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第11羽 速水 ①ジョーカー

今回時間が少し戻ります。

ホームを出た速水は英語で歌を口ずさんでいた。


カラスが鳴いたらかえりましょう。

このフレーズを繰り返す子守歌だ。


今日は近道は通らずに普通に帰る。だって犬が沢山ついてきているし。


今はハシボソカラスを通り越して、悪魔がギーギー鳴いている。

これは『繰り返し』の前兆だ。恐ろしい叫びに寒気がする。

着込んでいても寒くて、速水は二の腕をさすった。赤いマフラーを引き上げる。

二月二十四日。冬は過ぎたはずなのに、ロスは過ごしやすいはずなのに。


俺もいよいよ駄目か。

速水は笑った。


エリックが原因を教えてくれた。

そんな馬鹿な、って話だった。


「…なあ。ウルフレッド」

速水は犬に声を掛けた。


「わん?」

ウルフレッドは今日も犬だった。

バウ?って。──もうだめだなコイツ。人間やめてる。速水はさすがに嫌になった。

「お前、一応まだジョーカーの手下だろ?」


速水はフェンスの側で立ち止まった。

近道はすぐそこだったが、前述の理由で、回り道をしてこちら側へ来た。ホームが少し遠くに見える。


速水は笑った。


「やっと分かった。俺の目指す世界平和の方向性。俺のやり方が。ウルフレッド、俺の答えが聞きたいか?」


「もちろん!!是非聞きたいわ!!」

ウルフレッドは、いきなり、意外にハッキリそう言った。身を乗り出す。

世界平和。この言葉が一番彼には効果がある。


「そうか―、じゃあ言うけど」

レオンみたいな言い方で速水は言った。


「俺は、お前に一度、世界平和に必要なのは愛だって言ったな。あれも多分間違ってはいないけど、多分、お前が欲しがってた答えじゃないよな。あの時絶対、お前、内心俺を馬鹿にしてたろ」

速水は少し疲れたので、フェンスにもたれかかる。


「まあ、そうよ。…でもでもでも!イイエ!!今はちょっと正しかったのかもって思うから、ねえだからご主人様!!お願い!電話も許して欲しいの──!!アビーちゃんのお電話番号教えて!」

今朝もコイツはそればかり言っていた。

「どうしようかな…」

「お願い!ご主人様!!」

「じゃあ、おすわり」


「サー!イエッサー!!」

速水が言うと、犬よろしく、ウルフレッドはさっと跪いた。


そう言えば、速水はウルフレッドを勝手にお姉系の人物だと思っていたが、実は彼の使っている英語は丁寧と言うだけでそっち系ではない。

ノアの時のように、第一印で適当に決めるとこうなる。ノアはむかつくやつかと思ったら意外に素直で良い奴だったし。

速水は脳内翻訳を色々間違えた、と思ったが、まあ今更もうどうでも良いと思い直した。


速水は顎に手を当てた。

…やはりウルフレッドはアビーに本気らしい。なんだゲイじゃなかったのか?

だがアビーとウルフレッドは出会ってまだ二ヶ月だ…。


「それは多分まだ早い──、そうだな。お姉系の日本語覚えたら許可してやる。で俺の目指す世界平和のやり方だけど。まず、適当に人類を百人以下にする。核兵器は面倒だからやめて、ミサイルと銃?をつかって。金はあるし…そろそろ始めようかな。エリックにヤバイウィルス開発してもらうのも良いな。あいつマッドサイエンティストだし余裕だろ…」


どこかで聞いた事を適当に言ってみたら、速水は何だか『世界征服』が出来そうな気がしてきた。


今日は…たぶん、世界をぶっ壊し始めるには丁度良い日だ。


…まあ、やらないな。

だって俺のいるこの世界は、もうズタズタに壊れてるから。

俺がそんな事しなくても人は死んでいく。そして滅んでいく。

百億年、一億年、千年、一年。そのくらい後、人類が地球にいる保証なんて何処にも無い。

…地球も無くなってるかもしれない。


「残りが百人だと少ないか。でも、世界平和に必要なのは、犠牲だ。この世界の人口がそれくらいになったら、きっとみんな、ああ、あれが平和だったんだって気づいて、お前くらい必死で平和を目指すんだろうな…その後、結局もめて滅ぶかも知れないけど」


速水はそう言って笑った。


むしろ滅べ。速水は心のどこかでそう思った。


安っぽい考え──これが自分の思考なのか、散々聞かされて思い込んだだけなのか。

速水には分からない。


でも、ダンスで世界平和。できたら良いよな。

いや、やっぱり不可能だ。やめとこう。

俺はダンスが出来ればそれでいい。


こんな、ただのお気楽ダンサーの速水より、金が欲しいネットワークより、傭兵だったウルフレッドの方がずっと偉いと思う。

自分の物か分からない平和への健全な思考に、ウルフレッドの行動は全く矛盾しない。

気に入らないやつらは、ぶっ殺せば良いのだ。皆がそう言っている…。


今も、カラスが鳴いている。速水の知らない鳥も沢山。

速水に見えないだけで、皆に聞こえないだけでこのフェンスの上とか…網の間とかにきっと色々な鳥があつまっているのだ。


速水はもたれたままフェンスを握った。

…可愛いさえずりが聞こえた。今、小鳥が羽ばたいて逃げたりしたのだろうか?


ここは風が良く通る。


多分、普通のちゃんと固い壁でしっかり守られた皆と違って、速水の周りだけ、こんな風通しの良いフェンスで囲まれていて、だからいつも騒がしいに違いない。

鳥達は意外に小さいので、フェンスの隙間を通れるし、もし上が空いていたらもちろん飛んで来られるし、フェンスの下だって余裕だし。ただ、有刺鉄線には当たらないで欲しい。

あ、カラスならくちばしで器用に外せるかな。カラスは、それを巣にするくらい逞しいかもしれない…。


速水は笑った。


「だから、だれが何と言おうと、お前は世界平和に貢献したんだ。お前が殺した誰がお前を許さなくても、俺はお前をたたえるし、尊敬するし。愛してやる──犬としてだけどな。お前は今まで良くやったよ。──この世界の誰より平和的だ。…これで納得いったか?」


犬はポカンとしている。

はぁこいつ何アホな事を言ってんだ、そんな目で見上げている。


そして犬は溜息をついた。

「──貴方って、馬鹿なのね。…それで?…『あら!?じゃあ私は良い事したのかしら?』なんて言う訳無いわよ。私にとって過去はもう過去。何時までも引きずったりしないわ…笑っちゃうわ!いや怒るわよ!!この===なクソガキ!」

そんな事を言われて、速水は苦笑するしか無かった。


戸惑っているらしいウルフレッドが久々にカタカタ笑い出した。

やっぱり、コイツは優しい。


元気づけようとしているのかもしれないし、また、アンダーの時のように助けてくれようとしているのかもしれない。

速水はあの頃から、それなりに彼を信用していた。


速水は楽しそうに笑った。

レオンが言ってたけど…確かに、俺は少し丸くなったかもしれない。


「サク・ハヤミ!あなた、そんなんじゃ、ジョーカーには勝てないわよ!」

犬は激怒『したい』らしい。

速水にはよく分からないが…最近この犬は何だか色々考えているらしい。

将来の事とか、アビーとの人生設計とかだろうか?


この前、速水が広い犬小屋買ってやると言ったら飛び跳ねて喜んでいた。


「…分かってるよ。俺はジャック。ただの捨て札…。ウルフレッド、これからはレオンに協力してやってくれ」


『…それでいいのか?』『もっと頑張りなさい。全然駄目』

声が聞こえて速水は振り返った。もっとガンバレって、もう良いよ。


…壊れかけたフェンスの下には汚れたどぶ川がある。速水はあのコンクリートの、内側の落書きは誰がどうやって描いたんだろうと思った。


やっぱり、もう一生…俺に自由は無い…。欲しかったな。自由。


けど無くても良いのかも知れない。このまま、死んでいけるなら。

ジサツしなくて済むなら、それでバンザイだ。…きっと幸せだ。

死だって一つの解放だ。しかもこれは永遠の静けさが手に入る。

ってどっかの宗教だな。


速水はポケットから携帯を取り出す。

「これアビーの番号。前払いだから、頑張って日本語覚えろよ。彼女と上手く行くと良いな」

「―~、はい!!ご主人様!!」

ウルフレッドはやや迷った末に飛びついて来た。


こいつの本性が犬で良かった。速水は心底そう思った。


■ ■ ■



時間だ。と他の犬に促されて、速水は犬小屋に戻った。


ここは元々速水が自分で住むために借りた部屋だが、速水は今、監視され犬同然の扱いなので、犬小屋で間違い無い。


「ただいま」


緑色の扉を開ける。

入ってすぐは廊下というには若干広い、机とベッドが余裕で置けるくらいの玄関スペース。ここには特に何も置いていない。

その次にキッチンとキッチンテーブルのある部屋。そこにはパソコンデスク…ただの小さめのテーブル&チェア、その上にデスクトップのパソコンが置いてある。最近出たMacなのでモニターだけで済んでいる。


その奥にリビング。奥行きのある構造だ。

この広さの部屋を日本で借りたら結構するだろうが、こちらはとても家賃が安い。

部屋はリビングの隣にもう一部屋あって、そこは本来寝室だが、速水はそこをゲストルームにしている。なので自分のベッドはリビングの片隅にある。そのほかはバストイレなど。

まだ越してきたばかりなので、小物やラグなどはあまり無い。

棚はリビングに天井まで届く備え付けの物があったので、それを使っている。

いずれ日本に帰るつもりではいるので、物はあまり増やしたくなかった。


キッチンテーブルは何も敷かずにフローリングに置いているが、今のところ特に問題は無い。…椅子で傷が付くようなら考えよう。

パソコンのテーブルの下には一応マットを敷いてある。これを買ってきたのはウルフレッドだ。自分用のテントでも買えと言ったが、これを買って来て呆れた。


もちろん今日もウルフレッドは外に置いてきた。

──さわさわと話し声が聞こえるが無視した。


速水はテーブルの上のメモを見た。

エリックは買い出しに出かけているようだ。


速水はほっと溜息をついて、キッチンで珈琲を煎れ始めた。

何にしようか…。そうだな…カフェオレかな。


偏頭痛には少量のカフェインの摂取が良い。

日本で、馴染みの医者がそう言っていた。


だからダンス教室の帰りに出会った、変人隼人がバリスタを目指してると聞いて、ちょっと興味を持った。

隼人と一緒にマスターの店に入り浸る内に、ああ、ダンスが駄目ならこれも良いかも、なんて思うようになった。

結局、凝り性なのか、気が付けば資格まで取ってしまった…。

速水はもともと病気がちだったし、頭は変だし、長くダンスは出来ないと思っていた。

彼は将来はバリスタになるんだと思っていた。


(本当に、夢みたいだったな…)


いや、いつも思っていた。

今でも信じられない。

自分が、まさか二代目ジャックになるなんて。

プロのダンサーになれるなんて…。


本当に夢みたいだ…。


これからどうなるか分からないけど、世界の片隅で良いから踊り続けよう。

ジャックの為に、ベスの為に、皆の為に。


彼はそう決意した。


──。


「?」

インターホンが鳴り、速水は画面を見た。


■ ■ ■


「散らかってるけど」

速水は机の上の薬を全て片付けた後、来客を迎えた。


「悪いないきなり」

「ほんと、いきなりだ。連絡くらいしろよ…」

ちょっと呆れる。


「いや。丁度こっちに来る予定があったから、レオンに聞いたんだ。渡したい物があったしな」

ウィルは笑って言った。

「へぇ?ああ、そこに座ってろ。丁度珈琲を煎れてるとこだったから。何が良い?とりあえずエスプレッソ、カプチーノ、カフェオレ、カフェモカ、ソイラテ、アプリコットがある」

速水は食器棚からカップをもう一つ取り出した。あまり食器は無いがこれだけはある。


「お、タイミング良いな。じゃあとりあえず、カプチーノでももらうか」

ウィルはキッチンテーブルに座った。


「分かった。ウィルはラッキーだ。丁度ケーキがあるから」

ウィルは甘い物が好きだった。

速水は珈琲を煎れ終え背を向けて、冷蔵庫を開けて、ホールのチョコレートケーキを取り出し、コンロの横で切り分ける。

「おお、いいな。ところで、最近具合は良いのか?」

ウィルが多分笑って聞いて来た。


「うん…、まあ」

速水は濁した。

鳥の声と、さわさわと話し声が聞こえるが無視した。


こっちで入院するって事、言った方が良いんだろうか。

エリックの知り合いの医者…。

レオンに言われるまでも無く、うさんくさい医者に決まっている。


本当はもう日本に帰りたい。けど…。

…速水の状況を知ったらウィルは何と言うだろうか。

レオンにも帰国の相談をしておくべきだったかも知れない。けどそんな状況じゃ無かったし…。


「…」

速水はふと、手を止めた。


ウィル…?

ここを…レオンに聞いた?


…レオンは今ごろ、エンペラーに会っているはずだ。


「…お前、何しに来たんだ?」

速水はウィルが視界に入らない程度に顔を動かして聞いた。


「何って、新曲のPVが完成したから、まず見せなきゃって来た。パソコン借りていいか?」

「何だ。そんな事か。発売はいつだ?」

速水は笑って、盆に珈琲とケーキをのせ、リビングに移動した。


「三月四日だ。DVDも出るし、お前、一気に忙しくなるぞ。マネージャーも探さないとな。あてが無かったら、誰か紹介してやろうか?」

速水はリビングテーブルの上に盆を置き、ウィルの分のケーキと、自分の分のカフェオレとケーキを置く。チョコレートは甘さ控えめ、コーティングの下には生クリーム。生クリームとスポンジとのバランスにこだわった逸品だ。


「そうだな…」

マネージャーか。エリック…はどうだろう。…微妙かも知れない。

速水はソーサーに載ったカップをウィルに直接渡した。もちろんラテアートを施した。

「お。相変わらず器用だな。ありがとう」

ウィルは一口飲んだ。


そして溜息を付く。

「…、うまいな…。こっちに置いていいか」

「ああ」

速水は頷いた。

ウィルがパソコンテーブルの片隅に珈琲を置く。

邪魔だったらリビングテーブルに置けばいい。


PVの再生が始まる。


ネットワークと関わる前に速水が出演したのは、ウィルの手がけたブレイクビーツのPV。

要するに、このブレイクビーツはこう踊るんですよ、と言う見本を兼ねたプロモーションだ。

ジャンルとしてはマイナーなので一般的な知名度はさしてない。


今、ここでケーキを食べているウィルこと『W・J・ヒルトン』はEDMアーティスト。彼の手がけるEDMは発売される度に各国のチャートの一位を獲得する。


彼は、毎年新曲を発表し、そしてそのジャケットとビデオクリップに新進気鋭のダンサーを起用している。

これはこの世界のEDM系アーティストの間では主流の、サウンドイメージアイコンと言われる手法だ。

アーティストは自分達のプロモの代わりに、自分の曲をダンサーに踊らせる。

それは曲と同時に発売され、大々的に曲の宣伝に使われる。

ウィルくらいのレベルになると、CDショップは二代目ジャックのポスターや動画であふれかえるだろう。もっと言えば、アメリカ中の街中でも。世界各国でも。

駆け出しだった先代ジャックも、ウィルでは無いが、この仕事で一躍有名になった。


画面の中の速水は、ヒップホップを踊っている。

彼はもちろん振り付けも自分でやった。


地下鉄…やっぱり何でだ?…気恥ずかしいので、速水はとりあえず珈琲を飲む事にした。

「なんだ、見ないのか?」

「後で見る…」

速水は言って椅子に座る。


「お前、今は耳はどうなんだ?…これから振り付けの仕事も山ほど来るだろうから。いずれはそっちを目指した方が良いかもな…」

ウィルは心配そうに言った。

「―」

速水が答えようとしたとき、ウィルの携帯が鳴った。


「あ、悪いな」「ん」

ウィルが言って、速水は自分のケーキをフォークで切り分けた。


今日はエリックが、薬はまだ飲まなくて良いと言った。


だから具合が良くて、レオンに会う前に焼いたのだ。

今できる楽しみはもう料理くらいしか無い。…レオンに持って行くのはさすがに馬鹿らしくて止めた。


「ああ。良いぞ。もう十分だ。引き上げてこっちに来い」


切り分けたかけらを口に運ぼうとして、速水は動きを止めた。


引き上げろ?

こっちに来い?


「――ウィル?」

「水くさいな、ジェスターって呼んでくれって、言っただろ」


ウィリアム・ジェスター・ヒルトン。


「…なんだよ、いきなり」


彼が近づいて来たので、速水は立ち上がった。


カラスが鳴いている。ここから出た方が良い。

物音がしたので、速水は入り口の方へ目をやった。

そこにはエリックがいた。今日は買い出しに行くと言って、結局何も買わずに戻って来たらしい。


その後ろには、なぜか歌手のルイーズがいた。

彼女は今日はスーツを着ている…雑にまとめた髪がかえってだらしない印象だ。


三人に囲われる形のまま、速水は一歩後ずさった。

背後はウィル、正面にエリック、そしてルイーズ。


「…エリック…お前――」

速水は何が言いたいのか自分でもわからない。ただ酷くいやな事が起こるとは予感できた。

ウルフレッドはどうしている?


「外で寝てるわよ」

ルイーズが言った。

「―なっ?」

速水は何も言っていない。


「あの犬はお前にやるよ。どうやったか知らないが、お前の方が良いんだとよ」

ウィルのその言葉で、ようやく全てが分かった。


「…ジョーカー…」

こんな近くに。


■ ■ ■


ジョーカーは、ジャックの隣にいた。

勝てないはずだ。


速水はテーブルに手をついた。頭を押さえる。

…けど、いや、だって。ジョンとウィルって親友だろ?


って言うか『ジェスター』=『ジョーカー』とか、そのまますぎだ…。


「何でジャックを殺した…お前がやったのか?」

拳を握り、速水はジェスターに言った。英語の発音が震えた。


ジェスターという単語には道化師という意味がある。


速水はかつてウィルにその名前で呼べと言われたが、何となく語感が嫌いだった。

だからジャックと同じように『ウィル』と呼んでいたのだ。もしかしたら、速水は心のどこかではそう思っていて、…深く考えたくなかったのかも知れない。


…嘘だ。…信じたくない。


「この子、信じたくないって思ってるわ」

ルイーズが言った。


「そうか。じゃあどう答えようか?――よし、そうだ、全部ルークが勝手にやったんだ。俺は関与してない。これは本当だ」

その男が今まで見た事が無い、冷たい表情で言った。


「な…」

本当か嘘か、全く分からない。

ウィルは煙草を取り出した。


「あいつは、俺が全て一番で無いと気が済まないらしい。まあ、何処かの犬みたいな奴なんだ。あいつは生まれてからずっと、俺の為に、そうなるように教育を受けてきたからな。ジャック…ジョンは俺の友人だったが…」


彼が煙草を吸っているのを、速水は見た事が無かった。

火を付ける。

煙が室内に浮いた。


「どうも、ジョンはあれのカンに触ったらしい。ジャック、理由を聞きたいか?」


「…」

速水は答えられなかった。

本当か、嘘か、分からない。聞くのが――。

「この子、聞くのが恐いって思ってる。本当か嘘か分からないから。ジョーカー、ゲームは貴方の勝ちで決まりね」

ルイーズが妖しく、むかつく微笑みで微笑む。


「…何なんだよ…お前」

速水はルイーズを見て頭を押さえた。速水の思考が筒抜けだ。


「くそっ…、お前等…グルだったんだな。全員か?」

速水は呟く。

エリック、ウルフレッド、アビー、ベイジル、クリフ、キース、イアン。

それに…?まさかレオンは違うだろ。


「そう。レオンとノアは違うわよ。けどベスはこっち側ね」

ルイーズが言った。

「は?」


「可愛そうな子なのよ。ノアを好きにさえならなければ良かったのに。あの子の家、凄い貧しくてね。家族を養う条件で――あら、これは知ってるのね」

ルイーズが笑った。


そうだ、ベスは家族の為に頑張って――。

「でもね。それ。嘘なのよ」


「え?」

「ルイーズ」

ジェスターがルイーズを呼ぶ。

「分かってるわ。もう黙るわよ」

ルイーズは嫌そうに頷いた。


「おい、それ、どういうことだ!?」

速水はジェスターに近づかずに声だけを上げた。こいつは危険だ。

ジェスターは煙草をふかす。

「つまりあの性悪女もお前を攫う『計画』に関わってたんだ。お前をはめた、騙し組ってとこか?」


黙っていたエリックが口を開いた。

「―ハヤミ!!違います!!ベスは確かに『計画』を知っていましたが、彼女は違います!彼女は…!!」

「エリック、黙れ。分かってるな?…ふう…全く、――本当、クイーンにあの女を選んだのは失敗だったな。まさかノアをたぶらかすなんてな。死んでくれて良かったぜ」

ジョーカーがヘラヘラと笑った。


「貴様!!」

速水は殴りかかろうとした。死んで良かっただと!!?ふざけんな!!

だが、エリックが止めた。それも必死に。

「放せ!!エリック!!お前もグルか!!敵なのか!!」

速水はエリックに怒鳴った。エリックを殴った。


「サラが人質だからな。お前が俺に危害を加えたら、彼女は解放されない」

その言葉で速水は固まった。


「…済みません、すみません…」

エリックは泣いていた。


「――ジェスター!!!貴様!!」

速水は叫んだ。

「おっと。まあ落ち着いて聞け。『計画』って言うのはな――」

ジョーカーが、速水の大声に少し驚き、パソコンの前の椅子に座った。


「長くなるわよね。あら、このケーキ食べても良い?珈琲は…冷めてるわね。まずいわ」

ルイーズは勝手にケーキを食べ始め珈琲を口にする。

…彼女は速水の珈琲を馬鹿にした、初めての女だった。


…そう言えば、さっきからPVが流れている。


■ ■ ■


むかつくサイケ女と最低なジョーカーが去った後、速水は床に座りこんでいた。

ジョーカーは最後に『サラを解放しろ』と俳優のアランに電話していた。


どいつもコイツも、よってたかって。


「エリック…俺、何かしたか…?」

呆然と、速水はつぶやいた。


俺が何をしたって言うんだ。

俺はただ、ダンスが好きで、すきで、すきで、すきで、気が狂うほど好きで。

ただすきで踊ってただけだ。


もう全てに腹が立った。

馬鹿みたいな理由で、ジャックが死んだ。



――違う。俺のせいで、ジャックが死んだだと!!




■ ■ ■



三月四日。…ここは日本。

休日の夕方だ。


「あ、これジェスターの新曲だ。買ってくか」

若い男性が、CDショップで一枚のCDを手に取った。

裏返す。

ジャケットには、空と境界の無い、青い海を眺める黒髪の人物。

ほとんど背を向けているのでどんな人物かは分からない。


「ファンなの?」

若い女性が聞いた。


問われた男性はCDを裏返す。

モノクロ、暗い街の中に佇む青年。


「ああ。誰だコレ。――お。ああ。日本人は初めてだな。サク・ハヤミ…二代目JACK?知らないな」


「あ、私!その人知ってる。ブレイクダンスの人!」

「えっ、何で?お前、ダンスとか?」

「だって、ええと、あれ?ジャックって、ヤフーで見たような…。何か事故の――」

「ああ、あったな。そう言えば…って、こっちのコーナーの人か」



――如月隼人は、その会話を聞いていた。

当然、速水が出たCDとDVDを買いに来たのだ。

本人からの連絡は無かった。

ネットの告知もギリギリまで無かったらしく、少し前にテレビで大々的に宣伝され初めて知った。


言ってくれればいいのに…。


「JACKベア?買おうかなー。でも不細工」「レジ行って来る。…ついでに買うか?」


恋人達が去った後、隼人はCDを手に取った。

店員に『ついに出た!!今年のアイコンは悲劇を乗り越えた、あの『JACK』の後継者!!曲もダンスも最高の出来!!』と説明書きで大プッシュされ、小型のディスプレイでテレビで見たPVが流れている。


隣にしっかりジャックコーナーが出来ていて、そこに並んでいるのは速水がジャケットの『DVDブレイクカルチャーvol.3』…先代ジャックが出演したのはvol.1だったか。


その横には『ブレイクバトルトーナメント 2010 』『ブレイクバトルトーナメント 2011』

コーナーにはちゃっかり人相悪いクマと、もちろん先代ジャックのDVDも並んでいる。


…こんなにプッシュされてるとは思わなかった。

ここに来る途中も駅の柱にずらりとポスターがあって、隼人はたまには街に出ないと、と思って苦笑したのだ。


――隼人は知るよしも無いが、速水がPVとDVD撮影したのは、一月八日から一月すえにかけての事だった。


(サク、…いや、ジャック。頑張ってるみたいだな)

隼人は微笑んだ。彼はようやくジャックになったのだ。


画面の中で踊る速水を見ていると、誰かがさっとvol.3だけを手にとって買って行った。ごく普通の男性だった。ダンス好きなのだろうか。


休日なので店内は賑わっている。

…中高生、どう見てもダンスやってそうな若者達がいる。

「あー、サイン会とか…。やっぱり無いのか?」「去年ユーディやったよな」

「クランプって入ってるのか?」「さすがにないっしょ。まあ買ってこ!」


良かった。ちゃんと男性にも売れてる…。

隼人は変なところでホッとした。


やたら女性人気の高い速水は、ステージ時代から良くカミソリレターを貰ったりしていた。

ジャックが死んだ後はしつこい殺害予告状とか、海外からの怪しいプレゼントとか、果てはちょっとした爆発物までもらっていたりしたっけ…。


隼人は苦笑する。

最近、彼から連絡が無いけど、この分なら相当忙しいのだろう。

いい加減、僕も子離れ?しないとな。


頑張っているならそれでいい。

隼人はそう思っていた。


■ ■ ■



隼人がCDショップを出て、街中を歩いていると、携帯が鳴った。

カラスが一羽、街を歩いていた。


この着信音は…。


「もしもし?」


『隼人さん、あの…今、大丈夫ですか…』

もちろんいとこの小雪だ。


「うん。外に出てるけど大丈夫」

隼人は周囲を見て、道の端で立ち止まった。



『実は、相談が…』



〈おわり〉

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