1 嬉しくないご指名
気まずい。
何が気まずいって、この部屋の空気。
24畳あるこの和室、電気も付いてて明るいのに、その空気は重い。
一番の原因は、険しい顔をして眉間に皺寄せて、あぐらをかいてる、親父。
向かい合ってるオレの事も考えて欲しい。
ただでさえ心臓に悪い話を今さっき聞いたばかりだって言うのに、まだ気難しい顔をしてやがるし。
そろそろ何か言ってほしいんだけど。
「仕方ないな」
読まれた!?
ぎくりとしたオレをそのままに、親父が「はぁあああっ」と大きく息を吐き出した。
「人手が足りない」
「いや、足りなくないだろ?」
「足りない。自分のトコの不始末だ、こっちでカタを付ける必要がある」
「……現地に任せるって出来ないのかよ?」
「出来なくもないが、そういう訳にいかねぇんだよ」
って、行き成り素になんなっ!!
じろりとオレを睨んで、もう一度、溜息。何だよそれ、どーいう意味だっ!?
「お前、何でここにいるかわかってるよな?」
「呼ばれたから」
「その理由だよ、理由」
ぐっ。
……わからないでも、ない。
視線を右足へと落とす、そこにあるのは一振りの刀。親父からの預かり物で、オレのじゃないそれ。
「そーだよ、それだ」
げんなりと声をあげる。つーか人の視線の先を追うなよ。
「で? オレにどうしろって?」
「それ持って言って来い」
「あっさり言うなーっ!!」
「しょーがねぇだろ。仕事だ仕事」
「いや、オレ 「つべこべ言うなよ、シメるぞ?」
くっ…実の息子を脅す親がどこにいるんだよ。―――て、ここにいるわな。
「しょうがねぇだろ? 話を通した矢先に、コレだ」
ぺらぺらとA4サイズの紙をうんざりしたように振って示す。
さっき聞いた、心臓に悪い話ってのがソレ。
「無闇に人を襲い、喰った。ったく、バカかっての。ニュースでガンガン報道されてるじゃねぇか、こっちの立場も考えろっての」
そんなモノ考えてるなら、そもそも掟破って出てかねぇって…。
「何だ? 何か言いたい事でもあんのか?」
「別に。ただ、問題になったのオレは知らなかったけど、その時の事考えたらこうなるってわかったんじゃねぇかなって思っただけ」
「まーな。協会の方にも注意は呼びかけてたんだがなぁ」
その結果がコレか。
―――23才女性、獣に食い散らかされたようなバラバラ死体で発見。
今日は朝からそのニュースだよ、どこの報道でも。
「ま、そういう事だ」
「どーいう事だっ!!」
「言わねぇとわかんねぇのかよ? ったく。被害がなければ、発見地の管理者に任せる。その流れでよかった。だが、アイツラ掟を破った。ここを出て行く時、更にコレ。むしろこっちのがひでぇな」
「確かに、それは酷いとは思う」
追ってなら、業界関係者なら、ともかく。何の関わりもない一般人、それを、自分の欲望のままに屠った。
「んで、こっちでカタをつける事になった。該当区域の管理者にはこっちから話を通してあるから、行って来い」
「何でオレなんだよ…」
「人手がた足んねぇんだよ。逃亡者は4人、現在進行形で追ってもかけてある。だが、コレの犯人は1人だ。それをお前に当たらせる。こいつだけでいい」
「そいつって 「ああ、三知をかわしたヤツだな」 ……やっぱり」
あっさり言うなよコンチクショー。
「オレにどうこう出来ると思ってるわけ?」
「2人組だったからなぁ」
うぉい!? 暢気な口調で言うなよっ!
つーか視線オレから逸らしてんじゃねぇか!!
「ま、何とかなるだろ? むしろ、何とかしろ」
「無責任な事言うなぁあああっ!! 親父が行けばいいだろ!」
「それが出来たらとっくにそーしてらぁ。できねぇから、こーして、末っ子のお前に頭下げてんじゃねぇか」
下げてねぇええええ!!
全っ然、下げてねぇだろ。すっげー上から目線じゃねぇか!
「出来ねぇって?」
「無茶だろ、幾ら何でも…―――オレなんか」
「あっそ。んじゃ、ソレ返せ」
指差す先は、オレの右膝。じゃねぇ、刀。
確かにコレは親父の持ち物で、オレのじゃねぇから、そー言われたら返すしかねぇんだけど…。
「元々、お前が持てる代物じゃねぇのに、オレがお前のためを思って貸してんだからなぁ。そこんとこわかって欲しいよなぁ。色々大変なんだぜぇ? 他のヤツラから言われてよぉ」
泣き落としかよ、上から目線の。つーか結局脅してんじゃねぇか……。
何だよコレ。
結局、アレか? オレが行くしかないっていうパターンか?
「どーする? 返すか? 行くか? 男なんだからはっきりしろぃ!」
この場合、男とか女とか関係ねぇだろ…。
何だよこの傍若無人ぶり。
いつも思うが、本当に、無理難題言い過ぎだよ、この親父。
しかも我儘だし。
我が親ながらどーしようもねぇっつーか…。
「おい、返事」
言いつつ、何で右手をこっちに出してんだよ。無言で返せっつってんじゃねぇか。しかも半目で睨むなよ、こえぇんだよ、親だけど!
「………わかったよ」
「何が?」
「行けばいいんだろ、行けば!」
「最初から素直にそー言えよ」
「………行きたくて行くんじゃねぇよ、脅されて行くんだよ、オレは」
「誰も脅してねぇ」
あっさりと、あっさりとぉお!?
脅してない顔か、それが! 思いっきり睨んでるじゃねぇか!!
「で、どこだよ、場所?」
「あ~。アイツラな、多分に調子に乗ってるだろうからなぁ、移動してねぇだろうな。一応、外に出さないよう管理地囲むように結界張ったっつってたから」
は?
管理地囲むって、どんな巨大さだよ。つーかそんなもん作れる腕があんなら、アイツラ簡単に捕まえられるんじゃねぇの? それとも何か? 結界だけは作るの得意なんですけど、戦うのって苦手なんですよねー(はぁと)とか、そういうパターンか?
やってらんねぇ。
「何暴走してんだよ」
「人の思考に突っ込むなよ!」
「いや、お前が何考えてるかは知らねぇが? 顔に、やってらんねぇ、とか書いてあんだが?」
………。何この親父。
「ま、いいやな。管理者も忙しいんだよ、あっちこっち、管理地外からも仕事入るからな。オレよか忙しいだろ、多分に」
「……親父と同じヤツ?」
「いや? ま、“北斗”以外で国内唯一のSSクラスだからな。しょーがねぇ」
人間じゃねぇな、それ。
どう考えても人外だ、どこの種族かはわかんねぇけど。
「“北斗”と違って自由に動き回れるから、あっちこっちから引っ張りだこなんだよ」
「ああ、なるほど。親父ら、誓約あったもんな」
「一応組織の要だからなー。ああ、メンドくせぇ」
メンドくせぇっつってるよ。いいのかよ、それ…?
協会トップの人間がコレでいいのかよ、絶対間違ってるだろ…。
「じゃ、そういう事で」
「場所聞いてねぇよ?」
「統京、第3指定26区」
「報道のあったトコだな」
「そ。結界に引っかかったって話が来てねぇから、まだ、そん中にいるはずだ」
「広い」
「まーそらな。3市3町2村だからな。広いだろうな」
「もう少し範囲狭まらないのかよ?」
「……1市2村ってとこか」
「狭まりすぎだろ!?」
「身を隠すなら森の中って言うだろ?」
「木だよ、木!!」
「細けぇ事を気にすんなって、男なら」
「どこがだよ! ってか、関係ねぇって、男とか!!」
「ま、とにかくだ。その3つの中心が山だから、そこだろ。多分に。調子こいてるからなーアイツら。ま、追って振り切ってあっちの方まで逃げてんだ、そら、調子にも乗るだろうなぁ」
「……返り血浴びた格好、街中じゃ目立つからな」
「そういう事」
「管理者の名前は? 一応、挨拶くらいはした方がいいんだろ?」
「必要ねぇよ。話は通してあるし、こっちでさっさとカタ付けねぇと、向こうが出ない訳にいかなくなるから。そうなると、オレの立場以前の問題になるからな」
「一族の問題になっちまうって事か」
「そーゆう事。だから、あっちとしても、手を出せないってのもある。今んとこな。…ったく、コレが無けりゃぁなぁ、もう片付いてたんだろうがなぁ」
ぺらぺらとA4の用紙を忌々しげに眺めて、弾いた。
この親父、これでよく一族のまとめ役とか協会のトップとかやってられるよな。
どこをどう見ても、ちょぃ悪親父ってか、ただのヤンキー………ああ、ヤンキーのヘッドってヤツか。
ちらりと親父を見てみる。けっとか言ってる、けっ! って。
うわぁ、すげー似合ってる。ハマリ過ぎ、絶対そっちのノリだ。暴走族だよ、間違いないよ、この親父。
「ま、一応言っとくか。危ねぇっちゃ、危ねぇから」
「は?」
「乃木の管理地なんだよ」
「乃木? ……って、あの乃木?」
「どれを考えてんのか知らねぇが、多分そうだ」
「わかんねぇのに頷くなよ!」
「んじゃ何だよ?」
「聞くなよ! ……五大霊場の一つじゃなかったか? 乃木って」
おぉ、親父の目が丸くなったぞ?
どういう反応だ、これ。喜んだらいいのか?
「…よく覚えてたな」
「ばぁちゃんに聞いたから」
「オレの話じゃねぇんか」
「親父に聞いた事あったっけ?」
「した」
「初耳だ」
「いや、話したね」
「聞いた覚えない」
「言ったつぅの!」
「知らねぇっての!!」
「強情だな」
「親父に似たんだろ」
「……はー。沙夜、聞いたか? すっかり小生意気に育ちやがったよ、この野郎は。親を親とも思わねぇんだからよぉ」
「母さんの写真に泣きつくなよ……」
気持ち悪いから。
大の大人が…って、親父、本当にデカイ筋肉質な男だし、それが写真に頬を摺り寄せながら泣きついてたら気持ち悪いだろ? 普通に。変わって写真の中の母さんの時間ってば13年前で止まってて、40代そこそこで、息子のオレが言うのも何だけど、めちゃめちゃ美人なんだよ。何でこの親父と結婚したのか未だにわかんねーっていうか。
ま、流石に声に出して言えないがな。チキンって言うなよ! 親父キレたら、オレ殺されかねねーんだから! マジで。
……って、何でこっち見るか!?
「沙夜~」
ちがっ!! 擦りよって来んなーっ!! 人違いっつーか、性別すらちげぇ!!
がっしり頭を掴んで、人の頭ってか髪にほお擦りかますな!
「何でオレを置いていっちまったんだよぉお」
気持ち悪い、マジで。止めてお願い。
「息子は反抗期だしよぉお」
「…おい」
やばい、悪寒が。つーかキモイ。我が親ながら本当キモイ。マジでヤバイって!
「沙ぁ夜ぁああ」
ちっげぇ! 母さんじゃねぇえええ!!
えぇぃ、頭撫でんな。触んなっ、ほお擦りすんなーっ!!!!
必死に抵抗してんのに、何、この親父のバカ力。びくともしやがらねぇんだけど……。
「……おい、親父」
「沙夜ぁ、オレは淋しいぞぉおおっ!!」
「親父っ!! そろそろ帰って来い!」
じゃねぇとオレが死ぬ。いや、マジで。
「じゃ、そういう事で行って来い」
「行き成り過ぎるわっ!」
すっぱり離れて、これまたあっさりと言いやがった。何なのこの変わり身の早さ。つーかオレ遊ばれてる???
「…その乃木であってるよ。くれぐれも妙な事に巻き込まれんなよ? 珍事件スポットだからな」
「嬉しそうに言うなよ」
「まぁ、それはそれで面白そうかなと」
………。この親父、いつか絶対、殺る。
「んじゃ、行ってくるよ」
溜息交じりに告げて、立ち上がる。
右手にはしっかりと……借り物だけど、愛刀を持って。
「おお、気合い入れて逝って来い」
「逝ってどうすんだよっ!!」
「男が細かい事気にすんなって」
「どこがだっ!!」
はー。疲れる。この親父、マジで疲れる。もうとっとと退散しよう、そうしよう。
行く前に脳の神経焼ききれるっつーの。
「―――あ~、十郎太。一つ言い忘れた」
襖を開いてとっとと閉めようとしたオレにそんな声。
まだ引き止めやがるかこの野郎。
「何だよ?」
「カリパクすんなよ?」
はぁああ!?
行き成りなんだよ、それ!
「誰がするかっ! つーか、いい年した親父がそんな言葉使うなよっ!!」
「父は若いコと仕事する機会も多いのだ、息子よ」
「妙な学習すんなっ!!」
も、何なんだよ……この親父。
思わず頭を抱え込みそうになって、踏み止まって親父を睨む。くっそ、何でニヤニヤしてんだこの親父!
「きっちり返すわ、ぼけぇっ!」
「ははっ、そーかそーか。迷子になんねーよーになぁ」
「誰がなるかっ!」
ばちんっ!!
渾身の力を込めて襖を閉じてやりましたよ。
ささやかなオレの抵抗ですよ。こんちくしょー。
親父のバカ笑いが聞こえる気がするが、いやきっと気のせい。
…ったく、素直じゃねぇっつーか。あの親父。普通に言えねぇんかよ、普通に。
生きて帰って来いって。
思わず口元が緩む。……って、何喜んでんだよ、オレ。
「勝てねぇなぁこんちくしょー」
呟いて。
これが本当の負け犬の遠吠えってか。
右手にしっかり握った刀を見やって、改めてがっくりと頭を落とした。