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残念少女達の好感度バトル

作者:なまず娘
春うららかな新学期。
真新しい制服に身をつつんだ新一年生が、新しく振り分けられた教室で先生を待っている。
進学校と名高い桃園高校で迎える、初めのホームルームである。新芽のように初々しい生徒達が、緊張と期待の眼差しで先生を迎えるのが普通だ。
しかし、私のいるこの1年B組には、なんとも言えない空気が漂っていた。
ヒソヒソとした話し声。チラチラと投げかけられる視線。
奇異の目に晒されながら、私は真っすぐに黒板を見つめる。
クラス中に注目されているのは理解していた。
だけどこれは、これからを生き抜くために必要なことなのだ。
そう自分に言い聞かせて、私はクラスメイトからの視線に耐えた。
しばらくすると、浮ついた教室の空気を引き裂くように、ガラリと教室のドアが開く。

「ホームルームを始めるぞ」

そう言いながら教室に入って来たのは、容姿の整った若い教員だった。
切れ長の目に筋の通った鼻。糊のきいたグレーのスーツを身にまとい、早足で教卓へと向かう。
イケメン教師の登場に、女子生徒から小さな歓声が挙がった。

「俺がこれから一年このクラスを担任する、松永――」

自己紹介をしながら教室を見まわして、イケメン教師と私の目が会う。
自己紹介の途中だというのに、先生は私の顔を見た瞬間、呆気にとられて言葉を失った。
もちろん、私の美貌に見とれたわけではないだろう。
まちがいなく、私の顔の上に乗ったものを見ての反応だ。

「えっと、お前。――日高梅乃?」

名簿を確認しながら、先生が私の名前を呼んだ。

「はい、そうですが」

名前を呼ばれて、私は平然と返事を返す。

「お前……ソレは一体、なんだ?」

おそらくは、クラスメイト全員が聞きたくて触れられなかった質問を、彼は投げかけた。

「眼鏡です」

きっぱりと私は言いきった。
先生は困惑したように、形の整った眉を顰める。

「百歩譲って、瓶底のような分厚い眼鏡は良いとしよう。その眼鏡の下についているものはなんだ?」
「鼻です」
「……鼻だな。なあ、日高。どうしてお前は学校に鼻眼鏡をつけてきているんだ?」
「視力が悪いので、眼鏡をかけているだけです」

少しもぶれることなく、堂々と私は言いきった。

「その眼鏡もおかしいが、どう考えてもその下の鼻は必要ないだろう」
「眼鏡についているので、取れません」
「……普通の眼鏡は無いのか?」
「この眼鏡しかありません」
「外せないのか?」
「目が悪いので無理です」

矢継早に浴びせられる質問に、きっぱり即答する。
この間抜けな鼻眼鏡は、パーティグッズコーナーで売っているような安物ではない。
度の入った本物の眼鏡に、強力な接着剤で鼻をくっつけた自作品だ。
困り果てたイケメン教師の顔を見て、私は心の中でほくそ笑む。

困っている、困ってる。よし、つかみは完璧だ。
これで、先生の私に対する好感度は、マイナスに動いたに違いない。
春日さんをぶっちぎりに引き離してマイナスだ。
ふふふ、この日高梅乃に勝てると思うなよ。

口元に笑みをこぼしながら、私は彼女が座っているはずの席を見た。
窓際の前から3番目。
その席はいまだ、空席だった。

まさか、初日から遅刻?

なるほど。態度の悪い生徒を装って、教師の好感度を下げる作戦か。
敵も考えたようだ。だがしかし、私の奇抜な鼻眼鏡には敵うまい。
初日から堂々遅刻など、この鼻眼鏡の前では紙切れ同然のインパクトだ。
私が勝利を確信した、そのときだった。

「すみません、遅刻しました!」

愛らしいソプラノの声と共に、再び教室のドアが開いた。
私の鼻眼鏡に気を取られていた教室の視線が、遅刻してきた生徒に移る。

「初日から遅刻とは、いい度胸――」

遅刻者に注意をしようとした先生が、またしても固まった。
遅れて教室に入って来た少女の顔をみて、私の思考も停止する。
さらりと流れた柔らかなブラウンの髪。スタイルの良い華奢で小柄な身体。
美しいであろう彼女の顔貌は、セロテープによって愉快な形に歪められていた。







今からおよそ2日前、私は人攫いにあった。
ショッピングに出かけようと、玄関を一歩踏み出したところで意識を失って、気がつけば真っ白な空間に立っていたのだ。
そこは、まっ白な空間としか表現できない場所だった。
地面も空も白一色。
なんの前触れもなく、そんな奇妙な場所にいた。

その空間には、私の他に二人の人がいた。
一人は、私と同じ歳くらいの可愛い女の子。
もう一人は、胡散臭い笑顔を浮かべた青年。
女の子はこの場所に戸惑っているみたいで、私と同じように不思議そうに周囲を見回していた。
青年は場馴れした様子だった。笑顔のまま、戸惑う私達に説明を始めた。

いわく、彼は神であり、この場所に私達を連れて来たのは彼らしい。
彼は自分の作った新しい世界に招く魂を探していた。
なんでも、出来たばかりの不安定な世界に別世界の人間を呼び込み、その世界の人間と交配させることで、世界が安定するとかなんとか。
常人には理解できないことを長々と説明されたが、つまりは私達に別の世界に行って欲しくてこのへんてこな空間に連れてきたのだとか。

突然そんなことを言われても困る。異世界なんて嫌だ。
私はもちろん断った。もう一人の女の子も当然のように断った。
他を当たってくれと言ったが、神様を名乗る青年は首を縦に振らなかった。
なんでも世界を超えるには条件があるらしく、適合する人間が私達しかいないとか。
少なくとも、二人のうちどちらかが、別世界とやらに行かなければならないらしい。
そこからはもう、凄惨な押しつけ合いだ。
私は絶対に嫌だったし、彼女も絶対に嫌だった。
困った神様は、私達に条件をつけた。

一年の期限を設けて、私達両方を別世界に送る。
そこで一年過ごしてもらい、より世界に適合した方をその世界に残す。
つまり、適合しなかった方は、もとの世界に帰れるというわけだ。

もとの世界に帰れたとしても、一年も時間が過ぎてしまうのは大問題なのだけど、そこは流石神様である。世界を超えた瞬間の状態に戻してもらえるらしい。




そうやって連れて来られたのがこの世界だった。
異世界というから、剣と魔法のファンタジーが始まるのかと身構えていたのだけど、驚いたことに地球とまるで変らない世界だ。
地形も国名も、言語も全部同じ。
新しく作られた世界といっても、今ある地球が枝分かれした世界――並行世界っていうのかな? そういうものらしい。だから、ほとんど地球と変らないんだって。
作られたばかりの世界のはずなのに、歴史とかもちゃんとあって、それが私の知っている歴史とほぼ同じ。

だけど、やっぱりここは私の知っている地球ではない。
この世界に私の家族はいなかったし、私が住んでいた街もなかった。
私は神様に家と戸籍を用意されて、簡単な略歴も教えられた。
その教える方法っていうのも凄いんだ。
直接情報を頭の中に流されるの。びっくりしたとも。
この世界での私の身分は、一人暮らしの女子高生。
この春から、新しく桃園高校に通うことが決まったところらしい。

用意された家は、学校からほど近いマンションだった。一人暮らしにしては贅沢な、1LDKの綺麗な部屋。しかも、賃貸じゃなくて持家だとか。
さらには、生活費としてかなりの金額が入った通帳を渡された。この世界でずっと暮らしたとしても、大学卒業くらいまでは余裕で生活できるくらいの額だ。
神様って、ずいぶんと太っ腹だね。

私と一緒にこの世界につれて来られた少女は、春日桜さんというらしい。
彼女も私と同じように、この世界で生きていく上で必要なものが与えられている。

マンションの中には、基本的な家電や家具も揃っていて、生活するのに不便はなかった。
もっとも、一人暮らしなんてしたことがなかったから、自炊とか掃除とか洗濯とか、大変といえば大変だったんだけど、生きていく上で必要なものは揃っていたわけだ。

問題なのが、つまり、どうやってこの世界に残る人を決めるかってこと。
その判定方法の詳細を聞いたとき、私は頭を抱えた。
私達異世界人の使命は、この世界を安定させるために子孫を残すことらしい。
ようするに、この世界で恋愛して結婚しろということだ。
そういうわけで、私達二人のうちで、より恋愛力が高い方がこの世界に残ることになった。

恋愛力ってなんだよそれ、どうやって計るんだと思ったけど、神様は明確なルールを作ってくれた。
私達が通う桃園高校から、めぼしい男性を数人ピックアップして、彼等からの好感度が高い方がこの世界に残るのだ。
判定基準が分かりやすいようにと、神様は私の携帯に、対象の男性の情報と私達二人への好感度が分かる機能をつけてくれた。

対象となる男性は5人。ざっと情報を見てみると、全員がかなりのイケメンだ。
頑張ってイケメンの好感度を高めてねって、どこの乙女ゲームだよ。

だけど、私はこの世界に残りたくなんてないのだ。
イケメンの好感度を上げるという、ふざけた勝負に負けたい。

ならば、どうすればいいか?
簡単だ。イケメン連中から嫌われまくればいいのだ。
私はもとの世界に帰りたい。
そして、春日さんも同じように帰りたがっていた。
二人の戦いは、どちらがよりイケメンから嫌われるかという勝負になるだろう。

――絶対に負けない。
元の世界に帰るのは、私だ!

かくして、私と春日さんの戦いの火蓋が切って落とされた。





1年B組の教室で、私達は火花を散らしていた。

顔にセロテープを張り付けた春日さんは、勝ち誇った顔で席へと座る。
遅刻をしてきたうえに、顔にふざけたセロテープだ。
私は完全に敵を侮っていた。
春日桜。彼女は恐ろしい相手である。

鼻眼鏡をつけたままホームルームを聞き流し、休み時間に素早く携帯を確認した。
攻略対象であるこのクラスの担任、松永先生の好感度を確認するためである。

日高梅乃:好感度-10
春日桜:好感度-10

驚いたことに、イーブンだった。
鼻眼鏡とセロテープで差し引きゼロだったとして、遅刻してきた春日さんの方が有利かと思ったのだけど、先に私の鼻眼鏡を見ていた所為で、セロテープのインパクトが薄れたんだろうか。
チラっと春日さんを見ると、携帯を構えた状態で悔しそうにプルプルしていた。
自分の有利を確認していたのだろう。ふふふ、そう簡単に負けたりしないよ。




入学式から数日が経過した。
私はまだ松永先生以外の攻略対象に出会っていない。
自分から会いに行くことも可能だろうけど、出会ってしまえば好感度が動く。
マイナスに動くのであればいいが、間違ってプラスに動いてしまう可能性もある。
ならば、しばらくは好感度が動きやすい松永先生にターゲットを絞った方がいい。

どうやら、春日さんも私と同じ考えらしい。
松永先生にターゲットを絞って、嫌われようとネチネチ嫌がらせをしている。
もちろん、私も負けないように松永先生に嫌われるよう努力していた。

私達による精神攻撃で、松永先生の体調が日々悪くなっているような気がする。
松永先生はまだ若い教師だ。授業妨害をしかけてくる鼻眼鏡女とセロテープ女の対応に困り果てているのだろう。
学校に胃薬まで持参しだしたらしいという噂が流れていた。
最近、松永先生に無茶な質問をするたびに、クラスメイトからもう止めてやれよ、というような非難めいた視線が突き刺さる。

いや、同情はするけど止めないよ?
だって、春日さんに負けるわけにはいかないのだ。






入学から二ヶ月ほど経過して、松永先生の好感度がマイナス方向に振りきった。
ぴったり-200に達したところで、ぴくりとも数字が動かなくなったのだ。
なんてことだ。どうやらこの好感度システムには、下限が存在したらしい。

「困った」
「困ったよね」

体育の授業中、春日さんとペアで柔軟体操をしながら、私達は同時に呟いた。
ちなみに、体育の授業などでペアを作らなければならないときは、いつのまにか春日さんと組むようになっていた。
鼻眼鏡やセロテープを顔につけてくる奇怪な女に、友達ができるはずがない。
互いに孤高の存在である私達がペアを組むのは、ある意味必然的な流れだった。

「まさか好感度に下限があるとは……」
「松永先生をいくらイジめても、これ以上好感度は動かないってことだよね」

私達は互いに溜息を吐きだした。
そろそろ松永先生に見切りをつけて、次なるターゲットを探さなければならない。

「まあ、丁度良いタイミングなのかもね。松永先生、職員室の机の中に辞表を入れはじめたんだって」
「マジか。そういえば、最近、思いつめた顔してたかも」
「うん。ちょっと可哀そうだったよね」

春日さんは同情したような声で呟くが、先生を追い詰めたのって私達ですからね。

「せっかくのイケメンなのに、目の下に隈ができていて、もったいない」

こういう状況でなかったら、遠巻きに愛でたいイケメンなのだ。
その美貌が損なわれていくのは、少しばかり心苦しい。

「あれ、梅乃ちゃんって、先生がタイプなの?」
「イケメンだし、良い先生だと思うよ」

担任イジメをしてくる鼻眼鏡女にも、教師として紳士に向き合おうと頑張ってくれた。
好感度がマイナスに振りきれた今も、私達と他の生徒の対応を変えないよう必死に努力してくれているのだ。
けなげな人だ。
好感度が上がると困るので、イジめるのは止めないけど。

「じゃあさ、松永先生の好感度あげちゃいなよ。この世界に残留して結婚しちゃえばいいじゃない」
「馬鹿言わないで。それとこれとは別問題」
「チッ」

春日さんは顔をしかめて舌打ちをした。
油断も隙もないセロテープだ。

「春日さんには悪いけど、私、負けるつもりないよ」
「それはこっちの台詞だよ、梅乃ちゃん。元の世界に戻るのは私なんだから」

バチバチと、私達の間に火花が散る。
なんだかんだで、春日さんとは気があう。
こういう状況でなければ親友になれたかもしれないのに、残念だ。




松永先生の好感度が動かなくなったので、好感度が上がらないよう定期的に先生をイジめつつ、新たなるターゲットを探さなくてはならない。
残りの攻略対象は4人。
さて、誰から好感度を下げようか……。

携帯を触りながら廊下を歩いていると、奥から攻略対象の一人が歩いてくるのが見えた。
何というグッドタイミグ。神様の導きに違いない。

見つけたのは、2年A組の江本ヨウ先輩。
ふわふわのブラウンの髪に、睫毛の長いクリッとした目。
背が156センチしかなくて、女の子のような中性的な顔立ちだ。
私は鼻眼鏡の奥の目をキラーンと輝かせて、江本先輩のところへダッシュした。

「うわ、な、なんだ!?」

ハイスピードで走ってくる鼻眼鏡女に驚いたのか、江本先輩が小さく悲鳴を上げる。
逃げようと身体を翻した江本先輩の後頭部に、走って来た勢いのままラリアットを喰らわせた。

「うごっ!」

ラリアットの直撃を喰らった江本先輩が、顔面から廊下に転ぶ。
江本先輩は廊下に手をついて起き上がると、顔を真っ赤にして私を睨んだ。

「君は誰だ!? いきなりなにをするんだ!?」
「ああ、ごめんなさい。あまりに小さかったから、いるのが見えませんでした」

こういう背の低い系男子は、きっと身長のことを気にしているに違いない。
江本先輩が嫌がりそうな台詞を言ってから、私はムギュっと先輩の太腿を踏んだ。

「痛っ、な、な、なにをするんだ!?」
「なにって……ああ、これ、足なんですか。華奢すぎて分かりませんでしたよ。センパイ、本当に男性ですか?」

悪役のようにくすくすと笑いながら、私はぐりぐり先輩の足を踏む。
妙な鼻眼鏡女に、突然ラリアットをかけられ転ばされ、踏まれたのだ。
これほど屈辱的な行為は無いだろう。

「き、き、君は一体なんなんだ! 僕に何の恨みがある!?」
「恨みなんてありませんけど、先輩みたいな人、生理的にきもちわるいんです。視界に入ると踏みたくなるので、気をつけて下さい」
「――な、なに?」

私の理不尽な物言いに、江本先輩は目を白黒させている。
これで、第一印象は最悪だろう。
私は笑顔を浮かべると、最後に江本先輩の足を軽く蹴ってその場を後にした。






一年B組の鼻眼鏡女が、江本先輩に襲い掛かったという噂は、またたく間に校内を駆け巡った。
江本先輩はその愛らしい容姿から、学園のアイドル的存在だったらしい。
あんな小動物に問答無用で攻撃できるとは、なんて恐ろしい女だ、狂っていると、もっぱらの評判だ。
もともと孤高だった私だが、今回の件でモーセに昇格したらしい。
私が近づくと逃げるように人が割れる。なんだか癖になりそうだ。

授業も終わり、マンションに帰ろうと下駄箱に向かったところで、私は二年生の女の先輩達に捕まった。
ちょっと顔貸しな、というやつだ。
先輩達に連れて行かれたのは、人が来なさそうな体育館裏。
何をされるか予想がついた私は、心の中で小さくため息を吐いた。
相手は4人。喧嘩になって……ぎりぎり、勝てるかな?

「どうしてここに連れて来られたか、分かってる?」
「江本先輩の件でしょうか」

イケメンに好かれてファンから呼び出されるというのは定番だが、イケメンをいじめてもファンから呼び出されるらしい。

「分かっているなら話は早いわ。あなた、何を考えてるの? あんなに可愛い江本君に暴力をふるうだなんて!」

何を考えているかだって?
もちろん、どうやったら江本先輩から嫌われるかを考えている。

「あなたみたいな野蛮人が、この学校に通っていることが恐ろしいわ」
「二度と江本くんに近づかないで!」

口ぐちに先輩達がそう叫んだ。
近づかないと宣言することは簡単だけど、そうなると好感度を下げられない。
私はどう返答するべきか迷った。
私がすぐに答えられずに黙っていると、先輩達はますますヒートアップする。

「なんとか言いなさいよ!」
「そのふざけた眼鏡も取りなさいよ、忌々しい」

先輩の一人がそう叫ぶと、私の鼻眼鏡に向かって手を伸ばした。
駄目だ。この鼻眼鏡は私の砦なのだ。
破られるわけにはいかない。
私が抵抗しようと、手を伸ばしたその時だった。

「やめるんだ!」

突然、第三者の声が割って入った。
その声を聞いて、先輩達の表情が変わる。

「え、江本くん!?」

息を切らして体育館裏に駆けつけたのは、私が昼にいじめた江本先輩だった。
え、なんでこの人が来るんですか?

「どうしてここに?」
「君達が日高さんを連れていったって聞いて、止めに来たんだ」

まて。どうして私の名前を知っている。
名乗った覚えはないんだけど。

「どうして止めるの。この鼻眼鏡女が、江本君に暴力をふるったのよ?」
「だとしても、暴力に暴力を返してはいけない。一対多数なんて、もっと駄目だよ」

ああ、なるほど。
江本先輩は正義感の強い、平和主義者というやつだろうか。
私ではなく、自分のファンが問題を起こすのを心配してここに来たんだな。

「それに、僕のことで君達が怒るのは筋違いだよ。自分のことはちゃんと自分で始末をつけられる」
「でも……」
「心配してくれるのは嬉しいよ。でも、僕は彼女に話があるんだ。君達は先に帰ってくれないかな」

江本先輩の言葉に、彼女達は目を丸くした。

「そんな! こんな女と二人きりなんて、危険よ!」
「大丈夫だから。ね、お願い?」

江本先輩は、可愛らしい上目遣いでお願いした。
先輩達は江本さんぱいのお願いには弱いらしく、心配そうに何度も振り返りながら立ち去った。
江本先輩、ファンの扱いには慣れているなあ。
先輩達がいなくなったのを見計らって、江本先輩は大きくため息を吐きだした。

「僕のことで煩わせてしまって悪かったね」

謝罪をされて私は怯む。
なにこの人。昼間に私にされたこと、覚えてないの?
まさかとは思うけど、今のイベントで好感度上がってないよね?

「まったくです。それに、先輩に助けられなくても、あれくらい一人で対処できました」

先輩の好感度を下げるべく、私は冷たい視線で江本先輩を睨む。

「女性にチヤホヤされてアイドル気取り。さらには正義のヒーローにでもなったつもりですか? ご立派なことで」
「っ――!」

私が厭味を言うと、先輩は傷ついたように小さく震えた。

「よ、余計な手だしをしたのは悪かった。謝る。だから……」

屈辱に耐えるように顔を赤くして、真っすぐに私をみて叫ぶ。

「だから、もっと僕を罵ってくれないか!?」
「――は?」

耳が悪くなったのだろうか。
いま、この人はなんて言った?

「今日の昼、僕は衝撃を受けた。初対面の鼻眼鏡をかけたふざけた女性に罵られるなんて、初めてだったんだ」

それはそうだろう。
こんな鼻眼鏡をかけた女が他にいたら驚きだ。

「僕はこんな鼻眼鏡女以下の存在なのかと思ったら――背筋がぞくぞくした」

先輩は興奮に顔を赤らめながら言った。

「だから頼む。もっと僕を踏んづけて罵ってくれ!」

な、なんてことだ。
江本先輩はマゾ属性の変態だったのだ!

「お断りだ、この変態!」
「ああっ!」

咄嗟にとび蹴りを喰らわすと、江本先輩は恍惚とした表情で地面に崩れ落ちた。








――やってしまった。

私は携帯電話で好感度を確認しながら、がっくりと肩を落とす。
江本先輩の私に対する好感度は、80まで上がっていた。
たった一日で80だ。
松永先生の好感度を最低にするのに二ヶ月かかったというのに、なんて早さだ。

マゾ怖い。
まさか、この鼻眼鏡が好感度を稼ぐ役に立つとは思わなかった。
これを見れば誰もが逃げ出す最強の楯だと思っていたのに。

「はあ、春日さんに差をつけられちゃったなあ」

80ポイントの差は大きい。
しかも、江本先輩に気に入られてしまったようだ。
これからさらに好感度が上がるかもしれない。
どうやってこの差を縮めればいいか――そう思って、好感度一覧を眺める。

「あれ?」

よく見ると、好感度一覧に変化があった。
まだ私が出会っていない、一年D組の黒野幸樹くん。
彼の春日さんに対する好感度が、なぜか増えているのだ。

――どういうこと?








翌日、私は江本先輩に出会わないよう、おっかなびっくり登校した。
先輩の好感度を上げるきっかけとなった鼻眼鏡はポケットに入れている。
江本先輩相手には、あの楯は逆効果である。
だがしかし、自分でいうのもなんだけど、私の容姿はわりと良い方なのだ。
他の攻略対象に会ったときには、さっと鼻眼鏡をつけられるようにしておきたい。

私が教室に入ると、クラスメイトがざわついた。
驚いたような目で私を見て、ひそひそと小声で会話している。
ああ、そういえば鼻眼鏡をはずして登校したのは初めてかもしれない。
教室内をざっと見まわす。
と、自分の席で絶望に打ちひしがれている春日さんを見つけて、目を見開く。

「春日さん、どうしちゃったの!?」

私は慌てて春日さんに駆け寄った。
今日の春日さんは、顔にセロテープをつけていなかった。
いったい、何があったというのか。

春日さんは私の顔を見て一瞬驚いたあと、泣きそうな顔で私の名を呼んだ。

「梅乃ちゃん……わ、わたし、昨日黒田くんに出会っちゃって――」
「桜!」

春日さんが言いかけた瞬間、教室の入口から大声で春日さんの名前を呼ぶ声が聞こえた。

「桜、俺と一緒にお笑い芸人を目指そう!」

わけのわからないことを叫びながらこちらに向かって突進してきたのは、攻略対象である黒田くんだった。
春日さんは黒田君の顔を見ると、怯えたように身を小さくする。

「嫌だって言ったじゃない。こっちに来ないでよ!」
「君には才能がある。周囲の目を気にせずに変顔を貫けるその姿勢。俺は感動した!」
「私は芸人を目指して、セロテープをつけていたわけじゃないの! そ、それにほら、今日はもうセロテープはつけてないでしょう?」

春日さんは困り果てた表情で必死にそう訴えた。
セロテープをつけていない春日さんは、小柄なかんじの美少女だ。
正面から春日さんの顔を確認した黒田君は、頬を染めて言った。

「素顔は可愛いんだな、桜」

あ、今、絶対に好感度上がった。

「ますます気に入った。桜、君はその愛らしい素顔を歪めてまで、周囲に笑いを振りまこうとしていたんだな。素晴らしい!」
「いやあああ、誤解よ。近づかないで!」

黒田くんの反応に、春日さんは叫びながら教室を逃げ出した。

「待ってくれ、桜!」

黒田くんは春日さんを追いかけて走り去っていく。
今のやり取りで、何があったのかなんとなく察してしまった。
ライバルの失敗を素直に喜べないのは、きっと、私も同じような状態にあるからだろう。
江本先輩対策、どうすればいいんだろう。


――私達の泥仕合は、まだまだ決着がつきそうにない。
一発ネタだから続かないよ!

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