幼なじみという関係ほど、厄介なものはない。しかも、それが生まれたときからのつき合いならば、尚更だ。
「おい、そこ。邪魔だ、どけ」
おそろしく尊大な台詞と一緒に、背中にげしっと衝撃が降ってきた。
「いてっ」
思わず前のめりになった勢いで、コントローラー操作を誤る。本来押すべきAボタンではなく、滑った俺の親指はBボタンを押してしまった。
次の瞬間、ブラウン管の向こうの俺のプレイキャラクターは見当違いな回復魔法をくり出し、敵の必殺技をまともに食らった。
「あ」
「のぁーっ!」
目にも止まらぬ速さでHPが削られていき――あっという間にゼロになる。
どこか間抜けなメロディが流れ、プレイキャラクターは地面に倒れた。
「あーあ、ゲームオーバー」
まったく悪気のない声に、俺はキッと背後を振り返った。
「てっんめぇ、いきなりなにしやがんだ!」
「だって邪魔なんだもん。どけって言ってもどかないしー」
「当ったり前ぇだろうがっ! なんでわざわざ俺がどかなくちゃなんねぇんだよ!? 充分、横通れるじゃねぇか!」
しかし俺の睨みもなんのその、彼女はふんっと鼻を鳴らすと、馬鹿にしきった笑みを浮かべた。
「あたしが通りたいと思えば、そこがあたしの道なのよ」
横暴だ。
なんと自己中心的な考え方。世界はあたしのために回ってんのよ、当然でしょ、と言わんばかりの彼女の態度に、俺は脱力した。
「……おまえさぁ、他人の部屋に断りもなく入ってきて言うことがそれかよ」
「はじめの部屋はあたしの部屋なんだから、あたしのどうしようと勝手でしょ」
おまえはジャイアンか。
「ほらほら、さっさとおどき。苑香様のお通りよ」
まるで野良犬でも追い払うように、彼女はしっしと手を動かした。俺はため息をくと、なるべくゆっくりと立ち上がる。せめてもの反撃に。
「ぐずぐずすんな!」
「ぅお!」
すぐに蹴りが飛んできて、慌てて退避したが。
……我ながら情けない。
彼女は、それこそどこぞの女王様のような足取りで歩いていき、俺のベッドに腰かけた。わざとらしく長い髪を後ろに払いながら、優雅に足を組む。サブリナパンツから覗く、白い足首を見せつけるように。
俺はテレビのほうを向くフリをして、彼女から目を逸らした。
「ほらほら、せっかくこのあたしが来てあげたのよ? さっさとお茶なりお菓子なり持ってきなさいよ」
「……別に、だれも来てくれなんて頼んでねぇんだけど」
ゲーム機の電源を切りながらちらりと窺うと、彼女は不敵に微笑んだ。
「嘘つけ。嬉しいくせに」
確信に満ち溢れた言葉に、俺は一瞬、声を詰まらせた。
「嬉しくねぇよ」
「素直じゃないなぁ、はじめは」
彼女はにやにやと目を細めながら、爪先を泳がせている。パールピンクに染まった小さな爪が、桜の花びらのようだった。
「だったらなんで、部屋から出ていこうとしてるのかなぁ?」
追いかけてくる声は、悔しいほどにたっぷりと余裕を滲ませていた。俺はドアノブに手をかけると、白旗を振るような気持ちで答えた。
「おまえが持ってこいって言ったんだろうがっ」
「うん、よろしい」
彼女は満足そうに頷いた。その笑顔をかわいいなどと思ってしまったのは――気のせいではない。
俺はこっそりと、深く長いため息をついた。
まったく、幼なじみという関係ほど、厄介なものはない。しかも、それが生まれたときからのつき合いなら、尚更だ。
家族ではなく、友達でもなく、ましてや恋人でもない、曖昧でいながら距離感のない関係。これほど気安く、心地いい結びつきがあるだろうか。
これは甘えなのだという自覚はある。どう転ぶかわからない変化を起こすくらいなら、今のままのふたりでいたい。そうすれば、俺は何もおそれずに、彼女の隣にいられる。
臆病だと思う。卑怯だとも思う。だが、俺はまだ、このぬるま湯のような幸福に浸かっていたい。
「おいこら。早くしやがれ」
「へいへい」
「返事に真心がこもってない!」
「って! 枕投げるな!」
ドアを開けて、ベッドからの砲撃を回避する。「とっとと持ってこい!」という彼女の声を背に、俺はこみ上げてくる笑いをひっそりと噛み殺しながら、階段を駆け下りた。
未来のことはわからないが。
今はまだ、彼女は俺だけの女王様だ。 |