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不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を! 作者:赤丸そふと

第陸章  ローン・オブ・ザ・デッド

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第二百六話  足掻き



「これが私達の罪の形よ? 40年……積りに積もった奴隷達の怨念……そうとも言えるかもね? ね? お嬢様」

 晴れ晴れしい笑顔で腐った異臭を放つ下半身を見せつけて来たラムスの顔は、狂気は無く、死を受け入れた人の顔だった。
 しかしそこにあったのは人を止めた人の姿とも言えた。

「ラムス……ありがとよ……」

 一人の奴隷の男が晴れ晴れとした笑顔のままドサリとその場に崩れ落ちた。

「感謝します……」

 また一人、祈るようなポーズでラムスに礼を言ってその場に倒れる。

「あなたに来世での幸運を」「次会う時は口説かせてください」
「私達の来世は咎人よ? 罪はどこかで償わないと」

 一人、一人と櫛の歯が抜け落ちるように次々と倒れて行く奴隷達。
 緑色に腐敗した下半身。ラムスの体は生きながら腐っていた。溶け落ちた皮膚はベロンと捲れあがり、黄色い膿を滴らせていた。

「な゛に゛を゛じだあ゛っ!!!」

 その様子ににわかにシオリが狼狽し出した。
 焦ったように周囲に視線を巡らせ、唾を飛ばしてがなり立てる。

「あら? シオリお嬢様は気付いておられなかったのですか? 見ての通り私の体は病に侵されております。私はずっと病を育てていたのですよ。病気で死んだ彼らを食べて、体の中でより強い病を――『勇者の加護』を破るほどの病を――ね? その点に関しましては、シオリお嬢様の加護が無ければ、私は今日まで生きられなかったでしょうね。でもお嬢様をも侵す病がちゃんと育てられました。それをあらかじめ彼らに食べて貰っただけです。彼らは人のまま死ぬ為に・・・・・・・・・人を食べたのですよ・・・・・・・・・

 ラムスはさも当然のように先ほど言った罪の形を言葉にする。
 捲り上げたスカートの下の腐敗した下半身。そこには齧られた後が無数に残っていた。
 ぶよぶよの腐った肉はこそげ落ち、殆んど骨が見えていた。太股の辺りに残った歯型。それは紛れも無く人の物で……。
 『勇者の加護』――神に望まれてこの地に降り立った者の庇護下に入った者達は、皆死ににくくなる。
 それは病の発生速度であったり、進行具合に表れていた。
 病原が膝元にありながら最初に街から病が広がった理由。庇護下にあるといっても街の人々はシオリから遠い人々だったのだろう。だからこそ加護は薄く、病が先に発生した。
 そう考えると病の病原である筈のラムスはシオリにとって、何か特別な相手だったのだろう。だから今迄発生しなかった。その間もラムスは自らの体に病を溜めこみ続けていた。言葉にした通り、シオリの加護をも上回るほど凶悪な変化を遂げるまで、ずっと……。

 人を餌とし続けていたのは彼らであったが、これまで疫病が蔓延しなかった理由は、病を発生した死体を食べていたのはラムスだけだったからだった。彼らの中から罹患者を出してしまってはそもそもシオリがこの場所を訪れる事は無い。それではシオリに嘘の『抵抗力』を信じさせる事は出来ない。
 シオリが、奴隷の中でも人の尊厳を奪われた、家畜とされた奴隷に頼らなければならないと思う状況を作り出す為、ラムスはその体に病を隠し続けていたのだ。
 人を食べ続ける事で患う病。それを気付かせないまま育て上げるには、ラムスの立場は適任だった。屠殺も解体もラムスの仕事だ。病死した死体は餌と称して消え失せて行く。ラムスの腹の中に……。

 そして彼らは、今日ラムスを食べた。病が溢れだし腐り始めていたその肉をあえて口にした。
 何のために? 決まっている。シオリに奪われないためにだ。人のまま死ぬ為に、それだけの為に彼らは毒を食べたのだ。

 痴呆になっていてもその間の記憶は残る。ラムスが以前語った予測は、彼らの言葉が証明していた。

 ラムスはずっと準備をしていたと言っていた。言葉の分からない筈の人々にそれでも何度も言い聞かせていたのだろう。人として死ぬために。復讐する為に。奴隷に貶められた人々の最期の足掻きがこれだったのだ。
 街全体を巻き込んだ無理心中。それは当然彼らも含まれていたのだ。
 彼らの中にあるだろう『抵抗力』を求めて、人の尊厳を戻し、自らを醜く貶めたシオリを逃さない為に、奴隷達は自ら進んで病を取りこんでいた。
 当然家畜の意識の中でそんな認識は持たなかっただろう。しかし奴隷達の中にラムスを責める者はいない。記憶があるから、思考力を取り戻した彼らには彼女の覚悟が理解できたのだ。

 持たざる者の殺意とはこれほどの覚悟がなければならないものなのかと、九郎は呆然とその言葉を聞いていた。

「姉さん……。最後に会えて良かったよ。僕も記憶だけは残ってるから……姉さんにしちゃったこと今になって恥ずかしいって思っちゃうけど……」
「おいっ!? フォルテっ!!? ……あ?」
「おいっ! リオ!? フォルテ!?」

 リオの腕の中でフォルテがはにかみ目を閉じた。その首筋に緑の斑点を見つけてリオの顔に悲壮が広がる。しかしそれも束の間、目を閉じたフォルテを抱きしめ大声を上げたリオも困惑の声を残して地面に倒れる。
 九郎が慌てて傍に駆け寄る。

「ラムス……最初から……これ……を……」
「いいえ。チェリオには生きて欲しかったわ。だからあなた達が外へ出た時を見計らったのに……。リオはどの道ここに来ると思っていたから、謝罪は口にしなけれど」

 後ろでチェリオが苦しげに膝を付いていた。その首筋にも緑の斑点が浮き出ている。
 扉を開けた時に香った匂いの正体は、ラムスの体の匂いだった。腐敗した病をこれでもかと含んだ風。それを浴びたが為に、今迄無事だったチェリオやリオまでもが、罹患していた。

「ごめんなさいね、クロウ。薬師様とお連れの方にももう一度謝罪を……。我々の復讐に巻き込んでしまった事をお詫びします……」
「復讐って……ラムスさんは皆を人に戻したかったんじゃねえのかよ! 人ってなんだよ!? 生きてっから人でありたいんじゃねえのかよ! 死んじまったら、動物と……何が違うって言うんだよ!!!」

 自らを家畜以下に貶め、そのまま醜い屍を晒すであろうシオリを見下ろし、ラムスは感情の無い笑みを浮かべていた。その眼下には絶望に顔を強張らせて必死に周囲を見渡す太った老婆の姿がある。

 深く頭を下げたラムスに向かって、九郎は想いの丈をぶちまけていた。
 人としての尊厳も何もかも、生きていてこそだと思っている。怒り、笑い、喜び、悲しみ。人だけの特権とは思わないが、人が人としてある為にはどれもが生きていてこそだと感じていた。
 それを奪われたのだから取り返したいと思う事は当然だ。
 しかし彼女達が取った選択は、それこそシオリと同じように、手に入れたものをすぐに手放したかに思えていた。

「命の燃やし方をとやかく言う事は無粋であると心得ているが……」

 カクランティウスがまたもや困った事になったと眉をしかめていた。

「一人を殺すために大勢を犠牲にするなんて……ボクは認められない……」

 アルトリアは悔しそうに服の裾を握りしめていた。『来訪者』であるシオリ一人を嵌める為には、これ程の犠牲が必要なのかと九郎も悔しさを隠せない。

「そんな事を言ってんじゃねえっ! くそっ! どうしたら……」

 リオとフォルテを抱き起こし悔しそうに眉を顰めた九郎が、奇妙な静けさにふと顔を上げる。
 目の前には先程まで薄い笑みを湛えていたラムスが感情を露わにして立ち尽くしていた。
 首を巡らせるとカクランティウスは苦虫を噛み潰したような表情で剣の柄に手をかけ、アルトリアも緊張した面持ちで前を睨んでいる。

「なんで……」

 静けさの広がる畜産場にラムスの愕然とした声が響く。

「い゛る゛じゃな゛ぃぃぃい゛!! 無事な゛のがざぁぁぁぁあ゛!!」

 立つ事も億劫だと言わんばかりの膨れ上がった老婆の口から、歓喜に満ちた唸り声が響いていた。

「なんでよ……なんで……『来訪者』さえ殺せる病……のはず……。なんで……。なんでなのよお!!」

 ラムスの悲鳴のような絶叫がそれに重なっていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 シオリが家畜以下の存在に自ら落ち、誰からも奪う事が出来なくなった状態でその生涯を閉じる。
 それこそがラムスが描いた復讐の結末だった。

 本来であればラムスの復讐は殆んど成就されていた。
 シオリが家畜とされた奴隷達に人の尊厳を返し、自ら最底辺に落ちた。そこからシオリは再び奴隷達から『抵抗力』を含む数々のモノを『奪おう』としていた。
 その道を閉ざす為、奴隷達はラムスを食べて病を取りこんでいた。シオリの『収奪』の『神の力ギフト』はシオリの羨むもので、かつ相手が誇りに思っていなければ奪えない。死者や意識を失った者達からは力を奪う事が出来ない。
 ラムスの復讐は全ての人が死に絶える事で完成されるはずだった。

 しかしラムスが『来訪者』すら抗えないであろうと思っていた、長年育てた疫病も『不死者』達には効果が無い。
 アルトリアはもともと殆んどの部分が死んでいる状態であり、自身の腐敗や再生が思いのままだ。免疫を狂わせる病魔に対して抵抗すら必要無い。
 カクランティウスはと言うと、こちらはこちらで『魔力』が形を持った者と言う特殊な生命体だ。病が『魔力』を蝕むようなもので無い限り、全くもって関係無い。
 そして九郎はと言うと『不老不死』。体が消滅しても復活するようなふざけた体だ。

 3人とも最初から病は脅威でも何でも無かった。だからこそ、人の心配ばかりしていたとも言える。

 しかしラムスにとっては思ってもいなかった誤算だったのだろう。
 自分の命を賭してまで作り上げた病に抵抗する人間などいる筈も無いと思っていた。シオリが罹患した時点で、ラムスの病は『来訪者』すら殺せるものだと確信していた。
 だからこそ九郎達に謝罪し、巻き込む事を詫びたのだ。

 しかし九郎達は誰もが健康そのもので……。

「せめて逃げて!!!」
「ざぜな゛い゛よ゛!!」

 ラムスの言葉は決して九郎達を慮ったものでは無い。この病に打ち勝った九郎達が生きていてはラムスの復讐は遂げられない。死なないのならばせめてどこかに行ってくれ――その言葉の意味に思い当たるよりも早く、シオリが大声を上げて腕を動かしていた。

 ぶよぶよの肉達磨と化していたシオリが僅かに腕を動かす。
 途端に巻き起こる突風が畜産場の天井を破壊する。病の風を中からも外からも遮っていた重い扉が瓦解し、瓦礫がもうもうと砂埃を巻き上げる。

「ざで……誰がら゛いだだごうがじらぁ?」

 シオリの口から舌なめずりでもするような、嫌らしい声が放たれていた。
 先程まで絶望に歪んでいた老婆の顔は、ぎらぎらとした欲望の光が渦巻いていた。

「さて……どうしたものやら……」

 カクランティウスが剣を抜き放ち構える。

「カクさんが一番取られるもの多そう……」

 アルトリアが眉をハの字にして呟く。

「病人いんのに暴れんじゃねえっ!!」

 九郎は少しずれた事を叫んでいた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――――『黄金の扉』、ベファイトスの眷属にして大地に眠る鋭利な刃よ! 吹き出せ!
    『スピーナ・ソロム・バイレス』!!!」

 戦闘の口火を切ったのはカクランティウスだった。
 敵には容赦しないカクランティウスは、シオリをすぐに敵と認めた。
 何百年もの間戦いに明け暮れた彼の勘が、シオリを危険と見做みなしていた。
 早口に呪文を唱え、牽制とは思えない巨大な土の矛をシオリの足元に生み出す。

「ばあ゛っ!!!」

 それに対してシオリは僅かに腕を振るう。
 言葉も無くただ腕を振るっただけでシオリの周囲に風の幕が発生する。
 九郎も良く知る風の防壁の魔法。しかしその強度はシルヴィアのもの以上であり、床を突き破って生えた土の矛は尽く弾かれ砕け散る。

「アルトっ! 皆をっ!」
「う、うんっ!」

 突然開いた戦端に九郎の大声が響き渡る。 
 ラムスの覚悟を理解できたとしても、九郎の行動は変わらない。人を生かす事が何より大事で、人が死ぬ事を何より嫌う。
 『不死者』だからこそ一つきりの命が一番大事だと思っている。その中に自分の命は含まれていないが……。

「食べちゃ駄目だからね! アニマ・メア・ラケルナ・インセクタ! ホク・アウテム・フィエル! キュイブス・プレヌス・エスト・プロケル!」

 九郎の声に頷き、歌を口ずさみながらアルトリアがスカートの裾を翻す。

「『アニマ・メア・ライベリ』!!」

 紡がれた言葉に呼応するようにして、アルトリアのスカートから黒い闇が広がる。

(俺を齧ったのはこいつらだったのか……)

 一斉に床に広がり始めた黒い闇に九郎は顔を引きつらせる。
 ムカデと似ているが少し違う。どちらかと言えばヤゴに近い形だろうか。真っ黒な体を持った節足動物はガチガチと顎を打ち鳴らしながら、奴隷達の下へと潜り込む。
 黒い波に流されるように、倒れた奴隷達の体が浮き上がり、潮が引くかのように運ばれていく。
 奴隷達は部屋の隅へと追いやられ、黒い闇はアルトリアのスカートに吸い込まれるように戻って行く。

「躾が行き届いてんな!」
「うん! 毎日世話してるから……何のこと?」
「!!?」

 自慢げに言いかけたアルトリアが急に呆けた。
 九郎が顔を強張らせてシオリを睨む。

「も゛~……。便利な゛魔法な゛んで、う゛ら゛や゛ま゛じいわねえ゛え」

 シオリが目を細めてニヤリと笑っていた。

(奪われた!? あの一瞬で!? アルトが自慢げにしちまったから!?)

 九郎の顔に焦りが広がる。
 アルトリアの魔法はどれも凶悪なものばかり。今の魔法も九郎を一瞬で骨にするくらいの威力を持っている。しかもあの魔法はアルトリアの武器も兼任していた筈だ。いきなり戦力を削ぎ落とされた形に、焦るなと言う方が無理な話だ。 

「これは……なかなかやり辛い相手だな……」

 カクランティウスが緊張した面持ちで剣を構えて呟いていた。
 カクランティウスのこれ程緊張した顔は初めて見る。優位に立てばたつほど相手の力が増大し、此方は弱体化を免れない。特技はそれだけで誇りとなる。それが気付かない内に奪われ、そしてその後も知る事が出来ない。いつの間にか無力化されてしまうのだ。

「まずば動げなぐじなぐぢゃねえっ!!」

 残忍な顔でシオリが腕をまた振るう。

「ぎゃだあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 身構えた九郎の耳に恐ろしい絶叫が響いていた。

「がっ!!?」「ぐうっ!!」

 獣のような絶叫が響き渡る中、九郎とカクランティウスは同時に呻く。
 黒い闇――無数の蠢く虫達に膝辺りまでを一瞬で食われていた。九郎は喰らった覚えもある、アルトリアの魔法。肉が一瞬でこそげ落ち、自重に耐えられなくなって九郎は達磨落としのようにストンと縮む。呻き声に目を向けると、カクランティウスが眉をしかめて足元を睨んでいる。

「カクさん!? 足がっ! 骨に……戻ってる」
「その驚き方はいろいろ言いたくなるな……」

 カクランティウスでさえ食い散らかす事が出来るのか、彼の足も骨だけになってしまっていた。
 カクランティウスの場合はいつも見慣れたものなので、あまり新鮮な驚きはないが。
 しかしその威力は折り紙つきであり、カクランティウスでさえ無事では済まない事の証明だ。

「緑の呪法だけであれば何とかなるやもと思っていたが……ぬ?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 一つ手強くなったとカクランティウスが呟きながら眼前を睨み、訝しんだ声を上げた。
 その声が聞えない程の絶叫を迸らせ、シオリがのたうちまわっていた。
 汚れた床で泥遊びをする猪のような肉塊の足は、九郎やカクランティウスと同様に骨が剥き出しに覗いていた。

「あれ? なんだっけ? そうそう、ボクが毎日世話してるから、とっても言う事良く聞く子達だよ。食いしん坊だから大変だけどね?」

 理解が追いつかづに動きを止めた九郎の耳に、アルトリアの暢気そうな声が再び届く。

「返却されたようだな……」

 カクランティウスが薄い笑みを浮かべて言う。
 奪ったモノが即座に突き返されるとは、それ程嫌だったのだろうか。遅れてシオリの足の傷がどうして出来たのかを理解した九郎も、苦笑とも呆れとも言えそうな表情を浮かべてしまう。

 アルトリアの魔法はどれもこれもが彼女の体から生み出される。体を突き貫ける蠅の弾丸は彼女の腕に巣食うゴメの成長した姿。この黒い闇のような虫達も、彼女の足で飼われている肉食性の昆虫だ。どちらもアルトリアを喰らって生み出される命の形を持った魔法。
 生身のシオリが使えばどうなるかは――現在シオリが実践して見せた通りと言う訳だ。
 自分の肉を食われたシオリは痛みに獣のような呻き声を上げ、無様にのた打ち回っている。

「しかしこれでは攻め手に欠けるな。放置して動けなくなるのを待つ方が良いかも知れ――!?」
「危ねえっ!!」

 カクランティウスが眉を顰めて消極的な案を口にしたその時、滅茶苦茶に振り回されていたシオリの腕から風の刃が四散していた。
 危険を叫んで九郎は大地を蹴る。
 避ける為では無く、庇う為に。

 シオリに知られると一番面倒な事になると思ってはいたが、目の前に迫った人の死に体が勝手に動いていた。
 そのままにしておいた方が良いだろうかと迷っていた足を再生させ、力いっぱい踏みしめる。
 ブチブチといつものようにまた筋が切れたが、踏みしめた足は床を砕く力を産む。
 両手を広げ、風の刃に体を晒し立ちはだかった九郎の視界が反転する。

「あ、あ、あ、あ…………」

 隅に纏められた奴隷達に向かった風の刃を受け止めた九郎の後ろで、一人だけまだ意識があったラムスの声にならない悲鳴が聞こえていた。口を開き、目を瞠り、声にならない声を出すラムスの顔も見えていた。体は前を向いているが、逆さまに映るラムスと目が合う。

わりい……。驚かせちまった。まあ、心配しねえでくれ。大丈夫だからよ!」

 片目を瞑る九郎の首は、薄皮一枚で繋がった状態で逆向きに垂れ下がっていた。
 こんな状態で笑いかけられても逆効果かも知れないと思いながらも、他にどう言えば良いのか分からない。

「おっと……出てくんなよコノヤロウ……んしょ……あ……」

 余りに鋭利な刃だったからか、血が噴き出るタイミングが遅れていたようだ。
 ジワリと傷口に湧き出そうとした血液を九郎は意思の力で押し戻す。
 両手で首を掴み、元の位置に戻して前を睨むとシオリの見開いた目があった。
 体力を消耗したからか、傷を負った為か。すでにその顔にも緑の斑点が広がり始めていた、太った醜い老婆の驚きの顔が九郎を見つめていた。

「な゛んだぞのがらだわ……」
「いやぁ……新鮮な大根と同じっすよ……はははは」
「大根……?」
「あ、ヤベ……」

 口元を押さえた九郎を睨むシオリの目が苦痛ではなく、希望を見出して細められた。


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