第14羽 MD ③ミニィ
――レオンとイアン立ち上がり、アルヴァがパソコンの電源を落とそうとしたその時。
『待って!』
画面の向こうで、アビーがイアンを制止した。
『なんだ?』
イアン達が、アビーに注目する。
「どうした?」
レオンも立ち止まって画面を見た。
『…パパからメールが来たの』
アビーが困惑した様子で、携帯を見ながら言った。
「メールだと?…っ脅迫か?バーダーか?」
耳を疑いつつも、レオンはジョーカーが何かまた仕掛けてきたのだろうと思った。
ハヤミ達と何かを交換か、それとも、もっと達の悪い――?
アビーが読み上げる。
『ええと。『――ベガスで歌のジャックが待ってるから、来い。来たら空港の閉鎖を解いてやる。馬鹿犬は必ず連れて来い、ぶっ殺す』』
「なっ」
レオンは絶句した。
詰まるところこれは、歌のジャック返還のついでに、自分の娘に手を出した犬をしかりつける、という目的のメール。…間違い無くそのままの意味だ。
いや、確かに家族だが…家族だが!
このタイミングで、こんな私的なメール、するなよ!
レオンはもはや呆れ半分に、こんなフランクなラスボスがいて良いのか?と思った。
『私は行くわ』
アビーが敢然と立ち上がる。
「『おい、待てっ!!』」
レオンとイアンの声が被った。
■ ■ ■
ジョーカーがアビーとウルフレッドの関係を知ったのは、四月一日の朝だった。
つまり昨晩、アビーがメールで。
『パパ、私達、来月結婚するわ。五月七日。二人が出会った記念日なの♡』
とツーショットの写真付きでメールした、その結果だ。
レオンとイアンは、アビーは父を憎んでいると思っていたが、それは思い違いで、クリフ、ベイジル曰く、実はそこまで仲は悪くは無いらしい。
アビーのメール履歴を確認したイアンが『まるで反抗期の娘と、その父のやりとりだな』とぼやいた。
クリフ曰く、アビーはアンダーにいた時から、明らかに別格の扱いで、だから『クイーン』と呼ばれていた…。
二月末、レオンはアビーがジョーカーの娘と知り、ブチ切れていたが、ノアに諭され考え直した。
会って話をし、速水に夜這いを掛けてたらし込む予定だったらしい事も踏まえ、改めて組むかを考えた。
確かに今回は致し方なかったかもしれない。だが、今後、アビーがどういう駒になる?
ジョーカーの娘という点が、かえってマイナスになるかもしれない。
……例えば今後、歌のアンダーでアビー達と関わりのあった人物を人質に取られでもしたら?
アビー、クリフ、ベイジルはあっさり裏切るかもしれない。
レオンは、その場合は人質は見捨てると言った。
三人は了承し歌のジャックの件に関してはアビーが自分で何とかすると言った。
何とか、それがつまりメール作戦だったのだ。
約束から約一月後、今のタイミングでその駆け引きを行うのは、なるほどジョーカーの娘だ。
…実はウルフレッドと結婚の日程を相談したり、結婚の準備をしていた等でない事を祈る。
そのアビーが言うには。
絶対にパパは自分を愛していない。偽装を指示されて、ハウスに押し込められて、滅多に会いに来なかった。
写真でしか知らない、ノアと言う金髪の、双子の兄の方が可愛いに違いない。
アビーは銀色の髪をつまんだ。
「…だって、ママにそっくりなノアと違って、私はパパにそっくり。だからパパは私を好きじゃ無いんだわ…」
――つまり、ジョーカーはアビーを父親として気に掛けていて、アビーが一方的に、父の仕打ちに怒っているという構図か?
レオンはそう言った。
「…クリフ、ベイジル。レオン。イアン。あなた達は、まだパパの恐さを知らないの」
アビーは、憂いを帯びた目でそう言った。
「……?」
レオンは会話を聞きながら、自分とイアンはともかくそこにクリフ、ベイジルが含まれているのを少し不思議に思った。
■ ■ ■
――レオンはパソコンの画面を見た。
イアンの病室は個室で、一般的な病室だが、シンプルなデザインのソファー、テーブルセットもある広々とした部屋だった。
ノートパソコンは食事用ベッドテーブルに置かれていて、先程角度を変えて、今はほぼ横を向けて置かれている。
パソコンのカメラの真ん中に映っているのはアビーだ。
アビーはベッド横に置かれた丸い一本足の木製テーブルに、ピンク色のノートパソコンを置いて、一人掛けのソファーに座っている。
その後ろに水色の三人掛けソファーがある。白い壁にはおだやかな風景写真が掛けられていた。
クリフはベッドの端イアンの足元あたりに腰掛け、こちらを覗き込んでいる。
今は見切れているが、クリフの背後にはベイジルがいるようだ――今ちょうど、ベイジルがソファーへと移動し腰掛けた。通信は良好で、病室の画像と音声はほとんど遅れていない。
『―ところでクリフ。馬鹿犬を知っているかしら?』
突然、アビーが少しずれた調子で言った。
へっ?とクリフが素っ頓狂な声を上げた。
『私はその犬を探して、連れて行かないといけないの』
『そ、…それは多分、アビーの彼氏の、ウルフレッドさんじゃないかな?』
クリフが苦笑いをして言った。
『まあ、ダーリンっ?』
アビーは目を丸くした。
しばらくアビーは、衝撃を受けた様子でうつむいていた。
『……やっぱりパパとは絶交するわ』
『アビー、ちょっと落ち着いて!』
立ち上がったアビーをクリフがなだめる。
『出て行くにしても少し待て。一人では危険だ』
ベイジルが通路をふさいで、静かに言った。
『でも』『そうだよ、危険だよ』
『でも』『危険だ』
『…わかったわ』
結局アビーは大分むくれながら座り、ウサギのぬいぐるみを撫でた。
「おい。イアン。空港で暴れてるゼロワン共と、ネットワークはグルなのか?」
画面越しに見ていたレオンは、イアンに尋ねた。
ノートパソコンの側で、イアンが首を振った。
『―いや。ゼロワンとネットワークは敵対している。だが、今回の奴らの暴動にはタイミングからしても、おそらくジョーカーがからんでいる』
レオンは忌々しい、と髪をかき上げた。
「ノアとハヤミの情報を流したとか、そんな所か」『ああ』
レオンの言葉にイアンが頷く。
『……レオン。どうする?行かせるか?』
イアンが言った。
「ハァ。行って来たら良い」
レオンは少し投げやりに言った。
協力するとは言った物の、この三人、イアンも含めた四人は遊軍扱いだ。
プロジェクトの施設はアメリカ全土に散らばっている。
これから速水とノアを救出するなら、空港は使えた方が良い。
「だが、コロラドからベガスまでか――遠いな」
レオンは言った。
…現在レオンがいるのは、アメリカの西の端、カリフォルニア州の、ロサンゼルス空港近くの病院。
アビー達はコロラド州デンバー。
アビーの目的地、ラスベガス―マラッカン空港はネバダ州にある。
州の並びで行くと、西から、カリフォルニア、ネバダ、ユタ、コロラドの順だ。
もちろん空港が使えれば数時間だが、デンバーから陸路で移動するなら、レオンの方がまだ「多少」近い。
レオンは顎に手を当てた。
…ゼロワンがうじゃうじゃしているのは、ジョーカーの嫌がらせか?
――いや。違う。
ジョーカーと……。
「……」
何故かゼロワンも速水を欲しかっただけだろう。
「アビ…」
『まだ閉鎖されてるのは、カリフォルニアとネバダ、あとはシカゴだけね』
レオンがアビーを呼びかけたとき、アビーが呟いた。
アビーは自分のノートパソコンをいじっていた。
『ベイジル。飛行機のチケットが取れないかしら?どこが使えるのかしら』
アビーはよく分からないらしい。首を傾げた。
ベイジルが画面を見てアビーの補佐を始めた。
『―ベガス行きは全便欠航している。使えるのは…チャーター機くらいだろう。迎えは無いのか?』
『さすがにいらないわ』
アビーが少し頰を膨らませる。
「迎えが貰えるなら貰っとけ」
レオンはやけになって言った。
そして、目線を外した。
まさか……あれが。ベガスにいるのか?
『…祝福の一つも無いなんて。……やっぱり……私は愛されていないのね』
アビーがあきらめたように、一人溜息を付いた。
『どうでも良いから、早く出発してくれ』
イアンは苛立っている。
「…アビー。ミニィに聞きたい事がある。彼女を呼べるなら呼んでくれ」
レオンはパソコンに向かって話しかけた。
『…今、?』
アビーが首を傾げる。
「ああ。別れる前に確認したい」
アビーは頷き、ミニィ、おいで、と言ってウサギを手放した。
■ ■ ■
『あの……何か御用でしょうか……?』
ミニィは非常に大人しい性格だった。アビーと違い、常におどおどしている。
銀髪に、紫色の瞳、ツインテール。…外見は同じだ。
レオンは溜息を付いた。
…超能力。レシピエント。
全く眉唾……だったんだがな。
――レオンは速水とノアが、今まさに、さらなる力を目の当たりにしている事を知らない。
「ミニィ。サラから新しい伝言は無いか?」
画面越しにレオンが質問をした。
『……は、はいっ…、キング、ございません』
ミニィが恐縮した様子で答える。
スクールの運営だった女性、『サラ』は特別な力を持っていた。
レオンはアビーのもう一つの人格を経由し、サラから一方的な情報を受け取っていた。
シカゴでノアにゼロワンの接近を警告できたのは、そのおかげだった。
…と言っても実際に手紙を置いたのはレオンの仲間の情報屋の一人、テリーという人物だ。レオン達はゼロワンとは浅からぬ因縁があって、シカゴに近づけない。
レオンは思い出した。
『ノアに危険が迫っています。救出して下さい』『シカゴ』
…いきなりそう言われてどう準備しろと?
おかげで速水もノアも攫われた。
しかも伝言があったのは今の所それが最後という、芳しくない状況だ。
レオンは電話やメールの方が早い、アドレスでも聞いて、こちらから連絡して詳細を聞けないのかと言ったのだが、ミニィ曰くサラのメッセージは「とても聞こえが悪い」状況らしい。
……電子機器を使わずに会話する力。
レオンはサラのメッセージは、いわゆる「テレパシー」のような物だと考えていた。
アビーのシャドー『ミニィ』は受信は出来るが、発信は出来ない。まれに送られてくるメッセージをレオン達に伝えるだけだ。
得体の知れないメッセージを受け取る、『シャドー』とは一体何なのか?
レオンは『ミニィ』へストレートに、疑問をぶつけた。
「君達について聞かせて欲しい。君は一体、何なんだ?」
『……私達…?』
「シャドーってのは、どういう物だ?ハヤミに関係あるのか?」
レオンが言った。
三月二十四日。
レオンとウルフレッドが速水のアパートへ行った時、アパートの下でレオンの仲間達が伸びていた。
レオンは速水をエリックに任せたが、だからと言って放置していた訳では無い。
―『サク・ハヤミはレシピエントでした。さらいます』…では困るのだ。
「そいつらは明け方、外に出てきたハヤミに笑いかけられて、一瞬で気絶させられたらしい。それにハヤミは、自分が公園でカラスとダンスした事を覚えていなかった。…これはハヤミの中のもう一つの人格、『シャドー』の仕業じゃないのか?」
…護衛の件は、速水が監禁された腹いせにぶん殴った…とも考えられるが、顔見知り相手にさすがにそれは酷すぎる。
仮にそうだったとしても。その後、公園でノリ良く踊って動画を撮られて、お辞儀までして――覚えていません。それはおかしい。
レオンはミニィにそう言ったが、ミニィは首を振った。
『……も、申し訳ありません。私は、サク・ハヤミについては何も存じません』
ミニィはおどおどしている。
「……シャドーってのは何なんだ?」
『……わ、わたくしは、クィーン・アビーのシャドーと呼ばれていますが、実際は、不幸な境遇によって分裂してしまった、アビゲイルのもう一つの人格です。ミニィと言う名前を頂いただけの…。……あの、もう消えてもよろしいでしょうか……?』
彼女は周囲を気にしているようだ。
「ああ」
レオンは言った。
ミニィが目を閉じ、アビーが目を開けた。
「アビーか?君はミニィと頭の中で会話が出来るんだよな?」
レオンはアビーに確認した。
『ええ。彼女は恥ずかしがり屋で、あまり外に出たがらないの』
アビーが言った。
「もう一度聞くが。本当に、彼女はサラを知らないんだよな?」
レオンが言った。
『ええ』
アビーが頷く。そして目を閉じた。
『―確かに。ミニィは、サラという人物に、心当たりが無いと言っているわ』
では、ミニィはサラのメッセージを何だと思って伝えたのか?
これはその時のミニィの説明によると。
「……危険という、メッセージを…受け取ったのです。その声は『サラです。ミニィ。ノアに危険が迫っています。救出して下さい』と言って、途切れました」だ、そうだ。
アビーはこんな事は初めてだと言うし、対応に困ることこの上ない。
「アビー、君はシャドーは何だと思う?彼女は本当に君の、もう一つの人格か?」
レオンは言った。
アビーは少し瞬きをして、どこかを見た。
「……分からないわ。だけど。私が知らない事を、ミニィは良く知っているの」
アビーが言った。
「ある日、先生が、私がハウスで見た事が無かった、水車という物を説明した…。私は知らなかったけれど……、ミニィは知っていると答えて、私に詳しく説明をしてくれたの。だから彼女は私ではないわ。シャドーは人に知識を与える、人知を越えた存在なの」
レオンは、速水の事を思い出した。
あのダンス野郎はずっと何気ないフリをしていたが――。
…日本のウノミヤ警視が出して来た情報を見て、レオンは切れかけた。
「シャドーが現れて、つまり人格が分離して、ステージ4で成長が止まると、超能力は使えない。…何故そうなる?成功と失敗の違いは何だ?」
レオンは尋ねた。
ステージ5に行ったらシャドーが消える、というのはイアンによるとルイーズの例がそうだったらしい。
現在確認されているレシピエントはたった三名。近年の成功例は、ルイーズのみ。
前例にしても少ない。
『違い…知らないわ。ミニィもわからないって』
アビーは首を振った。
「そうか。イアンは?」
『いや。俺も知らない』
イアンも首を振った。彼も詳しくは知らないようだ。
…エリックはレオンに「速水は失敗作だから開放される」と言った。
だが…エリック。あいつは絶対に信用できない。
速水は、シャドーと会話ができていない。つまりレシピエントになっている可能性もある。
…エリックはハヤミの為なら嘘でも、どんな事でもやりそうだ。
レオンはそう思った。
『おい。それで、これからどうする?俺はさっさとハヤミを助けたい』
イアンが机の端に地図を広げ、ハウスの場所にマークを付け始めた。
イアンはハウス以外にも、自身が知る関連施設にマークを付け書き込みをする。
クリフ、ベイジルも地図を見る。アビーが鞄…ウサギの背中からゴテゴテしたペンを取り出した。
プロジェクトの主要ハウスは五カ所。
それぞれ、『αアルファ』『βベータ』『θシータ』『Ωオメガ』『Δデルタ』と呼ばれている。場所はイアンが二カ所、アビーが一カ所。その他はレオンが調べて二カ所。
つまり全て分かっている。
それぞれが知る場所にα、β、θ、Ω、Δと記入する。
そのうちのアビーが印を付けた場所を見て、レオンは眉を上げた。
■ ■ ■
「――そう言う訳で、移動だ。俺はマラッカン国際空港へ行ってくる」
方針が決まり、レオンがノートパソコンを閉じた。
アビー、クリフ、ベイジル、イアン。
そのうちベイジルはテキサスで情報屋のテリーと合流。
そうなれば、アビーとクリフだけでは心許ないので、イアンが巻き添えとしてベガスへ行くことになった。
…レオンもベガスに行くと言った時、イアンは眉を潜めた。
まあいい。好きにしろ。と言われたが、どうにも…『こいつ何言ってる?』と言う様子だった。
アビー達との会話の途中で、ジェイラスが目を覚ましていた。
レオンの仲間達が、病室のソファーやソファーの肘掛けに適当に座ったり、ベッドの柵にもたれたりして適当に散らばっている。
…この部屋は広めの二人部屋で、床は薄い生成り色、壁は白、床から九十センチほどの高さまではナチュラルブラウンの木目材が張られ…ベッドの両サイド、部屋の端にそれぞれソファー、テーブル、移動できるテレビ台とテレビが設置されている。
ソファーは立派だし、テレビは見放題、ネットもし放題だ。
足元にはシンク、トイレとバスもあり、窓は大きい。入り口はジェイラス側で、窓はレオンのベッド側にある。
ノートパソコンはレオンのベッドのテーブルの上。
――レオンのベッドテーブルの上には地図がある。
…レオンがデンバーと話す間に、アルヴァが向こうと同じ書き込みをしていた。
レオンはそれを確認し、さらに仲間の名前を書き込む。
今回の速水・ノア救出作戦は、全てレオンが采配を振るっている。
今、ロサンゼルスの病室にいるのは、
Kid…ジェイラス・カラズ(29歳)、Baby…ディー(D)(21歳)、Soulja…チャーリー・テート(25歳)、Prince…アルヴァ(レオンとタメ)、Infinity…マット・グルーヴス(34歳)、Child…ダリル・ファルコナー(30歳)そして、レオンのいとこのキティ。合わせて七名だ。
この場にいないBoy…ヤン(25歳)は構成員達と情報収集に当たっている。
――広い病室も、全員が入るとさすがに窮屈だ。
特に今は、全員が集まりベッドテーブルの上の地図を覗き込んでいるので、むさ苦しいことこの上ない。
唯一の女性のキティもそう感じたのか、地図を一別したのち、ジェイラスのベッドに腰掛けて自分を手で扇いでいる…。
そのほかホームに居残りは年嵩連中、つまり幹部メンバーのMonster…ジョニー・マッキャン(35)、enral…オズワルド・ビィティー(45)、Rowdy…バット・アルマンド(32)の三名。彼等はレオンの父と合わせて、本拠地殴り込み組だ。
ジョニー達三名はレオンの親父の側近という扱いなので、レオンは初めから当てにしていない。
女性メンバー、miniは、キティの親友であるMissリーズとSilencラウラ以外は、これもホームで高見の見物。
こちらへ来た女性二人、そのうち黒髪ボブカットの白人女性…ラウラはごく希にヤンと行動しているが、この二人の関係はファミリー内でも謎だと言われている。彼女は白い肌が印象的な美女だった。
リーズは黒髪長髪のマニッシュな黒人女性。
ディーとチャーリーは彼女と彼女のダンスに入れ込んでいるが、実は彼女は情報屋のテリーと付き合っている。
皆思い思いの服装――ジーパンにシャツの者もいれば、ダリルとマッドのように常にスーツを着込んでいる者もいる。レオンは普段通りのシャツにジーンズという格好。
統一感の無い集団だが、ある者は目立つように。ある者は服の下に。
みな、金色のネックレスを身につけている。
レオンが口を開いた。
「お前等はロス空港が開放され次第移動だ。マッドとダリルは、ヤンと…ラウラがいたらラウラも一緒にルイジアナの偵察――ここは無理はするな。ついでに隣の基地も軽く見てこい。ディーとチャーリーは、テリーと手分けしてテキサスのハウス州の二カ所を当たれ。ちゃんとテリーの言う事を聞けよ?他のやつらにはネットワーク関連施設巡りをさせる。キティとジェイラスはここで留守番してくれ」
「うぃ」
とジェイラス以下、各々が返事をした。
「ええ!?何言ってんの?」
という抗議の声が上がる。レオンのいとこのキティだ。
すでに地図には、ロスに印が付けられ「キティ/留守番」としっかり書かれいた。
「私もアルヴァと一緒に行く!ベガス行きたいぃ!」
「キティ、君にもしもの事があったら、僕は死んでしまうよ」
アルヴァがなだめた。
「……ハァ。分かった。キス百回で許す」
「了解」
「おい外でやってくれよ」
ジェイラスがうんざりした様子で言った。
いつもの事なのでレオンは流して続ける。
「その後、全員合流してこのハウス行くから、注意しろ」
レオンが地図の端の方を指すと、ええ?という声が上がった。
「って奴らのホーム近くじゃ無いか!」
ディーが言った。
「――ッテほどでも無いだろ。ビビりか?」「ちがう、っとに」
チャーリーが失笑して、ディーが抗議した。
「あいつ等、ホントうぜーだろ?…レオン、お前マラッカンまで行くのか?アビー嬢達がベガスに行くのを待ってて、ロスから移動で良くないか?時間ロスらないか?」
ディーが言った。
「どのみちジョーカーが押さえてるから同じだ。もし===野郎を見つけたら殺す」
レオンは言った。
さっと、皆に緊張が走る。
「レオン。だったら私も行く」
キティがレオンを睨んで言った。
「いや…。確証は無いし、ひょっとしたらいるかもって程度だ」
レオンが言う。
「だな…。あれはそんなフラフラしてないだろ」「同感だ」
マッドとダリルがキティを気遣うように言った。
キティは眉根を寄せていたが、少しして、深い溜息をついた。
「ハァ。…分かったわ……」
キティを見て、レオンは微笑した。
「まあ空振りだろうが。一応な。お前ら全員、奴らを見つけたら逃げろよ。銃は忘れるな。消費した分は補充しろ」
レオンが言って、アルヴァが頷く。
アルヴァが鍵付きの厳つい鞄を開け、一番近くにいたディーに紙幣の束を渡す。
「無駄使いはしないように――好きなだけ使え」
…アルヴァは微笑み、矛盾する言葉を添えた。
「分かってるって。じゃ、行くかー」「うお。金があるって最高だな」
ディーとチャーリーが札を受け取り部屋を出る。
「しかし超能力か…ホントにあるんだな」「ああ」
とダリルが呟き、マッドが言う。同じく部屋を出て行った。
「じゃあ、僕たちは少し外すよ。キティ」「アルヴァ…」
残ったアルヴァが言って、キティも立つ。
レオンは呆れた様に、ああ、と返事をして手を振った。
「っとに。毎回面倒だな」
アルヴァとキティが出て行き、レオンはいつもの溜息をついた。
アルヴァは有能だが、キティが絡むと面倒だ。
…キティは面倒だが、アルヴァがいればまだマシだ。
「――具合は?」
レオンが再び横になったジェイラスに尋ねる。
ジェイラスが苦笑した。
「おいおい。良いとは言えないぜ?――お前はどうだ?ジャックは生きてるのか?」
「…俺はかすり傷だ。信じられない事にな。ハヤミの怪我は知らないが、死にはしないだろ。全く…」
「そうか」
「付き合わせて悪いな…」
レオンが言う。
「いや?俺はむしろホッとしてるぜ?ここで命拾ったと思って、お前についてくつもりだ。…くすぶってた、俺達には丁度良い」
ジェイラスが言った。
「お前らな」
レオンは眉を潜めた。こいつらは、全員同じ事を言う。
はっはっは!とジェイラスが笑って、痛っ、と咳き込んだ。
「当たればいつか大儲け、って言うのも用意してあるぜ?」
「ハァ……っとに」
レオンは呆れたように、髪をかき上げた。
「――その仕草、親父譲りだな」
「違う、兄貴譲りだ」
言って、レオンは苦笑した。
■ ■ ■
四月二日。
オールグリーンでノンストップ。レオンとイアンはラスベガスにいた。
「…チ。ジョーカーが話ができる相手なら良いんだがな…」
レオンは舌打ちした。
「…」
隣のイアンはこのレオンの能力を限りなく疑っていた。
ノアを攫われ、速水も攫われた。
この状況下で、この場に来たのんきなレオンの無能さに憤りすら覚えた。
ベイジルはハウスの斥候を申し出たというのに。
しかもレオンは、病院で起きたイアンに、『残念な知らせだ。サンフランシスコのサロンのエンペラー、ニーク氏の死亡が確認された』と伝えた。これは別にレオンの能力云々に関係はないが、イアンにしてみたら一番マイナス評価を与える部分だった。
ダンスはまあまあらしいが、それ以外は全く、何の役にも立たないヤツだ…とさえ思う。
そんなイアンの思考など知るよしもなく。
「…」
レオンはビラミッド型が特徴的な、マラッカン国際空港の入り口を見上げた。
「おい、レオン。…何を突っ立っている?行くぞ」
「――、ああ」
■ ■ ■
……空港のロビーは閑散としていた。
スタッフも、人っ子一人いない。
本来なら、カジノスペースもあるここは大賑わいのはずだ。
足を踏み入れると、長銃を持ったガスマスクがレオンとイアン、アビー、クリフを囲んだ。
アビーは今日もフリルが付いた服を着ていた。
色は白。オフショルダーのブラウスタイプで、肩には薄紫のリボン、背中もリボンで編み上げるデザインになっている。白いスカートは膝より少し上。
二つ結に結んだ髪にリボンをあしらい、同色の小さな帽子を頭に乗せている。足元は白い厚底の編み上げブーツ。
…ジョーカーは空港のカジノスペースでスロットマシンを回し遊んでいた。
後ろにはお付きのガスマスク達が四名。そのほか厳ついスーツにサングラスの男が三名。
ジョーカーの隣の席には、ゴテゴテと銀装飾が付いた青い、派手な服を着た青年が、鎖に巻かれ憮然としたまま座っている。薄い茶色で、長めのうっとうしそうな髪――日本で言う、ビジュアル系バンドマンのような格好だった。
……彼が歌のジャックだ。
「…」
ジョーカーがアビーに気が付いて、ウルフレッドの姿が無い事を見て取った。
「おい、犬を連れて来いって言っただろう?ぶっ殺す」
ジョーカーが言った。
「ダメよ、さっきメールしたじゃない。彼はスマイルジャックを助けに行ったの」
アビーが言った。
逃げたな、とそこにいる全員が思った。
ちなみに一応、レオンが犬にベガスに来いと連絡をしていた。
「ふはははっ、――お前、それは逃げたんだ。あのクソ犬はやっぱり腰抜けだな。お前にはふさわしくない」
「いいえ、違う!彼は世界を平和に導く、愛の使者なの!彼の行動は全て正しいの――。だって、彼はパパを裏切った!スマイルジャックに付く、それは正しい判断よ!」
アビーが一際美しい声で言った。
ジョーカーがゲラゲラと笑った。
「――本当に、そうだと思うか?」
一転、怜悧な目でアビーを見る。
「ええ。私は彼を信じてる…。私の最愛のウルフレッド・ミラー様。…パパ。今日は結婚の報告に来たの」
「お前はまだ子供だ。結婚には親の承諾がいる」
そこにいる全員が帰りたくなった。
…帰るか、と行って立ち去りたい。
「…アビーちゃん…!」
息せき切って、ウルフレッドが来てしまった今となっては余計に。
「ダーリンっ!!」
二人は固く抱き合った。
「おい。ジョーカー。俺はどうすりゃいいんだ?」
歌のジャックがそう言った。
「……」
ジョーカーは答えず、拳銃を取り出した。
「…アビー、死ぬか?」
そう言った。
「ええ――そのつもりで来たわ。ダーリン、ゴメンね」
「え!!」
ウルフレッドが驚愕した。
「パパに逆らって、この世界では生きてはいけないの…」
アビーは静かに言った。
「だけど」
アビーはスカートの中から銃を取り出した。
「私は覚悟を決めた。彼と二人で生きていく。だから、さようなら、――ジョーカー」
バンッ!とそれより早くジョーカーが撃ち出した無数の銃弾が、アビーの胸に当たった。一発では無い。ウルフレッドが庇う前に。
だがアビーは倒れずに、スカートをめくりガーターベルトに隠していた自動拳銃を両手に持ち撃ちまくった。ジョーカーにかすめ、スロットマシンに無数の穴が開き。周囲のガスマスクが倒れる。
「ジャック!行くわよ!」
「――全く、ウチのクイーンは乱暴だな」
歌のジャックは立ち上がった。
倒れたガスマスクを無視し、鎖に縛られたまま悠々と歩き出す。
「…ははは、ははっ」
ジョーカーは笑っていた。面白くて仕方無い、と言った様に。
「アビゲイル」
「―」
「やはりお前は計画には不要だ。好きにしろ」
「…ええ。ジョーカー。私達は私達の道を行く」
■ ■ ■
「アビーちゃん!」
空港を出て、アビーはすぐに倒れ込んだ。
アビーはしっかりと防弾仕様のフルベストを着込んでいたが、普通なら悶絶する。
それにファッション性を優先した為にむき出しだった左肩に銃弾がかすって、出血している。
「ああもう…!」
クリフが応急処置をする。
晴れてジョーカーと絶縁し、お許しを貰ったアビーだがその表情は冴えなかった。
「やっぱり、ジョーカーは殺して、おくべき、だったかしら……」
途切れ途切れに言う。咳き込む。
「アビー、喋るな」
クリフが言った。
「アビーちゃん…っ!アビーちゃん!」
「ダーリン、私に構わず…愛のために、闘って!」
アビーは泣いていた。
「キング、ジャック…」
アビーが、苦しそうに、レオンと、歌のジャックに呼びかけた。
「お願い…」
涙が流れ落ちる。手がのばされる。
「――スマイルジャックを、助けてあげて」
〈おわり〉