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第2話 レオン

そこはビジネスホテルのような部屋だった。



入ってすぐに簡易キッチン、冷蔵庫。向かいにシャワールーム。

ベッドは二つ。窓は無い。

そのベッドの入り口から遠い方に、誰かが横たわっていて、それを二人の男女が見下ろしている。


「…まだ起きないわね」

「量、間違えたんじゃ無いかな?っていうか東洋人だろ?遠かったんだよきっと。どうする?見てても仕方無いし、レオンはまだ来ないだろうし、どうせなら―」

金髪の青年が、ベリーショートの女の赤い髪に手を伸ばす。

彼女はおそらく成人。ベリーショートと言っても、耳の横だけ髪を伸ばしている。


この二人は恋人同士のようだ。


金髪の青年は水色のTシャツ。ブルー系の迷彩のチノパン。

女はジーンズに真っ赤なTシャツ。

金髪の青年は巻き毛を少し伸ばし、白い紐でひとつに結んでいる。

青年の額に掛かった、ややうっとうしそうな髪を、女性が払う。

「…何いってるの。途中で目覚まされたら、何て言うのよ?それにここ、レオンの部屋」

女は金色の目で金髪の青年を睨んだ。


ドアが開き、背の高い、茶色い髪色の男が入って来た。


「ノア、ベス。お前等暇だな…多分、まだ起きないだろ」

この男は、金髪の青年よりは年上のようだ。掘りの深い顔立ちで、髪は短い。

服装はジーンズに白い襟付きシャツ。着崩して、ラフな印象だ。


「そりゃ俺はいつも暇だよ。…レオン。トレーナーは何て言ってた?」

ノアと言われた青年が返す。

「全くいつも通り。起きたら適当に説明して、俺が面倒見ろってさ」

レオンは頭をかきながら答えた。

「なら、やっぱりジャックになるのね?大丈夫なの?」

ベスという女性が聞いた。

「まあ、それなりの奴だとは思う。上じゃ有名なのかもな。しかし若いのに、馬鹿だよな」

レオンが向かいのベッドに腰掛ける。

「お前が言うなよ」

ノアは呆れた様子だ。


…彼等が話しているのは、英語だった。


「幾つくらいかしら。だってこの子凄い子供じゃない?十五?」

「さあ?あー、暇!早く起きないかな。カードで遊ぶ?」

「お前等、暇だな…」

「レオンもどう?ベス配って」「ポーカーで良い?」


しばらく三人は、空いているベッドの上でカードゲームをした。




――頭を右手で押さえた。ガンガンする。

「…ん…」

眉をしかめて、目を開ける。




「おっ!起きた!」

ノアが目を輝かせる。

「…?」

ぱち、とベッドの上の少年の目が開かれる。


「おはよう、ジャック。いや、まだ分からないか」

レオンがほぼ真上から、少年を見下ろして言った。


「…?」

少年は、「は?」と言う顔をした。誰だコイツ。


「君、起きられそう?具合は?」

ノアが身を乗り出して聞く。

少年は顔を少し横に向け、「え?」と言う表情をした。


…目を開けると、少年は余計幼く見えた。

彼は布団にくるまったまま、黒く大きな目を見ひらき、時折まぶしそうに目を細めながら、周りの三人を見ている。

どうひいき目に見ても、状況を理解しているようには見えない。

まだ薬が効いているのか、目をこするしぐさも緩慢だ。


「…?…ねえあなた。英語話せる?」

ベスがしゃがみ、首を傾げて言った。

もしかすると、言葉が通じていないのかもしれない。


「…??いや。え?…、イエス、宇野宮は?」

少年は日本語でそう言った。辺りを見回す。

「?ウノ?」

ベスは眉を潜めた。少年はyesと言ったが、他は日本語で分からない。


「どうする?」

ノアはレオンを見た。

「…、英語は分かるか?今から英語で話せるか?自力で身体を起こせるか?」

レオンは注意深く言って、ベスの隣にしゃがみ、少年に目線を合わせた。


少年は頭を左手でおさえ、ベッドに右手を突きゆっくりと身体を起こす。

…理解は出来ているようだ。

ノアが手伝った。


「…アンタは誰だ?」

起き上がった少年が英語で喋った。三人に十分伝わる発音だった。


「なんだ話せるじゃないか。良かった。俺はレオン、これから同室になるから、よろしく。仲良くやろう。ああ、君の名前は?」

言葉が通じるなら面倒が無い。レオンは手を差し出した。


しかし少年は、差し出された手をじっと睨んだまま、動かない。


「…ここ、どこだ?」

そしてキツイ目つきで言った。


「ドコって、それは俺たちにも分からない。けど来る前に説明あっただろ?」

「…説明?」

少年が全く分からない、と言う顔をした。

三人は顔を見合わせた。

「…ねえ、あなたの名前を、とりあえず教えて」

ベスが代表で口を開く。

「ハヤミ、サク」

速水は混乱していたので、日本語の順番で姓名を名乗った。

「ハヤミね。私はエリザベス。ベスって呼んで。あなた、契約書、ちゃんと読んだ?」


「契約書?何言ってるか分からない…いきなり…」

速水は戸惑ったように髪をつかんだ。


必死に頭を落ち着かせ、記憶をたどる。


確か―。

宇野宮という警官が訪ねてきて、ライブハウスに行って―、奈美とか―。

いきなり、気が遠くなって。

そして、目を覚ましたらここにいた。見知らぬ場所、見知らぬ外人。


つまり。

――あの警官が、俺をハメた!?

「…くそ…っ!あいつ!!」

速水は舌打ちしシーツを握りしめた。ベッドを叩く。

うかつだった!


間違いない。

奈美と言う女性を人質に取られていた宇野宮は、ジャックをだしに速水をライブハウスへまんまと誘い出したのだ。

ホールで気が遠くなったのは、何か嗅がされたからだろう。殴られたりした訳ではないようだが…!

だが、一体だれが?

この三人は犯人とは無関係な気がする。速水と同じ、被害者という感じでも無い。


「おい!ここは?どこだ?」

ようやくまともに頭が動き始めた速水は、周囲をせわしげに見回す。

―ビジネスホテル?


「待て、ちょっとコレでも飲んで、落ち着け。君は、チャイニーズか?」

レオンが水を持って来た。

「違う。……日本人だ…」

速水は肩を落とした。

まだ混乱してはいるが、おおむね、自分の置かれた状況が理解出来てきたのだ。

三人とも、おそらくアメリカ人…となると…、まさかここは、日本では無い?

部屋の造りはビジネスホテルのようだが…、速水は様式の違いを感じ取っていた。


「ジャパニーズ?まためずらしいな。けど、まさか何も聞いて無いの?」

ノアが言った。

「ハァ…、おい、レオンってやつ」

「…」

速水にぶっきらぼうに言われ、レオンは少し眉を動かした。


「俺は、まだ混乱してるけど…、…多分、誘拐されてきた。説明とか一切無しだ。――犯罪だろこれ!日本に帰る方法はあるのか?」


誘拐。

その単語に、三人が驚き、顔を見合わせた。


「…推薦か…」

そして真ん中のレオンが天を仰いだ。


「って事は、君はやっぱり、ダンサーなんだな?」

レオンに言われ、速水は目を見開いた。

「…そうだけど、お前は俺を知ってるのか?」


「いや、俺たちはもうここに暫くいるから、上の事は知らない。君はメンバーの誰かに推薦されて、攫われたんだ」

レオンは同情を顔に表していた。可愛そうに…と言った感じだ。

「なっ!?…はぁ!!?………嘘だろ……」

速水はベッドの上で、頭を抱えた。


「ジャック」


ベスにそう言われて、速水はがばっと身を起こした。

「…!!」

至近距離で目が合い、ベスが驚く。

「このカード、あなたのだけど…」

そう言って見せられたのは、ダイヤのジャックだった。

「…!!それは――!!」

速水はそれをベスから奪った。


速水が封筒に戻し、PCデスクに置いたままだった硬質カード。


「…そうか、『ネットワーク』!!?あの手紙の!?」

意外な配線がつながり、速水は愕然とした。

「これが来たのは知ってるのか」

レオンが言った。


速水は悄然と項垂れた。

「ファンレターに混ざって、ダイレクトメールだと思って、気にもしなかった…家にあったはずだけど」

そして速水は、今の自分の持ち物を確認した。

ポケットにケータイと財布を持っていたはずだが…。

「…何も無いな」

「帽子があったよ。そこにある。靴も」

ノアがベッドの脇を指さした。確かにある。

「…」

この状況でそれは喜ぶべきなのか?

頭が別の意味でガンガンする…。しかし、ようやく手足にまともな感覚が戻ってきた。



「とりあえず、水をくれ…」


■ ■ ■


「俺は、確かにダンサーだけど。何で分かったんだ?」

水を飲み干し、速水は聞いた。

「それは、俺たちも踊りをやるからだ。ここはそういう人間しか来ない」

レオンが答えた。

「!?踊るのか…?―彼女も?」

「ええ」

ぎょろりと速水に見られ、ベスは少しムッとしたようだ。


「でも何で、その…推薦されたんだろうね?日本人攫うとか、結構リスク高いんじゃないか。ハヤミさん今何歳?」

ノアが速水のカードを弄びながら聞いて来た。

「十七だけど」

速水はそれだけ言った。

「何か、大きな大会とか出たりしたの?プロ?アマ?」

そうノアに聞かれたので、速水は経歴を適当に話した。


六歳くらいからブレイクダンスを始めて、一年半ほど前、タッグ…二人組で世界大会優勝。

その直後、相方は事故死。

「…で、この前はソロで出て準優勝だった」

ジャックの事はあえて省いたが、速水は何だか予感のような物を感じていた。


シーツを除け、ベッドから出てその端に座る。

「…聞いて良いか?」


「多分、そうなんだろうけど。ジャック―、ジョン・ホーキングってここの出身か?あのクマの好きな。俺、あいつと組んでたんだ」


速水の言葉に、皆がポカンとした。


「ジャックだって!?」

レオンが驚く。

「―!!?ちょっと待て!?じゃあ死んだって、ジャックのこと!!?」

「うそっ!?まさかそんな!信じられないわ!事故!!?」

ノアとベスが速水に詰め寄る。

「そうだ、彼が死んだだって!?」

レオンも気がついた。…乗っただけかもしれない。

とにかく三人が速水の近くで騒いだ。


「うるさい」

速水は黙らせた。三人は我に返った。


「…悪い。ハヤミ。ジャックと組んでたって…日本で会ったのか?」


レオンに聞かれるまま、速水は話す。


――バイト先でジャックと出会い、一年半ほどダンスを教わった事。

俺と組まないかと誘われ、ジャックにくっつく形で大会に出場した事…。

ジャックが死んで、代わりに踊り続けることにした事。

そのうちに、ジャックと呼ばれるようになった事――。


「…」

話を聞いた三人は、どんよりとしていた。


レオンが口を開いた。

「それなら仕方無い…、君は運が悪かったと思って、ここで頑張るしか無い」

ぽん、と肩を叩かれた。


速水は、レオンの態度に内心いらついた。

――運が悪かっただと?

レオンは、速水が攫われたのはジャックに関連した、いわば仕方の無いこと…と言いたいらしいが…。こんな、人攫いが許されて良いのか?


速水の親だって心配を…。

…彼は親とは、中学時代から絶縁状態だった。

隼人は速水が仕事でアメリカに行っていると思っているから、気がつかないかもしれない。

しかも電話するなと言ってしまった…。

しかし、速水が居なくなったら、仕事先に迷惑がかかるし違約金も発生する。

それは金があれば…ごまかせる?

…こんな手の込んだ誘拐をする組織だ。金はあるに違いない。

下手したら、速水が消えても、あっさり隠蔽されて終わり?


…やばい。


そこまで一気に考えて、速水は青ざめた。――全く笑えない。


「…ここのルールを説明してくれ」

速水はそれだけ言った。


「ああ…、今から教えてやるよ。ノア、カード貸せ」

「ん。どっち?」

「どっちもだ。ベスも貸せ」

「はいはい」


テーブルに置かれたのは、プレイングカード…いわゆるトランプと、速水の受け取った物と同じ硬質カードが三枚。

速水の物を合わせると四枚。硬質カードは全て絵柄が違う。


この三人が、これをそれぞれ持っていたと言う事は…。つまり。


「俺はダイヤのキングで、ベスはクイーン。ノアはエースだ。ええと…ハヤミだったか?『スート』って意味分かるか?」


「スート?…いや」

余り使わない単語だったので、速水は思い当たらなかった。


「『スート』って言うのは、トランプの絵柄のことで、ハート、ダイヤ、スペード、クラブのことなの」

「ああ。なるほど」

ベスの親切な説明に速水は頷いた。


レオンが続ける。

「俺たちはダイヤのグループ。ここでは同じ組のメンバーをファミリーって呼んでる。各スートに、絵札…ジャック、クイーン、キング、あとエースが居る。絵札の四人が最高ランクで、この四つに優劣は無い。もちろん各スートのメンバーは十三人ずつ。合計五十二人。一応皆ダンサーだ。それで、おおざっぱに言うと、各ファミリーで競い合うんだ」

「なるほど…」

と言う事は、ジャックは後三人…ダイヤ、ハート、スペードにもいると言うことになる。

確かにトランプを模しているならそうなるが、複数いるとは。


だがなぜ競うのか。


「どうして競うんだ?ダンスで…勝負するのか?…何で?」

速水は心底不思議そうに聞いた。ダンスバトル自体は確かに存在する。


特に、速水のやっているブレイクダンスはバトル色が強いダンスだ。

大会だってバトル形式が多いし、ストリートでも闘う。それが日常と言って良い。

だが、ここまで手の込んだ形式のバトルがあるとは聞いたことが無い。

非合法だし、速水が知らなかっただけかもしれないが。


──というか、競ってどうするんだ?賞金でも出るのか?

もちろん技を磨いたり、競ったり、勝ったりすることは嫌いではないが…。


踊りに優劣は無意味と言うのが、速水の基本的な思考だった。

彼にとってダンスは、観客や、誰かを喜ばせるためだけにある。


「目的とかあるのか?」

訳が分からない。速水はそう思って、それはレオンに伝わったようだ。


「…。まあ、誘拐されたなら仕方無いな」

レオンが溜息をついた。机から離れ、ベッドに座る。

ノアとベスは説明はレオンに任せ、テーブルに着いてババ抜きを始めた。


「ネットワークってのは、かなり国際社会に幅を利かせてる組織で、メンバーは全員、超金持ち。国際的な組織だから、グローバルネットワーク…そのまんますぎだけど『GAN』って呼ばれたりもする。組織の由来は…俺も親父がここ出身のダンサーだったから聞いただけだなんだが…。クランプダンスって知ってるか?」

「ああ」

速水は頷いた。

KRUMP(クランプ)とは、ロサンゼルス発祥のダンス。

様々な抗争を平和的に解決しようと、ダンスで戦ったのが始まりらしいが…。


レオン曰く、ここのメインはそれと、速水がやっていたブレイクダンス。

基本、ダッグまたはカルテット同士で戦う。たまにもっと大人数の場合も有り。

審判はネットワークから数人。

このあたりは普通のダンスバトルと同じだ。


「…アイツら、馬鹿なんだよ」

レオンは忌々しげに言った。


「その昔、二百年くらい前…『ヘイ!俺たち金が有り余ってるから、世界平和の為に、ダンスで何とかしようぜ!』…って考えた馬鹿がいたらしい。基本チャリティ。実際はただの掛けダンス。各国の大金持ちが、面子を掛けてより抜きのダンサーを集めて、競い合う。もちろん、内密に。…いわばアンダーグラウンドの見世物だな」

「…」

速水は頭痛がぶり返してきた。


「ちょっと待て。世界平和?ダンスで?―無理だろ!」

速水がそう言うと、レオンも頷いた。


「だよな。でも実際、莫大な寄付金でどっかの恵まれない子供とかは助かるし、抗争の調停とか、国連の発言権とか、色々影響あるらしい…となると、あながち馬鹿にもできないんじゃないか、…って俺は思ってるけど」

「レオンってさー、何か、今日も馬鹿だよな」

ノアが口を挟んだ。

「きっと明日も、あさってもそうでしょうね」

ベスが苦笑する。

「黙れ外野」

レオンは舌打ちした。


ノアが負けたらしいカードを置いて速水のベッドに座る。

「でも、ハヤミってすごいラッキーだ。誰が推薦したのか知らないけど、きっとハヤミのファンじゃない?」

ぴし、と指をさす。

「ファン?」

「そう、だって、普通日本人なら、ユーラシアのファミリー入れられるけど、あそこかなり物騒だから。特にジャパニーズに対しては風当たりキツそうだし」

「やっぱり、ジャックじゃないかしら。彼がいなくなってから、私達ずっと最下位だもの」

ベスが口を挟む。

「ジャックが?…」

速水は少し考えた。しかし、ジャックの性格からして―。

「いや、それは無いだろ。彼は説明も無しに、押しつけたりはしないはずだ」

レオンがそう言った。

「俺もそんな気がする。けど、誘拐じゃないなら、ノアとベスはどうしてここに来たんだ?」

先程、レオンは親がここの出身だったと言っていた。ノアとベス、他の皆もそうなのだろうか?


速水がそう言ったとたんに、二人の顔が曇った。


代わりにレオンが口を開いた。

「さっき言った通り、俺が一番オーソドックスな感じだ。大体家族とか、知り合いのダンサーの紹介で、連絡役に会って、契約を交わして入る。方法とか国によってまちまちで、アメリカは自由度高い。どっかじゃ、その為に孤児を買って―、ゴホ!」

ノアがレオンを蹴った。


「やっぱり馬鹿だね」

…つまり、ノアはそういうことなのだろう。


「私は…街で踊ってたら、家族を養ってくれるって…それを引き替えに入ったわ。十歳の時」

ベスが言った。


ベスは今二十歳。レオンは二十四歳。ノアは十六。


「ノア、十六には見えないな。老けてる訳じゃ無いのに」

速水は言った。

「、…よく言われるよ。主にジャックにはね」

ノアが苦笑した。


「ハヤミは十七には見えないな。意外に背はありそうだが…コレがトウヨウノシンピか?」

レオンが言った。

「…さぁ。よく言われる」

外人と良く付き合っていた速水は、ここは笑うとこだと分かったが、適当に答えておいた。


「それで、俺はここから、どうしたら出られる?時間が掛かるのか?ジャックは外に居たけど、…珍しい事なのか?」

速水はそれを危惧していた。

聞いた通りならベスは、十歳から十年もここにいる──。


「それだ。明日から、多分、ハヤミも『ワーク』に参加させられる」

レオンが真剣な表情で言った。

「ワーク?」

速水は首を傾げた。直訳だと『働く』…しかし動詞ではない。強調が掛かった名詞だ。


ノアが心配そうに速水を見ている。

「ダンスのレッスン、その他色々トレーニング。俺たちは今日の分を終わらせて、それで暇だった。他の連中は…、まだやってる」


ノアの言葉に、速水は驚いた。ベッド脇のデジタル時計を見ると、今は午後八時半。

時間で言えばそれほど遅くないが…。

いつからやっているのかにもよる。

「…、具体的には?」

「明日のメニューは、木曜日だから。これだな」

レオンが紙をめくって速水に渡す。

速水はそれを受け取った。

「―なっ」


AM4:00起床。

すぐに、十キロランニング。終わり次第朝食。

その後、ひたすら射撃。後、訓練B-15。

昼、休憩三十分。

午後~ダンスレッスン。


最後にまた走る。


「馬鹿だろ!」

速水は叫んでいた。なんで射撃!?

「ほんと、馬鹿だよな。奴ら、特殊兵でも育てるつもりなんだぜ」

レオンはニヤニヤしている。

「まあ、こんな変なのは木曜と、月曜だけだから。あ、日曜は安息日だから休みで暇。ダンスは得点式で、基準に達しないと終わらない」

ノアが髪を弄びながら言う。

「月曜は勉強日なの。私苦手」

ベスがぽつりと言った。


「ついて来れらそうか?」

レオンが言った。

「…分からない」

速水は、そのほかの曜日のメニューも受け取って確認し、正直に答えた。

若干青ざめる。


「…って言うか、無理かも。レオン、もし仮に、ダンスや、このメニューが終わらないとどうなる?ずれ込むだけか」

ランニングは慣れで皆、何とかなっているはずだ。なら、今日はダンスというのが長引いているのだろう。

「いや、最後の項目が…九時までに終わらなかったら、ペナルティがある」


「…どんな?」


「聞くか?」

レオンが言った。

「…」

速水は頷いた。どんな物にせよ、覚悟はしておきたい。

「トレーナーによって違う。今日は軽い方。ヤバイ奴の時は、皆死にもの狂いになる。基本は軽いリンチ。けど、相手が悪いと…まあ、そのなあ」

レオンは言葉を濁した。

「ハッキリ言えばいいのに。ファックだって」

ノアが言った。


「…」

速水は黙った。頭を抱える。

…最悪だ…!


「絶対終わらせる」

彼はそう宣言した。

「まあ、がんばれよ。つか、お前がヤバイと俺もヤバイから」

「基本ペナルティは二人セットなんだ」

ノアが笑った。

笑い事じゃない…と速水は思った。もはやうなり声しか出ない。


「で、どうしたら出られる?」

「ワーク中、死んだら出られるよ。結構あるんだ」

あっけらかんと言われた。

ノアの言葉に速水はぎょっとした。

「…そんなにやばいのか?」

「まあ、色々な…、ワークは慣れとセンスで何とか。ノア、…あんまりハヤミをからかうな」

レオンが言う。脅すな、で無い辺り、実際にそうなのだろう。

「だって、ついて来られないと、ペナルティばっかだし、ペナルティで精神やられて、踊れなくなって、それで自殺とか良くあるし。あー暇だなぁ」

暇というのはノアの口癖らしい。


「…まともに出る方法は?」

速水は聞いた。

外で何がしたいというわけでも無いが…さすがにまだ死にたく無い。

「そこでバトルだ。ただしこれが難しい。ってのは、俺たちが今、最下位ファミリーだからだ」

レオンが溜息をついて言った。

彼はここに、気が付けば六年いるな…と言っていた。

「つまり、一番のチームなら外に出られる?」

「ああ。五年に一度、スート対抗の大会があってな。そこで一位になれば。だが出られるのは、そのスートの上位、四人。ジャック、キング、クイーン、エースだけだ」


名のある四人の内、クイーンは必ず女性でなければならない。

その四人が勝って抜けた穴は、ファミリーの中の、ふさわしい人物が後を継ぐ。

と言っても決めるのは上らしい。レオン達はその際に選ばれた。

どうしても適当な人物がいなければ、そのまま空席になる。


スート『ダイヤ』では先代ジャックが抜けた後、永らくジャックがいなかった。


そして先代ジャックがここを出たのが今から二年九ヶ月前、十二月の事らしい。と言う事は…ここを出てすぐ後、速水に出会った計算になる。


「ジャック…、あのタコ野郎…!」

聞いた速水は思いっきり舌打ちした。今は悪態も英語だ。

「間違いなく、ハヤミはジャックに見込まれてたから、誰かに推薦されたんだろうな…。ジャックが説明する前に死んだ、とかじゃないことを神に祈ろう」

レオンが心底気の毒そうに、速水の頭を撫でた。

速水はそれをうっとうしげに振り払い、はぁ、と溜息を付いた。


レオンの言った通り、速水の命運はジャックに出会った時に尽きていた。

これはもう、しょうが無いと言われたらそうかも知れない…。


どうあっても、やるしかないようだ。


速水は立ち上がった。…まだ少しふらつく。

空のグラスを持って部屋を歩き、入り口付近の冷蔵庫を開け、水のボトルを取り出した。簡易キッチンにグラスを置いて水を注ぐ。


「じゃあ今日はもう寝る。薬抜きたいし。食い物は…水しかないのか?」

「板チョコならあるぜ。早く終わると貰えるんだ」

レオンが渡す。


「あら、潔い。はい、これ」「じゃあ、俺たちは行くね。これ俺の分だけど」

ベスとノアもポケットから板チョコを取り出し、簡易キッチンに置き、ノアはクスクス、ベスは微笑しながら立ち去った。


〈おわり〉

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