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生命装兵器つるはし・セイクレイン 作者:dog
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7/9

恐怖

 今更になって、足がすくむ。震える。ガクガクブルブルという効果音の通りに、身体も心も振動し続けている。この骸骨に睨まれてからずっと。
 蛇に睨まれた蛙。人間にこの蛙の気持ちが分かる日はないだろうなと嘲笑っていたミチユキは、蛙に謝らねばならないほどに、今なら蛙に共感できる。

 途方もない、天敵。悪意とかそういう次元の話ではなく、もっと根源的な話。
 食物連鎖の上にいる生物への畏怖。そんな恐怖をミチユキは体験している。

 ここではあるのだ。異世界、レザ・ドゥースにはある。
 人間よりも位が上の、食物連鎖の上位種となる存在が。
 骸という骸骨の怪物。明らかに生物ではない。しかし人間を襲い、捕食するという生物じみた行動をする奇妙な物体。生物の真似事をする、まるでロボットのような。

 ミチユキがここで自分の生命活動が終わる瞬間を想像してしまうのも、無理はない。
 常人なら、ズボンを濡らしていても笑いどころではない。実際、常人の中の常人であるミチユキもズボンとまではいかなくともパンツが湿ってきている。

 人間が恐怖に打ち勝つのは難しい。というよりも到底不可能、生物的反応であるために受け入れるほかない、向き合っていくしかない感情。

 リマリにはそれがわかっていた。だから覚悟を問うたのだ
 ミチユキにはそれがわからなかった。軽い気持ちとは少し違うが、見栄を張っていたというか、確かに嘘偽りではないのだ。不適切な言葉。
 甘くみていた、この言葉こそが適切。

 カタカタ……カタ、ケタテタ

 骸骨の化け物は嘲笑うように、ミチユキに歯を鳴らして見せる。これで道行は二度目だ。骸に舐められた態度をとられるのは。
 しかし、そういう態度をとられても仕方がない。今のミチユキは≪生命装≫という心強い味方がいながらも、限りなく弱者。捕食される側。

 捕食対象を弄る。嘲笑して、楽しむ。それが捕食する側の特権だ、と言わんばかりに骸は笑う。笑ったように歯をカチカチと鳴らす。

 この姿だけ見ていると、意志を持った生き物にしかみえない。姿形は生き物ではないのだが、行動が生き物染みている。模型が生物を演じているようで薄気味悪い。

「ふざ……けんな! 俺は……俺は……!」

 恐怖を心で押さえつけ、必死に声を絞り出す。身体が干上がりそうな状態で、声帯を酷使する。氷水のような汗をかきながら。

「死ぬために……! ここに来たんじゃないぞ……ッ!」

 ツルハシの柄を握りしめ、骸を睨み付けながら言ってみせる。決して大きな声ではなかった。自分に言い聞かせるための、声。

 自分を奮い立たせる。勇気を持つ。恐怖に負けないように。
 それは勝負事、命の奪い合いならなおさら重要なこと。技術うんぬんよりもまず気合い。
 気圧されていては、実力は発揮できない。

「俺は変わる! 俺は! 俺が! 幸福を取り戻して!」

 ツルハシを振り上げて、正眼の構え。
 剣道を嗜んでいてよかったとこれほど思ったことはないと、ミチユキは稽古をつけてくれた師範に感謝する。もっとまじめに稽古に望んでいれば、という未練もありつつ。

「でやああああああああああああああッ!」

 剣道の竹刀のは違う。柄が少し細くて握りにくいが、使いにくさを代償にしたかのような凶悪な尖爪が先端にくっついている。
 最初は、これを直撃させて粉々にした。倒せた。
 二度目も同じ。そう言う武器なのだと、信じて立ち向かっているのだから。覆せない。

 ミチユキはがむしゃらに走る。
 骸は相変わらず、笑っているような感じを保っていた。余裕になるか油断になるか、ミチユキ次第で決まる。

 速攻で一体目を倒さなければ、二体目がすぐそこまで這ってきている。
 勝負は一発一撃。

 ――突き刺さった!

 ツルハシの先端、尖爪が骸の骨に直撃する。一番尖っている箇所が、骸の骨に深々と刺さっている。

 しかし、本当に不幸にも、刺さっている場所が悪かった。骸の手の親指の骨。
 防がれた。頭部を目掛けて放った一撃が、防がれた。貫通せず、刺さってしまった。

 骨の右手で、骸は顔面を覆っていた。
 右手の奥から、歯のカチカチ音。

 ――そんな攻撃はわかっていた
 そう言っているかのようにをカクカクと動かす骸。

 カカカッ……ケタケタ、カタカタケッタ

 骸は右手の骨に刺さったツルハシを引っこ抜こうとしたミチユキを、左手で弾き飛ばす。
 デコピン、に近い指の動作で。

「ごぁうッ!」

 脇腹に直撃。骨の人差し指が、脇腹を抉りかける。なんとか、ミチユキに外傷はかすり傷くらいしかなかった。

 弾き飛ばされて、裸の大地に身を転がす。ミチユキの口から、血が溢れる。仰向けで寝ているのに、口から血が湧く。
 臓器系に酷い損傷。こんなに血を吐くならまだ外傷のほうがよかったのでは、とか思えてしまうほど。思わず格差をつけたくなるほど。

 ミチユキは必死に身体を動かそうとするも、身体が痺れて言う事を聴かない。
 そして力が抜けていく。口から血が流れていくと同時に、生気も一緒に地面に染み込んでいく。

 ツルハシは骸の骨右手に刺さったまま。もう手元に武器がひとつとしてない。

 生きるの、終わり。
 ミチユキの脳裏に、そんな言葉がよぎる。
 まっぴらごめんな言葉、思うことすら不愉快なほどに。

 みっともないと言われようが生き延びたい。啖呵を切って来たようなものであるが、取り消しを願いたい。男らしくなかろうが構わない。言ってることが違うじゃねーかと言われても構わない。
 そんな気持ちでいっぱいなミチユキ。芋虫のような動きで、地面を這う。骸から逃げのびるために。逃げられるのなら虫にでもなる気合い。

 骸の手が伸びてくる。伸ばす動作だけでミチユキの心を壊していく。迫っているという事実からは逃げられない。

 涙の粒がボロボロと流れて止まらない。ミチユキの涙腺は決壊、止め方も分からない。

 ミチユキに胴を、骸の左手が掴む。優しいほどに静かな手つき。気色悪い。

 涙の雨で、大地を潤すミチユキの身体を軽々と持ち上げる骨の腕。
 どこにそんな力があるのかなんて、もう今更そんなことはどうでもよくなっていた。そんな一般常識なんて、考えるだけ無駄。
 つまり、ミチユキの知識ではもう抵抗不可能。頼みのツルハシも骸の右手に突き刺さったまま。奪われたも同じ。
 左手から逃げようにも、万力のような力で押さえつけられている。蛇に締め付けられているネズミのような虚しい抵抗しかできない。

 這ったままの体勢の骸は、大きな口を開ける。ミチユキに見せつける。
 口の中はすっからかん。骨と歯しかない。肉という肉がないため、食べるのではなく噛み千切るだけだろう。

 想像してミチユキはぞっとしてしまった。
 だけ、なんてちょっと良い部分もあるみたいな表現は全く適切じゃない。噛み千切られるだけでも普通に死ぬ。当たり前に。

 腕や脚とかならまだ、なんてこともないだろう。失血死は免れないだろうし、何より激痛でショック死する自信がミチユキにはある。

 潰えた。生きる未来はここで消滅。絶望の未来すらない。この場限りの最大絶望

 絶望の中にこそ希望はある。それを世迷言だと笑うのはミチユキだけではないだろう。絶望の中には何もない。強いてあるというのなら虚無だけ。希望なんて欠片もない。

 恐らくこのまま、ミチユキは骸の口の中に放り投げられて、ぐちゃぐちゃになって肉塊へと加工される。
 どの段階で息の音が止まるかわからないのが恐ろしい。即死なのか、そうでないのかという差だけでもはっきりさせてほしいが、どうも骸に言葉は通じそうにない。命乞いなんてもってのほか。不可能。

 クラニオが顎を下げて、口を全開にする。物を食べる時と言うよりも、発声をするときの口の形。よく開いている。
 中はスカスカで、骨は隙間だらけ。むこう側も見える。

 骸がミチユキを掴んだ左手を、顔の上にと持っていく。テレビの芸能人が良くやる、カニの身の食べ方のように。ミチユキはそんなイメージを持つ精神的な暇はなかったが。

 まだ一撃。それも防がれたまま。やられっぱなしの無駄死に。これが結果となってしまうまで、もう猶予はない。ミチユキの命が尽きた時がタイムオーバー。そして同時にゲームオーバーである。

 もうそれを回避することも叶わない。骨の腕のくせに、やけに力が強くて振りほどけない。ミチユキの筋力では抜け出すことは不可能。

 骸の口の上空。最後までミチユキはあらゆる手を全力で使って抵抗して、無理とわかっても全身にありったけの力を込めて暴れようとした。

 だがもう、ミチユキの運命は確定した。骸の左手の拘束から逃げられなかった時点で、運命は決した。
 ミチユキには、クラニオが嘲笑っているような表情にみえてしまう。
 負けを認めろ、食われて糧になれ。
 そう言われたような気がした。まっぴらだが、動けない。抵抗も虚しくなってしまいそうになる。
 死の直前までは少しでも抵抗を続けるつもりのミチユキだが、骸は一切意に介さない。

 左手の拘束が、ミチユキを解放する。
 骸の口腔内へと、ダイブする形での、最低最悪の解放。

 ヒーローになりたかったわけじゃない。でもできることならなってみたかった。
 みんなを救った英雄になれば、みんな優しくなってくれる。見る目を変えてくれる。

 ミチユキはその願いと野望を持って、この無茶無謀な戦いに臨んだのだ。
 結局は怯えてロクなことすらできず仕舞い。よかったのは、出撃前のリマリとの会話での威勢だけだった。それ以外は何もかもうまくいかなかった。

 死ぬ。これで二度目。この恐怖は慣れそうにない。
 ミチユキは思わず眼を閉じてしまう。
 これからわが身に起こることを、少しでも見たくないという思いがあった。

 ミチユキの死は、自由落下で自然のままに。あとコンマ数秒で口の中。
 助かる見込みがゼロになる寸前。

 ――光の矢が、骸の頭蓋を粉々に撃ち抜いた。
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