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第13羽 異能 ④アラン

そこは野外で、それは真夜中の出来事だった。


白い庭園の中央で、エリックの背丈ほどもある炎が、静かに激しく燃えていた。


エリックはその中にサンプルを投げ入れた。

炎に包まれ一瞬で見えなくなる。


数段の白い階段。その上にステージのようなスペース。その先は暗い森。

森を見ていたエリックが足音に振り返ると、格調高い喪服姿のサラがいて、エリックはサラの肩をそっと抱いた。


「いずれにせよ…」

サラは少しうつむき、つぶやいた。

…仮面を外した彼女は、やはり美しい。

癖の無い、長い黒髪。

裾の長い漆黒のドレスに身を包んだ、蠱惑的な美貌の持ち主。


「こうなる事は分かっていたの」

強がりだ、とエリックは思った。背筋を正すサラは…少し震えている。


「君は…これからどうする?」

エリックは尋ねた。

エリックの行動は決まっていて、サラもそれを知っている。だから。


…エリックは、今が別れの時と覚悟をしていた。


「そうね、レオンに連絡を入れましょう」

サラは微笑む。

――別れの時でも、離別の時では無い。


■ ■ ■


四月一日。

速水はレオンと再会し、レオンの車に乗り込んだ。途端。


…雨脚が強まってきた。

ロスの雨はひどく冷たい。


「結局…あいつらは何だったんだ?」

速水は車中、後部座席の右隣に座ったレオンに尋ねた。

「地下でお前にコナかけてたオッサンの仲間だ。勝手に出歩くな」

レオンはそう言った。


運転はジェイラス・カラズ。

左ハンドルなので彼が速水の前だ。彼はレオンのファミリーでKidキッドのネームを持っている。

ジェイラスは先代ジャック『ジョン・ホーキング』のファン。

彼は速水にKRUMPでバトルを挑み、負けたり、たまに勝ったりする内に速水をJACKの後継者と認めた。年は、確か二十九歳。黒人。いかにもダンサーという鍛えられた体型で、スリムという感じでは無くがっしりとしている。ちなみに妻子持ち。


ジェイラスはサイズの大きい白Tシャツに、余裕のあるジーンズ…頭にはグリーンのキャップ。レオンのファミリーの下っ端はスーツでいる事も多いが、男連中の私服は皆こんな様子だ。スニーカーまたは、ティンバーのブーツが多い。

例外も幾人かいるが、速水からすれば大概ごつい。


「――お前、ネットに動画上がってた。それでこの辺りだってバレたんだ」

メールを打ちながら、レオンが言った。

「…動画?町歩きの?そんな物を上げてどうするんだ?」

速水は首を傾げた。


「町歩きって、お前、ダンスしただろ?」

眉を潜めてレオンが言った。

「ダンス?…してないぞ?…一体何の事だ?」

速水は言った。

レオンと話がかみ合わない。


レオンは速水をじっと見ている。

「…ハヤミ、エリックはどう言ってた?お前は『レシピエント』になったのか?」


「―え?レシピエント?…」

ふう、と速水は胸を押さえた。

カラスがクッションになったおかげで、銃弾を胸に受けるはずが、あり得ない程のかすり傷で済んだ。

しかし銃創のようなキズは残り、撃たれたような痛みも感じた。

医者は首を傾げて、とりあえずヤケドの処方をされた。今も一応、包帯を巻いている。

そしてその後はずっと高熱にうなされ、アダムに迷惑を掛けた…。


「お前はどうだ?それになったのか?」

レオンは真剣な顔をしていた。

「?いや、エリックは、俺は超能力者にはなれなかった、って言ってた。だから解放されるって」

「…。エリックはお前に何て言った?いいか、全て正確に言ってくれ」

レオンはとにかく聞いてくる。


言われた速水は記憶をたどる。

…ゲストルーム。

――速水が気がついた時にはエリックだけで、他の研究員は誰もいなかった。


『…貴方は失敗作です。プロジェクトには必要ありません。そう報告します』

エリックは笑って。けど、涙を流していた。


―必ず我々が貴方を助けます。サンプルも処分します―。

その後、エリックは速水の手を固く握り、そう言った。


速水はシートベルトをしたまま姿勢を正す。


「正直、エリックの考えはよく分からない。エリックは俺に『…貴方は失敗作ですね。プロジェクトには必要ありません。そう報告します。必ず我々が貴方を助けます』って、そう言っただけだ…。けど、泣いてた。俺はその後…多分また寝た」

そう言った。

もちろんサンプル云々の事は言わなかった。…処分してもらえるなら言う必要は無い。


「我々ってのはサラの仲間かも…」

速水は呟いた。

「それは…いつ頃だ?二十三日か?」

レオンが速水に尋ねた。


レオンに尋ねられた速水は、できる限り正確に言おうと口を開いたが―そこで自分の記憶が酷く曖昧な事に気が付いた。

「時間は覚えて無いけど、…たぶん夜だったと思う。その次朝が来たから…。三月…の」


…何日だ?


速水はゾッとした。

いつ何をしていたのか覚えが無い。記憶力にはそこそこ自信があるのに。


…寝て起きて、寝て、起きて。エリックとは監禁中はほぼ話さずに。

昔の記憶の中で遊んで――泣いて。エリックが―。


…二十日とか、そのくらいか?

これは予想以上に、脳が薬でヤバイ事になっているのかもしれない…。


「…悪い。監禁中は殆ど寝てたし、カレンダーも見て無い。…けど解放される少し前だ。二十日…とかか?……変な薬で、ずっと夢うつつだった」

自然と口調が苦くなる。速水は奥歯をかんだ。


「そうか…、じゃあ、…『シャドー』には会ったか?」

レオンが言う。


「…シャドー?」

速水は首を傾げた。


シャドー、つまり影。

もちろん意味は分かるが、聞いた事の無い単語だ。


「エリックが『お前はレシピエントじゃない』って言うなら…ソレが出てきてるってはずだ」

レオンは言って、続けた。


『シャドー』と言うのは、二重人格。つまり、もう一つの人格のこと。


「…レシピエントになれないとそいつが現れるらしい。ステージ4、シャドーが現れるとそこでストップ、ステージ5のレシピエント、つまりエスパーにはなれない。で、アビーもそこで進行が止まったケースだ。が、もっと酷いケースだと、シャドーが出てこなくて、そのまま狂うらしい…そいつが失敗作って呼ばれる。狂ってないって事は、お前はそいつに会ったのか?」

若干、苛立ち混じりに、レオンが速水に長々と言った。


「…会ってない。アビーが二重人格?それも初めて聞く」

速水は少しあ然として、事実を述べた。

…レオンの言っていることは荒唐無稽だ。


レオンは溜息をつき、自分の髪をかき上げた。

「チ…、検査だな。アビーに聞こう」

どうやらレオンは、アビー達と協力することにしたらしい。


「レシピエント…?」

速水は確認の為に呟いた。

シャドーが出て来る、ステージ4どまり。

シャドーが出てこない、ステージ4から5の間で発狂。…失敗作。

シャドーが出てこないが狂わない。ステージ5にランクアップ。

俺はシャドーに会った覚えは無い…。

「って」

それで行くと俺は…いつの間にか、ステージ5になった?一応当てはまっているが。


「…分からないけど、おれは二重人格とか超能力者じゃない。そいつに会った覚えも無い」

速水はハッキリそう言った。

「まあ、だといいな…」

レオンはそう言って、携帯の画面をのぞき込んでいる。


「…」

速水はレオンを見た。

速水が不思議に思うのは、自分が撃たれた件だけだった。

あるいは、それか?

これはアビーに聞いてみよう…。


――速水はレオンを仲間と思っていたが、さすがに迷惑を掛けすぎたという自覚がある。


…表面上の関わりなら、笑う事だっていくらでも出来る。

だが、肝心の、速水が心の奥底で思っていること…平たく言えば『足手まといになりたく無い』…そう言う事は中々言えない。


…レオンは。

彼は全くそうは見えないが、レオンや彼のファミリーは案外凄いので、何かしたい思っても速水は特にすることが無い。


地上に出て――意外とファミリーがしっかり機能していて。速水はささいな手伝いだけで済んだので、他の時間はベスの事で落ち込んだり、ウルフレッドと小旅行したついでにこれからの人生について考えたり、眠ったり、鳥の声を聞いてみたり、クリスマスの準備をしたり、たまに踊ったりしていた。


つまり、好き勝手に遊んでいたのだ。


それでいつの間にか、ネットワークに、ジョーカーに追い込まれて、迷惑を掛けて。加えてエリックにヤバイクスリを少しずつ飲まされていて、ヤク中になった。


…本当に、自業自得だ。いい年して、世間知らず、情けないにも程がある。


役立たずと放置されても仕方無いのに、まさか行方を探されていたとは。

―レオンとの約束を放り出す形になるので、もう今では思いとどまっているが…外へ出た後はかなりヤケになっていた。

速水はこれで自由だと思って、さっさと帰国しようと考えていた。

それでここまで気にかけて貰って申し訳無いくらいだった。


レオンが困っていたら、速水は命を懸けて助けるだろう。

それはノアだって、ベスだって。

…ベスはもう居ないが…、二人の娘のエリーだって一緒だ。


レオンに、ありがとう、と心の中で思う。

今、言わないといけないけど――。エリック。


「…ッ」

速水は舌打ちしかけて抑えた。

歯ぎしりをした。


やっぱり、どうにも苛々する!!


ブチ切れたい。ブチ切れている。

ガラスを叩いて『俺は悪く無い、お前等が最低だ!俺の青春を返せ!この豚野郎共!!』と叫びたい。

代わりにまた歯ぎしりをして低く唸るが、レオンの手前それも抑えた。

ストレスがたまりそうだ。小さく舌打ちしてしまうのは仕方無い。いま話かけられたらレオン相手でもキレる自信がある。


「ふー…っ」

速水はレオンを横目で見て、気付かれないように唸って、落ち着く為に溜息を付いた。

こんな状態で礼を言っても、怒って聞こえるだけだ。


レオンに向かって「中途半端に気に掛けるくらいなら、なぜもっと早く来なかった!?」と身勝手な本音を叫んでしまい、喧嘩になるかもしれない。

これ自体は仕方無く、もう済んだ事だが―。

ダメだ…やっぱりもう少し後で言おう。


――結論。エリックには再教育が必要。

…エリックがサラと繋がっているなら、彼は何か知っている?

他の研究員、スタッフ達は、おそらく良く事情を知らない。

スタッフ達は速水の扱いが丁寧だが酷くぞんざいで、ただエリックの指示通りにしていて、速水は苛々した。


結論を付けた後、速水はドアに肘をかけた。

「そう言えば、ウルフレッドは…?」

もう一匹の犬。一応あれも気に掛けてやらないと。


窓を幾多の水滴が伝う。

外はすっかり馴染んだロスの街並…。最寄りの病院へ向かっているのだろう。

丁度ビルの影、ガラスに映った自分を見て、だいぶ髪が伸びた事に気が付いた。

指にからめて遊んでみる。速水は相変わらず目つきがきつい。少し痩せたようだが、思った程では無い。またすぐにリハビリして踊ろう。自由になったのだから。


カラスが…そう言っている。

もっと違うヤツも。


「ああ、すぐ合流する…――そう言えばアビーだが…表じゃお前と噂になってる」

ずっと黙っていたレオンだが、何か思い出したらしい。

「え?」


アビーは偽装していて、本来は銀髪に紫の目。

彼女はなんとノアの双子の妹で、つまりジョーカーの実娘だった。

その事実に速水は驚いた。


「それで今じゃ、『二代目JACK』つまり、お前がアビーのフィアンセになってるんだ」

レオンは呆れた様子で少し笑い、事の顛末をさらに語った。


ジョーカーは娘と速水を結婚させる満々気だったこと。

だがウルフレッドとアビー、二人は実は昔会った事があって、アビーはウルフレッドに惚れていた。

そして別荘でアビーから告白したこと。最近はペアルックに凝っていること。


それを聞いた速水は素直に驚き、呆れて笑った。

…ジョーカーにとっても、これはさすがに予想外だっただろう。

少し気分も上向いた。ウルフレッドはいい犬だ。


「そうか…売名かと思った」

速水は苦笑した。

アビーはジョーカーの別荘に行く途中の車内で、やたらベタベタして来て…速水は面食らったのだ。それをレオンに言うと、やっとレオンの表情が緩んだ。


「二人に家を建ててやらないとな…」

速水は呟いた。


「大丈夫か?」

レオンが言った。…速水はうなされ始めていた。

「大丈夫、怪我はそろそろ良くなると思う…これはリピートの残り。レオン、とっとと入院させてくれ。ヤバイ薬を飲んだから、脳の検査も受けたいんだ……」

速水は舌打ちしてぼやいた。

エリックは頭痛、幻聴は今後は良くなるかもしれない、と言っていた。

――だが肝心の音感はそのままだった。それとも今後、元に戻るのか――?


「ああ。もちろんだ」

レオンが頷く。

「今向かってるのか?どのくらいかかる?」

速水は窓の外を見た。…おなじみの渋滞をしている。

「まだ少しかかる…、ひとまず一時間くらいだな。しんどいなら寝てろ」

レオンが言った。

後ろにはレオンの仲間の車が二台、いつのまにか合流している。


すぐ後ろの車には、アルヴァとレオンのいとこ、キティが乗っている。

もちろん運転はアルヴァ。

彼はレオンのファミリーで、Princeプリンスと呼ばれる。

レオンとタメを張る美形で、金髪を肩まで伸ばした優男。


キティは茶色が掛かった長い金髪の女性。レオンの家系の女性はストレートヘア。

キティはPrincessプリンセスだから、その恋人のアルヴァがプリンス。そのままだ。

キティが速水に気が付いて手を振った。

後部座席には仲間が二人。速水はぎこちなく笑って、また前を向いた。


「…レオン。どこの病院に行くんだ?」

この方向。この道を、このままずっと進むと、そのままハイウェイに入る。…そのまま進めばロス空港へ、真っ直ぐにたどり着いてしまう。

「このままロサンゼルス国際空港まで行って、まずは飛行機。デンバーでアビー達と合流。―そこで検査即入院だ。他はもう行ってる。俺達もすぐ移動する予定だったが、お前を探すのに手間取った」

レオンは言った。


「…デンバー?」

速水は言った。それは遠い。

デンバーまで飛行機なら二、三時間で着くはずだが――。わざわざ?

目線で問いかけると。


「そうだ。クリフの親父が病院の院長をやってて、そこなら融通が利く。アビー達もそこにいる。お前はさっさと寝て治せ」

レオンがそう言った。

「…分かった」

速水は頷いた。味方は多い方が良い。

用心深いレオンが信頼できると判断したなら良い。

「まだかかる。しんどいなら寝てろよ。つかもう寝ろ」「分かったって」

レオンに言われた速水は苦笑した。

自分は早く治さなければ。…暫くはまたお荷物か。


その時レオンの携帯が振動した。


「…誰だ?」

まだ寝ない速水が聞き、レオンが「犬だ」と答えた、「聞きたい」と速水が言って、レオンは少し眉をひそめスピーカーモードにした。


「どうした?こっちは速水が寝るとこだ」

レオンが問いかける。隣で速水も聞く。

『まずいわ。こっち方面、ゼロワンがうじゃうじゃいるの』

「―なんだと?……チッ!」

レオンは盛大に舌打ちした。

ゼロワンってなんだ?と速水は思った。


「……分かった。後はメールする。向こうにも伝えろ。…アレは持ったか?」

『ええ、もちろん、着替えその他バッチリよ』

「よし。あっちで合流だ。俺達は先に行く――ジェイラス、ルートB」

ジェイラスが「ああ」と頷き、車が右折する。


「じゃあ、切るぞ―」「待て。ウルフレッド、元気か」

速水は割り込む形で会話に入った。少し微笑んで。

『っ!!ええ!はい!イエス!サー!!ご主人様っ!』

「アビーと上手く行って良かったな。どこに住むか考えとけ。世話するから」

『――!!!!はいぃ!!』

その後続いた、きゅうう!というような奇妙な感激の雄叫びに、レオンは耳を塞いだ。


そして切るぞ!と言ってレオンが電話を切った。

――速水は。大変満足そうにしている。

レオンは相変わらずの速水にイラッとした。

「っとに…この際だから教えろ。なんでアイツ、お前に懐いたんだ?」

レオンはそれが不思議だったらしい。


「さあ?」

速水はかるく目を閉じて言った。

「さあ?って」

「俺は世界平和、やるって約束したけど…アイツの事はよく分からない。けど信頼してる。…多分、エリックよりも」

呆れるレオンに、速水はそう言った。


「…なん、だと?」

レオンは愕然とした。


レオンの感覚だと、まだエリックの方が――いや、どちらもダメだ。

「お前…何でだ?やっぱり実は馬鹿なのか!?熱は?」

慌てて熱を測られて、速水はソレを払った。

「別に、ただのカン」

「…勘だと?チ…、お前らしいっちゃそうか…」

レオンは頭を掻いて、溜息を付いた。


「『スクール』でウルフレッドの目を見た時――話しが出来るかもって思った。あれは…何かに迷っているヤツの目だった…、気がする。いや…そうじゃないかも…とにかく必死で、…早く日本に帰りたかったんだ」

速水は言った。


「……ハァ…。まあ、お前の何でもまず食ってみる精神は立派だな。…そうだな。これから見習ようにするか…」

「なんだソレ…?」

殊勝なレオンの様子に速水は首をひねった。少し目をあけてレオンを見たがよく分からなかった。


ちょうどダダ広いハイウェイに入り、ハイウェイカメラの下を通過した。

車線は片側だけで六。アメリカはスケールが大きい…。

速水を乗せた車と、後続の二台は、乗り合わせ用のカープールレーンを高速で悠々と進む。


「…そうだ。この際だから言うが。ハヤミ。お前は世界平和の前に、お前自身の事を考えろよ?あと直ぐ怒るな。冷静になれ。周りに、特に俺にとばっちりが行かないように気を付けろ―あとは、そうだ。言ってなかったが畜生、お前のせいで俺はあの時ペナルティ受けたんだぞ?あの時って言うのはあの―」

小言が始まりそうだ。むしろ始まっている。


こんな会話も久しぶりだ…。

うっとうしいが、眠るのには良いBGMか。


少し先、空を覆う雲に切れ間が見えた。

雨が上がりそうだ。

速水は手を振って目を閉じた。


■ ■ ■


「!!」

突然の音と引っ張られる衝撃に速水は目を開けた。


何だ!?


体が揺さ振られる。

――「レオン!!」「ヤバイ!スピードを上げろ!」

運転のジェイラスが叫び、レオンが怒鳴る。

今のは車体が何かにぶつかり擦った音だ。

「うぁっ!!?」

車がスピードを上げ、速水はシートにのけぞった。


「おい!?」「ハヤミ伏せろ!」

直線のフリーウェイ。

車は蛇行し、カープールレーンのラインを無視し、他の車を避け猛スピードで進む。

速水は後ろを向いた。

大きな物音がした―後方、もうかなり向こうで煙が上がっている。

速水は後部座席、右窓の外をちらりと見る―そして背後を。

バジイッ!とガラスにヒビが入った――?!


「なっ」

「――っ」「伏せてろ!!!」

同じ事を繰り返し言って、レオンはシートベルトごと、速水の頭を思いっきり押さえ付けた。


マジか!?

速水はそう思った。


増えた仲間の黒い車のさらに後ろ、一瞬見えたのは黒い車。

速水達の車を追尾する、その車の後部の窓が開いていて、あり得ない事に、そこから目出し帽の男が身を乗り出し、厳つい長銃で速水の乗った車を撃ちまくっている。

けたたましい音。

後ろの一台がスピンした。横の車も同じく脱落。

速水達の乗る車の後方ガラス―割れ方からしてたぶん防弾―にヒビが入り、その後吹き飛ぶ。


応戦するどころでは無い。


速水達の車は急にバランスを崩し、前方のトラック、その横の乗用車を巻き込み―派手にクラッシュした。


■ ■ ■




ガー…、がー…。




「やり過ぎだ!」「おい早く!ターゲットを!」「馬鹿野郎っ!」



「主任の指示です。問題はありません。タイヤを破壊しました」



カラスが鳴いている……。




「っ…」

速水は痛みを感じながら、意識を取り戻した。

目をあけても視界が晴れず、ぼんやりしている。レオン…?


手足が思うように動かない。頭を打ったかもしれない。

…レオンは…無事か…?


「…う」

レオンがうめく声がした。生きてる…。


「ハヤミ…、早く逃げろ…っ」

レオンの声が。速水は自分のシートベルトを外した。

思うように体が動かない。運転してたジェイラスは…?

正面はトラックの、コンテナ…?

ジェイラスがエアバックに顔を埋めて…血が…。


突然、速水の側の扉が開いて、速水は引き出された。


…誰かが横抱きに、グッタリとした速水を抱え上げる。

「行くぞ」

「…待てっ!!」

途切れる前、視界にちらりと映ったのは、顔を隠した男達。速水が引き出された扉。

車内のレオンに銃を向ける複数の男達。


銃声が響いた。



■ ■ ■


ジャック、ジャック…しっかりして…!



覚えのある声が聞こえて、速水は目を開けた。


「…ヤミ!!!?」



「…?」

照明のまぶしさに目を細める。頭が痛い。

寒い。どこかでカラスが鳴いている。


「ハヤミっ!良かった!!大丈夫!?」

金髪の、美少年。緑色の目。巻き毛を首の後ろで結んだ…。


「――ノア!?」

その人物をハッキリ認識し、速水の頭は一気に混乱した。

…なんでノア!?


別に起きる必要は無いのだが、速水は反射的に手をついて身を起こした。

少しぐらついてノアが支えた。


そこは固いベッドの上だった。

すぐに状況を思い出す。――そうだ、確か事故って…!


「え――ここは…?」


速水が周囲を見回すと、床の白い、やたらがらんとした部屋だった。

部屋のど真ん中に、…真鍮色の鉄格子があることを除けば。


灰色の壁。

身を起こした速水の目線の高さと、足元。…上下二列に銀色の板が取り付けられている。そこに等間隔に、中に棒芯の入った四角い穴がいくつもあいている。

足元にはポータブルトイレ。鉄格子の向こう、入り口横には内線がある。


速水はベッドから足を下ろして、ちくりと痛んだこめかみを触った。

…綿と医療テープで少し仰々しく、応急手当がしてある。

…運ばれてすぐかもしれない。コートは無いが、靴は履いたままだ。


「ハヤミっ。落ち着いて!俺達、さらわれたんだ!」

ノアは落ち着けと言ったが、そのノアが落ち着いていない。

「さらわれた…?」

速水はノアを見た。まさか。いや、またか…。


「―!」

そしてはっと息をつめ、ノアの肩を掴んだ。


「ノア…!その怪我どうしたんだ!?」

速水は言った。


普段着のままの速水と違って、ノアはなぜか入院着で…両腕、…頭、体。

おおよそ体の大体の部分を怪我しているようだった。…どの怪我も酷そうだ。

ノアは裸足で、足にも包帯が巻かれている。


「は、…ハヤミぃぃ!!」

ノアはひぃぃ、と言うような声を上げて泣き出した。



■ ■ ■


今から一月ほど前の、二月二十五日。


ノアは速水の安全を保証すると言う理由で、レオンと別れサロンへ入る事になった。

その後ノアはエンペラーの屋敷があるサンフランシスコに移動した。


ノアはエンペラー『ホレス・ニーク氏』に会い…これからどうなるのかと思ったら、お前は次のジョーカー候補だから、ブレイクダンスの大会に出てとにかく勝てと言われた。

…無名のノアに実績を積ませる気らしい。

ダンサーとしての知名度を上げる事は速水の計画にそってもいたし、ノアは素直に頷いた。


だが自由にとはいかないようで、ノアは広い屋敷でそのまま暮らすことになった。

そして三月四日。

ようやくノアはお目付役のイアンとシカゴに行った…。


――のだが。

ノア達は結局ベスの家族に会えなかった。


シカゴのベスの家には、レオンが書いた書き置きが置いてあり、そこにはすぐにその場を離れろと言う警告が書かれていた。

そして白い防護服の集団――危険指定教団『No.zero-one』がベスの家に火を放ち襲ってきた。


それと時を同じくして、サンフランシスコのニーク氏の屋敷が襲撃された。

平たく言うと裏切りで、以後サロンと連絡は途絶えてしまった。


レオンからのメッセージには合流先も書かれていて、イアンとノアは車を半ば強引に手に入れ、そこを目指し逃げたが……。

教団は執拗に追いかけてきた。


白い防護服がトレードマーク。車の周囲に群がって――。


「俺、奴らに捕まりそうになって、川に飛び込んで…引き上げられて、もうダメだ、殺される、と思ったんだけど…そこにプロジェクトの連中が横入りして来て…ほとんど一方的に、ゼロワンを撃ちまくったんだ」


その様子を思い出したのか、ノアは身震いし「外って超恐いんだね」と小さく呟いた。


「ここは、プロジェクトの研究施設、とかだと思う…場所は分からない。けどシカゴから多分そんなに離れてないと思う。…二時間くらいだった」

ノアは言った。


「そうか…、イアンは?」

速水の問いに、ノアは肩を落として首を振った。

「……分かんない。俺はすぐに車に乗せられて、目隠しされちゃって。奴らと違う連中だって分かったのも少し後だった…」


イアンも川に飛び込み。その後の生死は分からない。


「…けど俺、正直…ゼロワンに捕まらなくて良かったと思う…連中、マジでイかれてるぜ!」

ノアは頭を抱えてそう言った。


そしてノアは顔を上げ、真剣な表情で続けた。

「ハヤミ。イアンは、アメリカ政府と、『プロジェクト』の連中がグルだって言ってた。で…ええと、ああ、そうだ。サンフランシスコのサロンを裏切った連中…ジミーだっけ?多分みんな、合流して君を狙ってるって言ってた。超やばいけど…これからどうする?」


「…政府まで?グルなのか?」

速水は驚いた。

どうやら速水が監禁されていた一ヶ月の間に、外はとんでもない事になっていたらしい。

「あれ、知らなかったの…?あ、…外に出たばかり?」

ノアは速水の様子を見て言った。そして呟く。


「いや、違う。…くそ、レオン、あいつ…」

速水は舌打ちした。

車中で…時間はあったはずなのに、レオンは状況について何も言わなかった。

…まさかこんな事になっていたとは。

ネットワークの追徴は…自分が解放され終わりだと思っていた。

速水はレオンに聞けば良かったと後悔した。


そこで速水ははっとした。

「あっ」

と声を上げてしまった。



レオンは…どうなった!!?



速水が引き出された扉の奥で、…覆面に撃たれたのは、見た。いや、音を聞いた!

車中のレオンに向けて、銃声が三発。


冷や汗がどっと出た。


――速水はすぐに気絶してしまって、その後は…分からない。


まさか。死んだ…!?


「!…そんな…。…、れ…」

速水は俯いたまま考えた。レオンが…撃たれた!?


「ハヤミ…どうかした?」

ノアが動揺する速水を、いぶかしげに見る。

「まさか。…、いや…」

連中の目的は俺を攫うことだった。

なら、もしかしたら…?

おおっぴらに殺すのは不味いし、俺だけ攫って、後は無視するのでは?


「……くそ」

だがノアの話を聞く限り、やはりプロジェクトは見境無く撃つらしい。

カーチェイスとかも目茶苦茶だ。そこで速水は、またはっとした。


……ノアに言うべきか?


「…どうかした?」

ノアが瞠目する速水をいぶかしげに見る。ノアは速水に会って安心したのか、明らかにほっとした様子だ。

…ここでノアに『レオンが九割くらいの確率で死んだ…』と言うのはどうだろう。

確認もしていなのに。


「なんでもない。……まずはここから出るのが先だな…」

速水は後回しにした。


――泣くのも、悲しむのも、死んだと分かってからでいい。

だが…覚悟をしておく必要がある……。

おそらく、レオンは…もう……。


レオンっ…!

もっと詳しく事情を聞くべきだった!礼をしておくべきだった。


レオンは…おそらく体調の悪い速水を気遣い、何も言わなかったのだ。

あれが、最後の会話。

速水は激しく後悔し、…そして考えた。これからどうするべきかを。

「…ノア。お前は…どうしてここに連れて来られたんだ?」

慎重に尋ねた。

「俺は、えっとまあ、…うー、うん、何か…君のついでに?…」

ノアは非常に歯切れが悪い。

速水は、少し察した。

「…ノア、ハッキリ言ってくれ。ついでって…もしかして…俺のせいか?」

ノアは見るからにボロボロ。ヤケドも少し。

これは人質と…言うよりは……拷問とか、痛めつけられた、そんな感じだ。


ノアは苦い顔で舌打ちした。

「分からないけど…散々殴られて。ハヤミを呼べって言われた。意味不明だろあいつら!」


…やはり、あの切羽詰まった声はノアだったのか。


――薄々分かっていたが、この幻聴はヤバイ力だ。


……ちから?


「ハヤミは?ケガ、大丈夫?」

ノアは逆に速水を気遣ってくる…。

速水は少し俯いて、肩を震わせた。

「ああ…、俺は良い…」「どうしたの?」

ノアが首を傾げる。

速水は歯ぎしりをした。


確かに自分は酷い目に遭ったと思う。だが。


――ノアの方がどう見ても重傷なのに。


速水は顔を上げ、ノアの目を見て…ノアの両肩にそっと手を置いた。

傷に障らないように。

ノアを攫ったやつ、ノアを殴った奴…。こんなに痛めつけたヤツ。レオンを殺したヤツ。

…絶対に許せない…。


「ここにいる奴ら…全員メッタ刺しにしてぶっ殺してやる。安心しろ」

怒りに震えて言った。

「…えっと、刺してもいいけど、…半殺しでいいよ」

ノアも相当恨みがあるのだろう。速水を見て控えめに物申した。速水は頷く。


「じゃあ、四分の三くらいで。どうやって外に――」

そう決めて部屋を調べようと立ち上がった時、足音が聞こえた。


「―アイツが来る!」

ノアがおののいた。


速水が見るとそこには――。


「…誰だ?」

速水は言った。


■ ■ ■


そこに居たのは、中年の男だった。


趣味の悪い金縁の、レンズの色が薄いサングラスの下、左目から額にかけて大きな傷がある。

背後にガスマスク六人、そしてスーツの男…適当な黒目出し帽…二人を連れている。

「――会いたかったぞ」

その男はそう言った。傷に手をあて、醜悪に顔をゆがめる。


「この傷の恨みを、たっぷりと味あわせてやる…!」

そう言われたが、速水にはサッパリ心当たりが無かった。

速水は眉を潜め、首を傾げた。


「誰だお前?」「―ハヤミ!こいつアンダーで君に粉かけてたおっさんだ…!」

ノアがあわてて耳打ちした。たのむから刺激しないで!と速水に言い聞かせる。


「あ、…ああ」

言われた速水は、思い出して納得した。

…そう言えばそんな事もあったな。すっかり忘れていた。

確かに顔は真っ赤で、杖を強く握る手はぶるぶる震えて。怒っているのが良く分かる。


全く覚えは無いが、確かエリックが、あの時、自分はベッドで相手を傷付けたと言っていた。全く覚えはないが。

傷は相当大きい。手術の跡も見える。そしてサングラス。ダークブラウンの杖。白杖では無いが、もしかして、失明させたのか?…かなり不味いな。


「目は?見えるのか」

速水は男をまっすぐ見て言った。心配そうに。いつものキツイ目つきで。

「っ」

男が拳を握りしめた。

ノアはハラハラしつつ様子を伺った。

そうだ速水はこういうヤツだ――、頼むからそいつを挑発しないで!とばかりに。


「やれ」

男の号令でリンチが始まった。


■ ■ ■


すっかりおなじみの手錠で後ろ手に。

暴力が止む事は無く、速水はひたすらに殴られた。

ノアはベッドの上で歯ぎしりしながら見学。ノアの周囲にも三人。

途中で、ピー、ピーと鉄格子の向こうの内線が鳴ったのを覚えている。


「なんで…ノアを痛めつけた?」

散々殴られた後、息も絶え絶えになった速水が小さな声で言ったのはそれだった。


「あの女の命令だ」

男は忌々しげにそう言った。杖が速水の鳩尾を突く。

「ぐッぁ、…、――あの、女?」

「貴様は一生、子飼いにしてやる!」

男は速水の顔を杖で持ち上げ、言った後、速水の顔を横からしたたかに蹴飛ばした。

速水は床に倒れた。


その後、男が杖を両手で竹刀の様に持ち、派手に速水の肩へ振り下ろした。

「が…っ!!」

それをまともに食らった速水は悶絶した。だが男達が無理矢理起こす。


おまけに頰を殴られた。

歯を食いしばる。

「…っ」「意外に丈夫だな」

鳩尾を蹴られる。


速水はベッドの方を向かされ、背後からがっちりと固定された。


「…、」

顔が上げられない。が、髪をつかまれ無理矢理上を向かされた。

速水は歯ぎしりだけはした。

「ハヤミ…!!」

心配そうにするノアが目に映る。


「さて」

という声が聞こえて、ベッドの上の、囲まれたノアがびくついた。

速水の後ろで笑い声がする。端末の電子音は止んでいる。

「二人仲良く==ックしてやるぜ!」

「ノア!!」「ハヤミ、気に」

「これが××××計画だ!ギャハハ!!」


「―テメェ等ぶっ殺す!!この××ゲス豚野郎!!!====×って来い!っ」

ノアは大声で悪態を付いた。

「!!っノアを放せ!!」

速水は叫んだ。ノアが――!

無理矢理振りほどこうとしたが。



「やめなさい」

先に号令が降って、男達の動きが止まった。


「ちっ」

サングラスの男が舌打ちし。速水を眺めてにへりと笑った。その助けが来るのが分かっていたのか、下卑た笑いだった。

手を振って、速水を押さえていた男達がゆっくり退いた。

助かった?


「…」

そちらを見た速水はあぜんとした。

助かったとか、そんな事より。


………。

何が、起きてる?


ノアを見ると、ノアは半分ベッドに身を起こし、険しい顔のまま――、その、白衣の女をにらみつけていた。

その表情が、次第に崩れる。



白衣、少し伸びた赤い髪、赤いワンピース、赤のハイヒール。


気怠げに腕を組んで。見た事のあるイヤリング。


速水は知らない金色の細いブレスレット。



「準備が整ったわ。ラストステージへ行きましょう」

――金色の目。


聞き覚えのある声。

その女は、死んだはずのベスだった。


〈おわり〉

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