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第8話 ノア ③ステージ

ステージは種目やその時々によって、会場の広さに違いがある。


初めは小さい場所だったが、順位が上がるにつれ徐々に会場も大きくなっている気がする。

もちろん観客は全員メンバー。皆、目元マスク着用だ。


速水が知って居るだけで六カ所。クランプ専用の会場は二カ所あった。

どうやら同じ州?の色々な場所を転々とさせられているようだ…。

この地方には、コンサート会場が密集しているのかも知れない。

きっと外に出た後で見たら、『あ、多分ここらへんだ。って言うかそのまんま』と思うのだろう。


バトルが一組で終わりと言う事は無く、何組かまとめてバトルする。

これは金の節約を考えたら当然だ。


種目の選択やスケジュールは運営次第だが、一応事前に渡される。

と言っても、『次はブレイクのショーです。この日、この時間に呼びに来ますから。ちゃんと準備しておいて下さい』程度だ。

呼ばれる時間で、だいたいステージの遠さが分かる。遠ければ当然出発も早い。泊まりだった事はいまの所ない。


ネットワークのステージは、なぜか夕方から夜が多い。

また雰囲気とか、色々と無駄にこだわっているのだろう…。


移動中はもうすっかり慣れた目隠し前手錠だが、会場の控え室では外される。

控え室からバックヤード間は自分で動けという感じだ。

もちろんトイレだって移動だってガスマスクの監視付き。出入り口は武装ガスマスクが完全ガード。

ばらけると監視が面倒なので、纏まっていろとか無駄にはしゃぐなとか、特にノアはよく言われる。

ノアは外に出られるのが嬉しいのだろう──。



控え室に着いた速水達は、目隠し、手錠の順で外された。

今回は移動の途中で休憩が入り、軽い弁当を食べさせられた。おなじみのサンドイッチだ。

運営は一応、ダンサーの健康も考えているらしい。


夕刻の本番開始まで、あと一時間ほどある。


ガスマスクは外に出て、一旦鍵を掛ける。用があればノックで知らせる。


速水は靴を確認して立ち上がった。

ノックする。

「じゃあ、その辺でアップして来る」

「ん」

レオンが手を上げる。レオンはまだ外に出ないようだが、これはいつもの事だ。


「あー、緊張して来た。トイレ行こうかな。出番いつだっけ」

それからしばらくして、ノアが言う。

「四番目だな。低い方から順だ」

「じゃあ、そろそろ行っとこう…っと、鍵開けてくれ―、とあれ、開いてる。ちゃんと閉めとけよ!」

ノアは椅子から軽快に立ち上がり、ノックをし、鍵がかかって居なかったので、やる気の無いガスマスクに文句を言いつつ出て行く。


「さて、行くか」

その後、祈りを捧げていたレオンも同じようにして部屋を出た。



■ ■ ■



速水は舞台の袖、近くにいた。

ステージ下の衝立の裏。適当な場所。移動で凝った身体を伸ばし、少し動かす。

振りを軽くさらう。


まだ、速水の耳には周囲のざわめきが聞こえる。


…踊れれば、きっと何処でも同じ──。

かつて速水は、ノアにそう言った。

どうせなら、広い場所で踊りたいよな、とも。


レオンに、どうしてダンスを始めた?と聞かれた。

一緒にクランプをやらないかとも。

かなり心が動いたと言うのが、正直な所だ。


速水はブレイクが好きだった。

技を基本とするブレイクダンスは、速水にとって踊りやすい。

多分、そこそこ向いていると思う。


クランプは──、…興味はあるが、ずっと、一生やるには厳しいだろう。

…クランプはそれこそ命懸けのダンスだ。半端な覚悟では出来ない。


だが、…この先いつまでブレイクをやっていけるのだろうか?


速水はまだ若いが、さすがに三十、四十までブレイクを続けていられるかは分からない。

故障するかも知れないし、体力が続くかも分からない。

そうなれるのは、ジャックのように選ばれた人間だけだ。


きっと俺には──。


…ネットワークに頼るダンサーの気持ちが分かる。

皆そうだろう―。何かしらの不安を持っている…。


今は踊ろう。


このステージで、──とにかくこの世界で。

それが閉じた世界なのか、開けた世界なのか。


…どちらでもいい程、速水は集中し。

周囲の声は聞こえなくなっていた。



いつの間にか、レオンとノアが側にいた。

「おい、そろそろだぞ」

「…ああ」

速水は一応認識はしていた。ガスマスクも…いたっけ?と言う程度には。


観客の声が、一気に押し寄せてきた。


ああ。やっぱり、俺にはダンスしかない。



■ ■ ■



「なあレオン…」

ステージの後、速水はレオンに話しかけた。


今、たまたまガスマスクが近くにいない。

今日のガスマスクは、たまに居るやる気の無い奴だ。…運営も一枚岩では無いのだろう。


「何だ?」

レオンは答えた。


「俺は、ブレイクが好きなんだろうか」

暗いバックヤードで、速水はそう言った。会場ではまだ音楽が鳴り響いている。

踊っている他のチームのダンスを、ノアは袖から、楽しそうにのぞいていた。


「もっと言ったら、ダンスも…」

「何か迷ってるのか?」

レオンは聞いた。この前、レオンは速水にクランプをやらないか、と言った。

その返事だろうか。


速水が壁にもたれる。少し上を向いた。


「俺は…ダンスって友達とか、家族とかの為に踊る物だって思ってた。俺が上手く踊れば、皆が喜んでくれた。それがすごく嬉しくて。それで十分だと思ってた。プロになろうなんて、思って無かったし──こんな大きなステージに立てるとも」


目線を移せば、華やかなショー。観客の声援。

その中で、踊る──。

こんな快感があると、知ってしまった。


「ああ。…ネットワークは凄い」

舞台を眺め、レオンは言った。


「…ジャックが死んで、俺は悲しかった。ダンス辞めようって思った。けど、とにかく踊って。──俺が踊らないと、ハウスの支配人とか…自殺しそうな勢いだったから…」


速水は額に手を当て、俯いた。


実際は…支配人は自殺しようとしていた、と言うのが正しい。

──あの時、ハウスに戻った自分を褒めてやりたい。

おそらく支配人はネットワークを知っていて、あえてジャックに協力していたのだろう。


「ジャックも、多分…出た後、俺と同じような感じで、日本に来たんだろうな。とにかく世界を、ダンスを見直したくて…。──理由、ちゃんと聞いとけば良かった…」


『俺と一緒に、ダンスで、世界を変えよう』

ジャックはいつもそう言っていた。

速水は、下らない。誇大妄想だ。と言っていつも取り合わなかった。


機会はいくらでもあったはずだ。


あの時、いつでも、もっとしっかり──。聞いていたら。ジャックは死ななかった?

優しいジャック。なんでジャックが…。


ぽと、と涙が落ちた。


「…で、返事は、決まったか?」


「俺は…俺のやりたいようにやる。けど、しばらくこの国で踊るのも良いな」

彼は、言ってまた何処かを見る。


「それは──?お前、もう少しハッキリ言えよ」

レオンは呆れ気味だ。


「…お前と戦う」

速水は言った。


ノアが戻って来た。



■ ■ ■



「あれ、迎え、来てないの?」

ノアが首を傾げた。

ノアはそろそろと思って観賞を切り上げ戻って来た様子だったが、肝心のガスマスクが袖に居ない。

ステージが終わった後はガスマスクが迎えに来て、いつも急かす様に連れて帰られるのだが。


「ああ。控え室に戻るか?」

レオンが速水に聞いた。

「とりあえず…そうしよう」

速水は答えた。


バックヤードを下る。

誰にも会わない。

ショーはまだ続いているので、おかしい事では無い。


レオン達は控え室に戻った。

その手前で、二人のガスマスク会った。

一人は今別れたところで、もう一人は速水達を見て驚いた。

「なんだ、居るじゃ無いか。さっさと帰るぞ」

レオンが言う。

「──中に入れ。まだ掛かる。待っていろ」

彼等にしては、珍しい長セリフを喋った。


「?何かあったのか?」

レオンが聞くまでも無く、押し込まれた。

外から鍵を掛けられた。


速水、レオン、ノアが控え室に閉じ込められる。


「なんだ?…何かあったのか」

レオンが言った。


「──あ!!俺知ってる!」

ノアがはっとして言った。


「「―え?」」

速水とレオンが振り返る。


「本番前、トイレでメモ渡されたんだ!―しまった、忘れてた…!」

そして頭をわしゅわしゅと触る。

「メモ…ってまさか」

レオンが言った。


「これ…!ゴメン!しまった!!」

ノアはメモを速水に渡した。


『6番のショーの後、俺たちの仲間がクーデータを起こす。その隙に逃げろ。身柄は保護する──』

メモにそう書かれ。そして簡単な地図が書いてあった。


「「はぁ!!?」」

レオンと、速水は思わず叫んだ。


「ノア!馬鹿っ!おま、なんで忘れたんだ!!」

レオンに言われ、ノアは目をそらした。

「―だって、ゴメン…、俺、ベスが居るからってそこで断った。すぐ出番だったし、踊った後で相談すれば良いかなって思って…」


「おま。アホか!!」

レオンがノアをどついた。


『ゴメン、俺、ベスが居るから。サンキュー!』

ノアは、そう爽やかに言って立ち去ったらしい。

その後で、あ、今ベスは速水の恋人だった…と思い出して不味いなとは思ったらしいが、それだけだ。


「…ハァ」

速水は頭を押さえた。


「ゴメン!ホント、ゴメン!ショーの途中までは覚えてたんだよ!多分!」

ノアはひたすら謝った。どこで覚えたのか両手を合わせる。多分、速水の真似だ。


「…はぁー…」

レオンも頭を押さえた。椅子にどかっと腰を下ろす。


「──が、良かったかも知れないな」

そしてレオンはそう言った。

「…ああ。まあ、もういい…」

速水もレオンの向かいに座った。

「何で!?逃げられるかも知れないんだよ。まあ、俺は嫌だけど」

ノアは言った。


レオンは溜息をついた。

「はぁ…。ノア、お前、もっと社会勉強しろ」

「同感だ…。寝て待つか…」

速水も、少し面白げに、肩を震わせながら、机にぐったりとした。


「??えっと、だから―?あれ?うーん…」

ノアはしばらく考えていた。



■ ■ ■



速水達が思い出されたのは、結局四時間ほど後の事だった。


これは本当につらかった。

「おそい!!馬鹿共!」

イライラが頂点に達した速水はガスマスクを蹴飛ばした。

おー、怖、とレオンが呟いていた。


そして結局、逃げたダンサーは十二組中、六組。

どうやら上位が全て結託していたらしい。

なぜ分かったかというと、ナンバーが削除されていたからだ。

彼等がどうなったかは分からない。逃げおおせたのか、あるいは。


速水達は、ノアのおかげで難を逃れたと言っていいのだろうか…。

そして今、ノアがベスに詳しい経緯を話している。



──ノアは大舞台に少し緊張気味で、個室で落ち着こうとしていた。


「あれ、紙が無い!おーい誰か。ゴメン紙貸して!」


「大丈夫か。ほら、これ」「サンキュー!」

隣の個室に居たらしいダンサーに、上から紙と一緒に渡された。ん?と思って良かった。使うところだった。

「その紙はちゃんとトイレに流せよ」「?うん分かってる」

とりあえず個室で読み、ノアはメモをポケットにしまいつつ、個室から出た──。



「っ」

これには速水も噴き出すしか無かった。多分、この場合の紙というのは…。


そして。ノアは手を洗い。

「ゴメン、俺、ベスが居るから!サンキュー!」

と言って意気揚々と立ち去った。

おまえ、何も分かって無い。流せよ。ダンサーはそう思っただろう。


…多分、メモしまうところはダンサーにはしっかり見られた、とノアは言った。

やる気の無いガスマスクには気づかれなかったハズ…とも。


「俺、馬鹿って思われたかな…」

ノアは少し落ち込んでいる。

「っていうか、メモ流せってちゃんと言えよ!…あっ。もしかして俺のせいで失敗したとか!?」

そして怒り出し、最後にうろたえた。


「大丈夫よ。多分速水達に渡したとか?思ってくれたわよ」

ベスが微笑みながらちょっと雑な慰めを言う。

彼女の顔には『ノアのこういう可愛い所が大好きなの』と書いてある。


「リークしたとは思われてるかもな」

レオンは言う。

「そんな!」

ノアが声を上げた。

「皆に配ってたんなら、まあ、ノアのそれが原因じゃない…と思う。どのみち、バレるならバレただろうし。上手く行ったなら行っただろ…」

速水は言った。

「ああ。ま、どちらにせよ、結果は分からないだろうな」

レオンが真面目な感じで言う。


「そっか、そうだよね!もういいや」

二人の言葉でノアは納得し、ベスと今日のステージについて語り出す。


…ノアはこれで良いのだろうか。

速水は少し考えた。


〈おわり〉

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