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夏、の悩み。
 翌日、あまりの部屋の暑さで目が覚めた。
 だっらだらと汗が滝の様に流れて、当然の如く不快指数はマックスだ。

「あちぃ…」

 じーわ、じーわ、みーん、みーん、と鳴く蝉の声が一層暑さを助長させている。
 別にさ俺はコレといって蝉が嫌いな訳ではナイ。
 もちろん、ソレこそ五年も土の中で過ごした上に地上でたった数日の命を終える蝉を責めるのは間違いだと分かっている。
 だが頭に一瞬浮んだ言葉は、蝉って殺虫剤でどうにか出来るのかな?って言う物騒なものだった。
 重い溜め息を一つ吐くと、無駄だと分かりつつ額の汗を手の平で乱暴に拭ってみる。兎にも角にも取り合えずクソ暑い部屋で文句を言っていても仕方がない。
 意を決して、俺は起き上がると数ある選択肢の中から、シャワーを浴びる、を実行に移した。
 …どうせ豪胆なウチの母親のコトだ。クーラーなどは軟弱者の考え出した無用の長物!!心頭滅却すれば火もまた涼し!などと言うのは目に見えていた。
 たまに考える。アノお方は一体いつの時代の人でしょうねぇ、と。
 頬を伝う汗を再び手の甲で拭い、至極真面目にウチの家庭に文明の利器が及ぶのはいつの日だろうか?などと思ってしまうのは許して欲しい。
 そんな下らない愚痴を心の中で零しながら、大好きな風呂の次に好きなシャワーで俺は一瞬の涼を楽しんだ後、遅めの朝食を取って家を出た。
 もちろん涼しい場所を求めての行動で在ると共に、昨夜から頭を悩ませているモノの解消を目的としていたのは言うまでもない。
 まぁ、確かに宏二のマンションに行くと云った選択もあるにはあった。でもそれでは意味がないのだ。
 大体、本人を目の前にして何をしろと?
 誕生日なんだって?何が欲しい?とか、パーティやろうぜ!とか言うのか?…ンなん、バレたら元も子もナイだろうが。
 開ける前から分かっているプレゼントほどつまらないモノはない。分からないからこそ驚くし、嬉しいんだ。
 ソコで俺はとりあえず快適な空間に後ろ髪を引かれながらも、どうにかこうにか一駅先まで己の体を運んだ。
 まぁ…とは言っても、位置的に殆んど地元と言っても問題ない距離である為、自転車や徒歩で移動する人が居るのも事実。
 だが敢えて俺は今回、無駄な体力の消耗を回避する為に電車を使った。
 誰だ?いま俺を軟弱者だと思ったヤツは。あのな、考えても見てくれ。駅まで徒歩十分以内と、炎天下に自転車漕いで二十分とどっちがイイ?

 ならば当然、俺は前者を選ぶ。

 電車に揺られて約三分、目の前に広がる光景に思わず目が眩んだ。
 ほんと一駅違うだけで町の賑わいは変るものだ。様々な商品を置いている店、煌びやかなショーウィンド。それだけで不思議と心が少し沸き立つ気がする。
 だがココで注意しなければならいコトが一つ。
 特に俺らの年代、夏になれば人が多い場所に行くとなると、普段より身辺に更に気を付けなければならない時期でもあった。
 世間は夏休み。
 ならば当然、他の高校や中学も夏休み。
 と云うコトは、だ。
 要らないトラブルが起こりやすいと云うコトだ。
 俺は出来るだけ大通りを選び、色んな店を見て廻った。もちろん、一番初めに百貨店と云うのか?駅ビルを全て隈なく制覇したのは言うまでもない。
 次に誰かと来た時は、間違いなく各店舗を解説付きで案内が出来そうだ。なのに何一つ収穫がないまま…気が付けば、ほんの少しだけ人通りが少ない所に来てしまっていた。
 周囲の雰囲気的に俺は不味いなぁ、と思って急いで引き返そうと踵を返すも…運悪く、直ぐに背後から肩を掴まれてしまったのだ。

「よう、ボクちゃん。迷子かな?」
「こんな場所うろついてると…危ない目に遭うよぉ?」
「そうそう、しかもそんな高そーな服着てるとさ、カモられちゃうよー?」

 有無を言わさずに無理矢理振り向かされたので、コイツらが何をしようとしているのかは一目瞭然。
 どうしてだかって?
 そんなの何度も経験済みだからに決まってるじゃないか!俺みたいな見てくれの男が一人で行動する際、少なくともよっぽど運がいいか友人に恵まれていなければ、大なり小なり経験せざる終えない事柄なんだから!!
 どうせコイツ等は俺をビビらせてカツアゲするのが目的なんだろう。俺はこの鬱陶しい状況に巻き込まれた所為で確実に虫の居所が悪くなった。
 それこそあからさまな舌打ちが思わず口を突いて出てしまったくらいだ。

「……チッ…。俺さぁ悪いけど、金持ってないから」
「またまた〜。ンなワケないでしょ?僕らがカラオケ行くぐらい、持ってんじゃないのぉー?」
「そうそう、大人しく出せば駅まで安全に送ってあげるからさ」

 悪いが俺は見た目と違ってハードな家庭環境で育った所為で、格闘技やケンカはからっきしでも、残念ながら負けん気は誰よりも強いんだよ。

「ンなん、お前らにカンケーないだろ?俺は誰かに守ってもらうつもりはネェし、渡す金も持ってネェ!」
「ナニ、このガキ。超・生意気ぃ!」
「悪いコトはいわねぇって、痛い思いしたくないだろぉ?」
「あったりまえだ!どっちもお断りに決まってる!!!!」

 キッと睨みつければ、俺に絡んで来た三人のうちの一人が酷く面白そうに笑った。

「うっわー!ちょーおもしれぇ!!頑張るねぇボクちゃん」
「ちっちゃいのに、ムリしちゃってー!」

 ギャハハと耳障りな声が上がる。
 正直、いまの俺は唯でさえ余裕がナイのだ。宏二の誕生日まで残り一週間ちょっと。なのに、プレゼントの一つも決まらない。
 そんなイライラが出てしまったのだろうか?俺は普段より我慢が利かなくなっていた。

「こンのっ…!!」

 己の実力も省みずに思わず目の前の男に殴りかかろうとした時、ブオンと大きな音がガードレールを挟んで直ぐ傍から聞こえた。
 その爆音に驚いてついついその場に居た全員で見上げると、大きなバイクに跨った酷く大柄な人物がいきなりヘルメット越しに怒鳴りつけて来た。

「オイ、ソコのガキ!俺の連れにナニ因縁つけてんだ?」

 え?俺!?それとも誰!?
 少なくとも俺の知っている大柄な人物は数少ない。だからこそ、こんなにどすの利いた声を発する人物に知り合いは居ないハズ。…と、思った。
 けれども間髪要れずにヘルメットを脱いだ人物の顔を見れば、何てことはナイ。いや、あるか。そこにあったのは八谷さんの顔だった。

「よっぽど死にたいか…それとも、ナンだ?俺とサシでヤリたいってんなら、今回は特別だ。相手してやンぞ?」

 口調も態度も何時もとは全然違う八谷さん。すると俺に絡んでいた奴らはさっきまでの勢いはドコへやら、口の中でごにょごにょと何かを呟いた後、体を九十度に折り曲げて頭を下げると走って逃げて行ってしまった。
 俺はその様子を呆然と口を開けて眺めていた。

「守さん、大丈夫ですか!?怪我とか、変な事とかされませんでしたかっ!?」

 そしてつい今しがたまでとは、まるで別人のように何時もの情けない顔の八谷さんが目の前に居た。しかも、乗っていたでっかいバイクを沿道に止めた上に、わざわざ俺の目線まで体を曲げて顔を覗き込む。
 えっと、ですね。
 アナタ、大丈夫も何も。
 そもそも大丈夫?と聞きたいのは俺の方で。大きく目を見開いたまま、つい無言で八谷さんの顔を眺めていた。

「…………」
「あ、アノ…?」

 そのせいか、ますます遠慮がちに眉毛をハの字に寄せた八谷さんは、オロオロと普段の二割り増しで挙動不審になってしまっている。
 このままじゃヤバイなー、反応しないと大事になるなーと、頭の四分の一だけが起動して、極うっすい反応を返したす。

「……いやー、うん」
「え?」
「いやいや、うんうん。なるほどねー」
「ま、守さん!?どうしちゃったんですか!?大丈夫ですかっ!?」

 更に八谷さんは泣きそうな顔になって、俺に触ろうかどうしようか…忙しなく両手をパタパタと上下に動かして、とんでもなく不審者の割合がアップしているのだから哀れな感じだ。
 だいたい俺が言うのもナンだけど…現在の状況を傍から見たら、さぞや公序良俗に反する光景に見えなくもナイだろう。

 だって。

 俺の左手側にはホテル街へと続く小道がさ、たらぁ〜んと伸びて居るワケよ。下手すると見ようによっては『何もしないからぁ!ね?カラオケだけ、カラオケだけだからぁ』とか、『好きなDVDが観放題だよ?大丈夫、涼しい所で映画鑑賞するだけだから!』などと中学生を勧誘する、アブナイ大人にしか見えない。
 うん、分かってるよー。俺は分かってるから。でもさ…どうやら周囲はそう思ってないみたいだよー?

「え?あ、うん。へいきー」

 人通りが若干、少ないとはいえ賑わいの在る繁華街の外れだ。しかも無駄にデカイ八谷さんだけにアホみたいに目立つ。挙句、悪いコトに通行人がチラリホラリと足を止め始めた。
 あぁ、不味いなーと思った次の瞬間。
 フワリと俺の頬を不自然な風が撫でると共に八谷さんの体が視界から突然消えた。
 ハイ?とか思ってると、たった今まで八谷さんが居たところに、タロウさんが前髪を掻き上げて立っている。

「先輩、馬鹿でしょ?分かってましたけどね。分かってましたよー馬鹿だって。でもね、少しは節度と限度ってモンをわきまえて下さいよね?じゃないと、警察に捕まる前に俺に殺されますよ?」
「た…タロ…」
「弁解も、言い訳も聞く気はアリマセン。せいぜい…」

 八谷さんがプルプルと震える指で俺を指す。太朗さんは釣られるように俺を見た。俺はとりあえずニッコリと笑って太朗さんに手を振ってみる。

「あれ、守さん?」

 驚いたように目を見開いた太朗さんはガラリと表情を変え、目を疑うほど爽やかに八谷さんに微笑みかけた。

「やだなぁ!先輩もそうならそうと、早く言って下さいよぉ!」

 などと何の躊躇いもなく、わざわざ自ら飛び膝蹴りで歩道へと沈めた八谷さんに対し、抜け抜けと言い放ったのだ。
 その時、思わず俺の脳裏には孜先輩の『…タロウちゃんってば誰かさんに似てチョコット意地悪な気性で、性悪で虐めっ子なだけだからぁ〜』と言う言葉がリフレインしていた。

 哀れだ…哀れすぎる……。
 最近、狐狸川の趣味の所為なのか…ハチが可哀相の気がしなくもない。


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