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  作者: 小林 谺
第1部  捕食する側、される側
7/23

7  喰らう者

 思わず凝視した。その科白の意味する所は、何だろうと。

「それにしても、本当に大した事なかったね。不味いし」

 本気で不服そうに双眸を細めるその姿は、食べたお菓子に不満を言う子供の姿と全く同じだ。

 ただ、意味合いが全く違う。

「お前まさか、アイツラを…」

「食べたけど。悪い?」

 あっさりと、それを口にした。完全に開き直ってる。

 生き物を糧にする種族は数多。

 人間も動物を食べるし、時に食べられたりもする。

 それでも、一方が一方を喰らい尽くさないよう、その種が他者に喰われて滅ぶ事のないように。退魔師協会によって、そこに明記されている種族は、同じく明記されている種族の命を奪ってまで糧とする事を禁じている。

 それをした場合、退魔師協会より処罰対象として命を狙われる。

「元々、退魔師協会から処罰命令が出てたし、人を喰ったせいで、人狼一族の掟が優先される事態にはなったけど」

「お前、協会の関係 「所属できるのは15歳以上だよ」……だよな。でも、お前のした事は…」

「人狼側からクレームが来る?」

「そうじゃなくて、お前…。アイツラは、まだ 「そうだね。生きてたね」

 至極、当たり前のようにそれを呟く。

「退魔師協会は 「知ってる。でもね、私の貴重な食料を残らず食べて、しっかり自分の痕跡残しておいたのが悪いし、後の3人に対しては、完全に正当防衛だよ」

 ごくりと生唾を飲み込む。

 何の感情も込められてない瞳が真っ直ぐにオレを見つめている、口調は年に似合わないほど飄々としていて子供とは思えない。人間のフリをしているだけで、実は違うのかもしれない。長寿の種族なんかでは、子供の姿でも何百歳ってのがいるし。

 でも、谷口に対して、自分からすればおじさんだと断言した。

 それなら、多分に見た目どおりの年齢なんだろうが、違和感が有り過ぎる。

 わかっていて、どうして谷口を皮切りに、全員を喰った? 知られれば、自分が退魔師協会から討伐対象になるとわかっていて。

「お前も、アイツラと同じ…なのか?」

 導き出される結論は1つだけだ。

 アイツラと同じように、誰かを喰い、退魔師協会から負われる身なら。更に誰を喰らおうと関係ない。ただ、それでも疑問は残る。

 “喰らう”と一言で済ませても、その有り方は様々だ。丸ごとなのもいれば、一部だけってのもある。有名所だと、血とか、目とか、手とか。

 けれど目の前にいる少女は、そのどちらにも該当していないように思えた。

「あんな三流と一緒にしないでくれる? 失礼だよ。それに…」

 本気で不服そうに眉を顰めてそう呟くと、首を傾げるようにして科白を止める。

 失礼って…。ルールをやぶって平然と人間のフリしてる方がよっぽど失礼じゃねーかよ! ってか、そういう意味で言ったんじゃねー!!

「お前、ふざけた事…って、何だ?」

 双眸を細めて何か思案するような素振りを見せた姿に思わず問い掛けた。

「おにーさん、本気で言ってるの?」

「何がだっ!」

「おにーさんの方が上等な匂いがするんだよ? ―――凄く、美味しそうな」

 絶対零度に下がった声音に、背筋を悪寒が走りぬけた。

 愉しげに歪む双眸、口元に浮かぶのは小さな笑み。

 初めて見た時に感じた、アレだ。

 出会ってはいけない、それに触れてはいけない、見てはいけない。

 本能が、恐怖する。

 知らないうちに“雪”を握る手に力が篭った。

「これって問題だよね。手出し無用なのに、人狼一族じゃない私が手を出した。クレームじゃ済まないかな、流石に」

 クスクス笑いながら、ゆっくりと歩み寄る。

 “雪”の間合いに入っているが、多分、それには気付いていない。

「でも文句言われる筋合いもないよね。私の邪魔をしたし、正当防衛だし。しかも不味いし。逆に私が文句を言いたいくらい。あれだけ騒いでおきながら、この程度なのってね」

 2メートルほどの距離を置いて、少女が立ち止まる。

「おにーさん、それ、使ってもこの距離だと意味ないよ」

 動じた様子もなく告げる。

「威力、知ってて言ってんのか?」

一弥たかやさんに、何度か会った事あるよ」

 は…?

 その固有名詞に、思わず緊張感がぷっつりと切れた。

「何で兄貴に…」

「ここがどこだか、おにーさん忘れてない? それと、将和まさかずさんはお父さんの友達で、弥生やよいさんには、私の都合で隔月ペースで会ってるよ」

「親父の知り合いの娘? つか、ばぁちゃんとも知り合いって…。マジで何者だよ、お前」

「おにーさん。もしかしなくても、甘やかされて育ってるね」

 ぐはっ!

 自分より年下のお子様に言われたくねぇえ!!!

「話を戻すと、それの威力自体は関係ないよ。一弥さんが使っても同じ。空いてると、私に対しては無意味だよ。直接、こない限りはね」

「兄貴が使っても駄目なんじゃ、オレ如きじゃ全然駄目じゃねーか」

「使い手は関係ないよ、その性質に理由があるんだから。―――弥生さんにはお世話になってるし、他の人も知らない訳じゃないけど、お父さんにこれ以上迷惑かけたくないし、仕方ないかな」

「何が…?」

「私が余計な手出しをしたのを知ってるの、おにーさんだけだよ」

「だから?」

「死人に口なしって言うでしょ?」

 歪んだ笑みを浮かべた。

「お前っ!」

「さっきのおじさん達じゃ全然足りなかったけど、おにーさんが美味しいのはわかるし、容量も多い。食欲を凄くそそるよ。それに、お父さんに迷惑かけたくないなら、おにーさんを黙らせるのが1番。と言う事で、おにーさん、大人しく食べられて」

「ふっ、ふざけんな!」

「痛くないから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃねーっ!!」

 叫びながら“雪”を揮った。

 谷口に対して使い切った“魔力”は若干回復してるし、錐崎達には使わないで済んでよかった。つーか、何でアイツラいなくなったのに、オレは変わらず命が危機的状況になってんだっての!? わけわかねーよ、コンチクショー。

「意味ないって言ったのに」

 降り抜いて隙のありまくるオレに、そんな声が聞こえて。

 視線を動かせば、何事もなかったかのように立ってたりする訳で。

「冗談だろ…?」

「これが現実だよ」

「……そういや、さっき、錐崎の攻撃も…」

 消えてた。んでもって平然としてた。……無敵か? いや、でも、それなら、襲い掛かられても何もする必要はない筈だよな。なのに動いてて、つーか迎撃してた。錐崎だって片手で簡単に押さえつけてたし、どんだけ馬鹿力なのかと…。

 ………て、あれ? ちょっと待て。

 何だ、何かひっかか…―――って! 何か来たーっ!?

「おい! あぶねーだろ!!」

 言いながら“雪”で払って、後方へ跳躍して交わす。伸ばされた右手は宙を切って、愉しげに笑う。

「おにーさん、頭大丈夫? 私、おにーさんの口封じをしようとしてるんだけど?」

 そうでした……。

 まるで、肩に付いたゴミとかムシを払うって感じだよ、ちくしょう。つーか、真面目に、アイツラよりコイツのが、思考回路が危険極まりない気がするのはオレの気のせいか?

 普通、そんな理由で世話になってるヤツの孫とか、知人の息子とか、弟とか、命狙わないっつーの!

「怪我はもう綺麗に治ったみたいだね。おにーさんの方が上等だし、ちょっとくらい抵抗しても構わないよ。面白そうだから」

「子供がそんな事言わない!! 可愛げが全然ないっ!」

「別におにーさんに可愛いと思ってもらわなくて構わないよ」

 あっさりと……。

 どんだけ曲がってんだよ、コイツ…。

「逃げてもいいよ? 逃がす気はないけどね」

「オレは、逃げ切る自信が全然ない」

「負けを認める発言だね。おにーさん、ヘタレ?」

「っさいわ!! こんな知らん土地で、地元のヤツ撒ける訳ねーだろ!!」

「ああ、なるほど。でも、私が追いつけないくらいの速度で逃げつづけたら、エネルギー切れて追いかけられなくなるよ」

「そんな少ない可能性…―――って、エネルギー切れ?」

「そうだよ。でも、まぁ……匂いは覚えたし、そうなる前に捕まえる自信はあるけどね。狙った獲物は逃がした事ないよ、一度も」

 言いながら、一直線に向かって来るわけで、後方へ飛びつつ逃げるオレ。

 ……情けなっ! んでも、全然殺気とかねーし、冗談なのか本気なのか微妙…いや、マジなんだろうけど。多分。

「狙った獲物って、狩猟でも趣味なのかよ。オレよりガキのくせに」

「確かに。おにーさんより年は下だけどね……、こういうのの経験値は間違いなく私の方が上だし、場数も踏んでると思うな」

 そういいつつ、右に回りこんで蹴り入れてくるのを交わして、“雪”を正面に構えて距離を取る。そこに手刀が飛んできて、“雪”で払おうとすると向こうが避けるし、キリがねー。

「いや、ガキが何言ってんだか」

 軽く笑って余裕たっぷりに言い返したが、実際は結構ヤバかったり。

「私、5才の頃から、退魔師協会の仕事を斡旋して貰ってるんだよ」

 口もアレだが、手も足も出るし、どういう教育受けてんだよ、このガキっ!! 口調に反して殆ど無表情だし、それが逆に怖ぇんだよっ!! ちっさい分、リーチが短いからそこだけは助かってるけど!

「ったく。2年かそこいらじゃねーか。それにどうせ、保護者同伴だろ」

 その科白に物凄く不服そうに眉を顰めて、距離を取ったオレを追わずに立ち止まる。

「小さいのは認めるけど、凄く失礼だね、おにーさん。私、これでも中1なんだけど。それに単独だし」

「はぁあ!? 何寝言言ってんだよ! お前のどこが中1なんだっつーの!! しかも単独とか有り得ないし!!」

「誕生日はまだ来てないから12才だけど、この山を東に下ったところにある、錫ヶすずがはら学園の中等部に在籍してるよ。1年2組」

「聞いてねーっ!! ってか、斡旋も何も、所属してないヤツに 「お父さんにお小遣い稼ぎで分けてもらってるんだよ。1人で行く前は、お小遣いはなかったよ」

 おいおいおいおい。お前のオヤジは何を考えてる!! オレんトコよりひでぇじゃねーか! 違う意味でっ!!

「それに、狩猟っていうよりは、食事に出かけてるだけで、別に退魔してるのとも違うんだけどね」

 暢気な口調で言いながら、地を蹴る。

「食事ぃ?」

 伸ばされた手を交わして、右に飛び退いて、再び距離を保つ。後を追って来るのに対し、“雪”を右手に構えて…―――ちょっと、待て。食事?

「そうだよ」

 即答し、迫る姿に、一線。居合抜きのみで。

「食べないと、死んじゃうでしょ?」

 簡単に上へと飛んで避けてから、当然のように科白を続けた。

 ……避けた。前は動かなかった、でも、今のは避けた。って事は、だ…。

「そうだな。わかった、やっと」

「何が?」

 立ち止まり、オレを眺める姿は、ただの子供だ。どこをどう見ても。いや、やっぱり中1にはどうしても見えないけど!

 それでも。つーか、年の話はおいといて。

 右手をメガネに伸ばす。……真面目に、すげー確認するの嫌なんだけど。多分に、オレの予測が当たってれば、つーか、絶対そうだと思うんだけど……。

「メガネ、壊れたの?」

「いんや。これ、ばぁちゃんお手製だし、そう簡単に壊れないから」

 言いながらメガネを外して、―――自分の存在が抹消される未来を再確認した。

 そこにいたのは、先ほどとは全くの別人だ。顔は同じだけど。まとう気配も別物だ、メガネがないとよくわかる。直に見えるから。隠してても、化けてても、間近で見れば、わかる。

 漆黒の髪と眼は、その色を変えていた。

 白髪、紅眼。

 雪のように白い髪と、血のように紅い眼。

「―――“霊喰い”」

 呟く。

「非似の色合いはあるが…。そこまで交じりっけないのが現す存在は、1つだもんな」

 心底納得したオレの科白に、拍手が返った。

「見えるんだ? やっぱり、おにーさんの方が上等だね」

乃木月乃のぎ つきのだな? 現存する、最後の“霊喰い”」

「そう、正解。名前まで知ってるなんて、やっぱり弥生さんの孫だね」

「ああ。ばぁちゃんに聞いた事あったし。―――過去に例を見ないほど、強いってな」

「お陰で、日常生活に支障をきたしてるよ」

「そうは見えないが」

「動くのはね。でも、足りないんだよ、全然。普通の人間を生活をするのにね。満腹感とか味わった事ないし、ヘタに動くと、すぐにエネルギー切れちゃうんだよね。そのまま食べられないと、死ぬし。やせ細って、弱って、餓死する訳じゃない。残量がゼロになったら餓死なんて、滑稽だね」

 1歩、踏み出す。

「“霊”を喰らう事で躰を維持する、“霊喰い”。霊体だけでなく、霊的エネルギー、はてには、生きてるヤツの魂すら喰らう者。それゆえに、付いた字が、死神。―――なるほど。最高消費者か、確かにそーだな」

「それで? 対処法は、当然変わるんだよね?」

「どーしても、喰うってか?」

「うん。だって、美味しそうだから」

 即答かよっ!!

「いや待て、口封じっていうなら、オレが黙ってれば済む話だし」

「それただの口実だから」

 あっさりと暴露しやがったよ!

 わからなくて当然だよ、こんなの。ばぁちゃんに聞いてたのと話、全然違うし。どこがいい子なんだよ、コレの何処が!? あんたの孫、喰われそーになってるっつーの!! 孫娘同然のように気に入ってるとか、実の孫の命がヤバイっつーのっ!

「それじゃ、続きやろうか」

「オレが勝ったら見逃してもらうぞ。お前の事は黙っておくから」

「命狙われてるのに、優しいね。甘いって言われない?」

「っさい!」

「それで、どうやって勝敗決めるの?」

 スルーかよ!

「……オレかお前が、ダウンするかで」

「わかりやすいね、いいよ。まぁ、あんなおじさん達相手に苦戦してるおにーさんに、私が負ける訳ないんだけど」

 ……あれだ。オレが勝ったら、黙っておくけど、その性格、矯正するよう言おう。

「オレはまだ死にたくないんだよ」

「さっき殺されかかってたのに」

 ぐっ…。

 普通にぶん殴りたい。つーかどこをどうやると、ここまで見かけとかけ離れた性格に育つんだっつーの!!

「オレが勝ったら、ケツ100叩きも追加する」

「セクハラ」

「安心しろ、お前みたいなお子様に興味はない」

「興味があろうとなかろうと、やられた本人がそう感じたらセクハラになるんだよ。知らないの?」

「勝敗に組み込んでるんだ、ただの敗者への罰ゲームだろ。それとも何だ? 口で言うほど勝つ自信がないってか?」

「おにーさん、挑発ヘタだね」

「……うるさいよ」

「慣れない事はしない方がいいよ。どう見ても、おにーさんは、いじられて、からかわれるってキャラだよ。残念ながら」

「っさいわ!!」

 “雪”を右に構えて走り、振り翳して斬りかかる。

「正直な反応だね」

 言いながら右へと避けて“雪”は宙を斬り、すぐに後を追って右斜めに斬り上げるがやっぱり宙を斬る。だが、今度は相手の手が伸ばされて“雪”で払おうとしたら、後方へ跳躍して逃げられた。

「“雪月花”は便利だよね。扱えるなら、担い手の意思で、他人の“魔力”を取り込めるんだから」

「お前にはかなり有効な手だろ」

「当てられるならね。先に言っておくけど、白羽取りなんて馬鹿な真似しないよ? 以前、一弥さんとの模擬戦で痛い目見てるからね」

 何っ!?

 兄貴ぃ~~~っ!! 余計な事をぉおおお!! 兄貴のせーで、兄貴曰く可愛い末っ子は帰らぬ人になる確立が更に上がってるよ!!

「それと、忘れてるみたいだけど。私、三流とは言え、人狼4人分の蓄えがあるからね」 

 ………。

 そ、そういえば!? 谷口を皮切りに、丸々喰ってんじゃねーかコイツ…。

「稀に見る強い“霊喰い”ってのは、嘘じゃないってか」

「おにーさんが本気じゃないからわからないけど、今のおにーさんなら、食べても、全然余裕あるよ」

「さいでっか。つーかアレで満足してくれねぇ?」

「嫌。不味かったし、足りないし。おにーさんは美味しいから、口直しにもってこいだよ」

「それはどーも」

「どういたしまして」

「“雪”!」

 フェイントを2発入れて、“魔力”を通して、直斬り。捕らえた!

「“ヘキ”」

 ばちって音がして、“雪”が停止する。眼前で。

「符術っ!?」

「乃木家は、今は術師の家系で、符術は、両親とも得意な上に、母さんの実家ではお家芸だよ」

 淡々と解説するその左手の符咒は、自然の法則に逆らって、直立で、静電気みたいなのを発生しながら、 “雪”を塞き止めてる訳で。

 どんだけ効果発揮してんだよ、“雪”を防ぐって!!

「何で“霊喰い”が符術なんか使うんだよ!!」

「便利だから」

「必要ねぇだろ、全然全く! 触れるだけでいいのにっ!! つーかそんな“霊喰い”ありえねぇ!」

「わかってないね、おにーさん。そんなだから、昔の“霊喰い”は人間に殺されたりしてたんだよ。それだけだったから。物理攻撃に弱いのわかってるのに、防ぐ手段を手にしなかったせいでね。ちなみに、私が覚えたのは便利だからだよ。符術って言っても、これしか使えないけどね。壁を創るだけ、でもそれで十分でしょ?」

 別の符咒を右手に、上目遣いに薄笑みを浮かべて、

「獲物を逃がさないためにするには」

「ふざけんなっ!」

 “雪”に込めたモノを四散させて眼くらましをし、後方へ飛び、間を取る。何てーか、こっちの飛び道具効かない時点で、間合いとるのはどうなんだよって感じはするが、居合抜きだけなら避けるってことは当たればダメージがあるって事だろうし。

 てか、普通にぶん殴りたいんだけど。

「やっぱり“雪月花”は凄いね。符咒が一回でぼろぼろ、これ、お父さんのお手製なのに」

 呟く科白に、思わず頬が引き攣る。

 父親って、アレか。乃木管理者にして、北斗以外のSSクラス。そのお手製符咒ってか。 ……つーか、凶器、子供に持たせるなっての。

「使う時と場合を心得てるから、凶器にはならないよ」

「人の思考を読むな!!」

「おにーさん、正直に顔に出すぎだよ」

 右手に符咒を持ったまま、地を蹴る。

「お前は無表情の上に尊大で慇懃無礼で、性質が悪いわっ!!」

「酷いな、そこまで言われる筋合いないよ。“壁”」

 斬り付けた“雪”を符術で防いで、左手を伸ばし、

「ちっ!」

 半身になってすんでで避けて、そのまま後方バクテンジャンプで上空へ逃れる。

「携帯鳴ってる、お父さんかな…」

 音は聞こえないが、そんな暢気な事を口にして右手の符咒を、投げる。ペらッペらの紙の筈のそれは、硬い長方形のモノであるかのように真っ直ぐオレ目掛けて飛んで来たから交わし、

「爪が甘いね、おにーさん」

 そんな声が届いた。

「“壁”」

 その言葉と共に、オレの顔の右横で、正面が見える状態で、符術が展開する。

「がぃっ!?」

 右肩を寸断するように壁が展開し、オレはそのまま落下した。

 で、落下地点に悪魔が駆け寄ってるわけで、もう必死に“雪”を縦にして、―――錐崎を吹っ飛ばした蹴りがそこに炸裂した。

 勢い付いたまま斜め上空に吹っ飛んで、再び落下。葉っぱが受け皿に……なるわけもなく、若干衝撃を和らげてはくれたものの、その分、枝にダメージを負わされて、最後に強かに背中を打って終了。

 一瞬、呼吸が止まった。

「勝負ありかな?」

 動く気配はなく、そんな事を聞いてくる。顔を声のする方へと向けると間に木の幹が1つ、どうやらあっち側から飛ばされて、こっち側へってか。どんな蹴りしてんだっつーの…ガキのくせに。

「…オレが左に避けるように、投げたんだな。右に避けて展開したら、心臓寸断で即死だから」

「うん」

「マジで、場慣れしてんだな。普通、あんな風に壁造る符術は展開しない」

「基本的に身を守る術だからね。尤も、事前準備がないと流石に四方には張れないけど。でも獲物を逃がさないためなら、一面で十分だから、ぶつかってる間に追いつけるし。生きるためにやってるから、私も必死なんだよ。まだ、死ねないから。どうしても」

「そっか」

 それでも放さなかった“雪”を手に、背後の木に寄りかかるようにして状態を起こす。

「丈夫だね、おにーさん」

「……オレも、まだ死にたくないんだ」

「そう。それじゃ、仕方ないね」

「ああ」

 背後で気配が動く。急ぐ気はないのか、ゆっくりと歩いてるらしい。

 ったく、余裕だなぁコンチクショー。

 ああ、でもまぁ、しょーがねぇかぁ。

「―――ちっと待ってろ。すぐに済むから」

「何が?」

「足りねえんだろ?」

「どういう意味?」

「オレもさ、ばぁちゃんに頼んでかけてもらってんだよね。これ。自分でだと弱いから。ただ、今、空っぽだから、不安は残るが」

 近付く気配が止まる。

「どうせ喰われるなら、全部持ってけよ」

「負けを認めるって事?」

「もうちっと粘れっけど、その分、消費するし、色々。そうすると、お前の取り分減るからな。こっちに逆転のチャンスはねーし、そうした方がいいだろ」

「随分潔いね」

「お前じゃなかったら、“雪”に全部喰わせて、暴走さて、このヘン更地にすんだけどな」

「そうしたら? 多分、私にそれ、避けられないよ」

「それだとオレも死ぬから。それに、どっちかがダウンするまでってルール決めただろ。オレが先にダウンした、それだけだ」

「そう」

「あー…10年ぶりくらいだなぁ、元に戻んの。2度とねぇと思ってたけど」

 左手の“雪”を眺めて、柄を握りなおす。

「“雪”、頼んだ」

 刃を腹に差し入れる、所謂、切腹。

 ………ギャグでも何でもないから、笑うなよな。

 “雪”は喰らって力を発揮する、基本、“魔力”を。だから、オレの躰にかかってる術を解くためにやっているんであって、斬ろうとしてる訳じゃないから、躰に傷は付かない。まぁ、どういう原理なのかはさっぱり不明。五体満足だったら真っ当な方法取るが、右手使えないからこの方法にした。1番手っ取り早いしな。

 ―――右肩の痛みが遠のく感覚、自分の気配が遠ざかる感覚、枯渇する感覚。

 俯き加減だった顔にかかる前髪の色が変化し、視覚もこれまで以上に見えるようになって、気配すらも様変わりするのがわかる。

「おにーさんの方が、やっぱり上等だよ」

「そりゃどーも」

 軽く答えて、顔を上げて幹に寄りかかる。やっべ、予想よりキツイ。

 “魔力”が枯渇してて、さらに重症だもんな、元に戻るって、両方ぴんしゃんしてれば平気でパワーアップなんだろうが、この状態だと逆に負担か、やっぱり。右手は沈黙しっぱなしだしな。つーか肩の傷が全く痛くないんだが。あれか。もう死ぬか、オレ?

 俯いて、ゆっくりと、“雪”を引き抜く。

「乃木月乃。全部、お前に、くれてやる」

「うん」

 返事がして、近付く気配。

「ぁー…出来れば、急げ。あんま、もたねぇ」

「大丈夫そうだけど?」

「少しはな」

 伸びた両膝の上に、横に“雪”を置いて。

 “雪”との付き合いも10年を数える。長いのか短いのか、わかんねーけど。まぁ、お陰で、最後にちょっとは面目躍如って感じだな。“雪”を預かってなかったら今回来なかったんだし、オレが片付けた訳じゃないからそこは情けねぇけど、伝わる話ではオレが4人を片付けたって事になりそうだし。

 足音がぴたりと止まる。

 視線だけを動かすと、小さな足が視界の隅に入った。

 せめて、中学くらいは卒業したかったけどなぁ…。ま、しょーがねぇな、自分で言ったんだし。他にも何か手はあったのかもしれねーけど、オレの頭じゃアレが精一杯。

 むしろ、あの4人を瞬殺した相手に、持った方だろ。ははは、情けねぇのは変わんねーけど。あー…いい感じに気も遠くなってきた。傷は痛まないし、苦しくはないから。

 死ぬってイマイチわかんねーけど……―――まぁ、いいか。ただ死ぬんじゃなくて、他人の寿命延ばすんだし。蹂躙する相手じゃなくて、しっかり負けを認めた相手に。それに…ばぁちゃんのお気に入りだかんな。うん。

 尤も、気休め程度にしかなんなさそー………―――って。

 いつまで立っても、手が伸びてこない。そこにいるのに、何もしない。

「どーした?」

 躰に力が入いんねーな、もう。

 右に躰を傾けるようにして顔をあげる。

「―――は?」

 完全に気の抜けた、間抜けな声が出た。

 だって、予想外もいいところだ。

 半ば茫然と、オレを見下ろしていた姿に、眼があって、本気で驚いた顔をした姿に。

「そーいう、顔、出来んのか、お前」

 思わず苦笑する。鉄面皮かと思ってたのに、意外すぎるな、こりゃ。

 年相応の、驚いた顔。お子様全開で、ぽけっとしてるし。

「ど、して…?」

 呟いたのは、本当に小さな声で。表情そのままに、驚いた子供の声。さっきまでの淡々としたしゃべりはどこいったやら。

「何、が?」

「だって、それ、私と、同じ色…。人狼なのに、何で、銀髪じゃないの…?」

「ああ。オレ、なりそこない、だから。オレだけ……母さん、と、同…じ…」

 ぐらり、と躰が更に右に傾いた。

「早く、しろよ。…先に、死ん、じ、まう…ぞ」

 そのまま倒れてくのを止められなくて、意識もどんどん遠ざかって、何か言ってるけど、もーわかんね。判別無理。完全にぶっ倒れて顔面打ったけど、痛みはなくって。

 視界がブラックアウト、眼が空いてるんだか閉じてるんだかもわかんなくなって。

 あー……無理。

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