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JACK+ グローバルネットワークへの反抗 一括読み版  作者: sungen
シカゴ編(2月24日~)
35/49

第12羽 メッセージ ③約束

三月三日。

ノアはシカゴに来ていた。

出発予定は三月一日だったが、目当ての家族が見つかるまでに少々時間が掛かった。


現在のベス両親の家は、中心街からやや離れた場所にある。


背の高いビルが立ち並ぶシカゴ中心街を、黒塗りの車が六台進む。

時刻は午後二時すぎ、街中は大勢の人で賑わっている。

前から二番目の車両にイアン、ノア、運転手。

イアンは右側の助手席。ノアは後部座席の右側、助手席のイアンの後ろだ。


今日のイアンは黒いスーツで、緑のネクタイにサロンのネクタイピン。

ノアは白いTシャツにウィンドブレーカー、ジーパンと言う、ほぼいつも通りの格好だ。


ノアはできれば事情と来訪を伝えてから…と思い、意を決して電話したが、通じなかった。

もちろんうろたえた。


『…落ち着け。住所は分かっているんだろう』

『えっと……44番地、確か4号室』

『…本当に合っているのか?』

イアンが舌打ちしつつノアの言ったコンドミニアム―集合住宅を調査させたところ、そこは空振りだったらしい。


『どうしよう…!』

イアンの後日報告にノアは冷や汗をかいた。

『慌てるな。まだ報告がある。そもそもこの国では―』


ノアは全く知らなかったが、アメリカではライフスタイルの変化に合わせ良く引っ越しをするらしい。

イアンは、この国では、子育ては郊外の庭付きの広い家でのんびり、子供が巣立った後や、老後は管理のしやすいタウンハウス、または集合住宅に住んだり。もちろん広い家にずっと住む者も居るし人それぞれだが、一カ所に定住という感覚はあまりないのだ――とノアにわざわざ説明した。


『それはいいから!報告って!?』

ノアは椅子から身を乗り出した。

『だから慌てるな』


――ベスの両親は住まいの管理人や、隣人達に引っ越し先を伝えていた。

―現在はシカゴ近郊のタウンハウスにいる。


イアンの報告を聞いて、ノアは心底ほっとした。

『…なんだ超よかった!きっと、ベスが戻って来た時の為だね』

そう言った。

『ああ。おそらくはな』

イアンは言った。


イアン曰く、以前の住まいはかなり治安の悪い地区だったらしい。

イアンはベスがネットワークへ『巣立った』事により引っ越しができたのだろうと語った。


『そうなんだ…』

ノアはかつてベスから聞いた、彼女の家族の事を思い出した。


―ベスの家は平均よりもかなり貧しく、彼女はよく銃声が聞こえる下町に住んでいた―。


父親は電気技師をしているが事故で足が悪く松葉杖で、あまりできる仕事は無い。だが精一杯、それなりに稼ぐ。

ふくよかな母親は働いてはいるが、万事おっとりしていて。おまけに糖尿病を患っている。

高い医療費がベスの家の悩みの種。それなのに子だくさんで、子供は四人。


ベスは上から二番目。一つ年上の兄がいた。三歳になる弟と、生まれたばかりの妹、いつも騒がしくて…とベスは苦笑していた。


もちろん、それは十年以上も前の事だ。


…現在はどうなっているのだろう…。

ノアは窓の外を見た。


車はノアを乗せて市街を進む。

シカゴはミシガン湖という巨大な湖の側にある大都市で、中心街には背の高いビルが建ち並ぶ。市内を流れるシカゴ川にはいくつもの桟橋がかかり、観光船、水上タクシーが行き来する。


そのうちに、摩天楼からは少し離れた。


通りはビルが減り、少し落ち着いた。

この通りには、入り口、つまり玄関がずらっと並んでいる。

…隣の家とどこかの壁を共有する、こう言った形式の家をタウンハウスと言うらしい。

それが続き、所々に大きなビルや立派な建物があって…。また進む。


――集合住宅、タウンハウス。ビル。どこにも山ほどある。

「ねえ、どれがその家?」

ノアは身を乗り出して、イアンに尋ねた。飽きるほど待ったが、中々着かない。


「もう少し先だ。ん?――君、クルスはどうした?」

振り返ったイアンが言って、ノアは首元に手をやった。

「え?―あ、しまった!忘れた…!」

首を触るがもちろん無い。ベッドボードに置いてそれきりだ。


「形見は持って来たか?」


「えっ!」

イアンに言われ、ノアは慌ててポケットを探った。

そこには、固い感触があった。


良かった…!忘れていない。


菱形のイヤリングが片方だけ。

白い縁取りがあって、中心はブラック。


「うん、これがあれば大丈夫」

取り出しそう言った物の、少し溜息がこぼれる。


これはベスの、唯一の形見。


ベスはこれを良く付けていた。さすがにダンスの時は付けていなかったが。

ノアはスクールで良く似合っている、可愛い、と言った記憶がある。

それ以来の気に入りで、アンダーに移された日も身につけていた。


…あの時、ベスが頭を打ち抜いて。

ノアは泣いていてよく覚えて無いが、すぐに拳銃は回収され。別室へ連行されて。

…片方しか拾えなかった。

それも無理矢理、ガスマスクに抵抗して拾った。


ノアは拾った事を少し後悔していた。

見る度にベスの事を思い出してしまうから…。


「君はクリスチャンでは無いのか?クルスも大切な物だろう」

眉を潜めてイアンが言った。


「うん、だけどあれは…別に神父様に貰った物でも無いし…ただのアクセサリーだ」

ノアは溜息を付いた。近頃良く忘れてしまう。

ベスがいたときはそんな事は無かった。ベスは律儀なところがあって、ノアがたまに忘れそうになると渡してくれた。

『ノア、忘れてる』と言って。


あの声が聞きたい。


にじんだ涙をぬぐって、ノアは後ろを向こうとしたが、速水では無いし…空耳さえ聞こえない。


「感心しないな。洗礼は受けているんだろう?」

イアンが言った。


「…あれ?そう言えば、受けてない…のかも」

ノアは言った。記憶に無いし、洗礼名も無い。

幼い頃神父様に聞いたら『もう少し後で授ける』と言われた。それで納得し、そのままスクールに…。

自分は正確にはクリスチャンとは言えない?


「信じてないのか?」

「いや、育った場所がチャペルだったから…なんとなく」

…成り行きで信じていたが、元々、あまりお祈りすらしていない。

いや、それでも信じていたのだが…。


「…いい加減だな」

イアンは備え付けの無線を取り、何かを話し始めた。


「…」

かみさまっているのかな。

ノアは幼い頃から思っていたその言葉を、また飲み込んだ。


ファーザー。

広義にすればするほど、神は存在する事になる。


…父親か。


ベスは俺の家族のはずなのに。なんで、殺したんだ?

父親がジョーカーだって?

しかも、そいつがウィリアム・ジェスター・ヒルトン?


「俺は…」

俯いて、ノアは語り始めた。


「初めてベスに会った時、綺麗な女の子が来たな、って思った」


四歳でスクールに入ったノアは、初めは寂しくてつらくて泣いた。

だが一部を除きスート『ダイヤ』のファミリーは皆、子供のノアに優しかった。

特にレイは孫のように接してくれた。

十歳までペナルティは無かった。…十歳からのソレもそのうちに慣れたが…。


スクールの勉強、ダンス――ノアにとっては簡単な内容で、ノアはいつしか暇だな、退屈だ、つまんない。と口にするようになった。

帰りたいと言わなかったのは、周りが帰られない人達ばかりだったからだ。

ノアは外に出たいとも言わなかった…それも無理なのが分かるからだ。

カフェテリアから外の光は見える。ダンスも嫌じゃない。それで別に良かった。


ノアはただ言われた通りに勉強し、ダンスのレッスンに明け暮れていた。

幸いダンスは性に合っていた。大いに楽しんだ。


そうして六歳になったある日――ガスマスクに連れて来られた十歳のベスを見て。


幼いノアはハッキリ言ってドキドキした。

見た事の無い赤い髪。金色っぽい目。


『暇だから。ダンスの練習、一緒にしようよ』

声を掛けたのはノアだった。


…ノアだったのだ。


■ ■ ■


「ハァ」

近頃のノアは溜息をついてばかりだ。

育った環境のせいで、ひねくれていると言う自覚はあった。


…神様の馬鹿!って言いたい気分…。

ベスの為って、頑張ってきたのに…。


ノアは、年上のベスに好かれようと、恥ずかしくないようにと。

精一杯…陳腐な言い方だが男を磨いてきた。常に紳士であろうとしていた。

娘のエリーが居なかったら、自ら命を絶ったかもしれない。

…分からないけど。


ああ、かみさま。

どうしてベスを救ってくれなかったんだ?

やっぱり俺は昔から、君の事が大嫌いだ。お祈りも…今はしたくない。

いっそ他の宗教に鞍替えするか――?


…実は、ノアの鞍替え候補はもうある。


ダンスの神様教。

――つまりレオンの宗教だ。

レオンが信じているそれは彼の地元に伝わる秘教で、宗教名を他人に言ってはいけないらしい…。だからノアもよく知らない。

知っているのは、元々はキリスト教のセクト…派生宗教だった、という事くらい。

――酷く排他的な宗教らしいので、簡単に入れるかは分からない。

ただ、アンダーで…レオンと同じあのネックレスをした、それらしい者二人と会ったことがある。彼等はレオンがそれと分かると、途端にフレンドリーになった。


ダンスの力と、ダンスの神様を信じるって、俺に合ってそうかも?

けどどんな教義か、しっかり知らないと…実はヤバいカルトだったとかあるかも。

ノアはそう考えた。


速水は仏教。けど多分何も信じていない。不思議だ。日本人だから?

ノアはハヤミの不安定さは、もしかしたら、宗教を持っていないせい?と思っていた。

ノアにとっては、例え微妙でも、宗教は絶対に必要な物だった。


なぜなら、死が怖いから。

――閉じた世界でのソレは、何よりもの恐怖だった。


そして今では――ベスが消えたと思いたくないから。

…彼女は、天国、極楽、遠い星、そう言った所にいると信じたい。


アンダーで、速水、ノア、ベスの三人で…人は死んだらどうなる?

そんな暇つぶしの会話をしたときがあった。

ノアもベスも、当然、天国へ行くと答えた。


『仏教なら、確か…ええと、ゴクラクジョウド?』

ノアは乏しい知識からそう言った。

速水の回答は。


『さあ…分からない。けど隼人は、人は死んだら「鳥になる」って答えた。それは信じてる』


と、また隼人。…あれはもう隼人教なのかも知れない。


なんでそんなに隼人が好きなの?とノアが聞いたら、昔、自殺しかけたところを助けられた。と珍しく喋って。それきり黙り込んだ。


ここまで、と明確に線引きされたようで。ノアはそれ以上は聞けなかった。


ノアはその時と同じく舌打ちした。

それって良くないぜ!と思う。


アンダーの時は、『ごめん』と気遣いが返ってきたが…結局速水は譲らなかった。ノアは彼の目つきにたじろいだ。


――やっぱり速水は、たまに目つきがイかれている。

アンダーで色々あって、理由は分かったが。


彼は、たまに聞こえる鳴き声から、その鳥を探している。どこにいるのかと。

放っておけばいいのに気になるらしい。鳥たちが好きなのだという。


――速水は、変人と紙一重のヤバイやつ。

彼はちょっとおかしな、不思議で不均衡な世界に生きている。


…あの速水に比べたら、まだイアンの方がまともな気がする。

ノアは初め、イアンと速水、二人の雰囲気が似ていると思った。

…だが性格は正反対だった。全然似てない。イアンは意外におしゃべりだ。

イアンはアラブ出身らしいが――。イアン…?


「イアンって、本名?ダンサーなの?」

ふと気になって、ノアは尋ねた。

「ん?」

「イアンってこっちの名前だろ?…ええと、君の宗教の、お祈りとかしなくていいの?それとも仏教?」

イアンは、一般常識テキストに書いてあった、定時のお祈りなどはしていないようだ。


「ああ…」


説明しておくか、と呟きが聞こえた。

「俺は、ニーク氏が持つブレイクダンスチーム(ファム)に所属している。キースもそうだ。ニーク氏のサロンの中ではダンサーは俺と彼だけで、他のダンサーは外部と呼ばれる。俺はサロン所属のブレイクダンサー…いや、サロンが主で、副業がブレイクダンサーという感じだ」


「あれ?じゃあプロなの?」

ノアは言った。

「そう言って差し支えは無い。俺は君の世話を任されたせいで、今回の大会に出られなくなったんだ。キースが留守がちなのはそれのせいだ。エンペラーのお決めになった事には従うが…全く。とんだ貧乏くじだ」

――お小言が来てしまった。


「そっかゴメン」

「、いや…、いい」

だがノアはイアンの言葉にそう言った。イアンは少し戸惑ったようだった。


イアンは腕を組んで話し始めた。

「…俺の国では、プロダンサーになる唯一の方法が、ネットワーク、またはサロンの力を借りる事だったんだ」

「?…どういうこと?」

ノアは首を傾げた。


「俺の妹は、脳に腫瘍があって…長くは生きられないと言われていた。親父は元々プロジェクトに出資してたから、そのツテで、プロジェクトの優れた女医達に診て貰えた。だが…そうで無かったら、きっと満足な治療を受けられなかった。俺の故郷では、女性が男性の医師に診察されることは出来ないんだ――、分からないって顔だな」


「うん…。ゴメン、難しそうな所は飛ばして。それで?」


イアンは少し微笑んだ――フロントミラーに微笑みが映る。

「妹は、病気の身でも教えを守っていた。…だが俺は、本名を捨てて、ここで生きる事を選んだ。つまりそういう事だ。俺は、ダンスを選んだんだ…」


「だが後悔は無い」

イアンが呟く。自分に確認しているようだった。


「妹や母親とは今もメールでやり取りはしているが…父親とは喧嘩したな」

イアンはもうどうでも良い、と言う口調だった。

世界がひっくり返りでもしない限り、俺があの国に戻ることは無い。イアンはそう言った。


「俺は、妹も、ずっとジャックのDVDに夢中だった。俺は幼少からダンスの英才教育も受けていた。…建前では、そう言った物は禁止されてるが、…もう、本当に建前だな。百年以上前から、ネットワークにとって、中東エリアは上客だ――」


イアンの妹は、色々、異国の医者から聞いた情報を、父親の居ないところでイアンに語った。

遠い遠い国、自由の国、アメリカ。


「??えっと?上客とか、よく分からない」

ノアはまた長くなると思ってそう言った。

イアンが現状の身の上に満足しているのは分かったが、上客とかその辺りの事はノアにはサッパリだった。

「難しいか。そのうち、嫌でも分かるさ。ネットワークは、すでに世界を覆っている…逆らえば、消される」

ふう、とイアンのため息が聞こえた。ドアに肘をついて、窓の外を眺めている。


「俺はサロンに、エンペラーに借りがある。…だから、一生この網の中で生きる。君も、おそらくハヤミもそう言う運命だ。…連中は、一度目を付けた人間を逃さない」


「ハヤミ…?が、」


――ハヤミ。

ノアはスクールで速水が『外に出たい』と言って泣いた時の事を思い出した。


ノアにとって、突然現れた速水は、外の世界そのものだった。

初めは何とも思っていなかった。

だが、その生き方にノアは衝撃を受け。嫉妬し、憧れた。


…よく喧嘩もした。

病気に気が付かず、悪い事もした。やっぱり喧嘩もして。

そして、今では大切な『フレンド』だ。


今現在、彼はどうしているだろう…、監禁され…、薬漬け?


酷い。絶対に許せない。

…その思いだけで人を殺せそうだ。


ノアは特に口にはしなかったが、ネットワークに対する怒りは、幼い頃からあった。

自分の境遇に対する怒り、不満、憎しみもあった。ただ、殆どあきらめていた。

だからこそ、万事がストレートな速水に驚愕したのだ。

言ってしまえば、『なに、こいつ?』という――。


「ネットワーク…、どいつもこいつも、最低だ」

ノアは、拳を握った。


速水は、逃げられなかった、典型?

逃げられない、典型?


俺も?

これから…ずっとサロンの手下?


アンダーで、ノアは外に出てプロになりたいと強く思った。

…プロとは何を指すのかよく分からないが。速水はプロだ。レオンも。

やっぱり俺は馬鹿だ。そんな事を思う。外へ出て、自分は何をしたかったのか。


ノアは速水がなぜネットワークに反抗するのか。彼にとってダンスは何なのか、どうしてダンスを始めたのか。今更だが、もっと話をすれば良かったと思った。


――けどハヤミは、口が硬い。シャイって言うか、もっと…。コミュ障?


ハヤミとは『トモダチ』。でもハヤトは親友だって、何で?

俺は、親友にはなれないのかな。―ムカツク!


激しくむくれたノアには気が付かず、イアンは続けた。

「…俺は君には若干、期待し始めている」


「…それって、イアン。君は俺にネットワークを潰せ、って言ってるのか?」

ノアはケンカゴシ、で尋ねた。速水に教わった役に立つ日本語だ。

自分達、つまりサロンで先にやれ、と言いたい。


「いや。俺はネットワークはともかく、プロジェクトは必要だと考えている」

イアンはそう言った。

ノアはイライラした。プロジェクトは、どう考えても要らない。


「プロジェクト…って、結局何がしたいんだ?アカシックレコードの解明?…そんな物、本当に必要?超能力者を集めて?眉唾だろ?――あれ?そもそもGANプロジェクトが探してるって言う、『アカシックレコード』って何?」


「広義では、…この世界の過去、現在、未来、全ての情報が記された記録…。らしい」


ノアは馬鹿と言われるかと思ったが、イアンは真面目に答えた。

ノアはシートベルトを放って身を乗り出した。

「!?ぜんぶ?未来まで!?…そんな凄い物、どこにあるの?あっ、本とか、端末の中?」


イアンは助手席で数秒、抑え気味に笑った。

どうやらウケたらしい。咳払いの後、若干柔らかい声が返ってきた。

「眉唾だ。だが本の中には無いな。端末の中にも…ネットは様々な情報を網羅し、全世界に普及しているが、さすがに全ての情報は無い。おい、シートベルトをしろ」

「あ、うん。分かった」

手を振られ、ノアはシートベルトをした。

「アカシックレコード云々はともかくプロジェクトの医療技術は、やはり必要だ。それにレシピエントも、予備軍は年々増加している」

「え―増えてるの?」


「ああ、まあどいつも失敗だがな…。あれで成功する方がおかしい」

イアンは言った。


プロジェクトの薬は、精神を破壊する為に使われる。


それを乗り越えた先に、『神』との対話がある。


…そう言われている。誰が言ったのか知らないが。連中はそれを頑なに信じている。

…結果、失敗作、廃人の山。…馬鹿げてる。



「―」

ノアはその言葉に、悲鳴を上げそうになった。



■ ■ ■



その後は特に会話もなく無言だった。



やがて、車がある路地で戸惑う。


「――通れない?工事?」

イアンが車内無線に舌打ちした。

どうやら近くで工事が行われているようだ。この地区は開発中なのか、所々に建設中の建物、クレーンがある。


ノアは懸念をひとまず置き、ドキドキしていた。

けどもうすぐ着く感じだ。多分。


「そこだ」

それから一分ほど後、イアンが言った。


車の半分は裏へ回るようだ。三台が路肩に停車する。

ノアは少し手間取りシートベルトを外し、車外に出た。


曇り空の日差しに目を細める。


降りてきたイアン、ノア。ボディーガード三名がすぐにノアを囲む。

そのほかは周囲の警戒。

サングラスは無しだがやはり黒服。やはりどうみても堅気ではない。


午後三時、周囲には散歩していた人が居たが、皆目を丸くして各々の家や他の路地へ引っ込んだ。


あっと言う間に、人っ子一人いなくなってしまった。

それを見たノアは、この人数で押しかけたら絶対に迷惑だ、と思いイアンに尋ねた。

「イアン、こいつらもベスの家に入るの?」


イアンは眉を潜めて周囲を見ている。

「いや、外で待たせる。予定通り、俺は付きそう」

「ん」

ノアは生返事をしてイアンの後に続く。


レンガ造りの、のっぺりとした建物。レンガは赤みが強い。屋根は黒。

ノアはそのタウンハウスを見て、すごく横長なチョコケーキみたいだ、と思った。


一階に黒色シャッターのガレージ、その脇に少し階段があって玄関。左右の家と壁を共有している。

表にはカーテンの閉まった出窓が玄関横一階に一つ、二階に二つある。

ガレージと玄関、窓、この幅が一軒分らしい。

三階は無いようだが、屋根にも小さな窓があって、そこだけ三角に突き出ている。

奥行きはどうなっているのか分からない。


「ここだな」

そのうちの一つ、右端から二番目の家がそれらしい。


ベスの家族は、ネットワークの事は最低限は知っている。

もちろんベスが死んだ事、いつのまにか孫ができたことは知らない…。


短い階段を上る。


「…ここ?」

心臓が鳴っている。

ノアは玄関を見た。


イアンは一歩下がった。

「…ああ」


ノアは息を吐いて覚悟を決め、呼び出しベルを押した。


■ ■ ■


「…あれ?」

だが、しばらく待っても反応は無かった。


ノアは今度はノックした。


少し待って、もう一度ベル。

「おかしいな。留守?」

そう呟く。来訪はきちんと伝えたハズだ。


「鍵掛かってないね…」

ノアは言って、ドアノブに手を掛けた。やはり、あっさり空いた。

ノアはためらわずに部屋に入った。


「おい?」

「あ。やっぱり誰もいない」

室内からは、人がいる気配がしなかった。


ドアは鍵が掛かっていると、叩いたときの響き方が全然違う。

さっきノックしたときの音は、音の終わり方がニーク氏の館の扉の響きに似ていた。


「…?」

イアンがそんなノアを怪訝そうに見た。そして後に続く。

その時にはノアはもうリビングに進んでいた。


ノアは一階の部屋を見た。昼間なので自然光が差し明るい。

入ってすぐに広いリビング、まっすぐ、少し先にキッチンテーブル。椅子は六つ。チェアには派手な幾何学模様の布がかけてある。

その左はおそらくキッチン。家具はライトブラウンの木材で統一されている。

壁や間仕切りは無い。


キッチンの奥にまだいくつかの部屋があるようだ。そこにはドアがついている。キッチンの右向かいに二階へ上がる階段。階段には滑り止めらしき白色の絨毯が貼り付けてある。


一番奥、窓を背に六人くらい掛けられそうな、緑色でL字型のソファー。

ソファーにも、派手な柄のカバーが掛けてある。これはきっとベスが言っていた母親の趣味のキルトという布だ。生活感がある。


ノアはスクール、アンダーの部屋と比べ、とても広いな思った。


「…?」

そこで、――そう言えば…?と思ってノアは後ろを振り返った。

すこし首を傾げ、またテーブルに目をやる。


やはり留守なのか、と溜息を付きそうになって、ん、と声を出した。


…キッチンテーブルの真ん中に、紙が置いてある。


『ノアへ』


「――…これ?」

ノアははっとし、すぐにその書き置きを手に取った。だが意外に長い。イアンも同時に読んだ。


『ベスの両親の身柄を保護している』


その後、十行ほど続く。

「!」

イアンがその紙をノアから奪う。差し出し人は。


「――レオン!?」

ノアは声を上げた。

「おい、状況を!」

イアンが無線を取り出し通信をする。だが返事は無い。


そう言えば、ノアは先程から気になる事があった。

「ねえ、イアン――さっきから、外が…少し騒がしくない?あと、何か変な音がするんだけど」

「音?何だ?」

イアンの声は切迫している。


「何か、辺りに水を撒いてるみたいな…?バシャバシャって」

ノアの呟きに、イアンは今気づいた様子で周囲を見た。


「――『油』だ!!」

イアンが大声で言って、ノアの手を引いた。

「え!?」「逃げるぞ!!」

ドン!ドン!と揺れる音がした――!?

入り口のドアだ。鍵が掛かっている?さっきイアンが掛けた?誰かが蹴破ろうとした音?

「っ!!急げ!二階だ!!」「え、え!?」

イアンはノアの手を引き、階段を駆け上がる。

銃声!


直後ノアは背後の轟音に驚き叫んだ。

「――っ!?―うゎあああああ!!?」

玄関扉と、居間のテーブルが吹き飛んだ。ノアを追ってきたのは炎だった。


二階へ。窓まで走り、イアンが窓を開け外を確認した。


白いボックスカーが建物の周囲に止まっている。

「馬鹿な!?――くそ!!」


ボックスカーから四角い物を背負った、白い防護服の連中がぞろぞろと降りてきている。


「っ!?」

イアンに続いてノアが外のぞくと、裏へ回っていたサロンの黒い車が三台。

そのうち一台のドアが開いたまま――その車の黒服が一人倒れている。赤色が見えた。

白い奴らは建物の周囲に、つながった建物全ての根元に『油』らしき物を撒き始めた。そしてハシゴをノアとイアンのいる出窓に掛けようとする。


黒服の一人が四角からチューブでつながった長いノズルを受け取り、倒れた黒服に向ける。

炎が見えた。

イアンは外のはしごを上る防護服に向けて発砲した。

バン!バン!バン!と音が響き――ソイツら三人が転落し死んだ。まだ群がる。

「!!イアン!?」

頭を撃って!!殺した―!!

「やばい!――これを使え!!」

イアンは周囲を見ながら、ノアに用意していたらしい自動拳銃を渡した。

バチバチと燃える音、その時、ダン!と、イアンがノアの背後、火煙と共に二階に上がって来た防護服に発砲した。

一発で死んだ。だが次が居る。

ソイツがやたら炎をまき散らす。イアンに撃たれそいつも死んだ。

「屋根へ逃げるぞ!先に!」「え、ええ!!?」

すでに煙が充満している。火の勢いが早い。


―何なんだ!!

「―イアン!」

ノアは先に窓から出て、屋根に手を掛け、屋根に登りすぐにイアンを引き上げた。


馬鹿みたいに人を撃ちまくり、二人はベスの家から脱出した。


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