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彼女と俺に視えるもの

作者:有部理生
SFって何かって?
いわく、少女と二人乗り。
いわく、すこし・ふしぎ
いわく、Science Fiction もしくは Fantasy
 びゅうと鳴る、風を切る音。

 彼女と出会った日も、強くは無いが風が吹いていた。

 「今日はどこ行くの?」

 「それは着いてのお楽しみ。そんなに遠くじゃないよ」

 ヘルメットでくぐもる声。

 背中が暖かい。俺よりも大きさは小さいのに熱量は彼女の方が上。

 道に溢れるクルマ、クルマ

 ビルと街路樹が現れては後ろに流れていく。

 きっと彼女はいつものように、後ろでその大きな目をきょろきょろさせているに違いない。

 「昔とはずいぶん違うんだろうな」

 「視てみる?」

 「いや、事故ると怖いからな。着いたらでいいよ」

 いつから週末は二人乗りで出かけるようになったのだろう。

 愛車の後ろに誰かがいる、というのは嬉しくもあり、無事に家まで帰さなきゃ、という責任感もあり。

 おやっさんに冷やかされながらも、よく整備されたバイクで朝方彼女の住む湾岸まではしる幸せ。

 もちろん彼女と一緒に乗るのは最高に気持ちいい。

 結構遠出もする。この夏は館山まで泳ぎに行ったり。

 今回は都内で距離もそんなに無い。少しばかり残念。

 その分ゆっくり歩いて回れるのが利点か。

 「ほい、おまたせ」

 「案外近いのね」

 バイクを駐輪場に入れた。

 いつも彼女はバイクを触る俺を見ている。

 「歩いても行けるかもな」

 「寒いからいやー!」

 「はいはい」

 今日の目的地に到着。

 「高速邪魔ね」

 「そうだね。さて、今回はどうする?」

 「うーん、どうせなら富士山が見たいわ」

 「見えるの?」

 「たぶん」

 俺としては絶対富士山が見たい、というほどではないのだが、見えるとなれば期待してしまう。

 「はい、つかまって」

 「りょーかい」

 いつものように手を繋いで(暖かい)、目を閉じる。

 「今からだいたい200年前にするね。ちょうど化政文化のころ」

 「はぁ」

 「江戸時代だね」

 江戸時代くらいなら流石にわかるが、何々文化というような細かいくくりはさっぱりだ。

 それでも彼女は律儀に詳しい行き先を告げるのを止めない。

 少しは勉強したほうがいいのだろうか。


 「もういいよー」

 再び目に映る景色は、案の定一変していた。

 高架に押さえつけられ薄暗く沈む光景は無く、冬の空から降る陽光が川面をきらめかせている。

 「すごいな」

 いつもながらの俺の驚きに、彼女はどや顔で答える。

 「どーだ! それにしても空が広ーい!」

 やっぱ太平洋側だから冬は乾燥してよく晴れる、と真顔で呟いた後、気持ちいいね、と無邪気に彼女は笑う。

 正直セリフの前半部は江戸時代関係無くて意味不明だが、笑う彼女がかわいいからどうでもいいや。

 吸い込む空気の感触は、冷たく澄んでいる。

 本当にここの大気を自分の身にとりこむわけでないにせよ、張りつめた感じが気持ちいい。

 足元も欄干も、全て木製。足が弾む独特の感触。

 小さい頃行った公園の遊具を思い出す。

 「手、はなさないでね」

 「はなすもんか」

 人通りは結構多いが、誰も彼もこちらに気づくことは無い。

 ここでは俺たちは幽霊とほとんど変わらないのだ。

 自分の身体を割ってちょんまげの人々が通り過ぎていくホラーは、実害が無いといえど御免被りたい。

 よって俺と彼女は互いの手を繋いだまま後退し、欄干にぴったりくっついた。

 「なんだっけ、かせ、かせい時代?」

 「そうよ。寛政の改革の後、庶民文化が花開いたの」

 うっとりと彼女は唱えて、西の方を指さす。

 「ほら、富士山!」

 綺麗に雪をかぶった富士山がくっきりと見える。

 手前には皇居もとい江戸城。

 高速道路のみならず、視野には一つの鉄筋コンクリートの高層建築も無い。

 すばらしい眺めを遮るのは人の頭のみ。

 だから遠くまで見通せる。

 富士山も城も、それ自体は現代とたいして変わりがないにも関わらす、二世紀以上の歳月が眺望を大きく変えてしまった。

 「広重にこんな絵があった気がするなー」

 広重かどうかは知らないが、教科書でこの構図は見たことある気がする。

 人が増えてきた。

 俺はそんなに長身というわけでもないが、通行人より頭一つは抜けている。

 なので景色を見るのに人はそこまで邪魔にならない。

 小柄な彼女はそれでも景色を鑑賞するのが辛くなってきたよう。

 俺は彼女を抱き上げる。

 「ほら、見えるか?」

 「うん、ありがとう。もういいよ、下ろして」

 彼女の足がそっと地面につく。

 よいしょ、というのをこらえていたのは秘密だ。

 「写真が撮れないのが残念よねー」

 「まぁ、目に焼き付ければいいんじゃないか」

 以前に試した時はぼけぼけの、それも現代の光景らしき画像しか撮れなかった。

 写真が残せてもそれはそれでいろいろ面倒だろうし、俺はこれで良かったと思っている。

 記念写真を撮りたい気持ちもわからなくは無いけれど。

 ツーショットは現代までお預けだ。

 風景の堪能から人波の観察に切り替え、暫く言葉も交わさない。

 やはりほぼ全ての男性がちょんまげなのは違和感がある。

 江戸時代なら成人男性が髷を結うのは当たり前で、こちらの感覚の方がおかしいのだとわかっていても。

 時代劇の世界に迷い込んだよう。いや、時代劇がこの光景を再現しているから当たり前なのだが。

 ついでに男の割合自体も多い。

 女性もそれなりにはいるけれど、男と比べて割合が少な目。

 これは学者か歴史マニアだったら泣いて喜ぶ光景なのだろうな、と思う。

 通る人の種類は本当に千差万別だった。

 ここは主要街道の出発点だったと現代でも書かれていたが、旅装束の人もそれなりに見かける。

 二刀差した人を見ると、思わず歓声を上げてしまう。サムライは男の子なら一度は憧れるのではないか。

 大きな桶を二つ担いでいる人もいる。中身は何だろう?

 これだけ人がいて、ダウンジャケットなのはただ二人。ちなみに俺は黒、彼女は赤。

 道行くひとが皆紺や茶、灰の着物を着たり、蓑を着たりしている光景の中では明らかに浮いている。

 あちらに見えないからこそ騒ぎになったりせずに済むのだ。

 過去に一切物理的に干渉できない以上、タイムパラドックスも起きようが無い。

 「戻ろうか?」

 「そうだね」

 また富士山を目に焼き付ける。

 瞬きの後、再び薄暗い現代の橋に戻った。

 城も富士山も、もう何も見えない。

 「あれがこうなっちゃうのが信じられないわ」

 首を振り振り、こちらは石の欄干にもたれかかって彼女が言う。

 「たまにね、いつも見てる過去の光景が本物なのかわからなくなるの。都合のいい幻覚を見ているだけじゃないか、って」

 「おいおい、俺も同じものを視たんだぜ。それに過去視だって言ったのは君だろ?」

 彼女はからかいを含んだ俺の言葉には応えず、無言。

 「大丈夫、俺は信じてる。自分で自分を信じられなくても、俺はあれが本物だって信じてる」

 初めて会って海に引きずりこまれた時はなにかと思ったがな。

 何回も繰り返し過去を視て、直接知りもしないことを、あまりにもたくさんの人間を、あんなに生き生きと表現するのは不可能だと思った。

 過去の風景にも、ちゃんと全ての人に生きている気配があったから。

 「うわくっさーい」

 そう言いつつもまんざらでは無い様子。

 「もう昼だ。お腹がすいたからそんなに悲観的になってんじゃないの?」

 「わたしはそこまで単純じゃないわよ」

 「どうだか」

 彼女はふくれっ面をした。折角機嫌を直してくれたのに、ちょっと言い方を間違えたかな。

 「すっかり身体が冷えちゃった。暖めてよ」

 ぼふん、と俺に飛びついてくる。ありがたいことに、そんなに怒ってはいないみたいだ。

 「あー、暖かーい」

 俺も暖かい。

 「いつのまにか昼になってて、随分長くあっちにいたんだな。食べたい店があるんだが、ちょっと並ぶけどいいか?」

 「構わないよ。とっても楽しみ!」

 そういう彼女は心底嬉しそうだった。

 店まで歩く。彼女はもう高校生活も終盤なのに、まるで子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねてはこちらを見つめてくる。

 カーキ色の騒がしいクルマが脇を通り過ぎた。

 「うるさーい!」

 彼女が吠える。

 過去ってなんだろう?

 さっきの彼女との問答に触発されて、俺はふと考えた。とりとめもない思考。

 異能者が利用される、というのは小説の定番だが。

 過去を視る力なんて、そんなに利用できるものでも無いと思う。

 でも、もし彼女に危害を加えるようなものがあったら、そこから絶対に彼女を護りたい。

 それから、願わくば彼女が孤独に沈みませんように。

 孤独にしない相手は俺じゃないのかもしれないけど、できれば俺がその隣にいられますように。

 「何ぼーっとしてんの! いこっ!」

 ずっとこうやって笑いあえますように。

 いつか、どこかで俺と彼女の様子を誰かが視るのだろうか。

 「すまん、ちょっと考えごとをしていた。おいしいとこだから楽しみにしてるといいよ」

 「了解!」

 まぁ、まずは腹ごしらえといこうか。

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