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JACK+ グローバルネットワークへの反抗 一括読み版  作者: sungen
シカゴ編(2月24日~)
34/49

第12羽 メッセージ ②偽装

二月二十七日。


「ふぁ…」

起きがけのレオンは、あくびをしながら新聞を取り、適当な朝食をテーブルに置いた。

簡単なブレッド。


その後湯を沸かし、インスタント珈琲を煎れる。

適当にテレビを付け、珈琲を手に持ち、椅子に座り、バサリと新聞を開いた。


そう言えばここ数日、レオンはまともに寝ていなかった。

だがレオンは存外まともな時刻に目が覚めて、よかったと思った。



…ノアとイアンはもう、サンフランシスコに向け出発しただろうか?



この部屋は、速水がいた頃は綺麗に片づいていたのだが…、その速水は出て行って久しい。

おかげで今この部屋は、程々以下と言った様子になっている。

以前は速水が作っていた朝、昼、晩メシも、今はレトルトや冷凍食品、ピザが主。


宅配はこのアパートまでならギリギリ持って来てくれるが、ホームに。と言うと即電話を切られる。


速水は現在、自宅で療養中。

もとい、監禁されヤク中。


「ハァ…」

レオンは溜息を付いた。もちろん良い状況な訳が無い。最悪だ。

こうなったのはレオンの打つ手が遅れたからだ。

色々な懸念を優先し、仲間である速水の安全確保を怠った。

というか全く、ノーフォローだった。


レオンは、セット前の髪を忌々しげにかき上げた。


(超能力だと!?…あのクソ親父。クソっ!!俺も気づけっての。だからアイツは普通じゃ無いんだって!!)


速水に関してレオンは幻聴・超能力以外も、思う事が色々あった。

おかしいと思ったのは主に外に出てから。

いや、スクールでも、アンダーでも…ずっとそんな気はしていたのだ。


もしかしたら?コイツ?――。まさか。すごく?…という。


…本人が何気ない風を装っていたので、あえて尋ねなかったのだ。

上手く言えないがレオンは今、速水に裏切られた気分だった。


俺はそんなに信用されていなかったのか?

俺はまだ昔のままなのか?だから、あいつは俺を信じなかった?

本当に、もう少しな…。


「っとに。くそ。はァ…」

…色々面倒みてやったのに、あの『野生のカラス』はレオンに懐かない。


戻ってきたらあらいざらい全部聞いてやる…。


レオンはそう決意し、ブツブツ言いながら適当なブレッドを千切った。

そして、ふと眼光を鋭くする。


一月後の三月二十四日…。

その日、エリック及びプロジェクトチームが速水のアパートから引き上げる予定だ。


レオンはその日までに、やるべき事がある。



約束通り、レオンの親父は退いた。

『キング』は今はレオン。…一応は。


…ダンスファミリーは絶対的な存在『BIG』を頂点とするピラミッド型社会。

踊りの実力などからファミリーネームが与えられ、その人物の家族ファミリー内の役割=ポジションが決まり、役割を果たしながら、お互いにダンスを高め合う。

名前ネーム衝突セッションにより、奪われたり、また引き継がれたりする事もある。


亡き祖父の代わりにBIGとなったのは、レオンの父。

通常、BIGはリーダーだが、レオンのファミリーではBIGは不可侵名誉職という扱い。つまり隠居。


男性幹部『Micro』は、BIG以下、十三名からなる。

BIGを入れると十四名。その下に構成員が付く。


BIG…アルバート・マクギニス(レオンの父)

KING…レオナルド・マクギニス(レオン)

KING・Jr…ロナルド・マクギニス(レオンの兄/行方不明)

Young・KING…現在空席。元はレオン。

Boy…ヤン

Kid…ジェイラス・カラズ

Baby…ディー(D)

Soulja…チャーリー・テート

Prince…アルヴァ(Princessの恋人)

Genral…オズワルド・ビィティー

Monster…ジョニー・マッキャン

Rowdy…バット・アルマンド

Infinity…マット・グルーヴス(サンフランシスコへ同行・腕っ節が強い)

Child…ダリル・ファルコナー(サンフランシスコへ同行・腕っ節が強い)


特別枠

JACK…サク・ハヤミ


『JACK』

――元々、レオンのファミリーにはその客分用のネームが存在した。

だが客分も適当な人物も居なかったため、空席だった。


速水は知るよしも無いが、レオンの父が速水にその名を与えていた。

これはレオンも了承している。だから速水は自由にこの街を歩けて、ホームに出入りができて、BIGやKINGと対等に話せたのだ。速水は確かにJACKだし、自然な流れとも言える。


そして、女性幹部『Mini』これは日本で言う所のレディースのような物。

彼女達もファミリーには欠かせない。

…『Micro』と『Mini』半四角錐が二つ合わさり、ピラミッド形作っている。

もちろんBIG、KINGの下。KINGと並ぶQUEENは現在空席。

JACKは特別枠、つまり客分なので序列は関係無し。ピラミッドの外で適当に遊んでいる。


QUEEN…メアリー(レオンの母。離婚空席・名前のみ残る)

Lady…ジャンナ(レオンの祖母。先代BIGの妻)

Sister…オリヴィア(レオンの叔母。レオンの父の妹、メアリーは嫁入りした)

Miss…リーズ

Princess…キティ(オリヴィアの娘。レオンのいとこ・別名、我が儘プリンセス)

…以下、『Mini』も実力ある、個性派揃い。こちらも『Micro』と同じく十三名。


下っ端を全員合わせても二百名ほど。規模としては片田舎マフィア、という風だが、レオンの父は祖父の代からの大戦争を終結させた為、この一帯での影響力はかなり強い。


――、とにかく本当に癖のある連中で、Micro、Mini、下っ端問わず、未だに兄の帰りを待っている者も多い。

レオンはそいつらに勝たなければならない。いや、別に全員に勝つ必要は無いのだが――。


…あの我が儘プリンセスなど、どうやって説得出来るのか…。

レオンは頭を抱えた。


レオンは真に『キング』と認められ、そしてネットワークを潰すために旅立つ。

そのつもりだ。


もちろん全員連れて行く訳にはいかない。彼等にも家族や生活がある。

ついて来られる者だけ。


…だが、誰がわざわざついてくる?別にアメリカで生活していれば良い。


この先、速水を助けられるのはレオンしかいない。…少なくとも、レオンはそう思っている。…若干溜息を付きながら。

つまり『友人の為』『家族の為』『ダンスを守る為』。――苦笑し、出掛けるには十分な理由だ。


レオンは一人でもやると決めた。だがネットワークは馬鹿にでかい。

…レオンだけでは、さすがにどうにもならない。そしてずっとここにいてもネットワークは倒せない。

老舗ダンスマフィア『KING』を軸に、まずはアメリカ国内で、対抗する勢力をまとめ上げなければ。


根っからのクランパーである「レオン」は、レオンの兄ほど、ファミリー内の人気や人望がある訳では無い。


…現在、確実にレオンの味方なのは。


Boy…ヤン(レオンに負けた)

Kid…ジェイラス・カラズ(ハヤミに負けた。先代JACKのファン)

Infinity…マット・グルーヴス(サンフランシスコへ同行・腕っ節が強い・レオンに負けた。ハヤミにも負けた)

Child…ダリル・ファルコナー(サンフランシスコへ同行・腕っ節が強い・レオンに負けた。ハヤミにも負けた)

Soulja…チャーリー・テート(レオンの友人。レオンとはドロー)

Prince…アルヴァ(Princessの恋人・非常によく出来た人物。兄の親友)


そしてレオンの師匠の後継者、リッキーとトニー、情報屋のテリー。


これだけだ。


――他の連中は…だから癖者ぞろいなんだよ!!

レオンは残りのFamilyのメンバーを思い浮かべ、頭を抱えた。


皆、レオンの兄と、レオンをよく知るだけに――レオンを、面白がり試している節がある。


だが速水の為にも、死んだベスの為にも…。

ダンスの神の為にも。やらなければ。


ブレイク・クラウン時代を経て、いま時代は『ブレイク&KRUMP』全盛。


地下に対しての闇。

元々レオン達は、とても健全なマフィアだったが、紆余曲折の大戦争を経て、最後に銃を捨てた。

現在のシノギは、闇ダンスクラブ「など」の経営、闇ダンス大会などの主催。たまにギリギリ合法なドラッグ販売。そのほかストリップやらも色々。


…やっていることは、ネットワークとたいしてして変わらない。

変わらない、という事は平和的という事だが、レオンはネットワークより、自分達の方やや真っ当だと考えていた。…似たような物だが。


ダンスマフィアは、世界平和を掲げてはいない。だが、ダンスの力と神を信じている。

そのむちゃくちゃな方針に従わない模範マフィアは、暴力で潰された。多くの血が流れた。


ダンスマフィアは、純粋なKRUMP派とは言いがたい。絶対に言えない。


レオンと兄は憤り、そして家を、街を飛び出した。

師匠に出会い。兄弟で映画に出たり――。


―そして。突然兄は消えた。

ネットワーク。…そいつ等が攫った?


レオンは親父を締め上げたが。親父は相変わらずだった。

『じゃあ、やってみろ?探してみろよ。そうしたら『KING』の名前をくれてやる』

酔っ払った、イかれた父親の声がカンに触った。


『それまで、街がぶっ壊れないように見ててやる』

若いレオンは、親父の狂った笑い声にむかついた。

『――キングは、兄貴だ!!俺は必ず。兄貴を探し出す。兄貴と一緒に、このファミリーを、この街を立て直す!』

レオンは叫び、契約を交わしスクールへ。


そこでノアとベス。先代ジャック。

…そして、速水に出会った。


速水が見ている物は、兄が見ている物に似ているのでは無いだろうか?


レオンは、速水の理想とか、思想とか。そう言った物が、兄と似通っていると感じた。

不屈の精神、負けん気とでも言うか。だから、速水を仲間にしたかった。

コイツなら、俺が死ねば、やるだろう。――だから目をかけていた?


だが…レオンの代わりにベスが死に。

レオンが出てきてみれば。


――レオンにしたら、『出てきてみれば、いつの間にか…』という感じだったが。

現在、レオン達のファミリーが支配下する街には、割れていない窓ガラスがある。

子供の笑い声が聞こえる。それが信じられない。


…今もホームに宅配が来ないのは、酷い時代の名残だ。



二月はあと一日。

引き続き本日の合衆国。トップニュースはビル火災。強盗、殺人、レイプ。


『凄まじい勢いで燃えています――』

イかれたテロ集団。


…ああ。どこも、世界はいつも通りだな。

相変わらず、腐った世の中だ。

また銃の乱射か。

いっそ、銃がなければいいのにな。だがライフル協会が――。


そう思い、レオンは着替えながらチャンネルを変えた。

カリフォルニア州知事選挙。前知事の失脚理由。


選挙?ま、行かないな。俺はそれどころじゃ無い。急ぐか。

レオンは時計を確認し、冷めかけた珈琲を一気に飲む。


「―ん?」

と、そこでレオンは新聞のゴシップ記事に目を止めた。

『あの二代目ジャックが電撃婚約!!?』


なんだ下らない、スッパ抜きか。さっさと飲んで―。


二代目ジャックだと!?

レオンは思わず二度見した。

丁度、アナウンサーが高らかにニュースを告げる。

『お相手は若手人気歌手のアビゲイル・クイーン!!彼女の父親はなんとあのW・J・ヒルトンだったのです!!』



レオンは盛大に珈琲を吹いた。


■ ■ ■


「君が…ジョーカーの、娘…?」

レオンは本人から聞いた事が信じられなかった。


…頭を抱えたい。抱えた。


「ええ。私はクイーン。私の父はあのジョーカー…」

やっと衝立の奥から出て来た、今は見事な銀髪を流したアビゲイルがそう言った。

珍しく感情がこもっていた。


傍らには入院中のウルフレッド。ここはつまり病院の個室だ。

ウルフレッドは全治三ヶ月の大けが。何とか起き上がっているが、両腕は当分使えない。移動も車椅子だ。

アビーはこの負傷犬の見舞いに来たのだ。


バラの花束を持って病室に入ってきた、金髪ボブカットの妙齢の女性は誰か?


赤いワンピースを着た女性…彼女が帽子とかつらを取るまで、レオンも、ウルフレッドも。それがアビーだと気が付かなかった。


『午後三時に病室で会いましょう。貴方とも是非お話したいわ』

今朝、起きがけで派手に珈琲を吹いたレオンに電話があった。


レオンはアビーが苦手だった。…正直、何を考えているのか分からない。

レオンは電話口で『他の連中も来るのか?』と尋ねた。

『いいえ。お見舞いは二人きりが良いの。貴方は少し外してくれれば良いわ』と外れた調子が返って来た。それで電話は切れた。


レオンは約束の時間より少し早く着いて待っていたのだが。その間にナースに呼ばれた。

どうやらレオン宛に電話が入ったらしい。

そして慌てた様子のクリフに『アビーがいない!まさかそっちか!?』と聞かれた。

レオンは固定電話に向かい、聞いてないのか?と答え。

『じゃあ迎えに行くから――!』とその後に続いた。


アビーに聞くと、今現在、クリフとベイジルは仲間達と、歌のジャック救出に動いているらしい。

その隙にアビーは、デンバーのアジトから計画的に抜け出してきたとか…。

レオンは、彼女がまさか本当に一人きりで来たのだとは思わなかった。

影の護衛くらいいるだろう…と。この我が儘さ。彼女は典型的なクイーンだ…。


レオンは犬の足元に置いた椅子に腰掛け、しげしげと、かつらをとった後、いつもの格好に着替えたアビーを見つめた。…大分待たされた。


今、彼女はレオンが用意した椅子に腰掛け、銀髪を紫のリボンで二つに結っている所だ。

…本来の彼女は、横顔だけでも驚くほどの美少女だった。


そして彼女はやっとレオンの方を見た。


「二卵性だから、そっくりという訳じゃないわ。私が妹。…会ったことは無いの」

アビーが言った。

…髪質、髪色、目の色だけを見れば、ノアとアビーは全く似てない双子だ。

しかしよく見るといくらでも相似がある。一番良く似ているのは肌の色。


アビーの髪はヘアマニキュアで黒くしていたらしい。そして濃いメイク、つけまつげ…それにごまかされていた。

だがこれは…ハッキリ言って、以前とは…別人だ。


「アビーちゃん、やっぱり素敵な髪の毛よ!」「まあ!」

「アビーちゃん、今日のお洋服も素敵!」「まあ…!」


「…」

レオンはすっかり出来上がった様子でいちゃつく二人を見て、むかついた。


「…初めからグルになって、あいつを騙したのか?」

レオンはあと一秒でキレそうだ。


「いいえ。私は聞かされていたけど。私があの場所に呼ばれた理由、それはスキャンダルのため」

アビーの言い回しは独特で、レオンはさらにイライラした。


そして、レオンは深い深い溜息をついた。

今日レオンがアビーに呼ばれた理由。話したい事。つまり――。


「スキャンダルってあれか。っとに…捏造すぎで笑ったぜ」

レオンは今朝のニュースを思い出し言った。


新聞のゴシップ記事には、ご丁寧に銀髪のアビーの父とのツーショット写真。

慌ててチャンネルを回したら、出るわ出るわ。真面目な局以外はその話題で持ちきりだった。


『JACK―the2nd―こと、サク・ハヤミ&アビゲイル・ヒルトン』


『二人の出会いは、フランス。父親ジェスター・ヒルトンのPV撮影の折!!』


『この二人は彼の自宅豪邸で初めて出会い、すぐに意気投合。そしてジャックが滞在した一月の間に、父親公認で交際をスタート!』


『今現在、二人は結婚まで秒読み段階』『結婚式は世界規模?予算は?』


『招待客の顔ぶれは――?写真はサンフランシスコの父親の別荘でのツーショット』


レオンは、速水がとてもにこやかに微笑む写真にうっかり爆笑しそうになった。

だがすぐ我に返り「いや!違うぞこれは!!」と、思わず言った。


「あれは無いだろ…」

レオンは笑いかけの脱力をした。

…ちゃんといたはずのクリフレオン達と、速水と庭で楽しいボール遊びをしていた正しいお相手のはずの犬は、どのスクープ写真でも見切れたり上手く修正されたりしていた。


「ええ。スマイルジャックはとても紳士で、慎重だったから…サンフランシスコの写真は合成になったの。私はパパの命令で、撮影スタジオにも行ったわ」

アビーがうつむいて言った。クスクスと笑い、少し口元を押さえている。

…やはりどこか調子が外れている。だがレオンは以前よりは自然だと感じた。これが本来の彼女なのかもしれない。


ジョーカーのPV撮影には、アビーもこっそり招待されていた。

もちろんジョーカーは速水とアビーを直接会わせたりはしなかった。


関係者に『この後三人でディナーの予定だ』と言ったのは…。


レオンは舌打ちした。

…性格悪すぎだろ。

ジョーカーは、色々計略を巡らせ…面白がっているのかも知れない。


…『外に出たら隠し子騒動に気を付けろ』レオンは、速水にアンダーでそう言った。

それとは少し意味合いが違うが、もう似たような物だ。

世間は十分に信じただろう。


『二代目ジャック』は手が早いことで有名だから。…誰が言ったかは知らない。


「ごしゅじんさまぁああーーーー!!…ご主人様ぁあ…!早く行きたいわ!!!この足が!!そうだわいっそ車椅子でも!!アビーちゃんお願い!あの憎きエリッ○×▽××コ野郎っ!!を====シしにしてやるの!!…うう、うう、ごしゅじんさまぁあ…!!ごめんなさい……っ…ぁあぁあああ!!ぁああああ!!」


ベッドの上のウルフレッドが、気持ち悪いくらいに号泣している。

そういや、酷くやつれてるな…。


レオンは、世の中、知らない事が多ければ多いほど、幸せなんだな…そんな事を考えた。


ここは地上三階。窓の外は薄曇りだ。

最近はずっとこんな感じで、まだしばらく晴れそうに無い…。


アビーはそこそこ有名というくらいの若手歌手だが、今回の件はJACKと父親の名前が大きいせいで大事になっている。


朝、笑いかけたレオンは瞬時に我に返った。アビーが隠し玉?ジョーカーの狙いは?

――速水の取り込み?


「ハァ…目的っていうか、そこまでジョーカーはハヤミに入れ込んでるのか…」

アビー、つまり自分の娘との婚約。…速水を娘婿にまでするつもりでいる…。


「ええ。私は、初めパパの言う通り、私達のジャック解放の為に、スマイルジャックと結婚するつもりだった。だからジャックに会いに行ったの…私は、今までパパに逆らおうと思った事は無かった…でも」


アビーが、ウルフレッドの方を向いた。

「アビーちゃん…」「ええ…」

ウルフレッドがアビーをみつめ返す。


二人は二人の世界に入ってしまった。


「っ…。それで?」

レオンは、微笑んで先を促した。

…落ち着け。きっとこれは、ジョーカーの企みが失敗し、良い方向へと事態が動く、些細なきっかけなんだ…。

レオンの前で。二人は手を取り合った。見つめ合った。


そしてアビーが言った。


「私達、結婚しましょう」


レオンが聞きたいのは、それじゃない。


「…!!」

ウルフレッドが心底驚いた顔をする。

アビーは。とっ…。とウルフレッドに身を寄せた。

「…私は、一昨年、私達のジャックを残しアンダーを出て、初めて外の世界を見たの…。レシピエントになるための訓練、実験。投薬、歌の訓練、ダンスも、闘いさえも学び…。…パパは私に時折会いに来たけど、私には分かったの。パパは私を全く愛していないって。…本当の私を愛してくれたのは、あなただけなの!」

美しい声だった。

きゅぅぅぅん!と犬の鳴き声が聞こえた。


レオンは低い天井を仰いだ。ああ、速水、お前は正しい――。

犬、こいつはやっぱり馬鹿犬だ。


「おい、犬。どういうことだ?」

アビーの説明は感情的すぎるので、レオンはウルフレッドに細かい経緯を尋ねた。

「――ええ…!今すぐ全部!この奇跡を説明するわ…!!」

犬が驚いたように、アビーと抱き合いながら。幸せそうに話した所によると。


つまり、ウルフレッドは幼少のアビーと会った事がある。


…この二人の初めての出会いは十五年以上前。…当時彼女は三歳程度。

ウルフレッドはジョーカーと共に、プロジェクトのハウスを訪れた…。

その時のアビーは、たまたま偽装しておらず、銀髪だった。


ジョーカーは幼いアビーに怒った。その髪をさらすなと。手を上げた。

だがウルフレッドが間一髪で庇い、珍しく主人をいさめた。

『ダメじゃないの。ほら、とってもきれいな髪よ!まあなんて素敵なお嬢さん!』

アビーを抱き上げて、思わず頰にキスをした。


アビーはそれをずっと覚えていた。孤独に耐える内にいつしか、それは恋心に変わった。


…反対にウルフレッドは忘れていた。

この二人があのダンスパーティで偶然再会した時には、彼女はすっかり成長していたし、一度会った時とは髪の色も目の色も違っていて。ウルフレッドはすぐには気が付かなかった。


逆にアビーは気が付き、思わず叫んだ。

『The DOG!?』――あれが貴方の飼い犬なの!?と。


その後、アビーは変装をしていると彼にばらし、ずっと想い続けていたと涙ながらに告白。ウルフレッドはそこでようやく思い出し…。


「ああもうこんな奇跡ってあるのね!!」

ウルフッレッドは涙ぐみ、まだ熱くこの奇跡を語っている。


…レオンは額を押さえた。色々な意味で…頭が痛い。

――ああ、そうだろうとも。

こんな目立つ男、一度見たら忘れる訳が無い。

速水の作ったあのタイミングは、正しく奇跡だったと言っていい。レオンは怒らず笑うべきだった。


「ああ、これが愛!愛いいいっ!愛なのね!!!ご主人様は正しかったのよ!!真の愛こそが真に世界を平和に導くものだったのよ!!ぁああ愛ぃぃ!!さすが私の愛するご主人様!!私が絶望していた間も、世界平和の為にたまにちょっとむかつくジョーカーの言いなりになっていた時も!愛はそこにあったの!彼女はずっと私を愛してくれていたの!!クイーン!あなたはやっとみつけた私の世界の愛と平和の使者なの!!愛してるわ!!…ああ、でも…」

五月蠅く言って、急にウルフレッドは項垂れた。

「ダーリン…?」

「…アビーちゃん」

アビーを、そっと抱きしめ一筋の涙をこぼす。


「…貴方は、やっぱりご主人様と結婚してちょうだい。『ジャック』と『クイーン』…清い二人は結ばれる運命なの!!こんな薄汚れた私なんかより、ずっとお似合いよ…。ご主人様ならきっと、いいえ絶対!アビーちゃんを幸せにしてくれるわ。私は、あなたたちの家の、しがない番犬で良いわ。歌とダンスで手を取り合い、世界平和を目指す二人を一生、ずっと…、心から守るの」

まさしくそれは、陶酔の趣だった。


「そんな…酷いわ!…だって私、あなたをずっと――本当に、あなただけを心の支えに…ずっと生きて…っ」

「っ…アビーちゃん…これは運命なのよ…!!――それにあの子ならちょっとの浮気ぐらい大目に見て」「…おい、犬」

「何?うるさい馬鹿レオン」

速水っぽい言い回しでウルフレッドは言った。目線はアビーから外れない。


「ずっと不思議に思ってたんだが。お前、何でハヤミの犬になった?」

「あら、詳しく聞きたいの?」

「…いや、いい」

レオンはすぐに拒否をした。

ギリギリ違法の薬で思考が働かずに洗脳されたとか、多分、やっぱりそんな感じだ。


「…結婚云々はハヤミに聞け。『別にいい!おめでとう。どこに住みたい?』とか言うだろあいつ…」


レオンは溜息をついた。


…そう言えば、この犬も味方だったな。


レオンはウルフレッドを信じ切れない。

こちらに寝返ったというのは本当か?まだジョーカーの息が掛かっているのではないか。


――ウルフレッドの経歴を幾ら調べても、それは分からなかった。

分かるのは世界平和に必死。戦闘歴はイかれてる。それくらいだ。


「…」

…速水のように、騙される覚悟で、裏切られてもぶつかる。

俺にはそんな真似できない。

速水の側にそんなヤツは置けない。危険だ。


そこでレオンは、『はっ』とした。


そうか、俺は。臆病なんだ。兄貴と違って。


「アビー…」

そしてアビーを見て呟く。


「どうしたの?キング」

レオンに見られたアビーが、首を傾げた。


あは、とレオンは笑う。

そして、さらに声を出し、はははっ、あははは!と、笑う。


「――、そうか。そうなんだよ!俺は―」

「??アタマ大丈夫?」

犬にそう言われたので、レオンは犬をどついてやった。



〈おわり〉

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