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第10羽 追徴 ③悪魔

対ネットワーク計画(大した事無い)は続編のネタバレなのでひとまず伏せさせて下さい。

真夜中なので、誰も居ない。


速水は砂浜にいた。

固そうな場所を選んで歩く。

彼はいつもの格好。肌寒いので大きめのジャケットを着て、軽いマフラーを巻いている。


…波が寄せている。少しでも近寄ると逃げる。


犬はその辺りで波を追いかけはしゃいでいる。

レオン達は少し離れた所に停めた車の側で、あくびをしている。


速水は電話を掛けていた。

カモメが鳴いている。それに混じってカラスがカーカー鳴いている。


「エリック。いままでごめん…俺が馬鹿だった」

速水はどう切り出すか考えた末、結局あやまっていた。


「…こっちに来ないか?一緒にサラを探そう」

速水はそう言った。



■ ■ ■



「エリックは、明後日には来るってさ」

車の近くに戻り、速水は言った。

「ふあ…、それは良いが、なんで俺らまで…」

時差の関係で電話は夜にしないと、イギリスとはタイミングが合わない。


「あそこじゃ誰が聞いてるか分からないし。海が見たかったんだ」

速水は言った。

そして、この先の国、日本にいつか帰る日が来るのだろうか…。そんな事を思う。


「エリーはどうなんだ?」

レオンが聞いた。


「大丈夫。ケイが請け負ってくれた。後は…ノアだな」

「ああ。っとに…あいつどこにいるんだ?行きそうなトコは調べた。どれも空振りだ。マジで捕まったのか、それともどっか彷徨ってるのか…」

レオンは溜息を付いた。

ノアが育った教会、ベスの実家も張らせているが空振りだ。


「…案外、近くにいるのかもな」

速水は笑い、何となく言ってみた。灯台もと暗し、そのことわざ通り言ったら本当になるかも知れない。

…少なくとも、ノアは自分より大人だ。彼はどうして立ち上がれたのだろう。


「トウダイモトクラシ?」

レオンがカタコトで言ったので、速水は驚いた。


「…昔ジャックが言ってた。まあそれよりも、明日で日程は終わりなわけだが…」

犬はまだ号令が無いので海にいる。


「―あ」

その時、潮風が吹いて速水は帽子を飛ばしてしまった。


「取って来てくれ!」

砂浜の犬に声を掛ける。

犬は楽しそうに、必死そうに駆けて行った。


「しかし、もう完璧に犬だな。どうやったんだ?」

レオンは呆れていた。

「あいつも、疲れてたんだよ」

速水は苦笑した。


「ダンスで世界平和。できたらいいのにな。…あいつは出来るって信じてた」

レオンに背を向け、海を眺める。


「けど…俺は人殺しのお前が生きてる限り無理だって言った。でも犬だったらきっと許されるって。お前は人に生まれたのが間違いで、人じゃ無ければ良いんだって…、──凄い。取った。偉いぞ!」

ウルフレッドが頑張って帽子を拾い、速水は嬉しそうな声を上げた。


…ジャックに貰った、大切な帽子のハズなのに、たまにどうでも良くなる。

けど無くしたら凄く後悔する。


平和ってそんな物かもしれない。


速水はそんな平和な事を考えていたが。

「…げっ。お前悪魔かよ…。マジであいつに言ったのかそれ」

うっかり聞いてしまった再教育の内容にレオンはげんなりした。

元傭兵のウルフレッドが一番気にしてそうな事を…。そしてそれプラス色々か。

マジで友達やめたい。いや、なった覚えも無いが。


要するに、ウルフレッドは弱みにつけ込まれたのだ。優しさとも言う。

とすると、…彼なりに納得して速水の犬になったのだろうか。もともと犬だったらしいが。

本当は、精神も壊れていないのかも知れない。


「ありがとう」

速水は帽子を受け取り、礼を言った。

犬が大喜びで飛び跳ねる。


…、いや、もうダメだなこれは。

レオンは戻って来た犬を見て思った。


「で、俺達はなんでここに居るんだろうな」

レオンが痺れを切らし言った。



速水は無言で帽子をかぶる。海を見つめる。


「…なあ、レオン。正直に言う」

「何だ?」


「俺は、ここで手を引いた方が良いと思う」

速水はレオンを見て言った。

「―何?」

レオンが怪訝そうな顔をした。

「とりあえず、怒らずに聞いてくれ」

速水は言った。


「少し調べただけでも、相手がでかすぎる。エンペラーだっけ?そいつも怪しいし」

「なんだ、怖じ気づいたのか」

レオンは言った。


「そうじゃ無いけど。気を付けようって話だ。…まあいい…これ、計画。大雑把だけど」

速水は不機嫌そうに言って、上着のポケットから紙を取り出した。


「ほお、ちゃんとホームワークやったんだな…どれどれ」

レオンはそれを受け取り読み出した。


①知名度を上げる。

④あとは勢い。ジョーカーだけは絶対に捕まえる。

⑤ノアがトップに就任。


──たった五項目。


「少な!…おまえな、これは?」

「だからそう言う計画。簡単だろ。これなら多分半年くらいで出来る。レオンはとにかくまともなアーティストを探して、片っ端から協力を取り付けて、あとはどっかさ迷ってるノアを確保する。最悪ノアが向こうに捕まってても、こっちにはエリーがいる」


「ノアを後釜に据えるって、サロンの力無しでか?」

レオンは言った。


レオンの言葉に速水は頷く。


「ああ。レオンの言った通り、まずエンペラーに会ってみないと分からない。けど承認は得られても得られなくても、どちらでも構わない。もちろん犯罪歴のあるヤツはあらかじめ調べておいて即逮捕」


「なるほど。…つまり、今いるネットワーク連中をなだめて…組織は後々改変していけば良いって事か?まあ、確かにシナリオとしては順当なトコだが…これだけで上手く行くか?ノアがトップ就任するまで道のり、険しいぞ」


レオンは五行しか無い計画をはじいた。

計画はシンプルかつ単純。それでも…可能か不可能かと言われたら可能だろう。

だが、そこに至るまでの道のりが大変だ。


犯罪歴を調べ突きつけると言っても、全てが闇の中だし…。

さらに裏ネットワーク=サロンの存在もある。

どう考えても、今まで皆それをやろうとして、出来なかったのだ。


速水は溜息を付いた。

「正直…、上手く行くか分からないけど、計画を練れば練るほど、地道にやればやるほど色々な勢力に絡め取られる気がする。…だったらもうこれでいい」


実は、反ネットワークを掲げる勢力は幾つもあり、その勢力同士でもいちいちもめているのだ。

つまり『ネットワークは俺達が倒す、だが倒した後はどうする?そもそも相手がでかすぎる。それにネットワークは良い事もしている。勤め人は元仲間もいるし、人質の救出は?

今なお所属するアーティストは罪に問われるのか?…大金を受け取った俺たちは逆に叩かれて危ない?と言うか、ネットワークが無くなったら、ダンス・音楽業界や仕事はどうなる?』

…そう言う感じなのだ。


特にネットワークを完璧に潰す派は、どこの誰がイニシアチブを取るかで足並みそろわぬ事もはなはだしい。

幾つもの大陸に勢力が別れているのも、やりにくい理由だ。


…速水の簡単な計画は、ジョーカーの息子だと言うノアが居なければ成り立たない。

どこに居るか分からないノアは、レオン達の切り札だった。


■ ■ ■


翌日、午前。


速水とレオンはチャイナタウンにいた。今日は車は無し。

ケーブルカーもあるし、交通の便はかなりいい。


早い話がぶらぶら観光する気で、速水達はここで食事をするつもりだ。

これはレオンの発案でもある。

レオンだって、もう色々うんざりしているのだ。

そう言う訳で、今日はレオンもボディーガードの二人も砕けた服装だ。

速水はウィルも誘ったが、仕事があるらしい。


別に何時からでも良いと言われたので、キース達のスタジオには午後三時に行く事にした。


「へえ。意外にハデだな…、わ?」

緑の屋根の門を見て速水は言った。

今、屋根の上?辺りで何か凄そうな鳥が鳴いた。クジャクか?


「おい、いくぞ」

「ああ…」

速水は門をくぐり、チャイナタウンに足を踏み入れた。


これは中国風なのだろうか?

路地には建物や柱にカラフルな塗装がされ。中国語と英語で書かれた歓迎の横断幕や沢山の赤い提灯が頭上に連なっていて…これはまるでテーマパークだ。

周囲の看板は全て中国語。端っこに英語が書かれている事もある。


「なんだぼーっとして、あ。また何かいたのか」

レオンが苦笑した。

「ああ。たぶんクジャク…?」


「一本向こうの通りには、雀荘とか魚市場があるんだってな。飯食ったら行こう」

ボディーガードの一人が言った。

「ああ」

速水は苦笑した。

周囲には観光客が沢山いるが…。俺たちもその一員か。


レオンとボディーガード二人が先を行き、どの店で食べるかと楽しげに話している。

「ハヤミ、お前は何にする?」「俺はあるやつ頼む」

観光地だし、何を食べてもそんなにハズレは無いだろう。


今日は犬は留守番だ。

別に飼い犬では無いので、土産もいらないな。ウィルには買っていこう…。

速水はそんな事を思い、レオン達が選んだ一軒に入った。


外観は微妙だったが、内装は綺麗な店だった。

どちらかと言えば、洋風だろうか。

店内のほぼ中央、パーテーション横の四人掛けのテーブル席に案内される。

レオンが仕切り横に座り、速水は廊下側。

向かいに仲間二人が座った。

焦げ茶の木肌が落ち着いた印象だ。窓は高い位置にあって、通りは見えない。


昼には少し早いが、店内にはそれなりに観光客がいて賑わっている。


「あ、美味い」

中国風の創作料理だったが、とても美味しかった。

「お前もっと食え」「レオンは食い過ぎ」

「美味いなこのスープ」「『WUN-TUN』って言うらしい」

ボディーガードの二人も舌鼓を打っている。


「よし、この点心も頼むか。追加で」

レオンがさらに追加した。


ちょうどその時、また新しい客が入って来た。


「…ん?」

影が差し、速水は見上げた。


「ちょっと良いか」

「?何だ」

入って来た男に聞かれ、速水は答えた。

「お前、二代目ジャックだな」


「――」

何だ、急に。

向かいで仲間がジャケットに手を入れる。それを見て速水は男を見上げた。

サングラスを掛けている。…奴らの仲間か?

「何の用だ?」

とりあえず訪ねる。

「今食事中だ。後にしてくれ」

レオンが言う。


「――お前等、来い!」

その男が入り口に向かって叫んだ。


「は?」

速水はさすがにあっけにとられた。

ここって、日本で言ったら横浜中華街みたいな物だろ?

なんでゾロゾロ怪しい奴らが入ってくるんだ!?

「ハヤミ、逃げるぞ!」

「ちっ!」

速水は舌打ちしたが、出口は押さえられている。

周囲の観光客が呆然としている。


「食事の邪魔をして悪いな。皆さん。俺たちは強盗じゃ無い。今からこの店を貸し切ってダンスバトルをする。店主には了解済みだ。見たいヤツは残って良いが、面倒だってヤツは帰ってくれ!」

男が大きな声で言った。


「ここに居るのは、有名な日本人ブレイクダンサー、サク・ハヤミだ!俺はお前とジャックの名を掛けて勝負する!」

あっと言う間にテーブルが片付けられて、広いスペースが出来る。


「…」

速水は最悪な気分になった。


「食事中に来るなよ…!」

レオンが点心を見つつ言って、入り口を再度見るが、全く出られそうに無い。

どうやらサングラスはダンスチームのトレードマークらしい。

観光客は皆訳が分からずに出て行った。反対に店主らしき人物は苦笑している。

まさか良くあることなのか?


「おい、店主!」

速水は店主に言った。

「はい!!?」

「これって良くあるのか。それとも金積まれたのか?」

「良くあることで、お金積まれました!」

店主の答えは単純明快だった。


「断るなよ!断ったらお前はジャックじゃ居られない。それとも逃げるのか!」

サングラスにそんな風に挑発された。


「ハァ…どうするレオン」

「っ。お前、昨日ジャックになったばかりなのにな…!」

レオンがそっぽを向いて吹き出した。


「で、どうする?負けたらジャックじゃ無くなるんだってさ。全員倒して逃げるか?」

速水はずらりと壁際に並ぶサングラスを見て言った。

…相手は数こそ多いが、皆ダンサーのようだし何とか倒せるだろう。


「まあ、待て、こういう時に良い方法がある。見てろ」

レオンが速水を制し、不敵に微笑んだ。


「何だ?」


レオンは一歩踏み出す。


「悪いな、俺達のジャックは食事を邪魔されて気が立ってる。コイツは酷く大人しそうに見えるが、一度キレたら俺の手にも負えない。そこでだ。俺たちは午後三時にノブヒルのスタジオに行く予定だ。そこで正式にバトルしよう。君、ペン貸してくれ」

レオンは女性店員からペンを受け取った。


そしてメモを渡した。


「…分かった。食事中悪かったな。三時にスタジオだな」

レオンの言葉にリーダーは少し考えたが、納得し去って行った。



■ ■ ■


「ああ。今は観光中なんだ」「ジャックは忙しい」

「先約がある」「三時にスタジオで」


まさか無いだろうと思ったが、その後チャイナタウンの行く先々でバトルを申し込まれた。

レオンはその度に、断り全てスタジオに行けと言った。

「…なるほど」

速水は感心した。



――そして約束の時間。


速水達はすっぽかしたりせずに、ちゃんとキースが居るスタジオに顔を出した。


「よう。チャイナタウンに行くって聞いて心配してたが。上手くやったな」

キースは、ここがこんなに賑わったのは初めてだと苦笑していた。

イアンは相変わらず速水を睨んでいるが、速水はその目線の意味が分かってスッキリした。


「って訳で、ジャックと戦いたければ、こいつ等全員倒せ。勝ったヤツとコイツが戦う。そうだ一対一じゃつまらないからチーム戦にしようぜ。一チーム四人でこっちは俺とキースとイアンと、ジャックだ!!そしてMCはあのW・Jヒルトンだ!!」

集まったダンサー達にレオンが告げた。


ホワイトスーツのウィルが颯爽と登場する。

うぉぉぉ!と言う歓声が上がった。

「よう、ダンス馬鹿共!ジャックとやり合う前からハイに成りすぎて死ぬなよ!――」

そのまま付き合いの良いウィルが引き継ぐ。


「別にもう元、二代目ジャックでも良いんじゃ無いか…」

壁際で速水はうんざりしていた。

まさか『ジャック』なりたがっているダンサーがこんなにいるとは思わなかった。

…このまま現役のジャックでいたら、この先かなり大変に違いない。


「知名度はノアに任せれば良いし」

速水はチーム同士のバトルを見つつ呟いた。勝てるかは分からない。

チーム戦なら可能性は有るだろうが、当然全員ブレイクダンサーで、皆そこそこの踊り手だ。

「またそれか!お前…っとにアホだな!」

レオンはこづいた。

「だから、ノアの方が俺よりダンスは上手いし――、やっぱり華やかだと思う」

実は昨日、砂浜から帰った後、これからどう動くか打ち合わせらしき物をしたのだが…速水はこの後に及びノアが適任だとか言ってごねだして、レオンと少し喧嘩になったのだ。


「あー、はいはい。っとによ」

レオンは無視した。

…どうやら、速水は万事が対照的なノアに憧憬を抱いてるようなのだ。

これは、ライバル心と言ってもいいのだろうか?…ノアが聞いたら喜ぶかも知れない。


「確かにノアと比べたら、お前のダンスは陰気くさいよな。性格通りか」

ぴく、と速水が反応した。


この際だからと、レオンはいつも思っていた事を言うことにした。

「おまえ…いつも思うが、もうちっと楽しそうに踊れよ。そのうち悪魔が出て来るぞ」

なんかの儀式みたいで恐いんだよ。レオンの意見は率直だった。


「!!!?」

衝撃を受けた速水は壁に寄りかかった。思わずうつむき額を押さえる。


レオンが横から覗き込むとなんだか目を見開いて震えている。何かをつぶやいている。

レオンは耳を近づけ、超早口なソレを聞き取った。

「…悪魔。儀式。下手クソ?俺は陰気くさくて才能無い?踊っててつまらなさそう。イコール見てて面白くない。すなわちダンサーとして全然ダメ――?死んだジャックに顔向けできない?」


そして速水は顔を上げた。ふらりと進み出す。

「…じゃあ、笑う。…ノアみたいに。俺にもきっと出来る」「あ、おい!まだ出番は――」

レオンはおかしなスイッチを入れてしまった。


お客様、珈琲を煎れましょう、エスプレッソはお好きですか――。

練習の様にぼそぼそと呟く。

じゃなかった、ブレイクダンスはいかがでしょうか?


その後、速水はずっとにこやかに微笑んでいた。


「…あいつどうしちまったんだ?」

キースがそんな速水を見て言った。



■ ■ ■


「くっ…負けたぜ…」

ラストチームのリーダーが倒れた。


「いいえ。貴方も素晴らしいダンスでした」

にこやかに勝った速水は、この上なく鮮やかに笑って手を差し出した。


だが対戦相手にはそっぽを向かれ、周囲からは大ブーイングが起きる。

ちゃんとしたジャック出せ!なんて言われても困る。


「お前、そんなだから…男に嫌われるんだよ」

レオンは速水に言ってやった。

本人的には一応最善を尽くしているのだろうが、速水の態度は相手を馬鹿にしているようにも見える。…速水は女性にはモテるが、男性にはとことんモテない。

無愛想な普段の方がまだマシだ。

「別に、どっちも俺だし」

速水は苦笑した。


「さあレオン、もう少し踊ったら帰るか」

「何だ、まだ踊るのか?」

「ああ、別の――」


「悪い、そろそろここは終わりだ。またいつでも連絡くれ」

キースが笑って言った。


「だ、そうだ。帰るか」

「仕方無いな。キース、イアン、皆も、今日は楽しかった。ウィル。行こう」

速水は言って立ち去った。



速水は先にロッカールームを出て、出口付近で待っていたウィルと合流する。

そのまま外に出る。

――外の風が冷たい。だが日本に比べたら寒くない。


「ごめん、ウィル。呼びつけて…仕事は良いのか?」「何、いいさ」

上機嫌の速水は帰路に付こうとした。

車の側でレオンを待っていると、中から数名のダンサー達が出て来た。

「ちょっと待て――」


少し遅れていたレオンも一緒だ。

「レオン、どうかしたか?」

「いや、今から晩飯がてら、飲みに行くかって話になったんだが。ハヤミとウィルも来たらどうだ?帰りはイアンが送ってくれる」

レオンは言った。どうやらサングラスのリーダーに誘われたらしい。


速水は少し考えた。

「ウィルは仕事は?夕飯外で食べても大丈夫か」

「仕事は不味いから、帰らないとな…。お前は行きたければ行ってこい。良い機会だ。ダンス仲間も増やせよ。ただしアルコールは止めとけ。門限は十二時だ。遅れる場合は連絡くれ。門番には言っとく」

そう言ってウィルは微笑み、先に車で帰って行った。


■ ■ ■


「それにしてもウィルは、お前のマザーみたいだな」

サングラスのチームの行きつけだという、バーで、酒を飲みつつレオンは言った。

このバーはいかにもアメリカっぽい感じだ。


ボディーガード二人も一応仕事中なので酒は飲まないが、すっかり周囲と打ち解けている。

彼等もレオンと同じく、クランパーでなかなかの腕だし、ダンサー同士、当然話も合うのだろう。豪快に笑い合っている。


「日本でもよく言われたな…。ジャックは俺の子供で、ウィルは親。隼人は兄貴」

速水は言った。

「ジャックが子供って何だよ」

近くに居たダンサーが苦笑する。


「ジャックは、ちょっと私生活がだらしなくて―」

速水が言った言葉に、近くに居たイアンが反応した。

「ジャックの私生活?お前、そう言えばどうしてジャックと組んだんだ?」


「あ、そうか…」

ウィルが帰ってしまったので、ここにはジャックと速水が出会った当時を知る者はいない。

…レオンにもあまり詳しく話して無かったな。


そう思い、速水はジャックと出会った時の事を語った。


──日本で中学を卒業後、バリスタを目指してカフェのマスターの所で修行していたら、親友が真冬に行き倒れたジャックを拾ってきた。パチモンだと思ったら本物で、一緒に下宿する内に組まないかと誘われて──。


そう言ったら皆が驚いていた。

「その時は幾つだ?」「大会は十六って聞いたけど」


「ハヤミ、確か会ったのはお前が十五の時だって言ってたよな。ならジャックは…当時三十くらいか?」「ああ」

レオンが引き継ぐように言って、速水が食事の手を止め頷く。


「けど、年も離れすぎだし、実力差がありすぎるし、無理だって何度も断った」

「ああ…ウィルもそんな事言ってたな。…そう言えば、ネーミングセンスって何だ?『JACK+』の由来はジャックにお前プラスして、って言ったよな?そんなに変な由来か?」

レオンが首を傾げる。

レオンは二代目襲名の時に由来を聞いて、不思議に思っていたらしい。


「ああ、それは多分プラスの方じゃ無くて、初期案の──」

初期案を言ったら爆笑された。


その後も皆で色々語り合い、アドレスも交換した。

…色々な事を聞いた。

イアンはやっぱりアラブ系で、実家と縁を切って家出中。

イアンというのはアメリカ仕様の通り名で、本名は凄く長いらしい。

「へえ、イアンも家出か」

イアンはどうも速水が嫌いらしいが、速水からしたらそれなりに親近感がある。

年は二十らしい。速水の一つ上だ。…十七とか、それくらいに見えた。


午後十時を回る頃には、名残惜しげに、また踊ろうぜ!と言って、いくつかのチームが引き上げて行った。

そしてバーも閉まる頃。


「おい、レオン飲み過ぎ…」

速水は呆れた。


「そろそろ…俺達も帰るか。キース悪い、レオン達を送ってくれ」

イアンが言った。

最後の方になった速水達も帰ることにした。


■ ■ ■



「お前、大したこと無いな」

それは日本語だった。


「…イアン?」

店のパーキングでいきなり言われ、速水は首を傾げた。


「二代目ジャックって周りが騒ぐから、少しは期待してたけど。全く…『エンペラー』のお考えは分からない」

エンペラー。

「…お前?」

速水はイアンを見た。…こいつ。


イアンは速水を指さした。

「今から俺とブレイクバトルしようぜ。お前が負けたら、ジャックをやめろ」

「止めるも何も…、あ」


「確かに…俺はジャックだな」

速水は苦笑する。やっぱり、たまに忘れる。


「…イアン、お前はどこの誰だ。エンペラーの手下か」

速水はいつもの、睨んでいると言われる悪い目つきで逆に尋ねた。

今日はそれプラス、少し微笑んでいる。やっと来たかと言う気分だ。


「そんな所だ」

イアンは笑った。


「へぇ。何だ、意外にちゃんとしてるな…」

速水は感心した。となると無駄そうな録音もチェックしていたのか。

さすがに全部調べたと言うことは無いだろうが、要するに、きちんと向こうは会う人物を見定めていたのだ。レオンの苦労が無駄じゃ無くて良かった。


「サク・ハヤミ。お前に選択権は無い。ここでしっぽを巻いたらジャックの名が地に落ちる。まあ、先代ジャックと言い、大したダンスじゃ無かったが。田舎くさいダンスだ」

どうも速水は喧嘩を売られているらしい。

分かり易すすぎる。


と言うか…自分は酷く怒りっぽいと思われているらしい。


速水は苦笑した。

「イアン。俺とレオンはとっくに仲違いしてる。俺は対ネットワーク戦線から手を引く。だからエンペラーに会う必要も無い。バトルならレオンに言ってくれ」


「…何?」

イアンが聞き返した。

「色々考えたんだ。このまま地下で、ジャックの志を継いで、反ネットワークの為に踊るか…また、外で、元の世界に戻るか」


イアンは眉を潜めた。

「それで、お前は…、…まさか、外を選んだのか……!?」

「ああ。当然だ。けど…色々すっぽかしたし、ネットワークにも睨まれてるし、しばらく業界、干されるだろうな…」

速水は溜息を付いた。


「そもそも、間違いだったんだ。俺はジャックのおまけで、ジャックみたいに何かができる訳でも無い。さっき話した通りに、将来はバリスタになろうって思ってて、資格も取って。本場イタリアで修行がしたくて、イタリア語も覚えて…」


ダンスは好きだ。

速水は言った。


「それに俺が踊っても踊らなくても、もう誰も帰ってこない…。ダンスの神様は俺がとことん嫌いみたいなんだ。だから」


一拍後、速水はイアンに殴られた。


「この!!腰抜けが!!」

イアンが叫ぶ。


速水はぐらついて、イアンを睨んだ。

「──じゃあ、ジャックを返せよ!ベスを返せ!!ベスはエリーの母親だ!!ノアと結婚して、幸せになるはずだったんだ!!サロン?エンペラー?笑わせるな、ネットワークの犬め!!」


速水はイアンの襟首を掴んで怒鳴った。

「俺はイかれてるって、散々言われたけど。お前等も同じだ。まともじゃねえぞ!もっと真っ当に生きろ!!」


そして放す。


イアンが歯ぎしりし、舌打ちした。

「…お前がおかしいんだよ。クソッ」

地面に唾を吐き、イアンはきびすを返した。

どうやら帰るらしい。闇に紛れた男達の気配も、剣呑で無くなった。



「…イアン、お前はダンス…楽しいか?」

速水はイアンに問いかけた。


イアンは一瞬止まりかけたが、立ち止まらずに消えていった。



■ ■ ■



「おかえりレオン。どうだった?」

深夜一時過ぎ、速水は戻ってきたレオンを出迎えた。

ここはレオンの部屋だ。


…レオンはキースと、バーでダンスバトルをしていたのだ。


「ああ。まあ、適当に踊ったが、クランプで勝敗ってな。どっちも同じくらいの腕なら後は感覚だしな。…結局ハイになっただけで、よく分からん感じになった」

レオンは笑っていた。


もちろん、レオンと速水は別に仲違いしたわけでは無い。

サロンやネットワーク本体が信じるかは別として、とりあえず、速水は表向き対ネットワーク戦線から手を引いたと言う事にしておこう…、実りの無い口喧嘩の末に、そう話が付いていた。

元々対応の本命はレオンだし、好き勝手言ってイアンを挑発した速水とは違い、レオンは上手くやってくれたらしい。


速水もつられて笑った。

「ほんと、ダンスで勝敗って馬鹿げてる」


「だって、ダンスって誰かの為に踊る物だろ?俺はジャックの為にってバトルしてたけど…」

「…やれやれ。お前、やっぱり馬鹿なんだな」

レオンはもう何も言うまいと言う気分だった。

速水に言ってやりたい。


お前は間違ってると。


だがレオンが自分の為にクランプ踊るように、速水は誰かの為に踊る。

…本来なら、両者は矛盾しないはずなのだ。

自分の為に踊り、それで観客が喜ぶ。

あるいは、人の為に踊り自分も楽しい。どちらも健全だ。


しかし速水は根っからのダンス馬鹿だから、自分の為という部分がすっぽり抜けてしまっているのだ。極端なほど。


人の為に踊り、親しい人が喜ぶ。から嬉しい。

…つまりネジの飛んだダンス馬鹿だ。


レオンが自分の為に踊ると言ったら、速水は不思議そうな顔をして、『ごめん、俺にはよく分からない』と言うのだろう。


「お前、とこっとん、破滅型だよな…」

要するに、破滅型の天才だ。レオンはそこまで言わなかった。


「なんだよそれ…」

「褒めてるんだ。先代ジャックをな」

ウィルの話では、速水は大会一つ出るのにも相当ごねたらしい。


「?それで、結局つなぎは取れそうか?」

速水はレオンに尋ねた。

イアンは去ってしまったが、レオンはちゃんと送ってもらえたようだった。


「一応連絡先は教えて貰ったが、向こうからの返事待ちだ」

レオンは答えた。

「じゃあ後はノアを探して、俺が知名度か…まあ、上手く行ったらいいよな。ダメだったらレオンが頑張れ。けどやっぱり…ノアでも良いんじゃないか?」

速水は苦笑した。ノアなら十分プロとしてやっていけるだろう。


「お前な。相変わらずソレか」

「青サギが鳴いてる時は、なるようにしかならない。帰ったら、サラを探さないとな。あ、犬小屋もか」

速水は呟いた。


「…気をつけろよ。ウルフレッドも、エリックもまだ怪しいんだ」

レオンは忠告した。


「―ああ」

速水は答えた。


■ ■ ■


レオン達はホームに戻り、その後ノアの捜索を開始した。

だがやはり見つからなかった。


二月二十四日。その日、速水が久しぶりにホームへ来た。

レオンは速水に、すぐ近くの街の物件を紹介していた。


ホーム三階の一室。絨毯が敷かれ、豪華で無い執務机と、簡素なテーブルがある。

この階の部屋はどこもこういう感じだ。レオンはこの一室を良く使っていた。

窓を背に座る。机の上にはパソコンそして書類やら、何やら。

マフィアと言っても、結局は企業だ。


「…?」

入って来た速水を見て、机に座っていたレオンは眉をひそめた。

…少し、痩せたか?


「ノアは見つかったか?」

速水はレオンに聞いた。

「いや…あいつ旅券持って無いし、国内にいるとは思うんだが…マジでやつらに捕まったのかもしれないな」

レオンは座ったまま答えた。


「そうか…」

答える速水はやはり、顔色が良くない。

「お前、大丈夫か」

レオンは首を傾げ、立ち上がった。入り口の速水に近づく。


「大丈夫…と言いたいけど。多分、また『繰り返し』の時期が来たみたいだから、少し入院する」

「―入院!?」

レオンは声を上げた。


「エリックの知り合いの医者が詳しいって…」

扉の前で速水は言った。


「──!?おいエリックの知り合いって、それ怪しい医者だろ!!『リピート』って何だ!お前ちょっとそこに座れ!?」

レオンは血相を変え、速水をテーブルに着かせる。


「もう全部話せ!何だって良いから…」

レオンは自分も速水の隣に座り、頭を抱えた。

「…レオン。俺はエリックの言う通りに薬を飲んでる」

「―バカっ!!?それは止めろ!!エリックは絶対やばいんだ!サラが人質かも知れないんだぞ!?」

「でも結構、効くんだ」

「―馬鹿野郎!!効くからって!!」

レオンは言った。


効くからって…。

速水は酷く疲れた顔をしていた。


「お前、もう帰るな!ホームに居ろ。いいな!?」

レオンは言い速水に聞かせる。

「…ゴメン。俺は帰る。エリックを信用したいんだ」

速水は言った。

乾いた音がする。レオンは軽く叩いてしまった。

「…っ、すまん。馬鹿…!!くっそ…」


エリックは、間違い無くネットワークの手先だ。


「入院って…お前、繰り返しって何だ?…俺がまともな医者を探してやるから、頼む」

絶望的な気分になって、レオンは聞いた。


速水は、たまに幻聴の酷い時期が来て、昔はその度に入院していたと答えた。

「でも、十歳…?過ぎた頃からすっかり治まって。少しずつ学校にも行けるようになって…これなら大丈夫かなって思ってた」


「…命に関わるとかじゃないけど。エリックは、治せるって言ったから…。薬を飲めば、これ以上酷くならないって」

速水がははっ、と笑う。


こいつ、今ヤバイ。


レオンは、目の前が真っ暗になる、それを初めて経験した。


「バカ…!今すぐ医者を呼んでやる!」

レオンはすぐにファミリーの医者を呼んだ。

だが医者は留守だった。

「ちっ!!」

「レオン、無駄だ」

押さえた声が聞こえた。


「この辺りの医者、全部押さえられてる。何処へ行っても処方は同じ。貰えるのはエリックのくれる薬…。ネットワークは、俺を『自然』に殺す気だ」


ジャックみたいに。


ネットで別の薬も買ったけど、ひとつも届かなかった。もう市販の薬じゃ何にもならない…。

速水はそう呟いた。


レオンは速水を見た。速水は椅子に座ってテーブルを見つめている。


「レオン…。契約で一人死ぬってのはあまり無いらしい。大体が、仲間一人監禁で外に出される。俺達は初めから、特別だったんだ…」


余程、哀れに見えたのだろう。

犬が教えてくれた、と速水は言った。


速水はさらに俯いた。

「俺はこのまま、自然に死のうと思う。…エリックが本当は良い奴なら、助けてくれる。きっと助けてくれるって、もう信じるしか無い…」

頭が痛いのか、額を押さえる。


「馬鹿野郎…!!」

「レオン、仲間と逃げろ。そうだな、日本とか良いんじゃ無いか?」

速水はレオンの方を向いて苦笑した。

「…お前は!?お前こそ帰れよ!隼人に会うんだろ!!」

レオンは速水の肩を掴んだ。


「いやだ。俺はここで死ぬ」

それを振り払い、速水は机に伏せた。…もういやだ、そう呟く。


「レオン…日本に行くのが嫌なら、キースとイアンに連絡して、エンペラーに会ってくれ。ノアをダシに取引するんだ。俺たちに手を出すなってな。…売られたノアは怒るだろうけど…」

伏せたまま言う。


「お前、まさかノアがどこにいるか知ってるのか!?」

レオンは言った。コイツなら知ってるとか言いかねない。


速水はほんの少し顔を上げた。

「さすがに知らないって。当たるか分からない、最後の懸けだ。ノアの消息をネットワークもサロンも掴んでないって事に懸ける。…ブラフだ。外れてももう良いだろ。…これだけ探して見つからないんだ。どこかに隠れてると良いな。時間は無いから、さっさと頼む。俺はすぐに戻らないと。犬共に監視されてる」



「あ…『画策は自由だけど、行動は制限あり』…正にその通りだ」

速水は驚いたようにつぶやく。

その表情は面白がっているようにさえ見えた。


「…それで、居場所聞かれたらどう答えるんだよ…」

レオンの表情は暗い。…色々、絶望とか通り越してもう呆れるしかなかった。

「そこは上手くやってくれ。そうだな、安全な場所にかくまっているとか何とか」

速水は捨て鉢に言った。


「…お前、やっぱり頭良いな」

レオンはとっくに分かっていた事を言う。

速水が笑う。

「だとしても、向こうが上手だったな。俺もバカだったけど」

…眠れないから、考えたのだ。


この街に戻り怪しいエリックと会い。彼をあえて信じ続け薬を飲んで。

そしてもうこの道しか見つからなかった。


「俺はむしろすっきりしてる。…二代目ジャックは弱いカード。…俺はここで捨て札になる。ただ。それだけだ」


少しうつむいて、少し笑って。速水は滲んだ涙を隠した。


「けど他のカードは残してある。ほら、」

速水は晴れやかに笑って、レオンにメモリとディスクを五枚手渡す。

いくつかの連絡先と、データが入ってる。そう言った。


「とりあえず雇ったのは五人。あと、俺が死んだって日本の宇野宮って刑事に話せば、多分、日本の警察がちょっと必死で協力してくれる。イギリスにはケイ達もいる。エリーもいる。後はノアがいれば、レオンは絶対勝てる」


「…馬鹿野郎…っ」

レオンは絞り出すように言った。


「ほら、早く電話かけろよ…」

速水は呆れた様子で言った。

「ハヤミ!お前もエンペラーに会え。そこで保護をしてもらえ!今すぐイギリスに行っても良い!そこで入院しろ!!」


「ダメだ。この建物も囲まれててやばいんだ。時間だから──」


さて俺は、犬小屋に帰るか…。

ホント犬になりたいって言った、ウルフレッドの気持ちがよく分かる。


彼はそう言って立ち去った。



■ ■ ■



速水が去り、レオンは最悪な気分で携帯を取り出した。


三階の窓から見ていたが、悠々と歩く速水の後を犬と犬共が追っていた。

ゆっくりと。

まさに死神の送列。


こうなれば、もう、早くエンペラーの保護を取り付け、速水を助け出すしか無い。

ノアが俺より賢い事を祈る。

ノアならきっと大丈夫だ。かなり心配だが。あいつは運だけは良い。

自分に言い聞かせ、レオンは電話を掛けた。


…レオンはそれを後悔する事になる。


■ ■ ■


交渉は成功だった。


だが契約、また契約か。

レオンは即興の契約書にサインをした。結局これが一番安心感があるのがムカツク。

『ただし、ハヤミの一生の安全が確保されない限りノアの居場所は教えられない』

レオンはそう書き加えた。


エンペラー…。つまりネットワークの番人。

迎えが来て会わされたソイツは、どこにでもいそうな老人だった。

豪華では無いが、重厚感のある玉座。

両脇にキースとイアンが居る。

「分かった。その件はジョーカーに勧告する。私達としても、彼には死んで貰っては困る…。キース」


エンペラーはそう言って、キースが頷いて去る。


「まるで犬だな」

レオンは笑った。


「俺はバカだ。ネットワークのご大層な計画が何かなんて知らない。世界平和なんてもっと知らない。バカで自由なダンサーなのさ。…ダンサーを怒らせると、痛い目見るぞ」

レオンはそう言って立ち去った。


しかし、なぜかイアンが付いてきた。

「何だよ。ウザイな」

レオンは言った。

「送る」

「はぁ?」

「俺はまだハヤミに用がある。連絡はキースだけで良い」


レオンは舌打ちした。

「チッ。今更だが、お前等GANとグルなんだな。用って何だ。まだジャックになりたいのか」

「違う。個人的な事だ」

イアンが短く答えた。


イアンの運転で、レオンは馴染んだ街に戻ってきた。


…あの頃は楽しかったな。

そんな事を思う。

兄貴がいて。師匠がいて。親父は飲んだくれだったが。


「俺には兄貴がいてな。今はどっかで強制労働中らしい。まったく…。親父は、自分以外の仲間は、全員自殺したって言ってたな。それも分かる。さすがネットワークってのは、やり口が汚いな。お前も人質とか、家族とか、気を付けろよ。俺はもうアイツが生きて日本に帰れるなら、後は死んでも構わんって気分だ。…兄貴も、もう良いかもな…」

レオンは自分でも本気かどうか分からない事を言った。


「家族は守れ」

イアンがそう言った。

「まあ、そうするが…」

レオンは溜息を付いた。イアンも、嫌々従っているクチかも知れない。



──まずはとにかく、速水をイギリスに移す。

場合によっては、エリックを殺す。ウルフレッドも殺す。

出る前に命令はしてある。



「速水はどこに居る?ホームか?」

「いや、自分の家だ。帰すと言っても、動いていない。見張りが解かれただけだ」

「へえ」

レオンは相づちを打つ。死人が減ったな。


「―?」

レオンの携帯が震えた。メールだ。

差出人は知らないアドレス。件名無し。

本文。

『レオン、ノアだ。俺、今レオンの師匠の所に隠れてる』


──!!

レオンは目を見開いた。ノア!?

何気ない振りをして、続きを読む。


『別れた後、すぐにネットワークの追っ手が来たんだ。ヤバイって思ってレオン達の所に行こうとしたけど、お札無くしちゃって…。レオンが昔話してくれた師匠の事は覚えてたから、かくまってもらった。

サロンでの事とか、最近の事はリッシーに聞いてた。彼はまだ出ない方が良いって。でも追っ手とか大丈夫そうなら、そろそろ出たいけど、なあ俺、もう出てもいい?超暇』


間違い無くノアだ。

ダンスの神よ、ノアを素直に産んでくれてありがとう!!

レオンは内心で快哉を上げた。

ここでちゃんと確認メールとか、ノアは凄い。


『悪い、もう少し待て。またすぐ連絡する。いいか絶対そこから動くな』

レオンは返事を打った。

『うん。分かった』

五分ほど後で、返事が返ってくる。あいつ、メール出来たのか。

いや…案外覚えたてかも知れない。


「ハァ…」

レオンは息を吐いた。とにかく良かった。

これで速水は助かる…!

ノア、お前は良くやった…!!


車は、速水のアパートに到着した。

ここはレオンの街から少し離れ、治安はそこまで悪く無い。

と言っても、夜は出歩けないが。

周囲には家族連れが住み、子供が遊んでいる。


「キング!」

車から降りたレオンを見つけ、男の子が駆け寄ってくる。

もちろんこの街でもキングは大人気だ。

「よう」

レオンはホッとしたまま、笑いかけた。


「キング。さっき、変な人達が出て行ったよ」

「ああ。だからもう心配は要らない」

「そうなんだ」

「こら、戻って来なさい。まだ危ないわ。皆さんのお仕事のお邪魔しちゃダメ!」

「…はーい。もう大丈夫だって」

母親に諭され、男の子は戻って行った。


「お前は?ここで待つか?」

レオンは運転席を覗き込み、イアンに尋ねた。イアンは車から中々降りない。

「いや…。エリックにも用がある」

イアンは少し逡巡し、車から降りた。

「エリック?…あいつまだ居るのか?」

レオンはエリックは、ジョーカーの命で引き上げたと思っていた。


イアンが目をそらす。

「レオン…俺だって、こんなのは嫌なんだ…」


「?何を、…──!!」

レオンは、はっとして駆け出した。

まさか──。何か!!!?


階段を駆け上がる。


扉を開ける。鍵は掛かっていない。

夕刻だと言うのに、明かりが全く付いていない。…やばい。

「おい!ハヤミ!!」


…殺人、レイプ、暴力。

レオンは最悪の覚悟をしてリビングへ進む。


「ハヤミ!!」



速水はリビングの床に座り込んでいた。

うつむいている。



「おい、ハヤミ!大丈夫か!!」

レオンは速水を揺さぶった。一見普通で、殴られた跡も無い。

着衣に乱れも無い。部屋が荒らされてもいない。


だがその目は普通とは言いがたかった。


居るのだ。

…悪魔が、この部屋に。


「エリック…!!貴様ぁ!!」

部屋の片隅で、──ベッドに呆然と腰掛けていたエリックに、レオンは殴りかかった。

エリックは避けずに喰らった。

レオンはそのまま床に引き倒し馬乗りになり、殴り殺す気で殴った。

エリックが泣きはらしているのに気が付いたが、レオンは容赦無く何度も殴った。

「このクズ!!」

速水は絶対ダメだと分かっていながらも、それでもエリックを信じていたのに。

絶望した速水にとっては、エリックがもう最後の望みだったに違いない。


それを──!!

レオンは殴り続けた。


「おい―もうやめろ!!」

止めたのは、イアンだった。


「離せ!!こいつは最悪のクズだ!!今殺す!!」

レオンは叫んだ。

「ダメだ!こいつは必要なんだ!!」

イアンが言う。


レオンは止まった。

「──お前、何か知ってるのか!?言えよ!!!」

何かまだレオンの知らない事がある。それはずっと分かっていた。


「レオン、落ち着け、まずはそれからだ…。ハヤミ?」

イアンは速水の肩を叩き声を掛けたが、俯いたまま反応は無い。


「エリック、ウルフレッドは?」

イアンが尋ねた。

「…外に…」

イアンの言葉に、腫れた顔でエリックが答えた。


「…私達は、残りました」

震えた声で言って、エリックは号泣した。



■ ■ ■



その後エリックはひたすら速水に謝りだしたので、レオンは殺す気も失せた。


外にいるというウルフレッドを見に行ったら、彼は大した傷だらけで路地の壁にもたれていた。


「おい、犬。ご主人様が呼んでるぞ」

「犬じゃ無いわ…」

コイツのまともな声を久々に聞いた。


「…立てるか」

「両腕、脚も少しやれたわ。手を貸してちょうだい…。と言うか、救急車ね」

「じゃあ、後で良いな」

言いつつ、レオンは仕方無く仲間を呼んだ。


「お前等、何やってたんだ?守れって言っただろ」

到着した満身創痍の仲間達に、レオンは言った。

仲間達は項垂れた。


「コイツを手当てしろ」

ウルフレッドを運ばせた。

…事情はエリックに聞けば良い。


夕暮れの街で、カラスがうるさく鳴いていた。



〈おわり〉

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