第13羽 異能 ③"JACK"
三月二十四日、AM3:00。
エリックは、キッチンで料理をしていた。
トーストにバターを塗って、買っておいた材料で簡単なサンドイッチを作る。
……今はエリックと速水だけだ。
長居するつもりは無かった。速水はいつ起きるだろうか?
速水が起きた時のために。せめて食事を。
レオンには撤収後に、会って話したい事があると言ったが。実際に……その時になったら話す気が無くなった。
会って、速水の事を任せると言うつもりだったが、どの口で言うのだろう?
エリックはサンドイッチにラップを掛けて、冷蔵庫にしまった。
サンプルが入ったドクターバッグを持ち、速水の部屋から立ち去った。
■ ■ ■
――時間で言えばエリックが去った後。速水が目を開けベッドに座り。
いざ立ち上がったものの、やはりだるくて眠くて、また少し横になった、その時。
ハヤミサクは目を開けた。
目を開けて天井を眺める。
「…」
暫く、ベッドの上でそうしていた。
次第に意識がハッキリしてくる。
彼は頭を押さえて起き上がった。頭を少し振る。
「…」
速水は少し舌打ちした。
身を起こし、溜息を付く。暫く何かを考えた。
そして、汗でベタベタする事に気が付いた。
かゆみを感じて頭を触ると、あまり清潔とは言えなかった。髪は肩に少しつくくらいに伸びていた。
「まず、風呂だな…」
彼はそう呟き、ベッドから降り、ゲストルームの扉を開けた。
リビングは閑散としていた。
エリックが撤収する時にすべて元に戻し、速水の記憶にある部屋、そのままだった。
速水は入院着を脱ぎ捨てて、バスルームに消えた。
「…」
適当に着替えを身に付けた速水は、髪をぬぐいながら、そこら辺にあった物をポケットに詰め込んだ。
ふと思い出して、引き出しを開けて、折りたたみナイフをポケットに収める。
冷蔵庫を開けたら、サンドイッチが入っていた。エリックからだろう。
「うまい…!」
感動しつつ、食事を終えた。
食事を終えると、何だか気分が高揚してきた。外はそろそろ薄明るい。
そうだ、どうせ行かないといけないんだし、外へ出よう。
あとは歯を磨いて、髪を梳かして…。
「~♪♪」
――速水はアパートを後にした。
■ ■ ■
さて。出て来た物の、どうやって目的地まで行こう?
――よく考えれば、レオンに連れて行って貰った方が早いな。
――じゃあ、見つかるまで適当に進もう。それで合流して、そのまま行けばいい。
適当に遊ぼう、の間違いか。
…だって、何年ぶりだ?こんなに自由なのは!
外の空気が心地よい。
人の気配がする!
灰色だがどこまでも続く空、空に浮かぶ雲。
速水の頰を撫でる湿った空気。鳥たちも楽しげに鳴いている。
速水朔は歌を歌っていた。
その歌は英語ではないし、日本語でもない。
――何処へ行こうか?
鳥たちの声が聞こえる方へ。
彼等が何を言っているのか、今は分かる気がする。
異国の風と空の色。
何処へ行こうか?…鳥たちの導くままに。
「ん?」
ふと音楽が聞こえて、そちらを見ると、少し開けた場所で若者達がダンスの練習をしていた。おだやかな樹木があって、少しのフェンス。新聞を読む出勤前の男性。
その中で五人。あと一人は子供。
朝早くから熱心だな、と速水は思った。
「えっと、…ハロー?あ、グッドモーニング」
と自分から声を掛けた。英語を話す。
「―、何だ?…」
少し怪訝そうな顔をされたが、速水は普通に、ダンスしてるのか?と尋ねた。
そのうちにジャックと呼ばれ、少し騒がれ出した。
「アップする動画を撮影してるんだ。そうだジャック、踊ってくれよ!」
一人の黒人が目を輝かせて言った。
「オーケー、そうだ折角だから…」
速水は笑顔でそう言った。木の上を見る。
がー、とカラスが鳴いた。
ハイテンポな、歌のない曲に会わせて、一歩踏みだし。
足先で半円を描く。
「おお!?」
「何か面白いな!」
それは異国の踊りだった。
初めはおどけた様なダンス、だがあっと言う間に魅了される。
それが次第に荘厳な動きに変化する。
途中で飛んで来たカラスも加わり、一緒に踊る。
彼は踊りが好きだった。歌も。
――サクも凄いけど、まだまだ俺には敵わない。
皆、もっともっと踊って、俺を越えてくれ…。
速水は微笑みをたたえたまま、…悲しげに踊った。
わぁあぁあ!と踊り終えた後に大歓声が上がった。
拍手・口笛、――速水がずっと聞きたかった音だ。
通勤途中らしき人、何処かから出て来た人々。早朝の公園に似つかわしくないコロニーができている。
速水は笑顔で観衆に答え、優雅にお辞儀をして、カラスを空へ放した。
―さすがジャックだ!カラスまで魅了しやがった!
そんな声が聞こえた。
…あまり目立つと、奴らに見つかるな。
「ゴメン、行くところがある」
「え?そうなのか!」
「もうちょっと居ろよ!そのダンス教えてくれ!」「サインくれ!」「握手してくれ!」
「ジャック、写真を―」「ゴメン、行かないと」
速水は帽子にサインを一つ書いて、気の良いダンサー達に別れを告げてその場を立ち去った。
サインを受け取ったのは幼い少年だった。
彼はダンスをやっている兄と今日ここに来た。
帽子のつばの裏には"JACK"と書かれていて、その後に添え書きの様な文が付いている。
「これ、何て書いてあるんだ?」
「さあ、けど格好いい!俺、宝物にする」
そこにはこう書かれていた。
―君の夢が叶うって、俺は知っている―頑張れ。
■ ■ ■
「カラス」
暫く歩いて。ついて来たそいつを見つけて、速水――は手を伸ばした。
カラスはすぐに街灯から降りてきて、すこし羽ばたいて速水の左肩に止まった。
背中から右腕に移動してバサバサと羽ばたく。速水は少しくちばしを撫でてやった。
「さっきのダンス、どうだった?」
少し首を傾げて、速水は尋ねた。
ガー?
とカラスも小首を傾げ鳴いた。速水の頭に直接伝わる。
『(+)13845。(-)2208』
「あー…。―そうか…」
速水は溜息を付いた。
「カラス、俺はもう帰るけど…サクについてやっててくれ。あと掃除も頼む」
頭がズキリと痛み、速水は押さえた。呼ばれている。
「っ…。せめてepn2くらいまでは引き上げて…何か問題は出るか?」
『epn1、発振時、半径100メートル圏内に何らかの影響が出る可能性あり。
データ不足』
『epn2、発振時、半径1キロメートル圏内に何らかの影響が出る可能性あり。
データ不足』
『epn3、発振時、半径5キロメートル圏内に何らかの影響が出る可能性あり。
メインに何らかの影響が出る可能性あり。データ不足』
がー、とカラスが鳴いた。データ不足で困っているようだ。
『まあ…多分そんなに困ることも無いだろ。そうだな、お前はしばらくこっちをエンジョイしろよ。よろしくな』
『任務了解』
それは言葉ではなく、思考による会話だった。
最後に何かメッセージが送られてきた。カラスはわくわくした。
「あ…」
速水はすぐに状況を理解し、歩き始めた。
『任務開始』
カラスはその近くで首を傾げた。じっと良く見つめる。
『名―はまもがふ』『認証完了』
『NEW―クリーンモード―無制限―』
『NEW―epn0日常生活モード―規定― 』
『NEW―epn1レッツエンジョイモード―要認証― 』
『NEW―epn2サイレントモード―推奨― 』
『NEW―epn3マイナスモード―要認証― 』
『NEW―メッセージ①いい夢みせてくれ。ダンスで世界平和って馬鹿だよな』
『NEW―メッセージ②ジャック、彼を早く助けて!』
『NEW―メッセージ③―特取―あぁあああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
『テスト開始。クリーンモード』
がー!とカラスが大きく鳴いた。
後片付け。エリートなこのカラスにしたら朝飯前だ。
カラスはしばらくバサバサと得意げに羽ばたいたり、鳴いたりした。
カラスは飛び、ツタのある一軒家の、緑色の屋根の上からキョロキョロした。
ばさばさと飛んで、周囲への影響も調べる。
「あはは、こっちにもいるぞ!なんだっけこいつ!」
地上では『はまもがふ』が楽しそうに遊んでいる。
特に周囲に目立った影響は無いようだ。
がー?
とカラスが首を傾げた。
――そうだ、助けに行かないと?
…あれ何を?
速水も首を傾げた。
カラスはカララ、と鳴いて速水の後を追った。
〈おわり〉