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三、一手に複数の意味を持たせる

 当時の僕は級位にすれば5級に届くかどうかという実力で、毎日対局を重ねていってもそれは変わらなかった。以前に比べれば碁の内容は良くなったとはいえ、上級者には力の差を見せつけられ、つけ入るすきが無かった。基本的な形しか覚えていないので、少し複雑な局面になると先を読み切ることができない。ここからさらに上を目指すならば、今まで通りの対局をこなしていくだけでは限界があるように感じた。目先に勝ち負けにこだわるだけではなく、上達することを意識して囲碁に取り組まなければならないだろう。今まで僕が読んだ囲碁の本は初級者向けの問題集二、三冊のみだった。それらの問題集は死活の問題が主で、盤面全体を見渡した打ち回しについては書かれていなかった。その死活でさえ大して難しくない問題しか解けない。自分に足りない知識はあまりにも多かった。

 身の回りに上級者がいればその人から教わるのが上達するための有効な手段である。僕の場合はそのような人はいなかったので、情報収集は本に頼ることになる。囲碁の参考書はたくさん出版されていて、布石、中盤戦、ヨセなどそれぞれの攻防について詳しく書かれた本があり、それらを読んで勉強するのが一般的な上達法の一つである。しかし、僕は囲碁を勉強しようという気にはなれなかった。分厚い参考書を読み、そこに書かれている大量の情報をがんばって覚えていくのはあまり楽しそうではない。僕が囲碁を面白いと思う理由は、どのように打つのか考えるのが楽しいからだ。学校の勉強のように模範解答の用意された問題を解くのとは違う。囲碁には無数の打ち方があり、それぞれの打ち手にそれぞれの棋風がある。ただ石を並べていくだけの単純さの中に無限の可能性が存在し、その中でどの一手が最善であるか思考を巡らせることに魅力がある。教科書通りに打つのでは意味がないと思い、参考書は読まなかった。ただし僕がそう考えたのは僕の頭が固かったからかもしれない。囲碁の参考書は学校で学ぶような分野の参考書とは性質が違い、書かれたとおりにやればいいというものではない。書いてある内容を自分なりに消化して自分の棋風に組み込むべきものと言える。この時の僕は参考書の内容をただ暗記してしまうだけになりかねなかった。

 何を考えて打てばいいのかわからず、僕はしばらく囲碁から離れた。ある時、僕はパズルゲームをしていた。そのゲームは七色の石を動かして一列にそろえるゲームで、効率的に石をそろえていくことで点数が伸びるルールだった。少ない手数で多くの石をそろえるにはどうすればいいのか、僕は石を動かすことによる利益と不利益を分析した。動かした石が同じ色の石と直線状に並ぶと利益、違う色の石が並んでいるところに割り込んで邪魔をすると不利益、割り込んでいる石をどかすと利益、というように、石の動きにはそれぞれ意味があった。そして、一回石を動かすことで複数の利益を生むような手があることに気が付いた。複数の状況に対して意味のある一手を打てば、時に一手で二手分の利益を生むことができる。そのような一手を打っていくことで効率が上がり、得点が伸びた。僕はこの考え方が囲碁にも適用できるのではないかと考えた。

 囲碁は盤面が広いので、対局中複数の局面が同時に存在する。今まではそのうちの一つの局面について有効な手しか考えてこなかった。しかし、もし一つの石が複数の局面において効果を発揮するのであれば、その一手の持つ力は大きくなり、少ない手数で大きな利益を上げることができるはずである。僕は再び盤面と向き合うことにした。パソコンに囲碁の対局用ソフトをインストールし、コンピューターと対戦をした。じっくり時間をかけて考えたかったので、その点ではネット碁よりもコンピューター相手の方が気を遣わなくていい。複数の意味を持つ一手を見つけることに主眼を置いて次の一手を考えた。二つの局面が盤上で近接して存在している場合、それら両方に効果がある一手が存在した。また、特に序盤戦において、打った場所から離れているところに石が影響を及ぼすことがあることに気づいた。ただし、それらは複数の場所に影響を与えるものの、個々の局面に与える力の大きさはほかの手より劣っていた。例えるなら、一つの局面について最善の効果をもつ手がもたらす利益を3とすれば、複数の局面に影響を及ぼす手がその単独の局面から得られる利益は2しかない。しかし、その手は別の局面に対してさらに2の利益をもたらすので、合計すれば一手の利益は大きくなる。それを積み重ねていけば、まるで石を打つ回数が増えたかのように大きな効果を上げることができるのであった。

 僕の囲碁は目に見えて強くなっていった。初めは五分程度だったコンピューターからいとも簡単に勝利をあげられるようになった。同時に囲碁がこれまで以上に楽しくなった。僕は覚えた知識を当てはめることよりも自分で戦略を練り考え出すほうが楽しかったので、このやり方は性に合っていた。そして、自分で考え抜いたことが勝利を生み、実力を確実に高めていくことに大きな達成感を得た。後に知ったことだが、このような打ち回しは一般的に手筋などと呼ばれ、囲碁における重要な戦術として認知されていた。僕は囲碁の世界が秘める豊かさと魅力を改めて理解した。

 この考え方は囲碁にとどまらず一般に適用できる。実生活においては目的に応じて様々な種類の利益が存在する。例えば娯楽では楽しむことが、勉強では知識を養うことが利益である。ではそれらを同時に獲得することはできるだろうか。もし自分が楽しいと思えるやり方で知識や技術を習得することができればそれは可能である。そのやり方よりも大きな楽しみを得られる娯楽はあるだろうし、より効果的に学習できる方法もあるだろう。しかし、楽しみと学習を総合して考えると、楽しみながら学習する方法は利益が大きくなるのである。それは結果的に、より少ない時間で娯楽と勉強の双方を達成することにつながる。何時間や何日という規模で考えた場合はあまり差がないかもしれないが、何か月、何年と継続するようなものであれば、歴然たる差がそこに現れる。

 とはいえこの考え方が何に対しても使えるわけではないことを述べておく。これが有効なのは効率を重視する場合である。ふさわしくない場面でその戦術を用いれば、本来の目的を見誤ってしまう。これもまた囲碁にも人生にも当てはまることだと思われる。

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