第八十七話 夜の散歩
明日には聖獣に力試ししに行くゼロ達、それぞれは指示を受けてもう拠点を出た者、仕事に戻る者、部屋で準備しに戻る者に別れたのだった。
ゼロ本人は自分の部屋に戻っていた。
レイは既に身体をレイの部屋に置いて意識をゼロの身体に戻した。
『……明日の朝に出発だね……』
(ああ、まだ時間があるけど眠る必要はないから暇だな……)
『……だったら、誰か呼んで何かしたら?』
(全員は忙しいんだろ? 暇だからって呼んだら迷惑だろ…………ノック?)
『……うん、ノックしているね』
ゼロはノックの音が聞こえたので誰かが来たようだ。拠点の中には敵がいないのはわかっているから『魔力察知』を発動していないのだ。
「誰だ?」
「わ、私です」
「フォネス?」
ドアが開かれると、フォネスの姿が現れた。何の用なのか聞いてみたら…………
「準備は終わりましたが、眠れなくて……」
「もしかして、聖獣と戦うことに緊張しているの?」
「は、はい。前の聖獣から格が違うと知らされてしまって……」
「成る程。それが普通だから恥じることはない」
ゼロは勝つ自信があるが、フォネスにとっては勝てるかわからない相手になるのだから、弱気になるのもしょうがないと思うだろう。
『……ちょうどいい、フォネスと何かしたら?』
(……ふむ、眠れないと言っているしな)
『……そうだ、何かご褒美をあげたら? フォネスは、今まで頑張って来ているし……』
(ご褒美か……)
確かに、何かしてあげた記憶がない。
それでは上に立つ者としては駄目だろう。というわけで…………
「フォネス、いきなりだが、何かご褒美が欲しい?」
「え、ご褒美ですか?」
「そうだ、今までフォネスは頑張っていたのを知っているんだ。だから、ご褒美を上げようと思ったんだ。で、何でも用意してやろう。何がいい?」
「…………」
フォネスはご褒美は何がいい? と急に言われて考え込んでしまった。
確かに急に言われたら困るだろう。
と、そこでレイが…………
『……ベッドで営むとか?』
「な!?」
「ぜ、ゼロ様?」
レイの言葉に驚いて声に出してしまったゼロだった。
「い、いや、レイが変なことを言い出したからな……」
「レイ様が? ……あ、レイ様はゼロ様の中にいるんですか?」
「ああ。身体の方は抜け殻になっているがな」
コホンと咳込みし、話を戻す。
「レイ様は何とおっしゃっていたのですか?」
…………戻せてなかった。
さすがに話を逸らすのは無理だろうし、レイが言っていたことをそのまま話した。
「よ、夜伽ですか!?」
「こ、声が大きい! それは俺に得があってもフォネスにはご褒美になってないだろ?」
「………………そんなことはありませんが……」
俯きながらボソッと呟くフォネス。声が小さくて聞こえなかったが、頬が朱くなっていたから何を言っていたかはバレバレだろう。
だが、ゼロは…………
「そうだよな。ご褒美になってないことは嫌だろうしな」
ゼロは気付いてなかった。
納得したようにうんうんと頷くゼロだったが…………
『……ちょー鈍感……』
(また!? しかも『ちょー』が付いている……)
いつものようにレイに言われてしまうゼロだった。
フォネスは「い、いきなり夜伽は恥ずかしいですし、…………よし」と何か覚悟を決めたような表情をしていた。まだ頬が赤かったが…………
「あ、あのご褒美のことですが…………」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここは満月の下、ゼロとフォネスは二人だけで外を歩いていた。
フォネスがお願いしたご褒美は、『今から一緒に夜の散歩に行ってくれますか?』だった。
ゼロは了承した。それでいいのか? と思ったが、フォネスの口から言ったお願いなのだから…………
「やっぱり夜の外は空気が冷たいですね」
「ああ、風もあるしな」
冷たい風が二人を通り抜けていく。
しばらく歩いていくと、湖が見えてきた。拠点の近くには水場、それなりの広さがある湖が広がっているのだ。
「静かですね……」
「そうだな、最近は慌ただしかったからな」
「はい。ゼロ様に出会ってから半年も経ってないのに、ここまで来るとは思いませんでした」
「まぁな、俺もそんな早く魔王になれるとは思わなかったな」
「ふふっ、ゼロ様は頑張り過ぎですよ? たまにゆっくりするのもいいと思いますよ」
フォネスは大人の女性のように落ち着いた笑顔を見せる。
それにドキッとするゼロだった。
「……そうだな。また暇が出来たら一緒に散歩に行ってくれるか?」
「喜んで」
フォネスとしばらく湖の周りを歩いていると、いつの間にかに手を繋いることに気付いた。
「駄目ですか?」
「い、いや。構わないさ。むしろ俺でいいのか? と言いたいぐらいさ」
「繋いでいたいのは、ゼロ様だけです……」
「そ、そうか……」
なんというか、恥ずかしい! と思うゼロだった。何せ、前世でも女性と繋いだことがあるのは妹だけだったのだ。母親もあるかもしれないが、記憶はないのだ。
自覚を持ってからは繋いだことはないということかもしれない。
フォネスはまだ10歳ぐらいだが、見た目は大人っぽくて可愛いのだ。
そのフォネスが繋ぎたいと思うのは俺だけと言われたら嬉しくはないことは有り得ないのだ。
「……ありがとうな」
「え? 何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
ゼロは笑ってごまかす。
そんなやり取りを一から見ていたレイは…………
『……ヘタレ……、押し倒せばいいのに……』
(レイぃぃぃぃぃ!!)
何てなことを言うのかな!? うちの妹はよっ!?
湖の周りを歩き終わり、そろそろ拠点に戻ることにした。
ゼロは睡眠は必要ないが、フォネスは必要だからもう戻ることにしたのだ。
「今日はありがとうございました」
フォネスがお礼を言って、部屋に戻ろうとする。
だが、ゼロが「待って」と呼び止める。
「こっちもありがとうな」
ゼロもお礼を言って、フォネスの側まで近付く…………
ちゅっ
フォネスの頬に軽いキスをしてやった。
一瞬、何のことなのかわからなくなったフォネスだったが、理解していくつれに顔がだんだん朱くなっていく。
余り見せない優しい笑顔でフォネスに挨拶してトドメをさしたのだった。
「おやすみ」
「ふぇっ!? お、おやすみなさいぃぃぃ!!」
顔を朱くしたフォネスは慌てるように自分の部屋に戻る。
ゼロも自分の部屋に戻っていったら、レイから会話があった。
『……おー、大胆なことをお兄ぃが……、ヘタレで鈍感なのに……』
(我が妹よ、もう鈍感とは言わないでくれないかな!?)
『……もしかして、今まで気付いていた?』
(ああ。わかりやすく顔を朱くしていればすぐにわかるよ)
『……なら、何故鈍感のふりをしていたの……?』
(…………俺は臆病なんだ。ただ、怖かったんだ。前みたいに周りから拒絶されることに……)
『……お兄ぃ……』
(見知らずの者から拒絶されるのはいいが、配下……、仲間から拒絶は怖いと感じるんだ)
自分の部屋に着いたゼロは両手で自分の身体を抱き着き、わずかに震えていた。
(俺は臆病だ。だから、嫌われないように、鈍感ふりをしていた。好意を持たれているのがわかってもすぐに信じられなかった。
……レイは、そんなお兄さんは嫌だよな……?)
『……ううん、違うよ。私も怖いこともある。それに恐れることは…………恥ではないっ!!』
(レイ……)
『……さっきは頑張ったよね? ……自分から一歩を進めたんだよ? ……私はそんなお兄ぃが好きだよ。 だから、お兄ぃと一緒に生きていくと決めたの……』
(……ありがとう。まだ怖いけど、レイと一緒なら大丈夫のような気がするんだ)
『……うん、私は応援しているから……』
ゼロの身体は震えがなくなっており、安心感が広がったような気がした。
その後に、レイが何かに気付いて慌てているような声を出していたが、ゼロは聞こえてなくて今の安心感を噛み締めていたのだった…………