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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀三年 決戦、三方ヶ原の戦い

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千五百七十二年 十二月下旬

十二月二十二日。後の世に『戦国時代の終焉』端緒と呼ばれることになる歴史的変換点の朝。
静子は禊を行っていた。冷水で己を清め終えると白装束に身を包んだ。
白装束とは別名『死に装束』とも呼ばれ、古くは産室で着用され、後に切腹など凶事に於いて纏う服装として定着した。
伊達政宗が秀吉に対して小田原城攻め遅参の釈明をする際に纏い、死を覚悟した上で釈明をすることで切腹を免れたという逸話もある。
いずれにせよ、白装束は決死の覚悟を体現する。ゆえに静子自らが白装束を纏うことは、誰の目にも明らかな決意表明となった。

「今日という日がいつかは訪れる。私にはそんな予感がありました」

白装束の静子は兵たちの前に立つ。彼女は服装こそ違えど、その態度にはなんら変化が無かった。泰然自若たる態度は、兵たちに安心を齎していた。

「間もなく武田が浜松城へ迫るでしょう。ならば、我らが使命は唯一つ。誰に対して牙を剥いたのか彼奴等に思い知らせ、二度と思い上がらぬよう叩きのめすのみ!」

仮想の敵を討ち払うような手ぶりをしつつ、静子は檄を飛ばす。

「ここは徳川領なれど、彼奴等は必ず織田領へも攻め込もう! 我らが本土たる織田領へ彼奴等の侵入を許せば、至る所で略奪、殺戮、非道なる乱妨取(らんぼうど)りを行うであろう。決してそのような狼藉を許してはならぬ! これより我らは不退転。たとえこの身が朽ち果てようとも、死して護国の鬼とならん!」

「応!」

「我らは退かぬ! 我らの両親を! 妻子を! 未来を守るために戦うのだ! 己が分を弁えず、我らが唯々諾々と従うと考えるその増上慢! 決して許してはならぬ! 武田の威光を振りかざせば(ほしいまま)になると思い上がった山猿など、死地を這い、泥水を啜り、石に齧りついてでも耐えのびた(つわもの)ならば恐るるに足らず! 勝利は既に(・・)我が手にある! 皆の者! 鬨の声を上げよ! 彼奴等に目に物見せてくれようぞ!」

「うおおおおおおおおおおっ!!」

静子が吼えて兵士たちを鼓舞する。最後の台詞に唱和するよう、地鳴りのような雄叫びが上がった。
早朝より大動員を掛けていたため、何事かと見守っていた徳川家家臣たちは、その大号令に驚愕した。
しじまを切り裂く大音声もそうだが、何よりも兵士の顔つきが違ってみえた。宴での弛緩した面影はなく、猛り逸る武士(もののふ)の顔となっていた。

「全員に弐号装備を命じます。それから玄朗爺、射撃精度の高い者を200人集めて頂戴。別任務を与えます」

「はっ!」

弐号装備とは重武装ではなく、機動力に重きをおいた装備である。数字は型式番号に過ぎず、壱号装備の方が優れているという訳ではない。

「貴方達を必要とする刻はすぐに来ます。それまで各々鋭気を養っておくように」

気炎を吐く兵士たちに背を向け、静子は部隊長たる玄朗たちに指示を出す。静子より指示を受けた彼らは、それぞれの使命を果たすため駆け出していった。
兵の士気や、整然と行軍する統率力の高さに、徳川家家臣たちは終始圧倒されていた。
籠城戦は受け身になり、戦況の悪化と共に士気は下がっていく。武将たちは如何に士気を保つかに腐心してきたのだ。
しかるに静子軍は参戦直後という事を差し引いても、桁違いに士気が高い。自軍との差は何なのかと言う疑問が横たわっていた。

「彼女は何かを企んでいるな」

静子の演説を遠巻きに見ていた康政は、確信めいた予感を抱いた。






武田軍は浜松城を目指して進軍していた。しかし彼らには攻城戦をする気など毛頭ない。浜松城は堅牢な城だ。信玄は織田との決戦を控え、(いたずら)に兵を消耗させたくなかった。
策を用いて徳川を城から引きずり出し、三方ヶ原での野戦に持ち込み、早期決戦ですり潰すのが武田にとっては上策。
固く門を閉ざし籠城している敵を、自ら打って出させる。通常ならば容易ではないが、今回に限れば難しいことではない。

答えは単純。浜松城を迂回して次の城を目指す。
武田の進軍を城に籠って見逃せば、援軍を送って貰いながら織田を見捨てた裏切り者として末代まで語り継がれよう。
そのような相手と手を結ぶものはおらず、また家臣も明日は我が身と去っていく。
結果的に家康は不利を承知で打って出るしかなく、武田は戦場を己で設定できるという優位を得る。
信玄は浜松城を目指さず、三方ヶ原方面へと向かい、祝田の坂手前で陣を構えるのが最良だと考えていた。

祝田の坂は出口に向かうほどに狭くなる。
大軍を相手に襲撃するにはうってつけの地形であり、寡兵の不利を補って小さな勝利を取りに家康が動くと、信玄は読んでいた。
家康の選択肢を狭めるために、信玄は更にもう一つ策を重ねる。

「小山田をここに」

信玄に呼ばれた人物は小山田信茂だった。彼は譜代家老衆の一人で、信玄の従甥(じゅうせい)(いとこの息子)だ。

「ちこう寄れ。主に一つ、仕事を任せる」

信玄の傍に寄り、小山田は耳をそばだてる。信玄は彼に向かって何事か囁くが、側に控えている小姓にすら届かない声量であった。
信玄の指示を聞き終えると、小山田は不敵な笑みを浮かべ、小さく頷いた。

「主の一手で徳川は詰む。我らの手番を進めようぞ」

小山田へ策を授けた後、信玄は停止させていた軍を再び進めさせた。

一方、浜松城にいる家康は信玄の行動に気を揉んでいた。

「武田が浜松城を目指すまでは思惑通り。しかし、三方ヶ原付近で行軍を止めた。ここから城を攻めるのか、それとも兵を分けて先を急ぐのか、相手の出方を見る必要がある」

家康は朝から軍議を開き、信玄の行動に過敏になっていた。何しろこれは大一番。国が滅ぶか生き残るかの瀬戸際に立たされている。
些細な情報も見落とすまいと血眼になるのも無理はない。その緊張は家臣へと伝播し、陣内は異様な緊張感に包まれていた。

そんな中、静子だけは己を扇子で煽いで寛いでいた。空気に飲まれて緊張し、視野が狭くなれば、勝てるいくさも勝てなくなるからだ。

「織田と徳川の挟撃を嫌い、武田が撤退するやもしれませぬ」

「楽観に過ぎる。もし撤退すれば、今まで降伏させた領地は反旗を翻す。何らかの策を講じて、我らを叩くと考えるが道理」

徳川家家臣たちは、堂々巡りの議論を繰り返していた。何かをしていなければ不安に押し潰されてしまうのだろうと、静子は考えていた。
彼らの喧噪を意に介さず、静子はじっと刻が満ちるのを待った。もう少しで武田軍が攻めてくる。その時から、静子の武田戦の策が始まる。

「ご注進! 武田軍が進軍を開始! その際、兵を分けたとの事です!」

「2つめの賭けも我らの勝ちぞ!」

報せを耳にした家康は思わず膝を打った。家康にとって武田軍の分割は問題ではなかった。非常に慎重な策を取る武田が、浜松城を攻めずに撤退する方が都合が悪かった。
何しろ結果だけを見れば、家康は二俣城を見捨てただけになるからだ。無論信玄にとっても撤退は損失を生むが、家康ほどではない。撤退を選ぶ可能性は少なからずあった。

「これより籠城戦となる。皆の者、気を引き締めよ!」

甲冑に身を包んだ家康が、配下の武将へ発破をかける。この時彼は待望の勝機に目が眩み、斥候の報より後に静子の姿が消えていることに気が付かなかった。
他の者も武田全軍を相手取らずに済んだ安堵から、目先の準備で注意が疎かになり、忠勝ですら静子の存在に思い至らなかった。

(ぬ、静子殿の姿が見えぬ)

最初に気が付いたのは半蔵だった。彼は信頼出来る部下の一人を呼び寄せ、静子を探すよう密かに命じた。
この期に及んで逃げたとは考えなかった。しかし、この状況で姿を消す理由も思いつけなかった半蔵は、静子の動向を探るべく、部下に捜査を命じた。

「あー、そろそろかな」

軍議から無断で姿を消した静子は、玄朗と精鋭銃兵200を率いて、とある場所に陣取っていた。静子以外、陣を構えた場所の利点が分からず、困惑しつつも従っていた。
監視と護衛を任されている徳川兵も同様だったが、静子はにこやかに笑むだけで、彼らにも説明はしなかった。
そうして暫く待つほどに、誰かが武田軍の発見を叫ぶ。思わず腰を浮かしそうになった玄朗だが、静子の繊手(せんしゅ)が彼の肩に伸びて制止していた。

「まだだよ。貴方たちの出番はもう少し後」

「し、しかし敵を前にして戦わねば、ここで伏せている意味がございませぬ」

そんな問答をするうちに、武田軍の攻城部隊が浜松城へと投石を開始した。盾に背を預けて、静子は投石の間隔を探っていた。

「出番はあるよ。でも、まだだめ。投石は威力が馬鹿にならないからね。弾も体力も、もう少し消耗した頃が好機よ」

古来より投石は剣や槍、弓と並ぶ立派な兵器だった。ただ飛ばすだけなら技術も要らず、安価でそれなりに威力があり、弾はどこにでも転がっている。
熟練者が扱えば、弓よりも遠くへ石を届かせることもあった。
日本では投石の事を印地(いんじ)と呼び、手で投げたり、投石機を使ったり、手ぬぐいで投げたりするなど、様々な投石の形態に対する技術があった。

三方ヶ原の戦いでは小山田信茂が投石衆を率いて、浜松城を攻めたと言われている。
だが、信長公記や三河物語では「水役之者」など投石部隊の事に関する記載はあっても、小山田信茂が投石部隊を率いて浜松城を攻めたという記載はない。
江戸時代に誤読されたのをきっかけに、今日(こんにち)まで小山田信茂が投石部隊を率いていないという明確な証拠がでなかったため、今では俗説として定着したと考えられている。

「ほほぅ、こんな石を使っているのね」

投げ込まれた石を幾つか拾い上げ、静子は盾に隠れて検分する。石が盾を打つ激しい音が響くが、盾には特別な加工を施してあるため、びくともしなかった。

「殿! 暢気に観察している場合ではござりませぬ。そろそろ徳川軍も不審に思いましょう」

「そう? じゃあ始めようか。私としてはもうちょっと相手に『華を持たせてあげたかった』けどね」

石を一ヶ所に集め終えると、静子は采配代わりに大振りの長刀にも見えるクーゼを手に取った。

「だんだん投石の間隔が伸びています。相手の弾が少なくなっていますから、次の投石を待って投石兵を狙撃して下さい」

「は、ははっ。承知しました」

「まず100人が斉射し、即座に交替して次の100人が撃つ。その間に最初の100人は装填して待機。これを繰り返して、最後に全員で一斉射をするのが作戦よ。もうすぐ……よし、投石がもうすぐ終わる……今よ!」

宣言すると同時に静子は力強く立ち上がる。玄朗たちも続いて立ち上がり、武田軍の投石衆を視界に捉えた。

「撃てぇ!」

静子がクーゼの矛先を武田軍へと振り下ろすと、ずらりと並んだ100丁の銃口が一斉に火を噴いた。






100人による一斉射だが、その射撃タイミングは完全には揃わなかった。さながら機関銃のように断続的な銃声が、浜松城の一角に鳴り響く。
突然の銃撃に驚いた徳川兵だったが、間もなくその驚愕は別の色で塗り替えられた。武田軍の投石衆のうち、前線を担っていた100名の4割が倒れ伏していた。
物見から告げられた投石衆の総数はおよそ300。一回の射撃で部隊の一割が損耗したことになる。

100発中40命中では半分以上外れているが、初回の射撃であることと、相手を視認していなかったことが原因であるため、静子は気にせず次の号令を発する。

「次、撃てぇ!」

「は……ははぁっ!」

初めて実戦投入された新式銃の威力を認識した鉄砲衆は、あまりの威力に口を開いて呆然としていた。しかし静子の声で我に返るとその場を譲り、後列が素早く銃を構えて発砲する。
あまりにも早すぎる次射に対応できなかった武田の投石衆は、身を躱すことすらできずに更に多くの兵を失った。
そこに追い打ちをかけるように第三射が襲い掛かる。結局部隊を立て直すことすらできず、殆どの投石衆は命を散らせた。

「貴方たちは弱くない。ただ時流に乗れなかった。それだけよ」

言葉と同時に静子はクーゼを振り下ろした。第四射は総攻撃となり、200もの銃弾が、僅か10数名の武田兵を撃ち抜いた。
味方の死体に阻まれ退くも進むもならず、鉛の嵐を前に武田兵は蜂の巣となって息絶えた。
彼らが倒れると同時に、静子は犬笛を吹いた。必ず戦況を見守る軍監がいると考え、静子は彼らを襲撃するための兵を配置していた。

「ぎゃあ!」

遠くからかすれた悲鳴のような音が耳に届く。伏せていたのはヴィットマンファミリーと、彼らの命令に従うよう調教された犬軍団だ。
深く濃い茂みや、見通すことの適わない木立に隠れようとも狼や犬は欺けない。
どれほど注意深く隠れようとも、体臭で居場所を暴き出す。どれほど足の速い人間であろうと、狼や犬のそれには遠く及ばず、全速力で走り続けられる限界も悲しい程に差があった。
猟犬として教育された犬達は、獲物となる人間が弱るまで追い続け、隙が出来るまで追い立てる。
疲労から走れなくなった人間に集団で襲い掛かり、相手の息の根が止まるまで油断することが無い。
存在が露見した時点で、武田軍の軍監たちの命運は決していた。

「首があれば説得力あったけど……あの中から首を探せるかな?」

「無理だと思います」

乾いた笑みを浮かべつつ、静子は武田軍の死体を指さす。玄朗はその指先を一瞥すると、溜息とともに首を振った。
投石衆を率いていた将を確認せずに攻撃したため、何処に将兵が居たのか誰にも分らない。
おまけに積み重なった死体は300近くある。のこのこ外に出て行って、目的の首級を上げるのは不可能だ。
腕を組んで唸った静子だが、結局労力にあわないと判断して首を諦めた。

「さて、一世一代の演技、やりますか」

ぐいっと背伸びをした後、静子はクーゼを担ぎ直して家康の許へ向かった。






刻は少し遡り、軍議の場にいる家康は混乱していた。

「もう一度問う。敵の数は300、で間違いないか?」

「は、はい。奴らは断続的に投石を仕掛けてきています。いかがいたしましょうか」

再度確認した家康だが、斥候からの返答は前と変わらなかった。家康は腕を組んで熟考する。

(武田軍が300だと? どういう事だ、300は幾ら何でも少なすぎる。その程度の兵力では浜松城に痛手すら与えられぬ。信玄坊主の狙いは何だ? 僅か300で何をしたい?)

どれほど頭を捻ろうとも敵の狙いが分からなかった。そのことに家康は焦り、脂汗を浮かべながら深みにはまっていく。
やがて家康は混乱させることにこそ狙いがあるのではと思い立つ。

「ふざけおって! わしが兵を率いて蹴散らして参ろう! 僅か300程度、鎧袖一触よ」

「待て。300だけとは限らぬ。捨て駒に釣られて出ていけば、本隊が控えていた場合、いたずらに兵を消耗するだけだぞ」

「だがこのまま見ているだけは、我らの沽券に関わる」

徳川家家臣たちも敵の狙いが分からず、意見が割れて方針を纏められずにいた。一方織田家家臣は、その紛糾振りを黙って眺めるのみで、積極的に議論に参加しようとはしなかった。

「コホン、徳川殿。勿論、打って出ましょうな? さもなくば支城を支えている者が()ちませぬ。よもや武田が他所へ行った際に、我らが背後を突く作戦をお忘れか?」

徳川家家臣の間で結論が出ないことに、徐々に焦りを覚えた佐久間が家康に進言する。佐久間も300の後ろに大軍が控えている可能性は理解していた。
しかし待ったところで確証は得られない以上、300の兵を蹴散らす以外に手はない。
大軍が控えていた場合は即座に撤退する必要があるが、その時に出る犠牲はやむを得ないと考えていた。

「待たれよ。どうにも武田の手の内が読めぬ。万の兵が守る浜松城に、なにゆえ300程度を派遣したのか……そうかっ!」

ようやく家康は武田の狙いに気付いた。そして気付くと同時に、既に勝敗は決してしまった事を悟った。
このまま籠城すれば300程度に怯えて引きこもり、味方を見捨てたという汚名が末代までついて回る。
家康が判断に迷っている間、武田は悠々と三河を侵略する。そうなれば三河と遠江は分断され、三河の奪回は絶望的になる。
武田に三河を支配される。それは徳川が本拠地を失うと同時に、織田家とも分断される事を意味する。

しかし、このまま討って出て、もし300の背後に本隊が控えていれば蹂躙される。武田は家康が打って出る事を計算にいれ、簡単に撤退を許さないだろう。
そうなれば家康は暫く軍として動く事が出来なくなる。その間に武田は三河へと兵を進めるだろう。

どちらを選んでも勝利はない。その事に家康は遅きに失したことを理解した。
そして徳川と織田が分断されれば、どちらかが先に滅ぼされ、その後に残り一方が滅ぼされる未来しかない事も。

「徳川殿、何を迷われます! このままでは我らの敗北は必定! 早急に出陣の命を!」

「お、お待ち下され、佐久間殿。分からぬのです。武田の腹の内が読めず、我らは武田の棋譜通り動いているのでは、としか思えぬのです」

「しかし迷っている暇はありませぬ。武田の腹は読めませぬが、300程度に籠城を続ければ末代まで笑われるのは必定」

「迷われる事はありませぬ。ここで犠牲を躊躇われては前に進めませぬぞ!」

「そう……だが、何が起きて……」

答えに窮する家康に佐久間や平手が苛立ちを募らせる。暫く待ったが答えを出せない家康に、佐久間の苛立ちが頂点に達する。

「何故、迷われる。もしや……最初から武田の動きを知っていたのではなかろうな!」

佐久間が言葉を発した瞬間。それまで紛糾していた場の空気が、一瞬にして張り詰めたものに変化した。徳川家家臣たちは主君を愚弄されたことに逆上し、佐久間を睨み付ける。

「ふざけるな! 我らがどれだけ織田の為に尽くしてきたと思っておる!」

激昂も当然の反応だ。佐久間の台詞は、徳川が織田を裏切ったと断じていた。
裏切り者と罵られて怒りを覚えない人間はいない。ましてや命を懸けて戦っているその場で疑われたなら猶更だ。
無数の敵意に晒された佐久間だが、怯むことなく更に言葉を重ねようとした。しかし、その前に突然佐久間が前のめりになり、勢いよく床を転がった。

「うるさい、馬鹿が(さえず)るな」

佐久間が転がった理由は、音もなく佐久間の背後に忍び寄った足満が、遠慮なく蹴り飛ばしたからだ。受け身も何も取れず額を床にぶつけた佐久間は、痛む箇所を手で押さえる。

「足満殿、何をされる! いかに静子殿の家臣とはいえ、このような狼藉は許されぬぞ!」

「馬鹿が馬鹿な事を言っているから止めたまでだ。愚か者として名を残したいのであれば他所でやれ!」

平手の激昂も足満は涼しい顔で聞き流す。今度は織田家家臣同士で諍いが起きそうになったが、その前に静子が軍議の場に入ってくる。

「やーやー、皆さんお待たせ……って何ですこの空気は」

徳川家家臣たちは自分たちを睨んでいる。佐久間が額を手で押さえつつ、平手とともに足満に食ってかかっているが、足満は涼しい顔で聞き流す。
一触即発の空気でありながら、何がどうなっているのか分からない混沌とした状況に静子は首を傾げる。

「状況は良く分かりませんが、ひとまず佐久間様や平手様、水野様、はいこれ。お館様からの指示書です」

状況を理解するよりも、作戦通りに進める方が優先と判断した静子は、信長から預かった朱印状を佐久間たちに渡す。
内容は『静子の命令に従え、さもなくば根切りだ』と非常に分かりやすい。内容を知って驚いたが、信長の命とあれば従わない訳にはいかず、佐久間たちは押し黙った。

「さて、まず報告を。浜松城に来た武田兵300は始末しました。そして後ろに大軍は控えていません」

「……その前に一つよろしいかな」

「はい、構いません」

今まで見たこともないほどに真剣な表情の家康に、内心腰が引けた静子だが顔には出さず、平然とした態度をとる。

「先ほど、佐久間殿に徳川家(われら)が織田を武田に売ったのか、と問い質された。貴女はどう思っているか、率直な意見を聞きたい」

「私は徳川様の裏切りなど、毛頭考えておりません」

「何故そう断言出来ます」

「信じているからです、後詰めを送ると決断したお館様を。もし徳川様が裏切っているのなら、お館様は後詰めを送ると考えません。徳川様を信じたからこそ、お館様は後詰めを送られた。ならば、家臣の私がお館様を信じるのは、当然の道理ではありませんか」

静子の返答に家康は何も言わなかった。否、何も言えなかった。信長が家康を信じたのだから、静子は家康を信じる。
下克上が当たり前、親が子を、子が親を売る時代において、家康はそこまで信長を信用している静子に驚くと同時に、そこまで信じて貰える信長が羨ましかった。

「貴女にそこまで思われる織田殿に、少しだけ嫉妬しました。コホン……嘘偽りない貴女の目を、わしは信じましょう」

「ありがとうございます。早速で申し訳ありませんが、これからある策を行います。一度しか言いませんので、心して聞いて下さい」

そして静子は年単位で温めてきた策を語る。最初は半信半疑だった家康も、途中から静子の策にぐいぐい引き込まれた。
家康がそうなっているからか、家臣たちも引き込まれているのは簡単に分かる。

「……本当に可能なのか?」

最後まで聞いた家康はポツリと疑問を口にする。今まで信長や静子の行動が、策を聞いてようやく全てが繋がった事を家康は理解した。
だが、最終的な到達地点が、作戦が成功するかは未だ確信を持てずにいた。

「出来る、出来ないではありません。やるのです。不安でしたら徳川様は籠城していても構いません。織田軍だけ……いえ、我が軍だけでも作戦を実行します」

少し思案した後、家康は静子の目を見る。迷いなく、一直線に進む目だ。ここで自分が策に乗らなくても、静子は自分の軍だけで実行する。言葉にしなくとも目が如実に語っていた。
天井へ顔を上げると家康は目を瞑る。10秒ほど経った頃に、家康は目を開けて静子へ顔を向ける。

「分かりました。徳川家の命運、貴女に託します!」

頬を思い切り叩いて気合いを入れた後、家康は静子の策に乗ると宣言した。

「皆の者! 準備せよ! 我ら三河武士の意地を見せてくれようぞ!」

「殿……ははっ!!」

呆気にとられていた徳川家家臣たちだが、家康の宣言を聞くやいなや顔つきが変わる。いくさ人の顔になった徳川家家臣たちは、空気がビリビリ震えるほどの声量で気合いを入れる。
家康も負けじと声を上げる。彼が声を上げるたびに、家臣たちの士気が上がる。

「馬をひけい! 我ら徳川の力、その目に焼き付けてくれよう!」






いくさの準備を終えると、織田・徳川連合軍2万は浜松城から出陣する。全軍は三方ヶ原台地を上り、幾つもの道を通り、北端の根洗松付近へ向かう。
到着する前から静子たちは、異様な圧迫感を覚えていた。言葉にしなくても分かる。山県昌景が合流した信玄の本隊2万7000が待ち構えている事を。
途中で伏兵の襲撃がなかったのは自信の表れか、それとも伏兵を知って織田・徳川軍が引き返す可能性を考慮したか、ともかく武田軍の旗が見えるまで襲撃は受けなかった。

「到着しましたね」

静子の予想通り、そして地形から割り出した地点に武田軍は待ち構えていた。

「これが……武田軍か」

武田軍から放たれる威圧に、長可はつばを飲み込む。だがすぐに顔を叩いて活を入れて、威圧感に飲まれそうになった心に一本の筋を通す。

「おっしゃあ! やってやるぜぇ!!」

「気合を入れるのは良いが、入れすぎて力みすぎないようにな」

「これから楽しいいくさが始まるのだ。野暮な事は言いっこなしだろう」

「……我が生涯の中で、もっとも過酷な一日となろう」

長可、才蔵、慶次、高虎がそれぞれ自分なりに活を入れつつ、静子の許を離れて決められた配置につく。
彼らの背中を見届けた後、静子は合図を送って各部隊に素早く配置につくよう命じた。

中核は静子軍、左右に佐久間、平手、水野、後方を徳川軍が担った。
陣形は鋒矢(ほうし)の陣に近いが、矢印の先端に鉄砲衆が配置され、さらに矢印の中央に静子がいる点が、従来の鋒矢の陣と違っている。

「今日ばかりは、四の五の言っていられる余裕はないね」

馬上だが静子は体を軽く動かしてほぐした後、何度か深呼吸をする。静子には兵を鼓舞するために声を張り上げる義務がある。手振りの動きが目立つよう白手袋を着用した。

「聞けぃ!! 我が兵たちよ!!」

兵たちが一斉に静子の方へ体を向ける。一瞬だけ間を置いた後、静子は言葉を続けた。

「我らが前にいるは、日ノ本最強と名高い武田軍なり! さらに名高き武将が勢揃いしている! まさに武田軍の総力が結集していると言えよう!」

総力が結集という言葉に、兵たちの顔つきが変わる。相手は日本最強の軍隊、その軍隊の全てが結集しているのだ。目に見えない不安が兵たちに忍び寄る。

「だが彼らを前にしてあえて言おう! 奴らは昨日まで相手に恵まれていたに過ぎないと!!」

言い終えると同時に、静子はクーゼを天高く掲げる。

「私は信じる! 我らは武田に劣らぬ精鋭である事を! 連中に見せてやろうではないか! 日ノ本にいる全ての者に見せてやろうではないか! 我らの本当の力を!!」

「お、おおおっ!!」

不安を吹き飛ばすかのように兵たちが声を上げる。手に持った武器を掲げつつ声を上げると、それを見た後ろの兵が続くように声を張り上げる。

「奴らを侮るな! だが怖れるな! 奴らは強者ではない。我らが武功の礎なり! 者ども! 武功を上げ、名を上げよ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

「このいくさ、勝った(・・・)のは我らだ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

殆どの兵士たちが声を上げる。それは離れた武田軍の、信玄がいる場所まで届くほどだった。






織田・徳川軍の声を虚勢とみたのか、武田軍の間には忍び笑いが漏れる。

「随分な虚勢をはる」

「我らが赤備えを前にして、なお気炎を上げたところは褒めるべきであろう。織田・徳川連合軍を褒め称えよう!」

「士気だけで我らに勝てると思っているのなら、甘いという他にない!」

武田軍には鼓舞の内容まで届いていなかった。それゆえ油断にも似た侮りから、中には侮蔑の言葉まで飛び交っていた。

武田軍は魚鱗の陣を敷いていた。
先鋒に小山田信茂、その背後に山県昌景の二軍が第一陣。
左翼に馬場信春、中央に内藤昌豊、右翼に真田信綱・昌輝・昌幸兄弟の三軍が第二陣。
左翼に諏訪勝頼(後の武田勝頼)、中央に武田信豊、右翼に米倉(よねくら) 丹後守(たんごのかみ)の三軍が第三陣。
そして一番後ろに武田家一族や高坂昌信と武田信玄率いる本陣がある。
計四陣からなる武田家最強の布陣は、火の如く攻める準備が出来ていた。待つのは武田信玄の下す攻撃命令のみ。

(やはり胸騒ぎは気の迷いであったか。しかし、士気が高い相手は油断ならぬ)

織田・徳川軍の声を侮る人間が多い武田軍の中で、信玄のみ声を聞いて逆に気持ちを引き締めた。敵は一度萎えかけた士気を高めたのだ。気を引き締める事は大事だ。
しかし、多少の障害になるだけで信玄は勝利を疑っていなかった。何しろ織田・徳川軍は有利な籠城を捨て、信玄がもっとも得意とする野戦に現れたからだ。

古来より野戦は兵の数が多い方が優勢だ。織田・徳川連合軍は多く見積もっても2万数千程度。対して武田軍は3万に届く兵数で布陣している。
数字の上では数千の差だが、数千の差は簡単に埋められる差ではない。勝利を確信した信玄は、胸騒ぎは気の迷いと断じ、軍配を手に取った。

攻撃命令が下る。その情報は信玄が口にせずとも、瞬く間に武田軍全体に広まった。あちこちでざわつく声が上がるが、信玄は気にせず軍配を天高く掲げる。

「詰みなり」

言いつつ信玄は軍配を織田・徳川軍へ向ける。それが攻撃命令だと理解した瞬間、貝役が法螺貝を吹き、太鼓役が陣太鼓を力強く叩く。
その音を聞いた武田兵は空気をふるわす咆哮を上げながら、織田・徳川軍に突撃した。
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