姉上と婚約者の食い違いに気づいた私と侍従
評価におっかなびっくりしつつ、拙い筆を取ったらこうなりました。
姉君のお話よりは面白みはないやもしれません。
姉上、相手とちゃんと話し合ったのですか。
相手とは、目の前で私と話がしたいといってお茶の席へ誘ってくださった、ウィダーイ国王子であるヴァイヤ第四王子殿下です。
ヴァイヤ王子は、我が麗しの姉上ことシャンヒク第一王女の婚約者であります。つい先日、見事姉上へ指輪を渡し婚約者となりました。と、当事者である王子殿下より報告を受けました。姉上からは何故か「決闘よ! 私、初決闘するのです!」と声高に報告されました。このあたりで既に何かが違っていると気づけばまだよかったのでしょうか。
あ、申し遅れました。
私は、アスーラ小王国第一王位継承者、第一王子のマスールと申します。
見かけは人が近寄りがたいものではありますが、心はいつでも小市民、市井の民と同じ程度の小心者でございます。我が国は小さく、民と王家も近しい国柄。幼少期は国民と身分の隔たりなく共に学べるほど、気安い国です。他国から見れば、奇妙で貴族王族の誇りを持たぬ国と言われていることでしょう。念のためを申しますと、きちんと我が国にも貴族と王族のしきたり、線引きはあるのです。まあ、それでもかなり気安いほうではありますが。
私の性格は、家族の誰とも似ておりません。
敬愛する姉上からは、身にあわぬ卑屈な心根は滅却すべしと幼少より言われておりました。ですが、この性格になったのもひとえに姉上、貴方様の責任であると私は思うのであります。
姉上は、父上譲りの繊細で華奢な容姿を持つ、病弱なお方です。ですが、中身はまるで逆。活動的で行動力の方向音痴な、母上崇拝者です。母上のような鋼の如き肉体を望み、思考回路もそれゆえ母上と似ております。中身は立派なメスゴリラです。
失礼。我が国の国母である母上は、周辺諸国や国民より世紀末覇者王妃、メスゴリラの女王などと呼ばれ恐れられ……もとい讃えられています。
母上の逸話は寝物語に語られるほど有名であります。私も乳母や父上からよく聞かせられたものです。一番有名なのは父上と母上の出会いのお話でしょうか。婚約者候補を募る会場に、山の主をしとめて上がりこんできた話は、姉上のお気に入りの話です。いつか真似をしてみたいと目を輝かせて仰っていたものです。
ですが姉上は、決して丈夫な方ではありません。走りこめば、眩暈や動悸、息切れを起こし、母上と共に運動をこなせば倒れこんでしまいます。ひどい時は喀血をすることもありました。何度それを見て私が震え卒倒しかけたことか。
先ほども、決闘決闘とはしゃいだ姉上が体調を崩したので肝を冷やしたばかりです。
それだというのに、このヴァイヤ王子は心配しながらも「そんなに喜ばれるなんて……」と感極まっていました。
部屋へと搬送された姉上を見送った後、ヴァイヤ王子は声をかけてくださり、今この場にこうしているわけなのですが……
ヴァイヤ王子は、私と違い、お綺麗な方です。父上ほど繊細な顔立ちではないですが、すらりとした体に優しげな好青年然とした顔。姉上と並ぶとお人形夫婦といっても過言ではないのでは、と思います。
悲しいことに、私と母上が並ぶとどこの武道家?傭兵部隊所属?と聞かれるのが関の山です。私、こう見えて暴力は嫌いなのです。母上も、無用な武の行使は愚の骨頂と教えてくださったのです。主に拳で。
ティーカップを持つヴァイヤ王子の手は、私の無骨な手とは違って、姉上のようにしなやかです。ああ、出来るなら私もこうありたかった。齢十五にして、筋肉だるまの如き体を得たくはなかったです。いえ、母上のようと褒められるのは悪い気はしない、しないのですが、幼子に泣かれる、女子に敬遠されるでいいことはないのです。
「マスール殿下、ご気分が優れませんか?」
ああ、憂鬱な考えをめぐらせていたら、表情に出てしまったのでしょうか。
「いえ、そのようなことは……姉上が、結婚なさると思うと、何やら妙な気分でして……」
私の悪いところは、気弱なところだと我ながら自覚しております。自覚はしているのですが、未だに矯正することが出来ず、身を縮めて返答をしてしまいます。
持っていたティーカップに満たされた透き通った茶が、私の変哲もない濃い茶色の髪と翠の目を映します。今日のお茶は珍しい種類で、透明であるのに風味があるという希少種です。せっかくヴァイヤ王子が来たからと奮発したのですが、我が身とヴァイヤ王子を比べてしまうものとなり落ち込みそうです。
「殿下とシャンヒク王女は仲がよろしいのですね。羨ましく思います」
にこやかに語られるヴァイヤ王子。
実は気になって、私、父上と共謀して王子の背景を探ってみたのです。広き国、多くの民ゆえの問題もあるようで、王族仲はお世辞にも良いとはいえなかったと容易に噂として知ることが出来ました。
「私には三人の兄と二人の姉がいますが、もう二度と会いたくないですね」
その言葉は笑顔で言うのはどうなのでしょう。おどおどと視線をさまよわせますが、控える王子の侍従は知らぬ顔です。
「私はこの国へ帰属して、民となり、ゆくゆくは殿下をシャンヒク王女と共に支えることが今の夢ですよ」
「そ、そうなのですか」
「ええ! 急な訪問、急な告白にも関わらず、明るく応えてくださったシャンヒク王女のためなら、私、なんでもします」
姉上のことを思っていらっしゃるのでしょう、乙女のように両手を顔に当て、万感の意をこめるが如き溜息を吐いたヴァイヤ王子は、真実、姉上を慕っているようです。
一目惚れだとは聞いていましたが、相当姉上に惚れこんでいるようです。確かに、姉上は魅力的な方だと思います。身内の欲目じゃないのです。父上に似て、魅力的ではないわけがないのです。
「ああ、手と手をとり、指輪を手のひらへ渡したときの笑顔といったら」
「えっ」
「殿下、何か?」
嬉しそうに語ってくださるヴァイヤ王子ですが、聞き逃せぬ言葉がありました。
指輪を渡すだけならまだよいのです。渡した場所が問題なのです。
我が国では、それは、決闘を申し込む仕草なのです。
指輪を嵌めるのなら告白となるのですが、手のひらへ渡すということは、己の大切なものをかける所存であるという表明を示します。
そのとき、思いました。
姉上と王子は、食い違っているのでは、と。
その後のお話は、うろたえる私を、具合が悪いと思われたヴァイヤ王子によってお開きとなりました。部屋を辞した王子の後、思わずほっとしてしまいました。
静かな音を立てて部屋の茶器を片付ける私の侍従に声をかけます。
「……ラティカ、どうしたらよいと思う」
すっかり茶会が行われていたテーブルを片付けた侍従、ラティカはゆっくりと振り向いてくれました。浅く焼けた肌によく映える白金の髪を三つ編みにしているため、動きと同時にゆらりと揺れます。
ラティカは私が生まれる五年ほど前に、コブラティカ山脈へ母上が父上と共に山狩りへ赴いた際、拾われた孤児です。しかし、母上が認めるほどの力を磨き、王家に忠信を誓い、今では私付きの侍従となりました。
王家の懐刀とも言われているようで、事実腕前は本当に素晴らしいものです。
一度、弓の手入れをするラティカの後ろに立ったら「我が後ろに立つな」と弓で殴られたことがあります。恐ろしい目でした。常が表情豊かな者ではないため、余計に恐ろしかったです。あれ以降もう後ろに立とうと思いません。殴られたくありません。
ですが、兄弟同然に育った私たちにはいつもよく笑いかけ、優しく接してくれるため、私はラティカを好ましく思っています。
「ヴァイヤ王子は結婚を申し込むつもりで指輪を渡したのに、姉上はきっとそうは思っていないよ。決闘だって喜んでるだけだよ!」
もしこれで、姉上がヴァイヤ王子に殴りかかりでもしたらと思うと……非常に怖い。考えたくもありません。
「己の力で己を奪ってくれようとしている、と解釈していると思われます。王女殿下は婚約にたいして前向きですし、結果はどのみち同じです。気にするだけ無駄でしょう」
黒々とした目で淡々と述べるラティカですが、暗に姉上は決闘したとしても負けると言っています。恐らくそのとおりになるでしょうが、今はそういうことよりも、互いの食い違いが大変では。
「で、でもラティカ……」
「王女殿下は猪突猛進のきらいがある方、今は決闘のことしか頭は考えないでしょう。殿下が言っても、私の特訓に立ちふさがるのですね、と怒られますよ」
「では、ヴァイヤ王子のほうは」
「そうですね、個人的には黙っていたほうが面白そうではありますが、早めにお教えしたほうがよいでしょう」
「だ、だよね!」
椅子から立ち上がり、追いかけようとした私に、ラティカは手で制止しました。
「マスール殿下より声をかけるまえに、私があちらの都合を聞いてからがよろしいかと存じます。殿下自ら声をかけるなど、もったいない所業です。正直お心を砕かれることも煩わせることももったいない。何ゆえ、我が至上の君の殿下が気になされますか。いざとなったら秘密裏にどうにかいたしますが」
そうです、言い忘れておりました。ラティカは私に対して妙に甘いのです。
私に害あれば、もてる手技の全てをもってしてやり返して見せましょう、と言われたことも覚えています。実際、子供の頃、大人しかった私を良く思わなかった者たちを山々の木へ吊るしてみせたこともありました。
何故か姉上による筋力増強に対しては、「素晴らしいお考えです。やりましょう、ぜひやり遂げましょう。私も参加いたします殿下!」とやたら乗り気でした。おかげでこの体格となりました。ラティカも同じだけのメニューをこなしたというのに、私と比べると大分ほっそりとしています。私が大男と称されるならば、ラティカはやや筋肉質程度。己の遺伝子が小憎らしいです。
「相手国に気取られぬよう、飼い殺しにしたいところでございますね」
うんうんと、唇に手を当てて考えるラティカの言葉を聴いて、はっと我に返ります。
私が立てたいのは、ヴァイヤ王子殿下をどうにかする計画ではなく、殿下へ伝えるための方法です。飼い殺しなんて、なんて恐ろしい!
「何を恐ろしいことを、そ、そそそんなこと人のすることじゃないよラティカ」
私の慌てた言葉に、ラティカは優しい顔をしてくれました。ラティカは極端なのです。私、幼き頃は姉上と同じく母上の強さに憧れておりました。今も尊敬はしてはおりますが、なりたいとは思いません。ですが、その言葉を頑なに信じているラティカは、現在もよく母上に挑んでいます。
ちなみに、我が王国では、年間の催しごとの1つに王妃殿下と拳を交える行事があります。未だに勝てた方はいらっしゃいません。大抵母上が気合を入れて拳を放つと、面白いくらい人が飛んでいきます。ラティカも毎年毎年母上に千切っては投げられ続けているのです。
「ふふ、ええ、無論冗談でございますとも。私が一筆いたしまして文をあちらへお送りし、ご説明申し上げましょう」
「本当?」
「我が愛する殿下のためですとも」
「ラティカぁ……!」
ああ、気弱な私にこのような主思いの者が傍にいてくれるとは、天に感謝です。
「但し殿下、一つお願いがございます」
「うん?」
ラティカが目の前で膝を突き頭を垂れました。どうしたというのでしょうか。
「相手を極力刺激せず纏めますが、限界がございます。もし、あちら側より何か聞かれましても、鷹揚に頷き対処していただくようお願いします」
「わ、わかった。頑張るよ」
頷いて言えば、ラティカが笑って顔を上げました。
「はい、お願い申し上げます」
ここ最近稀に見る、ラティカの晴れやかな顔でした。きっと、ラティカも兄弟同然として育った姉上を心配していたのでしょう。少しでも姉上が幸せになれる手助けになれるといい、私はにこやかに立ち上がったラティカと笑いあうのでした。
数日後。
ラティカの言ったとおり、ヴァイヤ王子からお声がかかりました。
ちょうどその日の、母上特別鍛錬が終わった後の時です。
「マスール王子殿下、先日は文をありがとうございました。文にて殿下の侍従殿にはお返ししましたが、やはり言葉でも伝えたく、不躾ではございますが御前に参りました」
「あ、あの、そのようにかしこまらないでいただきたい。私は王候補ではございますが、まだ若輩、未熟者の身です。ヴァイヤ王子は、姉上の婚約者となる方、気を使わなくて結構です」
声が情けなく震えなかったでしょうか。家族よりしゃんとしろと激励を受け続け特訓を重ねましたが、不安は残ります。
「殿下は心が広く、お優しいのですね」
ヴァイヤ王子が空色の瞳を細めて笑みを作れば、周りにいた御付のものから、うっとりとした声が漏れました。真似して私がすれば、獲物を定めてらっしゃるのですかと聞かれました。非常に不本意です。
「ですが、私の不作法があったとは……お恥ずかしい限りです。告白のつもりが、まさかそのような……ですが受けてくださった王女殿下のため、私は、私は頑張ります!」
きりっと言ってみせたヴァイヤ王子ですが、何やら頬が赤いです。何かを思っていらっしゃるのか、さらに赤みを増す顔で、時折頭を振っています。
しかしここは、ラティカと約束したとおり鷹揚に頷いておきました。
私はこの見目のせいか、黙っているだけで威厳があふれているそうです。逆を言うと、話せば台無しなのですが。
「さすがは殿下ですね。私と違い、さぞやあの……ああ、いえ、私は昼間からなんてことを……殿下、お時間を割いていただき誠にありがとうございました。また、お話の時間をもてることを楽しみにしております」
大きく頭を振ってから、ヴァイヤ王子は赤みの納まらぬ頬のまま頭を下げ、その場から去っていきました。一体ラティカは何を言ったのでしょう。今は母上のところに付いているラティカを思って、頭を捻るのでした。
そうしてさらに時が流れること幾日か。
徐々に過ぎ行く日々は和やかに過ごせました。
一方、姉上は変わらず、特訓だといっては走って倒れ、筋力トレーニングをして倒れを繰り返していました。もう一方のヴァイヤ王子は、そんな姉上の傍らに立ち、慈愛あふれる眼差しで、励ましていました。もう立派な夫婦のように見えます。
ただ、よくヴァイヤ王子が「体力づくりは必要なことですね」「持久力も必要でしょうか」「どう鍛えたらよいでしょうか」と私や母上、父上に相談するようになったのが不思議です。姉上の影響で筋肉思考に目覚めてしまったのでしょうか。
ラティカに事の次第を聞いては見たのですが、つまびらかには教えてはくれませんでした。曰く、「清廉潔白な王子殿下には、少しばかり早いことです」とのこと。
そしてヴァイヤ王子が母上と父上に話すたびに、これまた何故かその後で、父上からラティカについて聞かれるのです。ラティカはよくしてくれていますと何度も答えることになりました。父上はいつも微妙な顔をしているのですが、もしかしたら、ラティカの有能さが目立ち、私よりも父上に付けたほうがよいのではと考えたのかもしれません。それは困るので、ラティカを私に下さるようお願いしておきましたが、複雑な顔をされました。
ふう、と息をついたところで、姉上に見咎められました。
「マスール、そのような辛気臭い顔はおやめなさいな」
「……はい、姉上」
姉上の本日の衣装は、白から紺碧へと変わる艶やかなドレスです。母上譲りの鋼色の髪は美しく結い上げられ、見事といわざるを得ません。
姉上は、ようやく、そう、ようやくです。先ほどヴァイヤ王子と話したことにより、行き違いに気づいたようなのです。気づいたのは式場内のことでしたが、いいのです。荒事にならなくてよかった!
体が弱く、決闘など出来なかった姉上が初めて決闘できると喜んでいたので、できなくなるのはひどく悲しいだろうと思っていましたが、今の姉上を見る限りはそうは見えません。
「姉上、決闘は」
「よくわからないのだけど、二人のときにしてくださるそうです。なんでも夜にするとか。秘密の決闘なのでしょうね。月夜の下で大鳥と立ち会ったお母様を思い出すわ」
両手を握って言う姉上は、楽しそうです。結局ヴァイヤ王子は決闘をすることとなったのでしょうか。
「くれぐれも、無理は」
「まあっ、全力でぶつかってきた相手には全力を持って返すべきよ! 私、貧弱な身なれど、心意気まで貧しくはないのですよ!」
それは存じております。
燃える姉上を止めたのは、このたび夫となったヴァイヤ王子でした。
「シャンヒク王女、共にご挨拶に回りませんか」
「あら、ヴァイヤ王子殿下。そうですね、皆様にご挨拶をせねば。マスール、しゃんとするのですよ。己の肉体に恥じぬ心意気を持つのです」
「殿下、失礼いたします。ああ、ラティカ殿がお探しでしたよ。殿下の大事な花が攫われては大変です、お早くお迎えになってください」
そう言って、ヴァイヤ王子は姉上の肩に手を当てて仲良く歩いていきました。
それよりも、ラティカが探しているとは一体何のことでしょう。それと花とは一体。
私が密かに育てていた植木鉢の花たちでしょうか。ヴァイヤ王子に知られていたとは恥ずかしいものがあります。
式場内をそろそろと歩いてラティカを探します。私の見目が見目だからでしょうか、人が押し寄せてくることはありません。おかげでじっくりと探すことが出来ました。
白金の髪はよく目立ちます。式場内の明かりに反射して目に飛び込んできます。
人を避けて歩いて、立ち止まりました。
ラティカが、淑女の礼でお辞儀をしました。
そしてその隣には、母上が椅子に座っていました。
「ああ、我が愛しの殿下!此度の衣装もよく似合っておりますよ」
「マスール、背筋を伸ばせ。顔を上げてこちらを見よ」
深みあり威厳あふれる声で言う母上に従い、ラティカと母上を見ます。
「……え?」
ラティカが何故かドレスを着ています。黄色い品の良いドレスは似合っていますが、ラティカは男では……男ではなかったでしょうか。
確かに、幼き頃より着替えは別、湯浴みも共にしない、寝所には故あって入れないとは言われてきました。それに仮に女子だとして、その、胸元が平原なのですが、そのことは追求しないほうが賢明なのでしょうか。
ラティカはいつもの三つ編みを解き、うねる髪を軽く掻き揚げて笑みを浮かべています。
「あ、あの……」
「この度、我が陛下よりお前に与えよとの仰せだ」
「私は嬉しゅうございます殿下!」
母上はぱくぱくと口を動かす私をみましたが、すぐさま横のラティカを見ました。
「ラティカよ。ただし、そなたは更なる実績を作らねばならぬ。いつか私を倒す日まで事は預かるとも陛下は仰せだ」
「はっ! 試練は乗り越えてこそのもの! 精進いたします! この手に殿下を手に入れるまでは!」
ラティカは臣下の礼をして、きらきらとした眼差しで母上を見ます。母上はそれに満足そうに頷きました。
「その意気やよし! 励むが良い! マスールもだ! よいな!」
「ふぇっ?えっ」
「マスール!」
「はいっ」
母上の言葉に、思わず習性で返事をしてしまいました。私は、とんでもない約束をしてしまったのかもしれません……!
朗々と笑う母上と、膝を付けそれを見るラティカ。遠くから目の合った父上は、何やらハンカチで目元を覆っていました。その傍らでは姉上と義兄となったヴァイヤ王子が仲睦まじく父上に話しかけています。
混乱する頭を落ち着けて、整理しました。
本日、姉上とヴァイヤ王子の婚礼とは別に、私に婚約者候補が出来てしまったようです。