴女に心酔し、貴女の為ならば喜んで命も投げ捨てましょう。今までならばそれでも良かったのかも知れませぬ。しかし武田を下したという評価がつけば、それではいけない。彼らの態度は判りやすく、そこに貴人が居ると容易に知れてしまいますし、周囲の反応から貴女の思惑を読み取られてしまいます。貴女の代わりに矢面に立ち、腹芸の一つもこなせる者が必要となりましょう」

「それが貴方というわけですか」

「正直で誠実というのは人としては美徳でありましょう。しかして、人の上に立つ者としてはどうか? これは無能を越える害悪となり申す。貴女の名は織田家に於いて不動のものとなった。ここから先は判りやすく敵対してくれる相手だけとは限りませぬ。親しげな態度で近づき、貴女の失脚を狙う敵が必ずや現れましょう」

「その不足を貴方が補って下さるのですか?」

静子の問いに武藤喜兵衛はゆっくりと頷いた。ややもすると傲慢ともとられかねない態度だが、それぐらいの胆力がなければ知恵者相手の化かし合いは務まらない。
彼には何ら失うことなく国許へ帰るという選択肢があった。しかし敢えて周囲が全て敵という状況で、自身の有用さを売り込んで見せた。

武藤喜兵衛は既に理解していた。武田が敗れたのは偶然ではない。
己の身を惜しまぬ勇猛な将に、それらを従えつつも乱世の梟雄となるのではなく、徳を以て民を治める主君。武田の敗北は必然であった。
これから先も武田にかつての力が戻ることはないだろう。織田家に於いて要職を得ながらも脇が甘く、己の力を活かせる場所、即ち静子の配下に収まるのが最も有望な未来と見た。
単純に武田から織田へと鞍替えしたところで、根なし草となる真田など吹けば飛ぶような存在となる。
真田家を存続させるためには、表裏比興(ひょうりひきょう)の者と蔑まれようとも、静子の直参となることが絶対に必要だった。
これは単純な売り込みではない。武藤喜兵衛と真田家一族全ての生存を賭けた一世一代の博打であった。

「(流石は家康すら怯えた知将として名高き真田昌幸か)よいでしょう。この場を去ることを良しとせず、逆に己を売り込んだあなたの手腕を買いましょう。私が勝手に雇い入れる訳には参りませんので、お館様の了解を得てからになりますが、まず反対されることはないでしょう」

「ははっ」

晩年は不遇だったが、戦国時代に名高き知将・謀将として活躍した彼の腕は、どれほどのものかと静子は期待に胸を躍らせた。

「では浜松城へ向かいましょう。先ほどまで敗軍の将でしたが、今は仮とは言え私の客将です。貴方への不当な扱いを許すほど、私は心狭き者ではありません」

そう言って静子は武藤喜兵衛の拘束を解くよう命じた。一瞬、驚いた兵たちだが命じられるままに武藤喜兵衛の拘束を解いた。併せて取り上げた刀も返す。

「今までのわしは、貴女の油断を引き出すための偽り、実は貴女に一太刀浴びせる機会を狙っていたとは思われぬのですか?」

「その時は狸に一杯食わされて死んだ間抜けがいた、と歴史に残る程度ですよ。しかし私を斬れば誓って貴方は後悔することになるでしょう。真田家は客将となりながら恩を仇で返した卑怯者として名を残し、貴方自身は死の訪れを切望する程に辛い思いをすることになります」

感情を交えず、確定した未来を淡々と語るかのような静子には、何とも言えない説得力があった。
そして自身の行く末については、不思議とその通りになると直感してしまった。

「ははっ、参りました。わしは狸を自認しておりましたが、貴女は鬼を飼っているようだ」

武藤喜兵衛は朗らかに笑いながら、渡された刀を静子へと差し出した。

「これがわしの貴女への忠でござる。もしも疑わしき動きを見たと、お思いならばご遠慮召されるな」

少しでも怪しい様子を見せれば、遠慮なく切り捨てて頂いて結構。武藤喜兵衛の態度はそれを雄弁に語っていた。
やはり食えぬ狸だと静子は思った。己の覚悟を見せながらも、その実静子を試してもいるのだ。
しかし悪い気はしなかった。世に名高き智将と真剣勝負できるのだ。歴史好きの者がどれほど願っても出来ないところに、静子は今立っている。そう思うと、これほど嬉しい事はない。

「お預かりしましょう。しかし使う事なくお返しすると思いますよ」

「期待せずに待つとしましょう」

武藤喜兵衛の刀を静子が受け取った時、入城待ちの行列が移動を開始した。もう少しで浜松城へ入れる事を理解した静子は、人の良い笑みを浮かべて武藤喜兵衛に言った。

「では我が国で作られた酒、じっくりと堪能して下さいませ」






静子が大量に輸送させたものは籠城用の物資ではなく、軍需物資を除くといくさ前後に催される宴会を見込んだ食料だった。
当然のように勝利を疑わず、大量の食料と酒樽が運び込まれていた。

「皆の者、よくぞ戦ってくれた。この場を借りて感謝する」

織田軍の足軽や雑兵たちに向かって、静子は礼を述べる。しかし殆どの兵たちは聞いておらず、そわそわとしていた。静子は内心苦笑しながらも言葉を続けた。

「ははっ! 皆は私の言葉よりも早く酒が飲みたいのだな。折角の祝い酒だ、無礼講としよう。酒も食べ物もたんまり用意させた、皆大いに飲んで食べてくれ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「きたあああああああああああっ!!!」

「今日だけは織田も徳川もない。共に強敵と戦った戦友たちへ、私からのささやかな礼だ。今日は固い事は申さぬ、存分に飲み食いして騒ぐが良い!」

静子の声を合図に、兵たちは各々が料理に群がり、それぞれに飲み食いを始める。
兵たちの好みまでは判らないため、濁り酒と清酒の両方が用意されたが、やはり珍しい清酒の方が減りも早いようだった。
後顧の憂いも無くなった祝勝会だけに、いくさ前日の宴よりも賑やかだと思った静子は、足満を伴って家康の許へと向かった。

「足満おじさん、間者さんたちにもちゃんと振る舞ってね。目に見える戦果はないけど、正確な情報を必要な時に届けてくれたのだから、それに応じた報酬を渡さないとね」

「分かった。連中にはわしから言っておく」

「よろしくね。それじゃ後で」

そこで静子の護衛は足満から才蔵に変わる。二人の足音が聞こえなくなった頃、足満は小さく息を吐く。そして視線はそのままにし、意識だけ鳶加藤に向けて告げた。

「酒と飯を置いておる。好きに食べ、好きに飲め。今日ばかりは酔い潰れても文句は言わん」

(……ははっ)

「……それと静子からの言づてだ。『助かりました、ありがとうございます』だ」

(……)

「二度は言わん。存分に感謝の言葉を噛みしめておけ」

言い終えると同時に、足満は静子たちの許へと向かう。足満の気配が感じられなくなった頃、鳶加藤はポツリと呟いた。

(ありがとう……か。恐れられる事はあっても、感謝の言葉は初めてだ。悪い気はしない)

そう呟くと同時に鳶加藤は姿を消す。彼がいた場所には、小さな水の染みが出来ていた。

他の武将や足満と合流した静子は、足並みを揃えて家康の許へ向かう。家康がいる広間に到着すると、既に祝いの席は出来ていた。
近くの者と談笑していた徳川家家臣たちだが、静子が入ってきた事を知るやいなや、会話をぴたりと止め、静子に向かって深々と頭を下げた。

「みな、貴女に感謝しておるのです。此度のいくさで我々は武田を討ち倒した誉と、我が国を守り切る事が出来ましたゆえ」

びっくりして驚いている静子に家康が、家臣たちの行動を説明する。何とも面映ゆい態度を隠さず静子は指定の席に座る。
織田軍の武将たちが座ったところで、家康は盃片手に言葉を発した。

「まずは織田殿より送られた後詰めの皆様方に、心より感謝いたします。お陰で我ら徳川は武田の侵攻を食い止める事が出来申した。率直に申せば、我らだけでは武田を足止めできたかすら怪しい」

家康の言葉は的を射ていた。史実通りであれば三方ヶ原の戦いで家康は惨敗している。
しかし静子らの尽力により、大敗を喫することがなかっため、家康の人物像を象徴する『しかみ像』は存在しなくなった。

「静子殿、此度の御恩は必ずやお返しいたしましょう。ご要望があれば何なりとお申し付け下さい」

「はっ、過分なお言葉有り難き幸せ。さにあらば、早速で申し訳ございませぬが、一つお願いがございます」

「何なりと」

静子の返答に家康はにこやかな笑みを浮かべる。

「では……此度のいくさで亡くなった者を弔いたく思います。そのため、三方ヶ原台地にて、死者を弔う許可を頂きたく思います」

「はて、亡くなった者は運び込まれたと聞いておりますが」

織田・徳川連合軍の死傷者は少ない。その上、死者は後に弔われるために陣へと運び込まれていた。
死者は纏めて荼毘に付されたあと、遺髪や遺品の形で国許へと帰り、身内によって手厚く弔われる。一体誰を弔うつもりなのか分からず家康は首を傾げた。
それは徳川家家臣たちも同様で、静子の弔う相手が誰か分からなかった。

「此度のいくさは我が方の損害軽微にて勝利を収めました。しかし戦場で散った者は多く、今もその亡骸(なきがら)を野に晒しております。我らも兵を失いましたが、武田の失った兵は我らの比ではありません」

多くの死体が野晒しとなり腐敗すれば、腐食性の動物たちが疫病を媒介して周辺一帯が汚染される。それを避けるためにも、死者の埋葬がどうしても必要だと静子は考えていた。

「無論、徳川様と武田との間に、容易には拭えない確執があるのは理解しております。ゆえに無理強いするつもりはなく、受け入れられねば諦める所存です」

そう言って静子は家康へと目を向けた。彼女の視界には目頭を押さえて嗚咽する家康の姿が映っていた。
家康だけではない。徳川家家臣や、織田家側の武将たちですら涙を滲ませていた。
泣くほど強い確執があるのなら、石灰処理とかで何とかするかと考えた矢先、決然と顔を上げた家康が声を張った。

「聞いたか皆の者! 身勝手に攻め入った者たちへも慈悲を垂れるとは…… まことに静子殿は情け深い。わしは心の底より感動し、己の狭量さを恥じておる」

「え、あの、ちょっとお待ち下さい。何か盛大にズレている気が……」

「我らとてひとたび命が下れば、どこへでも馳せ参じてその命を散らすのだ。武田にも若者がいたであろう、帰りを待つ妻子がいたやも知れぬ。彼らの姿はいつの日かの我らの姿でもあるのだ、勝利した我らが弔わずして誰が彼らを弔うと言うのか。皆も積年の恨みはあろう、しかし死ねば即ち皆仏よ。見事戦い散っていった武田家の者たちを丁重に弔おうではないか」

現在の三方ヶ原は至る所に死体が転がり、まさに屍山血河の様相を呈している。
静子は衛生面の観点から、寒さで死体が腐敗しにくい今のうちに埋葬したいと提言したが、家康には違った受け止められ方をしてしまった。

「(今更違うとは言えないよね)それで、あの……埋葬してもよろしいでしょうか?」

「勿論ですとも。我らもお手伝いいたしますゆえ、何なりとお命じ下さい」

「格別のご配慮、ありがとうございます」

余計な事を言って藪を突くよりも、誤解があってもそのまま進めた方が得策だ。そう考えた静子は誤解を解消することなく、話を纏めにかかった。
幸い家康は勝利に酔っており、静子の思惑に気付くことなく話を進め、頃合いを見計らって家康の宣言と共に勝利の宴会は開始された。






宴会は短時間で終わりを告げた。
何しろ静子が大量の清酒を供出したため、清酒を口にする機会が少ない徳川家家臣が先を争うようにして痛飲し、爽やかな飲み口とは裏腹に強い酒精に酔い潰れてしまったからだ。
忠勝などは静子自らが杯に酒を注ぐと、そのまま一息に呷ってすぐさま酔い潰れてしまった。
目の前で倒れた忠勝に慌てた静子だが、半蔵と康政が彼女を手で制し、忠勝を文字通り宴会場から引きずって控えの間へと叩き込んでいた。
夢見心地で何やら呟いている忠勝を生ごみでも見る目で運んだ二人は、控えの間への襖を開け放つと廊下から忠勝を放り投げた。
柱にでもぶつかったのかごちんと派手な音がしたが、忠勝はご機嫌な表情を浮かべていたので、静かに襖を閉めて封印した。

忠勝だけではなく、他の者も次々と酔い潰れて運び出され、宴会はなし崩し的に終了した。
無論、静子は一滴たりとも酒を口にせず、徳川家家臣からも酒を勧められないよう、足満と才蔵と竹中半兵衛と柴田と光秀が代わる代わる鉄壁の防御で封殺した。

「ふぅ、終わった」

夜風にあたりながら静子は呟く。酒を飲んだ訳ではないが、雰囲気で酔った気分になっていたので、こうして夜風にあたって気分を覚ましていた。

「こちらが終わった事で、今度はお館様が長島一向衆を攻める事になるね」

武田と織田・徳川連合軍が戦い、これに勝利した時、静子の最後の作戦が発動する。
それは武田の敗北を知って周囲が混乱から立ち直る前に、長島を攻めて彼らを追い払う作戦だ。
史実では何万人も殺されたと言われる長島への苛烈な攻めだが、静子の作戦は手早く、しかし確実に攻めて短期で決着をつける作戦だ。
そのための下準備を一年かけてやったのだ。武田とのいくさが成功した以上、長島も成功する確率は非常に高い。
万が一の事も考えられるが、それは静子ではどうしようもない。

「明日から織田軍の殆どが移動するね。私は残って遠江の武田軍追い出しに協力するけども」

織田軍は明日から複数に分かれて活動する。大半の武将は長島でのいくさへ参戦するが、静子や才蔵、長可たちは遠江の城に居座る武田軍を追い払う仕事を徳川軍と共同で行う。
慶次は疲れたと語っていたので、長島攻めには参戦せず帰国する。高虎は一番多く黒鍬衆を抱えているので、三方ヶ原台地での埋葬作業に従事する事となった。
静子肝いりの鉄砲衆は他の家臣たちと同じく長島へ向かい、信長直轄部隊として動く事になる。

予想では信長が準備を終えて長島に着陣するのと、鉄砲衆や武将たちが信忠と合流して長島に到着するのはほぼ同時の二十四日か二十五日になる。
正月までの日数は少ないが、半数ぐらいの砦を落とせれば御の字だと静子は考えていた。
だが静子の予想は大きく裏切られる事になる。その事を彼女が知るのは全てが終わった後だった。

「あーやめやめ、余計な事を考えても仕方ない。ほら、寝るぞ−」

傍にいるヴィットマンたちに声をかけると、彼らは尻尾を振って集まってきた。静子はヴィットマンファミリーにぐるりと囲まれて眠りにつく。
翌朝、静子を起こしにきた徳川の小姓が、その光景を見て腰を抜かしたのは語るまでもない。






武田の敗北と信玄の訃報。信忠や信長に届くと同時に、反織田連合陣営、そして中立を保っていた者たちにも、その報せは届き始めていた。
報せを受けた朝倉はすぐさま帰国した。冬が深まり積雪で行軍が遅れるというのが理由だが、誰が見ても武田の敗北を受けて反織田連合からのいち早い離反にしか見えなかった。
浅井は主だった家臣ですら浮足立ち、中には織田へと内通する者も出始めた。重臣たちがそのような様子であるため、兵たちもまた保身から逃亡を図った。
小谷城に残された兵は、傷病者や逃げ切れる余裕のない者たちばかりとなった。城に対して防衛に回れる兵が少なくなったため、いくつかの防衛施設は放棄された。
その他の反織田連合へ参加した小国の国人たちも、対応は似たり寄ったりだった。

本願寺たち寺社勢力も衝撃を受けた。快進撃を続けていた武田軍が徐々に負けたのではなく、たった一度のいくさで完膚なきまで敗北したのだ。
石山本願寺にいる顕如は、伝令の報告を理解できなかった。下間頼廉も同様で、何がどういう理由で武田が敗れたか、糸口すら掴めなかった。
だが状況を理解するにつれて、彼らは今の状態で織田と戦うのは得策ではないと考え、門を堅く閉ざして籠城に徹し、各地に間者を放って情報収集を手配した。
門を閉ざす事自体が大きな問題になるとも知らずに。

将軍義昭など最初は報告が信じられず、伝令を大声で罵倒して追い払うほどだった。
しかし、周囲の反応から伝令の報告が事実だと悟ると、急に弱腰になり、頭を抱えて怯えてばかりとなる。その情けない姿に、将軍に付き従って織田へ反逆した家臣たちも呆れ果てた。

織田に敵対した者たちの動揺は凄まじかった。それほどに武田信玄が敗北したという事実は重い。

対して信長はこの勢いを最大限利用して、長島から一向宗を駆逐する気でいた。
のどに(つか)える魚の小骨の如く、鬱陶しい存在の一向宗を確実に駆逐するには、今が好機だったのだ。
朝倉が帰国した事で西側の防衛網に余裕が持てた信長は、早速兵を連れて長島へと向かう。時を同じくして、浜松城より出陣した織田軍は信忠と合流して長島を目指した。

二十四日の早朝に信長本軍、信忠の二軍、合計で五万の軍勢が長島に集結する。小木江城で軍議を行った後、昼前から複数の軍に別れて侵攻する事が決定した。
桑名方面から支援されるのを阻止するため、滝川や九鬼水軍が到着次第、海上封鎖を行う。
こうして各自の行動が確定した後、それぞれが進軍のための作業を開始する。

何においても新式銃の弾薬製造が急務だった。この新式銃が大量投入出来るか否かで、戦況が大きく異なるからだ。
しかし材料はあっても雷管を作るのは、通常の紙薬包よりも遥かに時間がかかる。そのため、合戦開始日は新式銃の大量投入を見送った。それでも織田軍の快進撃は止まらなかった。

「奇妙様、一ノ江砦を陥落させ、続いて鯏浦砦へ進軍中との事」

「明智様が大湊の会合衆に願証寺へ肩入れせぬ、との確約を取り付けたとの事」

「柴田様が香取砦を陥落させ、願証寺へ進軍中との事」

「九鬼様の船団が到着。明日より海上封鎖に参加出来るとの事」

信長の前に次々と報告書が置かれる。そのどれもが信長を満足させるものであり、長島一向宗が一方的に敗北している事を示唆する内容だった。
それも無理はない。どれほど強固な扉を作ろうとも、一本の炸裂筒が刺されば木っ端微塵に吹き飛ぶ。虎の子の火縄銃を出そうとも、撃つ前に織田方の新式銃で薙ぎ払われる。
長島一向衆に最初から勝ち目などなかった。織田・徳川連合軍と武田とはいくさだったが、信長と長島一向衆とではいくさにならない。
強者が弱者を力づくで狩る、一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)だった。

「胸のすくような報告ばかりじゃ。砦攻めを行っている武将たちに命じろ。敵はなるべく生き残らせておけとな。連中が味方に我々の強さと恐ろしさを喧伝してくれようぞ」

信長の命令はすぐさま各武将に伝えられる。徹底的に痛めつけるのではなく、ある程度生き残らせておき、逃げた敵が逃げた先で織田の恐ろしさを味方に語るようにする。
武田が徳川を攻める時に使った手法を信長は真似た。効果は予想以上だった。武田が織田に負けた事と、一日で砦が落ちた事、それが砦を守る者にとって想像以上に恐怖となった。

砦が一日で落ちる、それは後詰めを頼んでも間に合わない事を意味する。砦を守る者たちにとって、これほどの恐怖はない。
絶対に勝てないと悟った輪中(わじゅう)の外側にある砦は、家族たちの助命を条件に降伏を申し出た。
信長は武装解除と長島より去り、寄り道せず石山本願寺へ向かう事を条件に加え、彼らの降伏を受け入れた。
無論、少しでも不審な動きをすれば、その場で根切り(一族郎党皆殺し)するという脅しも伝えた。

四方八方から織田軍の猛攻に晒された願証寺も、僅か半日で陥落した。ここは最後まで抵抗が激しかったが、織田側の損害は殆どなく、大半が一向宗の死体だった。
こうして、僅か数日で輪中にある長島・屋長島・中江・篠橋・大鳥居の五城を残して他は全て陥落した。

「明日から鉄砲衆が最前線に立つ。まずは篠橋城と大鳥居城じゃ」

今まで砦だったために手早く攻め滅ぼせたが、次からは城攻めとなる。敵も必死になって守るため、今までよりも厳しい戦いになると誰もが予想した。

「そう気構えるな。もはや長島は陥落手前だ。力みすぎて空回りせぬように」

佐久間や柴田が大鳥居城、津田信広や丹羽長秀が篠橋城を担当し、残りは周囲を牽制しつつ信長本陣が長島城を攻略する運びとなった。
竹中半兵衛や彼が連れてきた兵たちは、近江長浜に置かれた秀吉の許へと戻った。光秀も大湊の会合衆を調略後、京での任務のために京へと戻っていった。
他勢力への牽制を兼ねた布陣だが、牽制などする必要もなかった。誰一人として手薄となった京を突こうとはせず、信長の快進撃を聞く度に戦々恐々としているだけであった。

秀吉軍や明智軍が抜けて兵数が少し減りはしたものの、織田軍の猛攻は止まる事はなく、逆に勢いが増すばかりだった。

「お館様! 長島城前にて根来衆と雑賀衆の鉄砲隊が布陣しているのを確認! その数、2000ほどかと!」

押付砦と殿名砦のある場所に布陣した信長の許へ、長島城前にて鉄砲衆が勢揃いしているとの報告が届く。新式銃を使う織田の鉄砲衆は、本陣には300ほどしか配されていない。
静子の鉄砲衆は総勢で1000ほどしかいないため、2000という数は脅威に思えた。

「お館様! 他の隊に分散させた鉄砲衆を引き戻すべきです!」

「要らぬ。300で問題ない」

進言する家臣の言葉を信長は一蹴する。唖然とする家臣を無視して、信長は鉄砲衆を率いている玄朗を呼ぶ。

「敵は2000で待ち構えている。貴様は300の鉄砲衆を率い、見事蹴散らしてこい」

「2000ですか。ちと物足りませぬな」

「はっはっはっ、よう言うたわ!」

信長の命令に対して玄朗はニヤリと笑うと、簡単すぎてつまらないと言外に語った。それを聞いた信長は上機嫌で笑った。

「それではしばしお待ち下さいませ。一刻もあれば決着はつきましょうぞ」

「半刻で終わらせろ」

「わかり申した。四半刻で終わらせます」

事情を知らない人間からすれば、信長と玄朗の会話は滅茶苦茶な内容だった。だがそれが嘘偽りやハッタリでない事を、彼らは四半刻後に知る。

「皆の者、我らは根来衆と雑賀衆を蹴散らす役目を仰せつかった。何、四半刻もあれば十分だ。さっさと終わらせて、我らの力を知らしめようぞ!」

「おおっ!!」

玄朗は鉄砲衆を鼓舞すると、根来衆と雑賀衆が布陣している場所へ移動する。到着後、対岸に根来衆と雑賀衆がひしめき合っているのが見えた。
川の幅が一番狭いところから渡河進軍するとみて、織田軍が上陸する前に鉄砲で殲滅する作戦だと玄朗は考えた。

「おそらく他から上陸しようとしても、渡河そのものが難しい。そして監視の兵を置いているじゃろうから、すぐに見つかって弾の雨に晒されるであろう。であればやることは一つじゃ」

「玄朗殿、距離は250から300メートルの間との事。十分射程内です」

「よし、斉射じゃ!」

玄朗の号令とともに新式銃から弾が発射される。川の向こう側にいる根来衆と雑賀衆が倒れていくが、玄朗は気にせず制圧射撃を続ける。
20分と経たない内に決着はついた。根来衆と雑賀衆の死者合わせて700ほど、負傷者数は1000以上にもなろうか。対して玄朗の鉄砲衆は死者ゼロ、負傷者ゼロだ。
この結果となるのも当然だ。根来衆と雑賀衆は弾が届かないのに対して、新式銃は余裕で殺傷圏内である。
300以上の距離で射撃訓練がほぼないので、弾の命中率は悪かった、そこは発射数でカバーした。
命中率は低くとも圧勝である。誰が見ても、どのように言い訳を並べようが、戦国時代において鉄砲名手の名をほしいままにした雑賀衆と根来衆が駆逐された事に変わりはない。

「流石じゃ」

30分後、玄朗の許へ来た信長は、向こう岸の惨状を見て満足げに頷いた。






織田軍は破竹の快進撃を続けていた。信長は長島を攻める部隊を減らし、長島に協力的だった豪族たちに飴と鞭を使い、次々と調略していった。

長島との関係を断つなら、これまでの事は水に流そう。しかし、あくまでも長島に協力するのならば、草の根を分けてでも探し出し、根切りに処す。

信長の言い分はこれに尽きた。関係を断つならば寛容な態度で対応しよう、しかしなおも長島へ協力するならば根絶やしにする。これほど分かりやすい内容はなかった。
殆どの豪族は信長に服従した。一部反逆した豪族もいたが、一日と経たずに根切りとされた。

二十九日明け方、最後の抵抗と言わんばかりに下間(しもつま) 頼旦(らいたん)を初めとする、長島の一向宗を指揮してきた者と精鋭兵1000が信長本陣に特攻を仕掛けた。
だが信長の本陣に届く前に、下間頼旦以下多くの指揮官が撃ち殺されるという結果に終わった。
この結果を知り、全てに絶望した願証寺五世の顕忍(証意の嫡子)は、木曽川に身を投げて自殺した。

これ以上の抵抗は不可能と判断した長島側は、信長に全員の助命を条件に開城を願い出た。
対して信長は武装解除、不必要な財の持ち出し禁止、こちらの指示に従って長島を退去し石山本願寺へ寄り道せず向かう事を条件に、降伏を受け入れると返事する。
少し時間がかかったが長島側は信長の提示した条件を受け入れ、屋長島と中江の二城に対して抵抗を止めて信長の指示に従うよう命じた。

二十九日の昼から、各城に籠もっていた兵や一般人が、織田兵に監視されながら城を出て行く。
信長は退去がすんだ城や砦を検査する。どこかに財産や武器を隠していないかを調べた。
結果は信長の予想通りだった。長島城を始め、多くの城や砦に金銀や金子が隠されていた。
金銀や金子を隠して残す理由、それは彼らが後に砦や城を奪いにくる気だからだ。つまり彼らの降伏はこの場を乗り切るポーズに過ぎない、と信長は理解した。

内心怒りに震える信長は、兵を使ってそれらを無造作に運び出して山のように積む。積み終えると、信長は長島一向一揆に参戦した武将たちを集めた。

「何だこれは」

金銀や金子を前に、信長は自軍の武将たちに質問を投げた。返答は期待していないのか、それとも元々聞くつもりもなかったのか、信長は武将たちの驚きを無視して言葉を続ける。

「仏に仕える身でありながら俗世に関わり、あまつさえ不必要に財を蓄える。民の信心を利用して手先としながら、自分たちは妻子を持ち贅沢な暮らしをする。そんな奴らが仏の名を語るというのか!」

積もった金銀を信長は蹴り飛ばす。一部が崩れてあちこちに金や銀が転がるが、誰一人としてそちらに視線を向けなかった。みな信長の放つ怒気にあてられ身動きできずにいた。

「何が仏の加護だ。結局、奴らは仏ではなく己が大事なだけだ。醜き奴らめ、虫ずが走るわ!」

怒りをはき出すように、信長は盛大にため息を吐く。幾分落ち着いた信長は、武将たちに視線を向けながら言葉を続けた。

「わしは軍に乱取りを禁止しておる。それは何故か。民から生きる糧を奪えば、民はわしらのために働かなくなる。民の気持ちが離れれば、国はあれよあれよという間に傾く。じゃから乱取りは禁じた。だが此度だけは許そう!」

「おおおおっ!!」

乱取り解禁の命に足軽たちが声を上げて喜ぶ。武将たちも兵たちの良き憂さ晴らしになると思い、信長の乱取り解禁を喜んだ。

「仏の財ならば、わしも乱取りを禁じよう。だが奴らが蓄えた財は、己のためだけじゃ。そんな連中から奪い尽す事を躊躇うな! 根こそぎ奪い尽くせ!」

乱取り解禁の大号令が発令された。その日から二日かけて、長島は隅から隅まで調べ尽くされた。
武器弾薬は勿論、金銀や大量の金子、そして保存食などがあちらこちらに隠されていた。
それら全てを足軽や雑兵たちが奪った。中には金塊をたんまり持ち帰る足軽や、正月を迎える前に家族へ良い土産が出来たとほくほく顔で喜ぶ雑兵もいた。

史実で数万人が殺されたと言う長島での虐殺は起きなかったが、足軽や雑兵が財を奪い合う仁義なき戦いは繰り広げられた。
そんな事が起きているとはつゆ知らず、浜松城にいた静子軍が尾張へと到着した。

遠江の武田軍追い出しは実にあっけなく終わった。間者を使って武田軍が負けた事を触れ回ると、それまで強気一辺倒だった武田軍は我先にと逃げ出した。
家康が優勢になった事で、武田の軍門に下った遠江の国人たちは、徳川へ鞍替えをした。中には手土産と言わんばかりに、甲斐へ撤退中の諏訪勝頼や高坂昌信を背後から襲った。
しかし「逃げ弾正」の異名を持つ高坂昌信を前に遠江の国人たちは軽くあしらわれ、諏訪勝頼はたいした損害もなく甲斐への撤退に成功する。

「結局、無人の長島城を破壊するために使ったのね、最終兵器」

屋敷に戻ってから長島の報告を受けた静子は、最終兵器がどのように使われたか知る。静子のいう最終兵器とは、アルミ粉末を使ったテルミット弾もどきの事だ。
アルミ傘のアルミフレームを粉末にして処理し、いくつかの素材と混合し燃焼させるとテルミット反応を起こす。
この時、反応の中心では摂氏3000度にも達する高温が生じ、輻射熱が周囲を襲う。
そうなると有効範囲内に居る人間は消える(・・・)。燃焼すら許されず即座に灰となり果てる。
運よく中心におらずとも半径数メートルは高温に晒されており、突如として火を噴いて燃え上がる。
更にその外側に居ても熱された空気が肺を焼き、一呼吸で人を死に至らしめる危険極まりない兵器であった。

「まぁ当初の予定と違うけど、人に向けて撃ってなければ良いか」

元々テルミット弾は石山本願寺の城門などに使い、抵抗は無駄だと悟らせるために使用する予定だった。
石造り城門が一瞬で融解(・・)すれば、籠城など無意味だと考えるかも、とも思っていた。
勿論、信長も単に使った訳ではない。長島城から出て行く一向宗に、テルミット弾の威力をしっかり目に焼き付けてから解放させた。

信長自身が吹聴するよりも、味方からの報告の方が何倍も恐怖を煽れる。長島一向宗との戦いで信長はそのことを学んだ。
同時に静子が頑なに人へ向けては駄目、と言っていたテルミット弾の威力も認識した。
認識した上で後日、信長は静子にテルミット弾を封印するよう命じた。

「さて、新年明けて少ししたら新居に移動するから、荷物整理しないといけないのだけども……来年の事は来年頑張ろう」

報告書を読み終えた静子は、報告書をテーブルに置くと床に転がる。近くにいたヴィットマンファミリーは静子が床に寝転ぶとさっと立ち、彼女の周りを陣取る。
静子が床に寝転ぶ、イコール仕事は終わった、と最近ヴィットマンたちは学んだ。だから静子が寝転ばないと、傍に陣取る事はない。

「ふあ〜あ、来年は気楽に過ごしたいなぁ。来年はいくさなんて忘れて、畑仕事をして過ごしたい」

毎年同じような事を年末に願っているが静子は忘れている。その願いが一度も叶ったためしがないことを。むしろ武田を倒した主役、という事で更に表舞台に立たなくてはならなくなった。
しかし、己の立場を意識しない静子はヴィットマンたちと呑気に眠りこけていた。
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