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相談ごと。
 太朗さん曰く、道路の反対側を“たまたま”歩いていたら、“たまたま”八谷さんがいたいけな少年(注:俺)に声を掛けているのを見て、全速力で道を突っ切り、ガードレールを使って八谷さんの米噛みに膝を叩き込んだのだそうな。

「いや、だってさー。先輩って馬鹿だからぁー、ついに暑さで理性のタガが切れたのかと思ってぇ!」

 あははっと笑う太朗さんの爽やかなコト爽やかなコト。ドコまでも綺麗な顔立ちに似合わない言葉が耳に痛い限りです。
 そんな情け容赦ない言葉にもしたたかに叩きのめされ、ヨロリと立ち上がった八谷さん。心なしか涙ぐみ、憔悴しきった面持ちで服の埃を払う姿が周囲の哀れを誘う。けど、俺もどう慰めの言葉を掛けたモノか分からず…ついついお互いに無言で見詰め合ってしまった。
 けれど残念ながらもそんな俺らを尻目に太朗さんは元気いっぱい、チョーご機嫌。故に、当然コノ場の主導権は太朗さんだ。
 太朗さんは鼻歌交じりに背後にデカイのとチビとを従えて目立ち過ぎる道端を立ち去ると、近くにあった小奇麗な喫茶店に入る。
 ぶっちゃけソノ選択は正直嬉しかった。中に入ると外の暑さとは無縁で、涼しくて非常に心地よい。今までどんだけ息を詰めてたんだって思うくらいホッと息を吐いた。

「あ、先輩。俺、タバコ切らしちゃった」

 トコロが着席早々、有無を言わさぬの神の声。
 休む間もなく無言のまま八谷さんは慣れたカンジで席を立った。どうやら太朗さんは八谷さんを顎で使うコトに微塵も罪悪感がないらしい。
 おっかしいなぁ?水族館で会った時は、凄く先輩思いの人だなって思ってたんだけど。

「大丈夫?」
「へ?」

 八谷さんが店を出た後、突然さっきとは違う柔らかい声で話しかけられて面食う。見れば太朗さんは、コレが本来の表情なのか優しい顔付きで俺に微笑みかけていた。

「先輩…ギャップが激しいでしょう?特に彦根さんが絡むと誰が見たって馬鹿みたいだし。普段の先輩と彦根さんの前の先輩と…どっちが本当なのか困るんだよねぇ」

 貴方もですが?などと思っていると、ふ…と、寂しそうに太朗さんは目を伏せた。

「…まぁもっとも、それでもイイと思ってしまうのは、惚れた弱みだろうけどね。守さん、俺が言うのもナンですけど。実は先輩…結構ムリしてるし。見た目がアレでも案外、打たれ弱いんだよねー。ホント、先輩は馬鹿だから……」

 そう言って、何故か太朗さんは見ている相手が胸を締め付けられるような表情を浮かべた。不思議に思って首を傾げると、少し慌てたように髪を掻き上げて顔を逸らす。

「太朗、さん…?」
「あぁ…俺は大丈夫。先輩はずっと…ずーっと、彦根さんを追っかけてたし。第一、それを知ってて俺は先輩を好きになったんだから。例え誰かを好きであっても、俺はそれをひっくるめて先輩を好きになった…だから、後悔はしてない」

 太朗さんは極自然にそんな言葉をさらりと放ってニッコリと笑う。そんな姿が、目を疑うほどとてもカッコよく見えた。

 本当に、すごく、カッコいい。

 俺は素直にそう思った。

 だって、同性を好きだなんて幾ら顔見知りでも赤の他人に言うのは大変なコトだ。もちろん身内にだって、ついうっかりで言ってイイコトじゃない。

 なのにこの人は、堂々と驚くほど気持ち良くサッパリと口にする。まるで当たり前のコトを当たり前と言うように、どこまでも潔く伸びやかな声で。

 そして太朗さんはすぐさま悪戯っぽく目を細めると、口元に手を当てて内緒話をするみたいに小声になった。

「…なんてね?ココから先は先輩に内緒。じゃないと、直ぐに先輩は俺に気を使っちゃうから。俺……実はコレでも、本当は少し痛かったんだよねー?ソレをあの日、水族館で孜さんに初めて会ってアッサリ見抜かれちゃった。その時まで俺、自分で意識しない様にしてたから。でも、孜さんに言われて気が付いた」

 言葉の内容に驚いて視線を上げれば、男の俺でも思わず見惚れるほど太朗さんは嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせている。

「…それこそ孜さんは、俺に面と向かって馬鹿だってさ?本当の先輩を見ていないと。『ハチはキミが思っているほど、彦根を追って居るワケじゃない』って。人間は思っている以上に…自分を大事にしてくれている人を好きになるって。実体のない影を追うより、感覚のある相手を選ぶって。だから俺は変なモヤモヤが吹っ切れた。だから本当に…孜さんには感謝してるし。あと……ちょっぴり守さんにも」

 はい?

 何でそこで俺が出て来るの?と、思わず驚いて体を大きく後ろに引くと、したたかに椅子の背凭れに背中をぶつけた。

「いてっ」

 すると太朗さんはテーブルに両腕を組んで前のめりに凭れ掛ると、迷う素振りの一つも見せず直ぐに言葉を続ける。

「ホント、水族館での守さんにはマジでビビった。ぶっちゃけ、俺は守さんなんか目に入ってなかった。でもアナタは俺の知っている誰よりもアリエナイ大馬鹿でさ。あの時…もし俺が守さんの立場だったら面倒を嫌って、ソッコーで逃げてましたよ。うん。普通、嫌なものには関わり合いたくないでしょ?けど、守さんは己の信念を…アホなまでに貫く正真正銘の大馬鹿でさ。だから、先輩が損得抜きで守さんに懐くンですよー。だから…」
「はい!?」

 そこで太朗さんは一度言葉を切って、チラリと周囲を気にした後で今より更に声のトーンを数段落とすと再び話し出す。
 なになに!?なに、このもったいぶった間は?

「……友達、やめないで上げて下さい。だって先輩…子供の頃から友達居なかったらしいですから。そりゃ確かにヤクザの親分の息子だったら、親は近付けたくないでしょ?しかも悪いコトに中学以降は自分の親の持つ権力に縋ろうとするヤツラばかりで、気が抜けなったらしいし。だから、守さんが先輩と…友達になってくれてよかった」

 ピタリと目を視線で射抜かれて、なんと返事をしたモノか迷ってしまう。

 しかしその…今、サラリとアナタ、何か重要なコトを言いませんでしたか?
 あの〜…その…普段、聞きなれない単語が聞こえたような…?その、アレですか?えっと、ヤクザの息子とかって……?
 は…はいぃぃぃぃ!?もしかして、ひょっとして、ソレって八谷さんのコト!?
 ぎゃぁぁ!!うそ、うっそぉ!?

「……え、それ…!?えぇぇ!?」

 アノ八谷さんがヤクザの親分の息子!?全っ然、似合わないンですけどッ!

「ま、俺には全く関係アリマセンけど。ね…守さんには先輩の姿って、どう映りますか?」

 そう聞かれて、とっても変な気分だった。
 誰かのコト、そんな風に考えたのって今までなかったから。
 確かに周囲にそういう境遇の人が居なかったし…もしかしたら、俺が知らなかっただけかも知れないけど…だから考えもしなかった。

 親の影がコドモの人生を左右する。
 本人の個性や友人や何もかもを支配する。

 直ぐ傍にそんな世界があるなんて…。

 まるで太朗さんの目は、そんな動揺する俺の心を探るように真っ直ぐ見詰めていた。

「何でもいいですよ。思ったコトを言って」
「いや…思ったコトって言われましても。あー…なんか俺、正直良く分からないです。どうって聞かれたって、俺には見たまんまの八谷さんでしかないし…」

 一生懸命、目が回りそうなコノ状況下で数少ないボキャブラリーの中から言葉を選ぶ。すると、ふいに太朗さんは満足げに表情を緩めると、おもむろにポケットからタバコを取り出して咥えて火を点けた。
 あれ…?アナタ様はさっきタバコを切らしたとか仰ってませんでしたっけ??とか思うも、流石に面と向かって突っ込む勇気は俺にはない。

「うん。守さんなら、きっとそう言うと思ってた」
「へ?」
「俺、実はこーいうのって苦手なんですよー。ホントは話し合うより力でヤリ合う方が性に合ってるンですよねぇ」

 などと、傷一つない綺麗な顔に似合わず物騒な発言をかます。

「ハイ?」
「俺、結構強いですよー?…ま、彦根さんハチ先輩の次くらいに。ッつーワケで守さん、これからもヨロシクお願いしますねー」

 などと言うだけ言い切ると、太朗さんはペロリと舌を見せ、悪戯が成功したワルガキのように子供っぽく笑った。

「は、はははははは…」

 コレはもう、笑うしかなかった。
 ナンだよ、人が必死に考えて答えたってのに!と、僅かに怒りが込み上げたものの…今までの話を聞いた以上、文句を口に出すのは不可能だ。
 逆らわないで置こう。うん、ソレがいい。俺は胸の中で一人、納得の頷きを何度も繰り返した。
 いやぁ…、太朗さん。俺って意外とアナタが思っているよりずっと長いものには巻かれとけ主義ですから。

「そうだ。ところで、守さんが何でこんなトコロに?」

 などと思い出したようにふいに声を掛けられ、しばし忘れていた現在の悩み事がぶり返した。
 ど…どうしようかな?太朗さんに相談してみようか?どうせ彦根や孜先輩は当てにならないし、八谷さんは論外だ。
 少しは迷ったものの、身内にすら相談できない内容だから、誰かにアドバイスをして欲しかったのかも知れない。

「実は…」

 とにかくドコから話せばイイのか分からなかったが、大雑把な今までの経緯と宏二の誕生日のコトを話した。
 相変わらず、アホな守クン。


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