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第13羽 異能 ①カラス

「…」

はやみさくは、ベッドの上に座っていた。


ひたすらに空虚で、だるくて、とても眠い。

『犬』としての生活は昨日、唐突に終わった。『プロジェクト』は引き上げて速水は一人取り残された。


「そうだ、行かないと…」

速水は立ち上がった。

もちろん助けに行くのだ。

何を助けに行くのかは、分からなかった。

どこへ行くのかも、分からなかった。



■ ■ ■



「―ご主人様!…あら?」

ウルフレッドが、エリックが去った喜びを露わに部屋に入ってきた時には、速水はとっくに姿を消していた。続いて慌ただしく入室したレオンは、忌々しげに頭を掻いた。

「くそっ…、おい、ハヤミ?」


部屋には入院着が脱ぎ捨てられていた。

タンスもクローゼットも開けっ放し。上着が一枚無い。靴が無い。携帯は置いてある。財布らしきものは無い。

「出かけたのか!?…っくそ」

レオンは嫌な予感しかしなかった。なんと言っても速水はほとんどヤク中だ。


部屋で速水の痕跡を嗅いでいたウルフレッドが、開いた引き出しを見て「無い!」と言った。

「何が無い!?」とレオンは聞いた。


「ナイフが無いわ…」

それは取り上げて、一応しまってあった物だった。

…速水はほぼ監禁状態だったので、鍵はいつもの場所に置いたままだった。

「げっ――くそ不味い、探すぞ!!」

レオンは焦りも露わに自分の携帯を取り出した。


■ ■ ■


アパートを出た速水は小さな声で歌を歌っていた。


「からすがないたらかえりましょう。すずめはないてもだいじょうぶ…こしゅけい、まひわ、るりびたき…」


これは今は亡き速水の母が考えた変な子守歌で、元々英語の歌詞がついている。

速水はそれに日本語の歌詞を当てて、よく日本語で歌っていた。


「あとりのこえはー…」

今も速水は歌詞を日本語で歌う。


近距離ですれ違う人々は、ブツブツ言うキャップを被った青年を見て眉を潜め、ヒソヒソと話すか、遠巻きにした。



ある店の前を通りかかった時、音楽が聞こえて速水は舌打ちした。


「エリック!直ってないぞ!」

速水は突然立ち止まり、店の入り口に向かって日本語で言った。


「直るかもしれないって、嘘だったのか!!?騙したな!」

中の店員が目を丸くした。


そして速水は急に大声で泣き出した。


店員が、さすがに何かあったのか、と出てこようとするが、その前に速水はそっぽを向いて駆けて去った。


暫く。早足で、目を擦りながら歩いていると、カッコウの鳴き声が聞こえた。


「…あ、カッコウ。雨がふるのか」

速水は顔を上げた。

「洗濯物をいれないと――」

また違う鳥が鳴いた。


チクチク、チュン、ツツツ、ピーぴー、ちゅ?


「あははは!なんだっけ、こいつ!あ、こっちにもいるぞ!!」

鳥の声に誘われるまま、速水は街を徘徊した。


ちー?ちゅん、ふぃー、キー…、ヒュィオ…


こんなに沢山いるんだから、速水がおかしいのは仕方無い。

無理してまともな振りなんかしなくても、もういい。

うそをついて生きなくてもいい!


もう何だって良い!


これが自由か…。最高だな!


速水はいつに無いほどの笑みをたたえていた。


「―あははっ!アハハハッ!」

そして楽しげに、笑って彼は歩き出す。


■ ■ ■


何か良い事でもあったのか?と道行きですれ違った母親と少女が首を傾げた。


「そうだ!今から日本に帰ろう!!」

速水は良い考えを思いついた。

そこでふと立ち止まって、曇り空を見上げる…。


ぱらぱら、と雨がぱらついている…、だがまだ降り始めたくはないようだ。


…いっそ雨に濡れて帰りたい。

速水は唇をかんだ。

周囲は寒くないが、暖かくも無い。


目線を戻すと、そこは建物の間に作られた狭い広場だった。

煉瓦とコンクリートの壁は落書きだらけだ。


半円を描くコンクリート。それを適当に囲む丁度良い高さの柵。いくつかの低いパイプ、適当に置かれた障害物。

その中で紺色のキャップをかぶった、黒人のスケーターがスケートをしている。紺のシャツ、だぼだぼのジーンズ、黒いスニーカー。ボードだけが派手な黄色。

彼以外に滑っている人はいない。

コンクリートの端まで一気に滑って、平らな狭い端で少し止まってまた滑べる。


「…」

かっこいいな、速水はそう思った。ヒュゥと、口笛を吹く。


スケーターが速水に気が付いて技を決めた。


「すごい!」

速水は笑って拍手をした。

しばらく広場の入り口の低いフェンスに手を置き、スケーターを見ていた。


速水は、「おい、そろそろ、雨が降るぜ」と言うスケーターの言葉を聞いた。

「じゃあ、もう日本に帰ろうかな」

速水は言った。

足でボードを跳ね上げる動きも格好いいと思った。


「…ジャパン?チャイニーズじゃないのか」

的外れな返答にスケーターが眉を潜めた。

「うん。カラスがそう言ってる」

「カラスって、お前の横に止まってるそれか?」


――え?

速水のすぐ横、低いフェンスの上にカラスがとまっていた。


「お前、そのカラスを飼ってるのか?――っと降ってきたな」


「…」

速水はカラスに指先を伸ばした。


「カラス。お前も一緒に日本に帰るか?」

こつ、とくちばしが指先に当たった。


「じゃあ、帰るか…?」

速水は微笑んだ。

けどカラスがいれば飛行機に乗れない。

速水はこちらに残る丁度良い理由が出来たと思った。


大きめのジャンパーを着ていて良かった。速水はカラスを上着の懐にしまった。

首だけ出していたカラスは、もぞもぞと懐におさまった。

そのまま暴れる様子も無い。


「っはは、仲良いな。じゃあ俺は行くから…な」

大粒の雨が急に降り出し、スケーターはフードをかぶって立ち去りたそうにしたが、速水は動かない。


「…日本に帰らないと、ちがう、助けないと…ちがう、…ちがう…」

速水は頭を押さえた。ふらつき、フェンスに寄りかかる。

「はぁ?…おい?大丈夫か」

キャップをかぶっているので、速水は濡れはしないが…。

そのスケーターは帰るタイミングを逃した。


唐突にブレーキの音が聞こえた。

三台の黒い車が、広間の入り口をあっと言う間に塞いだ。

「な―?」

スケーターは瞠目した。

「よし」とか「ああ」とか言う声が聞こえた。


「探しました」

スーツを着た白人が降りてきた。


「レオンさんが待ってますよ」

「…」

その言葉に速水は顔を上げた。


「…なんだ、お前の知り合いか」

スケーターはふう。と息を吐いた。ポリスかと思ったぜ。と呟く。


「さあ、行きましょう」

「レオン…」

速水はつぶやいて立ち上がった。

その拍子に、フェンスの飛び出た針金にキャップがひっかかり落ちた。

「あ」

速水はそれを拾った。


「――あ!そうかこいつあの『ジャック』か!!どこかで――」

その声が聞こえた瞬間、空気が固まった。

「殺せ」

そう言う声が聞こえた。


そして乾いた銃声が響き、ばしん!!とはじける音がした。


「――っ!!?」

速水が目を見開いた。


撃たれたのは速水だった。

「っおい!?」

速水はとっさにスケーターの前に出て彼を庇ったのだ。

スケーターが自分の代わりに撃たれた速水を抱えたが、速水はずるりと崩れ落ちた。

「な――」

撃った方も動揺している。

「まずい!どうす」「運べ!」「そいつは!?」「一緒に――」


「ぶっ殺す」

その声が聞こえた。

速水はポケットからナイフを抜き、ナイフの刃が瞬時に起き上がる。同時に速水を撃ったやつを刺した。――が、懐でカラスが暴れて急所を外してしまった。もっと訓練をしないと―。と、カラスが生きている!?


「ごほっ」

速水は急にむせ込んだ。

撃たれたのはカラスと、自分もくらった…!?

速水はギロリとした目で周囲を睨み、そこにいる六人を自分が倒れる前に倒せると判断した。

とりあえず方針転換、気絶させて逃げて、カラスの手当だ。


周囲は建物に囲まれ出口は車で塞がれているが、運の悪いスケーターを庇いながらでも楽勝。

皆サプレッサー付きの銃を持っているが、そんな物。

速水は素早く相手の伸びた腕を切りつけ、刃を逆手にし足を刺す。そのまま胴体をナイフでなぎ払い、鳩尾を殴って気絶させ、二人目…は隙だらけだったので背後からナイフの柄でぶん殴って昏倒させた。

左右に来た三人目四人目の顔を切り付け、顔面に蹴りを喰らわせ、軽く腹を刺して突き飛ばす。

残った二人は逃げそうだったので奪った拳銃で撃つ。

スケーターがあっけにとられている間に、速水は全ての男達を倒した。


「あ」

倒した後に、速水はこいつらレオンの仲間じゃないよな、そうだ、撃ってきたし。なら良かった。と思った。


そして速水は、急いで上着を開いた。膝をつく。



…カラスは運が悪かった。

くしゃくしゃで、…血だらけだ。もう動かない…。



「…ごめん」

速水は朦朧とした痛みの中で、ヒューヒュー唸り、とばっちりで死んだカラスを抱える。

…きっとこのカラスはどこか、体調とか悪くて逃げなかったんだ。

速水が拾わなければ、死なずに済んだのに。


「墓を作らなきゃ…」

「おい!病院が先だ――っ、おい!!」


速水は意識を失った。


■ ■ ■



レオンがようやく速水を探し当てたとき、速水は大変治安のよろしくない所で寝ていた。


「悪い…、俺も色々あってな…抱えて逃げて、ポリスは匿名で呼んだ。死人は出てないらしい。一応、なんとか医者には診せたから…、勘弁、してくれよ」

いかにもヤクザっぽいレオンに、青年はビビっていた。


「…ああ。いや。迷惑かけたな。これを」

レオンは速水を保護していた青年に、札束を三つ渡した。


「!!ちょ、おい。礼なんか良い。俺は一応コイツに命を助けられたんだ。まあ治療費分は貰いたいけど…これは多いって!」

渡された青年は焦った。

この狭い部屋には不潔気味なベッド、木の箱、スケードボード、ペットボトル、ゴミ、ボロボロの地図本がある。


「…いや、だったらもう受け取ってくれ。迷惑料兼、口止め料と、感謝料だと思ってくれ。ありがとうな、…ホントに遠慮は要らないから。ったくコイツは…おい、起きろ!バカ」

レオンが溜息をついて、他人のベッドを占領した速水を足で小突く。


「う…」

速水は唸って目を開けた。

ぼんやりとした視界。

「っ」

頭に痛みが走る。起き上がるのはまだきつい。


「カラスは…?」

視界が晴れてきて、速水は周囲を見た後そう言った。

「悪い、埋めた」

スケーターが言った。

「…そうか。ありがとう」

「羽でも抜くかって思ったが、やめた。あのカラスがお前を庇ってくれたんだって、医者が言ってたぜ」

「…」

速水は目を閉じた。


「君、ここに座っても良いか?」「ああ」

レオンはスケーターに断って、ベッドの隣のぼろい木箱に座った。


「…で、ハヤミ。…お前、今まともか?」

「ああ。今のところ…」

速水はそこでようやくレオンを見て、ちょっとびびった。


レオンは青筋を立てて完全にキレている。


「なら説教だ。――っお前、どう見てもイかれた人間だったって、町中で言われてたぞ!?幸い街の連中はイカレタ子供が『ジャック』だって気が付かなかったが――『ジャック』の名前に泥を塗るトコだったんだ!もっと自覚しろ!!ジャックが異常者だって言われていいのか!駄目だろ!!馬鹿野郎!!このクソガキ!!!!」


速水は大声に耳を塞いだ。

「…悪い。??」

速水はとりあえず謝り、何かしたっけ?と思った。


レオンが速水の額を小突くように叩いた。

「…覚えて無いのか。くそ、全く。ゴツゴウの良い頭だな。…帰るぞ!」

レオンは憤然と立ち上がった。さっさと出口へ行く。


「ああ…。色々ありがとう。アダム」

速水は何とか起き上がり、アダムというスケーターに礼を言った。

「いや。儲かったし気にするな」

アダムはニッと笑った。


カラスの墓はどこだ?と速水に聞かれたアダムはスラムの中の、土のある場所に埋めた。と言って案内までしてくれた。手を振って去って行った。


速水はレオンのさらに長い愚痴を聞きながら、カラスの墓に手を合わせた。

…カラスが死んでしまった。涙がすこし流れ始める。


「っとに。たまたま、あのスケーターが良い奴だったから助かったんだぞ!むかつく…」


「強盗殺人で、指名手配中だって」

速水は手を合わせたまま苦笑した。


「―なっ」


「ただし冤罪。NYから流れて来たって」

速水は苦笑した。

「…ハァ…。弁護士でも紹介するか…」

レオンは早速電話を取りだした。


「ああ。お前を襲った奴らな、あいつ、お前がぶん殴ったオッサンの手下だった――。…まあ。……ホントに。…気を付けろよ…」

そして電話を掛ける前にそう言った。


「…悪い」

速水は殊勝に謝った。

だが、自分があのオッサンに何をしたのか…それもサッパリ思い出せない。

エリック曰く、心神喪失状態だったらしいし、どう考えても、ギリギリ法的にセーフだろ。

なので速水はまあいいや、と思ってキャップをかぶって立ち上がる。


「お前、もうしばらくこの国にいろ」

「…ああ」

レオンの言葉に速水は頷いた。ぼたぼたと涙が流れている。鼻水まで垂らす。


…カラスが死んでしまった…。

こんな事で、泣き過ぎだ。


また、ここには来るかもな――。


振り返りつつ、速水はそこを立ち去った。


〈おわり〉

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