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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

元亀三年 決戦、三方ヶ原の戦い

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千五百七十二年 九月下旬

織田家と交わした約定もあって、鶴姫は赤子の首がすわる四か月目頃まで入院生活を余儀なくされていた。
みつおも偶には一人の生活も気楽で良いと考えたのだが、すぐに思い違いを悟ることになった。
自分は今までどうやって一人で暮らしていたのだろう、と。家族を得て一緒に生活するのが当たり前になり、かつての孤独な暮らしを全く思い出すことが出来なかった。

「貴様、独身(ひとりみ)に対する嫌みか」

「おっさん、惚気なら織田の殿様相手にしてくれ」

「たじん鍋とは器の形もさることながら、水も加えぬ面妖な料理と思いましたが、実に美味いです。野菜がこれほど甘くなろうとは」

足満、五郎、そして最近知り合った四郎に相談した。しかし、三人からの返答はみつおが満足するものでは到底なかった。

「ひどい言われようです。四郎さんに至っては話すら聞いていないじゃないですか」

「話は聞いておりましたが、某から差し上げられる助言はござらん」

「そうだな。というかおっさんは惚気るのが趣味なのか。聞いているこっちが恥ずかしいわ」

「自覚症状がないからな。こちとら女っ気など無い生活だと言うのに、容赦なく惚気てくる」

けんもほろろである。それでいてみつおが用意した鍋は遠慮なく食べていく三人だった。

「しかし、皆さん意外と仲良くなりましたね」

「貴様が友誼を結んだのだ。悪い人間ではなかろう。まぁ最初の五郎ほど阿呆な事はしておらんかったがな」

「ちょっと待って足満さん。俺の事、最初どう思っていたの?」

「そのままでも食える食材を、食えるか食えぬかギリギリの存在に変える似非(えせ)料理人」

「酷い! 料理に失敗はつきものだよ!」

「やかましい。酢煮魚を教えた時、ちょっとで良いといったのに、酢だけで煮たのは許さん」

「うっ、それは……その」

「まーそれは私たちの教え方も悪かったので、はい」

出汁に対して酢を小さじ1〜2杯程度を加えて魚を煮るとぐっと風味がよくなる。
酢締めの魚と同様に、生臭さは薄れ、タンパク質の凝固作用もあって煮崩れを防いでくれる一石二鳥の調理法だ。
しかし五郎は料理名しか覚えておらず、冷えた酢に魚をぶち込んで煮るという暴挙に出た。
生臭さい上に(むせ)るほどに酸味も強く、口に運んでも飲み込むことは至難という劇物が出来上がった。嫌がる五郎に無理やり食わせたのだが。

「ええい、酒だ! 酒を持ってこーい! 飲んでないとやっておれん」

「ええぇっ……まぁ良いですけど」

足満の投げやりな言葉に、みつおは困惑の表情を浮かべる。

「お、おっさん。何か作るから、(くりや)を借りるぜ」

ため息を吐きつつみつおが立ち上がると、五郎が酒のツマミでも思いついたのか、厨房を貸してほしいと頼む。断る理由がないみつおはにこやかな笑みを浮かべて頷く。
二人が出て行くと、足満と四郎だけとなった。付き合いが短い四郎は話のネタを考えあぐね、足満はそこまでお喋りではないので、場を静寂が支配する。

「……足満殿は変わっておられますね」

沈黙を破ったのは四郎だった。彼は黙々と食事をする足満に対し、疑問に思っていた事を口にする。

「そう見えるか」

「食事時ですら、貴方は篭手を外されませぬ」

「流石は乱波(らっぱ)といった所か。普通なら気付かない所に気付く」

瞬間、四郎の表情が固まる。だが足満はさして気にせず、食事をしつつ言葉を続ける。

「不思議ではなかろう。武田から逃げてきた乱波の話は、わしの耳に届いておる。なぜ逃げたかは知らぬが、興味も無い」

「そう、ですか。最初から正体をご存知だったのですね。しかし、なぜ貴方は私を見逃されるのですか」

「わしには斬る理由がない。貴様が織田を調べていようが、わしには関係ない。武田の許が嫌で逃げたとしてもな。わしに斬られたくば友に手を出すが良い。素振りを見せた瞬間にはそっ首を刎ねてくれよう」

「それは出来かねる話ですね。みつお殿には良くして頂いております。恩を仇で返すような恥知らずになるつもりはござらん」

「やはり、甲斐では税が重いのか」

足満は甲斐について、現代で得た情報がある。隆盛を誇る強国として名を馳せた甲斐も、毎年のようにいくさをした関係で、戦費を賄うために重い税が課せられていたのだ。
特に有名なのが信玄の父である信虎と信玄の庶子である勝頼だ。信虎の浪費はともかく、勝頼は金山が枯渇したため、税を他に振り分けるしかなく、結果的に重税となった訳だが。
また武田家では税の徴収を家臣が行い、家臣にはその裁量が与えられていたため信玄であろうとも口を出せない状態だった。
そのため領地ごとに税はまちまちであり、場所によっては困窮する程の重税となっていた。
四郎がかつてどこにいたか興味を持たない足満だが、出奔する程の様子から近年武田に支配された土地に住んでいたのだろうと当たりをつけていた。

これは武田だけに限った話ではなく、家康や信長も行っている。得てして国主のお膝元では検地も甘く、税率も低く抑えられていた。
しかし新しく支配した土地には厳しい検地が行われ、費やした戦費を補てんするべく重い税が課せられるのが世の常であった。
支配体制を刷新する以上コストもかかるため、仕方のない面もあるのだが新参者には得てして重税が課せられ、労役や兵役などのその他の奉仕まで求められる過酷な徴税(ちょうぜい)を受けることが多い。
徳川から武田へと寝返ろうとした家臣の領地では、税が今以上に重くなることを理解した領民が反対したという話もある。

「税を差し出せば飢えて死ぬしかなく、ならばいっそ一縷の望みに賭けてと言えばお分かりいただけましょうか?」

「どの世界でも新参者は厳しい扱いを受ける。が、それを差し引いても税が重すぎる、やはり金の生産量が落ちているからか」

信玄といえば金山開発が有名だが、晩年には産出する金が枯渇したと言われている。
しかし、これは正確ではない。信玄の金山である黒川金山や湯之奥金山は、江戸時代に入っても金を産出し続けている。
それゆえ金山から金が枯渇した訳ではなく、実際は武田家の財政難や技術的な問題によって採掘がとん挫したのだ。

金山で金を掘るには非常に人件費がかかる。そして金山から掘った金鉱石はそのままでは価値が無い。精錬し、金としての形を整える必要がある。これでようやく金として使えるのだ。
甲斐の金山は鉱脈が露頭(ろとう)している事が多かったため、地表を掘り返すだけで金の産出が出来た。
しかし地中深く掘り進めると都合が変わってくる。鉱山には落盤・崩落・陥没が付き物である。このため坑道を補強しながら掘り進める必要がでてきた。
坑道が伸びる程に採算は悪化し、更に武田家は採掘する以上のペースで金を必要としたため、徐々に金堀衆へ払う賃金が不足した。
それに伴い金堀衆が命令に従わなくなり、金の産出が落ちる悪循環へと陥っていた。つまり金山が枯渇したのではなく、財政難と技術不足が金枯渇の原因だ。

江戸時代になって甲斐の金山が復活したのは、坑道の掘り方や金銀吹替えなど、鉱山における採鉱と精錬の技術が飛躍的に進歩したためだ。
もっとも進歩したものは「水平坑道(横相(よこあい)とも呼ぶ)」と言う手法だ。
従来の採掘法は斜め下に向かって掘り進む。このため地下水が湧きだすと排水できずに、優良鉱脈であろうと諦めざるを得なかった。
しかし水平坑道は事前に試掘して、鉱脈のある部分を探って水平に掘り進める。これにより、坑道を掘削した際に地下水が出ても排水が容易となった。
反面鉱脈の走っている方向を試掘で調査出来なければこの採掘法は取りえない。高度な測量技術があっての採掘法だと言える。

「みな、税を払えず次々と餓死していきました。ここに至ってはやむなし、と某は母と妻子を連れて逃げました。織田領へ逃げたのも、飛ぶ鳥落とす勢いのここならば、そう簡単に事を構えないと思ったからです」

「少し甘かったな。連中、織田領でも遠慮などなかったぞ。おかげで実験体が増えたから、結果的に貴様達乱波の行動はわしの利となった」

実験体、という言葉に四郎は言いしれぬ恐れを抱く。その事を見抜いた足満だが、彼は小さく笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も語らなかった。

「お待たせしました。って何ですか、この微妙な空気。足満さん、また何か怖いことを言って脅かしたんじゃないでしょうね」

少し緊張を孕んだ沈黙が落ちていたが、悪意のないみつおの言葉で一気に霧散した。四郎はホッと胸をなで下ろし、足満は先ほどの笑みを引っ込めた。

「失礼な奴だな。わしも場をわきまえるという事ぐらいは心得ておる」

「そうそう。見舞いに付き添った俺たちをほったらかして、妻と二人だけの世界を作るおっさんじゃないんだしさ」

みつおに続いて五郎も戻ってくる。五郎は大皿にいくつかのツマミを乗せていた。大皿をテーブルの中心に置くと、彼は腰を下ろす。

「それはすみません、と謝ったじゃないですか」

「一度目ゆえ許したが、二度目はない。貴様の見舞いには金輪際付き合わぬ」

「ほぅ……みつお殿はそれほど愛妻家なのでしょうか」

テーブルの脇に置かれた酒を盃に注ぎつつ、四郎は疑問を口にする。

「よくぞ聞いてくれた四郎さん。おっさんはな、付き添った俺らを放置して奥さんを抱擁するわ、愛を語り合うわ、しまいには俺たちの存在を忘れるわ、散々なんだぞ。しかも誘ったのはおっさんだ」

「だって夫婦仲を長く保つ秘訣は、円滑な通じ合いと肌の触れあいですから。いくつになっても肌の触れ合いは、気持ちを落ち着ける効果があるのです」

「これだからな。わしは二度目から付き合わなくなった。五郎は付き合ったらしいが、結果はわしの予想通りだった」

「おっさんを後ろから蹴り飛ばしたくなったけど、奥さんの目が怖かったんで、そそくさと退散した」

「何を言いますか。鶴姫さんはそんな怖い人ではありませんよ」

(駄目だこいつ)

三人そろってため息を吐く。四郎は鶴姫と会った事はないが、みつおの態度から鶴姫がみつおに相当惚れ込んでいる事が窺える。
呆れてものも言えぬと言わんばかりに、各自盃に酒を注いで五郎特製のツマミをつまんでいた。

「そもそも妻帯者なら四郎さんもではありませんか」

「某、みつお殿のように赤裸々な事情は晒しましぇぬ」

「四郎さん、呂律が回っていないぞ」

五郎が指摘すると四郎は左右に体を揺らしたと思ったら、いきなり机に突っ伏した。痛そうな音がしたが四郎が痛みを訴える事はない。代わりに小気味よい寝息が聞こえてきた。

「四郎さん下戸かよ! おっさん、四郎さんを横にするぞ」

「お酒には強いと思ったのですがね。ひとまず吐いても大丈夫なように、横向きに寝かせましょう……あ、これアルコール度が高い酒でした! 急性アルコール中毒かもしれません! 手当しなければ!」

「やれやれ、騒がしいな」

慌てて四郎に駆け寄る五郎とみつおを眺めながら足満は盃を傾けた。






九月下旬、既に武田軍はいくさの準備を終えていた。そんな中、僅かな配下を連れて家康の居城・浜松城へ向かう一行がいた。
武田四天王の一人、馬場(ばば) 信春(のぶはる)だ。後の世において「智勇常に諸将に冠たり」と評され、国人になれる器量を持つと言われた人物だ。
最期についても、信長公記に比類なき働きをした武将と記されてもいる。これは三好氏本家最期の当主・三好(みよし) 義継(よしつぐ)の最期と同じ評価である。
七十回以上、いくさに出ながら最期の長篠の戦いまで、一度もかすり傷すら負わなかった事から、現代では「不死身の鬼美濃」と評されている。
他の武田家四天王より出世は遅かったものの、後世において高い評価を得ている武将だ。

そんな彼は武田家へ反骨心を募らせている浜松城へ到着する。信玄は報を聞いたとき「流石は馬場美濃守」と零しただけだった。
一方、家康は馬場の訪問に動転し、おどおどしていた。
信長からの指示もあり、すぐに応対出来ぬと言うと、馬場は三方原台地の北端の根洗松(ねあらいまつ)にいると言い残して去って行った。
三方ヶ原の戦いにおいて、武田軍が徳川軍を待ち構えていたと伝わる場所が根洗松と言われているが、そこを馬場が指定したのは歴史の皮肉と言えよう。

「殿、会う必要はございませぬ。既に武田といくさをして数年、今さら話し合う事などございませぬ」

家臣の一人が進言したが、家康は腹の中で唸っていた。家臣の言うとおり、武田と今さら話し合う内容はない。同盟破棄も武田が一方的にしたものだ。
同盟破棄から小競り合いを続けて数年経つ。戦況は一進一退の状態で、武田が再び同盟を結ぶとはとうてい思えなかった。

「いや、会おう。ここで逃げては笑いものとなる。臆病者と罵られるなど我慢出来ぬ」

「殿……はっ!」

考えた末、家康は馬場と会う事にした。ここで会談の申し出から逃げれば、三河は臆病者の集まりと武田が吹聴するのは目に見えていた。
これらの嘲りは長く続く。今まで味方している地方の有力者が、武田に寝返る可能性もある。
不気味で恐ろしい会談になるが、家康は断った後に齎されるデメリットが大きすぎると判断した。

家康は酒井忠次を城に残し、万が一のことがあれば武田家は暗殺を謀るような臆病者、という喧伝(けんでん)を行えと指示した。
死ぬ気は毛頭ないが、その後に三河が不当な扱いを受ける事だけは断じて認めない、家康の意思だった。

忠勝や康政、半蔵など側近を引き連れ、家康は根洗松に到着する。そこで一行は驚くべき光景を目にする。
馬場は確かにいた。しかし、兵は後方に下げ、自身は上半身裸、刀も離れたところに無造作に置かれていた。
後方にいる兵も、最前列は武器を地面に置いていた。
誰が見ても丸腰であり、護衛のものすらおらず、兵も万が一の時に駆け付けられぬ距離にいた。それがより一層、馬場の不気味さを強くしていた。
武田に対する憎悪があると知っていながら、丸腰の状態で会談に挑むのだから。

「おや、存外腰が軽いではないか。もう幾ばくか、刻が必要と踏んでおったが。おお寒い、流石に老骨に裸はこたえるわ」

家康の到着に気付いた馬場が、飄々とした態度で語る。彼は寒さに体を震わせると、脱いでいた上着を着る。

「殿、奴は丸腰です」

半蔵が家康に耳打ちする。半蔵に言われなくとも、家康には分かっていた。これほどの胆力と余裕がどこにあるのか、家康には全く分からなかった。
一つ分かった事は、馬場の余裕は家康を侮っての行動ではない、という点だ。

「最初に断っておこう。会談と申したが、実はもう一人、この場に呼んでおる。その人物が到着するまで、しばし待たれよ」

馬場はそう言うと、背にしていた木にもたれかかる。丁寧な口調も逆に馬場の不気味さに拍車をかけていた。
少し迷った家康だが、腰に下げていた刀を放り投げると、馬場と同じく木を背にする形で座った。家臣たちは慌てたが、家康の表情を見た瞬間、彼の覚悟を理解したため押し黙った。

「ほっほっほっ、いざとなれば肝がすわる。まっことお屋形様の人物眼は恐ろしいものがある」

「何?」

「慌てるでない。間もなく待ち人も着こう」

馬場の言葉通り、馬の足音が家康の耳に届く。しかし、聞こえてくるのは馬の足音一つだけだ。それ以外の音が聞こえず、彼は最初、早馬でも来たのかと考えた。
やがて足音の主が視界に入ると、家康は己の考えが間違っていたことに気づいた。

「あ、貴様は!」

最初に反応したのは家康ではなく忠勝だった。何しろ馬に乗って現れたのは足満だからだ。他の人物は足満、正確には足満が乗っている馬に驚く。

現代では絶えたと言われているデストリアは、大きな体格と重武装に耐える名馬として名高い。しかしそれは純血種が失われただけであり、中世や近世においては交雑も進んでいる。
馬種の扱いについても現代のようなDNAで決定するのではなく、用途によって大まかに馬種を定めていた。そのため全く異なる複数の種を一つの馬種として扱っていたこともあった。
つまり今日まで引き継がれた馬種にもデストリアの血統が残っている可能性は高い。
しかし当時ですら戦事(いくさごと)以外には適さない馬という評であり、馬が戦の花形でなくなった現代に残っていたとしても微妙なところではある。

「散々断られていましたが、ようやくお話を聞いていただけるようですね、足満殿。いえ……公方様」

公方、という単語に家康たちの顔が硬直する。だが足満は周囲の視線など全く意に介さず、馬を下りて適当な所に腰を下ろす。

「話は聞いてやる」

それだけ言うと足満は黙った。尊大な態度だったが、馬場は気にせず苦笑するだけだった。
未だ状況が飲みこめない家康だが質問して返答があるとは思えず、馬場の出方を窺うことにした。

「三河といくさを始めて数年、武田と徳川の間では怨嗟が渦巻いておろう。だが、わしはそれを知ってなお、ある提案をする」

「提案だと……?」

「我らを相手にして、ここまで長く戦えている貴殿を、お屋形様もわしらも高く評価しておる。それゆえ貴殿をいくさで死なせるのは惜しい」

「ここに来て我らを調略だと?」

「その通り。わしは徳川殿を武田家に(くみ)するよう誘いに参った」

「そのような提案、受け入れられるはずがなかろう!!」

怒声を上げて家康は馬場の提案を拒絶する。だが馬場は家康の怒りを見ても態度を変えなかった。

「分かっておる。もし徳川殿が武田家に与すれば、織田家が黙ってはいまい。それを貴殿は恐れているのであろう? だが、その織田家が存在しなくなれば、問題はなくなるであろう?」

その台詞で家康は気付く。武田の目的は徳川領ではなく織田領にある事を。そしてその言葉の意味する事を。
理解した家康は驚愕の表情を浮かべる。対して馬場は楽しげな笑みを浮かべる。
ただ足満だけは表情が一つも変わる事はなかった。

「まさかっ!」

「その通り。こたび我らはいくさをする。だが我らの目的は徳川殿、そなたの首にあらず。織田家……織田弾正忠(だんじょうのちゅう)を討ち取る事なり」

信長を討ち取る。それが誇張でも何でもなく、可能だと思わせるだけの力が武田家にはあった。
それゆえ、本当に討ち取るのか、という考えが家康の脳裏に浮かぶ。だがすぐに頭から追い出し、家康は馬場を睨む。

「我らが織田を討つには、まず背後に位置する徳川殿をどうにかする必要がある。しかし、貴殿をいくさで死なせたくないのがお屋形様のお考えよ」

とらえ方を変えれば、武田家において徳川家は相手にならない、とも聞こえる。仮にいくさとなっても、何時でも家康を討てる自信があるからこそ、出てくる言葉だ。
だが家康は馬場の言葉を否定出来なかった。今まで小競り合いを続けてきたいくさだが、勝利といえるものは数少ない。
そして織田を討つのなら、武田家は総力戦を仕掛ける可能性が高い。今までのように、武田家が目的を果たしたから、で兵を引く可能性は限りなく低い。
その状態で武田家に勝てる自信は、家康の中にはなかった。

「公方様もいくさで殺せば、我らは逆賊の誹りを受ける。それゆえ、武田家へお誘いに参った」

「……」

「そして我らは比叡山を擁している。我らの大義は不動のものなり」

馬場の言葉を纏めると、武田家が織田家を討つには、まず織田領の背後に位置する徳川領の対処をしなければならない。
しかし、武田家は家康を高く評価しているため、いくさで討ち取るのは惜しいと考えた。
ならば家康を味方に引き入れる。憂いとなる織田家も、武田家が討ち取ると確約すれば、武田家の縁者になる迷いはなくなる。
足満も同じだ。万が一、公方を殺せば理由問わず、武田家の名誉、そして信玄の覇道に傷がつく。それゆえ縁者になるか、それともいくさの間、どこかに身を隠してほしいとの事だ。

「わしの言わんとするところを汲んで頂けようか。このまま織田家に与すれば、天下の悪逆人に味方した国人という誹りを、末代まで受け続ける事になるぞ」

「貴様ッ!」

「怒りは目を曇らせる。今一度、冷静に考えるが良い。織田家は今まで、貴殿に何かしてくれたかね。織田家は貴殿ら三河にとって、今後を任せるに足る相手かね」

焦りと怒りの表情の家康、それに対して冷静に諭すような馬場、この場において足満は空気のように存在感がなかった。否、単純に空気のように存在感を出さなかったとも言える。

「話は終わったようだな」

それだけ語ると、足満は静かに立ち上がる。体についたホコリを払うと馬に跨がる。

「何処へ行くおつもりです?」

「わしは最初に言った。話は聞いてやる(・・・・・・・)と。話が終わった以上、わしがここにいる理由はない」

手綱を握ると、足満は小さく息を吐く。

「一応、先ほどの返答だけはしてやる。貴様の言う公方は死んだ。搾り滓はまだ現世(うつしよ)にとどまっているがな。だが些細な事だ。それから、わしは織田を信用してはおらぬ」

馬場は足満を見返す。そこでようやくある事に気付く。足満の目は氷のように冷たく、そして狂気の色を孕んでいた。およそ人がする目ではない。化け物がする目だと馬場は瞬間的に思った。

「わしが現世で信を置く相手はただ一人。わしはその者が望めば万の敵であろうと戦い、死ねというならばその場で首を斬る。その者のために生き、その者のために死ぬ。そして、その者以外は全て利用価値があるか、ないか、それだけだ」

手綱から手を離すと足満は馬場を指さす。

「そして貴様らに利用価値はない。利用価値が生まれる可能性もない。せいぜい大言壮語を吹聴して滑稽さゆえに笑えるのが関の山よ」

「何ですと」

今度は馬場の表情が変わる。馬場だけではない、馬場の背後にいる兵たちの顔色も変わる。足満の言葉は挑発、侮辱ととれるのだ。だが、射貫く視線を受けても足満の表情は変わらない。

「ふん、世界を知らぬ愚か者が。後の世に恥を残したくなくば、国許に帰って震えておれ」

再度手綱を握ると、足満は馬の向きを変える。馬場や家康に背を向けた所で、彼は一言呟いた。

「このいくさ、勝った(・・・)のは我らだ」






足満は馬場の返答を聞かず、馬を走らせて去った。残ったのは矜持を酷く傷つけられた馬場たち武田家と、最後まで事情が理解出来なかった家康たち徳川家だ。
微妙な空気が流れる中、家康も馬場の申し出を断る。馬場は特に気にした様子もなく、家康の返答を聞くとあっさり立ち去った。
馬場がいなくなった以上、家康も根洗松にいる必要はなく、家臣を連れて居城へ戻る。

家康が馬場の申し出を断ったのは、信長を信用した訳ではない。意地と誇りはあったが、何よりも足満が不気味だったのが大きい。
最後に足満が呟いた言葉を、家康は思い出す。『勝つ』ではなく『勝った』と彼は言った。どこに武田家に『勝った』という要素があるのか、それが家康には気がかりだった。
はったりの可能性は考えられた。しかし、足満の態度からはったりとはとうてい思えなかった。

「半蔵、公方……いや、足満殿があそこまで断言出来た理由、調べてくれ」

「はっ!」

命を受けた半蔵だが、容易でない事を感じる。だが三河の命運を決める大事な仕事であり、弱気になるわけにはいかない、と自分に活を入れた。

一方足満は、己の役目を果たしたため、毎日趣味に没頭していた。静子に報告を済ませ、クスリの効果も上々のデータがとれた。武田を含む全員の行動が、目論み通り進んでいた。
ここからの将棋は静子の手番(やくめ)で、今後の自分の役割は間者の視線を集める事だから、遊んでいても問題なかった。

収穫時期も相まって、色々な食材をみつおの家に持ち込んでは宴会をしていた。それぞれ仕事があるものの、否、仕事で普段会えないからこそ、宴会を良く開くようになった。

「さけっがたりぬぞ、さけっがたりぬぞ」

「今宵は飲んで騒いで、踊って歌うぞー」

奇妙な歌を歌いながら、足満は五郎と肩を組んで謎のダンスを披露する。それを四郎とみつおが音頭をとってはやし立てる。全員、見事に酔っ払っていた。
もう少しでみつおの娘は首がすわるため、それに伴い鶴姫も家へ戻ってくる。それゆえ、今しか馬鹿騒ぎが出来ない事もあって、四人のどんちゃん騒ぎは賑やかなものだった。
牧場がある関係で、隣人が四人の騒がしさに苦言を呈する事もない。

「えっほら、えっほら、どんどんどん。ざっくざく、宝が出るぞ。えっほら、えっほら、どんどんどん」

今度はみつおと四郎がざるを両手で持ち、地面を掘る動作をしつつ踊る。

「良いぞ、おっさんー!」

なんともシュールな光景だが、酔っ払っている人間には関係ない。面白ければ他は全て無視される。
その後もものまねをしたり、みつおが惚気だして三人がブーイングをしたり、奇妙なマイム・マイムもどきを踊って全員が嘔吐したりと、色々とカオスな宴会となった。

「さて、そろそろ日も暮れる。みつおを病院に送り届けるか」

外を見れば一刻もすれば日が沈む。宴会と言っても現代とは違い、昼間から行われるので、日が沈めば宴会は終了だ。
ここの所、みつおは家ではなく、入院している鶴姫の所で夜を過ごしている。早朝には家に戻って仕事をこなし、また夜になると鶴姫の許へ向かう。
愛妻家ぶりに静子も苦笑いしたほどだが、止める理由はないのでみつお用のベッドを用意した。今のところ、使われている様子はないが。

「片付け終わったぞ。では行くか。わしと五郎はその後、地獄通りを冷やかしにいくが、四郎殿はどうするかね」

地獄通りとは、いわゆる遊郭が集まった通りを指す。遊郭通りには身の丈に合った店を選ばなかったために支払いがとんでもない事になり、全財産を持って行かれた話がいくつもある。
その辺りの噂に尾ひれがつき、いつしか遊郭通りは失敗すると地獄に叩き落とされる事から、戒めの意味も込めて地獄通りと呼ばれるようになった。

「せっかくのお誘いですが、妻子ある身、地獄通りはご遠慮いたす」

「ま、そうだな。俺と足満さんで冷やかしてくるよ」

そんな会話をしつつ、外出の準備を終えた四人はそれぞれの目的地を目指す。途中まで一緒だったが、街に入った所でみつおと四郎、足満と五郎の二組に分かれた。
足満と五郎は二人と別れた後、そのまま地獄通りを冷やかしに行く。色々と声をかけられるが、二人はそのまま聞き流して歩く。
十分冷やかした所で地獄通りを抜け、飲食店が並ぶ通りへ移動する。一杯ひっかけてから帰る腹づもりだ。

「それじゃ、またなー」

「うむ、気をつけて帰れよ」

適当な屋台で一杯の酒と軽くつまんだ後、足満は五郎と別れた。千鳥足な五郎の背中を見送った後、足満は酒を飲んでいたとは思えない足取りで帰宅の途についた。






足満から報告を受けた静子は、より一層信玄が策にはまっている事を確信した。信玄が織田領に間者を放って調べている事は静子も知っていた。
織田領の情報を元に、信玄が上洛する時期を変更する可能性があった。だが足満の報告によって、時期が変更される可能性は消えた。
信玄は家臣の意見を一致させる事に苦心している。足満があれほど挑発して、攻める時期を変えると言えば、家臣たちが反発する可能性は高い。

(ここからこう引いて……大体こうなるから……やっぱり根洗松辺りが布陣地かな)

地形調査データから作り上げた地図を見て、静子は武田軍が布陣する場所を根洗松と考えた。

現代の根洗松は当時の面影を一つも残していない。しかし、その先にある祝田(ほうだ)の坂(現代では祝田の旧坂と呼ばれている)は、当時の面影を残している。
通説では家康が籠城する浜松城を無視し、武田軍は三方ヶ原方面へ進路を変更した。移動先に祝田の坂がある事を知った徳川軍は籠城から武田へ打って出るよう策を変更する。
しかし祝田の坂を移動中の武田軍は、徳川軍が背後を襲撃しようとした途端、突如として反転して正面衝突したと言われている。

この通説には不思議な点がいくつもある。まず、今も当時の名残を残す祝田の坂は薄暗く、出口に近づくほど狭くなる。
このような場所で一斉反転し、さらに三万もの軍勢が一糸乱れず魚鱗の陣を敷くのは、当時の軍事情を考慮すれば不可能な話だ。
もし信玄が一斉反転を可能とさせたとしても、孫子に記載されている避けるべき地形に近い祝田の坂を戦場に選ぶのは理に叶わない。

また、籠城から攻撃に策を突如変更した時、後詰めの役割を担っている佐久間たちが一緒について行っている事も不可解だ。
後詰めとはいえ、織田軍にとって家康が武田軍を積極的に攻める事に利がない限り、反対する。だが佐久間たちが武田軍の背後を叩く事に反対したという資料はない。

援軍が三千という点も不可解だ。援軍の将である佐久間、平手、水野はそれぞれ有力な武将たちだ。
特に佐久間は光秀と秀吉が台頭するまで、織田軍において最有力武将の地位にいる。
それだけの面子を派遣しながら、合計の兵力が僅か三千では籠城を前提としても心許ない。そもそも信長公記に兵数の記載がなく、他の資料は兵数が一致していない。

それらを考慮した結果、静子はある一つの結論に達した。

(元々万単位で派遣していたけど、武田が落とした城に籠城をしても、城攻めすらせず素通りしても問題ないように、二重の策を敷いていたんじゃないかな)

それは織田の後詰めは複数あった、という事だ。織田軍の後詰めは二万近く派遣された。しかし、それは浜松城一つではなく、浜松城を含む幾つかの城に分けられたと考えられる。
武田軍は浜松城を落とさなければ、尾張・美濃に攻め込んでも常に背後の徳川軍を気にする必要がある。
ゆえに武田軍としては家康が簡単に軍事行動を起こせない程度には叩いておく必要があった。だが浜松城は堅牢ゆえ、籠城されれば簡単に落とす事は出来ない。

城が攻められれば、他の城にいる織田軍が救援に駆けつけるよう、後詰めを分散配置した。
そして状況を理解した武田軍が行動をとれず、釘付け状態にして時間を稼ぐのが信長の作戦だったと考えられる。
いかに冬越えの装備があろうとも、延々と戦い続ける体力は武田軍にはない。軍備が枯渇すれば帰還する以外に選択肢がない。

これならば万単位で後詰めが派遣された、と記載されている甲陽軍鑑や徳川家家臣の資料と辻褄があい、僅か三千で武将たちが浜松城にいた事も一定の説明がつく。
祝田の坂にいる武田軍を、背後から急襲する作戦を家康が言い出しても、佐久間たちが反対する理由はない。
兵が減れば、それだけ岐阜にいる信長の負担が減るし、武田も動きにくくなる。

ひたすら耐えに耐えて、武田が時間切れになるのを待つ、と聞けば情けなく聞こえる。
だが四方八方を敵に囲まれている信長にとっては、この作戦が一番安全なのだ。情けない状態の方が、下手に武田の矜持を傷つけ、再び余勢を駆って攻めてくるような事態にならない。
へりくだって相手が強いと持ち上げてふんぞり返らせている方が、信長にとっては安全だ。

(んー、流石に難しいな)

考えながら静子は駒を動かす。武田軍が魚鱗の陣を敷く可能性は高い。背後を叩けると思った相手が驚いている間に、一気に潰してしまう作戦だと静子は考えた。
これに対して家康が鶴翼の陣を敷いた事は、良く間違いだと言われている。だが静子は必ずしも間違いだとは思っていなかった。
鶴翼の陣は正面で敵の攻撃を受け止め切れる限り、攻防ともに優れた陣だからだ。無論通常は劣勢な側が鶴翼の陣を取るのは愚策でしかない。
敵の動きを制限できる隘路であり、三方ヶ原の戦いの後、浜松城で籠城戦をする事を考えれば、損耗を少なくできるベストとは言えないがベターと言える選択だ。

(こちらはこういう作戦で……こういう通りに……よし、これで完成ね)

全ての棋譜を書き終えた後、静子はそれらを纏めて竹中半兵衛に送る。少しすると竹中半兵衛なりの指摘が入ったものが返ってくる。
これを何度も繰り返して、三方ヶ原の戦いで勝利を収める可能性を高めている。何回繰り返したか静子も覚えていない。

「あ〜〜、疲れた。もう二度とやらないぞ。こういう事は」

肉体的な疲労もそうだが、人がたくさん死ぬ作戦を考えるのは精神的に疲れる静子だった。だが三方ヶ原の戦いでいかなる結果を出すか、それで織田軍の今後が決まる。
信長のためにも、そして自分のためにも、どうしても三方ヶ原の戦いは避けられない。静子は頬杖をつくと、盛大にため息を吐く。

(作戦通りにいったら、状況は一変する。外だけじゃない。織田家の中も色々と変わる。はぁ〜〜、もし今の状態で現代に戻っても、危ない人コースじゃないかな)

既に現代に戻る事を静子は諦めていた。とはいえ、突然現代に引き戻される可能性はゼロではないとも考えていた。だが、既に尾張に来て七年もの月日が経っている。
洋服など今さら着ようとも思わないし、着物でなければしっくりこない。そして懐刀と腰に刀を下げていないと、どこへ行くにも落ち着かなくなってしまった。
戦国時代なら問題ないが、現代で着物に刀を下げていたら間違いなく警察のご厄介になる。下手をしたら頭の病気を疑われて入院措置だ。

「(がむしゃらに働いていたから考えなかったけど、みんなどうしているのかなぁ)母さん、心配しているかな」

「母がどうかしたのかえ?」

「うえっ!」

突然、耳元で声がした事に驚いた静子は素っ頓狂な声を上げる。慌てて声がした方を向くと、イタズラが成功して楽しげな濃姫がいた。

「上の空だったが、何か考え事かえ」

「人の部屋に無断で入らないで下さい」

「何度も呼びかけたが、返事が一向にのうての。部屋で倒れているのではと危ぶんだのじゃ。入ってみればなにやら呟いておるので、耳を傾けていただけじゃ」

「はぁ、もう良いです。悩むのが馬鹿らしくなりました」

濃姫を見ていると、自分の悩みが些細な事に思えてきた静子だった。頭を軽く振って雑念を追い出すと、改めて濃姫に向き直る。

「それで、何のご用ですか? また、何か食べにいらしたのですか?」

「飯を食べに来たわけではないのじゃが。何、まつたちと茶を飲むゆえ、静子もどうじゃと誘いに来たのじゃ」

「それって断れるのですか?」

「断っても良いぞ。その場合、引きずって行くだけじゃからの」

それは実質、断れないと同じではないか、と静子は心の中で突っ込んだ。いっそのこと、子どものように駄々をこねて見ようかと思ったが、変な運び方されても困るので思いとどまった。

「分かりました、付き合います。だからひっつかないで下さい」

「静子の言うすきんしっぷ、という奴じゃ」

いつの間にか静子の後ろに回った濃姫が、静子を優しく抱きしめる。濃姫は静子の肩にあごを乗せると、ネコのように頬をすりすりしていた。

「最初は何を馬鹿な、と思うたが、これが割と良い。殿は恥ずかしいのか、二度とさせてもらえなかったがの」

「まぁ直接的な愛情表現ですからね。私も割と恥ずかしいですよ」

「何も恥ずかしがる事はない。妾は静子を好いておるぞ。そうじゃ、先ほどはなにやら母を思うておったが、寂しいのなら妾を母と思うと良いぞ」

「……かないませんね、濃姫様には。ですが、私の母は濃姫様と似ても似つかないので、それは無理な相談ですね」

「静子も言うようになったの。さて、では向かうか」

背中から離れると、濃姫は立ち上がって茶の間へと向かった。あまりにも早い動きに、静子は一瞬呆然としたが、すぐに理解が追いつくと立ち上がって濃姫の後を追った。

「今日の茶菓子は何かの」

後ろから追いかけてくる静子の足音を聞きながら、濃姫はそんな事を呟いた。
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