第8話 ノア ①日常 /アンダー4ヶ月目
「子供か…」
速水は最後のカードを切り、呟いた。
これで上がり。ジジをめくる。
ジジは予想通り。ハートの二だった。
今、ノアはベスをなだめに個室に入ったところだ。
ここへ来て約四ヶ月。ベスの経過は順調だ。
「どうした?」
レオンがジジを受け取り、残った一枚、スペードの二と合わせ、カードの山に合流させる。
そして混ぜ始める。
「いや…、何とか、生まれた子供を、外に出せないか?ここで生まれたら…多分」
速水は言った。
「運営に、持って行かれる…って事か」
レオンもそれは分かっていたようだ。
速水は頷いた。
「と言ってもこの状況じゃな。産休が貰えただけラッキーだ」
そしてレオンがつらつらと、今の状況を呟く。
…ステージは十日とか七日に一回で『スクール』時代より余裕があって暇。が、ショーケースの準備、練習、レッスン。
それ以外に面倒な仕事の呼び出しがままあり、部屋を出る時は全て目隠し手錠、おまけにガスマスク二、三枚付き。窓も無い四人部屋で、食事は毎度ガスマスクが運んで来る。メニューは豊富だが味は微妙。
救いはマウスとコックローチが余裕で通れる換気口と、エアコン。あとバスタブ付きのシャワールーム、個室トイレ、小さい冷蔵庫があるって事か?これは結構贅沢だな…。
「…ハァ」
一度に言って溜息でしめる。もちろんヤバイ感じの換気口は普段、塞いである。
…いくつかあるので大丈夫だ。
「ハッキリ言って監禁状態。お前、これでどうするって言うんだ?というか、また聞くが。この部屋、本当に盗聴器とか無いんだよな?」
「無い。エリックに調べて貰ったし、俺も探した」
速水はきっぱりと言った。
カメラ及び盗聴器は無い、と速水が太鼓判を押したのは、ここに来て一週間ほどの時だ。
「…お前、やたらエリックを信用してるけど、エリックも運営の人間だぞ?『スクール』にいたとは言え…あのゲテモノの例もあるし、怪しい」
レオンはカードをそろえつつ、至極正論を言った。
ゲテモノ、ことウルフレッド・ミラーは、『スクール』でサラと速水が肉体関係を持ったという、嘘の告発をした張本人だ。
そしてどうやら、ネットワークの運営の中でも、それなりに発言権を持つ人物らしい。
「あの変態、お偉いさんのお気に入りって感じだが…実際何なんだ?」
レオンは速水に尋ねた。
ここで今、ウルフレッドと関わりがあるのは、速水だけだ。
まだ速水のナイフ講座は続いていて、おかしな師弟関係が出来上がっている…。
「何って…」
速水は呟いた。
そして、手元に来た、一枚のカードを見た。偶然だがエクストラジョーカー。
カラーが白黒なトコ以外、どことなく全てが奴に似ている。
速水は舌打ちした。
あやうく握り潰しそうになった。
…。あのゲテモノ。ハンデに利き手じゃ無い右手でやってあげる、とか言って、やっぱり当然両利きだったとか。勝てる訳が無いだろ…!
そして最後は決まって…あの最低最悪な『ナ』の付く憎きペナルティ。何がレッスン料だ…!
(──あの豚野郎、今度こそ殺す──!!)
そう心に決めつつ、速水は続ける。
「本人が、ジョーカーと『お友達』だって言ってた。…あいつ、意外に単純だから。あと別に口止めされてないって言ってたし…」
殺意を押さえ、何となく速水は言った。
運営の情報については、ウルフレッドは聞けば攻略条件ありだが、限りなく教えてくれる。
一体何が目的だか。
速水は『さあ!私達と一緒にダンスで世界平和を──』のくだりはいつも無視している。
下らない誇大妄想だ。
おい、無駄に睨むな…とレオンが言ってきた。
少し目つきが悪かったらしい。
「ん?その話は初耳だな?」
そしてレオンが首を傾げた。
「ああ、そう言えば…」
そう言えば速水は、ウルフレッドがネットワークのトップと直に通じていたという事は、レオン達に話していなかった。
「一応、情報は共有させてくれよ。お前がシャイなのは分かるが。こっちも付き合うのは命懸けだからな」
レオンが苦笑しつつ言った。
「で…そもそも、どう言う経緯だったんだ?コレ」
そしてレオンは机の上の『ある物』を指さした。
気になってたんだ、と続けた。
「ん?―ああ。俺はさっさと出たいから、色々勝手に画策するって言った。それで、『そう言えば、あの部屋って、盗聴器とかあるのか?』って聞いた」
「ハヤミ、お前…馬鹿だろ」
レオンは集めたカードを机にばらけさせた。
『内緒話はご自由に。それがジョーカーの方針。プライバシーって大切よね』
正直馬鹿な事を言った速水は、散々伸された後にそう言われた。
もちろん頭を踏みつけられながら。
「…って。その後、俺はじゃあ念のために確認するから、エリックに道具買いに行かせてくれって、まあそう言った」
『信用できるか馬鹿!―エリックを呼べこの豚野郎!』
そしてこの部屋の盗聴器は完全消滅した。
レオンは溜息をついた。そして目線を左へ。
速水がそのついでに、エリックに買ってきてもらったサイフォン。これで速水は、毎朝やたら美味い珈琲をいれていた。それほど場所は取らないので、大抵ここに置いてある。それはさて置き。
「で、結局どうするんだよ」
「さぁ…」
速水は何も考えていないようだった。
「さぁってお前」
「だって、カードが足りない…。手持ちが少なすぎるんだ。仲間を増やすか、敵を減らすか…」
敵を減らす事は不可能に近い。
あまりにネットワークは巨大な組織で、自分達は監禁状態。
力では叶わない。
「ナイフだって、殺せて三人…五人は行けるか?」
でも、雑魚を殺しても、仕方が無い。
速水はそう言った。
「…仲間を増やす事は出来る──けど、時間も掛かる。今から始めたとして、実行まで、奴らに気づかれては、いけないし…」
「何で、気づかれたら駄目なんだ?」
レオンは反射的に聞いた。
「そんなの、妨害されるに決まってる。画策は自由だけど行動は制限あり」
「じゃあ、どうするんだ?」
レオンは少し笑った。
こいつが──、今度は何を言い出すのか。
「エリックに頼んでも良いけど…バレバレだな。それに、赤ん坊が生まれて、金髪とか、ノアにそっくりだったらどうしようも無い」
速水はお手上げ、と言うように。少し伸びをする。
「げっ。確かに、そうだな。一応、お前の子供だったら、って話だった…そうなると、本気で逃がさないとマズイかもな。と言うか、お前のスポンサー怒らないか…?」
レオンは言った。
―あなた方の援助で生まれましたが、違いました。…それは怒るだろう。
「考えるなら今しか無い。生まれる前。レオン、あとノアも何か考えろ。サボるな」
それには答えず。速水は左斜め後ろのノアに言った。
さっき個室から出て来たノアは、自分のベッドに座り足をブラブラさせている。
「だって、もう速水が考えれば?レオンより断然マシ」
レオンは苦笑した。
「まあ…そうだな。おい、ハヤミ、生まれる前って、ベスごと外に逃がすか?」
速水は顎に指を当て考える。
母子共に、…。
「それが出来れば最高だけど…けど、厳しいな…ここで産むって条件だし、外に出てもまた捕まる」
そして捕まれば、ペナルティと言う名の、平和な拷問行きだ。
「だから、必要なのは。意外な切り札。トランプだと、ワイルドカードか、いっそジョーカー?」
速水が呟く。
「―意外な?俺…、馬鹿だけど考える。ベスと、ベスの為に」
いつも暇そうなノアだが、今回は真剣だ。
―ベスとベス?
ノアの言葉に、速水とレオンは首を傾げた。
ノアはベッドから、バッと立ち上がって両手を広げた。
「──名前!決めたんだ。女の子なら、エリザベス!」
「ってお前、ベスと同じ?」
レオンが言った。
「だって、俺はベスが好きなんだ。これ以上の名前なんて思いつかないよ!―それで、男の子ならノアか、…ハヤミにする!」
ノアは笑って速水を見た。
速水は目を丸くした。
「ゴメン、ハヤミ。サクじゃサックみたいで、語呂が悪いから」
ノアはそう言った。
そして微笑む。
「俺もベスも、君に…すごく感謝してる。きっと明日もあさっても、一生だってね」
「…え、ああ。えっと…」
時間だから、そう言って速水は立ち上がった。
■ ■ ■
部屋をガスマスクと一緒出た速水は、狭い一室で監視されながら、メールを確認していた。
しつこく頼み、昨日。ようやく隼人とのメールが許された。
許可を得た速水は、ベスの妊娠を真っ先に隼人に報告した。
…そうしないのは不自然だからだ。
隼人からの返信はこうだ。
『おめでとう、朔!とにかくおめでとう!!いや本当におめでとう、思い起こせば君が小学四年の頃、初めて会ったころ君はものすごく無愛想で、ちょっと心配になるくらいコミュ障だったよね。その君に好きな人と子供が出来たなんて!!君が父親になるんだな、いまだに信じられないけど、祝福させてくれ!!圭二郎も「そりゃめでたい!」って言ってお祝いに新作ケーキどっさり作るって意気込んでいたよ。もう一度、心から言うよ、おめでとう』
速水はキーボードを叩いた。
『ありがとう。喜んでくれて。正直不安だった。急だったし。…生まれて落ち着いたら、帰国して二人を紹介するから。──あと圭二郎って誰だ?』
「返事はこれで良いか?」
「―」
側のガスマスクが頷く。
そう打ち返す。
そして速水は退出する。
■ ■ ■
速水が出て行った後、ノアとレオンはくつくつと笑っていた。
「見た?あの速水の顔。耳まで真っ赤だったよ」
「あいつも人間だったんだな」
「レオンは何だと思ってた?俺は悪魔」
「まあ、カラスか?」
「こら。明日ステージでしょう。ノア、もう寝なさい」
ベスが個室から出て来た。
「…あ、ごめんもう寝る。レオン俺、先風呂入っていい?」「ああ」
レオンに聞き、ノアは立ち上がった。
「あら?速水は…、今メールしてるの?」
ベスが速水のスペースを見て言った。カーテンが開いている。
速水はシャイなので、ここに来て以来、ほぼずっとカーテンを閉めているのだ。
「ああ。それにしても、運営もハヤミには甘いよな」
レオンが苦笑した。
「やっぱり…仲間に、引き込みたいんじゃないかしら」
ベスは椅子に座った。
「まあ、そうだろうな…。あわよくば、か」
「今、あとどれくらいなの?」
ベスがチームの状況を尋ねた。
レオンが手のひらほどの端末を取り出す。
画面に触れるとプール金、勝率。勝ち数、順位が表示される。
「…貯金は、かなりたまってるな。ハヤミのおかげで。けど、ここに来て四ヶ月か…先は長い」
「ノルマの、五十勝までどのくらいの計算?」
「負け無しならあと一年くらいか…。が、三人だと厳しいな。順位上げて出た方が早いのかもしれないが…、それだと一位限定だしな…」
レオンはうーんと唸った。
ここから出る方法は、主に二つ。
一つは、ひたすらダンスバトルし、ノルマの五十勝をクリアする事。
しかしステージは五日から十日に一度くらい。…どうしても時間がかかる。
二つ目は、総合成績で一位になる事。
メンバーの金持ちが、各試合ごとにダンサーに使った金は全て集計され記録されている。
エース、ジャック、クイーン、キング。
要するに『とにかく四人で稼げ!世界平和のために!』と言うことだ。
そして総合成績で一位にして、最後に二位のチームと闘い勝てば出られる。
これは…チームが二百以上ある現状で、総当たりは無理だから、と言う事らしい。
試合のスケジュールは、レオン達にしてみれば週に一回程度だが、ほぼ年中無休で行われているらしい…。
それ以外にもいくつか裏技がある様子だが…。
例えば…見込まれて運営に入る、と言うのもここから出る方法の一つだ。
おそらく速水は狙われている。
と言うか、そもそもの発端はジョーカーの指示での誘拐だし、あからさまだ。
また、速水のように見込まれ無くとも、ここでの生活に嫌気がさし、出られる見込みも無いので、とにかくガスマスクになったと言う者は多いらしい。
絶対服従だが、『一応』自由にはなれる。
レオン達はここへ来た直後、説明係のガスマスクに聞かされたが、あまり良い方法とは言えない。
さらに言えば、もっと良くない方法だってある──。
「今、何位?」
ベスは聞いた。
「239中、102位。全然だな、が、四ヶ月目にしちゃ相当いいぞ」
レオンが答える。
…速水の演技がオーバーで良かったとレオンは思う。
おかげで一気に貯金が貯まり、順位が何もせず八十は上がった。
「やっぱり、勝ちもそうだけどファンサービスが大きいのね…。私も復帰したら頑張るわ」
「まあ、ゆっくりでも良いんだ。気長にすればいい」
どうせ一年では出られないだろう。
レオンはベスを見た。
「ベス…子供の事だが。俺たちで、…実際は速水がだが―、何とか生まれてすぐに外に出す方法を考えてる。だから心配するな」
「…、」
ベスがはっとした。
「それと、例の事だが──、まずったな」
レオンは頭をかいた。
「例の事?」
「ほら、速水が…」
「レオン、例の事って何だ?」
レオンの後ろに速水がいた。
レオンがガタン、と椅子を鳴らして驚いた。
「っ!!驚かすな…っ!!」
「あら、お帰りなさい、ジャック」
ベスが立ち上がる。
速水は微笑み、ベスの赤い髪にそっと触れた。
「ただいま、クイーン。…髪、伸びましたね」
「そうかしら…」
「良く似合って―」
「―イチャイチャするなよ。それ今朝もやっただろ」
風呂上がりのノアが出て来た。予感したらしい。
速水はクスっと笑った。ベスはクスクスと。
丁度ノアが出て来るタイミングだったので。──そう言う事だ。
「レオン、先入るか?」
速水はスペースのカーテンを外から閉めつつ、レオンに聞いた。
今度はノアとベスがイチャイチャしている。
「ん?ああ」
レオンが立ち上がった。明日はショーだ。
「出たら声かけてくれ」
速水は言って、カーテンに入る。
「ん」
いつも通りの光景だった。
〈おわり〉