第13羽 異能 ②サラ
エリックとサラは追っ手から逃げていた。
銃弾を木の陰に隠れ避けつつ、時折ショットガンで応戦しつつサラの仲間との合流地点を目指す。
サラはいつものスーツ姿に黒いトレンチコート姿だが、さすがにハイヒールは履いていない。カカトの低い、編み上げのブーツだ。
エリックはいつも通りのスーツ姿にベージュのPコート。二人とも防弾ベストを着込んでいる。
ネットワークを抜けた二人はもちろん素顔のまま――と思いきやサラは赤い仮面で目元を覆っている。単純に慣れているから、と彼女は語った。
追っ手はプロジェクトの人間。
何故追われているのかというと、エリックがハウスを出る時に速水の全サンプルと、研究の極秘データをしっかり持ち出したからだ。
さらにエリックは自分の研究室のコンピューターも、ピンポイントで破壊した。
ハンマーによる物理的な穴をいくつも見つけた元部下達は、当然怒った。
…ジョーカーは速水のアパートに行く前、エリックに『これが終われば契約通りにお前とサラは自由だ』と言った。
バン!!と側の木に穴が開いた。
「サラ!七時の方向!」
「ええっ…」
サラが少しもたついた手で手榴弾のピンを外し、だが見事な遠投を見せる。
爆発の隙にエリックとサラは逃げる。
「あと少しよ…!」
サラが走りながらGPS端末で座標を見る。
一昼夜逃げ続け、二人ともそろそろ限界だが、あの沢の向こうの平地が合流地点だ。
エリックは妻のサラを庇いつつ走る。
――サラとエリックが出会ったのは、エリックがスクールに赴任したときで、五年ほど前になる。
エリート街道を歩いていた当時二十三歳のエリックは、丁度その頃、一つの些細な見逃しをしていた。
左遷かと思ったが…連絡役のウルフレッドから、研究は今まで通り続けろと言われた。
駄犬曰く、肩書きは副主任のままで、どうやらジョーカーの判断らしい。
…要するに仕事が増えたと言うことか。
エリックは溜息を付きながら赴任した。
『私がここのトップです』
そこで出会ったサラは、どう見ても美女で、性格も魅力的だった。
運命を感じたエリックは押しに押して、付き合った。
そうして親しくなった後も、サラは一切、自分の出自を語らなかった。
以前スクールにいたという事は聞いたが、それ以外は語れないと言っていた。
両親にも紹介出来ないし、姓も故郷も内緒。
エリックはそれで構わないから結婚してほしいと言って、サラもそれを了承した。
だがエリックは、サラの事は副主任の肩書き上、何となくだが、予測が付いていた。
サラは結婚し程なくエリックに打ち明けた。
それは「概ね」予測通りだった。
「行くよ!」「ええ」
二人はバシャバシャと沢を渡り、反対の茂みに身を隠す。
エリックにとって、スクールでのサラの更迭は晴天の霹靂だった。
サラの所属する場所は、長年ネットワークとは協力関係にあった。
突如としてジョーカーがサラを――、適当な言いがかりで排除した?
エリックは自身の異動にも戸惑った。
…研究をするには自身はスクールにいた方が都合が良い。だからエリックは先代JACKがアンダーに移された折にも居残ったのだが…。何故、今?と。
その理由はアンダーで分かった。
…エリックは速水を騙すために多くの嘘をついていたが、アンダーで速水に言った「まだジョーカーに一度も会った事がない」と言うのは本当だ。
ジョーカーはトップの会合にも姿は見せない。
サラのスクールの繋ぎはあの犬、ウルフレッド。…エリックはウルフレッドが大嫌いだった。
エリックは速水が起こしたアンダーでの大問題の折に、初めてジョーカーに直接会い…その正体に舌打ちし。その場でサラの置かれた『平和的』な状況を聞かされた。
エリックはネットワークを信じていた。プロジェクトの研究も、「ごく一部」の人間には害があるかもしれないが――素晴らしい物だと思っていた。
…サラの状況と、速水に関する計画の詳細と、「外へ出てから」の方針を聞くまでは。
『死ななければそれでいい』『それまでサラは解放されない』
つまりジョーカーは、……どうしようも無い豚野郎だった。
サラが木の陰から頭を出す。
「…サラ!」
エリックはサラの肩を横から引いた。銃弾が正面から飛んで来て、幹をかすめる。
―待ち伏せされている!?
サラが舌打ちした。
「…当然よね」
眼前の茂みと木々の先に、丁度ヘリが降りられそうな広い空間がある。
サラとエリックは時間と座標だけ指示され来たが…これではそこが目的地だと丸わかりだ。
十数名。この先にいる。
「どうするのエリック?」
「君の仲間はまだ?来てないのか?」
「遅いわね、もうそろそろ――」
いたぞ!と言う声が聞こえる。
「っ」
――まずい!見つかった。
その時、ヘリのプロペラ音が聞こえた。
■ ■ ■
ヘリが低空を飛んで、こちらへ向かって来る。
程なくヘリの扉が開き、ロープが垂らされ、そこから武装した細身の人間が二名、順次降下する。
同時にヘリの上から地上に向かいもう一人が銃を乱射。近くの追っ手が慌てて散った。
エリックは頭上を見上げた。
あれは…戦闘員だが、どう見ても武装した女性だ。
「私達も、行きましょう!」
嬉しそうにサラが微笑み、エリックの手を引く。
ヘリから降りてきた三人の女性達に、あっと言う間に、プロジェクトの人間は制圧された。
「動くな。お前も敵か!!」
カチャ、とエリックは女性達に囲まれ大仰な銃を向けられた。
「待って、彼は違うわ!」
サラが言ったが、銃は下ろされなかった。
彼女達はサラと同じ仮面――黒色、を付けていて、エリックは少し唖然とした。
…この運営用の仮面は、まさかサラの趣味だったのか。いや、いや。
アンダーでも運営は付けていたし――、きっと違う。
…彼女達が提案したとかはあるかもしれない…。
着地したヘリのプロペラが止まり、操縦していたあと一名。
黒っぽいパンツスーツの女性がヘリから降りてきた。彼女も黒色の仮面を付けていて、髪色は黒。きっちり編み込まれた三つ編みを背中の真ん中まで垂らしている。
「――プリンセス!!お迎えに上がりました。お怪我はございませんか!」
跪きはしなかったが、そのくらいの勢いだった。
「ええ、アイラ。久しぶり」
サラは頷いた。
「そちらの男は?」
「私の夫よ。彼も連れて行くわ」
サラがそう言った途端に、女性達が猛烈に殺気だった。
「…」
エリックは少したじろいだ。
だが、一応主張として『クイーンにお会いしたい』ハッキリそう告げた。
〈おわり〉