第七十四話 30秒間
はい、どうぞ。
血の鎧を纏まったナーズは先程より強くなっており、生半可な技ではダメージを与えられない。
そこで、フォネスが最大攻撃を放つ準備をするためにマリアだけでナーズを足止めしなければならないのだ。
30秒と言えば、普通の人からでは敵によって、長いと感じるだろう。
しかし、ナーズは『思考加速』を持っているので、素のマリアでは追い付けないからマリアも『思考加速』を使うしかない。
戦う分には、時間が遅く感じる『思考加速』は便利だが、足止めをするには、堪ったものではないのだ。
『思考加速』とは、自分の時間感覚を延ばすに近い能力であり、考えて身体に命令を伝達する時間が短くなる。
その伝達時間は普通の五倍となり、『思考加速』を使っていると、時間を感じる感覚も五倍になっており、30秒が2分30秒と感じてしまう。
つまり、マリアは『思考加速』を使って戦うなら、マリアの時間感覚では2分30秒を足止めしなければならないのだ。
それだけのプレッシャーを感じてしまうが、他に方法がないので2分30秒、フォネスを守りながら堪えなければならない。
(勝機は薄いけど、やるしかないね……)
一人だけで今のナーズを足止めなんて勝機の薄い賭けだが、覚悟を決めるマリア。
「私が相手するわ! ”影矢”!!」
影から矢を作り出し、さらに毒も仕込んでおく。
マリアはこの攻撃で決まるとは思っていない。
その通りだったようで、ナーズは防御もせずにこっちに向かっていた。
影の矢はナーズに当たっているが、効いている様子はなかった。毒も本体に届いてないから、効果は発現しなかった。
「やっぱりこの程度では壊れないね。なら、これだったら? ”視影”!!」
影の矢から形を変えて、視覚を防ぐ影を作り出した。
ナーズの目の前を包み、マリアは『隠密』で魔力を隠す。
「小癪なことを……」
マリアの魔力を見失い、突進を止めて空中に留まるナーズ。
フォネスは魔力を隠していなくて、何かしていることに気付いていたが、ナーズは視覚の邪魔をしたマリアを先に倒すことにしたようだ。
もしフォネスが何かしてきても防ぐ自信があったからだ。
魔力を隠したマリアは静かに目をつぶっていた。まるで精神統一するように…………
(思い出すのよ……、あの時を……)
マリアは小さい時から『影』で、自分の精神を殺し、一人前の暗殺者になるべくに育てられた。
特訓の内容は誰かも聞いたら地獄としか言えないことをマリアは堪えて育ってきたのだ。
地獄のような特訓だったが、得る物はあった。それが今、生きると確信している。
「……!? なんだ、この殺気は……?」
凄まじい殺気を出しているのは、当然、マリアからだ。
マギルを脅す時の殺気と桁違いだった。
(ゼロ様と出会ってからマリアは変わったと思いましたが、やはり心の芯まで変わらないようですね……)
相手を殺す。それだけの殺人マシン、無表情で次の動きを読ませない。
ようやく”視影”を振り払えたナーズはマリアを目に捕えたと思ったら…………
「なっ!?」
既にマリアは動いており、ナーズの目の前まで『影転移』をしていた。
「”影短剣”」
手には何本か黒い短剣が握られており、鎧の関節に突き刺されていた。
「届かねぇぞ!!」
関節に刺しても、生身までは届いてなかった。
血の槍を近距離でマリアに突き刺すが…………
「…………」
マリアは顔一つも動かずに紙一重に避けていた。それどころか、新たに短剣を作り出して、刺せるだけ関節に短剣を刺していた。
「無駄って言ってもわからないのか?」
「…………」
マリアは何も答えない。生身まで届いていないが、鎧には短剣が刺さったままだった。
マリアの狙いは…………
ガチャッ!ガ、ガチ!
「なに?」
ナーズの動きが鈍くなっているではないか?
マリアがやったことは短剣を関節に刺しただけ。さらに短剣は未だにも、刺さったまま…………
これだけでマリアの狙いがわかるだろう。
マリアの狙いは、ナーズの動きを阻害させ、動きにくくすることだ。
それだけではなく…………
「ま、曲がらない!?」
ナーズが本格的に慌てはじめた。
槍を持つ腕の関節が完全に曲がらなくなったからだ。
「まさか、毒か!? 血に毒を混ぜるとはぁぁぁ!!」
そう、生身まで届かなくても毒の使い道があるのだ。
毒と言ってもいいかわからないが…………
「血小板と言ってもわかりませんよね?」
「血小板だと……?」
「その反応、わからないみたいですね。血小板は血を固める働きをします。普通は傷を塞ぐ働きをしますが、貴方の鎧にとっては毒でしたね」
やはり、毒の種類ではなかったが、血の鎧にとっては毒だと判断され、短剣から血小板に働きを掛けることが出来たようだ。
「くっ! 確かに固まっているな……、だが!!」
一旦、マリアから距離をとって固まった部分だけを排除したのだ。
「血の操作なら私の方が優先度が高い!! また固まらせても無駄だ!!」
「…………」
そんなやり方をしてくることをマリアは予測していたから、驚きもなく無表情のままだった。
マリアの目的は時間稼ぎなのだから、策が破られても構わない。
30秒の内、もう15秒は経っていたから、残りは15秒。
あと15秒なら…………と考えていたマリアだったが、無表情を崩してしまった。
何故なら、さっき持っていた槍と同じ槍が沢山、空中に浮いていたからだ。
「ちまちまもやってられるか! 纏めて消してやる!!」
「拠点ごとやるのか……」
エキドナがそうぼやいたが、止める気はないようだ。
簡単にクレーターを作り出した沢山の血の槍を纏めて打ち出されては、フォネスを守ることが出来なくなるのだ。
まさか、拠点ごと壊す技を出してくるとは思わなかったマリアはギリッと歯噛みする。
(どうする! まだ時間は残っている、私にはこれだけの槍を防ぐ術がない!!)
影で盾を造りだそうと思っても、防げないのはわかりきっていることだ。
ゼロはエキドナと戦っており、手を貸すことが出来ない。
「喰らいやがれっ!!」
ついに、撃ち出されてしまった。
無駄だとわかっていても、フォネスを影の盾で隠すしか出来ない…………とマリアは思っていた。
「自分に任せて!」
ここにいるはずがないの声が聞こえたと思ったら、血の槍が凍りはじめた。
「なっ……、」
「ククッ、人形達、行きなさい!」
続いて、人形が出て来てナーズを取り押さえていた。
この技と人形は…………
「シルとクロト!?」
「そうだよ〜」
「ククッ……」
2階で戦っていた二人が合流して、血の槍を止めていたのだ。
さらに…………
「アタイもいるよ!!」
いつの間にか、ミーラが大槌をナーズに向けて振りかぶっていた。
「ハァァァッ!!」
ミーラは覆いかぶっている人形ごと叩き潰していた。
「グアァッ!」
生身まで衝撃が届き、鎧にヒビが入っていた。全力でやったのに、これだけしか傷が付かなかったことに、鎧は物凄く硬いことがわかっただろう。
「ちぇっ、硬いな!」
「舐めるなぁぁぁ!!」
ナーズは人形を振りほどき、上空に飛び出していた。
「貴様ら……、殺してやるぅぅぅ!!」
ナーズは完全にブチ切れていた。
ゼロとエキドナの方では…………
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ありゃ、完全に切れちゃったな……、あんな大勢で狡いと思わんか?」
「思わないな。もし、勝ったのがお前の配下だとしても、同じように手を貸していただろ?」
「ははっ、確かにな! 我が手を貸しに行きたいが、お前はそうさせないだろう?」
「当たり前だ。お前を相手出来るのは俺だけだからな」
ゼロとエキドナは話をしつつも、手は動いている。まだ剣を打ち合っており、お互いは向こうに行かせないようにしていた。
ナーズはブチ切れて、次の技を出そうとするが、もう30秒経っていた。
つまり…………
「あとは任せて!」
「ようやくですか……」
フォネスの最大攻撃の準備が終わったのだ。
フォネスの手には、一つの熱を持った球体があった。
「これで終わらせます。”炎帝朱弓”!!」
球体が形を変え、一本の矢と弓が出来ていた。
「それだけで私を殺すつもりなのか? 無駄だぁぁぁ!!」
また槍だが、大きさが違っていた。鎧の全てを槍に変え、撃ち出すつもりだ。
「消えやがれぇぇぇ!!」
「はぁっ!」
マリア達は手を出さないで矢と槍がぶつかり合っていた。
だが、それは一瞬で終わった。
血の槍を一瞬で蒸発させて。
「な、なんだと……」
矢の勢いは止まらず、ナーズに突き刺さった。
「ぐぅ、……か、はっ、まだだ……」
「いえ、終わりです」
矢は刺さって終わるではなく、刺さった場所が燃え続いていた。
その炎は刺さったモノを完全に焼き尽くすまで消えることはない。
フォネスが生み出した、消えることはない炎。
魔素を全体の半分ほど使ってしまうが、フォネスの必殺技に相応しい技である。
「き、消えないだと……え、えきど……なさま…………」
ナーズは最後の言葉を残し、塵となって消えたのだった…………
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