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第14羽 MD ②小鳥

四月一日。

ロサンゼルスの病院で目を覚ましたレオンは、状況をすぐに理解し、胸を押さえて悪態を付いた。


「…このクソ!!」

――ノアと速水をどちらもプロジェクトに取られた!!


「落ち着いて、レオン…!」

キティが声を掛けた。

病室にはベッドが二つ。金はあるので良い部屋だ。


キティとアルヴァ、その他、合流したレオンの仲間達は、また顔を見合わせた。


…確かに銃声を聞いた。

だが。レオンは軽い外傷と火傷程度でほとんど無傷だった。

「レオン、何とも無いのか……?」

アルヴァが信じられない、という様子で尋ねた。……明らかにレオンは撃たれていた。

…レオンの隣では重症のジェイラスが眠っている。


「……デンバーにつなげ」

レオンは少しの間の後、言った。

「ああ」

アルヴァがノートパソコンのテレビ電話を立ち上げた。


『――レオン、この馬鹿!!!!!!!!!』

開始と同時に大声が聞こえ、レオン達は耳を押さえた。


『貴様らは何かに取り憑かれているんじゃ無いのか?ハヤミが攫われただと!?』

画面の向こうで、あちこちに包帯を巻いたイアンが叫んだ。


三月三日。

イアンとノアは銃撃され動かなくなった車を捨て、死に物狂いでシカゴ川に飛び込んだ。

だがノアは泳げずに流され、割り込んできたプロジェクトに攫われた。

泳げた水中のイアンは真っ先に銃弾を食らったが、防弾ベストのおかげで死にはしなかった。

その後、イアンはレオンの仲間に何とか助けられ、デンバーへ。

…大分包帯も減ったが。まだ治療中のイアンはアビー達と共にアジトの病院にいる。


『だいたい、貴様は何故あのルートを使ったんだ?あれは明らかな罠だって言ってただろう!?―ハヤミが攫われた!?彼にもしもの事があったらどうする…!!?ターヘレフが泣く!』

…レオンは耳を押さえ、大いに舌打ちした。アルヴァがボリュームを下げた。

妹の事があったせいで、イアンは速水の事を恩人と位置づけている。

まさかこれほど大げさとは思わなかったが。どいつもこいつも。


「―ち。他は検問だらけだったんだよ!どうやってこれで行けるってんだ?!逐一上がってくるし。もうとっとと逮捕しろって位だ!あのクソジョーカー!どこが地下組織だ!」

レオンは怒鳴った。


ジョーカーは真性のアホか変態だ。

失敗した『ルートB』は車でラスベガスまで行き、マラッカン国際空港から国外へ脱出するルート。

山越えになるので、車だと一日では着かない。

遠回り自体は、敵の目をくらますという点ではありかもしれない。

が…このルートだけ、なぜか検問が手薄、という報告だった。


速水が消えてからの一週間は、まるで速水を運ぶゲームを展開させられているようだった。


速水を狙っているのは、政府、プロジェクト、そしてゼロワン。

守ろうとしているのはレオン達とイギリス勢―こちらに来られたのはなんとたったの二名。これには絶句した。日本からは援助は全く無し。

圭二郎は実家の指示で渡米する事ができなかった。


ジョーカーはゴールを用意していて、そこにレオン達がたどり着ければ、安全に、逃げられる――?


だがレオンの勘が、厳重に守られた『そこ』は最低だった、と告げていた。

正直言ってレオンは、速水がベガスに行かずに済んでホッとしている。


あそこにはおそらく、ジョーカーがいる。

…根拠は無い。

いや。あの豚野郎は絶対に待ち構えている。カジノでもやりながら。クソ豚野郎が。


速水とジョーカーを絶対に会わせてはいけない。

レオンはそう思っていた。


…だが。

それだけでは説明の付かない、この嫌な予感は何だ…?


――首にかけたネックレスが落ち着かない――。

そんな時は、決まって良くない事が起きた。


そこには、ジョーカーがいただけなのか?

…速水がそこに行ったら、どうなっていた?


その未来は存在せず、それを知る手段は永久に無いが、…一番、最低最悪のルートだろう。


だからといってゼロワンのいた『ルートA』ロス空港はマッカランと同程度に最悪。

ならばどのみちプロジェクトの助け?が必要だったのか…。


イアンの後ろには、アビー、クリフ。ベイジル。

そしてデンバー組のレオンの仲間の一部が、窮屈そうにこちらをのぞいている。


『ダーリンは?』『さあ』『静かに。後で聞こう』

空気を読まないのはアビーとクリフ。ベイジルは窘めた。

レオンは舌打ちした。


「…ち…。これからやりにくくなるな。あいつ等を助けに行くぞ。寝てないで働け!」

『――当然だ』

レオンとイアンは立ち上がった。


■ ■ ■


…湖畔を望む窓がある瀟洒な部屋で、窓を背に白衣を着た『彼女』が立っている。


赤を基調とした広い部屋には、テーブル、赤いビロード素材の対面ソファーがある。

今は一応客人扱いをされ、拘束を解かれたノアと速水は窓際に立つ彼女の話を、立ったまま聞いている。

メイドがティーセットを運んで来た。


ここはカナダ最南端の島、エリー湖、ピーリー島。


なぜここがどこか知っているのかというと、たった今、ここがどこか説明されたからだ。


今から二時間ほど前。オッサンの屋敷でノアと速水の前に現れた、白衣を着た女性はどう見てもベスだった。

しかしノアはベスをにらみつけ、否定した。

それで速水はすぐに背後の男達に目隠し、猿ぐつわをされて、移動させられた。


途中で船に乗ったのが分かった。

鳥の声が、多く、とても騒々しくなって、この島に着いた。


渡り鳥の聖地、ピーリー・アイランド。

…ここはいつか行こうと、隼人と話していた場所だった。


だがエリー湖とは、一体何の皮肉だ?


「ベス…なのか?」

メイドが退出した後、速水は言った。

…信じられない。

…ノアは隣でずっと、『彼女』をにらみつけている。


「ええ。私はエリザベスよ」

彼女はクスクスと笑った。


速水は『彼女』を観察した。

…見た目も、仕草も、声もベスだ。

記憶のベスより若干髪が長いが、これは時間が経ったせいだろう。


……時間が…経った…?

速水は引きつって笑った。


「…ベス?…嘘だろ」

だって。


「だって、ベス?お前、頭撃って死んで…」


あの日。

ベスは自分で自分の頭を打ち抜いて死んだ。

…床には血液や脳漿が飛び散っていた。


「…あれで、助かったのか…?」

速水は思わず声にした。信じられない事だった。

完璧に……死んでいたのに。あの状況で、助かったのか!?


「っ――双子とか、入れ替わりとか身代わりとかか…!?あの時、何かのトリックで…!?……、例えば…、そっくりな身代わりが別室にいて…」

速水は状況を思い出して、少し考えつぶやいた。


例えばあの日。

あの時、移動中かどこかのタイミングで入れ替わって、その身代わりが死んだ!?

皆、目隠しだったし、不可能では無い。

死んだ身代わりは気の毒だが、それならなんとか。


速水は死んだはずのベスを目の前にして藁にもすがる思いだった。

本当にベスが生きていたならこんなに嬉しいことは無い。生きてたのか!と泣いて奇跡の再会を喜び合いたい。

今だって、少し嬉しい。

だが。

「違うっ!!この化け物!!俺の前からさっさと消えろ!!!」

と速水の隣で、ノアが顔を真っ赤にして言っている。


――じゃあ、これは誰なんだ?


速水はゾッとするしか無い。


「もしかして双子か?」

速水はそう言った。残念だが、ありそうだ。

シスター、つまりよく似た双子の妹か、姉。


「いいえ、違うの」

ベスがクスクスと速水にほほえみかける。

どこまでも、間違い無くベスの笑顔だった。


ノアが低く唸りながら、速水を見た。ぎらりとした目で。

「ハヤミ。コイツ、ベスの『メイン』なんだって。――、本物のベスは、コイツのイカレタ超能力で生まれたっ…!偽物、シャドーだって!!?っ、くそッ…っ!!っ」

最後に息を詰めて、ノアは声を上げて泣き出した。


「な…?」

速水は意味が全く分からなかった。彼女を見る。


メイン?・シャドー?・超能力?


「…『バイロケーション』…。という力があるの。自分にそっくりな人物を、自分の意志で出す事が出来る力。つまり――ドッペルゲンガーみたいな物ね」

彼女が言った。


「――はぁ!!?なんだそれ!!?」

速水は思わず言った。

ノアは唸っている。

「生み出した『シャドー』が死んだら、…本体はどうなるか実験をしてたんだって…。そんな馬鹿な…話…あるかよ!」

ノアが自分の頭をひっ掻いて言った。

…ノアは監禁中に彼女と話をしていたらしい。ベスはノアには目を向けず、速水を金色の目でまっすぐに見ている。


「…私はこの能力をジョーカーに見出されて、プロジェクトに参加した。…そこでこの力の実験として『ベス』を創った。『彼女』があなたたちの仲間としてスクールに入る事は、世界平和の為にジョーカーが決めた事で、私もそれに賛同したわ」


初めは唄うように、その後静かに淡々と語る。

まるきりベスだ。


「な…」

速水はもう思考を放棄して、『ノア、良かったな、ベスが生きていて。おめでとう』そう言いたかった。ノアはまた低く唸っている。


「私は、貧しい家族の為にネットワークに入った、って言っていたけど、それは正しく無いの。本当は『あの子』がいずれスクールに入ることは決まっていた…」


…その為に『ベスのシャドー』はある程度、基礎的なダンスを身につけていた。

シャドーのベスは里親に預けられて、シカゴでダンスを学び。そしてスクールに入った。


真実を聞かされた速水は頭を押さえた。


つまり、ベスは、はじめから二人いた。

こちらのベスが本物で、死んだあちらは超能力で作られたコピー?

…速水はめまいがする程の衝撃を受けた。


「…なんだよそれ…だって、ベスは…人間だったぞ!?子供も…できて」

言って速水は気がついた。


――、ああ、そうか。

だからノアは、これが別の人間だと言ったのか。


「じゃあ、あのベスは、やっぱり死んだのか…?」


速水は監禁中、ベスの声を聞いていた。

途中でそれは聞こえなくなったが…やっぱり、聞こえるのは死んだ人の声か?


「ええ。ベスは死んだ。でも、ハヤ」


ぐぅぅぅ、と低い唸り声が聞こえた。

「このアバズレ!!雌豚!!よくもベスを殺したな!!貴様ぶっ殺してやる!!」

ノアが女に詰め寄り、襟首を掴んで床に突き飛ばす。

「!」

女が短い悲鳴を上げた。


乾いた音がした。


――ノアがベスを叩いた!?

「!ノア!!―馬鹿っ!」

速水はベスに手を上げたノアを、反射でしたたかに殴り飛ばした。二回。

「――ベスを返せ!馬鹿野郎っ!!!」

速水にぶたれたノアはまたベスの襟首をつかみ向かい怒鳴った。

それを止めようと間に入った速水に掴みかかる。

「ノア!落ち着けッ!!―ベ」

速水は続けて「ベス、大丈夫か!」と叫びそうになって、それをかき消す程のノアの「うわぁあああ!!」と言う泣き声に耳が痛くなった。ノアがまた暴れる。

「ノア、やめろ!!」

速水はノアの手首を掴んで必死に止めた。お互い力が強い―。拮抗し押し戻される。


「落ち着けって言ッてんだろ!!馬鹿っ!!」

速水が大声で怒鳴り、ようやくノアはおさまった。ひっく、としゃくり上げる。

―速水が見ると、『彼女』は何事も無かったかのように立ち上がり、髪を撫で付けていた。


「ノアごめん、ぶって。…つい」

速水はやり過ぎた。と気まずくなり、ソーリィ、とあやまってノアの頭を撫でた。

ノアは痛かったよ、と小さく呟いた。涙をにじませていた。


「ベス……」

ノアがやるせない、と言った様子で肩を落として、止まらない涙をぬぐう。

速水は喉の奥が痛くなった。

シャドー、メインの話の真偽は不明だが…彼女を初めて見たとき、ノアはきっと、ベスが生きていた、と思っただろう。


「…ゴメンね、ノア、けど私の話を聞いて欲しいの」

…その声はやはり、ベスの物と区別が付かなかった。


■ ■ ■


ノアは歯を食いしばって…、俯いたままだ。

テーブルには少し温度の下がった紅茶がある。


「座りましょう」

ベスでは無い、『主任』はソファーに腰を下ろした。


速水は項垂れたノアを立たせて座らせて、自分もソファーに腰を下ろした。


…この空気の中で紅茶を飲む気分にはなれない。

速水は手を伸ばして、カップに少し触れ、少し動かしたただけで手を引っ込めた。


主任は頬を押さえて溜息を付いた。

「…ハヤミ、エリックは貴方を守る為にプロジェクトに虚偽の報告をしたけど、もちろんそれはばれると分かっての行動。時間稼ぎでもあったでしょうが……、遠回しは良くないわね」


彼女はまた溜息をついた。

「まずは聞かせて。エリックは貴方に何て言って立ち去ったの?」

その問いは唐突だった。


エリック?


「…エリックは…」

『心配しないで下さい、必ず戻って来ます。あなたは必ず、私達がお助けします』

エリックは…涙ながらにそう言った。


「――って、何度も、心配するなって、…それだけしか言わなかった」

速水は答えた。

それがどうかしたのか、何で今?レオンにも聞かれたな、と思いながら。

速水の左隣で、ノアは俯いたままでいる。


「…そう」

彼女は溜息を付いた。

そして、紅茶に砂糖を一つ入れた。…ベスもそうだった。


「サラが『私達』の仲間だって事、エリックから聞いた?」

「―サラ?」

速水は意外な名前に瞠目した。


「いや、聞いていない。サラと君が仲間?…私達?」

速水は眉を潜めた。私達、とはプロジェクトの事だろう。

もしスクールの運営だったサラが、シンプルにベスの仲間だったら、やっぱり全員グルだったという事になる。…速水の胸中に、もう二度と誰も信じない、という言葉が浮かんだ。


「まさかサラも、お前らとグルだったのか?…」

速水は舌打ちするように言った。

その展開だけは本当に勘弁してくれ。


主任は困った様な顔をした。

「いいえ。サラは私とは立場が違うわ。私とサラは昔から根本的に考え方が合わないの。相性が悪いのよ」


…確かに速水から見ても、サラとベスは合いそうに無い。

…一周回れば理解し合える気もするが。


主任が紅茶をかき混ぜる。

スプーンを置き、優雅にティーカップを傾けてから、主任は続けた。

「私達のこの力は、クイーンから賜った力なの。サラも、私とは別の能力を貰った子よ」


「クイーンに、貰った…?私達?」

速水は呟いた。

私達というのはつまり、超能力者達の事だろう。

…サラも何か不思議な力を持っている?


速水の思考が伝わった訳で無いだろうが、タイミング良く主任が頷いた。

「ええ…。『貰った』というのは、その通り、クイーンの血を引いていると言う事なの。……けどそれはハヤミ、ノア。あなたたちもそうなのよ。もっと言えば、レオンだってそうよ。…実は私達には、血縁関係があるの」


「―!?」

主任の言葉に速水は絶句した。

隣でノアが顔を上げた。


「…どういうこと?」

ノアが言葉を発する。主任と目が合ったノアは、舌打ちして目線を外した。


「つまり『私達』は元をたどれば、能力を持ったある女性に行き着く。…その子孫の中でもノアとハヤミはかなり近い、だから、速水はノアの声が聞こえた…」


「「近い?」」

――近い?

二人は顔を見合わせて、お互いの類似点を探した。


ノアはふわっとした金髪の巻き毛に緑の目。

肌は白く。目は大きく線は細い。

身長は速水と同じくらい。出自は不明だが、もちろん白人系。


一方、速水はストレートの黒髪、黒目。

今は髪が肩くらいまで伸びている。目つきも悪い。

黄色人種で、地肌は白くとも、さすがに白人には間違われない。間違い無く日本人。


…いや、どう見ても、人種から違う。


「それって、ひょっとして…二百年くらい前の事か?」

速水は言った。

ネットワークの始まりが…約二百年前?

それくらいなら、近いとは言えないが、人種が違うのも納得できる。

…速水は、瞳の色が少し明るいと言われたこともある。どこかで違う血統が入り込んでいるのかもしれない。


「いえ…。せいぜい五十年。…確かにノアと速水は似ていないけれど、二人も、レオンと私も、間違い無く『クイーン』の血を引いているわ」


「…クイーン…?って?」

速水は首を傾げた。初めて聞いた。

隣を見ると、ノアは知っていそうだ。


「クイーンってのは…」

ノアが気怠げに説明をはじめた。


…クイーンと言うのは。

サロンの『エンペラー』を選んでいる存在で、女性。

クイーンはネットワークに対してエンペラー、サロンや各国首脳とは比べものにならない

影響力を持っている。だがその正体は不明。どこにいるのかも不明。

――ノアにしてはひどくぶっきらぼうな言い方だった。


「で良いよな?」

やけっぱち、という様子でノアが雑に確認した。

「ええ、あってるわ」

主任は微笑んだ。

微笑みを見たノアは微妙な顔をした。


「付け足すなら。『彼女達』はネットワークと言うよりも、その時代のジョーカーに対して、強い影響力を持っている」

主任が言った。…これはノアの言い忘れだったらしい。ノアは一々苛立っている。


「…彼女たち?」

速水は言った。複数形だ。


「ええ、つまり。この世界には、クイーンが四人いるの。…トランプにも、ダイヤ、ハート、スペード、クラブがあるでしょう?」

ベスはこともなげにそう言った。


「……そんなにいるのか?」

速水が言った。

主任が頷く。

「ええ。最も、存命なのはクイーンの内の二人だけだった。クイーンは皆、初代、クイーンオブクイーンの子供…つまり四姉妹なの。彼女達の血縁は世界中に散らばっている。枝分かれした中でも、私とレオンは血統が近い。…ハヤミと私は、それほど近く無いし、レオンとも遠い」


速水はノアを見て聞いた。

「…ノアが俺に近いって、どのくらいだ?どう見ても別人種だろ?」

「ごめんなさい。これ以上は話せない。だけど、サラは貴方の…遠い親戚に当たる女性よ」


言われた速水は驚いた。

まさかどう見ても日本人では無いサラが、速水の親戚?


…確かに黒髪だし、サラの素顔を見てから、何となく親近感、というより違和感は持っていた。

サラの旦那であるエリックが、どことなく速水に気安かったのも、そう言う理由だったのかも知れない――。遠縁なら、可能性もあるか?


「…サラは俺とどう言う関係なんだ?」

速水は言った。

「…ごめんなさい」

ベスが申し訳無さそうにした。


「ハヤミのスポンサーはもちろんサラ達よ。だけど、彼らの事を調べるのは絶対に止めた方が良いわ――調べれば、ハヤミ自身が不幸になる」

速水は調べれば分かるかも、と思っていたが、ベスが少し強い口調でそう止めた。

「何でだ?」「言えないの」

ベスはハッキリそう言った。


速水はため息を付いた。

「またそれか…。エリックと言い…そこだけは絶対に言わない」

…エリックもサラも…速水のスポンサーの正体については言わない…。

エリックにはアンダーで幾度か尋ねたが、口を割ることは無かった。


何かよほど、不味いことでもあるのだろうか?


「ハヤミ?分かった?あえて話してあげたの。だから、これ以上調べないで」

……ベスがさらに聞いてくる。いや、念押しか。


だが、調べないで――と、わざわざ言われたら、まるで『調べて欲しい』と言っているような物だ。そう言っているのか?

…じゃあ、どうする?


――調べてみようか?


「…分かった。やめる。調べたりしない」

速水は溜息をついて言った。両手も上げた。


「本当に?」

ベスが心配そうに言った。その表情はやっぱり。

速水は目線で肯定し、苦笑した。やっぱりベスに似てるな。

「普通は、こういう話ってすごい気にするよな。草の根分けてでも探し出し、って日本じゃ言うけど…」


速水は腕を組んで、少し遠くを見た。

――窓の外、曇り無い空と水平線が速水の目に映る。


…普通なら、こう言った謎があれば、しつこく気にして草の根分けてでも探し出し、その奥のやぶ蛇を見つけるのだろう。

しかし速水はもともと、こういったことがあまり気にならない性格だった。


理由は分からないが、速水のスポンサーを、敵も味方も、なぜか皆必死で隠そうとしている。


…速水は自分の病気に関して過去何度も、『何の病気?』と聞かれて、答えられなかった。


善意だと分かってもいたが、だからと言って、話してどうなる?

自分が感じている重荷を、聞いた側にも押しつける事になる。


……誰かを不幸にするのは嫌だ。


ベスのこの忠告も…そう言う事なのかも知れない。

――彼はそう思った。

…この後に及んで、無駄に気遣ってくれる皆と、そうだな、隼人にでも感謝するか。


ありがとう隼人。皆。


そう言えば、隼人どうしてるかな。速水の家族は元気だろうか。

さすがに心配しているかも知れない。


「…別に、面倒だし。皆、ここまで言わないんだ。この話はもう忘れるから、心配しないでくれ」

速水は笑ってそう言った。


そう言えば…。

…隼人は昔、死にたいと言った速水に、『絶対に大丈夫だから。だから…いつか誰かに、君の事を話すんだよ』と言った。


……あの時の事は一生忘れない。


隼人の優しさに、速水は救われた。


いつか、だれかに。

だが…いつ?誰に?

友人に?付き合った女性に?――きっとすぐ、と言われたが、結局話せるような人間には出会わなかった。

レオン達に知られたのは偶然の致し方ない状況で、隼人が言ったのとは違う気がする…。


…そんな時が来るのだろうか…?

隼人のおかげで、速水はすっかり先程の話題を忘れた。


「ノアも忘れろよ。よく分からないけど」

「ち―どうでもいいけど!お前、名前は?結局、敵なの?味方なの?」

イライラしていたノアが口をはさんだ。


「……」

速水はノアを見た。

…ノアは複雑だろう。

この目の前の女性は…話してみて分かったが、どこをどうとっても、中身はベスだ。

似ているからそう思えるだけかもしれないが、速水もすぐにベス、と呼びそうになる。

ノアもそんな感じだ。


「…ノア。あなたに関しても一つ言う事があるの。あなたの母親はハヤミの予想通り、スイスの出身よ」

ベスは静かに言った。


「え?」

いきなり言われて、ノアはまばたきをした。


「でも残念だけど、彼女は既に亡くなっているの。彼女には私も会ったことが無いわ」

「え?…そうなの???」


自分の母がスイス出身、それがどうかしたのだろうか?とノアは思った。

死んでいたという事は残念だが…。元から母親はいないと思っていたので、実感が沸かない。

ノアが隣の速水を見ると――はっとした表情をしていた。


「つまり、ハヤミ。…覚えてるでしょう?あの時、アンダーでの会話」

ベスが速水に言う。

「あなたは『もしかしたら、ノアの親がそこ出身なのかもしれない』と言ったわね」


速水は驚いた。


■ ■ ■


そうだ、確かにノアに、そんな事を言った…!


アンダーで…ノアに日本語を教えてくれと言われた時の事だ。

スクールの基礎教育を良く知らなかった速水は、『ノアって、英語と日本語以外にも何か話せるのか?』と聞いてみた。

『――え?俺は、英語、フランス語、ドイツ語、あとは、…そうだロマンシュ語って変な言葉も話せる!イタリア語は勉強中』

ノアは指折り数えてそう言った。

それを聞いた速水は直ぐに思い当たって『ノアってスイス出身か?』と尋ねた。


フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語。

これらはどれもスイスで使われている言葉だ。

ノアは『…スイスってどこだっけ?』と首を傾げていた。


聞けば幼いころから、運営に言われた通りに覚えたらしい。

『じゃあ、もしかしたら、ノアの親がそこ出身なのかもしれないな』

何気なく、速水は言った。

『え?』

『確かスイスはカトリック教徒がほとんどだし。運営の趣味じゃ無いなら…可能性は高いかも。あ、分からないけど…、ええと、運営がノアを今後スイスに送る気かもしれない』

ノアがやたら目を輝かせていたので一応そう言った。


だがロマンシュ語まで覚えさせられたなら、縁があるのは、ほぼ間違い無いだろう…と速水は思った。

『…スイスか。一度行ったけど、綺麗な国だったから、また行けたら良いな』

連れて行く気でそう言うと、ノアはさらに目を輝かせた。


『ホント?だったら、行こうかな!どんな国だった?いつ行ったの?外に出たらハヤミ、連れて行ってよ!カンコウしたい!』

『どうしようかな』

速水はクスクスと笑った。


楽しげなその会話を、ベスもレオンも聞いていた。


「ノア、あの時の―ほら、アンダーで」

「うん――って、君、…覚えてるの…!!?」

ノアが主任を見て、驚いたように言った。


速水も、薄々は感じていた。

主任の態度は初めて会ったという感じでは無い。こちらの事をよく知っている。

だから、ベスだと感じたのだ。


「……そう言う力なの。メインとシャドーのお互いが、離れた場所で、お互いに知り得た知識、経験、技術を共有できる。じゃあ、怪我は―?命は?ジョーカーは世界平和の為に、それを知りたがった。…けど実験は失敗。あの子が死んでから、私はずっと意識不明だったの。やっと、帰って来られたけど…その時には、ステージ5だった私の力『バイロケーション』は無くなってしまっていた」


ベスは、胸に手を当てた。

「でも、そのおかげで、私はさらなる高み、ステージ6へと到達したわ!」


「な――6!?」


「ええ。クイーンが私達に下さったこの力の事も、ようやく分かって来たの。エリックの私への報告はもちろん嘘。権限で馬鹿な研究員を遠ざけられれば良いって、それだけ。つまりあなたは…いいえ。当然あなたは」

彼女は速水を指さした。


『レシピエント』


「――、そんな訳無い。俺は別に何も出来ない」

速水は戸惑った。


「そうかしら?」

主任は首を傾げた。


「サク・ハヤミ。いいえ、ジャック。私はダンスは、ダンスが。ダンスこそが!世界を変える事の出来るコンテンツだと思っているの――、だから、私と一緒に、この世界の礎になりましょう!」


世界の平和の為に。

ベスは微笑んでそう言った。


■ ■ ■


「…」

…いきなりそんな事言われても、速水には答えられなかった。

むしろサッパリ訳がわからない。

「ハヤミ、俺が起きてから、こいつ、ずっと誰にでもこの調子だった。君、マトモに話せたんだ」

ノアが小馬鹿にするように言う。


速水はふと目つきを鋭くした。


「…平和は置いておくとして。俺はまだ、君が本当にあの『もう一人のベス』(イコール)『生身の人間』を創造したって事が信じられない。俺達は君が実際に、シャドー生み出すところを見たわけじゃないし。俺は――場合によっては、あのベスはトリックか、単純に君本人なんじゃないか?って思う。アンダーの記憶だって、ベスが一々報告してたのかも知れない。それに『彼女達』って何なんだ?君達の持つ能力についてもっと詳しく話して欲しい」

速水は言った。


そして眉を潜め、ベスをよく見る。

……本当に、記憶の通りのベスだ。


「…そうね」

ベスは目を伏せ、ちらりとノアを見た。

そしてにこりと笑った。

ベスは伸びた髪の毛を耳にかけた。左右の耳に、イヤリングがそれぞれある。


――あのイヤリングは、確か――、ベスがあの日につけていたもの。

あの時、誰かが拾ったのか?それとも単に同じデザインの別の物?

…記憶をたどったが、速水はベスが死んだ後の事はあまり覚えていなかった。


速水は、濃い黒の宝石の中の、左右で違う目立たないマーブル模様を覚えていたので良く見れば分かるが、それはすぐに髪に隠れてしまった。

…シャドーが本当に存在したなら、二組おそろいで作ったのかもしれない。


イヤリングは目の前の女性が、ベスか主任かの具体的な判断の根拠になるような代物では無い。


疑う速水にくすりと笑って、ベスは立ち上がった。


「いいわ。見せましょう。ついてきて」

ベスはそう言った。


■ ■ ■


速水とノアは目隠しを外された。

…客人扱いはあの部屋だけだったらしい。

あの部屋を出るときにまた前で手錠をかけられた。


目を開けると、そこはがらんとした部屋だった。正面に広い窓。大分遠くに薙いだ湖岸が見える。

部屋の内部の壁は真っ白で、床も真っ白な部屋だ。特に何も置いて無いが、左右に三本ずつ、直径一メートルほどの太くて丸い柱が、真ん中に広い空間を空けて並ぶ。


大きな窓ガラスのすぐ外には樹木が生えている。

小鳥が木のまわりで遊んでいる。高さからして地上二階だろう。


「この部屋は、力の訓練に使う部屋よ」

ベスが説明する。


部屋の隅にはクリップボードを持った白い紙袋の白衣の男達が十名…。

速水とノアの後ろに、それぞれ二名ずつガスマスク…。


ここに入った途端に沢山のさえずりが一斉に聞こえて、速水はこの部屋には見えない鳥が沢山いると思った。

ノアとベスが部屋の真ん中で対峙していて、ノアはベスを若干の戸惑い含んだ表情で見つめている。

研究員達は部屋の左右で…ボードに何かを書き込み、二人を観察している。

カラス越しに外の景色を眺めたあと、速水はノアとベスのやりとりに加わった。


「…ノア、ハヤミ。貴方達も、この宇宙には、小さな物質が沢山あるのは概念としては、知っているでしょう?一般的な話だと、一昔前には最小単位と言われていた原子も、電子と原子核からなるし、原子核は陽子と中性子からできていて、さらに陽子や中性子も、クォークと呼ばれる素粒子からできている。…つまり、永遠にきりのない、ミクロの世界が存在する。けどこの世界には、もっとシンプルでとても神秘的で、画期的な、とても素晴らしい物質があるの。私達はそれを『エボリューショナリティ・プログラミング・マテリアル・A-スプリアス粒子』と名付けた。略してEP/AS。そのEPAS粒子を作り出す元になるのが、『SR』という物質。SRは正式にはシプロス・レッドと言って、スピンの存在しない物質よ。EPAS粒子は『SR』が陽変質した状態で、普通は人の目には見えない。けど、たくさん集まれば視認出来る物質なの。もちろんSR一個ではとても目に見えない大きさだけど…」


「??」

ノアは訳が分からない、という顔をしている。

速水は専門用語は同時理解が面倒だ、と嫌そうな顔をした。


ベスは苦笑した。

「つまりSRは大量に集まることによって、様々な超常現象を引き起こすの」

ベスは手のひらを上に向けた。


「私のステージ6の力は、SRを集めて形にできるの、こんな風に」

暫く、何も変化は無かった。


だが――。一瞬、キラリとした光が見えた。

「…見えるでしょう?」


細い糸のような。きらめきだ。

速水は、ノアもソレを見た。驚きながら。


その光の糸はベスの手からかなり離れた位置、一番遠い端っこから組成し、ベスの手のひらへ向けて生成される。


…金色の細い光がベスの手のひらの周りにあつまっている。


フワフワと浮くそれが、くしゃくしゃとベスの手のひらの上に集まっていく。

クルクルと回転する。速水とノアは目を見張った。

まるで、毛糸で毛玉を作るときのような動きだ。けど、糸では無く光。

ベスの手のひらには接していない。二十センチほど浮いている…。


やわらかい光に包まれているボール、その周りで光る無数の細い光が遊んでいるような。


ベスがそれを少しずつ、少しずつ紡いでいる。

ベスの遠くから、何本もの光が発生して、光でできたボールへと収束する。


――それを見た速水は鳥肌が立った。

何気なく始まった怪奇現象に、目を疑った。


「もう少ししたら、糸に触れるわ」

ベスはそう言った。


……ふれられる?

「さ、触る…!!?」

ノアがおっかなびっくりに言った。

「いや…まだじゃないか…?」

あっけにとられて、速水はそんな言葉を返してしまった。


速水がおそるおそる手を伸ばしたら、一本は蜘蛛の糸のような…煙のような感触だった。

ほのかに発光している。温度は無い。感触だけがある。

なんだこれ……、気色悪い、と思い。

速水はさらに強く掴もうとして、

「わ!?」

びり!と刺激を感じて、手を引いた。


「…ハヤミ!?」

ノアが言った。

「いや――そっと触れば大丈夫――」「ちょっと黙って」

ベスは眉を潜めている。大変なのかも知れない。


……自分の目が信じられない。

光糸の元素、SRが集まる瞬間は目を凝らしても分からない、けど、そこから糸が出来ていくのは見える。

頰にふわりとまとわりついた糸を速水は払った。

熱いのは興奮のせいだろう。

ふと、顔を上げると、――部屋に沢山の光の糸が浮いていた。


「え!!」「うわ!!?」


速水は光の線が『頭上に、目に見える物体として、からまって浮いている』のを始めて見た。音は無い。空気も動かない。


なんだこれ!?と速水は思った。


――これは、超常現象だ。


まだ宙に浮いている糸には実体が無い。ノアが手を伸ばしていたが、指をすり抜け、触る事が出来ない。速水も同様だった。

細い形を得ただけの、ただの光だ。

ベスの近くにある、細い糸になったモノだけが触れられる。


ベスの手のひらの上の、発光する球体はようやく拳ほどの大きさになった。少しまぶしい。

色は中心が白くて、周りは…黄色?小さな太陽みたいな、それよりも少しぼんやりとした光。


――どことなく重たげな動きだった。

と思ったら、急にそれが、糸で無くなり、まぶしい光として浮き上がった。


それが部屋の端にある方から、細い形にまたよじれて、回りながら―早い…!

ベスは手を少し上にあげた。

光が固い球状になる。だんだん大きくなる。

光の糸が複雑に絡まり集まって、…何かの外形に変化しようとしている…?


さらに目を疑うのはここからだった。


ベスの手のひらの上の、それは、すでに動いている!


速水は、動きで鳥だ…!と直ぐに分かった。


ベスは手を下げ、それが手のひらから逃げないように左手をでそっと包んだ。

まだ作りかけで、それでもハネて動くソレが手鞠くらいの大きさになっていく。

網状のツバサが見える。

糸が形の隙間を埋めようと集まる。


そして、それはあきらめたのか、大人しくなった。さえずる事は未だ無い―。

金色の光に包まれていて見にくい。速水は目を細めた。

一瞬、一際、眩くなる。速水とノアはそれぞれ手で目を覆った。光が弱まる。


ベスがそれにそっと息を吹きかけて、余計な光をはらう動作をして、『それ』を包んでいた光が晴れたとき。


ちゅ??


境目のあやふやだった小鳥が、ハッキリと姿を現した。

最後に、光でできた細かい羽が散った。


小鳥が姿を現すまで、わずか五分ほどだった。

小鳥はベスの指先にとまって、丸い瞳で、首を傾げてベスを見た。


「嘘だ…」

速水はかろうじてそう言った。日本語で。

ノアに至っては声も無い。


速水は唸って頭を抱えた。まるで、魔法だ。

頭の中の知識を総動員しても、この現象が説明出来ない。


いや、って言うか…ありえないだろ!!!これは!!

何かのトリックじゃ無いのか!?


これを『超能力』――と呼んで良いのか…?

超能力の物理的な発現を見ると――。目を疑う。

スプーン曲げが、その目で見ても信じられないように。


速水は超能力とは、例えば、動物との会話、無くしものの捜索などのように、見えない所で発現する物で、多くは真偽が分からない物だと思っていた。


…今見たこれは……。トリックか?

信じられない。信じたくない。


超能力には、カード当てや透視、念写、テレパシー、読心のように、結果が確認出来できる力もある……。

例えば、動物との会話のように。全て本当か嘘か分からない力。

そのほとんどは虚偽か、トリックだろう。

だが……これは…。ルイーズのように本当の力なのかもしれない。


…この部屋が特別で、何かの映像を見せられた、それならまだ納得できるのに。


「ベス…これって、外でもできるのか?それとも、この部屋だけか?」

速水は聞いた。周囲でギャラリーが慌ただしくメモを取っている。


「この部屋には、SRを満たしてあるの。ああ。そこの柱から出ているわ」

ベスの言葉に速水はぎょっとした。

そういう事は先に言って欲しい。

正直、そんな怪しい物質が浮く部屋には入りたくなかった。


見ると、幾人かもぎょっとしたらしい、つまり、皆知らない?

研究員は蚊帳の外――そう言えば、エリックの時もそんな感じだった。

速水はどのくらいがの人がこの力を使えるのか、などは分からなかったが、ベスが更なる高みでステージ6、速水が何も無しでステージ5なら、やはり限られた者しか使えないのかもしれない。


その部屋の中で、ベスから離れた小鳥は、ちゅんちゅん鳴いて、羽ばたいて。

…背中が黄緑色の、小鳥だ。

速水にぶつかりそうになり、部屋の中をせわしなく飛んで…研究員達を驚かせて、小鳥自身も驚いて、最後にノアの肩に乗った。

ノアはうわぁ!!?と言った。小鳥はノアにまだとまっている。


ベスが持つのは……こんな、生き物を片っ端から作る力なのか?

トリックだったらいいのに。と速水は心から思った。


まだ信じられない、と言った様子の速水を見て、ベスはクスクスと笑った。



「あなたたち、そんなに驚かないで。…ステージ6では、鳥しか作れないのよ。この小さな鳥を一羽しか」


ベスが手を差し出すと、ノアの肩にいた小鳥は、首を傾げて一度さえずり、ベスの近くを適当に飛び回った。


「次のステージだともっと沢山の鳥――けど、この鳥は、本当に何にも無いただの鳥なの。ステージ6の私がもう一羽作ろうとすると、前に作った一羽は…死んでしまう。消えずに。冷たくなって、静かに息を引き取るの。命を作り出す力…。確かに凄い力だけど…」

ベスは苦笑した。


小鳥はまたノアの側に来て、今度は頭にとまった。

「うぁ!」

「ノア、鳥を脅かすな」「だって!」

速水は注意した。小鳥はノアを止まり木とでも思ったのだろうか。

結局、小鳥はノアの所ですっかり落ち着いてしまった。


ノアは困った様子で、…自分に懐いたらしい小鳥を、戸惑いながら指に乗せた。

ちゅチュチュ、と小鳥が綺麗な声でさえずった。

さえずるって事は、オスか?と速水は思った。


ノアは驚いている。

「本当に小鳥だ……信じられない…」

「重たいのか?」

「ううん、すごく軽い」

「?軽いって、鳥くらいの?」

ノアと速水はしばらく小鳥を眺めた。


それを見たベスは楽しげに、声を上げて笑った。

あはははは、ふふふっと。明るい声で。


カラカラと、だがどこか狂ってしまったように。そしてクスクスと。

「あははは。ふふ…この力は、本当に、何の役にも立たないの」

――本当に楽しそうだ。そしてまた笑う。


「この力では無機物は作れないし、私ではステージ6が限界…」

彼女はうつむきがちに、どこかを見た。

「…ベス」

速水は、ふと思った。

彼女はそれを分かっていて、次のステージに進もうとした?


「それに…本当は珍しい力じゃないの――もっと――ありふれた…」

彼女は手を伸ばし、どこか遠くを見てそう言った。


「…ステージって、幾つまであるんだ?」

速水は尋ねる。

「最高で10。それ以上は私達の、誰も到達は出来なかった。だからハヤミ。貴方の能力の可能性に、プロジェクトは望みを掛けているの。――ごめんなさいね」


がちゃ、と一斉に銃口を向けられた。

速水達を取り囲む研究員、そして四名のガスマスク。


速水は舌打ちした。

また拳銃か。

――速水はもう付き合ってられない、と言う心境だった。

とっと帰って、家でも建てるか。もちろんウィルは刑務所にブチ込む。


こんな時に言う言葉はだた一つ。


「…ぶっ殺す!」「え、ハヤミ――」

速水は一直線、いっぽ、二歩で直線上にいた研究員に殴りかかった。

「ぎゃ!」

手錠を付けたままの殴打。少し吹っ飛び、紙袋に血がにじむ。

速水はさらにそいつの脇腹を右足で蹴って、軸足をそのままに、その隣のヤツを蹴飛ばした。鞭のような回転蹴りがヒットし隣のヤツは悶絶した。次のヤツは背中を蹴って、上から手錠を振り下ろして頭を叩くように殴る。床に激突する前に、顔面を蹴飛ばす。床に落ちた拳銃を拾う。

「!」

速水が横に飛ぶ。

背後から当てる予定の銃弾の銃弾を一歩先に避けられ、速水に舌打ちされた。バン!と仕返しに二の腕を撃たれる。別のガスマスクが速水を捕まえようとするが、しゃがんで逃げられた。

いつの間にか、速水の右と左手に二丁。

連続した銃声が響く。まずは正面のガスマスク。強そうなヤツから。

やや雑な、思いやりのある癖に、恐ろしく早い銃声が轟く。ガスマスクは念入りに。


結局、ベスとノア以外の全員が倒されてしまった。


「…ハヤミー、君って暴れるの好きなの?」

ノアはそれを突っ立ったまま見いていて、まったくもう、と言う感じに額を抑えた。


速水はにこりと笑った。


「実はそう――、…いや。今回は正当防衛だ。こいつ等が悪い」

速水は、ずっと寝てたけどやっぱり体は問題無いな。毎回ウザイ、と思った。

速水は言う最中に血を流して倒れた一人が呻いたので頭を蹴飛ばして、それからさらに蹴飛ばして退けた。キツイ目つきでベスを見る。


「…ベス!お前らは俺に何をさせたいんだ?俺はもう犬扱いはこりごりだ。俺がこの国にいると問題があるなら、俺はさっさと帰国する!」


俺の力?可能性?…そんなものはどうでもいい。

…ネットワークとプロジェクトのやり方は、あまりに非人道的で極悪非道だ。


速水の苛立たしい帰国宣言を聞いたベスは、クスリと楽しそうに笑った。


「ごめんなさい。実験の詳細はまだ内緒なの。けど、貴方が大人しく協力しないと…本当に困ったコトになるのよ」

「―君が困るのか?」

その様子が本当に困った、という様子だったので、速水は聞いてみた。

回りでは研究員達が呻いている。速水は起き上がろうとしたガスマスクに思い切りよく発砲して、両肩を撃たれたそいつはぎゃぁあ、と言ってまたのたうち回った。

速水は空になった一つを捨て、もう一方の銃をベスに向けた。ノアは一番近いヤツの止血をはじめた。


――ベスを見る。

ここで速水が協力しないと、ベスが、立場的に『平和的な』責任追及などをされるのかも知れない?


「いいえ、困るのは私じゃ無いの。困るのは…」

そこまで言って、ベスは笑うような溜息をついた。

困るのはハヤミ、だとでも言う気か?


ベスは続ける。

「知ってるかしら?――ネットワークは発生時からずっと、世界平和と、ある目標を掲げていた。それは『アカシックレコード』の解明。ハヤミ、単語の意味は知ってるかしら?」


「あ、」

知っていたノアが頷こうとしたが、速水が先だった。

「意味は知ってる。けどそんな物ある訳無いだろ?眉唾だ」

「いいえ、そうじゃないのよ―、それは確かに存在するの。私達、プロジェクトの使命はそれをこの世界に向けて発信すること。真実を知らしめる事なの――名付けて」


「ハッピー・ハード・コア計画!」

ベスは高らかに言った。


「この計画には、貴方の力が絶対に必要なの。あなたがこの計画に参加しないと、他の誰かが大変な事になるの。そこにいるノアや、例えばそう、あの子。アメリアとかね」


…アメリア?

ノアは首をかしげた。


速水はすぐに思い当たった。ノアもほぼ同時にあっ、と思い出す。

はっとするようなブルーグレーの瞳を持つ、スクールにいた子供だ。


「何だと」

速水は嫌な予感を感じながら言った。


「…サラのスクールには、レシピエントになる可能性がある人間が集められていたの。…あの子があのスクールに入ったのは『死んだ人の声が聞こえる』そう言ったから。彼女は現在、プロジェクトの施設にいるわ」


「死んだ人の声…?」

ノアが呟いた。


「……!!」

…そうだ。

速水は――ずっと不思議に思っていた。


レオンと速水のように、同室の絵札ならともかく、隔離されていたスクールの部屋で…、アメリアはいつ、祖父のレイと話した?

速水はやっぱりレイが自殺をする前に、どこかのタイミングで会話したのだろうと思っていた。


レイが孫に別れを告げる、そして自ら死ぬ、そういう事もあるだろうと…。

…だって。


アメリアが『自殺を知った後』に、レイと会話して、レイの思いを聞いたというのはおかしい。


「……そんな」

速水は銃を向けたまま、そんな馬鹿な、という思いに目を見開く。


「そうだ……レシピエント、予備軍が増えてるって――、超能力者、育ててるって…」

ノアがベスを見て、信じられないと言うように。言った。


「事の重大さは伝わったかしら?貴方が断ったら、貴方より確実に資質の劣る、他の誰かが犠牲になる。…既に貴方を組み込んで進んでいる計画。それが、HHC計画よ。貴方がスクールに入れられたのは、このアンダーグラウンドへの適性を見るため。貴方がサラのスクールでやっていけないようなら、すぐに薬漬けにされるはずだった。そして、彼女のスクールにいた踊れないダンサー達は。……もう、分かるでしょう?」

「…!」

ノアが、目を見開いた。


つまりスクールで、速水がついて行けないようなら。

エリックが。

「実際に脱落した――」

脱落したダンサーには、投薬をして、見込みがあればプロジェクトに移していた。


というベスの言葉は速水の耳を素通りした。


「ああ。心配しないで。これはこの国では、サラのスクールだけだから」

プロジェクトとネットワークの、闇の相互扶助が他の国にもあるのだろう。


「……」

ノアもそこまでは知らなかったらしい。速水の隣で青ざめた。


「こんなのは序の口よ。最も、ジョーカーは貴方が大丈夫だって信じていたみたいだけど…。アンダーでも…あなたは予想以上に良くやったわ…。私は側で見ていて、一緒にいて、楽しかった…」


…はっきり覚えてる。

そう言って彼女は胸に手を当てた。


「分かったでしょう?……貴方は、もう一生。逃げられないのよ。だから協力して。本当にハード・コアに出演する羽目にはなりたくないでしょう?」


「……」


お前は俺から逃げられない。


ジョーカーの言葉を思い出し、速水はおののいた。


「――!」

気配を感じ、振り返ったが、間に合わなかった。

速水は背後から羽交い締めにされて、恨みを込めてぶん殴られ拘束された。


■ ■ ■


……。

速水朔は目を開けた。


「大丈夫?」

ノアがのぞき込んだ。若干あきれ顔かもしれない。

速水は無言で身を起こした。そして痛む首を押さえて項垂れた。


部屋はそれほど広くないが、別に狭くも無い。

ただの白い部屋だった。

特に何も無い。…とりあえず、一時的に閉じ込められたのか?


今ごろ、ベス達は速水が出した負傷者の手当をしているだろう。それがせめてもの慰めか…。だが。

「全然大丈夫じゃない」

速水は憮然とした。

こんな事なら、手加減せずにもっと派手に暴れれば良かった。


「…くそっ」

速水は悪態をついた。少し項垂れる。

「ハヤミって、馬鹿だよね…」

ノアは苦笑して言った。少し明るい声色。慰めているようだ。

ノアの肩には小さな鳥が止まっている。

…ベス?が作り出した鳥だ。


「…その鳥って、餌食べるのか?」

ひどく落ち込んでいたが、プロジェクトへの恨みも収まっていなかったが、速水は気になった事を聞いた。

監禁されている状態に付き合わせるのは、小鳥には良くないかもしれない。

…小鳥だって俺のとばっちりなんて嫌だろう。


黄緑色の小鳥はちゅちゅ、と首を傾げて鳴いた。


「さぁ。コレって何の鳥?」

「見た目はアトリ科の鳥、みたいな感じだけど、アトリは背中がこんな色じゃないし…分からない」

速水はよどみなく答えた。

この鳥は、頭が黄緑色、胸が薄いオレンジ色、背中の色合いは若干の黄色で、羽の付け根に黒と白の模様が入り、羽が黄緑色をしている。…アトリによく似ているが、アトリはもう少し水色、薄いグレー、という感じの鳥だ。

アトリの、ほんの若干の色違いバージョン…?近い種類か、あるいはベスが色を決めたのか…。

速水は笑い出したくなった。


…手を伸ばしたら、触れられるだろうか。逃げるかな。

そう思って速水が手を伸ばすと、小鳥は速水の指先に乗って、少しはねて、またノアの元へ戻った。


「そういえばハヤミってさー、やっぱり、頭いいの?」

ノアが言って、壁にもたれて速水の隣に、横並びに座る。速水は片膝を立てて座る。

速水はスクールでもこんな事あったな、と思った。


「別に…普通だと思うけど」

「――嘘だろそれ」

ノアが言った。


…そう、嘘だ。

もう何十回もついた嘘。癖になってる。


はぁ…。

と、二人とも、うつむいて溜息を付いた。

速水は小さくノアは大きく。


「……ねえハヤミ、君はどう思う…?アレってベスだと思う?」

ノアの肩で小鳥が、ノアの頰にすり寄っている。

ノアは途方に暮れたような表情はそのままに、指先で小鳥のくちばしを触った。

小鳥が嬉しげにさえずった。


ノアが少し上を向く。

「俺、もう訳分からない……。…俺は、アレは絶対ベスじゃ無いって思うけど。ハヤミはどう思う?…」

そこでノアの言葉が切れた。


しばらく待ってもノアが無言だったので、速水は自分の考えを言うことにした。


「…俺も、多分あれはベスじゃないと思う。彼女は死んだ……」

自分の考えとは裏腹な事を言ってしまった。

速水は彼女をベスだと思っている。

「―本当にそう思ってる?目が泳いでるよ…」「…ノア。こっち見て言え」


ノアにあてずっぽうで言われて、速水もノアを見ずに溜息をついた。


速水は考えながら口を開いた。

「分からない。けど…俺はあれが、本当のベスだと思う。だから俺達の仲間だったクイーンは…元からいなかったか、いたけどそれは本当にシャドーで、あの時死んだのか……。けど、エリーもいるし……俺達のチームの『クイーン』がいた事は間違い無い」


ノアは…うううーん…、と唸るような溜息を付いた。

ノアも、あまりに想定外の出来事に、途方に暮れているようだ。


そしてノアは速水を見て…、違ってたらゴメン。と前置きした。


「なあ。この際だから聞くけど。ハヤミって、実はベスの事…結構、本気で…好きだったよね」

控えめに言った。

「……」

いきなり言われた速水は、バツが悪そうに目をそらした。

「そんなことない」

そう言ったが。

「―まあ、無理も無いよね…。ベス、美人だし。俺、見ててすぐ分かった」

クスクスと、ノアが速水を指さし笑った。

「………確かにそうだけど」

とついに認めた速水としては。

…今だからこそ、あれは致し方なかったと言いたい。


いきなり誘拐されて、地下に閉じ込められて、体調が悪くなっていく中。気遣われて。

……少しなびいてしまった。


ベスにはノアが居て、ノアにはベスがいる、それでかえって、自分が幾ら想っていても安全だ、と思ってしまったのか。…最低だ。

つまり横恋慕……これはかなり情けない。


速水は、女性関係にまつわる恐ろしい事態を何回も経験したことがある。

出所が不明な噂のように、未亡人や処女をひたすら食った結果、隠し子が百人いる、等では無くて。

速水としては特に何も無く、ただ普通に接していたら。

ある日いきなり、彼氏と別れた、夫と離婚するとか言われた事があった。刃傷沙汰までは行かないが、殴り込まれた事や、夜道で絡まれた事はある。…説明して女性にも分かって貰えたのは全くの奇跡だ。たまに殴られる。

面識の無い女性の場合もあるが、それはファン心理?


自分は父や隼人に比べてそこまで美形と言う訳でも無いし、たぶん、どこかで思わせぶりな態度をしてしまったんだろう…。

――あるいは、ここで自分に非があると思うこと自体が、やはり良くないのかも知れない。


「…反省する。これからはもっと真面目に生きる」

速水はひたすら落ち込んで言った。

…二代目JACKが悪戯に浮き名を流すのは、死んだジャックも望まないだろう。

当分は恋愛禁止で、ダンスダンスダンスだ。


「けど、…ベスは浮気はしてない」

速水はノアを見て言った。

あれは自分が勝手に少し?好きだっただけ、と伝えなくては。

「当たり前だろ。だったらブッ殺してるよ」

ノアは呆れたように言った。

「…ごめん」

速水は小さく言って、黙るしか無い。


「あっ。ねえそうだハヤミ、君、アンダーで何人くらいとヤった?ほら、シンディとか、良い感じだったよね、どうだった?あとお出かけの時とか――」

ノアがワクワクと、下品な話を始めようとした。


――それは無視して、速水は、ノアの肩の小鳥を眺めていた。


小鳥はノアの左肩に、涼しい顔をしてとまっている。


本当に鳥だ。

……こんな力が実在する?


レシピエント…。

どんな力なのか、未だ分からない。

だくさんの小鳥を作り出す能力?…何の役に立つんだ?

ネットワークは世界緑化計画でも立ててるのか?

木を植えて、そこに鳥を放すとかか?…ものすごく平和的だ。無いだろうけど。

――隼人が聞いたら喜ぶだろうな――。


アメリアも…?スクールの人間も、もしかしたらそうなる可能性を秘めていた?


俺が、万が一、レシピエントだとしたら。

…俺は…この先一体どうなるんだ?



〈おわり〉

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